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まつり姉さんの訪問

by中州産業大学(関西地方):

「あ、まつり姉さん。鍵あけとくから入って」
オートロックの解除ボタンを押してインターホンの受話器を置く。
なぜか突然姉さんが私の部屋に来たいと言い出した。しかも広くないのに泊まっていくつもりらしい。
玄関の鍵を開けて、何度も見直した部屋を最後に確認する。怪しいモノは、ない。
ドアの開く音、閉まる音、鍵の音。
「おじゃましまぁーす」
「はいどうぞー」
靴を脱いであがってきた姉さんは、手にビニール袋を持っていた。ビールが4本と一升瓶が出てくる。
「うわ、こんなにたくさん……」
「気にしないの。今日は語るよ?」
「なにを」
「んー……さてね。しっかし、部屋きれいよねー」
含みのある表情で誤魔化された。
「あんま人、呼んでないでしょ?」
「ま、まぁね。ほら、せま、ひ広くないしっ」
あれ? 私、動揺してる?

「夕ご飯は?」
「まだ。どっか食べいく? それもいいけど、食材ある?」
私の返事を待つことなく、姉さんはビールの缶を持って冷蔵庫を覗いていた。これは、作る気かな。
「それなりに」
手際よく冷凍庫や食器棚を漁っていく。
「肉、たらなくない?」
「そうでもないけど……」
「かがみ間食多いもんね。あんたが一人暮らし始めてから、お菓子が減ったわよ」
買っておいたお菓子が時々なくなっていたことを、私は知っている。
「嫌味言いにきたんなら帰ってよ」
「んー……もう電車ないしぃ……」
嘘つけ。まだ日も落ちない時間から電車が終わるだなんてどこの日豊本線よ。
「うちにはかがみのとこに泊まるって言ってきたんだし、帰れるわけないでしょ?」
それは男の家に泊まるときの言い訳じゃないの?
「ふーん……で、みんな信じてくれたんだ?」
ふん、意趣返しだ。
「当たり前よ。あたしが外泊する理由なんて、他にないじゃない」
そんなにきっぱりと言われても困る。
けど、そういえばまつり姉さん、サークルでもゼミでもほとんど朝帰りしなかったっけ。

「よし、んじゃ適当に作るか。ちょっと待ってて」
姉さんはバッグから小袋を取り出すとキッチンを占領してなにやらはじめた。
「手伝おっか?」
「別に、いつもどおりにしてていいよ。ああ、かがみも料理するようになったんだよねえ……」
肩透かしを食らってしまい、所在無くテレビをつける。いつもどおりと言われてもPCは……ほら、あれだ。
いっそのこと『姉ちゃんが泊まりに来た』とかスレ立ててやろうかしら。
「ニュースかぁ。そういうとこ、やっぱかがみらしいわ。ビール飲んでていいよ?」
「ん……」
「けど、キッチン狭いわね。手伝ってもらわなくて正解だわ」

そうこうしているうちに、今日の夕食が出来上がった。パエリアだった。
私サフランなんて買ってないし、わざわざ持ってきたのかな。
キッチンにはビールの空き缶が一本転がっている。
つか、日本酒持ってきて洋食とかなに考えてるのよ。
「はい、どうぞ」
テーブルの中央に鶏肉メインのパエリア。二人分のサラダとコンソメスープ。
昆布だしと鰹節の匂いが、かすかに漂っている。て、え? 昆布? カツオ?
「それじゃ、乾杯しよっか」
「うん……」
あの狭いキッチンで、短い時間にこれだけの料理を手早く仕上げたのはちょっとすごいかも。
「乾杯ー」
二つの缶を軽く合わせ、そっと口に運ぶ。姉さんはひといきに結構な量を飲んだようだ。
私はお酒、苦手なんだけどな……。
「ぷはぁー。ほら、かがみもどんどん飲んじゃいなさいよ。料理も、冷めないうちに」
「うん。いただきます」
なるほど良く見れば食材が割とかぶっていて、どれも玉葱とパプリカが入っている。
パエリアは見た目こそ洋風だけど、味付けに醤油が入っていてあっさり目だった。
コンソメスープまで和風の味付けだったのには驚いたけど。
これならビールにも日本酒にも、たぶん洋酒にも合うと思う。

「どうよ? おいしい?」
「おいしい。こんな風にも出来るのね」
姉さんは自信たっぷりという風に頷く。ほんのり頬に赤みが差していた。
「いろいろアレンジしてみた甲斐があるってもんだわ」
「レシピ教えてくれない?」
「あとでね。けどまあ簡単よ。鶏肉は下ごしらえしたあとレンジで火を通して、
野菜ゆでながらスープ作っておいて鶏肉のだしを……」
あとでとか言いながらつらつらと説明を始める。けど、これなら私にもできそうだ。
「要はパエリアって炊き込みご飯だからね。あえて炒めないでおくと洋風っぽくなくなるの」

「で、大学どうよ?」
夕食の片づけが済んで落ち着いてきたころ、グラスと一升瓶をテーブルに並べたところでそう切り出された。
「順調、だと思うけど」
「そのわりには部屋きれいよね。片付ける時間がたっぷりある感じ」
「これは……姉さんが来るって言うから」
「それでも、ね。まぁでも人によるか」
そう言ってコップに入った日本酒をあおる。
「ほら、かがみも飲みなさいよ。たっぷりあるんだから」
「わ、私は……」
「遠慮するな。私のおごりよ」
きれいに視線が座っていた。もしかしてもう出来上がってるの?
これは断れないと覚悟を決めて一気に飲み干す。
おいしい。おいしいけど、アルコールに喉が少しびっくりしたみたい。
胸がほかほかする。なんだか物足りない。
「好きなだけやんなさい」
コップはまた日本酒で一杯になった。
「で、私にまで見栄張るつもり?」
「何のこと?」
姉さんは答えない。間が悪くて、それでコップに手が伸びる。
「ま、あんま無理はしないでね」
「わかってるわよ」
そしてまた一口。無理するな、か……。

「これは友達の従妹の話なんだけどね……」
私も結構な量を飲んでほろ酔い加減になったころ、姉さんはこんな感じで語りはじめた。
「その子は真面目で責任感があって、ちょっとだけオタクっぽいところがあってね。
けっこう可愛くて、だけどあんまり積極的じゃないの。その子は京都で一人暮らししてるんだけど、
一緒の大学に行った高校の知り合いも少なくてあんまり友達がいないみたいなんだ。
家族には元気でやってる、って言うんだけど、ちょっとそういう感じでもなくてね。
講義にはちゃんと出て単位も揃えてるみたいだし、確かに順調ではあるんだろうけど……ねえ?」
「……うん……」
「それでほら、その子はしっかりしてるから、みんなわりと安心してたのよ。
けど、おせっかいな人はどこにでもいてね。心配だからって突撃したの。
そしたら、見事に真実がわかった、ってとこかしらね」
「それで……どうなったの?」
お酒が入っているからか、続きが気になった。自分のことを言われてるのに、不思議と嫌な感じはしない。
「なにも」
「え?」
「なーんにも。だって、本人が大丈夫って言ってるんだから、大丈夫なんでしょ。
ただ、そのまんまじゃおさまりがつかないから、やらないか? って」
「はあっ!?」
「あんたの部屋にあった同人誌の『呪ば……」
「え、ちょ、そ、それは」

「だから、自分の気のすむまでやってみて、それで何か思うところがあったら言って来い、って。
話しを聞くくらいなら、忙しくたってどうにかなるから、ってことよね。落ちはないわよ」
「そっか……」
アルコールの回った頭で考えてみた。
もしかして、私は姉さんが何か答えを見せてくれると期待していたのではないだろうか。
今の私の問題が、霧が晴れるようにスーッと消えてしまうことを願っていたのではないだろうか。
けど、そうじゃないのよね、たぶん。
そして、コップをぐいと傾ける。


次の朝、姉さんは普通に起きていた。
あれだけ飲んだのに、どうしてこんなに元気なのだろう。
「かがみは意外と受け身だし、役割とか理由とかがないと動かなかったよね。昔っから」
「そうかな?」
「うん。でもまぁ、それもありだと思うけどね。けど、白馬の王子様なんていないのよ」
白馬の王子様はないだろうよ。あんたまだ酒が残ってるんじゃないか?
「そうだ、残りのお酒はかがみにあげるわ。あのペースで飲めるんなら、悪くなる前に空けられるでしょ」
そう言い残して、姉さんは帰っていった。

その後、とある場所で私は見つけた。
「いまから妹の部屋に突撃する」「ビール4本と日本酒一升」「やらないか」
それからまだあといろいろ。
ちょっとびっくりして内容を確認すると、一枚の扉の前に立つ男の人の写真があった。
きっと、違う世界の話よね。

<おわり>

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最終更新:2007年10月30日 20:39
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