熊野17-966

966 :名無しの紳士提督:2015/10/13(火) 09:20:44 ID:8iJfIN1w

「提督、そろそろ休まないと体に毒ですわ」

山と積み重ねた書類の中で立て籠もる私を見つけると、熊野はいつも同じ言葉で諭してくれる
心底興味が無いのか、花嫁の無二の親友だからか…熊野は私の薬指を見ても変わらない態度で接してくれる唯一の艦娘だった
だからこそ近頃は鈴谷が寝静まった後も、彼女が諫めに来るまで執務室の灯りを点ける事が習慣になっていた
「まったくもう、書類はトーチカではありませんのに…ローズヒップティーでよろしかったかしら?」
私の沈黙を肯定と受け取ったらしい熊野は、沸騰した水と少量の茶葉をティーポッドの中に閉じ込める
熊野が紅茶を淹れ、私はそれを合図に仕事を切り上げる。今日もそれだけのはずだった

「子供の相手って大変でしょう?一方的に求められて、貪られて…それでも、愛おしくて」

それは唐突な呟きだった。私は慌てふためく本心を覆い隠すように、何故そんな事を聞くのかと必死で問い返した

「昔、娘と旦那を省みずに研究に没頭した挙句全てを失った、愚かな女がいたんですわ」
「…本当に、似てしまったものですわね」

大粒の涙を零しながら私を見上げる熊野の救いを求めるような視線が、彼女の全てを物語っていた
既に熊野の姿は母の残像と重なって、顔が判別できないほどにぼやけてしまっている

「お願いします。一度だけでいい、どんな形でもいいんですの」
「わたくしに、貴方を受け止めさせて…母親の真似事を、させて下さいませんか?」

その優しい願いが何よりも取り返しのつかない結果を招くと知りながら
私は誘蛾灯に惹かれる毒蛾のようにふらふらと、熊野の体に吸い寄せられていった
最終更新:2016年07月20日 14:40