「さあ、油断せずに行こう」
手塚国光はテニスラケットではなく、コルト・アナコンダを片手に呟いた。
手塚の最終目的は、自分を含む青学テニス部員全員がこの島を生きて抜け出すことである。
そのためになすべきことは以下に挙げる三つだ。一つ一つ確認しよう。
1.危険人物の排除
2.部員全員の安全確保
3.殺し合い
ルールの破壊
まず、『危険人物の排除』。
これに関しては、既に力を手に入れたので特に問題はない。
心配事と言えば、素人の腕で拳銃を操っても抵抗する相手には心許ない、という点だが、
そんな事は実際の場面に立ちあってから考えればよい。
次の『部員全員の安全確保』。
最も重要な問題と言えるが、今やれることは当人たちの捜索以外にない。
詰まる所、手塚に出来ることは島中を歩き回るだけである。
最後に『殺し合いルールの破壊』。
これは知識のない自分がいくら考えた所で無駄だろう。
このルールの根幹は首輪であり、首輪を外す手段を見つけない事にはいくら考えても無駄だ。
以上をまとめると、手塚に出来ることは周囲の散策のみとなる。
そんな彼が平瀬村に来たとき、一軒の家から少年の叫び声が聞こえてきた。
「だから、こんな手は有り得ないんだ! 実際、ノビからノゾキのコンビネーション君は打つ手に困っただろう」
「いや……そんな事言われても、俺素人だし……」
「そんな事はもう分かってる。だから、僕が教えてるんだ。まじめに聞け」
一体、何をやっているんだろう。
殺し合いが行われている島で、二人の男たちが言い争っている。
内容は決して命のやり取りに関するものではない。場違い、という言葉がピタリとはまる。
「全く、こんな腕でよくタイトルを取るなどと……」
「だからその事はもう謝ったじゃねーか」
「いやしかし、素人とは言え、中には進藤のような奴もいる。だから侮れない」
「お前、俺の話聞いてる?」
「今日は徹夜で特訓だな」
「聞いてねぇーー!!」
二人の声は外に丸聞こえである。こいつらは『首輪外し』に使えない。素人の手塚にもハッキリと分かった。
彼らと一緒にいても、自分の目的は成すことができない。それどころか、彼らはある意味で危険人物と言える。
周囲を見ずに、大声を上げて自分たちの位置を知らせる。こんな事をしていたら、間違いなく危険人物を呼び寄せる。
二人仲良く(?)家の中で遊んでいるのだから、殺し合いには乗っていないだろう。
が、視点を変えれば下手な殺人鬼より一層危ない存在だ。
目的のためには無視に限る。だから、手塚は彼らの声を聞かなかったことにして立ち去る。
しかし──
「そこの糞眼鏡(ファッキンメガネ)、銃を置いてこっちに来な」
それを遮る背後からの声。家の中に意識が集中したために気づかなかったのだ。
~・~・~
「俺たちは敵を倒しに来たんじゃねぇ。殺しに来たんだ」
この言葉は泥門デビルバッツが試合直前にかける気合の言葉だ。
だが、その
司令塔蛭魔妖一が殺したのは、皮肉にも敵ではなく味方のエース
小早川瀬那。
「悪魔らしいっちゃ、らしいわな……」
後輩の骸を人目につかない木陰に隠し、蛭魔妖一は道を歩いていく。
特に目的はない。否、目的を考える思考力がない。
自分が人の死ぐらいで落ち込んでいる。そんな馬鹿な……
と思ったりもするが、やはり人間の命は何よりも重たかったと言うことか。
「いや、違う。クリスマスボウルへの夢が終わったからだ」
敢えて思考と逆の言葉を口にして見る。
アメフトの試合に勝つため、蛭魔はいつも自分を偽り続けてきた。
演技を繰り返し、最強の策士を演出し続けてきた。
一人の後輩が死んだからと言って、その事に変化はない。
しかし……
「でも、アイツは死ななきゃならねーガキじゃなかった……」
僅かながら蛭魔という男に変化が起こっている。
瀬那の死を悲しむという当たり前の行動を、この男が取り始めている。
それは、周囲に人がいないことも理由の一つだろう。周りに誰か居たら、彼は冷酷な司令塔を演じなければならない。
だから誰も居ない現状だと、本来の自分を取り戻せるのだ。
「瀬那……お前のために、俺は何をしたらいいんだ」
糞チビではなく瀬那。
死人に糞チビなどと言うのは、やはり躊躇われる。
「お前が、アメフトで遣り残した事って何だっけか……」
蛭魔は記憶の糸を手繰り寄せる。小早川瀬那という少年が、アメフトに寄せた思いは何だったか。
パシリな小市民が光速の足一つで英雄になれたから、アメフトにのめり込んだのか。いや違う。
小早川瀬那という少年は、一人の超人に立ち向かうため、アメフトの世界に入り込んできたのだ。
もちろん、最初にアメフトをやったのは自分の命令だったから。
半ば強制的に試合に参加させたことは覚えている。しかし、人間の域を超えた男進清十郎と出会い、
瀬那は変わった。自主的にアメフトに取り組むようになった。
「アイツに勝ちてーんだよな」
勝ちたいと思った男、瀬那は既に死んだ。
しかし、瀬那の意思はまだ生き続けている。
「なら、俺が勝たせてやるよ」
自然に口からこぼれた言葉が、蛭魔妖一の行動指針になった。
それは殺し合いで勝ち残るでもなく、この島を脱出するでもない。単純に後輩の遺志を継ぐというもの。
~・~・~
呟きながら歩いて、蛭魔妖一は平瀬村に着いた。
他所事を考えながら歩いていたことに、少し不安を覚える。
目的を持って村に来たのならいいが、実のところ単に歩いたら村についてしまっただけ。
こんな状況だと、殺人鬼のいい的だろう。それほどに、今の蛭魔は思考力が低下していた。
「っち、いつまでセンチになってやがる」
既に弔いは済ませた。遺志を継ぐとも決めた。これ以上、引き摺っていて得るものがあるか。
冷酷な気持ちの切り替えは得意分野だろう。
「落ち着け……落ち着いて、目的のために必要なことを考えろ」
冷酷になるのは慣れているはずだ。目的のためなら、どんな手段も取れるはず。
だから、考えろ。
しかし、そんな蛭魔の心とは裏腹に、彼の頭脳は何の回答も返さないままだ。