第053話 悪魔の復活 ◆AAxoi1ysvg


「さあ、油断せずに行こう」
 手塚国光はテニスラケットではなく、コルト・アナコンダを片手に呟いた。
 手塚の最終目的は、自分を含む青学テニス部員全員がこの島を生きて抜け出すことである。
 そのためになすべきことは以下に挙げる三つだ。一つ一つ確認しよう。
  1.危険人物の排除
  2.部員全員の安全確保
  3.殺し合いルールの破壊
 まず、『危険人物の排除』。
 これに関しては、既に力を手に入れたので特に問題はない。
 心配事と言えば、素人の腕で拳銃を操っても抵抗する相手には心許ない、という点だが、
そんな事は実際の場面に立ちあってから考えればよい。
 次の『部員全員の安全確保』。
 最も重要な問題と言えるが、今やれることは当人たちの捜索以外にない。
 詰まる所、手塚に出来ることは島中を歩き回るだけである。
 最後に『殺し合いルールの破壊』。
 これは知識のない自分がいくら考えた所で無駄だろう。
 このルールの根幹は首輪であり、首輪を外す手段を見つけない事にはいくら考えても無駄だ。
 以上をまとめると、手塚に出来ることは周囲の散策のみとなる。
 そんな彼が平瀬村に来たとき、一軒の家から少年の叫び声が聞こえてきた。
「だから、こんな手は有り得ないんだ! 実際、ノビからノゾキのコンビネーション君は打つ手に困っただろう」
「いや……そんな事言われても、俺素人だし……」
「そんな事はもう分かってる。だから、僕が教えてるんだ。まじめに聞け」
 一体、何をやっているんだろう。
 殺し合いが行われている島で、二人の男たちが言い争っている。
 内容は決して命のやり取りに関するものではない。場違い、という言葉がピタリとはまる。
「全く、こんな腕でよくタイトルを取るなどと……」
「だからその事はもう謝ったじゃねーか」
「いやしかし、素人とは言え、中には進藤のような奴もいる。だから侮れない」
「お前、俺の話聞いてる?」
「今日は徹夜で特訓だな」
「聞いてねぇーー!!」
 二人の声は外に丸聞こえである。こいつらは『首輪外し』に使えない。素人の手塚にもハッキリと分かった。
彼らと一緒にいても、自分の目的は成すことができない。それどころか、彼らはある意味で危険人物と言える。
周囲を見ずに、大声を上げて自分たちの位置を知らせる。こんな事をしていたら、間違いなく危険人物を呼び寄せる。
二人仲良く(?)家の中で遊んでいるのだから、殺し合いには乗っていないだろう。
が、視点を変えれば下手な殺人鬼より一層危ない存在だ。
 目的のためには無視に限る。だから、手塚は彼らの声を聞かなかったことにして立ち去る。
 しかし──
「そこの糞眼鏡(ファッキンメガネ)、銃を置いてこっちに来な」
それを遮る背後からの声。家の中に意識が集中したために気づかなかったのだ。
~・~・~
「俺たちは敵を倒しに来たんじゃねぇ。殺しに来たんだ」
 この言葉は泥門デビルバッツが試合直前にかける気合の言葉だ。
 だが、その司令塔蛭魔妖一が殺したのは、皮肉にも敵ではなく味方のエース小早川瀬那
「悪魔らしいっちゃ、らしいわな……」
 後輩の骸を人目につかない木陰に隠し、蛭魔妖一は道を歩いていく。
 特に目的はない。否、目的を考える思考力がない。
 自分が人の死ぐらいで落ち込んでいる。そんな馬鹿な……
と思ったりもするが、やはり人間の命は何よりも重たかったと言うことか。
「いや、違う。クリスマスボウルへの夢が終わったからだ」
 敢えて思考と逆の言葉を口にして見る。
 アメフトの試合に勝つため、蛭魔はいつも自分を偽り続けてきた。
演技を繰り返し、最強の策士を演出し続けてきた。
一人の後輩が死んだからと言って、その事に変化はない。
 しかし……
「でも、アイツは死ななきゃならねーガキじゃなかった……」
 僅かながら蛭魔という男に変化が起こっている。
 瀬那の死を悲しむという当たり前の行動を、この男が取り始めている。
それは、周囲に人がいないことも理由の一つだろう。周りに誰か居たら、彼は冷酷な司令塔を演じなければならない。
だから誰も居ない現状だと、本来の自分を取り戻せるのだ。
「瀬那……お前のために、俺は何をしたらいいんだ」
 糞チビではなく瀬那。
 死人に糞チビなどと言うのは、やはり躊躇われる。
「お前が、アメフトで遣り残した事って何だっけか……」
 蛭魔は記憶の糸を手繰り寄せる。小早川瀬那という少年が、アメフトに寄せた思いは何だったか。
パシリな小市民が光速の足一つで英雄になれたから、アメフトにのめり込んだのか。いや違う。
小早川瀬那という少年は、一人の超人に立ち向かうため、アメフトの世界に入り込んできたのだ。
 もちろん、最初にアメフトをやったのは自分の命令だったから。
 半ば強制的に試合に参加させたことは覚えている。しかし、人間の域を超えた男進清十郎と出会い、
瀬那は変わった。自主的にアメフトに取り組むようになった。
「アイツに勝ちてーんだよな」
 勝ちたいと思った男、瀬那は既に死んだ。
 しかし、瀬那の意思はまだ生き続けている。
「なら、俺が勝たせてやるよ」
 自然に口からこぼれた言葉が、蛭魔妖一の行動指針になった。
 それは殺し合いで勝ち残るでもなく、この島を脱出するでもない。単純に後輩の遺志を継ぐというもの。
~・~・~
 呟きながら歩いて、蛭魔妖一は平瀬村に着いた。
 他所事を考えながら歩いていたことに、少し不安を覚える。
 目的を持って村に来たのならいいが、実のところ単に歩いたら村についてしまっただけ。
こんな状況だと、殺人鬼のいい的だろう。それほどに、今の蛭魔は思考力が低下していた。
「っち、いつまでセンチになってやがる」
 既に弔いは済ませた。遺志を継ぐとも決めた。これ以上、引き摺っていて得るものがあるか。
 冷酷な気持ちの切り替えは得意分野だろう。
「落ち着け……落ち着いて、目的のために必要なことを考えろ」
 冷酷になるのは慣れているはずだ。目的のためなら、どんな手段も取れるはず。
 だから、考えろ。
 しかし、そんな蛭魔の心とは裏腹に、彼の頭脳は何の回答も返さないままだ。

「よし、この家なら碁盤があるだろうな」
 思考の麻痺に陥っている蛭魔に少年の声が聞こえてくる。
「逃げるなよ、今から打とう」
 少年は、蛭魔など目にも入らないと言ったふうに無視して民家の中へと入っていく。
 厳つい顔をした角刈りの男も、少年に続いていった。
「っち、なんだ今のは……」
 訳が分からない。碁盤? 打つ? 何のことだ。
 ただでさえ進まない思考が寸断されてしまったではないか。
 っち、と再び舌打ちしながら蛭魔はその場にしゃがみ込む。
「落ち着け、落ち着くんだ……」
 何度も自分に言い聞かせる。少しずつ、気づいてきた。
 今の自分は瀬那の死で動揺している。普段の冷静な思考力や頭脳は存在していない。
 だからまず、座って落ち着け。
 自分のスタートラインはそこにある。
 そして蛭魔は考えるのをやめ、しばし気を落ち着かせることにした。
 ~・~・~・~・~  数分後  ~・~・~・~・~
「なんだ、その指は! 石の持ち方も知らないのか!!」
 激昂した少年の声が聞こえてくる。
 深夜。人気のない過疎の村の中と言うのに、非常識なほど甲高い声。
「大体、初手天元とは何のつもりだ! 僕を馬鹿にしているのか!!」
 この声を聞いて、蛭魔は自嘲気味に笑う。
 ガラにもなくセンチな気分に浸っているときに、真夜中の雑音とは、よっぽど日頃の行いが悪いのか。
 確かに……そうかもな。と、一瞬納得してしまう。
「だがな、悪魔は神に祈らねぇ」
 けれど、日頃の行いが悪いと言って、どうなんだ。
 それで反省するのは、信心深い聖人たちであって、蛭魔ではない。
 悪魔、という言葉を口にして蛭魔は少しずつ『らしさ』を取り戻していく。
「本当に素人なのか?」
 雑音を聞きながら、クルクルと44マグナムを回す。
 そうだ、自分は気を落ち着かせるとき、いつもこの動作をしていた。
「素人の人間が、プロの高みを侮辱したと言うのか!!」
 雑音はより激しさを増していく。それに反して、蛭魔の心は少しずつ落ち着きを取り戻していく。
(素人の集団がプロを侮辱する? 上等だ)
 奇策を弄する醍醐味は、そこにこそある。
「辛酸、苦痛、果ては絶望までその身に刻み、なおプロの高みに届かなかったものもいると言うのに……」
 聞こえてくる雑音に、蛭魔は自分の考えを照らし合わせていく。
「だから、どうした?」
 努力ました。苦痛を味わいました。
 そんなもの、結果が伴わなければ何の意味もない。
 努力自慢がアメフトの結果に影響するとでもいうつもりか。結果が、実力が全ての世界だ。
「君は、プロの全員を侮辱した!」
 負け犬の遠吠えにしか聞こえない、と蛭魔は思うと同時に、少しずつ自分の思考力が戻ってきていることを実感した。
「瀬那、お前の出来なかった事、俺がやってやる。打倒進、その夢を継いでやろうじゃねぇか」
 思考力は、まだ完全によみがえっていない。
 けれど、少しの切欠で僅かながら自分を取り戻せた。
 今はこれで十分だ。
 蛭魔は手始めに、自分の様子を確認する。
 彼を知り己を知れば百戦して危うからずという、まずは、自分を知ることだ。
 服装、支給品、島での位置等々。知らなければならない事は山ほどある。
 支給品のひとつは44マグナム。それはもう確認した。
 他にはサバイバルのための地図、コンパスなど。他愛もない道具と、食料四日分。そして、瀬那の支給品。
 全ての道具を確認し終え、次にすべきことは服装の確認。
 殺し合いの舞台とはいえ、ここは人々が交わる交流の場。
 交流の形が、雑談やアメフト、殺し合いと姿を変えても、容姿が重要であることに違いはない。
 と、ここで蛭魔は初めて重要な問題に気づく。
「返り血が付いてやがる」
 この島は今、殺し合いの舞台になっている。
 返り血を浴びた服を着ていれば、どんな言い訳をしていても必ず疑われる。
 何をするにせよ、不利な服装であることは間違いない。
 瀬那の服を借りるか?
 馬鹿な。銃弾を浴びた体から服を剥いでも同じことだ。
それ以前に、仲間の服を着て生き延びようなどと考えるのはいくらなんでも悪魔過ぎる。
 さりとて。他の服を探してくるのも難しい。
 恐らくあの教師たちは、自分たち参加者が返り血を浴びた服を着る事態を想定しているはずだ。
 とすれば、この島に代わりの服は用意されていない。
 なぜならば、この服は殺し合いの火種に十分な効果を持っているからだ。
「厄介だな……」
 服を脱いだところで、疑いを完全に払拭することは出来ないだろう。とすれば、取れる手段はいくらもない。
 まずは、他の参加者から服を戴こう。蛭魔はそう考えた。
 そのための妙案は……
「君が素人なのは良く分かった。だが、今日は特別に僕が教えてやろう」
 近くの家から聞こえてくる雑音が蛭魔にヒントを与える。
「あるじゃねぇーか、すぐ近くによ」
 側から聞こえてくる雑音。
 これを利用しない手はない。
 大声で叫んでいる少年が部屋の中にいる。この奇怪な事実は、誰の耳にも止まるだろう。
恐らく、殆どの人間がこの側を通りかかったとき、意識を奪われるに違いない。
 それがチャンス。
 意識を奪われた人間から、衣服を奪い取る。
 スタートはそこからだ。
 ~・~・~・~・~
 そして、一時間ほど経ち。
 一人の男が現れる。長身痩躯の肉体に、鋼のような筋肉を纏った眼鏡の男。
 ぱっと見た限り自分との身長差などは分からないが、体型は似ている。
 決めた。この男だ。コイツの服をいただく。
 蛭魔は足音を消して、彼に近づく。
 彼は家の雑音に意識を取られて蛭魔に気づかない。
 そして、蛭魔は背後から男に声をかけた。
「そこの糞眼鏡、銃を置いてこっちに来な」

【F-1 平瀬村民家側 午前5時ごろ】
【男子30番 蛭魔妖一@アイシールド21】
状態:瀬那の死を若干、引き摺っている。
装備:44マグナム(残段1)@こち亀
道具:支給品一式/弾丸5発、瀬那の支給品一式、不明支給品一つ(本人は確認済み)
思考:1.少し立ち直ったが、まだ複雑な思考は出来ない。
    2.目の前の男から服をいただく。それ以外は考えきれていない。
注意:この島に衣服がないと推測していますが、正しい保証はありません。
   島に主催者が服を置いている可能性はあります。

【男子22番 手塚国光@テニスの王子様】
状態:健康
装備:コルトアナコンダ(弾数6/予備弾24)@CITY HUNTER
道具:支給品一式
思考:1.越前、菊丸、竜崎を捜し出し脱出する
    2.1の目的達成のためには殺人も厭わない
    3.後ろから聞こえてくる声に対処する。

【F-1 平瀬村民家 午前5時ごろ】
【男子24番   塔矢アキラ@ヒカルの碁】
状態:健康、激しい怒り
装備:日本刀
道具:支給品一式、支給アイテム(未確認)
思考:1.素人の平塚に囲碁を教える。

【男子29番   平塚平@ルーキーズ】
状態:健康
装備:なし
道具:支給品一式
思考:1.いや、もう囲碁はいい。



砕けた夢、崩れ行く職務 蛭魔妖一 悪魔vs眼鏡
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最終更新:2008年02月10日 17:46