待ち望んだ対決 ◆cNVX6DYRQU


ここは島の南西の端付近の森、地図でへノ壱に区分される地域。
果心居士がこの区域への立ち入りを許した期限である辰の刻は既に過ぎ、この地には多数の武者がひしめき、相闘っていた。
といっても、果心の言葉に好奇心や反骨心を刺激された剣客が大挙して押し寄せた、という訳ではない。
ここで戦っている者の大半は剣士と言えるような者ではなく、甲冑に身を固めた兵士。
兵士の群れが、禁止区域に侵入した剣客と戦っているのだ。
果心の言う、禁を破った者に訪れる避け得ぬ死とは、この兵士達によって殺されるという意味だったのか。
だが……
「くははははは!相手にならぬわ!」
声と共に小野忠明が木刀を振るい、たちまち数人の兵士が他愛もなく切り裂かれる。
辰の刻を過ぎて間もなく、忠明がこの地に侵入し、兵士達と闘って……いや、撫で斬りにしていた。

元々、忠明は激戦の疲れを癒す為に城下に入るつもりだったのだが、その彼を入り口で迎えたのは晒された生首。
加えて、町のあちこちから血臭や戦闘の気配を感じ取るに到って、忠明は城下が休息の場としては不適当である事に気付く。
仕方なく城下西の森の中で休む事にした忠明だが、辰の刻を告げる鐘と共に、西方に無数の気配が生じたのを感じ取る。
様子を伺い、何時の間にか森の中に多数の兵士が現れ、彼等の持つ旗印が二階笠と見た瞬間、忠明は斬り込んでいた。
そして今、既に兵士達の半分程は切り捨てただろうか。戦況は忠明の側が圧倒的に優勢だ。
「甘いぞ、宗矩!こんな紙人形共が俺に太刀打ちできると思ったか!」
「紙人形」というのはこの場合、ただの比喩ではない。
忠明に斬られた兵は、血を吹いて屍となるのではなく、両断された紙の人形へと変じ、降り積もっている。
そう、この兵士達は血肉を備えた人間に非ず。果心居士がその妖術によって生み出した式神なのだ。
と言っても、所詮は元が紙であるせいでこの式神達が弱く、為に忠明に歯が立たないという訳ではない。
むしろ、妖人果心の作だけあって、この式神の強さは、人間の兵士の平均を遥かに上回ると言って良いだろう。
だが、一刀流を極めた小野忠明のような達人にとっては、並の兵士を上回る程度の戦闘力など無いのと同じ。
まして、木刀・正宗で身体能力を大幅に底上げされている今、式神達は忠明にとって、正に紙人形でしかなかった。
人でない故に恐怖心を持たぬ式神は、仲間が斬られても怯む事なく忠明に立ち向かい、見る間に数を減らして行く。

忠明の猛攻によって瞬く間に間に式神の群れは斬り減らされ、あとは僅かに五体の足軽を残すのみ。
「俺の腕を思い知ったか、宗矩!」
叫びと共に、式神を全滅させんと大振りの横薙ぎを放つ忠明。
(ちっ!)
だが、斬られた兵士は四人だけ。
横薙ぎが放たれる直前に足軽の一体が躓いたのかよろけ、結果、運良く忠明の剣をかわした形となる。
運良く……しかし、忠明程の剣客の一撃をただの式神が幸運だけでかわす、などという事が有り得るものだろうか。
答えは否。そんな事は、忠明自身が誰よりもよくわかっている筈だ。
小野忠明の剣を避ける者はただの紙人形などではなく、相当の遣い手だと。
なのに、足軽のよろける動きがあまりにも自然であった為に、忠明は一瞬、それが偶然だと思ってしまった。
そうして生き残った足軽は、舞うような動きで、剣を振り切った忠明の死角に入り込む。
(この動きは、柳生……!!)
それが、小野忠明の最後の思考となった。

【小野忠明@史実 死亡】
【残り四十九名】


「次郎右衛門、わしが知らぬと思うたか」
小野忠明を一刀で仕留めた男が陣笠を取ると、出て来たのは、足軽の装いに相応しからぬ、威厳ある老人の顔。
彼こそが、この島で最も顔が知られているであろう男……柳生宗矩である。
「わしが知らぬと思うたか。あんな人形共がお主に太刀打ちできるはずがない事を。
 奴等に出来るのは、精々が目くらまし。その程度の事、わしが知らぬとでも思うていたのか、次郎右衛門よ」
宗矩と忠明は、共に徳川将軍家の剣術指南役を務めた同僚の間柄である。
一刀流こそ最強と信じる忠明は、己の腕が宗矩より勝っていると思い、それを満天下に示す機会を狙っていたが、
宗矩は優れた政治力によってそれを封殺し、柳生の声望が損なわれる可能性を潰して来たのだ。
それによって忠明は宗矩への、柳生への敵愾心を募らせた訳だが、対する宗矩の側はどうだったか。
無論、小野忠明ほどの名人に思われることを、剣士として光栄に思わぬ筈はない。
だが、宗矩は忠明と闘って必ず勝てると言える程に傲慢ではなく、己の欲の為に家名を賭ける程に我が強くもなかった。
一族の為、先祖の為、子孫の為……剣客として願っても無い好機を自ら断ち切ること幾度か。
全てを捨てて、ただの剣士として忠明と立ち合いたいという宗矩の想いは、忠明の宗矩への敵意にも劣らなかっただろう。
それなのに、遂に実現した二人の対決が、このような形で呆気なく決着してしまうとは……
宗矩とて、本当は真っ向から忠明に挑み、一刀流の妙技や無想剣を存分に味わいたかった筈だ。
しかし、宗矩は、忠明が斬り込んで来た時点で、彼の性格と己の技を鑑みて、最良の策を思い付いてしまっていた。
果心から預かった式神達を存分に斬らせて気分を昂揚させ、忠明の防衛意識が鈍ったところで、一気に必勝の位置を取る。
成功すれば忠明に技を使う間も与えない事になるこの策を無視するには、宗矩はあまりにも剣に対して真摯すぎたのだろう。
剣士でありながら、政治力によって出世する己の生き方を愧じる心が、この性向を助長させたのかもしれない。
より良い策がありながら、それを捨てて正面から闘うのは剣への冒涜であり、忠明へのこの上ない侮辱。
そう考えた為に、宗矩は搦め手をもって忠明を攻め、結果、二人の剣術指南役が奥義を競う機会は永遠に失われた。

宗矩は、死した忠明の手から零れ落ち、地に突き立った木刀・正宗を睨む。
この剣による過度な精神の昂揚がなければ、忠明は宗矩の策を見破って、もっとまともな勝負ができた可能性が高い。
もっとも、そもそも正宗の力によって潜在能力を開放されていなければ、忠明は仏生寺弥助に敗れていたかもしれないし、
精神が高揚した事で得た絶対の自信がなければ、四人の達人と戦い、ああも見事に凌ぎきる事など不可能だったろう。
だから、正宗を恨むのは筋違いであり、八つ当たりだと宗矩も自覚している。自覚しているが……
宗矩の剣が一閃し、木刀・正宗が切り折られた。
それで己の中に区切りを付けたのか、宗矩は式神の中に紛れ込む為の甲冑を外し、意識を先の事に向けようと努める。
果心居士の言葉に誘われ、次にこの地に足を踏み入れる剣客は果たして誰なのか。
もっとも、どんな剣豪が来たところで、忠明の代わりにはなり得ないのだが……

【へノ壱 森/一日目/午前】

【柳生宗矩@史実?】
【状態】健康
【装備】三日月宗近@史実
【所持品】「礼」の霊珠
【思考】
基本:?????
一:へノ壱に侵入した者を斬る
二:?????


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人の道と剣の道(後編) 小野忠明 【死亡】
日の出 柳生宗矩 主水、不運を嘆く

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最終更新:2010年12月02日 20:16