第038話 少女と少年と ◆SzP3LHozsw
どうしてこんなことになってしまったんだろうか……。
槇村香はそのことがずっと気になっていた。
月明かりの下をあてどもなく歩きながら、そのことばかりを考えている。
しかしいくら考えてみたところで答えはおろか手掛かりになりそうなことさえ思い浮かんでこず、
前に受けた依頼が元でこんなことに巻き込まれたのかと過去の記憶を辿ってみるが、やはりそこに思い当たる節はなかった。
仕事上怨まれるようなことはよくあったが、それにしてはこれは手が込みすぎている気がする。
そういう手合いはほとんど例外なく直接襲ってくるものなのだ。それが裏の世界に生きる者たちの意地や誇りであることを、香はよく知っている。
だから自分達に関係のない人たち――それも高校生や中学生まで巻き込んで殺し合わせるというのが、
どうしても『シティーハンター』を倒して名を挙げようとしている裏の世界の人間と結びついてくれなかった。
或いは自分たちはたまたま偶然、何らかの理由で巻き込まれただけなのかもしれなかった。
名簿を見ると、どうもそんな感じがする。ほとんど知らない人間ばかりで、共通点は見られなかったからだ。
ただ、一つだけはっきりしていることがある。
それはこの『ゲーム』と称している殺し合いの場が、遊びでもなんでもないということだった。
これはちょっとでも気を抜けば次の瞬間には殺されているかもしれない実戦なのだ。
香は暗い顔で首を振り、小さく溜息をついた。
「リョウ……何処にいるの……?」
――いつももっこりのことばかり考えているリョウ。
――気のない素振りばかり見せて、あたしをやきもきさせるリョウ。
――それでもあたしが危ない目に遭うと、必ず助けに来てくれるリョウ。
――そして最高のパートナーであるリョウ。
会いたかった。たまらなくリョウに会いたかった。会っていつものような憎まれ口を聞きたかった。
『香、そんな顔してたら益々男が寄り付かんぞ』
今はそんな言葉ですら構わない。とにかく無性にリョウに会いたかった。
(もう会えないなんてことになったらどうしよう……)
香は胸を締め付けられる思いがした。数年前に殺された兄を思い出したのだ。
振り払っても振り払っても、気付くとリョウの姿と死んだ兄の姿がダブってしまう。
もう誰かを失うのはたくさんだった。
(リョウなら大丈夫……。きっと無事でいて、あたしを捜し出してくれる)
そう自分に言い聞かせるのが精一杯だった。
香はもどかしくやるせない気持ちになりながらも、それ以外なす術がなく、ただ黙々とリョウを捜すために歩き続けるしかなかった。
『美しい。なんて美しいんだマイスイートハニー』
『ちょっと……なんですか……』
『そんなに恐がらなくていいんだYO。ボクは怪しい者じゃない。震えているのならボクが暖めてあげようKa』
歩き続けて数時間、原生林の生い茂る森を歩いていた香は、樹の間越しに届く二つの声を聞いた。
それは男と女の声だった。
すぐ近くで男が女を口説いている。
香はこの二つの声を聞いたとき、愕然とした。こんなときにそんな真似をする男といったら一人しかいない――――リョウだ。
普段から女と見れば見境なく襲いまくるリョウの姿が、香の前にありありと浮かんでいた。
言いようのない怒りが込み上げてくる。
(あたしがこんなにも心配して気を揉んでるってのに……あの男ときたら……!!)
こんなときにまでもっこりのことしか頭にないのか――。香の怒りは頂点に達しようとしていた。
香はいつものハンマーの代わりに『ラケット』を握り締めると、声のする方に走った。
一発ぶん殴って性根を据えてやらねばならない。
「リョウー! 貴様こんなところに来てまで一体何をしてるんだー!! この恥知らずめッ!!!」
飛び出すと同時に、香はラケットを振りかぶっていた。
そのまま猛烈な勢いで女を口説く男へ突っ込んでいく。
「ん?」
男が気配に気付いたのか、香へ振り向いた。
頭にバンダナを巻いた、まだ高校生くらいの少年だった。どう見てもリョウではない。
「あ……リョウじゃない……?!」
気付くのが少し遅かった。
勢いのついた身体は止まらず、思い切り振ったラケットは真っ直ぐに少年を襲った。
当たると思った瞬間、香は不味いと感じながら恐さで眼を瞑っていた。
――ブウン!
いつもハンマーを軽々と振り回してる分、ラケットのスピードも風切り音も半端じゃない。
当たれば痛いくらいでは済まないはずなのだが、不思議なことにラケットを握る手に手応えはなかった。
香は恐る恐る閉じていた瞼を開く。
風切り音がしたということは、そこに少年がいなかったことを意味している。
少年は――やはりそこにいない。
「危ないNa~。いきなりそんなものを振り回すなんてYo。ファンキーなお姉さまだZe」
後ろで声がした。
香がハッとなって振り返ると、少年が何食わぬ顔で立っている。
見たところ怪我もなく、ぴんぴんしていた。
「ご、ごめんなさい、ちょっと人違いしちゃって……。怪我はなかった?」
「ああ、平気平気。身が軽いのがオレの取り柄だからNe」
どうやらこの少年はラケットが振り下ろされる寸前にするりと身を躱し、素早く香の後ろへと回り込んだようだった。
自負しているように身は軽いようで、香は全くその動きに気付かなかった。もっとも香は眼を閉じていたのだから気付かなくても無理はない。
だがそれにしても一瞬裡のことであり、この少年の身体能力の高さに間違いはなかった。
香は正直なところ困っていた。
リョウだと思い込んで飛び出してきたのに、人違いでしたとはなんともばつが悪い。まして一も二もなく襲い掛かっているのだから尚更だった。
もしこの少年に殺意があったならとっくに戦闘になっていておかしくない。この少年からしたら自分の方が襲撃者なのだから当然である。
戦闘になったとしても、こちらに非難する謂れは何処にもなかった。
しかし少年はやり返すでもなく、小さな八重歯を覗かせた口許をほころばせて立っている。
それがなんとも不気味な感じがして、香を困惑させていたのだ。
「あのう……」
そこで香に助け舟が出た。少年と一緒にいた女が口を開いたのだ。
それまで女のことなどすっかり忘れていた香は、声がして初めて女の存在を思い出し、そっちに向き直った。
改めて見ると、こちらもまだ少年同様幼さを残した少女だった。
栗色のショートカットの少女で、確かにバンダナの少年ならずとも放っておけなくなるくらい可愛らしい。
香は気まずい空気を振り払うように、努めて明るい声を出した。
「あ、ごめんなさい。あなたも怪我はなかった?」
「それは大丈夫ですけど」
「驚かせちゃったわね。突然あんなことしちゃったけど、あたしは別にあなた達に危害を加えようと思ってるわけじゃないのよ。
ただ知っている人がまた性懲りもなく女の人を無理に口説いてるんだと思って、慌てて飛び出してきたの。信じてくれる?」
「……ええ」
僅かに間が空いてから、少女が頷いた。
少女はまだ警戒を解いていないようだ。
「俺も信じてやるYo。綺麗なお姉さまは嘘はつかない」
「そ、そう。ありがとう」
香はどうもこの少年が苦手だった。
普段リョウに愛想がないだの女として魅力がないだの言われているのだから、こう面と向かって綺麗と言われるのには慣れてなかった。
「あの」
また少女が口を開いた。
「急いでるんで」
それだけ言ってくるりと背を向けてしまう。
慌てている感じだった。
その様子からも誰かを捜しているだろうことは簡単に推測できた。
「ちょっと待って、一人で行くのは危険よ」
香が呼び止める。
元々お節介な性質であり、少女をこのまま行かせてしまうのは気が咎めたのだ。
「言わなくてもわかっているだろうけど、今あたし達はおかしなことに巻き込まれてるわ。すっごく危険なの。
もちろん全員が全員悪い人で襲い掛かってくるとは言わないけど、もしかしたらそういう人だっているかもしれない」
「そんなのわかってます。でも、それでもわたしは淳平君のもとへ……」
「誰か捜してる人がいるのね。けど何処にいるのかわからないでしょう? 無闇に動くのは危険だわ」
「だからってじっとしてられない! 淳平君が……もし淳平君に何か……」
少女は泣き出してしまった。
まるで自分を見ているようだと香は思った。
リョウを捜している自分と、誰かは知らないがその人を捜している少女――。とても他人事ではなかった。
香には少女の気持ちが痛いほどわかる。
誰かの身を案じ、不安で不安でやきもきする辛さは、現に今香自身も味わっているのだから。
「……そう、なら仕方ないわね」
「おいおい、このままこの子を行かせちまうのKa? そいつはかなりヘビーでデンジャラスだZe?」
「いいの。私が決めたことだから」
「何言ってるのよ。あたしもついて行くわ」
「え?」
「どうせあたしも人を捜してるんだもの。一人で行くのも二人で行くのも変わりないわ。むしろ誰かが一緒にいてくれた方が助かるくらい」
「でも……」
「それともあたしが一緒じゃ嫌かしら? これでも多少は荒事に慣れてるから、連れて行って損はさせないけど」
「…………」
「信用できない?」
「いえ、そうじゃないんです。ただ……ううん、ありがとうございます」
少女はまだ警戒していたのだろう。初めは言葉の歯切れが悪かった。
だが香が自分を心配していることが伝わったのか、ようやく同行を承諾してくれた。
「HAHAH~N。こりゃいいNe、美女二人ってわけKa。両手に花だNa」
「なに、あなたも一緒に来るの?」
「当然だRo~。オレもついて行くさ」
バンダナの少年は口許に微笑を湛えたまま言った。
少し変わってるところはあったが、さっきの少年の動きはかなりのものだった。一緒に来てくれたら頼りになるかもしれない。
香は即座にこの少年の同行を認めた。
「いいわ。なら一緒に来て」
少年がにやりと笑う。
香は二人を見比べて、それから言った。
三人は誰もいない森の中で静かに自己紹介をしあった。
【D-05/森/1日目・午前2時半ごろ】
【女子12番 槇村香@CITY HUNTER】
状態:健康
装備:ラケット(テニスボール×3)@テニスの王子様
道具:支給品一式
思考:1.リョウと合流
2.虎鉄、つかさと協力
3.冴子、海坊主を捜す
【女子09番 西野つかさ@いちご100%】
状態:健康
装備:なし
道具:支給品一式(※
ランダムアイテムは不明)
思考:1.真中と合流
2.香、虎鉄と協力
【男子11番 虎鉄大河@Mr.FULLSWING】
状態:健康
装備:なし
道具:支給品一式(※ランダムアイテムは不明)
思考:1.香、つかさに協力
2.可愛い女の子と仲良くする
最終更新:2008年02月11日 14:39