第056 俺達にできること ◆SzP3LHozsw


「ねーねー、これつけてると、夜なのに昼間みたいに見えるんだよ。凄くない?」
「いいな、それ。次俺に貸してくれよん」
「駄目。これは唯に支給されたんだよ。貸してあげないんだから」
俺の横で中坊が2人――じゃなかった、中坊の小僧と1コ上の女が、歓声を上げてはしゃいでいる。
名前はたしか菊丸英二南戸唯
2人が取り合ってるのは、唯に支給された『D-321-G Goggle』って名前のナイトビジョン。
これは一見すると双眼鏡のような形をしているもので、そいつをヘッドギアで頭に固定して使う。
結構な優れものらしく、簡単に言えばどんなに暗いところでも明るく鮮明に見せてくれるという、今みたいなときには大変便利な機械だ。
ま、偉そうに講釈してるが、全部説明書に書いてあったんだが。
しかしこれのお蔭で唯にはこの暗い森がよく見えるようで、唯が先頭を歩いている限り足元の危険はほとんどなかった。
俺達は石ころ1つにすらけっ躓かないで済んでいる。
なんで俺がこいつらと一緒に居るかっていうと、それはまあ成り行きみたいなもんだった。
たまたま偶然出会い、危険もなさそうなので、散々山の中で話し合った結果、こうしてなんとなく一緒に行動してるってわけだ。
正直、ただでさえ大変なときだってのに、これじゃ面倒を2つ抱えてるのとそう変わらず、俺はいささか困り果てていた。
なにしろ1人はとても年上には見えないほどに幼い外見をしていて、喋り方すら子供っぽい。
もう1人は見た目こそ普通だが、やっぱりこっちも独特の雰囲気を醸し出している。
2人とも悪い奴ではないかったが、さすがにガキのお守りは俺の手に余った。
「ちょっとくらい貸してくれたっていいじゃんか、ケチ」
「ケチでいーですよーだ!」
こんな調子だ。
まったくこいつらときたら緊張感ってもんないんだろうか。俺は些か疑問を持つ。
俺達はとんでもないことに巻き込まれてると思ってたんだが、こいつらを見てるとまるで夢でも見ていたような気にさえなった。
もちろん夢なんかじゃないからこそこいつらと一緒に居るのだが。
俺は変に気を張り詰めてる俺の方がどうかしてるのかと考えながら、前を行く2人を諭す。
「おいお前ら、ちっとは静かにしてろ。デカイ声ではしゃいでんじゃねーよ。いちゃつきたいんなら、よそ行ってやれ」
「別にいちゃついてなんかないもん! ……てゆーかもしかして、妬いてるんじゃないの?」
俺はよく日々野の馬鹿からムッツリスケベなんて不名誉なあだ名で呼ばれるが、唯に言われてそのことを思い出した。
もしかして本当に他人にはそんな風に見えているんだろうか? 少し心配になる。
「アホか。言ったろ、俺にロリコンの趣味はねーよ」
「だから唯は子供じゃないって言ってるでしょ!」
唯が頬を膨らませて怒る。
なんだかこっちまで調子を狂わされちまいそうだった。
これから日々野や春香先生やイブを捜さなきゃなんねーってのに、これじゃ先が思いやられるってもんだ。
いっそのことこいつら捨てて行こうかとも思った。それなら身軽になって探索ももっと楽になるはずだろう。
「なあ悪いけどよ――」
「言っとくけど、唯達を置いていくなんて駄目だからね。唯の裸見たんだから、そのぶんちゃんと返してもらいますよ」
俺がなにを言わんとしてたのか、どうやら唯はお見通しのようだった。
全部を言い切る前にすっかり釘をさされてしまった。
そりゃそうかもしれない。俺の態度にはあからさまに迷惑だという雰囲気が出てたことだろう。
唯がそれを嗅ぎつけたとて、不思議はなかった。
しかし――。
「裸見たって言ったって、あれは不可抗力だろ。別に見たくてみたんじゃねえ」
「嘘ばっかり。本当は嬉しかったくせに」
「あのなあ……。大体、下着だってつけてたじゃねーか。
 それに、自分で忘れろと言っておきながら自分で蒸し返してりゃ世話ねーぜ」
「いいの! とにかく、唯のセクシーショットのぶんだけは働いてもらうんだからね」
自分で勝手に脱いでおいて見たぶん働けとは、なかなかどうして恐れ入っちまう。
今日び、こんな強引なことを平然と言ってぬけるのは、世の中広しと言えどたぶん日々野と唯くらいのものだろう。
何処ぞのボッタクリバーや詐欺師だって、もっとマシな理屈を言うはずだ。
唯は良く言えば天真爛漫な性格なんだろうが、日々野という我侭者を近くで見てきた俺にとっては頭痛の種となりそうだった。
俺は歩きながらやれやれと深い溜息を吐く。
どうやら俺はどこに行っても世話役をやらされるらしい。
まあ頼られること自体は素直に嬉しいが、どうもいいように使われそうな感じがするのは気のせいだろうか。
すっかりナイトビジョンのことを諦めた菊丸に、俺は唯に聞こえないようにして囁いた。
今は年下のこの男が頼みと言えなくもない。
「おい菊丸――」
「うんにゃ?」
「女子供をほっぽらかして行くわけにもいかねえしな。いいよ、とりあえずしばらくの間はついて行ってやる。
 でも子守はゴメンだぜ。お前もちゃんとフォローしてくれよな」
「おう、任しとき♪」
……本当に任せてもいいのかよ。
俺は不安に駆られながらも2人を急きたて、右も左もわからない山の中を歩き続けた。


    * * *



――キャプテンとして何をするのが正しいのか。
俺はさっきからそればっかり考えてる。
先生が俺にさせたいこと。それは一体何なんだろうか……。
俺にできることなんて極限られたものだから、先生だって無茶は言わないと思う。
だから単純に、皆を守れってことなのかとも考えてみた。
命の尊さ、仲間の大切さ、キャプテンという責任の重さを教えようとしてるのかと、そう考えたんだ。
たぶん、それは間違ってないと思う。先生には少なからずそんな意図があったことだろう。
だって先生はこれまでにも俺たちにたくさんのことを教えてくれたんだ。今度もきっとそうに違いないじゃんか。
……でも、果たしてそれだけのためにここまでするだろうか、という疑問も湧いてくる。
いくらなんでも『殺し合い』は大袈裟だ。
仲間の大切さやキャプテンとしての責任の重さは、今更こんなことされなくったって充分承知してる。
ONE FOR ALL ALL FOR ONE
一人はみんなのために、みんなは一人のために。これが俺たちニコガクじゃん。
それは先生だってわかってるはずだ。
だとすると、これが先生の真意にはならないってことなのかな?
もっと他に重要な意味があるってことなのかな?
……駄目だ、全然わかんないよ先生。先生は俺にどうしろって言うんだよ!?

あれ? でもちょっと待てよ……。
もしかして、先生は勝負ってのがどんなだかを教えてくれようとしてるんじゃないか?
俺たちにはまだまだ真剣さが足りない。だから命を賭けて闘うってことの意味を考えろって言ってるんだとしたら――。
…………………………………………………………………………………………………………
…………………………………………………………………………………………………………
……………………………………………………………………………………そっか、そうだよ。
甲子園に行くんなら、勝負の厳しさを身を持って感じて来いって、先生はそう言ってるんだよ。
ってことは、キャプテンとしての俺に先生がさせたいのは、勝負強さをつけさせたいってことなんだ。
甲子園の大舞台に行っても失敗しないような、そんな経験をさせてくれようとしてるんだ。
あ、そっか。
だから先生は俺にこんな銃を持たせたんだ。
「これを使って生き抜くんだ。何があっても死ぬんじゃないぞ、御子柴」って、そう言いたいんだ。
そうだよね? そうなんだろ、先生?
……わかった、俺、やるよ。
スゲー怖いけど、今まで先生が言ったことに嘘はなかったもん。
きっとこうするのが俺のためなんだよね? チームのためなんだよね?
わかった、いいよ、先生のこと信じるよ。先生がやれって言うんだったら、俺、頑張ってみる。
へへへ、任せといてよ。俺だってさ、やるときはやるんだぜ。
絶対先生の期待に答えて見せるから。先生をガッカリさせたりしないから。
俺が必ず勝ち抜いて、それで先生を甲子園連れてってやるからさ。
ちゃんと見ててくれよな、先生。
俺、キャプテンらしく頑張るよ。


    * * *



わあわあきゃあきゃあうるさい中に、俺は確かな物音を聞いた。
それは枝葉を踏みしめる乾いた高い音で、現に俺たちの足の裏からも聞こえてくる音だったが、
もっと別の場所――そう、山の上の方から聞こえてきたような気がした。
「シッ! 静かにしろ!」
前を行く二人の肩に手を乗せ、その動きを封じながら、俺は一挙に緊張を高める。
暗い森中に五感の触手を一面に張り巡らせるようにして、二人を背中の後ろに隠した。
隠したまま360度ぐるりと回り、異常がないかを確認する。
さすがの唯や菊丸が何も喋らなかったのは、こいつらもこの闇の中に何者かが潜んでるのを察知したからなのだろう。
ここには俺たち以外の誰かが確実に居た。
「……誰だ」
俺は闇に眼を凝らして低く言う。もう、葉擦れの音以外は何も聞こえてこない。
唯の耳元で、ナイトビジョンに何か映らないかを訊いた。
「ううん、木ばっかりで……」
「そのまま捜し続けろ」
姿は見えなかったが、それは着実に近づいてくるような、そんな違和感があった。
唯は身を硬くしながら必死にナイトビジョンを装着した頭を振っている。
蛇神のバットをきつく握って、今度は菊丸を振り返った。
「大丈夫か」
「お、おう……」
「油断するなよ、俺たちは狙われてる」
自分でそう言って、背筋が寒くなった。
ここで狙われるとは、単に襲われるって意味じゃない。命を狙われるということと同義だった。
戯道高や鬼門高のクソヤロー共に狙われるってのとは、全く次元の違う話だ。
俺も日々野や岡本とつるむようになって、何度か命の危険を感じたことはある。
ミリオンとやり合ったときなんかは、本物のチャカは出されるわ熊に追いかけられるわで流石に死んだと思った。
けど、菊丸や唯にそんな経験はないだろう。
となると、やはりここは俺がなんとかしなければいけないってわけだ。
……チキショウ、あんま嬉しくないぜ。

「一条君!」
そのとき、唯が叫んだ。
「あそこに誰か居る!」
俺も菊丸も、唯が指差す方角を気配で感じ取り、そっちに顔を向ける。
囲むように林立する杉の群れの中に、いつの間にやら小さな影が忽然と現れていたのを俺は確かに見た。



【E-06/神塚山麓付近/1日目・午前4時ごろ】
【男子03番 一条誠@BOY】
状態:健康
装備:なし
道具:支給品一式、蛇神のバット@Mr.FULLSWING
思考:1.場合によっては突然現れた影と闘う
   2.日々野、イブ、春香を捜す(春香優先)
   3.神崎を見つけたら止める
   4.主催者達に一泡吹かせて脱出する
   5.菊丸、唯と行動を共にする
【男子10番 菊丸英二@テニスの王子様】
状態:健康
装備:なし
道具:支給品一式、ランダムアイテムは不明(本人未確認)
思考:1.手塚、越前、竜崎を捜す
   2.脱出して帰る
【女子13番 南戸唯@いちご100%】
状態:健康
装備:なし
道具:支給品一式、ランダムアイテムは不明(本人未確認)
思考:1.現状回避

【E-06/神塚山麓付近/1日目・午前4時ごろ】
【男子36番 御子柴徹@ルーキーズ】
状態:健康
装備:9mm拳銃(10/10発)
道具:支給品一式
   (予備弾の支給: 無し)
思考:1.勝負の厳しさを知る(ゲームに乗る)
   2.生き残って川藤を甲子園に連れて行く



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最終更新:2008年02月13日 19:59