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柊かがみは農家の嫁になるそうです。

今、私、庄司かがみは娘の首を絞めている。
すべてが狂い始めたのは陵桜を卒業した頃からだった。

滑り止めのつもりで受けた某農大の経済学部。しかし、肝心の法学部
の大学が受からず、仮面浪人するつもりで某農大に入学した。そのた
め、友人に恵めまれず一週間の間、語学の授業以外はしゃべらないこ
ともあった。
唯一の救いは高校時代の旧友である、こなた、みゆき、みさお、あや
のがいたことであった。メールのやり取りも途絶えることはなかった
し、休日ともなれば、会いに来てくれることもあった。こなたのヲタ
の話でも案外盛り上がったりもした。

後期になると大学の講義と受験勉強を両立させることも難しくなり、
このままの状態を続けるには限界があった。そんな時、かがみに優し
くしてくる男性がいた。最初は、会話を楽しむ程度であったが相手が
庄司と名乗ったころから、急速に親密となり、受験勉強そっちのけで
デートを楽しむ仲となり、かがみは仮面浪人をやめた。そして、ぼっ
ちになったかがみにも一筋の光が射したように見えた。結婚するまで
はプレゼント攻撃に気づかずに。

庄司は農家の長男であり、初めて聞かされたときは驚いた。が言葉訛
っていたので地方出身というのは分かっていたので、すぐに納得でき
た。しかも、秋葉系よりは遥かにマシだと思い、特に気に留めなかっ
た。実家で初顔合わせしたときも、彼の両親からは意外にも「嫁にき
てくれりゃあ、あとはなんもせんでもええ」と言われ庄司の家族は歓
迎ムードに包まれ、公認の仲となった。庄司の実家は一面の田んぼと
ハウスに囲まれたところにあった。また、近くには山があり多くの部
分を、実家が所有していた。相当の資産家であり年収は千万を超える
と庄司に聞かされた。鷲宮より空気がおいしく、結婚を決意するには
時間は掛からなかった。大学4年間はそれから、あっという間に過ぎ
た。そして、大学を卒業した直後結婚し、柊かがみから庄司かがみに
なった。ここから、地獄みたいな日々が始まるとは想像もしていなか
った。

庄司家の本性が明らかになったのは、新婚旅行の時だった。
ホテルに忘れものをしたかも?と言ったら突然「いくらしたんだ!」と怒
鳴りだし延々と文句を言われた。私物で自分が買ったものにも関わら
ず。そんなものにまで夫はいちいち値段を聞きたがって、まるで自分
が損したみたいに悔しがって、失くしたことを悲しんでいる持ち主の
かがみを罵倒した。まるで、夫が別人のように感じた。しかし、それ
は農家の嫁の不幸の始まりに過ぎなかった。

朝は早く、毎日午前5時に起きなければならなかった。絶対につかさで
は耐えられない。そして、農作業を手伝いつつ家事もしなくてはならな
かった。特に料理が苦手だったせいか姑にはよく文句を言われた。家
事が終わりようやく寝つけたのは、家族がすっかり熟睡した12時であった。

テレビは一台しかなくリモコンを操作できる権限はなかった。ただ、民
放は限られており、深夜には放送を終了する局も少なくなかったので
ある程度は我慢できた。家族が見る番組と言えば、NHKの連続ドラ
マ小説とNEWSぐらいだった。

趣味であったライトノベルはおろか、メジャーな雑誌も手に入らない田
舎で唯一読むことができたのは、農協から送られてくる家の光と地域
限定のローカル誌ぐらいであった。そのため、ハルヒやフルメタを二
度と読むことはなかった。

年収一千万という話は年商=年収というのが真相で、経費から差し引
いたら手元には僅かしか残らなかった。そのためかがみの可処分所
得はゼロで財産はすべて、夫や姑が管理していた。そのため、生
殺与奪の権利もすべて庄司家に握られていた。

高校時代の旧友との交流も結婚したときから、途絶えた。旧友の結婚
式の招待状が送られたときですら、姑の顔色が悪くなり、庄司家の空
気で欠席せざる負えなかった。

かがみは実家にはもう長い間帰っていない。そのため、つかさが大手
社員と結婚したのを知ったのもその年に送られてきた年賀状からだっ
た。庄司家では妻の実家には新米できたらその年に余った古米を送る
という伝統があったため、これにより辛うじて実家とのつながりが取
れていた。実家が神社ということもあり御神酒が送られることもあっ
たが大吟醸酒ということもあって、かがみの口にはいることはなかっ
た。

結婚したとたんに豹変した庄司家の中でも、姑と舅はひどかった。特に
20代も後半になると後継ぎのことでうるさくなり、「子供出来ないんだ
ったら、お前のような不細工嫁はいらんのじゃ」と言われても、耐えな
ければならず、夫はマザコンであったため、味方は誰一人としていなか
った。30代になってようやく妊娠し、後継ぎ問題は終わったかに見えた。

妊娠6ヶ月ぐらいでも家事一切+農作業をやらされ、妊婦にとって辛か
ったが耐えた。そして、生れた子供は二卵性双生児であったが両方と
も女であった。産後もひどい貧血でも農作業に駆り出され、最後は歩
くのがやっとだった。病院に行けば舅から「無駄金使いおって、ごく
つぶしが」と言われる始末だった。

数年過ぎると、後継ぎは長男という庄司家の伝統から後継ぎ問題が再
燃し、小言を言われることが多くなった。柊家が神社で兄弟が女しか
いないこともやり玉に挙げられ、実家は軽蔑された。そして、庄司家
と村一帯の集落では鷲宮神社に行くと男児に恵まれず、後継ぎが生ま
れないという噂までたった。

それでも、30代も後半に差し掛かるとまた妊娠し、家族から強制され
た出産前診断で男児と分かると、態度が一変した。それでも、強い子
を産むためという名目で農作業と家事に従事させられた。高齢の母体
に過酷な労働、そして転倒した。病院に運ばれたかがみは緊急手術を
受け流産してしまった。流産の知らせが家族に届くと葬式のような準
備までなされた。その日からかがみの扱いは劇的に変わった。

夫は、不倫、姑や舅からは奴隷のように扱われ身も心も限界であっ
た。子供を産む機能を失った農家の嫁は最早、家畜も同然であった。
娘は姑などから小さいうちは可愛いからお人形扱いで溺愛されていた
が将来的に見れば、長くは続かないだろう。不倫相手が男児を産め
ば、もうこの家には居られない。

かがみは小3になる双子の娘を連れて車を走らせていた。長女は私
似、次女は私の妹似。それぞれ、可愛いくて母親思いである。でも、
あの家では長男以外は幸せになれるだろうか?実家とは絶縁状態と
なり、夜逃げでリセットする金すらない今........心中するしかない。
そして、娘に手を掛け、私は車ごと崖から落ちた。走馬灯のように
脳を駆け巡る映像は人生で一番幸せな高校時代だった。  (完)

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最終更新:2008年10月05日 16:48
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