688 :舟屋の提督と吹雪 ◆OkhT76nerU:2015/01/08(木) 22:41:25 ID:QBUoNXaw
人と寸分違わぬ形を持ち、人の言葉を理解し、人のように感情を持ちながら
人ではない兵器という存在。
人を遥かに凌駕する戦闘能力を持ちながら、その肌は滑らかで柔らかく
温かい血の通った肉体は人の女と何ら変わるところがない。
それなのに“彼女”たちが人として扱われないのは、謎に包まれたままの出自が
人類の敵である“深海棲艦”と同じであると未だ信じられているからかもしれない。
◆
艦娘で構成される艦隊の根拠地が鎮守府と呼ばれ、艦隊司令官が提督と呼ばれるのは
海軍の伝統にならったもので、この国には軍港並みの規模を誇る鎮守府が何か所かある。
だが我が国の長大な海岸線をくまなく守るためには到底足りず、主要な鎮守府の間隙を
埋めるべく中規模の拠点が各地に配置され、さらに敵襲の可能性が少ない僻地には
小規模で練度の低い艦隊が見張り番程度に配備されているのが現状である。
そして俺の指揮する艦隊、配備されたばかりの
駆逐艦1隻でもそう呼ぶならだが、
放棄された漁港の古びた舟屋を本拠地としていた。
住めば都とはよくいったもので、海に直結した一階は艦娘の出入りに便利だし
司令部兼住居の二階窓はのどかな湾を一望にしながら釣りを楽しむことができ、
今日も窓から釣糸を垂らしながら訓練に勤しむ艦娘を眺めていた。
「しーれーいーかーん! 今日の晩ごはん、釣れましたかー」
「大声出すと魚が逃げるだろ。晩飯抜きになってもいいのか?」
「ごはん抜きで困るのは提督もですよ」
「俺が抜きなら吹雪も補給抜きな」
「もう、横暴だなぁ……倉庫に糧食あるじゃないですか」
「あれ旨くないんだよ。それよりお前さ、沖に出てマグロでも狩ってこい。
今日の訓練はそれで上がりにしていいから」
「マグロですね! 吹雪、了解です!」
「暗くなる前に帰ってこいよ……」
吹雪は舟屋の軒下ぎりぎりでターンを決めると、綺麗な弧を描いた航跡を伸ばしながら
外洋に向けて海面を駆けていく。
その後ろ姿を見送ってから何の気なしにヘッドセットをつけ釣竿に意識を戻す。
本来は艦娘とリンクする通信装置だが、鄙びた海ではこういう時しか使い道がない。
≪司令官、マグロってこの前カイテンズシでごちそうになったあれですよね≫
<そうだ。でもあんなのが泳いでいるわけじゃないからな>
≪それくらい知っています。マグロって黒くて大きいおさかなですよね?≫
<そうだ。食えれば別にマグロでなくてもいいけどな。あと武装は使うなよ>
吹雪の武装で魚が捕れるかどうか以前に、マグロなんぞがここらの海にいるわけない。
索敵兼航走訓練といえば聞こえがいいが、陸で遊ばせるよりましという程度のことだ。
週末でもあるし、提督手作りのカレーライスで日頃の苦労をねぎらってやろうかと
思いかけたとき、吹雪から交信が入る。
689 :舟屋の提督と吹雪 ◆OkhT76nerU:2015/01/08(木) 22:43:14 ID:QBUoNXaw
《目標発見、方位1-8-5》
<何だって? 繰り返せ吹雪、目標って何だ?>
《……前方……メートル……黒く…………大きい!》
<どうした吹雪、途切れて聞こえない! 一体何を見つけた、繰り返せ!>
突然混じりだしたノイズが邪魔するが、緊迫した口調から事態の急だけは伝わってくる。
もしかしたらという予感は一番嫌な方向に的中した。
《……棲艦、…く………イ級!》
<いかん吹雪、交戦せず回頭しろ、繰り返す、戦わず逃げろ!>
《……ぅかい、……いっけ…………!》
<馬鹿、違う、戦うんじゃない、戻れ吹雪!>
演習すら参加したことがない吹雪にいきなりの実戦は荷が重すぎる。
それが撤退命令を下した理由だが、ノイズの向こうで砲撃が始まってしまえば
あとはもう祈るしかなかった。ここにはまだ艦娘の視界をモニターできる装置は
配備されておらず、交信が遮られれば戦況を把握する手段は一切ない。
永遠にも思えた時間(実際には5分にも満たない時間だったが)のあと
突然ノイズが消えヘッドセットからクリアになった吹雪の声が飛び込んできた。
《……ハァ、ハァ……敵、イ級駆逐艦一隻撃沈……》
<吹雪、無事なんだな?>
《は、はい……司令官。わ、わたしやりました!》
双眼鏡に浮かんだ艦影にも損傷を示す黒煙は写っていない。
それを見届けると俺は一階に降りて吹雪の帰投を待った。
戻ってきた吹雪に手を広げてみせると、まっすぐ懐に飛び込んできた彼女を
しっかり抱き留めた。
「し、司令官………濡れちゃいますよ」
「構わん、それより報告は」
「第一艦隊、吹雪、無事帰投しました……」
「ご苦労。いきなりの実戦で敵艦撃沈、見事だったな」
「えへへ……少し怖かったけど頑張りました」
強がってみせた吹雪の小さな体にはまだ震えが残っており、緊張が緩んだのか
腕の中でぐったり力が抜けると気を失っていた。
修復ドックに横たえ損害具合を調べてみるが、幸い肉体に及ぶダメージはなさそうで
スカートの端が焦げて綻んでいるのは至近弾の爆風のせいだろう。
これなら修復にもそう時間はかからないはずだ。
俺は吹雪を起こさないよう静かに修復ドックのふたを閉じると台所に向った。
690 :舟屋の提督と吹雪 ◆OkhT76nerU:2015/01/08(木) 22:43:58 ID:QBUoNXaw
「司令官、この匂いはカレーですね!」
「起きたか吹雪。具合はどうだ、どこか異常はないか?」
「はい、なんともありません」
「まあなんだ、初戦果の祝いにはしょぼいけど勘弁してくれ」
「そ、そんなこと……戦果は司令官のおかげです」
「いや、吹雪はよく頑張ったよ。とりあえず座って食え」
元気を取り戻した吹雪は甘口にしたカレーをふーふーさまして食べながら、
テーブルに箸置きを並べて戦況の説明をしてくれた。
艦隊からはぐれたのか、こちらの勢力圏とは知らず呑気に遊弋していた敵艦と
それをマグロと誤認して手捕りにしようと追いかけ始めた吹雪。
先制こそ敵に許したものの、正確さを欠く砲撃をぎりぎりで回避して肉薄して反撃、
初弾を命中させ中破に追い込むと、逃げ始めた敵にとどめの雷撃を放って見事撃沈、
ということらしい。
笑顔で報告をしめくくった吹雪だが、かすかな表情の変化と手の震えを見てしまえば
彼女たち艦娘を人ではない兵器と割り切ることは俺にはできそうになかった。
就寝時間になっても居間でぐずぐずしている吹雪を見て本日最後の命令を出した。
「あ、あの……本当にお邪魔していいのですか?」
「遠慮するなって。それとも吹雪は嫌か?」
「そそ、そんなことありません!」
彼女はぶんぶん首を振ると、自室から持ってきた枕を抱きしめ毛布に入ってくる。
遠慮してかベッドの端に横たわった吹雪を引き寄せ、小さな背中にそっと手を当てる。
その柔らかく温かい感触、そしてほんのり甘酸っぱい体臭は女の子そのもので、
乾いた髪から漂う潮の香りにはどこか懐かしい感じすら覚える。
「……司令官の手、あたたかいのですね」
「今日は怖かったろ、吹雪」
「え、えへへ……そ、そうでもないですよ」
「無理しなくていいんだからな」
「じゃあ、怖いときは……また一緒に寝てくれますか?」
真剣な目で俺を見つめるその頬を出来心でつついてやると、ぷくっと膨れながら
もぞもぞと胸元に潜り込んでくる吹雪。
その背中をあやすように撫でているうち、眠くなったのか瞼がとろりと落ちていく。
吹雪が完全に眠ったのを確認したのち、その頬にキスをしてしまったのは
あくまで親愛と賞賛のためであって、決して疾しい気持ちからではない。
だから回数が少々多かったのは……大目に見てもらいたい。
691 :舟屋の提督と吹雪 ◆OkhT76nerU:2015/01/08(木) 22:44:40 ID:QBUoNXaw
しばらくは外洋に出さず湾内で訓練に明け暮れていた吹雪。
その彼女と同じ寝台で眠るのが習慣となって続いているのは、寒い折お互いを
温めあうという目的もあったが、そういう状況に慣れてしまえば吹雪が艦娘という
兵器であることを忘れ、一人の少女として見てしまいそうになっている。
明るく屈託のない吹雪の笑顔のおかげで邪な感情は抑えられてはいるが
ほとんどの時間、吹雪と二人きりだという状況が徐々に理性を蝕みつつある。
あの夜以来、吹雪に触れるのは背中か頭をなでるだけに止めていて
頬や唇には一切手を出さないよう自分を戒めていたが
中途半端な禁則がかえって自分を追い込んでいったのかもしれない。
ふと目覚めてしまった夜中。
無防備な寝顔の吹雪、その半開きの唇からこぼれた涎の筋を眺めているうち
気が付けば俺は吹雪に唇を重ね合わせていた。
穏やかな寝息がぴたりと止まって数秒後、吹雪のまぶたが開いて俺を見て。
多分それは笑ってみせたのだと思う。
そのまま何も言わずに瞼を閉じた吹雪の目尻が下がっていたのをいいことに
俺は吹雪の背中をぎゅっと抱きしめ、重ねたままの唇をそっと舌でなぞってみる。
吹雪がもらした微かな吐息。
一時だけ乱れた吹雪の呼吸が元通りになる頃、ようやく俺達は唇を離した。
目を閉じたままの吹雪が眠ったわけでないのはバレバレだったが、あえて言葉はかけず
背中をさすってからおやすみの代わりに頬にキスをしてから瞼を閉じた。
これが気に入ったら……\(`・ω・´)ゞビシッ!! と/
最終更新:2016年10月21日 01:24