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上条さんと美琴のいちゃいちゃSS/Equinox/Part03 - (2010/02/21 (日) 11:41:38) の1つ前との変更点

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---- #navi(上条さんと美琴のいちゃいちゃSS/Equinox) 「ご飯できたわよ。今日はアンタの好きなロールキャベツ」 「お、おう」  常盤台中学の制服の上にリボンの付いたエプロンをまとった御坂美琴が、上条当麻の部屋に備え付けられた小さな台所からお盆に二人分の白飯と味噌汁と小松菜のおひたしとロールキャベツを載せて運んできた。ガラステーブルの前で美琴は腰を落とすと、片手でお盆を支えもう片手で上の皿を一つ一つ丁寧な所作で移しかえる。 「ん? どしたのアンタ?」 「あ、い、いや。何でもねえ」  美琴のプリーツスカートは、校則で指定されているものより丈が短い。その美琴が上条の部屋でエプロンなぞつけたりすると正面からは身につけてなくてはいけないものを着ていないように見えるので何かと危険な妄想をかきたてられて心臓が変に痛い。じゃあ後ろから見てれば良いだろうと思うと、その後ろ姿でもグッと来てしまい直視できない。ようするに目のやり場に困る。制服姿でエプロンとは卑怯なり。  そんな上条の救いは、美琴のスカートの奥でちらりと見える短パンだ。それが視界の隅に入る度に上条はほっと安心した気分になる。  地下街での再会以来門限は守ると約束して、美琴は週二回上条の部屋に夕食を作るために訪れるようになった。美琴はもう少し回数を増やしたいと文句を言ったが、上条はこれを封殺した。美琴に今までの友達付き合いや生活もある以上、自分のせいで美琴の生活リズムを崩させたくないしましてや相手が彼氏でも男の部屋にのこのこやってくるのは非常識にもほどがある。  ―――非常識。  なまじ美琴が平均点以上に容姿も背もスタイルも整っている分中学生であることを忘れそうになるが実際のところ美琴はまだ一四歳、義務教育中の身であることを念頭に置かなくてはならない。どれだけ学識が高くとも彼女の中にある常識は年相応の分でしかないのだ。  上条はエプロンを取って自分の対面に女の子座りする美琴を何となしに眺めながら、スーパーからの帰り道に『彼女』とやりあった時のことを思い返す。 『テメェ自分の歳考えろこの中学生! 男の部屋に泊まりたいとかどの面下げて言ってんだ馬鹿! あれはもうあれっきりって言っただろ?』 『アンタはさ、やたらと私のことを中学生中学生って言うけど。じゃあ私が本気で飛び級に挑んで卒業して、明日から私が高校生になったとしたらそれでも同じ事が言えるわけ?』 『……』  言い返せなかった。  中学生と高校生の差は義務教育と選択教育によって生まれるものだ。前者は保護者の庇護の元全員が強制的に修めるものだが、後者には選択肢がある。選択肢があると言うことはそこに責任が伴うと言うことでもある。そしてその責任が負えない『中学生』の美琴がそれ以上の領域に踏み込むことは危険すぎた。  美琴が踏み込むのではない。このままでは上条のせいで踏み込ませてしまう。  だからこれまで上条は年齢を盾に美琴に必要以上触れないようにしてきた。意識もしないように努めてきた。  美琴が大人顔負けの学識を披露しても内包する常識は年齢を超えない。話してる時や趣味は年相応の子供っぽさを見せるのに、アンバランスな外見と能力が中身を裏切る。 『……お前が本当に飛び級して高校生になったら、この話の続きをしような』  その場から逃げるように上条は話を打ち切った。  御坂美琴は上条当麻にとって、いまだ友達以上恋人未満の存在だ。上条も美琴に宣言した以上『彼女』であることは認めているが、美琴がいくらそれを望もうとも彼女が求めるような世間一般の恋人のテンプレートを二人に当てはめようとは思わない。  たった二年の差が、上条の両手には重い。  美琴の申し出を受け入れるには早すぎたのだろうかと考え、刹那その意識を上条は打ち消した。これは責任を持てる『高校生』上条が選択したのだ。安易な判断で受けたとはいえその責は上条が負わねばならない。  重いものは年齢ではなく選択の結末だとの結論に達し、上条は顔をしかめた。  難しいことを考えるのは学校だけでたくさんだ。 「お前さ」  上条は目の前のロールキャベツに意識を戻し、大盛りの白飯をかきこみながら 「何がそんなに楽しいんだ?」  箸で小さな笑みを浮かべる美琴を指し示したら対面から『お箸はそうやって使うんじゃないわよ』とお小言が飛んだ。 「……楽しい?」  美琴は上条の言葉を聞いて、心当たりがありませんと言いたげに首をかしげる。  二人でスーパーへ買い物に行った時も、何が楽しいのか時折美琴は小さく微笑んでいた。遠くから見ても気品爆発間違いなしの制服を着用した美琴が男連れでスーパーで買い物なんてあまりに目立つしいつか学校に一報行くんじゃないかと上条は常々思っているが、美琴の方に何の変化も見られないので案外みんな無視してくれてるんかねと内心で小さく安堵の息を吐く。 「いや、だからさ。お前時々そうやって笑ってっから何がそんなに楽しいんだろうって」 「……ああ」  美琴は得心がいったようにまじりっけなしの笑顔を上条に向ける。 「楽しい、かもしんないけど。……嬉しいのよ」 「嬉しい?」 「そ。好きな人のそばにいられてご飯作ってあげられんだもん。そりゃ嬉しいわよ。これって彼女だけの特権でしょ?」  アンタ残さず食べてくれるしね、と付け加えることも忘れない。  上条は二個目のロールキャベツにかじりついて 「ふーん、そっか。……コンソメ変えたか?」 「うん。よく気づいたわね」 「そりゃ俺の味付けと違うからな。こんくらいはすぐわかるって」  上条は奨学金の少なさで自炊を余儀なくされる貧乏学生だ。それゆえにちょっとした料理なら大雑把だが大抵のものは作れる。ロールキャベツを引き合いに出せば、美琴が作ったもののように丁寧ではないが真ん中にひき肉と刻んだ玉ねぎを入れてキャベツの葉っぱでくるんだものくらいは時間さえあればできる。とはいえ同じ時間でロールキャベツの大きさと形を一つ一つ綺麗に整えて仕上げにローリエを加えたりドライパセリを用意するといった美琴の手際の良さと細かさにはとてもかなわない。 「アンタと同じ味が出せれば良いんだけどね」 「気にしなくていいんじゃねーの? お前の味付け好きだし」  対面で味噌汁に口を付けていた美琴の動きが止まった。 「? 喉に何か詰まったか?」  何で味噌汁でむせるのかわかんねーけど苦しいなら茶でも飲むか? と腰を浮かし湯を沸かそうとする上条に 「い、いや! そうじゃないの、そうじゃなくって」  美琴が箸を持ったまま右手をわたわたわたわたと振る。 「……アンタからそう言ってもらえると思わなかっただけ。いきなりだったからびっくりした」  美琴は左手のお椀を持ち替え、その後に言いかけた言葉と一緒に白飯を小さく飲み込んだ。 「……、そうか?」  俺そんなのわかんねーよと思いながら上条は美琴を見る。  喉に味噌汁が詰まったのとは別の理由で頬をうっすらと赤らめた美琴が上条を見る。  ガラステーブルを挟んで上条と美琴が向かい合い、一瞬後に同じタイミングで顔を伏せてそれぞれのロールキャベツを口にした。 「はあ……」  美琴を常盤台中学の寮まで送った帰り道、上条の口からやるせないため息が後から後からついて出る。  いったいどうすりゃいいんだよ。  美琴をはっきりと意識するようになったのは、地下街での『おでこにキス』からだ。  あの時はしょげる美琴が妙にかわいく見えて、ついうっかり抱きしめてしまったら美琴がぎゅっとしがみついてきて、キスして欲しいと彼女が暗黙の内にねだっているのを知りつつ周囲の目が気になっておでこに逃げてしまった。  最近の美琴は以前より愛おしく見えるし、あの時は上条もキスしたいとは思った。美琴に対して自分がそんな思いを抱くなど、以前の二人からは想像もできなかった。でもそれは何かが違うと上条は思う。お膳立てされて、しても良いからキスするのは何か違うんじゃないだろうか。 「……俺はアイツを好きなのかな」  美琴の住む寮へ向かう途中で、上条は一方的にしゃべり続ける美琴を見ていた。  上条は無駄なおしゃべりは嫌いだが、美琴のようになまじ学識が高いとその言葉にも耳を傾けるべきものがあったりするので、話の腰を折ることもできず結果上条は聞き役に徹することが多い。そうやって一緒にいる時間は何の苦にもならないが、最後に美琴は上条の手を引き、いつだって決断を迫る。 「なあインデックス。俺はどうすりゃいいのかな」  上条はほんの少し前まで一緒に同居していた銀髪碧眼の少女を思い出す。上条が今でも彼女の『管理人』であることに変わりはないが、とある事情により二人は今別々の場所で暮らしている。彼女が今ここにいれば、もっと冴えたやり方が見つけられたかもしれない。それとも神の前で不埒な思いを懺悔すれば、上条と美琴はケンカ友達だった頃の友情を交えた時代に戻れるのか。  美琴は全ての手札を晒した上でベット(告白)し、上条はコールした(受けとめた)。このまま美琴のレイズ(恋)について行くのか、彼女を泣かせてでもフォールドする(別れる)か。  上条の持つ手札は残り少ない。 「いったいどうすりゃいいんだよ……」  上条当麻は自分の気持ちを読みきれない。 「……御坂? お前さ……」  放課後の通学路で上条は美琴の背中付近をしげしげと眺めると、美琴の顔をじっと見つめて 「髪伸びたか?」 「え? あ、うん。伸びてると言うか、伸ばしてる……かな。ちょっといろいろな髪型に挑戦してみたくなって」  隣の美琴からやっと気づいてくれたんだ、と言う声が聞こえる。ややうつむき気味に視線をさまよわせる美琴は心なしか頬が赤く見えた。 「何で気づいたの?」  答え合わせを待つ小学生のように何かを期待する美琴に 「何で、って……お前の髪って肩先ぎりぎりくらいだったじゃん。その毛先が前から見てわからなくなってたら誰だって普通に気づくって」  上条は種明かしをしてみせた。 「アンタは今までその些細な違いさえ気づいてくれなかったんだけどね」  上条の回答には不満があったらしい。美琴はむーと唸って頬をふくらませた。 「……まあ何にでも挑戦するのは良いことだと思うぜ」  何事にも先達はあらまほしきことなりって昔の人と古文の教師が言ってたような気がするがこの場合用法が違うかもしれない。  二人の間に開いた一〇センチのすき間を北風が吹き抜ける。冷たい風は美琴を振り向かせて、思い出したように 「ああ、今アンタのセーターとマフラー編んでるんだ。できあがったらプレゼントすっから」 「ん? クリスマスか? だったら急がなくってもいいんじゃねーの?」 「馬鹿。クリスマスまで待たせたらアンタ風邪引いちゃうでしょ?」  そう言って美琴は、また楽しそうに笑う。例の嬉しい時の笑顔かと上条は不思議に思いながら美琴を見やり、その笑顔につられるように 「あー……お前クリスマスプレゼントで何か欲しいものってある?」 「いらない」  即答だった。 「もう一生分のプレゼントもらっちゃったから他には何もいらないんだ。アンタがくれるって言うなら別だけど」  いらないと言う言葉に重ねるように、上条とつないだ美琴の手に少しだけ力が入る。  上条は思う。  そういえば上条と付き合う前の美琴の男関係については聞いていなかった。これまで特に興味もなかったので頭の中からさっぱり消えていたが、海原の件を思い返してみても美琴が同性のみならず異性にもモテるだろうと言うのは容易に想像がつく。コイツに一生分のプレゼント送った奴ってのはやっぱそれなりの金持ちなんかねと考えが至り、同時に上条の心の中に何かもやもやとした理解しがたい感覚が浮かび上がった。  上条は九五パーセントの好奇心と、残り五パーセントの自分でも説明できないもやもやとした気持ちを抱えて 「そのプレゼントくれた奴って、誰?」 「神様」  今度は見当違いの答えが返ってきた。  俺は質問の仕方を間違えたのかそれとも俺の耳がいよいよおかしくなったかと、美琴のあんまりな答えに上条は目を点にする。 「……お前十字教徒だったっけ?」 「違うわよ。そうじゃないけど……神様に約束したから」  ―――神様。  上条には不幸体質と幻想殺しをプレゼントしてくれた、おそらくは上条がこの世で最も嫌う存在。時には神様と書いてバカとルビを振る。美琴はその神様からいったい何をもらったと言うのだろう。能力か、知性か、才能か。 「ふーん。……で、何をもらったんだ?」 「……教えない。そこは乙女の秘密」  美琴の答えはあっさりしていた。 「……、そっか」 「あれ?」  上条がすごすごと追求の手を引くと、美琴は体を少しかがめて下からわざと上条の顔をのぞき込むように、 「アンタ今、もしかしてプレゼントの相手が誰とかって、やきもち焼いた?」 『ふっふーん。私は全部お見通しよ』とでも言いたげなしたり顔を上条に向けた。 「んなもん焼いてねーよ。神様相手にどうしろってんだ」 「そう? アンタさっき、今まで見たことない顔してたから」 「どんな顔だよ?」 「どうって聞かれても……うまく言えないわよ。だけどアンタのことはずっと見てたから、アンタが何を考えてるかだいたい分かるようになってきた」 「そうか。俺もお前が何考えているか目を見りゃわかるぞ」  たまに上条が見知らぬ女の人に道を聞かれて説明している時に美琴と出くわして、そこで目を吊り上げて上条を追い掛けてくれば言いたいことは『くたばれこの馬鹿浮気者』だし、視線をそらしてキョロキョロしている時はたいがい『ゲコ太のイベントに行きたい』などと上条がしらふではとてもお付き合いしたくない提案がうまく切り出せなくて迷う時に決まっている。 「じゃあ」  美琴は上条の前に立ち、少しだけかかとを浮かせると視線を上条と同じ高さに合わせて 「私が今何を考えてるか当ててみて。……できるんでしょ?」  常に勝ち気な茶色の瞳が、上条をその場に縫いとめるように真っ直ぐ見据えられる。その眼差しは熱を持ち、上条が視線をそらすことを許さない。 「えーっと……」  上条が交わす視線の先にいる美琴は少し怒っているように見えた。泣いているようにも、戸惑っているようにも、上条の浅はかな選択を責めているようにも。  美琴にこんな目をされて、自分は何を言えばいいのだろう。何を言ってやればいいのだろう。都合の良い言葉も美琴が喜びそうな歯の浮く台詞も上条の持つ無駄知識の中にはない。  上条は大きく息を吸って胸の中で明確な形を持ちそうなそれを否定するように 「…………ゲコ太三万尺?」 「アンタの口からゲコ太って単語が出てきたのはほめてあげるけど最後の『三万尺』って何なのよ! 何と関連性があるのかもはや意味不明じゃない!!」  美琴はぎゃあああっ! と両手を振り回して吼えた後、はぁと小さくため息をついた。 「まぁ、良いわよ。私のことがわかんなくても。神様から贈り物をもらった交換条件みたいなもんだしね」  その時上条の目には美琴の口が『良いんだ、ずっと片思いでも』と動いたように見えた。 「……悪りぃ」  聞き取れなかった言葉に返す台詞は他に見つからなかった。  上条はぼんやりと一人、あてもなくショッピングモールの中を歩いていた。  別段、ここで特売があるわけでもセールが行われるわけでもない。今日は美琴が上条の部屋に来る日でもない。ただ何となく、彼氏らしくそろそろ美琴へのクリスマスプレゼントの目星をつけておこうかと思っただけで、特に目当てなどなく気の向くままにあちらこちらの店頭をのぞいては顔を引っ込める。  昨日までくたばれとか死ねとか殺すとか言って電撃を数知れぬほど浴びせてきた相手から突然頬を染めて『アンタのことが好きなの』と言われて、上条は最初派手に担がれてるのかと疑った。だから『私と付き合って』と言われたときに素で『米研がなきゃいけないからあんまり時間は取れないぞ』と正直に理由を返したらその後ものすごい勢いで街中を追い掛け回された。相手から死に物狂いで追い掛けられながら聞く愛の告白なんて奇態な経験は世界広しといえども上条しか体験したことがないだろう。  その後誤解とわかったのはいいが、今度は美琴が上条を好きだというのが誤解なのかどうなのかを確認するのに三〇分くらいかかった。それでも上条は最終的に年下の少女からの申し込みを受け入れた。ケンカをしていない時の美琴は明るく笑う上条の友達であり、サバサバとした性格は異性で年下ということを差し引いても気兼ねすることもなく、一緒にいて楽しかった。だからつい友達の延長くらいのつもりで『俺で良いのかと』わざわざ確認までとって美琴との交際をオッケーしてしまった。  それが今になって美琴のことを異性としてここまで意識してしまっているのはどうなんだろう。  上条は美琴の事をこれまで面倒な奴だとかわがままでうるさいと思っていても嫌うほどではなかった。その見方が変わったのは少なくとも美琴と恋人として付き合うようになってから、いや、もっと具体的に言えばあの地下街での一件からだ。  上条が『外』に出るはめになった何日か前に突然美琴から別れを切り出されああやっぱりお嬢様の罰ゲームじみた嫌がらせだったんですかと思いながら返事をしたら切れ味鋭いビンタを食らわされて、日本に帰ってその後ちょっと入院して退院してみたら美琴が何故か一人でテンパってて『別れたくない』というので何だゲーム続行ですかまあいいやお前の好きにしろよと思っていたら、あれだ。  手をつないだり腕を組むくらいだったら友達でもできる。けれどキスは別だ。  美琴は上条の微妙な表情の変化を見分けることができるくらい、上条をずっと見ていたと言う。だったら上条が何を思って美琴を自分から離そうとしているかわかって欲しい。 「人前でキスとか要求すんじゃねーよ、あの馬鹿。まだガキのくせに」  クリスマス需要を見越して、一軒のジュエリーショップには下品なほどにたくさんの広告が張り出されていた。日頃の上条とは何の縁もない店だが冷やかすくらいはいいだろうと思い、よれボロのバッシュと共に店内へ足を踏み入れる。  店内では上条のような貧乏学生でもそこそこ見栄を張れるくらいの贈り物ができそうな品揃えが、ブースを仕切って陳列されていた。一つ一つを細かく見ていると目がチカチカしてきそうなので、上条はやや引き気味にショーケースを眺めて回る。  その中にネックレス、とでも言えばいいのだろうか。カエルのデザインではないが、美琴の好きそうな花模様をあしらった銀色の細工付きの細い鎖に目が行って、上条は自分の不幸体質を心に止めつつゆっくりと手を伸ばす。価格も手頃そうなのでこれにしようかと思ったところ、ネックレスには値札と一緒に何かの説明書きがついていたので、上条はその小さな札を何の気なしにひっくり返した。  ―――『対象年齢八歳以上』。  いくらなんでもこれはない。  よく見るとタグには何かのキャラクターシンボルが描かれている。どうやらこれはただ今子どもたちの間で絶賛人気上昇中の国民的美少女アニメーションとのタイアップ商品らしい。こんな紛らわしいもの一緒に陳列すんなよと愚痴りつつ、上条はネックレスをショーケースに戻す。それとも今時の小学生はこのような店に足を運んで彼女にプレゼントしちゃったりなんかするのか?  あのネックレスは、美琴には似あうかもしれないがこんなものを贈ったら『人をいつまでも子供扱いすんじゃないわよっ!』とお返しにイルミネーション付き地獄への片道切符がいただけるかもしれない。そんな悲しい未来予想図は嫌だと上条は全力でぶち壊し、ショップを後にした。  服ではセンスを問われるし第一美琴のサイズがわからない。花は喜ぶかもしんねーけどありゃ添え物だし無難なところでやっぱ食べ物にしておこうかねと頭をかいて、上条は戦略的撤退を決め込んだ。  ガラステーブルの上においた上条の携帯電話が着信音と定期的な振動を繰り返す。折りたたんだそれをパカッと開いて着信画面を確認すると、電話の相手は美琴だった。ついでに時間を確認すると、現在時刻は午後一〇時三〇分。美琴の寮の消灯時刻をとっくに過ぎている。  上条はうはあー、と大きくため息をついて通話ボタンを押すと 『遅いわよっ! 私がかけてるってわかってんのに何ですぐ出ないのよ?』  いきなり電話越しに怒鳴られた。 「遅いってお前ね……それは俺の台詞だろ。今何時だと思ってんだ? もう消灯時刻過ぎたんだからさっさと寝ような?」 『……この時間じゃないとアンタに電話できないんだもん。部屋は黒子いるし、談話室は誰かしら使ってるしね』  では美琴はどこから電話をかけていると言うのだろう。美琴が寮監に内緒で野良猫に餌を与えている裏庭からだろうか。受話器越しにパタパタと言う足音のような響きが聞こえて、室外にいる美琴が寒さで足をジタバタさせていることは容易に想像できた。 「お前寒くねーの?」 『それは平気。でさ、明日だけど何食べたい?』  やっぱり部屋の外か。早く部屋に戻らせないとコイツ風邪引いちまうなと上条は少しだけ良心を発揮して 「……メールじゃだめなのかその質問?」 『メールで聞くとアンタ決まって「何でも良い」で返してくんじゃない。あれは何? アンタの携帯にはああいうテンプレでも入ってんの?』 「……」  まさか毎回メールを使い回しているなどとは言えない上条はしばらくうーんと唸った後 「……じゃあお前で」 『ぶっ!?』  吹き出すにはかなりの大音量だったが寮監や白井にはバレないのだろうか? 「いや、冗談ですよジョーダン。そうだな、だったらお前の得意料理にしてくれ。……あれ? 御坂? どうした、レパートリーのネタが尽きたんなら素直にそう言ってくれりゃ……」  受話器の向こうの美琴からは応答なし。 「御坂? 聞こえるか? もしもーし? おーい、回線切れたか?」 『……ごめん。明日はパス』  ややあって、美琴のやけに平坦な音声が返ってきた。  もしかすると少し怒ってるかもしれない。 「ああ、別に気にすんな。んじゃ御坂、おやすみ。さっさと寝ろよ?」  美琴が最後に何かを早口で言っていたようにも聞こえたが、上条はそれを振りきって終話ボタンを押した。美琴が自分で来ないことを決めたのならそれでいい。その方が気が楽だ。  気が楽だ、と考えて同時に胸の中がもやもやする。  上条はつながりの途切れた携帯電話を忌々しげに見つめると、ベッドに向かって放り投げた。  今夜は寝付きも寝覚めも悪そうだ。きっと夢見もろくなもんじゃない。  あの後美琴とは三日、顔を合わせなかった。  珍しいこともあるもんだと思いつつ、上条は薄っぺらな学生鞄を担いだまま大きく伸びをした。両手を左右に広げても、誰ともぶつからない左側が少し寂しい。 「ここで御坂がビリビリしながら走ってきて『アンタっ!』とか叫んだら昔どおりなのにな」  言って、上条は後ろを振り返る。  やっぱりそこには誰もいなくて、上条は安堵と失意を胸の内にのぼらせた。  美琴には美琴の生活があるのだから上条の都合でそれを妨げるつもりも振り回すつもりもなかったが、 「……一度くらいなら、良いかな……」  上条はポケットの中からボロボロの携帯電話を取り出し、画面を開いて登録番号のリストを呼び出すと、最新の登録番号にカーソルを合わせ通話ボタンを押した。五コール鳴らしても相手が出なかったら今日はあきらめよう。 『もっ、もしもし?』  上条からの電話をずっと待っていたように、美琴の上ずった声が一コール後に受話器越しに響く。 「あ、ああ。その。上条だけど。……元気か?」 『う、……うん。元気』 「もしかして今、友達とだべってたりするか? だったら俺かけ直……」 『う、ううん! ひっ、一人! 一人だから! 学校から真っ直ぐ帰って来て、今寮の中に入ろうとしてたとこ。……ちょうどアンタのこと考えてた』 「そ……そっか。じゃあ御坂、カバン置いたらちっと外に出られるか? 話を……大事な話をしたいんだ」  上条の手持ちのチップは残り少ない。このまま美琴のレイズにコールするにしても、フォールドするにしても条件ははっきりさせよう。それが美琴に対して友達以上恋人未満であやふやな上条が見せられる唯一の誠意。 「俺がそっちに行くから、お前は寮の前で待っててくれ」 『わかった。うん、待ってる』  何かを覚悟したような美琴の声を最後まで聞いてから、上条は終話ボタンを押し、携帯電話を折りたたんでポケットに戻した。  いつになくしおらしい美琴をあまり待たせていると進む話もできねえやと思い、上条は薄っぺらな学生鞄を肩に担ぎ直して常盤台中学の寮へトボトボと歩き始めた。 「おっす」  上条は左手を上げて、寮の門に寄りかかってぼんやりしていた美琴に声をかけた。 「待たせたか?」 「そんなことない。思ったより早かった」  美琴は軽く頭を振って駆け寄ると、上条の左隣に並ぶ。上条の肩先一〇センチ先の空間が埋まって、何故か上条はほっとした。 「話は……歩きながらすっけど」 「うん。アンタカバン持ってるってことはまだ帰ってないのよね? じゃこのままアンタんちまで行こっか?」  たまには私が送ってあげるわよと美琴が告げて、直後この後に続く『話』を思ってか表情を曇らせる。二人の間に一〇センチのすき間を空けて上条は左手をポケットに突っ込み、美琴は両手を後ろ手に組んでそわそわと落ち着きなく動かす。 「あのさ」 「……うん」 「俺、お前のこと好きかどうかよくわかんねーんだ」  隣を歩いていた美琴の足がピタ、と止まって 「…………何だ、そんなこと?」  大げさすぎなのよアンタは、と口を動かしながら美琴が再び上条の隣で歩き始める。 「そんなのとっくに知ってるわよ」 「え?」  驚くのは上条の方だった。 「アンタと会えなかった二週間の間に、私いろいろ考えた。アンタが何を思って私と付き合ってくれてるのかまではわかんないけど」  美琴は一度言葉を切って上条の前に回り込むと 「アンタと別れる前の私は、アンタのことを好きではいてもアンタのことをこれっぽっちも思いやってなかった。よくよく考えてみればアンタの反応が薄いのも恋人にしては冷たいのもすぐわかることなんだけどね」  探偵が真犯人に解き明かした謎を突きつけるように人差し指をピンと立てた。 「だから今更そんなこと気にしなくて良いわよ。私はアンタが好き。良いんだ、一生私の片思いでも。アンタが私を好きじゃなくても、今は私の隣にいてくれる……私はそれだけで幸せ」  そこまで言い切って、美琴は切なそうな笑顔を見せた。 「そうか……」  美琴が上条に向けている感情、それはもはや恋ではなく愛だ。失ってなお悔やまないと言えるならそのひたむきな思いは誰に対しても胸を張って誇れる。  かつて上条の目の前で、美琴とよく似た言葉を口にした人間がいた。  海原光貴を名乗るアステカの魔術師は上条の前で美琴を好きだと告白し、思いが届かなくても構わない、何よりも美琴自身の幸せを一番に願っていると告げた。  こういう馬鹿は嫌いじゃない。むしろ上条はいっぺんで好きになるタイプだ。  中学生と高校生の差は何だろう。それは中学生が親の庇護のもとで育つのに対し、自分の人生を自分で選ぶ第一歩を踏み出すのが高校生だと上条は乏しい知識の中で考える。それでも以前美琴自身が指摘したように、中学生と高校生の垣根を突破する方法は存在する。そして美琴はそんな手段さえ採らずに思い一つで上条の中にある垣根を突破し、自分の選択に誇りと責任を持って進む。  きっと誰よりも、この少女は強い。御坂美琴は一人の人間としてしっかりと自分の両足で立っている。高校生だ年上だと偉そうにしてその実まごまごしていたのは上条の方だ。一四歳だとか中学生とか異性だとか常識だとか気持ちがもやもやするとか好きだ嫌いだと言うちっさい理由などどうでも良い。『年相応の良識あるお付き合い』以前の問題に (勝てねえよ、こんなヤツには。かなわねーや) 「御坂、お前の勝ちだよ。そんで俺の負けだ。……今度こそな」  ゲームの勝者には惜しみない賛辞を贈ろう。  上条は自分から美琴の手を取って握りしめ、 「お前、俺が何考えてるか顔見りゃわかるって言ってたよな? ちっと今ここでやってみろ」  ここから先はエキシビジョンマッチ。上条は勝者のための舞台を用意する。 「い、い、いいいいいきなり何? どうしちゃったわけ?」  ファンファーレと喝采に気づかない美琴は上条の隣で目を白黒させた。 「当たったらお前の言う事何でも聞いてやる」 「本当に?」 「ああ、本当だ」 「ふうん、へぇ……何でも、ね。じゃあちょっと本気出してやるわよ」  報酬が美琴の闘争心に火をつけたらしく、美琴は自分を鼓舞するように両肩をブンブンと回しそのまま上条の両肩をガシッと鷲掴みして、占い師が水晶玉を覗き込むように上条の瞳をじっと見つめる。 「……どうだ?」 「…………」  美琴の顔に五秒間隔で顎から上に向かって重力に逆らい血が登っていく。  上条は頭突きをするように美琴の額にゴツンと自分のそれを重ねて 「ほれ」 「!」  対面の美琴の唇が震えながらあう、とかふぇ、と擬音の形に動き、茶色の瞳の焦点は不安定に揺れる。 「で、分かったのか?」 「……うう」 「……分かったか?」  半分涙目の美琴が上条から視線を外すと赤くなった顔を隠すように 「…………ごめん。やっぱ無理」  上条の右肩に自分の額をペタンと押し付け、その肩を握りしめて吐息を漏らす。  美琴は上条の目を見ているうちに胸がいっぱいになって何も言えなくなってしまったのだが上条には通じなかったらしい。所詮は惚れたもの負けだ。 「……………………ねぇ。一つ質問」 「何だ?」 「……………………?」  上条の両肩を掴んでいた美琴ががっくりと細い肩と視線を下に落とし、風に吹き消されないよう上条にだけ聞こえる声で問いかける。  上条はそれに笑ってうなずくと地下街の時のようにおずおずと、それでも恋人らしく美琴を抱きしめた。美琴は北風を避けるように上条の胸に顔を埋め、ここが自分のたった一つの居場所だと宣言するべく上条をぎゅっと抱きしめる。  今は一二月初旬。  厚い雲が冬枯れた空を覆い世界に吹く風は冷たくとも、二人の火照る頬は真夏のように熱を帯びている。 「御坂、俺ハンバーグ食いたい」 「…………はい?」 「ハンバーグだよハンバーグ。ひき肉とタマネギをこねて丸めて平たくして焼いた奴だ。知ってんだろ?」 「うん。知ってるけど……?」 「この間出しそびれた晩飯のリクエストな。今度うちにくる時に作ってくれ」  上条は寒かったら鍋も良いよな、と歩きながら隣にいる美琴にあえてねだる。 「これが彼氏の特権なんだろ?」 「そ。アンタが私の隣にいる限り有効の特権よ」  美琴が大きく頷く。 「お前の特権は? お前ばっか飯作ったりしてたらつまんねえだろ?」 「良いわよ。他の誰よりも長くアンタと一緒にいられるし」  それにね、と美琴は言葉を続けて 「アンタは私が神様からもらった贈り物だから。約束したんだ。『誰よりも大事にします』って」  俺の人権はいつの間に売り飛ばされてたんだろうと首をひねりながら上条は美琴を見て 「……お前確か一生分の贈り物って言ったよな?」 「うん」 「お前も御坂妹みたいに調整しないと寿命短いのか?」 「違うわよっ! ……一生は一生。そのくらい長くアンタと一緒にいたいだけ。それだけの時間があればアンタを振り向かせることもできんでしょ?」  遠大かつ壮大な計画を聞かされた。 「……はあ、さいですか」  美琴との付き合いは長くなりそうだなと、何となく上条は予感して 「あれ……一生?」 「そう、一生。何か文句ある?」 「……………………………………………………………………………………不幸だ」 「どこが不幸なのよ!?」  脱力しうなだれる上条に美琴が激怒し、雷撃の槍を発射する直前で上条が鞄を投げ捨てて美琴の額にすかさず右手を当てた。 「お前さっき俺の事一生大事にするって言わなかったっけ?」  間一髪電撃を防ぎながら半分涙目で『これが彼氏にする仕打ちかっ!』と上条が抗議して 「甘やかすのと大事にするのは違うわよ?」  対する美琴は空いた手で握り拳を作って腰に当て『私は厳しいのよ?』と肩を聳やかす。それでも二人の一〇センチの間には、互いに握った手が揺れている。 「……ああ言えばこう言うだな。ま、いっか。御坂、ここまで送ってくれたんだからうち寄って茶でも飲んでけよ。お前の寮の晩飯の時間までには送ってくからさ」  上条はアスファルトの上に落ちた鞄を拾い上げると『寒いだろ?』と親指で上条が暮らす寮の建物を指差す。 「お茶なら私が入れたげるわよ?」 「良いんだよ。たまには俺にやらせろ。お前に甘えてばかりじゃいけねえんだろ?」  上条は少しだけ照れくさそうに美琴を見つめる。 「そうだろ、『彼女』?」  美琴は上条に嬉しそうに微笑んで 「よろしくね、『彼氏』」  つないだ手を少しだけ強く握りしめた。  らしくなくても、ままごとみたいでも、とてもそんな風には見えなくても。  二人は恋人同士。……それでいい。 ---- #navi(上条さんと美琴のいちゃいちゃSS/Equinox)

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