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上条さんと美琴のいちゃいちゃSS/Equinox/Part17 - (2010/03/28 (日) 14:20:09) の最新版との変更点
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#navi(上条さんと美琴のいちゃいちゃSS/Equinox)
御坂美琴は少々疲れていた。
五月に入ってから学校関連の用事で妙に忙しかったのだ。
美琴の通う学校は超能力開発と世界有数のお嬢様学校で名高い私立・常盤台中学。美琴は学生達から羨望の眼差しを集める常盤台中学で、三年間最高位の超能力者(レベル5)としてさらに羨望の眼差しを集めるスーパー中学生だ。美琴自身、努力で得た超能力の後についてくる賞賛などこれっぽっちも興味はなかったが、周囲はそういう訳にはいかなかった。
いくら名門中学と言えども、入学希望者がいなければ学校運営という事業は成り立たない。
そんな訳で、次の超能力者候補生を求めている常盤台中学は美琴を『看板』あるいは客寄せパンダとしてフルに活用したのだ。
何しろ美琴は常盤台中学創立以来の最高レベルの能力者であり学園都市第三位の超能力者、通称『超電磁砲』として知名度が高い。常盤台中学には心理掌握というもう一人の超能力者がいるが、デモンストレーションとして使うには美琴の方が派手で分かりやすいと言うのがその理由だ。学校側も美琴に多額の奨学金を投入している以上、回収に走るのは当然のことだった。美琴もそれを分かっている以上、拒否はできない。
学校からの要請は如何なる内容であれ受諾し実行する。それが常盤台中学の生徒としての心得であり、奨学金を受ける条件なのだから。
もし常盤台中学に鈴科百合子なる生徒がいたら美琴もここまで振り回されることもなかったのだが、現実はそんなに甘くも優しくもない。
来期入学希望者向けパンフレット用のモデルとして撮影に引っ張り出されたり、学校説明会へ同席および在校生としての学校紹介、討論と意見交換、論文執筆の合間に『偉い人』との会合出席と、美琴のスケジュールはびっしりと埋まり、秘書役を買って出た同室の後輩・白井黒子でさえ過密とも呼べるここ数日の日程管理には手を焼いた。こんな状態だったのでさすがの美琴も疲労していたし、『彼氏』上条当麻との放課後デートさえままならない状況だったのだ。
メールや電話で上条と毎日やりとりしていても寂しいものは寂しいし、会いたいしそばにいたい。
だから予定がぽっかりと空いた今日は上条にメールで連絡して、二人で手をつないで特にあてもなく街をぶらついている。お邪魔虫の携帯電話は留守番電話モードに切り替えてポケットの中に放り込んだ。
美琴が一方的に日々の出来事や噂話をしゃべって、上条がそれに相槌を打つ。
美琴の右手は上条の左手を握り、互いの肩先に一〇センチの距離を開け肩を並べて歩く。
五月の午後の空は青く澄んで、街路樹の緑がそよ風に揺れる。。
いつも通りで何の変化もないけれど、美琴にとっては自然で穏やかで幸せな放課後だ。
時々、美琴はショーウィンドウに映る二人の姿を横目で眺めてはため息をつく。
(私達ってお似合いのカップルに見えるかなぁ)
上条は時折、二人のことを『お嬢様と下僕』もしくは『サラブレッドと驢馬』と揶揄する。それは二人の見た目や能力、出自をなぞらえた譬えではあるのだが、美琴には承伏できない。
何故ならば。
美琴の隣にいる『彼氏』、上条当麻は老若男女敵味方を問わず、とにかくモテるのだ。愛されていると言い換えても良い。上条が右拳で殴りつければ例外なく相手は上条の信奉者になってしまう(ように見える)し、ひどい時はストーカーのように上条につきまとうわ色仕掛けで迫るわとやりたい放題だ。
そして上条は、誰に対しても分け隔てなく付き合う。
上条には差別や見下しといった感情が一切ないので、上条の気づかないところで彼に共鳴する人のつながりが広がっていく。美琴が出会った上条当麻という少年は、美琴が初めて出会った『能力や肩書きに関係なく自分を対等に扱ってくれる人物』であり、彼のそんな飾らない、自然な姿が好ましくて恋に至ったわけだが。
上条自身に『モテる』という自覚がないのがなお痛く思えて、美琴は時々頭を抱えたくなる。おそらく世界規模で自分のライバルがいると予想する美琴は、『自分は上条当麻の隣を占めるに足りる女の子か』と自問自答してしまう。
だから、逆だ。
しっかり者の彼女を演じる美琴としては、上条が美琴と釣り合いが取れているか気にするのは全くの問題外で、むしろ自分の方が上条と釣り合いが取れているのかが常に気にかかるところだった。
先日勝負を挑んできた二重まぶたが印象的なあの子を始め、上条の知り合いには言葉に出すと屈辱的に美琴よりも何かが大きな女性が多い。彼女たちの影を見るたびに打ち負かされそうで地味にへこむ成長過程少女は、ショーウィンドウに映る自分の姿を見てため息を一つ追加する。
「ん? 御坂、やっぱお前疲れてんじゃねえの? 何かさっきからぼーっとしてるし、久々に時間の余裕ができたんだったら寮に真っ直ぐ帰って体を休めた方が良かったんじゃねえのか?」
「アンタね……久々に彼女と顔を合わせて言う言葉がそれ? 真っ先に『会えて嬉しい。もう離さない』とか何とか、そういう言葉はアンタの口から出ない訳?」
「そんなこっ恥ずかしいコト言えっかよ! お前は上条さんにどんなキャラを期待してんだ?」
(人目があるにもかかわらず強く抱きしめてくるとか、恋愛映画並にうんざりするほど甘い言葉を聞かせてくれるとか、そう言うのはないのかアンタは)
かつて恋人ごっこの時に『何をすれば恋人っぽく見えるのか』と問われて答えられなかった美琴は、上条と本当の恋人になってから一人でいろいろと考えた。恋愛映画もたくさん見たし雑誌の特集は一通り目を通した。結果、恋人なら何をやっても恋人らしく見えるという抽象的な答えでは満足できず、美琴が思い描く『恋人らしさ』をあれこれ上条に要求しては断られ続けている。こんなところでも美琴はずっと片思いのままだ。
このやたらとモテるが今ひとつ恋人としての反応に欠ける彼氏には恋人らしい発言をを期待できないので、美琴はため息を追加して告げた。
「……良いんだ。どうせ私の片思いなんだから」
美琴の言葉に上条はキョトンとして
「……、お前突然なに言ってんの? 意味がさっぱり分かんねーんだけど」
と、不意に上条の携帯電話が鳴った。
上条は美琴を『ちょっと待て』と片手で制すとポケットから携帯電話を取りだすと、液晶画面に浮かんだ名前を見て、上条の常に眠そうな表情が引きつったものに変わる。
「? どうしたの?」
美琴を見る上条の目が不自然に泳いでいる。
「あ……いや、何でもねえよ」
上条は通話ボタンを押し、美琴から手を離して背を向けると電話の向こうの誰かと会話を始めた。
「……、もしもし…………、だからそれは………、はい、いや……そうじゃなくて……」
上条の電話の口調から、相手が友人ではないがごく親しい誰かで、しかも年上の女性というのは感じ取れた。
……誰だろう?
年上というと思い出せるのはあの金髪か、それとも神裂とか言うポニーテールの女か。
(ちょっとー、彼女放置して他の女としゃべってるってどういう訳?)
いらだつ。気になる。今すぐ携帯電話を奪って履歴を確認したくなる。
美琴は上条の後ろから両手を回してぎゅっと抱きつき、自分の存在を上条にアピールする。やたらと人の目を引く常盤台中学の制服を着たままこんな事をすれば周囲の注目を浴びるのは間違いないが、今の美琴にそんな事を気にする余裕はない。
何しろ上条は電話で女性としゃべっているのだから。
ついこの間五和という少女とやり合って、美琴自身勝ちとは思えない形で勝利を拾ったばかりなのだ。恋愛面ではこれっぽっちも自分に自信が持てないスーパー中学生としては、ここで誰かに上条の気を引かれては困る。
上条の交友関係が広いのも分かっている。美琴の知らない『外』で上条が誰かと知り合うことにも理解を示しているつもりだが
(が、我慢我慢……きっと相手は知り合いとか友達、そう友達よ)
上条が誰と電話でしゃべったってそれは悪い事じゃない。
それなのに。
美琴は自分に背中を向けて親しげに誰かと話す上条にいらだちを覚えた。
自分を放置して、他の女と楽しくおしゃべりだなんて。
電話が終わったらにっこり笑って『誰から?』と聞けば良いだけなのに、
こんな事でいらだつ自分にも腹が立った。
些細な事で心がかき乱される自分に腹が立った。
御坂美琴は上条当麻にとって、しっかり者の彼女なのだ。
こんな事を思う方がどうかしていると冷静さを取り戻そうとするがうまく行かない。
我慢できずに美琴が上条を置いて黙って立ち去ろうとした瞬間、上条がくるりと振り返って
「……え? あ、そりゃ今、ここにいますけど……」
何やら気まずげに美琴の方をちらちら見る。
何故上条はこちらを見て、何を話しているのだろう?
「え? ええ? い、いや別にそれは良いけど御坂が何て言うかな……」
自分の名前が出てきた事に息が止まりそうなほど驚いたがそれは顔に出さず、とにかくひたすら平静を装う美琴。
携帯電話を耳から離してしばし美琴を見つめた後、上条が手にした携帯電話を何とも言えない複雑な表情で差し出す。
「……、御坂。美鈴さんから」
意外な言葉と共に。
「…………は? 何でうちの母さんがアンタのケータイに電話してくんの?」
「とりあえず出てくれねーか。何か話があるらしいから」
「あ、うん。何かしらね」
美琴は努めて平静に両手で上条から携帯電話を受け取ると、お嬢様スタイルで耳に当てた。
「……もしもし?」
『もしもし美琴ちゃーん? 元気してたー?』
電話の向こうから聞こえてくるお気楽な声は、間違いなく美琴の母・美鈴のものだ。
「元気してたー? ってアンタね……何で私じゃなくてコイツのケータイに電話してくんのよ?」
『だって美琴ちゃんのケータイ、留守電のまんまじゃない? ママは美琴ちゃんに用があんのに。あ、それとも今ってデート中だった? ごっめーん、ママお邪魔だったかなーん?』
そう言えば、と携帯電話を留守番電話モードにしていたのを思い出し、美琴は心の中で舌打ちする。
正月に帰省した際、母・美鈴には上条との交際の話は一応通してある。美琴はその際あれやこれやとアドバイス……と呼べるかどうか分からない話を美鈴から吹き込まれていた。
用とはその話の事だろうか。
『上条くんたら電話の度に美琴ちゃんの話を楽しそうにしてくるから、もしかしたらいつも一緒にいるのかなーって』
「ぶっ!? ちょ、待ちなさい母! アンタそんなにしょっちゅうこの馬鹿のところに電話かけてんの? 私のところに最後にかけてきたのいつだっけ?」
『うーん、確かお正月の後じゃない?』
美琴が入手するのにあれだけ苦労した上条の連絡先を、美鈴がいつの間にか上条自身と交換しているのは知っていたが、母さんが頻繁にコイツと連絡を取ってるなんて聞いてないわよっ! と美琴は内心慌てる。
美琴の狼狽を知ってか知らずか、美鈴はマイペースに
『それでね、ママの話を聞いて欲しいんだけどそろそろ良い?』
「なっ、何? こっちも忙しいから早くしてよね」
『あのさー美琴ちゃん、ちゃんと毎日基礎体温チェックしてる? あと周期も。常盤台中学の保健体育ってそう言うことはしっかり教えてくれてるわよね? 何しろ家庭科でさえアレだから、もしかして一歩先に進んで男女産み分けとか教えちゃってるんじゃないかってママは心配で』
美鈴の言う『常盤台中学の家庭科でさえアレ』とは、シャツのちょっとしたほつれを直す感覚で金絵皿の傷んだ箔を修繕したりペルシャ絨毯のほつれの直し方を授業で教えていることだ。常盤台中学の教育課程が大学並に高レベルなのは恐れ入るが、一般的に金絵皿やペルシャ絨毯などを所有している家庭は少ない。本当に即戦力として必要な授業なのかと母親としてちょっと首をひねっているのだ。この調子で行くと保健体育ではDNAの塩基配列から教えているのではないかと美鈴は危惧している。
それは授業と言うよりもはや職人芸、授業と言うよりは科学技術論の世界だ。
「……きそたいおん? 何……ってえええええ!? ちょ、このバカ母! アンタ電話口で何て事言ってんのよっ!」
とんでもない叫びを耳にして『何だ?』と振り向く上条に『何でもないから』と目だけで示す美琴。
美琴が再び上条に背を向けて会話に戻ると
『んー、上条くんにそれとなく聞いてみたんだけどはっきりした事教えてくんないから美琴ちゃんに一任してるのかなーって。……大丈夫よね?』
「アンタは人の彼氏に何て事聞いてんのよ? そんなことコイツが知ってる訳ないでしょうが」
『じゃあやっぱり美琴ちゃんが管理してんのか。美琴ちゃんが上条くんと付き合いだして結構経つでしょ? ママとしては孫の顔は一日も早く見たいところだけど、パパがビックリするから赤ちゃんは中学卒業してからにしてねって釘を刺しておこうかなって思ってさー。上条くんの自然な欲求に任せんのも大事だけど、美琴ちゃんがしっかり手綱握っておくのよ? ……それとも、美琴ちゃんが上条くんにおねだりしちゃうのかなーん?』
美琴もこの日ばかりは上条の奥手に感謝しつつ
「アンタ本当に心配してんのか!? ……私達はそう言うんじゃないから放っといて。つか、もうちょっと母親らしい話はできないの?」
『えー? これだって立派に母親の務めだと思うけどなー? 年末に美琴ちゃんから話を聞いた時は何やら深刻そうだったけど、上条くんに聞いたらそんなことなさそうだったからとっくに済ませちゃったのかなって』
「何を済ませてるって言うのよ?」
『やだなぁママ恥ずかしくてそんな事言えなーい♪』
「変なシナ作んな恥ずかしいなら最初から口にすんな! ……ったく。バカ母、アンタはそんなに暇なのか」
『そうそう、美琴ちゃんの弱そうなところ、上条くんにこっそりレクチャーしておいたから。あとで二人で楽しんでねん♪』
「…………ひー、とー、のー、彼氏に余計な事を吹き込むなあーっ!!」
美琴は一声叫んで親指で力いっぱい終話ボタンを押し込むと、ふーふー息を吐きながら上条にぐいっと携帯電話を突き返す。
今のやりとりで何だか疲れが無駄に倍加したような気がする。
美琴はどうにもできないやりきれなさに小さくため息をついた。
……それにしても。
母親にまで進捗状況を心配される恋愛というのはどうなんだろう?
上条はケータイ壊れたんじゃねーのかと呟きながら受け取った携帯電話の外装をチェックしつつ
「……、美鈴さん、何だって?」
「……大した用事じゃなかったわ。まったくあのバカ母は……」
そこで美琴は思い出す。
「ねぇアンタ、うちの母としょっちゅうコミュニケーション取ってるみたいだけど、何の話してんの?」
「へ? ……ああ、お前に世話になってるとかそんな話だけど?」
「……本当に?」
美琴は上条に胡乱な瞳を向けて
「母さんがアンタが私の話を楽しそうにしてるって言ってたけど? っつーか、何でアンタは自分の彼女よりその母親と楽しく会話しちゃってんのよ?」
「……、まあそうだろ。お前の母親にお前の悪口言って何が楽しいんだ?」
「そ、そう……ならいいんだけど。で、母さん、何か言ってた?」
「言ってた、けど……」
上条の言葉は歯切れが悪い。美琴は上条をキッと一睨みして
「何言ってたの? キリキリ教えなさい今すぐに!」
「……お前は虫が苦手だから近づけないでくれって。小学生の時にクラスでいたずらされて授業中に逃げ出したとかいう話を聞いたんだけど」
「……へ?」
あまり思い出したくなかったので美琴は記憶の底に封印していたが、小学生の頃にはそんな事もあった。確かあの時は……
「んで、お前の母さんがその事で小学校まで呼び出されたって。子供の頃の失敗話を聞かされたなんて知ったら、お前怒るだろ? だからあんまり言いたくなかったんだよ。お前だって嫌じゃねーのか、そう言う話はさ?」
弱いとはその話だったのかと美琴が心の中で安堵すると、追い討ちのように上条が
「あと、お前の耳がどうとか言ってたけど」
「……その話は忘れて今すぐに」
確かにそっちも『弱い』が、そんなことを上条に聞かせないで欲しいと美琴は思う。大体そう言うことは上条自身の手で知るべきであって、母親だからと言って変に気を回さないで欲しい。
「もしかしてお前の耳って触るとびょーんって大きくなんのか? どっかの奇術師みたいに」
「なるわけないでしょ。それってこの間見たテレビの受け売りじゃない。……そこで楽しそうに手をわきわきさせんなっ!!」
良いじゃねーかちょっと試させろと美琴の耳をつまんで引っ張ろうとする上条と、こんなところで馬鹿な事すんじゃないわよと上条の思惑を阻止しようとする美琴の間で取っ組み合いが始まった。常盤台中学の制服を着たお嬢様がそこらにいくらでも転がっている柄の悪い学生みたいにつかみ合いを始めたのを見て、周囲の人々が二人から視線を逸らしつつ遠巻きに退いていくが美琴は気にも止めない。
こんな風に二人で騒いでいられる時間が楽しいから。
自分が自分でいられる一番自然(ナチュラル)な時間だから。
美琴は声を上げて笑う。
誰よりも幸せそうに。
「……私の耳に関する疑惑はあとできっちり解き明かすとして。……この間聞きそびれたけどアンタの部屋にきたあの五和って子はアンタの何?」
肩で息をしながら少ししわになったブレザーの裾を引っ張りつつ、美琴は上条に問いかける。
それは美琴と上条が付き合い始めて何ヶ月目かの記念日を迎えたとある一日。
記念日だから何かお祝いしようと久々に訪れた上条の部屋で騒いでいたところへ、とある少女が現れた。
二重まぶたが印象的な、美琴では絶対太刀打ちできない母性の塊を備えた少女。バレンタインデーに上条の部屋を訪れて、美琴に向かって『負けません。あきらめません』ときっぱり告げた少女。
名字なのか名前なのか分からないが『天草式の五和』と名乗る少女は、その日美琴に挑戦状を叩き付けた。
「……、だからアイツはただの友達だって。たまたま知り合っただけだよ」
「……ふーん。それで、あの子はどこの学校に通ってんの? 学舎の園じゃ見ない顔だけど」
学舎の園は五つの女子校が共同で費用を出し合って隣接する敷地内に強固なセキュリティを築いた隔離エリア。言わばそこに通う女生徒専用のミニチュア要塞都市だ。
学舎の園を構成する女子校はどれも名だたるお嬢様学校で、当然学舎の園で見かける制服もその五種類しか存在しない。そして学舎の園には出入り可能な人間が限られているので、通っているうちに生徒達の顔を何となく覚えてしまうのだ。
上条が『友達』と呼ぶ五和の事を、美琴は学舎の園の中で見かけた覚えがなかった。そもそも身に纏っている空気のようなものが、学園都市の生徒と少し違うような気がする。初めて出会った時も突然長槍のようなものを持ち出されたし、あの子は無能力者(スキルアウト)側の人間なのだろうか、と美琴は五和について少し考える。
歳が上条と近そうなので、上条と同じ学校に通っているのかと思ったが、話を聞く限りどうやらそれも違うらしい。あとで黒子か初春さんに頼んで書庫に当たってもらおうと美琴は心に留めておく。
五和が学園都市の『外』で出会った知り合いと言う事を美琴に話せない上条としては、話を流してしまいたいしこれ以上の追求は避けたいと思っているのだが、事情を知らない美琴は上条のその不審な態度が妙に引っかかる。
上条はあの子について美琴に何かを隠している。
しかもあの子は限りなく上条の好みのタイプに近い、と美琴は推測する。
常に謙虚で一歩引いて、決して出しゃばる事がなく、甘えさせるのが上手で、料理がうまくて笑顔がかわいくて、そして美琴が比較対象に入らないほどデカい。
私の勝てる要素が一個もないじゃない、と美琴は両手で頭を抱えたくなったがあいにく手がふさがっているので代わりにため息をついた。
「で? あの子もアンタがその右手で助けてお知り合いになって、ケータイの番号や部屋の電話や、あまつさえ部屋の場所まで教えちゃったクチ?」
「それにはいろいろと事情がありまして……大体俺は海に落ちた時とか川に落ちた時に助けてもらった方でアイツを助けた事なんて一度もねーよ」
「落ちた時に助けてもらった? ……アンタはいつから落下型ヒロインになったのよ?」
海に落ちたのは大覇星祭ナンバーズで当選したイタリア旅行、のはずがアドリア海の女王がらみで叩き落とされた時、川に落ちたのは超音速旅客機から土御門の策略によって真下を流れるセーヌ川へ蹴落とされた時だが、どうしてそう言う目にあったのかを説明するには必然的に『外』の話をしなければならない。上条としては言えないし言う気もないので口を閉ざしているが、美琴としては上条のその態度が気にくわない。
助けてもらった、と言うからには上条が泳げないのならばやむを得ないが、上条が泳げないという話は聞いたことがない。大体海に落ちた川に落ちたという状況がすでに想像できない。
そこで美琴は心に何かが引っかかった。
―――海?
「……アンタ、あの小っこいののほかにも女の子と海に行ったって訳? へぇ……アンタの『話』については聞かない約束してるけどさ、ちょろっとこればっかりは見過ごせないわね」
疲れているせいか、些細なことでいらだってしまう。
「……何で? 何で御坂の周りが不穏にバチバチ帯電してんの?? 俺がいったい何をした!?」
「理由なら自分の胸に聞けこの馬鹿彼氏!!」
いらぬ濡れ衣を着せられたと慌てて逃げる上条。
アンタはいったい何人の女の子とバカンスすれば気が済むんだと腹を立てながら追う美琴。
今日も愉快な追いかけっこが五月の青い空の下で始まる。
とある日、美琴は五和に勝負を申し込まれた。
胸の大きさでも器量の良さでもなく、勝負は『お味噌汁』でつけようと言うことになった。これなら能力は関係なく、お互い平等に勝負に望める。
上条に週二回は食事を作ってあげている自分の方が若干有利なのではないかと思いつつ、美琴はその条件を飲んだ。ところが五和は美琴より上手だった。
結果から言うと、美琴は五和に負けた。
突如として元『火災時とか緊急時以外は壊さないでね的に各部屋のベランダを区切っているボード』に空いた穴をくぐり抜けて現れた舞夏は、話を一通り聞くと勝負の立会人に立候補して
『むむ、できる……!! 貴様あの時よりまた一段と腕を上げたな!?』
上条に至ってはお味噌汁を口に含んだ瞬間破顔して
『美味いよ五和。ところで今回の隠し味って乾燥ホタテ使ってんの?』
まるで以前にも食べたことがあるような口ぶりだった。
美琴も一口飲んでみたが、同じものを作ったとは思えないような味で、密かに敗北感を味わっていた。
ところが、である。
結論から言うと、美琴は五和に勝った。
『みさかみさかー、こういうのを試合に負けて勝負に勝ったって言うんじゃないのかー?』
訳の分からない言葉を並べてニヤニヤと笑う舞夏。
上条は美琴の作ったお味噌汁を当たり前のようにおかわりして、
『御坂、悪りぃけど飯よそって。炊飯器の中にまだ残ってたと思うから』
『……は? アンタご飯食べんの?』
『大盛りにしてくれ』
『あ、うん。分かった…………はい』
『さんきゅー』
二人の自然なやりとりを目の当たりにして、何故か黙りこくって部屋の隅っこで膝を抱えて打ちひしがれる五和。
立会人の舞夏による終結宣言が告げられて、『勝者は五和だが勝ったのは美琴』という、美琴自身にもよく分からない形で一応の決着がついた。
『この勝負は誰が主役なのか、それを見落としたのが敗因だったなー』
舞夏は元気を出せよと、打ちひしがれる五和の肩をぽんと叩く。
何故自分が勝ったことになっているのか。
美琴はいくら考えても分からない。
どう考えてもあの時勝利したのは五和のはずなのに。
とにかく、今はあの馬鹿を捕まえるのが先だ。
美琴は意識を五和との勝負から、自分の少し前方を走って逃げる上条に戻す。
ケンカ友達だった時代から、美琴は上条に勝てたためしがない。能力は言うに及ばず、追いかけっこでもまともに上条を捕まえたことがないのだ。捕まえることができたとしても、それは大体上条が先に足を止めて休戦を申し込んできた時であり、美琴が自力で追いついた事は一度もない。
そして上条は足を止めて振り向く。
いつものように振り向いて
「止まれ、御坂!」
「わっ!? 馬鹿っ、急に立ち止まんじゃないわよっ!」
走る勢いを落とし損ねた美琴は上条の背後、腰のあたりに思いっきりタックルした。ドゴォ! という壮絶な音と共に美琴と上条は勢い余って遊歩道の上に転がる。
「痛ててててて……」
美琴に乗っかられて遊歩道の上にべしゃりとつぶされる上条。
「痛いじゃないのよ馬鹿!」
上条の上に重なるように突っ伏す美琴。
上条はどうにか体をひねって起き上がると、美琴の制服についた汚れを手で払いながら
「バカかお前は。ただでさえ疲れてるくせに、無駄に体力使ってどうすんだよ?」
「アンタが逃げるのが悪いんじゃない!」
「んなこと言われても背後からビリビリされたら誰だって逃げるって! もういい加減それは止めてくれよ!」
遊歩道の上に転がって、それでもなお二人は怒鳴りあう。
「だって……」
美琴は意を決し、上条をキッ! と強く見据えると
「だって! アンタが次から次へと女の子をとっかえひっかえするから悪いんじゃない!」
美琴の発言を聞いた上条はしばし無言の後、美琴の言葉のどうしようもなさに空を仰いで後方へひっくり返った。
上条からすれば、こんなのは言いがかりなのだ。
仰向けにひっくり返ったまま上条が嘆く。
「……御坂。お前は何か大きな誤解をしているから改めて言うけど、俺は女の子をとっかえひっかえなんかしてないって。本当にたまたま、クラスメートとか友達と会って、そこで立ち話をしているところをお前が見かけてビリビリして追っかけてくるだけだぞ。しかもいくら説明しても信じてくれねえし、俺はいったいどうすりゃいいんだよ? お前に大事な友達がいるように、俺にだって友達はいるんだぜ?」
「……分かってるわよ、そんなのは」
上条は分かっていない。
上条の周りにいる女の子は、たまたま上条に告白していないだけで、あの五和という少女を始め、誰もが上条に対して『本気』なのだ。モテる事を分かっていない上条の発言は、美琴の耳にはまるで皮肉に聞こえる。
自分は謙虚じゃないし、一歩引いて上条を立てるようなタイプじゃない。甘えさせる前に怒鳴ってしまうし、学習中の料理の腕前はあの子に負けて、そして体はいまだに成長過程のままだ。
「……分かってるわよ、そんなの」
上条の言うとおり、能力なんてただの副産物でしかない。
超能力を取り除けば。
御坂美琴という一人の自然な人間は、上条当麻という一人の自然な人間の前では取るに足らないただの女の子だ。
美琴は上条の自然(ナチュラル)な部分に触れて恋をした。上条は美琴の自然な姿を見て好きでいてくれているだろうか。
「あのな……お前忘れたのか? 俺がお前に告白した時、お前に何て言ったのか」
「……忘れてない。大事な事だもん、忘れてないわよ」
上条はあの時『俺はお前だけだから』と言った。
美琴だけが特別で、あとは全員友達だと、上条はそういう意味で告げたのだ。
「覚えてんなら変な心配すんなよ。ったく、突然物分かりが良くなったと思ったらだだこねて暴れやがって。お前は振幅が激しすぎなんだよ」
物分かりが良いのは上条の前で取り繕っている方で、本音の美琴はみっともないくらいにわがままで融通が利かない女の子。
「……ま、物わかりが良い御坂ってのも何か怖いよな。お前は本来年がら年中傍若無人(わがまま)キャラだし」
お前も疲れてんだろうからそろそろ帰ろうぜ、と上条が起き上がり美琴の髪を撫でる。
物分かりの良い彼女を演じてたのが上条にバレたのかと、美琴が内心慌てていると
「そう言う部分も含めて全部御坂だから、仕方ねえか」
上条が美琴に向かって苦笑する。
二人の頭上にあった五月の青空は夕焼け色に染まり、太陽は西へと沈んでいく。
美琴は上条の眠そうに見える瞳をのぞき込んで
「私のそう言うところも好き?」
「……ビリビリしなけりゃな」
「何よそれ」
美琴はむーと頬を膨らませると、上条の頭をぺしっとはたく。
『わがままなお前も好き』とは言ってくれないのが上条当麻という少年の素で、自然な反応だ。そんな少年を美琴は好きになってしまったのだから仕方ない。
美琴にできるのは、なるべく飾らない自然な自分を少しでも上条に受け入れてもらえるように努力すること。
謙虚さも優しさも料理の腕前も少しずつ磨いて、自分の中に取り込んで。
それで上条が美琴を好きだと言ってくれたなら、きっとそれは自然な姿の美琴を好きでいてくれることと同じ。
磁石が引かれあうように恋をして、それが当たり前みたいに寄り添って、当然のように手をつないで。
そんな自然な二人でいたいから。
片思いをいつか本当の両思いに変えてみせると美琴は心に誓って、ニコリと笑うと
「私は好きよ、アンタのそう言うところもね」
ただそれだけを、上条に告げた。
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#navi(上条さんと美琴のいちゃいちゃSS/Equinox)
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#navi(上条さんと美琴のいちゃいちゃSS/Equinox)
ナチュラルに恋して
御坂美琴は少々疲れていた。
五月に入ってから学校関連の用事で妙に忙しかったのだ。
美琴の通う学校は超能力開発と世界有数のお嬢様学校で名高い私立・常盤台中学。美琴は学生達から羨望の眼差しを集める常盤台中学で、三年間最高位の超能力者(レベル5)としてさらに羨望の眼差しを集めるスーパー中学生だ。美琴自身、努力で得た超能力の後についてくる賞賛などこれっぽっちも興味はなかったが、周囲はそういう訳にはいかなかった。
いくら名門中学と言えども、入学希望者がいなければ学校運営という事業は成り立たない。
そんな訳で、次の超能力者候補生を求めている常盤台中学は美琴を『看板』あるいは客寄せパンダとしてフルに活用したのだ。
何しろ美琴は常盤台中学創立以来の最高レベルの能力者であり学園都市第三位の超能力者、通称『超電磁砲』として知名度が高い。常盤台中学には心理掌握というもう一人の超能力者がいるが、デモンストレーションとして使うには美琴の方が派手で分かりやすいと言うのがその理由だ。学校側も美琴に多額の奨学金を投入している以上、回収に走るのは当然のことだった。美琴もそれを分かっている以上、拒否はできない。
学校からの要請は如何なる内容であれ受諾し実行する。それが常盤台中学の生徒としての心得であり、奨学金を受ける条件なのだから。
もし常盤台中学に鈴科百合子なる生徒がいたら美琴もここまで振り回されることもなかったのだが、現実はそんなに甘くも優しくもない。
来期入学希望者向けパンフレット用のモデルとして撮影に引っ張り出されたり、学校説明会へ同席および在校生としての学校紹介、討論と意見交換、論文執筆の合間に『偉い人』との会合出席と、美琴のスケジュールはびっしりと埋まり、秘書役を買って出た同室の後輩・白井黒子でさえ過密とも呼べるここ数日の日程管理には手を焼いた。こんな状態だったのでさすがの美琴も疲労していたし、『彼氏』上条当麻との放課後デートさえままならない状況だったのだ。
メールや電話で上条と毎日やりとりしていても寂しいものは寂しいし、会いたいしそばにいたい。
だから予定がぽっかりと空いた今日は上条にメールで連絡して、二人で手をつないで特にあてもなく街をぶらついている。お邪魔虫の携帯電話は留守番電話モードに切り替えてポケットの中に放り込んだ。
美琴が一方的に日々の出来事や噂話をしゃべって、上条がそれに相槌を打つ。
美琴の右手は上条の左手を握り、互いの肩先に一〇センチの距離を開け肩を並べて歩く。
五月の午後の空は青く澄んで、街路樹の緑がそよ風に揺れる。。
いつも通りで何の変化もないけれど、美琴にとっては自然で穏やかで幸せな放課後だ。
時々、美琴はショーウィンドウに映る二人の姿を横目で眺めてはため息をつく。
(私達ってお似合いのカップルに見えるかなぁ)
上条は時折、二人のことを『お嬢様と下僕』もしくは『サラブレッドと驢馬』と揶揄する。それは二人の見た目や能力、出自をなぞらえた譬えではあるのだが、美琴には承伏できない。
何故ならば。
美琴の隣にいる『彼氏』、上条当麻は老若男女敵味方を問わず、とにかくモテるのだ。愛されていると言い換えても良い。上条が右拳で殴りつければ例外なく相手は上条の信奉者になってしまう(ように見える)し、ひどい時はストーカーのように上条につきまとうわ色仕掛けで迫るわとやりたい放題だ。
そして上条は、誰に対しても分け隔てなく付き合う。
上条には差別や見下しといった感情が一切ないので、上条の気づかないところで彼に共鳴する人のつながりが広がっていく。美琴が出会った上条当麻という少年は、美琴が初めて出会った『能力や肩書きに関係なく自分を対等に扱ってくれる人物』であり、彼のそんな飾らない、自然な姿が好ましくて恋に至ったわけだが。
上条自身に『モテる』という自覚がないのがなお痛く思えて、美琴は時々頭を抱えたくなる。おそらく世界規模で自分のライバルがいると予想する美琴は、『自分は上条当麻の隣を占めるに足りる女の子か』と自問自答してしまう。
だから、逆だ。
しっかり者の彼女を演じる美琴としては、上条が美琴と釣り合いが取れているか気にするのは全くの問題外で、むしろ自分の方が上条と釣り合いが取れているのかが常に気にかかるところだった。
先日勝負を挑んできた二重まぶたが印象的なあの子を始め、上条の知り合いには言葉に出すと屈辱的に美琴よりも何かが大きな女性が多い。彼女たちの影を見るたびに打ち負かされそうで地味にへこむ成長過程少女は、ショーウィンドウに映る自分の姿を見てため息を一つ追加する。
「ん? 御坂、やっぱお前疲れてんじゃねえの? 何かさっきからぼーっとしてるし、久々に時間の余裕ができたんだったら寮に真っ直ぐ帰って体を休めた方が良かったんじゃねえのか?」
「アンタね……久々に彼女と顔を合わせて言う言葉がそれ? 真っ先に『会えて嬉しい。もう離さない』とか何とか、そういう言葉はアンタの口から出ない訳?」
「そんなこっ恥ずかしいコト言えっかよ! お前は上条さんにどんなキャラを期待してんだ?」
(人目があるにもかかわらず強く抱きしめてくるとか、恋愛映画並にうんざりするほど甘い言葉を聞かせてくれるとか、そう言うのはないのかアンタは)
かつて恋人ごっこの時に『何をすれば恋人っぽく見えるのか』と問われて答えられなかった美琴は、上条と本当の恋人になってから一人でいろいろと考えた。恋愛映画もたくさん見たし雑誌の特集は一通り目を通した。結果、恋人なら何をやっても恋人らしく見えるという抽象的な答えでは満足できず、美琴が思い描く『恋人らしさ』をあれこれ上条に要求しては断られ続けている。こんなところでも美琴はずっと片思いのままだ。
このやたらとモテるが今ひとつ恋人としての反応に欠ける彼氏には恋人らしい発言をを期待できないので、美琴はため息を追加して告げた。
「……良いんだ。どうせ私の片思いなんだから」
美琴の言葉に上条はキョトンとして
「……、お前突然なに言ってんの? 意味がさっぱり分かんねーんだけど」
と、不意に上条の携帯電話が鳴った。
上条は美琴を『ちょっと待て』と片手で制すとポケットから携帯電話を取りだすと、液晶画面に浮かんだ名前を見て、上条の常に眠そうな表情が引きつったものに変わる。
「? どうしたの?」
美琴を見る上条の目が不自然に泳いでいる。
「あ……いや、何でもねえよ」
上条は通話ボタンを押し、美琴から手を離して背を向けると電話の向こうの誰かと会話を始めた。
「……、もしもし…………、だからそれは………、はい、いや……そうじゃなくて……」
上条の電話の口調から、相手が友人ではないがごく親しい誰かで、しかも年上の女性というのは感じ取れた。
……誰だろう?
年上というと思い出せるのはあの金髪か、それとも神裂とか言うポニーテールの女か。
(ちょっとー、彼女放置して他の女としゃべってるってどういう訳?)
いらだつ。気になる。今すぐ携帯電話を奪って履歴を確認したくなる。
美琴は上条の後ろから両手を回してぎゅっと抱きつき、自分の存在を上条にアピールする。やたらと人の目を引く常盤台中学の制服を着たままこんな事をすれば周囲の注目を浴びるのは間違いないが、今の美琴にそんな事を気にする余裕はない。
何しろ上条は電話で女性としゃべっているのだから。
ついこの間五和という少女とやり合って、美琴自身勝ちとは思えない形で勝利を拾ったばかりなのだ。恋愛面ではこれっぽっちも自分に自信が持てないスーパー中学生としては、ここで誰かに上条の気を引かれては困る。
上条の交友関係が広いのも分かっている。美琴の知らない『外』で上条が誰かと知り合うことにも理解を示しているつもりだが
(が、我慢我慢……きっと相手は知り合いとか友達、そう友達よ)
上条が誰と電話でしゃべったってそれは悪い事じゃない。
それなのに。
美琴は自分に背中を向けて親しげに誰かと話す上条にいらだちを覚えた。
自分を放置して、他の女と楽しくおしゃべりだなんて。
電話が終わったらにっこり笑って『誰から?』と聞けば良いだけなのに、
こんな事でいらだつ自分にも腹が立った。
些細な事で心がかき乱される自分に腹が立った。
御坂美琴は上条当麻にとって、しっかり者の彼女なのだ。
こんな事を思う方がどうかしていると冷静さを取り戻そうとするがうまく行かない。
我慢できずに美琴が上条を置いて黙って立ち去ろうとした瞬間、上条がくるりと振り返って
「……え? あ、そりゃ今、ここにいますけど……」
何やら気まずげに美琴の方をちらちら見る。
何故上条はこちらを見て、何を話しているのだろう?
「え? ええ? い、いや別にそれは良いけど御坂が何て言うかな……」
自分の名前が出てきた事に息が止まりそうなほど驚いたがそれは顔に出さず、とにかくひたすら平静を装う美琴。
携帯電話を耳から離してしばし美琴を見つめた後、上条が手にした携帯電話を何とも言えない複雑な表情で差し出す。
「……、御坂。美鈴さんから」
意外な言葉と共に。
「…………は? 何でうちの母さんがアンタのケータイに電話してくんの?」
「とりあえず出てくれねーか。何か話があるらしいから」
「あ、うん。何かしらね」
美琴は努めて平静に両手で上条から携帯電話を受け取ると、お嬢様スタイルで耳に当てた。
「……もしもし?」
『もしもし美琴ちゃーん? 元気してたー?』
電話の向こうから聞こえてくるお気楽な声は、間違いなく美琴の母・美鈴のものだ。
「元気してたー? ってアンタね……何で私じゃなくてコイツのケータイに電話してくんのよ?」
『だって美琴ちゃんのケータイ、留守電のまんまじゃない? ママは美琴ちゃんに用があんのに。あ、それとも今ってデート中だった? ごっめーん、ママお邪魔だったかなーん?』
そう言えば、と携帯電話を留守番電話モードにしていたのを思い出し、美琴は心の中で舌打ちする。
正月に帰省した際、母・美鈴には上条との交際の話は一応通してある。美琴はその際あれやこれやとアドバイス……と呼べるかどうか分からない話を美鈴から吹き込まれていた。
用とはその話の事だろうか。
『上条くんたら電話の度に美琴ちゃんの話を楽しそうにしてくるから、もしかしたらいつも一緒にいるのかなーって』
「ぶっ!? ちょ、待ちなさい母! アンタそんなにしょっちゅうこの馬鹿のところに電話かけてんの? 私のところに最後にかけてきたのいつだっけ?」
『うーん、確かお正月の後じゃない?』
美琴が入手するのにあれだけ苦労した上条の連絡先を、美鈴がいつの間にか上条自身と交換しているのは知っていたが、母さんが頻繁にコイツと連絡を取ってるなんて聞いてないわよっ! と美琴は内心慌てる。
美琴の狼狽を知ってか知らずか、美鈴はマイペースに
『それでね、ママの話を聞いて欲しいんだけどそろそろ良い?』
「なっ、何? こっちも忙しいから早くしてよね」
『あのさー美琴ちゃん、ちゃんと毎日基礎体温チェックしてる? あと周期も。常盤台中学の保健体育ってそう言うことはしっかり教えてくれてるわよね? 何しろ家庭科でさえアレだから、もしかして一歩先に進んで男女産み分けとか教えちゃってるんじゃないかってママは心配で』
美鈴の言う『常盤台中学の家庭科でさえアレ』とは、シャツのちょっとしたほつれを直す感覚で金絵皿の傷んだ箔を修繕したりペルシャ絨毯のほつれの直し方を授業で教えていることだ。常盤台中学の教育課程が大学並に高レベルなのは恐れ入るが、一般的に金絵皿やペルシャ絨毯などを所有している家庭は少ない。本当に即戦力として必要な授業なのかと母親としてちょっと首をひねっているのだ。この調子で行くと保健体育ではDNAの塩基配列から教えているのではないかと美鈴は危惧している。
それは授業と言うよりもはや職人芸、授業と言うよりは科学技術論の世界だ。
「……きそたいおん? 何……ってえええええ!? ちょ、このバカ母! アンタ電話口で何て事言ってんのよっ!」
とんでもない叫びを耳にして『何だ?』と振り向く上条に『何でもないから』と目だけで示す美琴。
美琴が再び上条に背を向けて会話に戻ると
『んー、上条くんにそれとなく聞いてみたんだけどはっきりした事教えてくんないから美琴ちゃんに一任してるのかなーって。……大丈夫よね?』
「アンタは人の彼氏に何て事聞いてんのよ? そんなことコイツが知ってる訳ないでしょうが」
『じゃあやっぱり美琴ちゃんが管理してんのか。美琴ちゃんが上条くんと付き合いだして結構経つでしょ? ママとしては孫の顔は一日も早く見たいところだけど、パパがビックリするから赤ちゃんは中学卒業してからにしてねって釘を刺しておこうかなって思ってさー。上条くんの自然な欲求に任せんのも大事だけど、美琴ちゃんがしっかり手綱握っておくのよ? ……それとも、美琴ちゃんが上条くんにおねだりしちゃうのかなーん?』
美琴もこの日ばかりは上条の奥手に感謝しつつ
「アンタ本当に心配してんのか!? ……私達はそう言うんじゃないから放っといて。つか、もうちょっと母親らしい話はできないの?」
『えー? これだって立派に母親の務めだと思うけどなー? 年末に美琴ちゃんから話を聞いた時は何やら深刻そうだったけど、上条くんに聞いたらそんなことなさそうだったからとっくに済ませちゃったのかなって』
「何を済ませてるって言うのよ?」
『やだなぁママ恥ずかしくてそんな事言えなーい♪』
「変なシナ作んな恥ずかしいなら最初から口にすんな! ……ったく。バカ母、アンタはそんなに暇なのか」
『そうそう、美琴ちゃんの弱そうなところ、上条くんにこっそりレクチャーしておいたから。あとで二人で楽しんでねん♪』
「…………ひー、とー、のー、彼氏に余計な事を吹き込むなあーっ!!」
美琴は一声叫んで親指で力いっぱい終話ボタンを押し込むと、ふーふー息を吐きながら上条にぐいっと携帯電話を突き返す。
今のやりとりで何だか疲れが無駄に倍加したような気がする。
美琴はどうにもできないやりきれなさに小さくため息をついた。
……それにしても。
母親にまで進捗状況を心配される恋愛というのはどうなんだろう?
上条はケータイ壊れたんじゃねーのかと呟きながら受け取った携帯電話の外装をチェックしつつ
「……、美鈴さん、何だって?」
「……大した用事じゃなかったわ。まったくあのバカ母は……」
そこで美琴は思い出す。
「ねぇアンタ、うちの母としょっちゅうコミュニケーション取ってるみたいだけど、何の話してんの?」
「へ? ……ああ、お前に世話になってるとかそんな話だけど?」
「……本当に?」
美琴は上条に胡乱な瞳を向けて
「母さんがアンタが私の話を楽しそうにしてるって言ってたけど? っつーか、何でアンタは自分の彼女よりその母親と楽しく会話しちゃってんのよ?」
「……、まあそうだろ。お前の母親にお前の悪口言って何が楽しいんだ?」
「そ、そう……ならいいんだけど。で、母さん、何か言ってた?」
「言ってた、けど……」
上条の言葉は歯切れが悪い。美琴は上条をキッと一睨みして
「何言ってたの? キリキリ教えなさい今すぐに!」
「……お前は虫が苦手だから近づけないでくれって。小学生の時にクラスでいたずらされて授業中に逃げ出したとかいう話を聞いたんだけど」
「……へ?」
あまり思い出したくなかったので美琴は記憶の底に封印していたが、小学生の頃にはそんな事もあった。確かあの時は……
「んで、お前の母さんがその事で小学校まで呼び出されたって。子供の頃の失敗話を聞かされたなんて知ったら、お前怒るだろ? だからあんまり言いたくなかったんだよ。お前だって嫌じゃねーのか、そう言う話はさ?」
弱いとはその話だったのかと美琴が心の中で安堵すると、追い討ちのように上条が
「あと、お前の耳がどうとか言ってたけど」
「……その話は忘れて今すぐに」
確かにそっちも『弱い』が、そんなことを上条に聞かせないで欲しいと美琴は思う。大体そう言うことは上条自身の手で知るべきであって、母親だからと言って変に気を回さないで欲しい。
「もしかしてお前の耳って触るとびょーんって大きくなんのか? どっかの奇術師みたいに」
「なるわけないでしょ。それってこの間見たテレビの受け売りじゃない。……そこで楽しそうに手をわきわきさせんなっ!!」
良いじゃねーかちょっと試させろと美琴の耳をつまんで引っ張ろうとする上条と、こんなところで馬鹿な事すんじゃないわよと上条の思惑を阻止しようとする美琴の間で取っ組み合いが始まった。常盤台中学の制服を着たお嬢様がそこらにいくらでも転がっている柄の悪い学生みたいにつかみ合いを始めたのを見て、周囲の人々が二人から視線を逸らしつつ遠巻きに退いていくが美琴は気にも止めない。
こんな風に二人で騒いでいられる時間が楽しいから。
自分が自分でいられる一番自然(ナチュラル)な時間だから。
美琴は声を上げて笑う。
誰よりも幸せそうに。
「……私の耳に関する疑惑はあとできっちり解き明かすとして。……この間聞きそびれたけどアンタの部屋にきたあの五和って子はアンタの何?」
肩で息をしながら少ししわになったブレザーの裾を引っ張りつつ、美琴は上条に問いかける。
それは美琴と上条が付き合い始めて何ヶ月目かの記念日を迎えたとある一日。
記念日だから何かお祝いしようと久々に訪れた上条の部屋で騒いでいたところへ、とある少女が現れた。
二重まぶたが印象的な、美琴では絶対太刀打ちできない母性の塊を備えた少女。バレンタインデーに上条の部屋を訪れて、美琴に向かって『負けません。あきらめません』ときっぱり告げた少女。
名字なのか名前なのか分からないが『天草式の五和』と名乗る少女は、その日美琴に挑戦状を叩き付けた。
「……、だからアイツはただの友達だって。たまたま知り合っただけだよ」
「……ふーん。それで、あの子はどこの学校に通ってんの? 学舎の園じゃ見ない顔だけど」
学舎の園は五つの女子校が共同で費用を出し合って隣接する敷地内に強固なセキュリティを築いた隔離エリア。言わばそこに通う女生徒専用のミニチュア要塞都市だ。
学舎の園を構成する女子校はどれも名だたるお嬢様学校で、当然学舎の園で見かける制服もその五種類しか存在しない。そして学舎の園には出入り可能な人間が限られているので、通っているうちに生徒達の顔を何となく覚えてしまうのだ。
上条が『友達』と呼ぶ五和の事を、美琴は学舎の園の中で見かけた覚えがなかった。そもそも身に纏っている空気のようなものが、学園都市の生徒と少し違うような気がする。初めて出会った時も突然長槍のようなものを持ち出されたし、あの子は無能力者(スキルアウト)側の人間なのだろうか、と美琴は五和について少し考える。
歳が上条と近そうなので、上条と同じ学校に通っているのかと思ったが、話を聞く限りどうやらそれも違うらしい。あとで黒子か初春さんに頼んで書庫に当たってもらおうと美琴は心に留めておく。
五和が学園都市の『外』で出会った知り合いと言う事を美琴に話せない上条としては、話を流してしまいたいしこれ以上の追求は避けたいと思っているのだが、事情を知らない美琴は上条のその不審な態度が妙に引っかかる。
上条はあの子について美琴に何かを隠している。
しかもあの子は限りなく上条の好みのタイプに近い、と美琴は推測する。
常に謙虚で一歩引いて、決して出しゃばる事がなく、甘えさせるのが上手で、料理がうまくて笑顔がかわいくて、そして美琴が比較対象に入らないほどデカい。
私の勝てる要素が一個もないじゃない、と美琴は両手で頭を抱えたくなったがあいにく手がふさがっているので代わりにため息をついた。
「で? あの子もアンタがその右手で助けてお知り合いになって、ケータイの番号や部屋の電話や、あまつさえ部屋の場所まで教えちゃったクチ?」
「それにはいろいろと事情がありまして……大体俺は海に落ちた時とか川に落ちた時に助けてもらった方でアイツを助けた事なんて一度もねーよ」
「落ちた時に助けてもらった? ……アンタはいつから落下型ヒロインになったのよ?」
海に落ちたのは大覇星祭ナンバーズで当選したイタリア旅行、のはずがアドリア海の女王がらみで叩き落とされた時、川に落ちたのは超音速旅客機から土御門の策略によって真下を流れるセーヌ川へ蹴落とされた時だが、どうしてそう言う目にあったのかを説明するには必然的に『外』の話をしなければならない。上条としては言えないし言う気もないので口を閉ざしているが、美琴としては上条のその態度が気にくわない。
助けてもらった、と言うからには上条が泳げないのならばやむを得ないが、上条が泳げないという話は聞いたことがない。大体海に落ちた川に落ちたという状況がすでに想像できない。
そこで美琴は心に何かが引っかかった。
―――海?
「……アンタ、あの小っこいののほかにも女の子と海に行ったって訳? へぇ……アンタの『話』については聞かない約束してるけどさ、ちょろっとこればっかりは見過ごせないわね」
疲れているせいか、些細なことでいらだってしまう。
「……何で? 何で御坂の周りが不穏にバチバチ帯電してんの?? 俺がいったい何をした!?」
「理由なら自分の胸に聞けこの馬鹿彼氏!!」
いらぬ濡れ衣を着せられたと慌てて逃げる上条。
アンタはいったい何人の女の子とバカンスすれば気が済むんだと腹を立てながら追う美琴。
今日も愉快な追いかけっこが五月の青い空の下で始まる。
とある日、美琴は五和に勝負を申し込まれた。
胸の大きさでも器量の良さでもなく、勝負は『お味噌汁』でつけようと言うことになった。これなら能力は関係なく、お互い平等に勝負に望める。
上条に週二回は食事を作ってあげている自分の方が若干有利なのではないかと思いつつ、美琴はその条件を飲んだ。ところが五和は美琴より上手だった。
結果から言うと、美琴は五和に負けた。
突如として元『火災時とか緊急時以外は壊さないでね的に各部屋のベランダを区切っているボード』に空いた穴をくぐり抜けて現れた舞夏は、話を一通り聞くと勝負の立会人に立候補して
『むむ、できる……!! 貴様あの時よりまた一段と腕を上げたな!?』
上条に至ってはお味噌汁を口に含んだ瞬間破顔して
『美味いよ五和。ところで今回の隠し味って乾燥ホタテ使ってんの?』
まるで以前にも食べたことがあるような口ぶりだった。
美琴も一口飲んでみたが、同じものを作ったとは思えないような味で、密かに敗北感を味わっていた。
ところが、である。
結論から言うと、美琴は五和に勝った。
『みさかみさかー、こういうのを試合に負けて勝負に勝ったって言うんじゃないのかー?』
訳の分からない言葉を並べてニヤニヤと笑う舞夏。
上条は美琴の作ったお味噌汁を当たり前のようにおかわりして、
『御坂、悪りぃけど飯よそって。炊飯器の中にまだ残ってたと思うから』
『……は? アンタご飯食べんの?』
『大盛りにしてくれ』
『あ、うん。分かった…………はい』
『さんきゅー』
二人の自然なやりとりを目の当たりにして、何故か黙りこくって部屋の隅っこで膝を抱えて打ちひしがれる五和。
立会人の舞夏による終結宣言が告げられて、『勝者は五和だが勝ったのは美琴』という、美琴自身にもよく分からない形で一応の決着がついた。
『この勝負は誰が主役なのか、それを見落としたのが敗因だったなー』
舞夏は元気を出せよと、打ちひしがれる五和の肩をぽんと叩く。
何故自分が勝ったことになっているのか。
美琴はいくら考えても分からない。
どう考えてもあの時勝利したのは五和のはずなのに。
とにかく、今はあの馬鹿を捕まえるのが先だ。
美琴は意識を五和との勝負から、自分の少し前方を走って逃げる上条に戻す。
ケンカ友達だった時代から、美琴は上条に勝てたためしがない。能力は言うに及ばず、追いかけっこでもまともに上条を捕まえたことがないのだ。捕まえることができたとしても、それは大体上条が先に足を止めて休戦を申し込んできた時であり、美琴が自力で追いついた事は一度もない。
そして上条は足を止めて振り向く。
いつものように振り向いて
「止まれ、御坂!」
「わっ!? 馬鹿っ、急に立ち止まんじゃないわよっ!」
走る勢いを落とし損ねた美琴は上条の背後、腰のあたりに思いっきりタックルした。ドゴォ! という壮絶な音と共に美琴と上条は勢い余って遊歩道の上に転がる。
「痛ててててて……」
美琴に乗っかられて遊歩道の上にべしゃりとつぶされる上条。
「痛いじゃないのよ馬鹿!」
上条の上に重なるように突っ伏す美琴。
上条はどうにか体をひねって起き上がると、美琴の制服についた汚れを手で払いながら
「バカかお前は。ただでさえ疲れてるくせに、無駄に体力使ってどうすんだよ?」
「アンタが逃げるのが悪いんじゃない!」
「んなこと言われても背後からビリビリされたら誰だって逃げるって! もういい加減それは止めてくれよ!」
遊歩道の上に転がって、それでもなお二人は怒鳴りあう。
「だって……」
美琴は意を決し、上条をキッ! と強く見据えると
「だって! アンタが次から次へと女の子をとっかえひっかえするから悪いんじゃない!」
美琴の発言を聞いた上条はしばし無言の後、美琴の言葉のどうしようもなさに空を仰いで後方へひっくり返った。
上条からすれば、こんなのは言いがかりなのだ。
仰向けにひっくり返ったまま上条が嘆く。
「……御坂。お前は何か大きな誤解をしているから改めて言うけど、俺は女の子をとっかえひっかえなんかしてないって。本当にたまたま、クラスメートとか友達と会って、そこで立ち話をしているところをお前が見かけてビリビリして追っかけてくるだけだぞ。しかもいくら説明しても信じてくれねえし、俺はいったいどうすりゃいいんだよ? お前に大事な友達がいるように、俺にだって友達はいるんだぜ?」
「……分かってるわよ、そんなのは」
上条は分かっていない。
上条の周りにいる女の子は、たまたま上条に告白していないだけで、あの五和という少女を始め、誰もが上条に対して『本気』なのだ。モテる事を分かっていない上条の発言は、美琴の耳にはまるで皮肉に聞こえる。
自分は謙虚じゃないし、一歩引いて上条を立てるようなタイプじゃない。甘えさせる前に怒鳴ってしまうし、学習中の料理の腕前はあの子に負けて、そして体はいまだに成長過程のままだ。
「……分かってるわよ、そんなの」
上条の言うとおり、能力なんてただの副産物でしかない。
超能力を取り除けば。
御坂美琴という一人の自然な人間は、上条当麻という一人の自然な人間の前では取るに足らないただの女の子だ。
美琴は上条の自然(ナチュラル)な部分に触れて恋をした。上条は美琴の自然な姿を見て好きでいてくれているだろうか。
「あのな……お前忘れたのか? 俺がお前に告白した時、お前に何て言ったのか」
「……忘れてない。大事な事だもん、忘れてないわよ」
上条はあの時『俺はお前だけだから』と言った。
美琴だけが特別で、あとは全員友達だと、上条はそういう意味で告げたのだ。
「覚えてんなら変な心配すんなよ。ったく、突然物分かりが良くなったと思ったらだだこねて暴れやがって。お前は振幅が激しすぎなんだよ」
物分かりが良いのは上条の前で取り繕っている方で、本音の美琴はみっともないくらいにわがままで融通が利かない女の子。
「……ま、物わかりが良い御坂ってのも何か怖いよな。お前は本来年がら年中傍若無人(わがまま)キャラだし」
お前も疲れてんだろうからそろそろ帰ろうぜ、と上条が起き上がり美琴の髪を撫でる。
物分かりの良い彼女を演じてたのが上条にバレたのかと、美琴が内心慌てていると
「そう言う部分も含めて全部御坂だから、仕方ねえか」
上条が美琴に向かって苦笑する。
二人の頭上にあった五月の青空は夕焼け色に染まり、太陽は西へと沈んでいく。
美琴は上条の眠そうに見える瞳をのぞき込んで
「私のそう言うところも好き?」
「……ビリビリしなけりゃな」
「何よそれ」
美琴はむーと頬を膨らませると、上条の頭をぺしっとはたく。
『わがままなお前も好き』とは言ってくれないのが上条当麻という少年の素で、自然な反応だ。そんな少年を美琴は好きになってしまったのだから仕方ない。
美琴にできるのは、なるべく飾らない自然な自分を少しでも上条に受け入れてもらえるように努力すること。
謙虚さも優しさも料理の腕前も少しずつ磨いて、自分の中に取り込んで。
それで上条が美琴を好きだと言ってくれたなら、きっとそれは自然な姿の美琴を好きでいてくれることと同じ。
磁石が引かれあうように恋をして、それが当たり前みたいに寄り添って、当然のように手をつないで。
そんな自然な二人でいたいから。
片思いをいつか本当の両思いに変えてみせると美琴は心に誓って、ニコリと笑うと
「私は好きよ、アンタのそう言うところもね」
ただそれだけを、上条に告げた。
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