「ただいまー…」
アパートの部屋に帰り、荷物を置き、部屋着に着替える。普段通りに。
ただ、普段なら(近所のスーパーにでも寄って来ない限りは)
大学から直帰するところだが、今日は少し違う。
夏とはいえ、もう東の空に星が瞬き始める時刻となっていた。
軽く手を洗い、うがいを済ませてから腰を下ろす。
さっき持ち帰ってきた荷物を解き、小さな箱を開けた――ケーキだ。
勿論、つかさが焼いてくれた様な丸くて大きなケーキじゃない
小さな一人前のショートケーキ。
奮発して、一緒にワインでも買って来ようかと思ったが
買置きの酎ハイがまだ何本か残っていた事を思い出して、止めておいた。
そこいらのコンビニにだって、勿論ケーキくらい置いてあるけれど
何となく近所で買うのが嫌で、わざわざ隣町まで行ってしまった。
だって、ケーキなんて買い求めてるところを誰か知り合いに見られたら、
そんなの惨め過ぎるから――知り合いなんていないのに――
思わず苦笑がこぼれた。
ケーキを前にして、お酒も用意して、
そこで初めて、ロウソクを買い忘れていた事に気付く。
一瞬、傍らの煙草に目を遣り「これロウソクの代わりに…」
などと考えたが、すぐに馬鹿げた考えだと一蹴する。
まぁいい。今更、風情だの何だのと気取ってみても滑稽なだけだ。
ケーキの代わりに可愛いライターでも良かったかな、
自分への御褒美――そんな陳腐な台詞が頭をよぎった。
目の前のケーキを眺めていても、さっばり食欲が湧かない。
既に学食で夕食を済ませて来たからではない事は、自分でも分かっている。
気分を切り替えようと、酎ハイを一口飲んでから
煙草とライター、そして携帯を持ってベランダに出た。
手すりにもたれ、メンソールの煙を肺の奥深くに吸い込みながら
携帯で昔撮った写真を眺める。あの頃の写真を。
……どうしてこうなってしまったんだろう。
あの頃は気付けなかったけれど、毎日が楽しかった。輝いていた。
家族がいて、友達がいて、みゆきがいて、そしてこなたがいて、
毎年の誕生日にはつかさが焼いたケーキを笑いながら食べて、
そう、いつも四人で――
さっきのロウソクだってそうだ。私はいつだってそうだ。
皆、メールの一つだってくれやしない。忙しいから?それとも……
私の方から連絡?恥ずかしくて出来る訳がない。
どうしていつも失敗してから、戻れなくなってから、
大事なものを失ってから、初めてそれに気が付くんだろう…私は……
煙草の灰と共に、涙がこぼれた。
ピ ン ポ ー ン
不意に玄関のチャイムが鳴り、現実に引き戻される。
慌てて目元を拭い、ベランダの空き缶に煙草を突っ込むと
玄関へと小走りで急ぎ、覗き穴から来訪者の様子をうかがった……
運送業者に礼を述べ、ドアを閉めて荷物を確かめる……やはり実家からだ。
はやる気持ちを押さえ、荷を解き、中身を確かめる。
箱に入っていたのはパンパンに膨らんだ袋が一つと、そして手紙が三通。
袋の中身は――限界まで詰め込まれた大量のクッキーだった。
そして手紙は――うち一通を取り出し、焦るように目を通した。
『ハローかがみん。元気にしてるかね?
この手紙が届く頃には、私たちはみゆきさんのマンションで
つかさの生誕記念祝賀会でもしてるはずだよ。
同封したものは、つかさ、みゆきさん、そして私の三人で
溢れんばかりの愛を込めて作りました。
(でも、かがみんだってそっちの友達と出掛けてるかもしれないし
今夜中にはこれ受け取ってもらえないかな~? TωT.)
本当は例年通り、かがみ&つかさの合同祝賀会にしたかったけど
かがみんは遠くの地で忙しく頑張ってるんだものね。仕方ないよね。
メールするのだって、少し気が引けちゃうくらいなんだよ…
数年後、こっちに帰って来たら、その時こそ皆で一緒に…
つーか、夏休みには絶対帰ってこい!淋しいよ~ >ω<.
貴女の夫、こなたより
追伸、浮気すんなよぉ~』
最後まで食い入る様に読み、そしてまた最初に戻って読み直す。
何度も読み直し、この幸福感が薄れぬ内にあと二通の手紙も――
そう思った矢先、さっきベッドの上に放り投げた携帯から
懐かしい、それでいて耳慣れたメロディが流れ出した。
慌てて駆け寄り、知っているはずの発信者の名前を確かめる。
一瞬「今の私に、こなたと話す資格なんて…」と思い止まったが
少なくとも今だけは、そんな恐怖心は心の奥へと押しやった。
せめてこれからは少しでも後悔のない様に、失わない様に、
大事なものに気付ける様に生きていきたいから。
受話器の向こうから、あの人懐っこい声が聴こえて来た。
嬉しいはずなのに、また、涙がこぼれた。
おしまい
最終更新:2008年08月09日 21:18