とある魔術の禁書目録 自作ss保管庫

Part01

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三番目の記憶


 目をあけると、そこに広がっていたのは真っ白な天井だった。
 色は一切なく抜け切ってしまったような錯覚を覚えさせる白は、ここが天国なのかと一瞬思わせた。しかし、身体の部品を一つ一つ動かしてみた。
 両手・両足・両指・両腕・顔・口・目・首。
 感覚はある。起きてすぐだったが視界も良好。嗅覚は、匂いはしないが鼻で息を吸うことが出来るから、きっと問題ないだろう。
 とりあえず、寝ててもわからないので起き上がって、天井以外の周りを見た。
 ベットに壁、机やカーテンまでもが真っ白だった。さきほどここは天国かと思ったが、この真っ白な世界はさながら擬似天国なのかもしれないと苦笑いした。
「……ここは……どこだ……」
 真っ白な部屋に自分が寝ているベット。身体を見てみたが、特に目立ったものはない。
「病院なのは…わかるんだけど……どこだ?」
 自分は病院で寝ていることに気づいたが、どこの病院かは記憶にない。
「記憶……………………………あれ?」
 そこで異変に気づいた。
 今ここにいる理由だけではなく、何があって、自分は誰なのかもわからない。というよりも、何も思い出せない。
 思い出せないというニュアンスにある一つの可能性、いや確信に近いことを思い浮かべ、はははとごまかすように笑ったつもりが棒読みになってしまった。思い出せないということは自分は『記憶喪失』なのかと、たどり着いてしまったからだ。
 一瞬、それが冗談であって欲しいと思った。だが………何も思い出せない。
「うそ……だろ……」
 驚きよりも絶望感を味わった。重要なものをなくす感覚を起きて数分で体験してしまったことは、とても大きすぎる衝撃になってしまったのだ。
「ああ。起きたのか……」
 その最中、ある声が耳に届いた。だが記憶の中ではまったく思い出せないどころか、初めて聞いたと思ってしまった。
 男の声は自分を知っているような口ぶりだ。一言だけであったが、親密なのだろうと思ったが何も感じられなかった。
「…………どうやら、気づいているようだね」
 男は自分の状態に気づいているようだった。それが少しだけ自分を落ち着かせるものであったのは、幸いなことだ。理解者がいることがここまで安心できることなのだと、今ここで"初めて"知った。
「そう、君は記憶がないんだよ。それも起きる以前までの、ね」
「きおく……そうしつ…ですか?」
 記憶がない=『記憶喪失』と思ったので確認のために控えめな声で聞いた。しかし、すぐに裏切られた。
「いいや。喪失じゃない。破壊、『記憶破壊』だ」
「記憶……は、かい…?」
「そうだよ。だから君の記憶は今ここで始まったんだ」
 カエル顔の医者は淡々と自分のことを語った。
 そして、それが記憶の中で初めての"始まり"であった。
 まずは理解するために、カエル顔の医師からあるものをもらった。
 それは自分、『上条当麻』の記録であった。
「上条当麻。高校一年生、能力はなしのレベル0…ですか」
「この学園都市のことは覚えているようだね。だったら、ここまでで大体自分の立場が少しだけだけどわかったんじゃないかな?」
 ベットにいる少年、上条は頷いた。
 学園都市のことに関しては記憶が残っている。東京西部にある学生の町。人口のほとんどは学生で支配され、その中には能力者と呼ばれる者がたくさんおり、それを開発するのがこの学園都市……だったはずと上条は記憶を思い返した。
 その中で自分は一番下のレベル0。言うなれば、落ちこぼれ…というものかとため息をついた。
「まあ大体のことはわかりました。この学園都市じゃ、これを見ただけで自分が十分わかる便利な場所ですからね」
「学生である上条君からだからこそ、わかることだよ。僕のような大人だったら、まったくわからないと思うよ」
 カエル顔の医師は浅く笑ったが、上条はそれに同意できるほど冷静ではなかった。今は早く自分を知りたいと急かす自分を押し殺すことで精一杯だった。
「住んでる場所や学校は……まったくダメですね。何にも思い出せません」
 他にも第七学区など、よくわからない単語も含まれていたがそれはおいおい説明してもらおうと思う。
 それから上条は細かい資料に目を通した。
 自分の生活のことや友人関係。学校の授業や自分の成績などなど、細かい部分が色々と掲載されていた。上条はそれらを読み終えるのに十分ほどの時間を使ったが、夢中になってしまったため時間の感覚がよくわからなかった。
「これって全部、書庫に入ってる資料ですか?」
 最後の資料を読み終わって感じたのは、資料が詳しすぎる点であった。
 書庫は生徒一個人にここまで詳しく載っているはずはない。学校の成績はまだしも、自分の友人関係や私生活などまで記録されているのはおかしいと思った。
 カエル顔の医師はそれを読んでいたのか、白衣のポケットから小さなメモを取り出した。
「これを見れば、わかるんじゃないかな?」
「…………これって」
 書かれていたのは、記事の分担表であった。
 まず、自分の記録に関しては御坂美琴と書かれていた。次に見た住居や学校も御坂美琴と書かれている。成績に関しては月詠小萌と書かれているが、私生活を書いたのも御坂美琴となっている。
「この記録、レポートのほとんどは、この御坂美琴ってやつが書いたものじゃないですか?」
「ああ、そうだよ。美琴くんがほとんど作ったんだ。君のために、ね」
 御坂美琴。記録に書かれていたのは「常盤台を代表とする超能力者(レベル5)。『超電磁砲』(レールガン)の異名を持つ『電撃使い』(エレクトロマスター)。上条当麻とは、ある事柄で知り合い、親しい友人の一人となった」と書かれていたのを思い出した。
 彼女が自分のために、このような記録を書いてくれた。それがどれだけ大変なことだったのか、上条には想像が出来なかった。
「この御坂、ってやつは俺の記憶のことは…」
「ああ。医師である僕を抜けば、彼女が一番君の事に関しては詳しいと思うよ」
 美琴は記録では友人の一人と書かれていたが、この努力は友人の一人と言うよりも一番の親友に値するぐらいの働きではないだろうかと、上条は美琴の苦労を思いながら考えた。
 御坂美琴…上条の頭の中でこの名前が何度も響く。しかし、何度も響こうが何も感じられないのがとても悔しかった。
「会ってみるかい?」
 ふとカエル顔の医師は上条の心を読んだかのように、上条に問いかけてきた。
 美琴のことは上条は知らないが、記憶を失ったとなればいくら頭で理解していても美琴がショックは受けることは予測できた。そんな光景が嫌な汗とともに頭によぎったが、それでも上条は会ってみたいと思った。
「お願い…出来ますか?」
 上条は控えめに頼んでみると、カエル顔の医師は笑顔で頷いて部屋を出た。部屋に残った上条を支配していたのは御坂美琴への興味と感謝、そしてこれから会えることへの喜びだった。
 美琴は用事があったらしく、一時間近くしたら来ると聞いた。その間、上条は自分の記憶についてカエル顔の医師から説明を受けていた。
「それじゃあ俺の記憶はもう二度と戻らないんですね」
「ああ。脳細胞が傷つけられていてね、思い出に関してはいっさい残っていないよ」
「…………」
 上条はもう二度と戻らないことを実感し、不快な感情を押し殺しながら、次の質問をした。
「さっき気づいたんですけど、学園都市はわかるんですけど第七学区というものがわからなかったんです。これって記憶破壊と関係あるんですか?」
「あるよ。まず初めに補足から始めようか。
 君の記憶が完全に消されたのは、『エピソード記憶』と言われるものでね、『思い出』を司っている。君の場合、料理の仕方は知っている。でも料理をいつ覚えたか、料理の味などの『思い出』はなくなっているからわからない。ここまではいいかな?」
 例を出してくれたおかげで上条にも何がなくなったか理解は出来た。少し説明を整理してから、上条は頷いた。
「だけど、今回は『意味記憶』という『知識』を司る記憶も欠落している。
 さっき例をもう一度使うと、玉子焼きの作り方は知っていても目玉焼きの作り方はわかっていない。カレーは作れるんだけど、ハヤシライスになるとわからない。言うなれば、半分覚えて半分忘れた状態だったんだよ」
「だった…?」
「君がここに搬送されてきた時の状態はね。でもここは学園都市だ。『知識』の修復は不可能でもまた改めて覚えさせることは出来る。だから君は今、完全ではないが生活では困らない程度に『知識』が戻っている。もっとも、少し特殊なケースでの記憶破壊であったから修復不可能な箇所も残ってるけど、それはのちに覚えれば問題ないと思うよ」
 上条はなんとなくだが納得できた気がした。結局は、覚えていないことはまた覚えなおせばいいこと。それに全てではないといわれたことが、上条を少しばかり安堵させた。
「他に何か質問は?」
「そうですね……じゃあこの右手について」
 上条は自分の右手を見つめ、記録に書かれていたことを思い出していた。
 上条の右手は『幻想殺し』(イマジンブレイカー)と呼ばれ、どんな異能も打ち消す能力…と書かれていたが、本人はまだ半信半疑で『記憶』にも『知識』にも『幻想殺し』のことは覚えていなかった。
「君の右手は『幻想殺し』って言われててね、科学だろうが魔術だろうが神の奇跡だろうが、触れただけで打ち消す代物、と言っていたよ。僕も実はこの目で見たことはないんだよ。だからそのあたりは美琴くんに聞くのがいいと思うよ」
 彼女も能力者だしね、とカエル顔の医師は答えた。
 『幻想殺し』、上条にはこの力の存在がどうにも理解できなかった。自分は無能力者のはずなのに、この力を持っている点。まじゅつという得体の知れないものすら打ち消せてしまう存在、何故それが自分の右手にあるのかがどうにも謎であった。
 だが御坂は全部知っているとは限らないと上条は思えた。何故なら、自分は全部吐き出すような人間じゃないのはなんとなく理解できたから。
「ありがとうございます。記憶のこともわかりましたし、改めてこの記録を見ようと思います」
「うん、わかった。美琴くんが来るまでもう少しかかるけど、大丈夫かな」
 上条は、はいと頷くと記録をもう一度最初から見直した。
 『上条当麻』記録に書かれた自分が一体どんな人物だったのか…少しだけ近づけるような気がした。
 何回も読み直し終わり、少しだけ頭を整理しようと考えていた時だった。バタン!という音と共に彼女、御坂美琴は常盤台中学の制服を着てやってきた。
 上条からしてみれば、それは驚きと御坂美琴だと理解出来る喜び。美琴が来る間は上条はとても長く感じたのだが、こうやっていざ会ってみるとそんなことはどうでもよくなった。
「アンタは……覚えてる?」
 しかし、出会った第一声はやはり覚えているかどうかだった。予想通りとはいえ、期待する眼差しは上条の胸を抉るような不快感と刺す痛みを与えた。
「…わりい。何にも覚えてねえんだ」
 上条は申し訳なさそうに言った。予想はしていただろうがいざ言われると美琴もショックを隠せなかった。
「……そ…っか」
 覚えていればこんな苦しいことも苦しそうな表情も見れずに済んだだろうに、と思ったが後悔したくても記憶がないのでどうしようもなかった。それよりも、なんで自分が記憶を失ったのかを、上条は聞いてないことを思い出した。
「なあ、なんで俺は『記憶破壊』…だっけ?なんでこうなっちまったんだ……」
「………」
 美琴はとても辛そうな表情をした。だが微かに自分を責めているようなものを感じ取れた上条は、無理はしなくてもいいぞと付け加えた。
 美琴はごめんと上条に頭を下げたが、美琴は悪いことをしていないので気に留めなかった。むしろ、美琴の辛そうな表情を見るのが逆に辛かった。
「あーそんな顔するなって。せっかく来てもらっても暗い表情のままだと残念だぜ?」
「あ、うん。…ごめん」
「だあー!!だからそういったのはなし!とりあえず、御坂…でいっか。御坂を知らないんだ。だから、色々と話してくれたら嬉しい、というか……」
 最後のあたりは愛の告白をしているような気がしたので、そこで言葉を濁し熱い顔を隠したくて俯いた。一方の美琴は驚いた表情を上条に向けた。というよりは、信じられないものを見ているとでも言いたげだった。
「アンタ…本当に『上条当麻』なの?」
「教えてもらった限りは、『上条当麻』らしいな。記憶がねえからわかんねえけどよ……『上条当麻』やってるか?」
 どうだろう、と美琴もよくわかっていない。だが、会ってまだ数分足らずの自分を『上条当麻』と結びつけるのは少し早すぎた。上条は、まだ早いかと苦笑いした。
「でもアンタから『色々と話してくれたら嬉しい』なんて言葉、初めて聞いたわよ?」
「そうか?普通に考えたら気になることじゃねえのか?」
 それをしなかったのよ、アンタは美琴の口が動いたのを上条は気づかなかった。
 少し考えて美琴はまず、出会ったときのことについてからと言って横にあった見舞い客用のパイプ椅子に座った。
「あ、その前に一つだけ言っておきたいことがあるの」
「ん?話を聞くにあたって、なにか諸注意でもあるのか?」
 小学生でもあるまいし、と言いながら何を言われるか予想がつかなかった。しかし、冗談を言ったあと、美琴の表情を見てそんな軽いものではないと後悔した。
 そして、美琴は意を決したように、告げた。

「アンタの記憶破壊は今回で二度目なの」

 上条は頭を思いっきり殴られたような痛みと驚きを感じた。
 ありえないと思ったが、自分を知る友人であれば嘘は言っていないはずだ。だが、二度目とはどういうことなのだろうかと上条は現状を良く理解できない頭をフル回転させた。
「それじゃあ、前回も同じようなことが?」
「そうね。一応本人とあの医者から聞いたことだけだから真実のはずよ。
 ちなみに前回の記憶は、七月二十八日以前のエピソード記憶、思い出の記憶が全部なかったのよ。そして今回は今日、三月二十九日以前のエピソード記憶がない」
 三月二十九日といわれ、初めて今日が何日だったのかを理解した。上条は続けざまに言われる真実にしばし混乱した。
「悪い。ちょっと確認させてくれ。
 俺は今、三月二十九日の記憶しかない。でもそれは三月二十九日以前の思い出が全部消えちまっただけ。だけど、そのさらに前の七月二十八日以前の記憶も俺は持っていなかった。
 ということはまた記憶を破壊されて、七月二十八日のような日々を送ると言うことだよな?」
「……まああってるわね。アンタは記憶破壊であることを隠し通した以外は」
 隠し通したと言うことは、前回は気づかれずに生活してたんだなと自分がやりそうなことだったのでよういに理解できた。きっと、今回も自分の記憶破壊のことを誰も知らなければ、自分は隠して生活していたのかもしれないとふと思ったが、美琴にはそれがわかっていたのか、額に一発特大のでこピンを喰らわせた。
「いってぇ!!!おい、いてえだろう!!」
「アンタ、また記憶破壊のことを回りに黙っておこうって思ったでしょ!?それでまた同じことを繰り返して、なしにしようとしたんでしょ!」
「なんだよ!原因はともかく、俺が記憶を失ってるなんて知ったら誰でも心配するだろうが!」
「それが逆だって、なんでアンタは気づかないのよ!!!」
「はぁ?逆って、何がだよ?」
 美琴は覚えてないから当然かと、ため息をつくとキッ!上条を睨みつけた。
「前回のアンタは記憶破壊のことを周りに隠してた。でも、戦いが終わってアンタが倒れた時に、みんな知っちゃったのよ。
 その結果、どうなったか知ってるの?!インデックスは何日も自分を責めて塞ぎこんだのよ!倒れる直前まで、アンタに対して『ごめんなさいとうま』って何度も何度もよ!
 確かにアンタに記憶破壊のことを黙っておけって言われた時は、協力しようって思ったわ。でもね、アンタが黙ってたおかげで、より傷ついた人もいるのよ!!
 アンタはそれでも満足だったかもしれないけど……周りの人たちはどんな思いでアンタのことを心配したか、絶対にわからないわよね??!!」
 『上条当麻』は自分にはまだ理解できなかった。しかし、目の前にいる御坂美琴は誰よりも『上条当麻』を見ていたのかが、上条には痛いほどわかった。
 戦い・インデックス・みんな、美琴だけが記憶破壊のことを知っている(あくまで憶測)ことを今はいい。それよりも、目の前の少女は、自分のために涙を流していた。上条は……なにもわからなかった。
「……ごめん……ごめん」
 謝るのが正しいのかもわからない。ただ思い至った言葉はごめんの一言だけであったことに、上条は押しつぶされそうな胸に右手を置いた。


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