すれ違う思惑 ◆cNVX6DYRQU



「……やはり酒蔵だな」
散々に葛藤した末だが、遂に新見は芹沢の行きそうな場所の第一候補が酒蔵だと認めた。
こんな状況ではいくら芹沢でも酒は控える、と思いたい所だが、今までの長い付き合いの経験がそれを否定する。
殺し合いの舞台として酒蔵のあるこの島を選び、それをわざわざ地図に載せた主催者に苛立ちながら、新見は進む。
と、その足が止まる。前方に人の気配を感じたのだ。それだけではなく声まで聞こえる。
すぐに新見は身を低くして気配を殺し、這うような格好で進んで行く。
人別帖によればこの島には岡田以蔵のような危険人物も居るらしい。他者との接触には慎重を期すべきだろう。
だが、進んでいった先で見付けたのは攘夷志士ではなく、同じ新撰組の……
(沖田君か)
正直に言うと新見は沖田や近藤一派には良い感情を持っていないが、今はそんな事を言っている場合ではない。
日頃の確執は忘れ、力を合わせてこの馬鹿げた殺し合いを叩き潰さねば。
すぐにも声をかけようかと思ったが、沖田が身だしなみを整えている最中なのを見て、それが終わるまで待つ事にする。
この沖田は、近藤一派の中でも特に好戦的な剣士。無駄に刺激するのは避けるのが賢明というものだ。
と、沖田が一人ごちる。
「やっぱりまずは芹沢さんかな」
(ほう、近藤君より先に芹沢さんを探そうとは、沖田君も少しは物の道理がわかっているようだな)
感心して沖田を少し見直そうという新見の気持ちは、沖田の次の一言で吹き飛ぶことになる。
「しらふの芹沢さんとは一度本気でやりあってみたいと思ってたんだ」
(や、殺り合うだと!?芹沢さんを殺るつもりなのか!)
新見がそんな風に取ったのも当然と言えよう。そして、沖田がいくら好戦的でも一存で芹沢暗殺を企むとは思えない。
すると、この御前試合のどさくさに紛れて邪魔な芹沢を除こうというのが近藤一派の意思だということか。
いや、ひょっとするとこの御前試合の主催者と近藤一派がひそかに繋がっている可能性すら考えられる。
(おのれ、近藤……それに沖田め。何という邪悪な企みを!)
このまま飛び出して行って沖田を斬り捨ててくれようかとも思うが、それは出来ない。
無論、勝つ自信が無いのではない。
得物に不安はあるが、それを言うなら沖田の武器はどうやら木刀、戦えばこちらが有利だ。
だが、問題はその後。
この鋸のような刀で人を斬れば切り口は独特の物になり、刀と照らし合わせれば下手人が自分だとすぐにわかってしまう。
そして、困ったことに、沖田は邪悪な内面とは裏腹に外見だけは頗る良いのだ。
死んで内面を窺う術がなくなってしまえば、自分がいくら沖田の邪悪さを訴えても、信じる者はまずいないだろう。
沖田の邪悪さを良く知っている近藤、土方、山南らがそれを正直に申告するはずもないし。
そして、自分が善良な若者を手に掛けた殺人者だなどという誤解が広まれば、その累が芹沢にまで及ぶことは必定。
沖田を斬るにしても、まずは普通の刀を手に入れるか、沖田の邪悪さを明らかにしてから斬るべきだ。
そう考えた新見は沖田に気付かれぬようそっと後ずさりし、やがて踵を返して急ぎ足でその場を離れた。

後方の沖田に気付かれぬよう進む新見。
そちらに気を取られるあまり、前方への注意が不足していたのだろう。
新見がその少女の存在に気付いて隠れるよりも先に、新見の姿を認めた少女が声をあげた。
「だ、誰!?」
新見は心中で舌打ちしつつ、その少女を観察する。
刀を抜きもせず鞘ごと構えているその姿には確かに隙は無く、それなりの心得があるように見える。
しかし、刀を抜いていない事、そして瞳の奥に見え隠れする戸惑いから、人を斬る事に関しては素人だと推察された。
「ねえ、聞いてるの?あなたは……」
黙っている新見に対して、少女の声が段々と高くなっていく。
既に沖田が居た場所とはかなり離れているが、あまり大きな声を出されると沖田に聞こえてしまうかもしれない。
「失礼した。自分は新撰組局長新見錦と申す者」
「し、新撰組!?それじゃやっぱり私、タイムスリップしちゃったの?なんて非現実的な……」
少女はよくわからない事を呟いている。いきなり殺し合いの場に放り込まれて錯乱しているのか。
哀れではあるが、この少女が混乱して正常な判断力を失っているのなら新見にとっては願ってもない好機だ。
「一つお聞きするが、貴女は先に白洲で言われた通り、殺し合いをするつもりがおありか?」
「まさか。誰が殺し合いなんて……」
「それは良かった。こちらも同じです。しかし、口でそう言うだけでは互いになかなか信用できないでしょう。
 どうです?貴女の得物を検めさせて頂けぬか?無論、こちらの得物も貴女にお渡ししよう」
そう言って刀を差し出すと、向こうも刀を渡してくる。
動作を見るに、こちらが刀を渡すと見せかけていきなり斬り付ける事を警戒してはいないようだ。やはり素人か。

少女から渡された刀を抜いて刀身を検める。現れたのはただの打刀。刃に血糊も付いていない。
「うわ、何よこの刀」
新見が渡した刀を抜いた少女が声を上げる。まあ当然の反応なのだが、新見にとってはそれでは都合が悪い。
「確かに妙な刀です。しかし、我等のように他者を殺すつもりのない者にとっては実に良い刀だとは思われぬか?」
「え?確かにこれなら間違って人を殺しちゃったりする心配はないでしょうけど」
「それに、良く見ると作りも悪くない。これならばかなり激しく打ち合ってもまず折れることはないでしょう」
「そう言われると確かに……」
あっさりと新見の話に乗ってくる少女。まあ、嘘は言ってないのだから無理もないが。
「どうでしょう、貴女のこの刀と自分のその刀を交換いたさぬか?」
「え?でも……」
「失礼ながら、貴女は真剣での戦いには慣れていないようお見受けする。真剣というのは意外と脆き物。
 このような到底良質とはいえぬ刀で、竹刀稽古のように激しく打ち合えばたちまち折れてしまうでしょう。
 道場剣術の名手が実戦では刀を折って命を失うのはよくある事。そうならぬ為にもその頑丈な剣をお持ち下され。
 何、心配なさらずとも、自分はそれなりに経験を積んでおるので、この刀でもどうにか立ち回れましょう」
少女はしばらく逡巡していたが、やはり真剣勝負への不安が勝ったのだろう、おずおずと頷いた。

こうして見事にまともな刀を騙し取った新見だが、問題はこの少女をどうするかだ。
こんな明らかな素人を連れ歩いても、足手まといにしかなり得まい。
ただでさえ敵が多く味方が少ないこの状況で、更に足手まといを抱え込むなど論外だ。
それに、この少女のあまりの素直さから、新見の胸にはある疑惑が湧き上がってきていた。
そもそも、天下無双を決めると称し、実際に名高い人斬りが多数参加するこの試合に、素人が参加しているのは不自然だ。
実は、この女の素人らしい振る舞いは全て芝居で、こちらを油断させておいて殺すつもりなのではないだろうか。
だとすると、今まで新見に正体を悟らせなかったこの女は、素人どころか相当腕利きの暗殺者という事になる。
そんな者を傍に置いておけばいつ命を狙われるかわからないし、仮に運良く返り討ちに出来たとしても問題は残る。
何しろこの女は内面はどうあれ見た目は純粋無垢な少女にしか見えないのだ。それを殺せば新見が悪者にされるのは確実。
先に芹沢暗殺を企む沖田を殺そうとして殺せなかった時と同じ二律背反が新見を悩ませる。
(沖田……そうか、この手があったか)
新見は妙策を思い付き、実行に移すことにした。
「実は、貴女を見込んで頼みたい事があるのだが……」


ヒナギクは森の中を人影を探しながら西に向かって歩いていた。
探しているのは、この辺りに居ると新見が言っていた新撰組一番隊組長沖田総司だ。
(本当は気が進まないんだけど……)
もっとまともな状況でタイムスリップしたなら会ってみたいと思ったかもしれないが、今自分達がいるのは殺し合いの場。
しかも、新見によると、沖田はいきなり殺し合いに放り込まれたショックで錯乱寸前だったそうだ。
いくら新見に「貴女のような美しい女子になら沖田君も心を開くだろう」なんて煽てられても、不安は消えていない。
だが、自分に使える剣を渡してくれた親切な新見の、同僚である沖田を助けたいと苦しむ姿を、
そして、折り合いの悪い自分が接触しては逆に沖田を暴発させるかもしれないと悩む姿を見て断る事はできなかった。
二十一世紀人であるヒナギクは、新撰組や新見がこれから辿る筈の運命も当然知っている。
新見は切腹させられるのだ。そしてそれは沖田を含む試衛館グループの謀略によるものだともいう。
見ず知らずの自分に親切にしてくれた上、同僚をあんなに心配していた新見が、その同僚に謀殺されるなんて。
「ここで新見さんの株を上げておけば、もしかしたら歴史を変えられるかも」
不用意に過去を変えたりしたらタイムパラドックスとかで大変な事になる恐れもあるが、かと言って放ってはおけない。
新見にもらった刀、変な刀だが、彼の言うとおり良い刀だという事が、ヒナギクにもわかった。
この刀からは彼女愛用の木刀・正宗と同様に、名工が精魂込めて作った名刀特有の雰囲気が感じられる。
こんな貴重な品を惜し気もなく譲ってくれるようないい人をむざむざと死なせたくはない。
ここでヒナギクが沖田を救い、落ち着いた後で新見に頼まれた事をさり気なく沖田にばらせば、彼を救えるかもしれない。
そう思って沖田を探すのだが、案に相違してなかなか見つからず、遂に森を出てしまう。すると……
「やあっ」「はっ」
東の街道あたりで誰かが激しく戦っているのが眼に入った。
慌てて駆け寄ってみると、戦っている内の一人は年若い美剣士……彼が沖田総司だろうか。
「やめなさい!」
ヒナギクは後先考えず、戦いの中に飛び込んでいった。

(予想以上に上手く言ったな)
少女をうまく言いくるめて沖田の所に行かせた新見は、彼女が確かに東に向かうのを見届けると、ほくそ笑んだ。
あの少女が沖田と同行しようとすれば、思慮の浅い沖田は彼女を足手纏いと見なしてあっさり斬り捨てるはず。
それも、偽装工作などせずに、彼女に持たせたあの鋸刀を奪って殺し、その刀を持ち続けるはずだ。
そうなれば沖田はいたいけな少女を殺した殺人者。新見がこれを斬っても誰も文句を言うまい。
仮にあの女が新見が睨んだ通りの暗殺者なら沖田が殺される可能性もあるが、それならそれでむしろ手間が省ける。
新見は森の中の比較的見晴らしのいい場所で木を背にして座ると、手にした刀の点検を始める。
何しろ暗殺者かもしれない女に渡された刀だ。どんな仕掛けがあるか知れたものじゃない。
そう思ってかなり長い時間を掛けてじっくり調べるが、何の仕掛けも見つからなかった。
(これはもしや……)
あの女は暗殺者などではなく、ただの純粋で素直な少女だったのだろうか。
だとすると、そんな少女を沖田のような殺人鬼の下に送った自分の行いは非道極まりないものという事になる。
(今更、何を弱気な。自分は手を汚してでも芹沢さんだけは生かそうと決めたではないか)
そもそも、無垢な少女を死地に追いやるのと、暗殺者を同僚の下に送るの、どちらも非道な行為には違いない。
自分の行為が許されぬものなのであれば、全てが終わった後で自分一人が切腹すれば済むだけの事。
それより今は、どんな汚い手を使ってでも芹沢だけは守らなければ。あの人はこれからの日本に必要な人なのだから。
決意を胸に、新見は酒蔵へと急ぐ。


【ほノ壱 森の中 一日目 黎明】

【新見錦@史実】
【状態】健康
【装備】打刀
【所持品】支給品一式
【思考】
基本:早々にこの催しを中座させる。
一:酒蔵へと急ぐ
二:近藤一派から芹沢を守る

※新撰組三局長の頃からの参戦です。
※名簿をしっかりと見ていませんが、OPで芹沢鴨の存在を確認しています。
※近藤一派が芹沢暗殺を企んでいると思っています。
※桂ヒナギクが暗殺者かもしれないと疑っています。



「やっぱり酒蔵かな」
新見が沖田の物騒な言葉から誤解をして(まあ、ある意味正解でもあるのだが)去っていった直後。
沖田は芹沢の居場所をあっさりとそう結論付ける。
「でも、だとしたら急がないと。さっきまで隠れてた人もどうやら襲って来てはくれないみたいだし」
そう言うと、沖田は急ぎ足で歩き始める。出来れば、芹沢よりも先に酒蔵にたどり着きたい。
沖田が最初に師の近藤ではなく芹沢を探す事にしたのは、まずは筆頭局長の指示を仰ぐのが筋だと考えたからだが、
同時に芹沢なら面白い命令を下してくれると期待したからでもある。
例えば「この御前試合の新撰組以外の参加者を皆殺しにしろ」とか「主催者を殺れ」とか「俺と勝負しろ」とか。
だがそれも、芹沢が素面な内に会えた場合のこと。もしも会いに行った時に既に芹沢が泥酔していたら、
「酌をしろ」だの「つまみを調達して来い」だの、ろくでもない命令を受ける事になりかねない。
それを防ぐ為にも、急いで酒蔵を押さえてしまわなければ。
そういう思惑があったので、沖田は駆け足に近い急ぎ足で森を出て街道に着き、南に向かう。
すると、前方を歩く二つの人影が見えてきた。後ろ姿だが、どちらも知り合いではなさそうだ。
酒蔵に急ぐという沖田の目的からすれば、こんな所で他人と接触するのは無駄でしかない。
適当に挨拶をして追い抜くか、あるいは一旦街道から外れて迂回して追い抜くのが上策だろう。しかし……
(この人たち、強い)
芹沢の弱点が酒だとすれば、沖田の弱点は「強い剣士」なのだ。
葛藤したのは一瞬、沖田はふらふらと前を行く二人に近づいて行く。
この辺りの欲望への忠実さが、沖田が立場的には対立していた芹沢に共感を感じる所以なのかもしれない。

「こんにちわ」
義輝は声を掛けてきた若者を観察する。見かけは朗らかな若者だが、何となく剣呑な雰囲気も感じられる。
「お二人もこの御前試合の参加者なんですか?」
真意はともかく、表向きは礼儀正しく尋ねて来る若者に、まずは信乃が答える。
「ああ。私は安房国里見左近衛尉が家臣、犬塚信乃戍孝」
それに義輝が続く。
「余は征夷大将軍参議源朝臣義輝だ」
それを聞いてこの若者は平伏するか、信乃のように騙りと決め付けるか、少し緊張して義輝は待つが……。
「え!?あなたがあの足利義輝様ですか!いやあ、お会いできて光栄です」
若者の反応は想定外だった。義輝を本物だと信じているようだが、臣下の礼を取るつもりはないらしい。
「そなたはこの義輝が征夷大将軍だと言うのを信じるのか?」
戸惑う義輝を他所に、信乃が聞く。
「はい。剣豪将軍足利義輝様と言えば僕の時代では有名ですから。貴方の時代では違うんですか?」
「時代?」
若者が使う言葉に義輝が反応する。確かに、自分と信乃は生きた時代が違うようだが、まさかこの若者も?
「ええ。僕は義輝様の時代より三百年くらい後から来たんですよ。あれ?もしかしてお二人は同じ時代から?」
「いや、信乃の話が真実ならば、どうやら信乃は余よりも七十年以上は前から来たという事になるのだが……
 しかし、三百年とは。すると、今は余の時代から数えて三百年後ということか?」
「多分もっと後だと思うんですよね。僕の時代には死人を蘇らせる技術なんて聞いた事もありませんから」
「死人……そなたも、この試合の黒幕が死者を蘇らせたと思うのか?」
「はい。僕の知っている記録だと義輝様は三百年前に亡くなられた筈ですし、人別帖には他にも死んだはずの人が沢山。
 それに、そちらの犬塚さんにしても仙人にでもならなきゃ四百年以上も生きていられる筈ないですし」
「そうか、余は死んだか」
確かに、今が三百年以上後だと言うのが真実なら、自分が生きているはずはないが……
「義輝様は凄かったらしいですよ。秘蔵の名刀を何十本も使って、数え切れない程の敵を倒した末の討ち死にだとか」
「討ち死に……」
征夷大将軍ともあろう者が、兵卒のように自ら戦って討ち死にとは……。落ち込む義輝を見かねたのか、信乃が割り込む。
「おい。何もそんな事、はっきりと言わなくても。もう少し気を遣ってだな……」
「え?気を遣うも何も、名刀を手に思う存分戦って討ち死になんて最高の死に方じゃないですか。
 少なくとも病に侵されて、戦うべき時に戦えずに死ぬよりずっといい。そうは思いませんか?」
「確かにそうだな」
義輝が返す。気持ちの整理がついた訳ではないが、今はまずこの若者に聞くべき事を聞かねば。
「義輝、大丈夫なのか?」
「うむ。それより、そなたはこれからどうするつもりなのだ?」
「そうですね。まずは一番上の上司に会って指示を仰ごうかと」
「上司?」
「はい。僕は幕府に……義輝様の足利幕府の次に開かれた幕府に雇われて京の治安を守る組織に属してましてね。
 そこの上司もどうやらこの島に来ていて、行きそうな場所の見当もつくので、そこに行ってみるつもりです」
「足利幕府の次の幕府」という言葉に義輝はまた衝撃を受けるが、なんとか踏み止まって会話を続ける。
「その組織の者でここに来ているのは、そなたとその上司の二人だけか?」
「いえ。僕の覚えているだけでも九人ですね」
「多いな、それは……」
「ええ、高く評価されたみたいで光栄なことです」
人別帖によると、重複して書かれた名前を一つと数えれば、この御前試合の参加者は八十人足らず。
その中で九人と言えば大勢力だ。その集団の動向はこの御前試合の行方に大きな影響を与えるだろう。
「それで、その上司とやらはこの場でどう動くつもりなのだ?」
「さあ、それは会ってみないと何とも……」
「余も是非そなたの上司と話がしたいのだが、そのように取り計らってもらえぬか?」
「ええ、いいで……あ、やっぱり、一つだけ僕のお願いを聞いてくれたら、そうしますよ」
「願い?」
「はい。せっかく貴方のような高名な剣士と会えたのですから、ここは……」
そう言って木刀を構える若者。なるほど、そういう事か。


その少女が飛び込んで来たのは、義輝と沖田の立ち合いの盛り上がりが正に最高潮に達しようとしていた時分だった。
木刀を打ち合わせていた二人は咄嗟に飛び退き、少女が真剣らしき物を所持しているのを見て信乃が前に出る。
「そなたは……」「馬鹿な事はやめなさい!」
誰何しようとする信乃を無視してヒナギクは沖田に向かって叫んでくる。
「あの……」「いきなりこんな状況に放り込まれて混乱するのはわかるけど、だからって斬り合いなんて絶対にダメよ!」
「ええと……」「沖田さんが軽率な事をしたら、貴方一人でなく新撰組の人全員に迷惑がかかるんですからね!」
矢継ぎ早に責められて言い返す暇のない沖田に代わって義輝が助け舟を出す。
「娘。何か勘違いしているようだが、余とその者は斬り合いではなく稽古をしていただけだぞ?」
「え?」
「まあ、普通に考えて、木刀で斬り合い、というのはちょっと難しいんじゃないかと」
少女の言葉が途切れた隙に沖田も言葉を重ねる。
「あ、あれ?も、もしかして私……」
「ま、まあ、いきなりこんな状況に放り込まれれば混乱するのも当然であろう」
やっと周囲を見回す余裕が出来たらしい少女を、義輝が慰める。
信乃も少女が危険人物ではないと判断したのか刀から手を離し、穏やかに聞く。
「ところで、そなたは何者だ?この……沖田殿?と知り合いなのか?」
そう言われて沖田も少女の顔を良く見てみるが、全く見覚えがない。
「わ、私は桂ヒナギクと言います。沖田さんの事はたまたま見かけた事があって知ってただけで、知り合いとかでは……」
何だか隠していることがありそうな感じだったが、早く義輝との立ち合いを再開したい沖田は深く追求しない事にした。
「ところで、せっかく四人になった事ですし、みんなで乱戦と行きませんか?」
「いや、遠慮しときます……」


それからしばらくの後、信乃と義輝は二人で街道の脇で休んでいた。
沖田は彼らと別れて上司の処へ向かい、ヒナギクという少女もそれに付き添って行った。
同行しようと申し出たが、上司が義輝に会見する前に準備が必要かもしれない、とかいう理由で断られた。
それであっさり引き下がったのは、自分達の側にも心の整理を付ける時間が必要だと感じたからだ。
「義輝……」「あの者との約束は正午に城で会う、だったな。ならばまだ時間には余裕がある」
「あ、あの……」「できればもう少し同志を集めたいところだ。そうすれば、新撰組とやらの長への説得力も……」
活力に満ちて見える義輝だが、信乃にはそれが空元気に見え、痛々しくて仕方がなかった。
「義輝、大丈夫か?」
「ん?さっきの立ち合いで受けた傷なら心配はない。あの若者も加減してくれたようでな」
「いや、そうじゃなくて……」
自分たちは既に死んで蘇った存在で、今は自分たちの生きていた時代から数百年以上は経っている。
そんな事を聞かされて平静で居られる筈がない。
信乃だって里見家がどうなったか、仲間達はどうしたのか、気になる事は山ほどある。
まして、義輝が本当に将軍だったのなら、背負っていたものは信乃の比にならぬほど大きかっただろう。
あの沖田という若者は義輝の最期を、名刀を持って奮戦した末の最高の死に方と言っていた。
確かに、三百年後の剣士に憧れられる程の武名を残せれば、一介の武者としては本望かもしれない。
しかし、将軍の身で己が討ち死にした上、沖田の時代には足利幕府がもうないと聞いて、それをよしとする事など出来まい。
「義輝、あの沖田殿が言っていた事が全て真実とは限らないぞ。それだけでは説明が付かない事が幾つもある。
 例えば俺とお前の知識に食い違いがある事とか、この小篠だって数百年もの時を経たとはとても……」
「だが、それで納得できる事もある」義輝が信乃の言葉を遮って呟く。
「例えば沖田の剣術。余が学んだ新当流に似た所もあったが、異なる、いや、より洗練されたと言える点も多かった。
 余が見るに、あれは一人の天才による改良と言うよりも、多数の剣士が少しずつ積み重ねたと考えるべきだろう」
確かに沖田の剣術の異質さは信乃も感じ取ってはいた。もっとも、義輝の剣術も自分の知る剣術とは大分違っていたが。
自分と義輝と沖田、それぞれが元いた場所に大きな隔たりがあるのは間違いないのだろう。
「時が移ろえば剣術も変わる。世のあり方も、数百年もすれば随分と変わっているのだろうな」
やはり気にしていたようだ。
「義輝……。確かに時が経てば何もかも変わって行く。だがどれだけ時が経っても変わらない物だってある。
 それは人倫の道だ。仁義礼智忠信孝悌の八文字だけはいくら時が経っても消える事はない。俺はそう信じている」
「……確かにそうだな。仮に余が三百年以上前に死んでいたとしても、少なくとも今はこうして生きている。
 ならば、くよくよと過去のことを考えるよりも、今なすべき事をなすべきだ。行こう、信乃。同志を探しに」
そして二人は再び歩き出す。芽生えた様々な想いを、強い正義感によって封印して。


【にノ参 街道/一日目/黎明】

【犬塚信乃@八犬伝】
【状態】顔、手足に掠り傷
【装備】小篠@八犬伝
【所持品】支給品一式、こんにゃく
【思考】基本:村雨を取り戻し、主催者を倒す。
一:義輝を守る。
二:毛野を探し合流。
三:小篠、桐一文字の太刀、『孝』の珠も探す。
四:義輝と卜伝、信綱が立ち合う局面になれば見届け人になる。
【備考】※義輝と互いの情報を交換しましたが半信半疑です。ただ、義輝が将軍だった事を信じ始めています。
※果心居士、松永久秀、柳生一族について知りました。
※人別帖に自分の名前が二つある事は確認していますが、犬塚信乃が二人いる事は想定していません。
※玉梓は今回の事件とは無関係と考えています。

【足利義輝@史実】
【状態】打撲数ヶ所
【装備】木刀
【所持品】支給品一式
【思考】基本:主催者を討つ。死合には乗らず、人も殺さない。
一:正午に城で新撰組の長と会見する。
二:卜伝、信綱と立ち合う。また、他に腕が立ち、死合に乗っていない剣士と会えば立ち合う。
三:上記の剣士には松永弾正打倒の協力を促す。
四:信乃の人、物探しを手伝う。
【備考】※黒幕については未来の人間説、松永久秀や果心居士説の間で揺れ動いています。
※信乃と互いの情報を交換しましたが半信半疑です。信乃に対しては好感を持っています。
※人別帖に信乃の名前が二つある事は確認していますが、犬塚信乃が二人いる事は想定していません。



ヒナギクは川の水で濡らしたハンカチを沖田の顔に出来た痣に当てる。
「痛い?」
「平気ですよ。義輝様、全力ではやってくれなかったんで」
沖田が心底残念そうに言う。
「でも、あの人たちと別れちゃって本当に良かったの?」
タイミングを逸して素性を聞きそびれてしまったが、どちらも悪い人ではなさそうだったし腕も立つようだ。
一緒に来てもらえば心強かったと思うのだが。
「それがですね、義輝様と僕の上司の芹沢さんを会わせると約束したんですけど、芹沢さんは無類の酒好きでして。
 義輝様を連れて会いに行ってみたら酔い潰れていた、なんて事になったら恥ずかしいじゃないですか」
「なるほど、貴方も大変ね……」
やはり酒好きの姉を思い浮かべながらヒナギクは言う。
もっとも、さすがに彼女の姉はこんな大変な状況では酔い潰れるまで飲んだりしない……と思いたいが。
「でも、それって大丈夫なの?会見は正午の約束なんでしょ?酔い潰れた人がそれまでに回復するかしら」
「芹沢さんが駄目なら代理を立てるしかないでしょうね。近藤先生や土方さんがどう動くかは僕にはわかりませんけど、
 少なくとも副長で元局長の新見さんは芹沢さんの所に来ると思うんですよね。あの人、芹沢さんと仲良しですから」
「え?新見さんって……」
「新見さんなら、芹沢さんの代理としても不足はないでしょうし」
(何だ。折り合いが悪いなんて言ってたけど、新見さん、ちゃんと信頼されてるんじゃない)
沖田も精神的に不安定になってる様子はないし、新見は心配しすぎだったんじゃないか。ヒナギクがそう思っていると、
「それにしても、木刀での試合もいいですけど、そろそろ真剣が欲しいですねえ」
「は?」
ヒナギクは、沖田が脈絡なく発した物騒な言葉に呆気に取られる。
「だって、やっぱり木刀での叩き合いよりも真剣での斬り合いの方が楽しいじゃないですか。
 木刀だとさっきの義輝さんみたいに本気でやってくれない人もいるし。桂さんは真剣、嫌いですか?」
「嫌いとか以前に、私は真剣で人を斬ったりなんてしませんから!」
ヒナギクはついさっき沖田を見直したのを後悔した。
(この人、やっぱり危険だわ。私が何とかしないと)


【ほノ肆 城下入り口/一日目/黎明】

【桂ヒナギク@ハヤテのごとく!】
【状態】健康
【装備】無限刃@るろうに剣心
【所持品】支給品一式
【思考】基本:殺し合いに否定的な人を集めて脱出。
一:沖田総司が馬鹿な事をしないよう見張る。チャンスがあれば新見の株を上げる
二:柳生十兵衛を探して、柳生宗矩の事を聞きたい
三:自分の得物である木刀正宗を探す。



(ふうん、人を斬らないんだ、桂さんは)
嘘ではなさそうだ。確かにヒナギクが纏っている雰囲気は、人斬りのそれとは一線を画す。
(でも、それなら桂さんは相当高名な剣士のはずだよね。にしては聞いた事ないけど)
沖田は人別帖にあった自分と同時代の剣士達を思い出す。
新撰組をはじめ人斬りとして名を馳せた剣士が多く呼ばれているのに対し、道場剣術で知られた剣士は数える程だ。
つまり、主催者は道場剣術を……少なくとも沖田の時代の道場剣術はあまり高く評価してはいないのだろう。
そんな中、沖田と同時代の、道場剣士らしいのにここに呼ばれたヒナギクは、余程の名手という事になる。
それ程の腕の剣士なら評判になって然るべきなのに、沖田は桂ヒナギクという名に覚えがない。
明らかに不自然だ。

可能性の一つとして、桂ヒナギクというのは偽名で、本名は別、例えば千葉さな子だというものがある。
少し若すぎる気もするが、老衰で死んだ剣客を参加させる事を考えれば、主催者には人を若返らせる力もあるのだろう。
(雛菊なんて芸者っぽい名前だけど、ちっとも芸者っぽい感じはしないしね)
前に佐々木小次郎が不用意に名乗ったせいで沖田に翻弄されたように、本名を名乗るというのは危険な事なのだ。
ならば彼女が本名を隠して偽名を名乗ったとしても不思議はない。
もしそうなら、名を知られる危険さを知りながら義輝達に沖田の名をばらした彼女はとんだ食わせ者という事になるが。
しかし、この考えには難点もある。
上で述べたように本名を名乗るのは危険だが、危険があるのは偽名を名乗る場合も同様。
例えば、人別帖にない名前を適当に名乗れば、こちらが人別帖と照らし合わせればすぐにばれてしまう。
人別帖にある適当な名前を名乗ったとしても、三人も居れば誰か一人くらい本物の桂ヒナギクと知り合いかもしれない。
それなのに、特に強く名を聞かれた訳でもないのに偽名を名乗るというのは不自然な行為だ。
(もっとも、人別帖に載った時点で偽名だったとすれば辻褄は合うけど)
例えば、沖田の同僚の斉藤一は、元の名は山口一だった筈だが、人別帖には斉藤一の名で載っている。
つまり、偽名を名乗っていればそれを人別帖に載せるくらいの配慮が、主催者にはあるのだろう。

また、桂ヒナギクという高名な剣士がいたのに、小次郎が武蔵を忘れていたように沖田も忘れている可能性もある。
そうだとしたら、同じ時代か未来から来た剣士に聞いてみない限り確かめようがないが。
ただ、桂と言えば、沖田には別に思い浮かぶ名前があった。
長州の大物志士にして、練兵館の俊英、そして変装の名人と言われる桂小五郎である。
練兵館と言えば、斉藤弥九郎と仏生寺弥助の二名がこの御前試合に参加していた筈。
つまり、主催者の練兵館への評価はかなり高い訳で、桂小五郎も呼ばれていておかしくはないという事になる。
いや、薩摩の中村半次郎、土佐の坂本竜馬や岡田以蔵、肥後の河上彦斎が参加している事を考えれば、
長州出身の志士が一人も酸化していないという方が不自然とも言えるくらいだ。
もちろん、普通に考えれば、如何に変装の名人でも六尺近い巨漢と聞く桂小五郎がこんな少女に化けられるとは思えない。
しかし、剣の世界では素人には妖術にしか思えない技を使う者も多い。
変装の名人と呼ばれる桂なら、素人の沖田には想像も付かない技を持っている可能性もある。
(それに、普段の大男の方が変装って事もあるよね。大男なのに「小」五郎なんて、変だと思ってたんだ)
名前云々はともかく、本来は小柄な小五郎が変装によって大男に化けているというのはいい案ではないだろうか。
それならば、桂小五郎がいつもこちらの手をすんでのところですり抜けて行くのも頷ける……

「ちょっと、私の顔に何か付いてる?」
無意識の内にヒナギクの顔を見詰めていたらしく、ヒナギクが沖田の方を不審そうに見ている。
「いえいえ。あなたがあまりに綺麗だから見とれてただけです。失礼しました」
「え?ち、ちょっと……」
ここでヒナギクに警戒心を持たせて逃げられでもしたら元も子もない。
せっかくの面白い状況を存分に楽しもう。そう決意して、沖田は少女?と共に城下へと向かう。


【ほノ肆 城下入り口/一日目/黎明】

【沖田総司】
【状態】打撲数ヶ所
【装備】木刀
【所持品】支給品一式(人別帖なし)
【思考】基本:過去や現在や未来の剣豪たちとの戦いを楽しむ
一:芹沢を探して指示を受ける
二:芹沢か代理人を正午に城に行かせて義輝と会わせる
【備考】*自分を含めた参加者が何らかの手段で復活させられた死者だと考えています
※人別帖をなくしましたが特に有名な剣豪や知り合いの名前は覚えていると思われます
※参戦時期は伊東甲子太郎加入後から死ぬ前のどこかです
※桂ヒナギクが桂小五郎の変装かもしれないと思っています


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深い夜の森の中 新見錦 迷いの剣
いざ行かん戦場へ 桂ヒナギク 運命とか知ったり知らなかったり
天才剣士二様 沖田総司 運命とか知ったり知らなかったり
主従にあらず、同志なり 犬塚信乃(男) 偸盗/藪の中
主従にあらず、同志なり 足利義輝 偸盗/藪の中

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最終更新:2010年06月05日 19:55