「剣……心…?」
天海が懐から取り出した鏡に映し出されたのは、神谷薫の想い人である緋村剣心の姿。
果心居士が造り、主催者が剣士達の動きを監視し闘いを鑑賞する為に使っていた鏡。
その中から、天海は緋村剣心を映し出す鏡を取って、ここへ持って来たのだ。
天海が柳生十兵衛等の迎撃を志願してここへ来る時、緋村剣心と神谷薫は、城下の商家に居てここに来る予定はなかった。
しかし、天海は薫がこの場に必ず来ると予測して鏡を持ち込み、その読みは見事に的中。
もっとも、全ての出来事は因果の法則に縛られているという仏の教えを究めた天海ならば、この程度は当然かもしれない。
あの時点で薫達の居る商家を伺う宮本武蔵が鏡に映っており、その襲撃の意図は明らか。
薫の力量では、武蔵のような一流の剣客の死闘に巻き込まれればひと堪りもなく、その場を逃れるのが最上の安全策。
但し、薫は恋人や仲間を捨てて一人逃げるのを肯じる性格ではないし、人斬りが幾人もうろつく城下に一人で出るのも危険。
その点、ここならば居るのは主催者を討たんという正義の志を胸に宿した剣士ばかり。
危険な剣客としては新免無二斎がいるが、無二斎とて他により腕の良い剣客が多く居る中で薫に食指を動かす事はまずない筈。
薫が敵視する御前試合主催者の一員たる天海も居るが、この場の強豪達に比べればあまりに無力な老人に過ぎぬ。
だから、薫が援軍を呼びにここまで来るのはただの必然。
彼女を生かし、願いを適えようとする加護の計らいによって、薫はここにやって来たのだ。
そして、同様に彼女を助ける加護により、この鏡には緋村剣心の決定的な場面が映っている事もまた、必然。
そもそも、この空間は外部とは隔絶した、いわば小さな異世界と言える。
当然、時間の流れも外と同一とは限らず、竜宮城に行った浦島子や邯鄲の夢の如き事態になってもおかしくはない。
この空間における現在が、島のどの時間軸と重なるかは、鏡を見て観測するまで定まっていなかった事。
ならば、鏡に映るのは薫が知る事を望んでいる光景……即ち、剣心達への武蔵の襲撃の帰結の場面となるだろう。
剣士同士の闘いの結末までは天海にも読めないが、宮本武蔵という修羅の人柄については、幾らか知っていた。
あの男が勝算なしに襲撃を決意する事はあり得ず、単純に剣心達が武蔵を撃退するという流れは考えられない。
武蔵が剣心を殺すか、さもなくば剣心が人斬りに戻って武蔵を殺すというのが、ありそうな決着。
どちらにしろそれは薫の望みとは大きく外れており、天海の用は充分に果たす。

「嘘、剣心が……」
案の定、鏡に映ったのは武蔵の木刀によって命を断たれる緋村剣心。
それを見た薫の心は、己の見た物を否定せんとする願望のみに占められている筈。
しかし、如何な大天魔とて、死者を、しかも武蔵の如き剣豪に殺された者を黄泉還らせるなど絶対に不可能。
ピシッ
天海が持っていた、剣心の死を映し出した鏡が割れる。
無論、鏡を割ったところで、それが示した事実までなかった事に出来よう筈もないが。
それでも、鏡の破損は、薫を加護するものが、薫の意志に応じて剣心の死を打ち消そうと励んでいる事の一つの証左。
そして、加護の力が不可能事に注がれている今、薫自身の身を保護する余力はなくなり、薫は無防備となっていよう。
天海の眼が怪しく光るのを見た赤石が前に出ようとするが、次の瞬間、周囲の風景が突如として切り替わり、思わず足を止める。
中央の広間での聖杯の破損による空間の崩壊が、遂に彼等の居た場をも巻き込んだのだ。

丁度、天海が仕掛けようとした時に起きた異変。これは偶然ではない。
実は、聖杯破壊による空間の崩壊は少し前から始まっており、天海の法力によりこの周辺でだけ抑えられている状況だったのだ。
だからこそ天海は薫に仕掛け、他の剣士の介入を防ぐ為、絶妙な時機に力を抜き、空間移動を誘発した。
いきなり景色が全く変化した事で、天海の目論見通り、赤石は警戒して攻撃を中止。
また、この変化が刺激となったのか、遂に斉藤一と新免無二斎が刃を合わせ、激しい斬り合いへと発展して行く。
更に、ここで彼等の闘いに新たに加わる影が一つ。
周囲の草むらの中から、一羽の鷹が現れ、鋭い爪で鎖に囚われた神谷薫に襲い掛かる。

聖杯によって作られた空間が崩壊した時、そこに居た者が島の何処に弾き出されるかは、あらかじめ定められていた訳ではない。
しかし、その中心たる広間に居た剣士達が城の天守閣に飛ばされたように、一定の法則は存在していた。
そして、江戸という数百年続く一大呪術都市を築く程に風水の奥義に通じた天海ならば、それを予測するのは容易な事。
故に、天海は初めから聖杯の破壊をも計画に組み込み、鷹の潜む此処へ薫達を誘導する為、あの位置で迎え撃ったのだ。
鷹も天海が前もってこの場に伏せさせて置いた、いわば伏兵。
元は伊賀で育てられた忍鳥、それを更に天海が仕込んだだけあって、動きの鋭さは相当のもの。
もっとも、そうでなくとも、剣心の死の光景に心を捉われている薫に鷹の攻撃を避ける事など出来る筈もないが。
「あっ!」
悲鳴と共に血が飛沫く。
鷹は周囲の変化にすら気付かないでいる薫の肩に爪を立て、その体内から大粒の珠を抉り出す。
球の表面には「心」の文字。それは、本来は犬田小文吾の持ち物である、「悌」の宝珠。
当初の予定では、「礼」や「義」の宝珠と同様に、一人で多数の剣客を相手取る為の補助として石舟斎に授けられていた筈の物。
しかし、石舟斎は霧を使い敵を攪乱する戦法を考えており、霧を晴らす力を持つ魔性である玉梓と縁の深い珠の所持を拒否。
それを聞いた果心は、「悌」の珠を支給品としたり島に配置するのではなく、珠に玉梓の力を注いで薫に埋め込んだのだ。
「如是畜生発菩提心」の八文字で一度は成仏した玉梓と感応し、珠の文字は「心」へと変わり、玉梓と薫を繋げる媒介となる。
駿河城における御前試合の生き残りの代理として選んだという薫が、あまり呆気なく退場しては問題だという事か、
或いは、本来はこの島に呼ばれるような剣客ではない薫を呪術的都合により巻き込んだ事への償いのつもりなのか……
どちらにしろ、薫は体内の宝珠を通して玉梓の加護を受ける身となり、そのお陰もあって今まで生き延びて来た。
そして彼女の生存が今、この御前試合による蠱毒を叩き潰す為の最大の好機を、天海へもたらしているのだ。
身を抉られた痛みで漸く我に返り、周囲の状況を把握しようとする薫に、天海が優しく語りかける。
「緋村剣心は、死んだ」

薫から奪った「心」の珠を素早く呑み込んだ鷹は、そのまま赤石の牽制に掛かった。
猛禽類としての優れた資質に加え、厳しい訓練と、服部半蔵の遺産の名残、加えて玉梓の加護まで手に入れたのだ。
赤石剛次を相手に、勝つ事までは無理でも、しばらく時間を稼ぐ程度の事は出来る筈。
無二斎と斉藤の勝負もそう簡単には決着が付きそうにないし。
その間に、天海は薫に説く。
「緋村剣心は死んだ。その責は汝にある」
「嘘、剣心は死んでなんか……」
反論する薫の声は、しかし弱々しい。
高徳の仏僧として多くの衆生を導いて来た天海の言葉の説得力は、心身未熟な上に打ちのめされた薫が抗える代物ではなかった。
「汝を守る為にあの男は避けるべき闘いを避けられず、負うべきでない傷を負い……結果、力尽きた」
「そもそも、史上無数の剣客の中から緋村剣心が御前試合の参加者に選ばれたのも、汝と深き縁を持っていたが為」
「汝の為にあの男は死に、汝への想いを重荷として背負ったまま、輪廻すらも許されず永劫に苦しむ事となろう」
「苦しみからあの者を救う方法は唯一つ。汝が自裁する事。それで、汝もあの男も、また世の全ての衆生も救われる」
唐突な事を言い出す天海だが、弱った薫の耳にはそれが絶対の真実であるかのように聞こえる。
いや、或いは本当にそれこそが真理であるのかもしれないが……
「さすれば、拙僧の積んだ功徳の全てと引き換えにしてでも、汝と緋村剣心が和合仏となって永遠に共に在れるよう計らわん」
「剣心と……一緒に…?」
凶悪な罪人すらもた易く改心させる高僧の威と言。
元々心に隙がある上に、支えである剣心を亡くしたと疑っている今、薫が天海に操られ自死するのも時間の問題であろう。
それでも、周囲の二組の闘いが決着する前に薫を死なせ果心の儀式を破壊せんと、天海は圧力を強める。
だが、自身の薫への働き掛けが、すぐ傍での闘いの帰結へ大きな影響を与えようとしている事には、まだ気付いていなかった。

剣と剣が火花を散らす中、斉藤一は新免無二斎の動きに、ごく小さいながらも確かな隙を見出していた。
(だが、こいつは……)
本物の隙であろうか、それとも罠か。
偽の隙を作り敵を誘い込む戦法は、相手が乗って来ずに慎重に攻められれば偽の隙が本物になる可能性もある危険な手。
この若い癖に老獪な剣士が使いそうな戦術には思えないが、斉藤は、自身の中に焦りが生まれている事を自覚している。
十兵衛が天海と呼んだ老人は、どうも武芸の心得も大してなさそうな女を惑わし、自害させようとしているらしい。
女学生を多く見る中で、あの年頃の娘の危うさ脆さをよく知る斉藤としては、これを黙って見過ごす事は出来なかった。
とはいえ、無二斎との決着を付けなければ、天海の行動に介入するなど不可能であり、それが斉藤の心に焦りを生む。
隠しているつもりだが、もしも無二斎がこの焦りを見抜いているのなら、偽の隙を曝す戦術を選ぶ可能性もある。
斉藤が迷う内に、へたり込んでいた薫の手が動き出し、抱えている剣の柄に近付く。
既に迷う余裕はなく、斉藤は無二斎の隙を目掛けて渾身の片手平突きを繰り出した。

「!?」
紙一重で平突きを避けた無二斎を追って剣を薙ぐ斉藤だが、やはりそれは無二斎の誘いの策であった。
隠し持っていた十手で斉藤の剣を絡め取り、動きを止めた所に剣を振り下ろす無二斎。
咄嗟に剣を手放して逃れた斉藤は、必死に左手を伸ばして薫が抱えている剣の柄を握る。
この体勢、まして左手で武器を掴んだところで、それを持ち直して無二斎の攻撃を防御するのは無理な筈。
或いは、自身の命は既に諦め、薫の武器を奪って自害を防ごうという事だろうか。
まあ、斉藤の思惑や薫の運命など無二斎にとってはどうでも良い事。
無二斎は、斉藤を討つべく壺切御剣を振り下ろした。

天海の威に無自覚の内に圧され、遂に剣を抜こうとした薫は、その剣が忽然と消えるのを目にする。
すぐ傍で戦っていた斉藤一が引き抜いたのだが、その動きはあまりに速く、薫の眼には捉えきれない。
薫が見たのは、引き抜かれつつある剣の側面、そこに自身の顔が写っているのをほんの一瞬見ただけ。
故に彼女の動体視力ではそれが自分である事すら判別できず、印象に残ったのは、その頬に付いた赤い血痕。
それは宝珠を抉り出された時の返り血が飛んだもの。
玉梓の加護の最後の置き土産か、血痕は、薫の大切な人を思わせる、十字の形をしていた。
「剣心……?」
薫は、恋する乙女らしい盲目さでそれを剣心と信じ、自害の失敗を剣心の意志による現象だと考える。
実際、論点を意志の有無だけに限定すれば、剣心が薫の自害を許さず生かそうとするのは充分に有り得る事。
少なくとも、仮に剣心が薫のせいで死んだのだとしても、それで薫の死を望むようになる事は有り得ない。だから……
「私は……死なない!」
薫は自殺の意志を捨てて立ち上がる。
「剣心はそんな事を望まないし、私も剣心が死んだなんて信じない!私は生きて、剣心にまた会うの!」
天海の説得とは逆に、生きる事を強く決意する薫。
不運もあったが、そもそも仏道においても自殺は推奨されるべき事ではなく、それを仏僧が強いるのには無理があるのだろう。
しかし、無理であろうと何だろうと、天海はやめる訳にはいかない。
と言っても、無二斎と斉藤の闘いは動き始めており、赤石を抑える鷹もそろそろ限界が近そうだ。
一から薫を説得し直す猶予はなく、天海は少々強引な手を使う事にした。

「愛欲に囚われた哀れな女よ。ならば、生きたまま餓鬼道に堕ちるが良い」
天海が言うと、大地が割れ、裂け目から、痩せ細りしかし腹だけは異様に膨れた小鬼……即ち餓鬼が幾匹も現れる。
薫は手にした鞘を投げ付けると、素早く辺りに眼を走らせ、近くに木刀が落ちているのを見てそれを拾い上げた。
「はっ!」
必死に木刀を振るって餓鬼を二体、三体と打ち倒すが、遂に一体の餓鬼に首元に飛び付かれ、慌てて剣を己の側に向け……

天海は、己の術に囚われた薫が、渡された則重の太刀を木刀と思い込んで振り、居もしない餓鬼と闘う姿をじっと見ていた。
幻術で相手を操り、自分の手で自分を斬らせ、死に至らしめる。
参加者が一人でも自害すれば果心の術が破綻するのは確かな筈だが、こんなやり方で薫を死なせても自害という事になるのか。
下手をすると意味無く命を一つ奪う事になりかねないが、天海の幻術が通じる相手など、この島では薫くらいのものだろう。
試してみて損はあるまいと、天海が更に薫に対して意識を集中した瞬間、天海は小さな衝撃を感じる。
何が起きたのかと周りの状況を確認した天海は、己が背後から刃で刺され、心臓を貫かれている事を発見した。

無二斎は大きく跳んで下がると、鍔元から切断された壺切御剣を投げ捨て、十手に絡めていた打刀を手に取る。
「抜刀術か……」
抜刀術や居合の技は、無二斎が活躍した年代にも既に存在していたが、本格的に発展したのはより後の時代。
合戦がなくなり、室内や道端でいきなり襲われた場合くらいしか、武術を実戦で使う機会として想定しにくくなってからだ。
江戸時代には様々な状況下で敵に襲われた場合を想定し、難を逃れる技が無数に考案された。
もっとも、居合は試合で実用性を確かめる事が難しいだけに、実用に耐えない技も多くあり、それが淘汰されたのは幕末期。
天誅や暗殺が頻繁に行われた幕末には、居合技が多く使われ、最前線で活躍した人斬りには抜刀術の達人も少なくない。
中でも新撰組で暗殺や暗殺からの防護を多く請け負った斉藤は、考え得るほぼあらゆる事態に対応する術を知っている。
体勢を崩した状況で、他人が抱えた剣を咄嗟に掴んでの居合……それすらも、斉藤にとって未知の状況ではなかった。
加えて、左利きという、無二斎が現れてからは固く秘して来た隠し武器をも使っての、左手による抜刀術。
だが、居合と利き手という二つの切り札を切ったにもかかわらず、剣は無二斎の身体にまでは届かなかった。
その最大の要因は、斉藤が体勢を崩した時、無二斎が引き気味で攻めて来た事。
斉藤の反撃を予測した訳ではなく、斉藤を討った後に、既に鷹を圧倒し始めている赤石に襲われるのを避ける為の準備だ。
少し前の無二斎なら、斉藤の次には赤石をも討とうと考え、前のめりに斉藤に斬りかかり、居合の餌食となっていただろう。
だが、今の無二斎には、斉藤や赤石への興味はあまりなく、むしろあの剣客……天海の鏡に映った男に強く惹かれていた。
単に顔が自分と似ているからではなく、その剣筋に、今まで追い求めながら未だ完成していない当理流が目指す型があった故。
本音としては、すぐに城下へ向かいたいくらいだったが、斉藤が簡単には去らせてくれまいと自重していたのだ。
結果、斉藤だけを斬ってすぐにこの場を離れようという姿勢が、無二斎の命を救う事になる。
ある意味では、本人達の意識自覚とは無関係に、息子が父を助けたとも言えようか。
もしくは、武蔵への関心を表に出さず、斉藤が隠れた気配に気付き隙を見せるまで待った、無二斎の自制心の勝利とも言える。

無二斎は、斉藤と軽く剣を合わせながら、少しずつ後に退がって行く。
斉藤も既に無二斎の真意が退散にあると見抜いたが、この危険な男を、しかも切り札を見られた以上、黙って行かせる気はない。
だが、無二斎の方もまた、斉藤が天海に翻弄される薫をかなり気に掛けている事を、見抜いていた。
闘いながら少しずつ薫達から離れて行くと、それだけ天海が何か仕掛けた場合の対応が困難になり、斉藤を焦らせる。
薫が、天海から渡された十兵衛の剣を無意味に振り回し始めたのを気配で感じつつ、斉藤は無二斎と渡り合う。
そして、薫が剣先を自分の首元に向けた時、無二斎は斉藤の気の乱れを利用して大きく距離を取った。
その後、潜んでいた気配が天海を刺し、薫の動きも止まって辛うじて危機は去る。
もっとも、天海を刺した者の正体や思惑が不明である以上、斉藤にとっては油断して良い状況ではない。
斉藤と無二斎は暫く睨み合うが、そうしながら無二斎は徐々に間合いを広げて行き、やがて斉藤も遂に諦めて剣を引く。
二人は踵を返し、逆方向に歩き出す。
無二斎は斉藤が見せた抜刀術と利き腕を偽装する工夫を手土産に、息子を探しに城下へと向かう。
一方、技を見られ刀まで取られた斉藤だが、間接的にとはいえ孫のような年の娘を守れたのがせめてもの慰めか。
……もっとも、玉梓の加護も失った今、漸く守った薫の命が、この危険な島で何時まで保つかはわからないが。

【とノ伍/草原/一日目/午後】

【新免無二斎@史実】
【状態】健康
【装備】十手@史実、壺切御剣の鞘@史実、打刀(名匠によるものだが詳細不明、鞘なし)
【所持品】支給品一式
【思考】:兵法勝負に勝つ
一:宮本武蔵を探す
二:他者の剣を観察する

心臓を貫かれた身体では後ろを振り返る事すら困難だが、それでも天海は心眼で己を刺した者の正体を把握する。
何故、この男がこの場所に居るのか。
この場所は忍鷹が見張っていたのだから、天海達が現れる前から此処に居て待ち伏せる事は不可能な筈。
広間を出る前に鏡で確認したこの者の位置を思い出そうとする天海だが、思い出せない。
日の出時の死者の通告で監視されている事を悟り、自らの存在感を殺したというところか。さすがは……
「中村主水、一流の仕事人よの」
「やっぱり知ってやがったか」
主水が此処に居るのは、天海達を待ち伏せていたのでも、偶然でもなく、神谷薫を尾けて天海達の所へ行っていたから。
城下で緊迫した様子で走る薫を見付けた主水は、その後を追う事にした。
そして、主水は薫によって地蔵の下の抜け道に導かれ、その先で天海と十兵衛達が対峙しているのを発見。
隠れたままずっと様子を伺い、空間の崩壊で天海達が此処に来た時、主水も共に飛ばされて来たのだ。
この際、さしもの主水も動揺して気を乱し、斉藤や無二斎に感付かれてしまったが、それも怪我の功名。
主水の気配が誘い水となって斉藤と無二斎が戦い始めた事で、ぐんと動き易くなった。
二組の闘いを隠れ蓑として使い、誰にも姿を見られる事なく、天海の背後に回り込んだ。
その途上で斉藤によって切断された無二斎の刀の刀身を拾えたのは、主水にとっては幸運。
天海を殺すだけなら元々持っていた剣の切っ先でも充分だが、致命傷を与えつつ即死させず話を聞くにはこちらの方が好都合。
斉藤・無二斎や赤石は気配で主水の動きに気付いたろうが、姿さえ見られなければまあ問題ない。
一方、武術においては一流には遠い上に、薫に気を取られていた天海は、背後から刺されるまで主水の存在に気付けなかった。

「お前以外に、その事を知ってる奴は、誰が居る?」
いつでも剣を捻ってとどめを刺せる体勢を保ちつつ、主水は問い質す。
「忠長殿と果心居士と……その辺りは既に死んでいよう。後は柳生の二人か。だが、左様な事を気にしても既に無意味」
「何だと?」
「果心の邪法により、汝等の存在は既に一つの世界にはとても収まりきらぬものとなっている。
 聖杯が滅びし今、汝等が帰る術は無いし、帰れば汝の故郷の世界は汝の存在に耐え切れずに砕け散るだろう」
理解不能な事を語る天海。主水は、それを致命傷を負った事による惑乱と判断し、とどめを刺してやろうと決意。
「とにかく、柳生の二人だな。そいつらも俺が始末するから、先に地獄で待ってな」
「すまぬが、拙僧は汝には討たれぬし地獄にも行かぬ。まだこの島で為すべき事があるのでな」
天海の言葉に反論しようとした主水は、既に天海が事切れているのに気付く。
また、天海の身体があまりに軽く、乾燥し切っている事にも。

即身仏。それは、五穀を断ち、水を避け、衆生救済の為、自ら入定して仏となった聖者の事である。
天海はその修行をほぼ成就させていたのだが、生きている間は迸る強い気力に誤魔化されて誰も気付かなかった。
……いや、無二斎辺りは気付いていて、だから天海を半ば死んでいると評したのかもしれないが。
とにかく、穀断ちの上の荒行で、天海の身体は本当ならばとうに死んでいる筈の状態にまでなっていたのだ。
それでも天海が生きていたのは、即身仏となる前に為すべき事を果たさんとする強い意志の力によるもの。
丁度、地蔵や観音が既に仏となる修行を完遂していながら、衆生を慰め救う為、敢えて菩薩の位に留まっているのと同様に。
そして、主水によって殺されようとした時、天海は意志の力を緩め、自ら死んだ……いや、成仏した。
仏法を守り、衆生を救済する。それを今までとは異なる方法で為す為に。

天海の入定と共に、十兵衛を閉じ込めていた牢は只の網となって崩れ落ちた。
また、ほぼ時を同じくして赤石は鷹を切り落とし、斉藤は無二斎との勝負を切り上げて戻って来る。
「ちっ!」
主水は、天海の言葉と死の意味を掴みきれないまま、剣客達に姿を見られぬよう、素早く叢に身を隠し、立ち去るのだった。

【とノ伍/草原/一日目/午後】

【柳生十兵衛@史実】
【状態】健康
【装備】太刀銘則重の鞘@史実
【所持品】支給品一式
【思考】基本:柳生宗矩を斬る
一:事態を把握する
二:父は自分の手で倒したい
【備考】※オボロを天竺人だと思っています。
※五百子、毛野が危険人物との情報を入手しましたが、少し疑問に思っています。

【赤石剛次@魁!男塾】
【状態】腕に軽傷
【装備】村雨@里見☆八犬伝
【道具】支給品一式
【思考】基本:主催者を斬る
※七牙冥界闘・第三の牙で死亡する直前からの参戦です。ただしダメージは完全に回復しています。

【斉藤一@史実】
【状態】健康、腹部に打撲
【装備】打刀
【所持品】支給品一式
【思考】基本:主催者を斬る
一:薫のような無力な者は殺させない。
二:主催者を斬る。
【備考】※この御前試合の主催者がタイムマシンのような超科学の持ち主かもしれないと思っています。
※晩年からの参戦です。

【神谷薫@るろうに剣心】
【状態】打撲(軽症)
【装備】太刀銘則重(鞘なし)@史実
【道具】なし
【思考】基本:死合を止める。主催者に対する怒り。
     一:剣心の所に戻る。
     二:人は殺さない。
【備考】※京都編終了後、人誅編以前からの参戦です。
    ※人別帳は確認しました。

【中村主水@必殺シリーズ】
【状態】頭部に軽傷
【装備】流星剣の切っ先、壺切御剣の刀身@史実
【所持品】なし
【思考】基本:自分の正体を知る者を始末する
一:自分の正体を知っているらしい柳生の二人を始末する
二:できるだけ危険は避ける

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最終更新:2015年12月29日 12:17