辞書 | 品詞 | 解説 | 例文 | 漢字 |
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日本国語大辞典 | 助詞 | [1] 〘格助〙 格助詞「へ」の用法に相当する中世末以後の東国方言。→語誌(1)。 |
※ロドリゲス日本大文典(1604‐08)「Miyacosa(ミヤコサ) ノボル」 ※滑稽本・浮世風呂(1809‐13)前「わしイ国サ居たとき、珍事てうような事が有(あっ)けヱ」 |
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[2] 〘間投助〙 近世以後、うちとけた間柄の会話で用いる、確認の気持をこめて話しかける助詞。同様の間投助詞「ね」にくらべ、聞き手に対する働きかけは弱く、むしろ聞き手をも包括した話し手自身への指向性が強い。文末に用いられる場合と、文中の文節末に用いられる場合とがある。→語誌(2)。 ① 文末の用法。 |
※浄瑠璃・今宮心中(1711頃)上「もふよいはよいは。しなぬ程にしてをけさ」 ※洒落本・郭中奇譚(1769)弄花巵言「まづそんな物さ」 ※滑稽本・浮世風呂(1809‐13)二「爰が木や花のたんとあるお山だっサね」 |
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② 文中の文節末の用法。口調をととのえる働きが強い。 |
※歌舞伎・好色伝受(1693)上「いやさ、此書置がなければ、何の詮議もなけれども書置があるによって御訴訟申す」 ※滑稽本・浮世風呂(1809‐13)二「アレサ、あの子が泣くはな」 |
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[語誌](1)((一)について)(イ) 「実隆公記‐明応五年正月九日」に宗祇談として「京に、つくしへ、坂東さ。京にはいつくにゆくなと云、筑紫にはいつくへゆくと云、坂東にはいつくさゆくと云〈略〉如此境談あり」と記し、また、「四河入海‐一九」では「筑紫に京へ坂東さ」を引いて漢詩の助辞を説明する。これらは当時すでに方言としての認識があったことをうかがわせる。このように、格助詞「さ」は、東国語として注目されるが、江戸語ではほとんど用いられず、現在では、関東の北東部から東北地方で使われている。(ロ) 語源的には、方向を表わす接尾辞「さま」に由来するとされる。当初、「移動の方向」を表わすのに用いられていたのが、徐々に領域を拡張し、「移動の帰着点」「移動の目的」「存在の場所」などをも表わすようになった。用法の地域差は、このような発達の過程を反映している。「移動の方向・帰着点」を表わす用法は先述のほぼ全域に見られるが、「移動の目的(見さ行く)」は主に太平洋側に、「存在の場所(ここさある)」は主に日本海側に限られる。また、移動を伴わずに方向性のみを表わす用法(「大工さなる」など)は各地に点在する。 (2)((二)について)(イ) 近世初期には男性、特に武士が用いる、感動を表わす助詞であった。これによく似た語に終助詞「す」がある。これは上方にはない、江戸独特のもので、「さ」よりも自分で確認する意が強い。そういう性格を反映してか、「す」はより打ち解けた場合に用いられた。(ロ) 「さ」は聞き手に対する働きかけが弱いため、(二)①の「浮世風呂」の例のように、それを担う間投助詞「ね」と重ね用いられることがある。 |
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広辞苑 | 助詞 |
➊(終助詞)江戸初期、武士を主として男性が用い、後半期には広く使われた。口語では同輩・目下に対して、ぞんざいな感じで使う。文章語やあらたまった場では用いない。 ①文末に付いて、 ㋐軽い感動を伴って断定・命令等の意を表す。 |
浄瑠璃、今宮の心中「死なぬ程にして置け―」。 浄瑠璃、傾城島原蛙合戦「身は富樫左衛門宗重―」。 「昔々あったと―」「君の勝ち―」「できて当り前―」 |
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㋑相手を慰める気持で軽く言い放つ。 | 「これでいい―」「今にわかる―」 | |||
㋒問い返し、また、なじる意を表す。 | 「どこへ行ってたの―」「黙りこくって何―」 | |||
②感動詞に付いて調子をととのえ、強く言い切る意を表す。 |
歌舞伎、娘孝行記「いや―、何程陳じても、のがしはせぬ」。 歌舞伎、業平河内通「やい―、素浪人、ならぬ」 |
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➋(間投助詞)語句の切れ目に付いて調子をととのえ、軽く念を押す意を表す。 |
滑稽本、素人狂言紋切形「私は―、其のほのぼのとナ、いたした所がよからうと存じて」。 浮世風呂4「一寸―伺ひたい事が御座ります」 |
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➌(格助詞)方向を表す。現代では東北地方で用いる。…へ。…に。 | 「京へ筑紫に坂東―」 | |||
大言海 | 天爾遠波 |
〔 |
萬葉集、一八
三十六
「多多佐ニモ、カニモ與己佐モ、ヤツコトゾ、アレハアリケル、主ノトノトニ」 物類稱呼、五、言語「東へ、西へ、ト云フコトヲ、肥前ニテ、東さなへ、西さなへ、ト云フ、云云、東さまへノ轉ジタルナルベシ」 「東さ行ク」(東へ行ク)前 出ル」 |
方 |
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