戦慄の活人剣 ◆cNVX6DYRQU



服部武雄はかつての同志の姿を求めて駆けていた。彼らを救う為、或いは斬り捨てるために。
だが、先程の九能という妙な若者に続いて出会ったのは、若者と老人の見知らぬ二人組。
「あんた達、坂本竜馬か伊東甲子太郎って人に会ってないか?或いは近藤勇か土方歳三でもいいんだが」
そう言って彼等の容姿を説明してみるが、心当たりはないようだ。
「役に立てずにすまぬな。ところでお主、その四人を見付けてどうするつもりだ?」
「伊東さんと坂本さんは守る。近藤と土方は殺す。それだけさ。あんた達も近藤や土方に会ったら用心した方がいいぜ」
そう言って伊東や坂本と合流すべく駆け出そうとする服部だが、その足が急に止まる……いや、止められた。
(何なんだ、こいつは?)
服部の足を止めたのは目の前の老人。と言っても、彼が具体的に何かをした訳ではない。
服部が近藤や土方を殺すと言った直後、老人から凄まじい存在感が湧き出て、無視して駆け去る事が出来なくなったのだ。
だが、そのような特殊な存在感の持ち主に会った事のない服部にはその事が理解できない。
もう一人の若者の方は服部にも理解できる。凄腕の剣士だろう。
服部の知る人斬りや志士達とは、九能とはまた別の意味で異質な感じがするが、それでも服部の理解の範疇の内ではある。
だが、この老人はわからない。やはり凄腕の剣士なのだろうが、そんな言葉では表しきれない何かを感じさせた。
「名乗るのが遅れたが、俺は服部武雄。あんた達は何者だ?」
すると、老人の方が前に出て名乗る。
「わしは上泉信綱。お主もこの御前試合とやらの参加者と見受けるが、よろしければお手合わせ願えぬか?」
「上泉?」
剣術界の本流とは離れた所に身を置いていた服部も、伝説の剣聖上泉伊勢守の名は聞き知っている。
無論、この老人が何百年も前に死んだ筈の伊勢守本人とは考えにくいが、ただの騙りとも言い切れない何かが感じられた。
とはいえ、仮にこの老人が本物の上泉伊勢守だったとしても、それで怯むほど服部は柔ではない。それに第一……
「素手でやろうっていうのか?」
そう、老人は身に寸鉄も帯びていないように見える。
「いかにも。お主は遠慮なく剣を使うが良い」
そう言うと老人は己の剣を差し出そうとした若者を制して下がらせ、「手出し無用」と言うと素手のまま身構えた。
「無刀取りって奴か?面白い」
無刀取りと言えば新陰流の代名詞とも言える高名な技だが、信綱がついに完成させられず柳生宗厳に託した技でもある。
もちろん、信綱に無刀の技の心得が全くない訳ではない。実際、宗厳と最初に立ち合った時は素手でその木刀を奪ってみせた。
だがそれは、当時の宗厳が未熟であり、且つ信綱の弟子の疋田文五郎に連敗して動揺していたからこそ可能であった事。
気力充実したこの達人に、不完全な無刀取りが何処まで通じるのか……

服部の二刀が信綱を追い詰めて行く。
信綱も隙を見付けて懐に飛び込もうとするが、慎重に攻め立てる服部の剣に可動範囲を狭められて行った。
いつもなら一気に勝負を付けに行く所だが、信綱の格を本能的に感じ取っている服部はあくまでも慎重に攻める。
そして、信綱を更に剣の下に誘導しようと牽制の一撃を送り……
ガンッ!!
「何だと!?」
服部の剣がいきなり凄まじい力で弾かれる。弾いたのは……
(爪か!)
そう、爪を鋼の如く鍛えておけば、刀が手元になくとも完全な無手にはならない。信綱が考案した無手の技の一つである。
相手が並の剣士であれば、弾かれた刀の柄がその手の中で回転し、自らの刀に貫かれていたであろう。
流石の服部も、片腕を刀ごと大きく弾かれたせいで体勢を崩し、隙が生まれる。
そして、その千載一遇の好機をものにせんと、弾かれなかった方の刀を持つ服部の手に殺到する信綱。
「させるかよ!」
咄嗟に手首の力だけで刀を投げ上げ、自由になった手で掴みに来た信綱の手を掴み返す。
手さえ自由になれば、服部には膂力も柔術の心得も充分にあり、そう簡単に後れを取る事はない。
両者の力が拮抗した瞬間に、服部は信綱の腹を渾身の力で蹴飛ばし、間合いを取って体勢を整えつつ投げ上げた剣を捕る。
「なるほど、名前負けはしてねえようだな」
そう言うと服部は刀の内一本を素早く納刀し、もう一本の刀を両手で構えた。
先程の一撃、信綱に弾かれたのはあれが片手で放った牽制の一撃で、且つ信綱を殺す気がない服部が手加減していたからこそ。
その証拠に、剣を弾いた信綱の爪は割れ、指は血に塗れている。
となれば、服部が両手で本気の一撃を叩き込めば、信綱が残った九つの爪を総動員しても止めることは出来ない筈。
それに、二刀ならば一方の剣に両手で掴みかかられると二対一で不利だが、一刀を両手で保持していれば二対二。
いや、信綱の指一本が使い物にならなくなっている事を考えれば十対九でこちらが有利だ。
その判断を基に、服部は余計な気遣いを捨て、両腕で必殺の一撃を叩き込む。

戦いは、二刀から一刀になって服部の手数が減ったにも拘わらず、先程とほぼ同じ展開を辿っていた。
先程の蹴りが思ったよりも痛手になったのか、どうも信綱の動きが鈍っている。
そして、服部がとどめの一撃を繰り出そうと信綱に向けて大きく踏み込んだ時……
ぶつっ
その踏み出した足の草履の鼻緒が切れ、服部はまたも体制を崩す。
運が信綱に味方した、という訳ではない。先に服部に蹴られた瞬間、信綱が爪で素早く蹴足の鼻緒に切れ目を入れていたのだ。
そして、信綱は服部の上段に構えた刀には見向きもせず、その腰目掛けて飛び込んで来る。
納刀した方の剣を奪うつもりか。そう判断した服部は素早く左手でそちらの刀を抑えるが……
「ちっ、鞘か」
そう、信綱の狙いは抜刀した刀の鞘。それを無理やり引き抜くと、素早く飛び退って構えを取る。
「く……」
未だこちらには二刀があり、信綱が手にしているのは鞘一本のみ。
冷静に考えれば有利なのだが、ついに信綱に得物を持つ事を許してしまった事が心理的圧力となって服部を襲う。

信綱に鞘を取られた事により、服部の中に迷いが生じていた。
このまま一刀で鞘ごと叩き切るのが良いか、あるいはもう一本の刀も抜いて二刀の手数と間合いの差で押すか。
信綱が刀の鞘という中途半端な武器を持ったせいで、どちらが有利かすぐには見切れない。
そして、服部が決断する前に信綱は動き出し、滑るような一撃を送り込む。
「これは……!?」
一瞬の後、信綱の鞘が服部の喉元に擬せられていた。
傍で見ていた甚助には、信綱の特に速くもない一撃を、何故か服部が防御しようともせず、無為に受けたようにしか見えない。
だが、実はこの一撃は、速くなかったからこそ服部の防御が間に合わなかったのだ。
仮に信綱が放ったのが神速の一撃であれば、服部は余計な事を考えずに防御を行い、おそらくは防ぎきっていただろう。
しかし、攻撃の速度が緩やかであった為に、そこにどう防御すればより有利かを考える余地が生まれる。
そして、信綱は剣の軌道や速度を、どう対応するのが最適かのちょうど中間点に来るよう完璧に調節したのだ。
その動きによって服部の心中に生じた迷いが増幅され、それを振り切る前に剣は如何なる防御も無効な距離にまで来ていた。

「……俺の負けだ。こいつは戦利品としてあんたが使いな」
服部が負けを認めて手に持った刀を差し出す。
「いや、お主こそ若いのに見事な腕だ。それでお主は今後どうするかね?」
「うん?さっきも言ったように、伊東さんと坂本さんを守って近藤と土方を殺す。そこに変わりはねえさ」
「その近藤と土方という者達がどれほどの腕かは知らぬが、今のお主に斬れるかな?」
あからさまに侮られて、服部の顔が紅潮する。
「何だと?確かにあんたには負けたが、俺だって……」
「わしが言っているのはそういう事ではないのだがな。ではわしともう一度立ち合ってみるか?」
「面白え、今度は殺す気で行くぜ!」
信綱の挑発に、服部はあっさりと乗って再び両刀を構える。
しかし、今度の勝負はあっさりとついた。僅か数瞬で信綱の鞘は何の造作もなく服部の喉元に擬せられていた。
「てめえ、俺に何をしやがった……」
あっさりと勝負が付いたのは、信綱の技が優れていたと言うより、服部の剣技が破綻していたからこそ。
先程の闘いで生まれた迷いが今でも心に残り、それまでは無造作に使っていた剣を使えなくなってしまったのだ。
ついさっきまでは何の疑問も感じずに使っていた技が、今では頼りなく、不完全な物に思える。
どうして自分は今まで迷いなく剣を振るえていたのか、その感覚すら思い出せない。
確かに、こんな状態では近藤や土方を斬って坂本や伊東を守るなど、到底不可能だろう。
「その迷いは元々お主の内にあり、お主が無意識に封じていたもの。だが、迷い惑う事は決して悪い事ではない。
 今は弱くなっても、その迷いと向き合い、乗り越えればお主の剣は更なる境地に進むであろう」
「そんな悠長な事をしてる暇があるか!こうしている間にも、伊東さんや坂本さんが命を狙われてるかもしれないってのに!」
「ならば、敵を殺す以外に友を救う方法を考える事だ。その工夫もまた兵法。それとも、わし等と共に来るか?」
「これ以上あんたと付き合うのは御免だぜ。それに、同志を救うのに部外者の力なんて借りれるかよ!」
そう言って、服部は不安を押し殺して駆け出す。仲間を救う為に。
「友と合流したらまたわしの元へ来るが良い。お主が己の中の迷いと向き合うのに、多少の手助けはしてやれるだろう」
信綱が言って来るが、それに対しては返事もしない。はっきり言ってこの老人とは二度と関わりたくなかった。
自分の心に迷いを打ち込んでおきながら、今度はそれを克服する手助けを申し出るとは、一体何を考えているのか。
彼は認めたくなかった。自分がこの底の見えない老人に僅かながら恐怖を感じている事を。
そして、同時に自分の知らない境地にあるらしい信綱の剣に魅かれ始めている事も。

【ほノ壱 森の中/一日目/黎明】

【服部武雄@史実】
【状態】健康、迷い
【装備】オボロの刀@うたわれるもの
【所持品】支給品一式
【思考】
基本:この殺し合いの脱出
1:伊東甲子太郎、坂本龍馬との早期合流
2:迷いを振り払うまではなるべく殺し合いを避ける
3:土方歳三と近藤勇を殺す
4:上泉信綱に対しては複雑な感情


「ふう……」
服部が見えなくなってから上泉は大きく息を吐く。さすがに、達人との連戦は老体には堪える。
「お見事でした、伊勢守どの」
「あの程度、見事と言う程の事ではない」
甚助に返したその言葉は謙遜ではない。あれで本当に良かったのか、信綱自身にも判じかねているのだ。
近藤・土方の名を呼ぶ服部の声から、信綱は深い怒りと憎悪を感じ取った。
あの感情のままに近藤や土方と戦い、討ち果たせばあの青年は間違いなく修羅道へ落ちる。
それを危惧したからこそ彼の心の中の迷いを呼び覚まし、彼が斬り合いを避けるように仕向けたのだが、本当に良かったのか。
あの迷いの為に、彼は友を救えずに命を落とす事になるかもしれない。
或いは、真剣勝負の場で彼の剣士としての生存本能が迷いを打ち消してしまう可能性も考えられる。
そうした形で、きちんと向き合わずに迷いを押し潰すのは剣士にとって決して良い事ではない。
最悪、信綱の余計な干渉が逆に彼が修羅道に落ちるのを早めてしまった、という事になってしまう危険もあるのだ。
しかし、それを思い悩んでも仕方がない。神ならぬ人の身に完全など有り得ないのだから。
だから信綱は信じるだけだ。服部の友を思う心が彼を良い方向に導く事、彼が遠からず友を連れて再び自分を訪れる事を。

「お見事でした、伊勢守どの」
口では感嘆の言葉を発しながら、甚助の心中は戦慄で満たされていた。
(これが伊勢守どのの活人剣なのか?)
信綱と服部の立ち合いの全てが甚助に理解できた訳ではないが、活人剣の、その語感とは裏腹の厳しさは感じ取れた。
対手の心に迷いを生み出し、その身を傷つける事なく剣を殺すとは、剣士にとっては殺人剣よりも酷かもしれない。
そして、戦慄と共に甚助の心に生まれたもう一つの感情、それは……
(自分ならばどうか)
という事だ。相手がどんな動きをするかなど関わりなく、いや、どんな動きもする前に最速の一撃を叩き込む居合いならば……
(いかん、何を考えておるのだ。伊勢守どのに刃を向けようなど。しかし……)
甚助は心中の葛藤を必死に隠しつつ、信綱の後を追った。

【ほノ壱 森の奥/一日目/黎明】

【上泉信綱@史実】
【状態】疲労、足に軽傷(治療済み)、腹部に打撲、爪一つ破損、指一本負傷
【装備】オボロの刀@うたわれるもの
【所持品】なし
【思考】
基本:他の参加者を殺すことなく優勝する。
一:あの男(岡田以蔵)をなるべく早く見付けて救う。
二:甚助を導く
【備考】
岡田以蔵の名前を知りません。
※服部武雄から坂本竜馬、伊東甲子太郎、近藤勇、土方歳三の人物像を聞きました。

林崎甚助@史実】
【状態】健康、葛藤
【装備】長柄刀
【所持品】支給品一式
【思考】
基本:とりあえず試合には乗らない。信綱に同行
一:信綱を守る
二:信綱に剣を見てもらいたい
三:信綱と戦いたい
※服部武雄から坂本竜馬、伊東甲子太郎、近藤勇、土方歳三の人物像を聞きました。


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最期の戦いは終わらない 服部武雄 迷いの剣
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最終更新:2010年05月31日 00:24