カオスレポートα


―全ての物語は音によって紡がれる.

私はそう信じて,それまでの人類が成し得なかった最高の技術を作ることが出来た.
それが悪意ある者の手に渡るまいと,研究所を離れたのだ.愛する妻と共に.

研究所を離れた後も,私はその技術を完成させようと躍起になっていた.
その間,妻の相手をまともにすることが出来なかったのが,今となって思えば痛手であった.
愛する人を何故愛せ尽くせなかったのか.もしかしたら私は,
妻の姿に別の何かを重ね合わせていたのかもしれない.

妻を私の開発したフーリエ機関で幻想跳躍させた後,私もあの子,フーリエを捜す為に
幻想跳躍しようとしていた時の事だった.
私の研究所に属する者数人が悪い報せを伝えに来たのだ.

「セーラ様が何者かに連れ去られていきました!」

その犯人は,かつて軍研究所に所属していた時に席を同じくしていた同僚であった.
私は純粋に彼を憎んだ.愛する人を奪われたら,何かしら負の感情を持つのが普通であろう.
私は,彼を憎み,負の連鎖に閉じ込めてやろうとした.私は,妻と一緒でありたかった.

私は,妻が専門していた生物行動学に着手し,更に国軍が秘密裏に開発していた似姿を創り出す
技術を持って,私の分身体とも言える存在を生み出した.その存在を,生態系の複雑さに因んで
「カオス」と名付けた.「カオス」は,その犯人をうまく負の連鎖へ飲み込ませる事に成功した.

それでも妻の幻想跳躍が失敗し,人外の姿になってしまった.もし,もっと親密に妻と一緒に
いられたら・・・.一番目の幻想は無事始まる事になるが,
我々のあの子を捜す旅は崩れてしまった.

…いや,崩れかけていた.


カオスレポートβ


私の第一の復讐は果たせた.結局,妻は人外の女神となって,
数多の幻想における女神と称するに相応しい人物へ転生していくという
何とも複雑な方法によって旅立った.

私はというと,もう一人の研究者「カオス」に,妻と共にいた世界であの子を捜させるのを任せ,
フーリエ機関による跳躍法「バハムート」により二番目の幻想へと旅立っていった.

分身体である「カオス」の様子を時々チェックしながら,私は二番目,三番目,四番目・・・と
順々に幻想を歩んで行ったのだ.・・・違う身とはいえ,元々は私自身だったそれを
観測することで,当初の目的に沿った行動をしているのか点検する為に.

…だが,生物とは多様性と複雑性を持つ存在であることを私は後になって知った.
これから語るのは,「カオス」を観測した結果,得られた情報そのものである.
今となっては,私はその行為しか出来ぬ存在となってしまったから.


カオスレポートγ


跳躍する以前の世界で,「カオス」は神として挙げ奉られていた.「カオス」を崇拝する者達は,
カオス神殿なるものを建立した.私の発明した浮遊石をかち割り,そのかけらを方々に撒いた.
あるかけらは氷の洞窟にそのまま安置され,またあるかけらはアダマンタイトとして,とある
城に保管され,そして・・・

一番大きなかけらを彼らは黒水晶,つまり闇のクリスタルとしてカオス神殿に奉った.

元ガイア国軍研究員にして,後にルフェイン人と呼ばれる彼らは,何がしたかったのだろう.
そんなことをしたら,世界は闇に包まれるだろうに.その事に気付いた彼ら―ルフェイン人―は,
すぐに闇のクリスタルに対するものを作り出したのだ.この世の理を統べる四大元素に因んだ
クリスタルを作った.そして「カオス」の力を恐れたルフェイン人達は,4つのクリスタルと
闇のクリスタル,両方の力で「カオス」を次元の狭間へ封印したのだ.

だが相対する力が同時に発動した為,世界に大きな変動を起こさせた.四つの力,
闇のクリスタルは,更なる次元の狭間を生み出すと共に,その深奥部に光と闇の狭間を
作り出してしまった.その,世界に大きな変動を起こさせる程の力は,現存するどの力にも
当てはまることはなかった.だが一つだけ候補がある.私にも解明出来なかったあの子の力.

そう,「境界の力」である.


カオスレポートΩ


ここから少しの間は,私の推測が入る.

光と闇の狭間・・・.光の世界と闇の世界の境目だという其処は,真っ白と真っ黒を隔てる際に
等しい.光と闇,相反するものを繋げるには膨大なエネルギーが必要だ.

そして,「カオス」が見たものは,
そのエネルギーを調整し行使するあの子,フーリエの姿だった.

なんということだ.私は私と妻が置いて来た世界で彼を発見したのだ.いや,その世界は既に
以前の世界とは一線を画していた.「カオス」を使って調査したことだが,フーリエがいた
世界は,ずっと昔に我々3人で仲良く暮らしていた世界,すなわちまだガイアとテラがあった
世界であった.フーリエは過去にタイムスリップしたというのだろうか?

私が「カオス」を通して見てきたのはこれだけではなかった.フーリエが,テラホーミング作戦
を丸く治め,平和になった世界があった.そして其処には,造形師と呼ばれる人々が住んでいた.
だが,最終的に「カオス」が見せてくれたのは,私とセーラにとっては残酷すぎる情景だった.

次元の狭間の中の,更に次元の狭間では,フーリエの「名残」が空高くから「降り積もって」いた.
言葉にしたくはないが,そこではフーリエは亡くなっており,フーリエの骨が砕け散った「砂」が
その世界一面を覆い被さっていたのだ・・・.

何がフーリエをそうさせたのか.私には調べる余地がまだあった.光と闇の狭間へと「カオス」を
移動させ,その中にあるものを調べようとした.一人の子どもの親として,知る必要があった.
権利があった.だが,複雑性に富んだ私のコピーではそれは叶わなかった.

思えば,余所者を違う世界へ置いて来た私が元凶なのかもしれない.
今,世界はどう動いているのだろうか.

私は,「カオス」から送られて来る信号をキャッチする機械のスイッチを切った.


ゲンキョウノヒカリ,シュツリョクサイダイ...







最終更新:2012年09月20日 21:01