とある魔術の禁書目録 自作ss保管庫

Part1

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匿名ユーザー

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 そこはとある学生寮の一室だ。一見して、家具が少ないこと以外に特筆すべ
きことのないような普通の部屋。部屋の主は変哲ない十六歳の高校生であり、
今は夕食の後片付けをしている。節電のためかテレビやオーディオの類は点い
ておらず、だから室内には水道と食器の重なり合う音しか聞こえない。

――はずだった。

「こうげきぃーなんだよ!」
「やめなさいってば、こら! いくら後湯だからって洗濯にも使うっつってん
だから!」
「ふふふ! みこと、油断は禁物なんだよー。晩餐も浴槽も戦場なんだから!」
「いや、アンタにとって食卓が戦場ってのはわかるけど。浴槽ってのはなによ
その取って付けた感の。……もしかして胸の話?」
「むー! 自分がほんのちょっと大きいからってなんでもその話題に繋げるの
は無粋の極みかも。なんだかとうまにそっくりなんだよ」

 いや、インデックスサン? ワタクシ上条当麻は貴方の前でそんな話ほとん
どしてませんことよ? と、上条はバスルームから漏れ出る会話に心の中でツ
ッコむ。

「へ、へえー。あの馬鹿いつもそんなこと言ってるんだー?」
「とうまはいつも・いっつも・いーっつも女の子と一緒にいるけど、そういえ
ばおっぱいの大きい子が多いかも――って! みことの髪がなんだかバチバチ
してるんだよ! とうまーとうまあああ!」
「いつもいつもどうしてトラブルに巻き込まれてるんだろうって思ってたけど、
現実はただの巨乳好きかこのボンクラがアアああああ!」

「御坂アアあああ! 風呂ン中でビリビリすんじゃねえって言ってんだろうが
あああああ! あと、勝手に自分を巨乳にカテゴライズしてんじゃねええええ!」

 近所迷惑も甚だしい絶叫祭りだが、上条がそう罵倒したところで彼の末路は
決まったようなものだ。
ズバアン!と浴槽の扉が開き、いつものように雷撃の槍は台所めがけて襲い
かかる。それが上条の右手の前に消え失せてしまうところまで、いつも通りに。

「ふ、ふふーん。上条さんのイマジンブレイカーにかかればレベル5の電撃も
妄想巨乳も全く無意味なんですことよー。それと御坂部屋ではちゃんと服を着なさい」

 内心心臓バクバクでそんなことを言っているだが、体(てい)としては冷静
に攻撃を防がれ冷静にタオル一枚の状態を指摘された美琴は、地団太を踏んで
悔しがりつつ恥ずかしさに悶え真赤になるという離れ業を成す。というか自分
で飛び出してきたわりに本気で恥ずかしがっているので戸惑った上条は、そろ
そろ美琴のフォローに入ろうかと考えた。
 しかし、そんな思いは俯いたまま上条に近付いてきた美琴の拳にかるがる打
ち壊される。

「死ね! このスケベ大魔神がアアああああ!」

 能力は効かなくても物理攻撃は効く。そんな往年のRPGのような仕掛けは
すっかり明かされてしまっている上条であった。

 さて、なぜ美琴とインデックスが上条宅の風呂を使用していたのか。事の発
端は一週間ほど前、美琴宛てに宅配便が届いたことに由来する。

「入浴剤?」

 実家の母から送られて来た荷物の品名欄にはそう書かれていた。中をあらた
めてみると確かに、例の水墨画のような筆致で描かれた温泉風景がパッケージ
の、老舗の入浴剤セットが二箱入っている。20包入り×2だから40回分で
ある。
 母に問い合わせてみると、懸賞で10セット当たったので送った、とのこと
だった。
 しかし、美琴の感慨は微妙なものだ。

「入浴剤っつっても結局ただの化学成分だしねー」

 はなから風流を否定していそうな物言いだが、美琴が言うのも無理はない。
入浴剤というと薬用と観賞用の二つに大別されるだろうが、学園都市では湯治
の研究もあり例によって外の技術と一線を画しているし、観賞用に至っては『星
屑ジュエリー(星を模したキラキラしたものが入っている)』とか、『夢の泉(温
度と効果時間によって色が一万通り以上に変化する)』など、色・香り・感触と
いった様々な効果を演出するアイデア商品が普通に市販されている。黒子が『ぬ
るぬるジェリーバス』などという明らかに用途の違うものを持って帰って来た
時に至っては、美琴はその俗物を黒焦げの炭にして頭を抱えたものだ。
 とにかく、だから、今さら青とか緑とか単色の風呂で喜ばれることなどない
し、さすが老舗だけあって鼻が利くのか早くから学園都市からの技術提携も受
けていたらしいが、それも本家本元の最先端にあってはたかが知れるというも
のである。

「それ以上に、こんなもん使ってたらいつ黒子に細工されるかわかったもんじ
ゃないし……」

 黒子はかつてパソコン部品と称した怪しげな薬品を取り寄せていたことがあ
った。美琴が直接その毒牙にかかることはなかったのだが、誤って服用した黒
子に絡まれて散々な目に遭ったのだ。黒子が何か企む限り美琴に面倒な被害が
訪れることは自明なのである。
 不幸だ、とどこかの誰かを真似して口にしてみて、美琴は閃く。

「――で、御坂さんは上条家のバスルームを使用させてくれと、そうおっしゃりたいわけなのですね?」

 立ってるものは犬でも使え。馬鹿とはさみは使いよう。この場合、はさみは
入浴剤ということになるか。
こんな次第で、とある馬鹿高校生にお願いしようと考えた美琴である。

「そ、そうよ! 入浴剤があるのは良いけど、常盤台の寮って基本的に大浴場
とシャワールームしかないし、そもそも学業に必要ないからってそこんところ
重要視されてないのよ。だからって捨てるのはもったいないし、わざわざ一回
一回ホテルの部屋借りるなんて馬鹿馬鹿しいじゃない。だいたい常盤台のお嬢
様とおんなじお風呂に入れるってんだから、アンタむしろ地面に頭こすりつけ
て感謝したって良いぐらいなのよ?」

 早口で理由をまくし立ててついでに高飛車な態度まで発動させている美琴で
あるが、心臓はエンスト寸前まで加速し視線は上条を直視できていなかった。
一歩下がって頭を冷やしてみるとこれはデートに誘うとかよりもかなり大胆な
行動だったはずで、恋は盲目というか美琴の場合は猪突猛進というか、賢明な
順序やら戦略など皆無だった。
 まあそんな美琴の異常事態など露知らずに、上条は常盤台のお嬢様のリッチ
さに戦慄していたのだが。

「で。ど、どうするのよ? 嫌だってんなら別に良いけど、これって疲労回復
効果もあるみたいだし、不幸続きのアンタをちょっとは癒してくれるんじゃな
い?」

 興味のないフリをしつつも上条の身体を気遣っている辺りが美琴のやさしさ
である。彼女は学園都市の誇るツンデレ使い(ツンデリックマスター)のレベ
ル5であり、いつも念能力で言うところの「円」のような重ね技ばかりを使う
高位能力者だ。もっとも主人公補正のかかったスルースキルを体得している上
条にとってはそれすら児戯にも等しいこと。だいたい美琴が絡んできているこ
とからすでに「不幸だー」と呟いている上条にしてみれば、気遣われても仕様
のないところはある。
 上条の返事をそわそわしながら待ち続けた(時間にしてだいたい数秒)美琴
は、業を煮やして腕をバチバチさせる。

「だーもーどうすんのよ!? 男だったら迷ってないでさっさと決めなさい!」

 自分で自分の台詞を深読みして頬を染めた美琴に対し、上条はおっかなびっ
くり口を開く。

「いやいやあの美琴さん? 思いもよらぬお申し出で上条さんはとっても嬉し
いのですが、いくつかの説明と突破しなければいけない関門がございまして……」
「はあ? なんなのそれは言ってみなさいよ」

 などとは言われつつも上条は口をつぐむ。美琴が家に来るなら当然そこには
インデックスという猛禽類がいるわけで、このまま美琴を連れていくと、上条
がビリビリと噛み付きの波状攻撃を受けることは必至である。
 とどのつまり問題は、いかようにして美琴の申し出を断るかOrインデック
スをなだめるかの二通りになる。上条は悩んだ。美琴のお願いを断ると後が怖
そうだし、けれども連れていった時点で問題はネズミ算式に増えていくことだ
ろう。

――よし、断ろう。ビリビリは怖いけど右手を使えばなんとか無傷で事を済ま
せることができるし、板挟み状態になるよりは生存率が高いはずである。
 上条はそう決心して、

「とうまー。今の話を総合すると、短髪がウチにくるってこと?」
「おわあ! イ、インデックスさん!? いつのまに後ろに……」
「その子ならさっきから後ろにいたわよっていうか『ウチ』って響きが気に入
らないんだけど。いったいどういうことよ? その子はアンタの何なの?」

 美琴が詰め寄ってきて上条はだらだら汗を流し、何とかごまかせないかと頭
をフル回転させたが、無情にもインデックスが言う。

「前にも言ったけどとうまは私の命の恩人で、一緒に住んでるんだよ?」
「インデックスぅ! それだといろいろ説明不足だけど俺もそれ以上なんて言
ったらいいかわかんないだって馬鹿なんだモン!」
「はあ、もうアンタは。もっとちゃんと言ってくれなきゃわかるもんもわから
ないでしょうが」

 ビクビクして身体をくねらせていた上条に、美琴はため息をつく。

「その子が何かワケありだってのは私もわかってるわよ。学園都市のIDは不
自然なとこばっかりだったし、なんでアンタのウチに居候しているのかとかぜ
んぜん腑に落ちないんだけどね、今はまだ良いわ。……一応、確認しておくけ
ど。一緒に住んでるのはそういうゴタゴタと関係してるからなのよね?」
「へ? あーいや、そうだけど」

 一瞬バチリと発電した美琴に一歩下がりつつ、上条は肯定する。
 実際、美琴が調べたインデックスの素性はわけのわからないものだった。ま
ず名前からして『Index-Librorum-Prohibitorum』である。日本語にして
「禁書目録」というのは宗教関係者にしても、いやそうだからこそよりおかし
な名前だ。年の頃合いは美琴とそう変わらないだろうにどこの学校に所属して
いるでもなく、その経歴はすべて白紙で、データベース上にシールを貼り付け
たみたいに、上っ面だけこの学園都市に存在を認められている。電脳上をハッ
クしてインデックスの情報まで辿り着いた美琴の感想は、おおよそそんなとこ
ろだった。密入国者が偽造パスポートを持っているようなものではあったが、
しかしこんなふざけた偽造パスポートも存在しない。何にせよ、そこで手詰ま
りである。書かれていない文字を読むのは不可能なように、入力されていない
情報を得ることはできない。もっと可能性のある場所にジャンプすることだっ
て出来なくはなかったが、ちょっとどんな奴か知りたい程度で底なし沼に足を
踏み入れるような行為をするつもりは、美琴にはさらさらなかった。

――それにしても、「最近気になるアイツとよく一緒にいる女の子」について調
べるためにデータベースをハックしてどのカテゴリにも属さないIDを発掘し
てくるのだから、このツンデレールガンはいつヤンデレールガンにクラスチェ
ンジするかわかったものではない。誰も美琴の所業などは知らないので、それ
が指摘されることはまずないのであるが。


 ともあれ、上条にしては幸運なことに美琴からなんやかやと言われる事態は
避けられたらしい。そうなるともちろん、次に問題となるのは銀髪噛み付きシ
スターである。

「とうま、私は納得できないかも。どうして短髪がウチに来るの」

 ほらきた。

「だからお風呂を使わせてほしいんだってば。入浴剤がもったいないんだもん」

 なんだか両者に不穏な空気が漂い始めているのをひしひしと感じる上条であ
る。というかここまで来てなんだが、上条は自分がどうしてこんなに頭を悩ま
せているのかわからない。バスルームを使ってよいかを問われただけなのにな
んでこう理不尽に詰め寄られねばならないのか。

 不幸だ、声には出さず呟くがそんな心情などお構いなしに彼女らは話を進める。

「入浴剤なんて怪しげな薬を使ってとうまを籠絡しようだなんて私は許さない
んだから。科学の力なんてぜんぜん信用できないんだよ。それにお風呂ってこ
とは夜に来るかもってことで、ご飯も一緒に食べるかもしれないということで
私の食べるものが減ってしまうかもしれないんだよ。私はそんなこと全然気に
してないけど、いつも貧乏で飢えているとうまにそんな負担はかけさせられな
いかも」

 インデックスの優しい台詞に、上条は怒りと悲しみで涙を流しそうになった。
まあすでに捨て置かれている感の強い上条なので、そんな苦悶の表情など誰も
気にはしない。
 インデックスの台詞は滅茶苦茶で誤解されそうなところばかりだったが、「籠
絡」というのは美琴の所与の目的としては違わないでもない。頬を染めつつた
じろいでから、美琴は今さらになって気が付いた事実を口にする。

「そっか、そうよね。学校帰りってことになるんだから、アンタのウチに行け
るのは早くて夕方になっちゃう。じゃあさ、ただお風呂を使わせてもらうって
のも悪いし、私が晩ご飯作ってあげよっか? アンタお金に困っているみたい
だし、材料は私持ちでさ。今より絶対お腹いっぱい食べられるわよー?」
「ええ!? そんな棚ぼたイベント、本当に上条さんが味わっても良いんでせ
うか?」
「良いって良いって。お嬢様マネーなめんなよー? 高位能力者と他の待遇の
違いぐらい、アンタだってよくわかってんでしょ。……それに。アンタだって
馬鹿なりにがんばってるんだから、これぐらいは日の目を見たって良いはずな
のよ」

 なぜかちょっと憤慨したような口調で言葉を閉じた美琴の傍で、インデック
スは「わーい、ごっはん♪ ごっはん♪」と小躍りしている。相変わらず魔術
と食の絡んだ嗅覚については異様に鋭い銀髪シスターであった。

美琴とインデックス、二人は上条の前を歩いている。犬猿だった空気も何の
その、並んで歩く様はまるでご近所のお姉ちゃんとチビのようだ。わけのわか
らない内に話がまとまって安堵していた上条は、ふと気が付く。

(あれ、俺は何にもしてないのに全部が丸く治まってるぞ? どうなってんだ??)

 さすが常盤台の称号は伊達ではない。御坂美琴、侮りがたしである。


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