第035話 後悔先に立たず ◆nmG2A5a9kM
天を見上げれば群青の空。
彼方を見透かせば漆黒の海。
そして海岸線に立つ女の影。
清熊もみじは何を思うのか、海を見つめたまま微動だにすらしない。表情は固く険しく、それでいて何処か不安げでもある。
「やってやる。俺なら海くらい泳いで渡れる…………」
巨大な胸を張り、徐にもみじは海に向かって歩き出した。一刻も早く、この地を去らねばと思ったからだ。
今から少し前に、もみじは殺人現場を目撃している。一人の少年が撃たれ、そして死んでいく様を。
君 達 に は 殺 し 合 い を し て も ら い ま す
この恐るべき言葉が現実のものになった瞬間であった。
もみじは取り乱していた。少年が倒れ込むのを見ると同時に脱兎の如く走り、右も左も分からないまま懸命に逃げた。
背後から何発もの銃声が鳴ったのも、もみじを余計混乱させた。いくら腕っ節に自信があっても銃に勝てるわけ無かった。
海が見えた時、安心した。海に小島がいくつか浮かんでいたからだ。朝まであの小島に隠れて、明るくなってから何処かへ泳ぎ出ようと思った。
体力には自信がある。海は大好きだ。たぶん、死にはしない。島に残るより、生きる可能性は高いはず。
あそこに逃げ込みさえすれば助かる。あそこに逃げ込みさえすれば助かる…………。心で呪文みたいに唱え続けた。
「大丈夫だ、どうせあれは嘘だ…………。いきなり首輪が爆発するなんてあるわけ無いだろ。騙されるかよ」
靴を脱ぎ捨て、服を脱ぎ捨て、下着だけになって打ち寄せる波に足首をつけた。
身震いするほどの冷たさだったが首輪はまだ爆発してない。
「ほら見ろ、やっぱり嘘じゃねーか」
内心ではほっと溜息をついていた。海に入ったのは一種の賭けだったからだ。
どんどん水の中を進んでいく。
猿野天国や
虎鉄大河の事を考えないでもなかったが、あいつらなら自力で何とかなる気がしてほっとく事に決めている。
ピッ…………ピッ…………
水が腰まで至り身動き出来ない状態になって初めて、突如として、電子音がしだした。
「え!?」
電子音は鳴り止む事無く、次第に間隔が狭まっていく。
ピッ…………ピッ………
ピッ……ピッ……
ピッ…ピッ…ピッ…
ピピピピピピピピピピピピッ!
戻るに戻れない距離。陸は遠い。
その間にも電子音はなり続け、ついに極限に達したかに思われた。
ピーーーーーーーー!!!
「………………………………あれ?爆発しな…………」 ドッゴーン!!!!!
その言葉の一瞬後、轟発音と閃光が同時に起こり、もみじの首輪が消し飛んだ。
衝撃は凄まじく、首輪はもみじの首を胴体からもぎ取っていた。
胴から離された首が空高く舞い上がり、何メートルか離れた所まで飛んで落ちた。
やがて波が女の体を攫い、後には波間に赤い紅葉と見紛う血液だけが残されていた――――――
【H-03/海/1日目・午前3時】
【女子04番 清熊もみじ 死亡確認】
備考: 荷物は【H-03】に服ごと放置されていると思われます
午前2時ごろ、彼女は【H-04/車道/1日目・午前2時00分頃】に居ました
殺人現場を目撃していますが、その後逃走したため、詳細は把握していません
最終更新:2008年02月11日 14:40