こと(事イ)

辞書 品詞 解説 例文 漢字
日本国語大辞典 名詞 ( 前項「こと(言)」と同語源か ) 時間的事態一般を広く指す語。
[ 一 ] 形をもった「もの」に対し、そのものの働きや性質、あるいはそれらの間の関係、また、形のつかみにくい現象などを表わす語。
① 人のするわざ、行為。
(イ) 人の行なう動作、行為を一般的に表現する。
万葉集(8C後)一八・四〇九四「我が大君の 諸人(もろひと)を いざなひ給ひ 善(よ)き事を はじめ給ひて」 事・縡
(ロ) 古くは、特に、公的な行為、たとえば、政務、行事、儀式、刑罰などをさしていう。 万葉集(8C後)一七・四〇〇八「大君の 命(みこと)かしこみ 食(を)す国の 許等(コト)取り持ちて」
苔の衣(1271頃)一「御ことども始まりたる、儀式おろかならむやは」
(ハ) ある特定の行為を実質化せず、形式化して表現する。 万葉集(8C後)一四・三四一八「上毛野(かみつけの)佐野田の苗のむらなへに許登(コト)は定めつ今はいかにせも」
(ニ) 「…をことにす」「…をことにて(あり)」などの形で、それを唯一の仕事にしている、その行為に没頭している、それにかかりきりである、などの意味を表わす。 蜻蛉日記(974頃)中「明くれば起き、暮るれば臥すをことにてあるぞ」
② 多くの人々のなす行為、世の中に起こる現象などをさしていう。
(イ) 諸事件、世の現象。
万葉集(8C後)五・八〇五「常盤(ときは)なすかくしもがもと思へども世の許等(コト)なればとどみかねつも」
(ロ) 事態、もろもろの行為の結果としての状態。 万葉集(8C後)一一・二四三〇「宇治川の水沫(みなあわ)さかまき行く水の事かへらずそ思ひそめたる」
(ハ) 事情、有様、状況、種々の事態の内実や、その様子、内容、理由などを表わす。 平中物語(965頃)二五「ことのあるやう、ありし事など、もろともに見ける人なれば」
無関係な死(1961)〈安部公房〉「はじめて事の重大さに思い至ったものだ」
(ニ) 事件、出来事、変事。特別な用事。「ことあり」「こと出ず」「ことにのぞむ」「ことに遇う」などの形のときは、事件、変事などの意を表わし、「こととする」「ことと思う」などでは、重要な事態の意で用いられ、指定の助詞・助動詞を伴って述語になるときは、大変だの意となる。 万葉集(8C後)四・五〇六「我が背子(せこ)は物な思ひそ事しあらば火にも水にも我が無けなくに」
宇治拾遺物語(1221頃)一「すこしも事と思ひたるけしきもせず」
③ 明確に言える物を、不明確な事態であるかのようにぼかしてさしていうのに用いる。
(イ) 人をさして、その人に関する事柄をも含めて漠然という。
源氏物語(1001‐14頃)明石「中々かかる物の隈(くま)にぞ思ひのほかなる事もこもるべかめる」
(ロ) 生命のこと、また、死のことをいう。「こと切れる」などの形で、命の絶えることをいうのに用いる。 源氏物語(1001‐14頃)幻「いみじきことの閉ぢめを見つるに」
(ハ) 食事をさしていう。後には、僧の夜食をいう。 源氏物語(1001‐14頃)手習「粥(かゆ)などむつかしきことどもをもてはやして」
雑談集(1305)三「昔は寺々只一食(じき)にて〈略〉後には山も奈良も三度食す。夕べのをば事と山には云へり」
[ 二 ] 他の語句を受けて、これを名詞化し、その語句の表わす行為や事態や具体的内容などを体言化する形式名詞。
① そういう行為、状態など。
(イ) 用言の連体形による修飾を受ける場合。
万葉集(8C後)五・八三〇「万代(よろづよ)に年は来経(きふ)とも梅の花絶ゆる己等(コト)なく咲き渡るべし」
竹取物語(9C末‐10C初)「うつくしき事限なし」
(ロ) 動詞連用形の変化してできた名詞や、動作的な意味を含む漢語などの修飾を受ける場合。 源氏物語(1001‐14頃)桐壺「御袴著のこと、一の宮の奉りしに劣らず」
② 修飾語句を受けて断定を強めたり、慣用的な表現に用いたりする。
(イ) 文末にあって、断定の語を伴い、話し手の断定の気持を強めた表現となる。
徒然草(1331頃)一〇九「あやまちは、やすき所に成りて必ず仕る事に候」
虎明本狂言・福の神(室町末‐近世初)「めでたい事で御ざる」
(ロ) 場合、経験、必要などの意。特に、近代では、この形による表現の幅が狭くなって、一定の類型と一定の表現意図が結び付くようになってきている。たとえば、「…することもある(場合)」「…したことがある(ない)(経験)」「…することはない(必要)」「…することにしている(習慣)」「…するとのこと(伝聞)」「…することだ(それが最上である)」など。 嵯峨本方丈記(1212)「淀みに浮ぶうたかたは、かつ消えかつ結びて、久敷くとどまる事なし」
滑稽本・浮世風呂(1809‐13)前「こなたもまいれと半分づつ食(くふ)との事だ」
③ 文末にあって軽い感動の意を表わす。終助詞のようにも用いる。
(イ) 用言の連体形をうけてそこで文を終止するか、またはさらに終助詞を付けて感動の気持を表わす。
竹取物語(9C末‐10C初)「許さぬ迎へまうで来て取り率(ゐ)てまかりぬれば、口をしく悲しき事」
土左日記(935頃)承平五年一月七日「いとをかしきことかな。読みてんやは」
(ロ) 終助詞化して、連体形の下、または、文の終止した後に付いて、軽い感動の気持を表わす。女性の、やや上品な表現。 当世書生気質(1885‐86)〈坪内逍遙〉二「貴方の羽織の紐は珍らしいんだこと」
(ハ) 終助詞化して、文の終止した後に付いて、相手に軽く問いかける気持を表わす。 門(1910)〈夏目漱石〉三「『好い御湯だった事(コト)?』と聞いた」
④ 文を受けて全体を体言化したり、間接的に命令の気持を表わしたりする。
(イ) 「こと」で文を中止するような形で、文章の題目などとして用いる。何々についてという意を表わす。
西宮記(969頃)一「童親王拝覲事」
(ロ) 命令の意を間接的に表わすのに用いる。 ロドリゲス日本大文典(1604‐08)「ミダリニ ヒトヲ コロス ベカラザル coto(コト)」
⑤ 形容詞の連体形に付いて、連用修飾語として用いる。「早いこと行こう」「うまいことやった」など、俗語風な言いまわし。 羽なければ(1975)〈小田実〉八「うまいこと二人の影が敷石道にうつって見えましたんやけど」
⑥ 人を表わす名詞や代名詞に付く用法。
(イ) その人をさし示したり、…に関して、などの意を添える。
玉塵抄(1563)二八「廉ことは年よったれば大ぐらいして十斤が肉をくらえども」
尋常小学読本(1887)〈文部省〉三「私こと今日午後三時に当地につき申候」
(ロ) 通称と本名を合わせてあげるときに、通称、雅号、芸名などの下に付けていう。 落語・三枚起誓(1894)〈四代目橘家円喬〉「小照こと本名すみ…フーン」
⑦ 問題とすべき語の前について、事態の範囲をその問題に限ることを表わす。 都会(1908)〈生田葵山〉訪問「田舎の役所の様な事務と違って事皇室に関するので」
[ 三 ] ( 造語要素としての用法 ) ⇒ごと(事)
[語誌]→「こと(言)」の語誌
広辞苑 名詞 (もと「こと(言)」と同源)
➊意識・思考の対象のうち、具象的・空間的でなく、抽象的に考えられるもの。「もの」に対する。
①世に現れる現象。
できごと。事件。
万葉集5「世の―なればとどみかねつも」。
「―と次第による」「―のなり行き」
㋑大事。変事。 万葉集4「わが背子は物な思ほし―しあらば火にも水にもわれ無けなくに」。
「さあ―だ」
㋒事情。様子。事態。 後鳥羽院御口伝「彼の卿が歌存知の趣、いささかも―により折によるといふ事なし」。
「山の―に詳しい」
㋓理由。縁。 今昔物語集17「其ればかりを―にて(むつま)しくなりなむ後に」
わざしわざ。業務。 蜻蛉日記中「明くれば起き、暮るれば臥すを―にて」
㋕折々の行事。 「―始め」
㋖僧侶の夜食。 著聞集18「或人―をして贈りたりけるに」
②言ったり考えたり行なったりする中身。
㋐思考・表現の内容。
新古今和歌集雑「思ふ―をなど問ふ人のなかるらん」
㋑意味する実体。 「弁天小僧のとはおれの―だ」
㋒(体言に続けて)「それについて言えば」の意。 「私―一身上の都合により」
㋓二つの体言の間に挟んで、上下の体言が同一の実体である意を示す。(通例上が美称、下が正式な呼称) 「清水の次郎長―山本長五郎」
㋔(活用語の連体形に付いて)その活用語を名詞化し、また、その語句全体で経験・習慣・必要・状態等を表す。 「見る―は信ずる―である」「行った―がない」「早く寝る―にしている」「急ぐ―はない」「まずい―をやった」
㋕(形容詞連体形をうけ副詞句的に)その表す事柄が、述語の指す動作などのしかたに関係する意。 「長い―御苦労様」
➋文末にそえて、終助詞的に用いる。
①(動詞の連体形または動詞に打消の助動詞の連体形の付いた形にそえて)願望や軽い命令・禁止を表す。
「廊下を走らない―」
②(主に女性語で、活用語の終止形または連体形に付いて)感嘆・疑問を表す。 「まあ御苦労な―」「それでいい―」
大言海 名詞 〔倭訓栞、 「事ト、言ト、訓同ジ、相(マツ)テ用ヲナセバ也」事ハ、皆、言ニ起ル〕
(一)ワザシワザ。仕事。 所作 (シヨサ)
神代紀、上 廿一 神功 (カムコト)旣畢」
同、下「吾以此矛、卒有(ナセル)(コトヲ)
「事、繁シ」事ヲ執ル」
(二)世ニアラハルル現象。コトガラ。事件。 枕草子、七、六十八段「世ノ中ニ、事、出デ()、物、サワガシクナリテ」
竹取物語「家ノ人ドモニ、物ヲダニ言ハムトテ、言ヒカクレドモ、 トモセズ」
源、五十二、手習 四十七 「山ヨリ()リハベルコト、昔ハ、事トモ思ヒタマヘラレザリシヲ」
(三)常ニ變ハレル出來事。變事。大事 萬葉集、十六 十一 「事シアラバ、 小泊瀨山 (コハツセヤマ)ノ、 石城 (イハキ)ニモ、(コモ)ラバ共ニ、 莫思 (ナオモ)ヒ吾ガ()」(石城ハ、墓ナリ、共ニ死セムトナリ)
同、四 廿五 「事モナク、アリ()シモノヲ、 老次 (オイナミ)ニ、カカル戀ニモ、吾レハ遇ヘルカモ」
源、一、桐壺「ハカバカシキ(ウシロ)()シ無ケレバ、 トアル時ハ、ナホ、寄リドコロナク、心細ゲナリ」
「スハ、事、起レリ」
(四)チナミユヱワケ緣故 事故 古今集、序「春ノ花ノアシタ、秋ノ月ノ夜每ニ、(サブラ)フ人人ヲ召シテ、事ニツケツツ、歌ヲ奉ラシメタマフ」
同、十八、雜、下「田村ノ御時(文武天皇)ニ、事ニアタリテ、津ノ國ノ須磨ト云フニ、籠リ侍リケルニ」
(五)動詞、形容詞、等ニ添ヘテ、名詞トスル語。 萬葉集、十四 十一 (ナカ)マナニ、浮キ居ル船ノ、漕ギ出ナバ、逢フ 許等 (コト)難シ、今日ニシ有ラズハ」
「降ル 、雨ノ如シ」深キ 」靜カナル 」(ウツク)シキ 」

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最終更新:2024年07月27日 21:18