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上条さんと美琴のいちゃいちゃSS/13スレ目短編/045」を以下のとおり復元します。
*とある妹達編の後日談(アナザーストーリー) 2
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「…う、ん…?…こ、ここ、は…?」
御坂美琴は、病院のとある一室、そのソファーで目を覚ました。
辺りは暗く、どうやらその病室にある時計を見る限りでは、深夜三時頃のようだ。
ふと、美琴は周囲を見渡した。
「…あっ…」
元からあったであろうベッドの上に、とある少年が寝ていた。
その姿を見た瞬間、美琴は何があったのかを瞬時に思い出した。

あの浮かれていた瞬間から、突き落とされた奈落の底。
思い出したくもない、その理由と原因。
そして何故、自分が今こんなところで寝ていたのか。

「…アハハ…柄にも…無い…コト…しちゃった…な…」
それは、誰に、何に、向けた物だったのか。
確固とした自分だけの現実を持ちながら、能力の制御を自分の意思で出来なかった事なのか。
自分を尊敬し、慕い、気持ち悪いほどの愛を投げかけてくる後輩に晒してしまった醜態に関してなのか。
それとも、自分の中ですら認めていない感情に、気づきたく無い感情に気付かされつつあるが故なのか。
呟いた美琴にでさえ、その答えとなる道筋は見えていない。

少し頭を落ち着かせてから、美琴は上条の前へと足を運んだ。
その顔は本当にただ寝ているだけの様に見えて、昏睡状態であるという事実がウソであるかのようだった。
「ん…」
なんとなく、美琴は頭を撫でようとした。
…したが、手はピクリとも動かなかった。
「…どう…して…?…」
あの日、あの時、あの場所でやったように、自分の膝に上条の頭を乗せ、その頭をゆっくりと撫で、涙の一つでも流せれば目は覚めるかもしれない。
そんな悠長な事を考えたのが拙かったのか、それとも、自分が上条を今の状態に追いやったという罪悪感でも心のどこかにあるのか。
とにかく、美琴の手は動かなかった。
「…うご…いて…動いて…動いてよ…!」
幾ら念じても、どれだけ声に出そうと、嗚咽が混じった涙声で言っても、何も変わりはしなかった。

美琴の手は動かない。
上条の目も開かない。

その、届きそうで届かない、一メートルにも満たない空間が、まるで何十キロとある途方も無く長くて大きな壁の様に思えてきて、美琴はその場に泣き崩れるしかなかった。
美琴の中の悪魔が囁く。
「妹達を10031人も殺して、つい二、三ヶ月前まで全く見ず知らずだった男までも昏睡状態にして…。もう君は人を幸せにする、人と幸せになるなんてことは出来ないんだ」


次に美琴が落ち着くことが出来た時、空はすでに明るくなっていた。
美琴は泣き腫らした顔を洗おうと思い、一旦病室を出ようとした。
そのとき、パタパタパタと足音が聞こえてきたかと思うと、次いでドンと、病室のドアを開ける音がした。

「とうま、またせすぎなんだよ!いつになったらかえってくるの!?」

美琴は目を見開いた。いきなり入ってきたのは銀髪でシスターの格好をした少女。上条のことを「とうま」と呼び、会話の端々にはなにやら只ならぬ台詞も聞こえる。

「えっと…その…」
「!?」

美琴の声で、ようやくシスターの格好をした少女は病室に美琴が居た事に気付いたらしい。
しかし、それは関係ないと言わんばかりに、少女は上条の頭に噛み付いていた。
それでも、上条は目を覚まさない。それどころか、まるで死んだかのように、ピクリとも動かない。
「…とう…ま…?」
ようやく少女も異変に気付いたのか、上条を見る瞳が不安を映し出していた。

その流れを静観しようと決めていた美琴だったが、その意に反して、口は言葉を紡いでいく。
「この人はね…ここに入院してから、目を覚ましてないの。そして、これからも…」
美琴の口から発せられた言葉は、冷たくて、そして重かった。
「そんなことはありえないんだよ!とうまはとうまなんだよ!だから…!」
少女の言葉に、美琴の頭は理解をしようとする。

けれど、口は黙っていなかった。「やめて」という心の叫びも虚しく、美琴の口は淡々と、己の心にも刻み付けるように、言葉を連ねていく。
「この人があなたにとってどんな存在だったかなんて知らない。けど、そんなことは知った事じゃない。ここにある事実は一つだけ。上条当麻というこの男は原因不明のまま、何時目覚めるかも分からない夢の世界に居る。もしかしたら、このまま死ぬまで一生このままかもしれないわね」
締めにはアハハ…と乾ききった笑いまでつけて、美琴の口はまるで鋭いナイフのような切れ味で、その場に居る少女二人の言葉に刃を突き立てる。美琴自身、制御できない感情に振り回され、自分ではどうする事も出来ない状態になっていた。

「!?」
異常事態を察知したのか、それとも耐え切れなくなったのか。
シスターの格好をした少女が病室を飛び出した。
その場に残された常盤台の制服を着た少女は、ただ呆然と立ち尽くしていた。

戻りかけていた表情はその色を再び無くし、色の灯っていたその瞳はただただ濁り…。
その目に宿っていたはずの光は、跡形も無く消え去っていた。

「…というわけなんだよ!だから…」
「なるほどね。魔術、というのは良く分からないけれど、言いたい事は分かったよ」
「…!」
「でもね、君が思っている以上に彼の容態は深刻だし、学園都市では魔術はあり得ないものだとされている。僕だって実際に見たわけではないからね。君が彼とどういう関係かは分からないが、今の彼には付ける薬は何も無いんだ。それが事実だということは分かって欲しいね」

冥土返しは落ち着いて、シスター姿の少女の話を聞き、そして少女を落ち着いて行動させるべく、言葉を選びながら会話をした。
彼女の言い分によると、彼-上条当麻-の昏睡状態の理由はこうだ。
3週間ほど前に彼が担ぎこまれてきたとき、彼は記憶喪失に陥った。どうやら、その前後で竜王の殺息と呼ばれるものの光の羽が頭部に入り込んだことがあり、その際に羽の一部が幻想殺しの消す力で包み込まれていたらしい。この時、体内での幻想殺しの力と羽根の一部の力が均等化され、羽は消滅せずに幻想殺しでコーティングされる感じになっており、この前までは頭の中に異物がある状態だった、というのだ。つい先日までは脳への障害がない位置にあったそれが、先日の戦闘で移動してしまい脳への障害となり、昏睡状態になった、と少女は考えているようだ。
確かに、最初に少年を診た段階では外傷も多くあったし、軽い脳震盪を起こしていた形跡もあった。また、感電でもしたのか、脳に多少電撃が流れていた影響が見受けられた。そういう解釈になっても不自然ではない。

この調子なら、原因は後ででも調べていけば分かるかもしれないなと、冥土返しは思った。
しかし、今はそれよりも成すべきことがあった。
それは、医者にとって最も大事な事で、何よりも最優先でやらなければいけないこと。

「それで、君は彼を治す方法を知っているのかい?」
「ううん。私の知ってる情報の中には解決策は無いよ。魔術で羽のみを消すことは出来るけど、当麻の場合は幻想殺しが邪魔で不可能だし、仮に幻想殺しを無効化できたとしても、今度は羽が活発化して脳を攻撃してしまって今より悪い状態になるかもしれないし、一歩間違えたらとうまは死んじゃうかも」
「つまり、幻想殺しと羽を消す作業を同時にしなければいけない、と?」
「そういうことなんだよ」

冥土返しは考える。
もしその話が本当だとするのならば、少なくとも現時点では上条当麻が目覚める可能性は限りなく0に近い。
それに、今も居るであろう常盤台の少女。
彼女にこんな話をしても、恐らく彼女は受け入れないだろう。
それどころか、話す内容を間違えれば、彼女の方も危ないかもしれない。
ハッキリとした自分だけの現実を持つ彼女があそこまで取り乱している。その事が上層部に知れてしまえば、彼女に影響が及ぶ可能性だって捨てきれない。

ならば、自分が一つ一つ解決の道筋を見つけていかなければならないだろう。
まずは目の前の少女に事実を伝える。
次に病室に居るであろう常盤台の少女に可能性を伝える。
その上で、二人に選択をさせるのだ。
彼女達自身の、身の振り方を。

「えっと、インデックス…と言ったかね?」
「…?…そうだけど…」
「彼…上条君は、二度と目覚めないかもしれない」
「…!」
「自分でも薄々気付いているんだろう?先ほど君のしてくれた話には治療となるヒントがあったかもしれない。けれど、そういう意味なのだと捉えることもできるからね」
「…じゃ、じゃあ…」
「君と彼の関係は知らないけれど、君は彼から距離を置くべきだと思うね。僕が見る限り、彼は他人のために自分が傷つくことがあっても、自分のために他人が傷つくことは許さないタイプだ。今の君を彼が見たら、きっと悲しむだろうね」

「…そう…だよね…とうまはとうまだよね…」
「そう。彼は彼、君は君、だ」
「…ありがとう。私、イギリスに帰ることにするんだよ。今は当麻が保護者代わりなんだけど、この状態じゃどうなるか分からないし、私が来てから当麻は入院ばかりで…イギリスに帰って、当麻の回復を祈るんだよ。そして、当麻の幸せを祈るんだよ」
「そうか…」
「そうと決めたらすぐに動くんだよ。お医者さん、ありがとうなんだよ!」

少女は、嵐の様にやってきて、嵐の様に去っていった。
冥土返しは、少女の微かに潤む瞳に、それをねじ伏せた感情の強さ、シスターとしての誇りに、少女に幸あらん事を願わずに入られなかった。


それから少し時が流れ、上条当麻の寝ているベッドの横では、冥土返しから美琴に先ほどのやり取りの一部始終が伝えられていた。
記憶喪失の件、魔術の件、脳に見られた電撃の痕。この三つを隠して話そうとすると一気に難易度が上がる難しい話ではあったが、それでも冥土返しは話を一つのストーリーに組み立てた。
結局の所、状況は違えど脳障害に陥りかけていた事は事実で、先日の戦闘の影響が少なからずあった、という話にしか持っていけなかったのは、流石の冥土返しでもどうすることも出来なかったのだが。

やはり、というべきだろうか。美琴の様子は人の話を聞いているようには見られなかった。
容態は昨日と比べて変わっておらず、むしろ悪化している印象を受ける。
生気をなくしたその姿は、話をするにつれてなお元気をなくし、最早なんの慰めも効かないようにみえた。
冥土返しは、一通り話したいことを話し終わると、美琴を病室の外へと出した。

もしかしたら、外に出て何か変わるかもしれない。
変わらなかったとしても、自分の心ともう一回向き合って欲しい。
恐らく、この少女が少年に対して持っている感情は、自分自身でしか見つけられないものだから。
このまま少年を見て、どれだけ負の感情を溜め込んだとしても、それは泥沼に歩を進めていく自殺志願兵そのものなのだ。
嵌ったドツボからの抜け道が何処にあるのかさえ分からないけれど、その抜け道への道しるべを示すのもまた、医者の仕事だ。
そう、自分に言い聞かせて。

美琴を病室から出した冥土返しは、一人そのまま庭へと出た。
空は青く、澄み切っている。
「そういえば、今日はあの子の検診日だったね…もしかしたら、彼女を外に出したのは失敗だったかな?」
もう検診が終わっていて、友達と仲良く遊びにでも行っていればただの杞憂なのだが…、と冥土返しは呟くと、その歩を病院内へと進めた。
まだお昼にもなっていない。既にいろんな事が起こっていたが、本来の医者としての仕事は、まだまだ始まったばかりなのだ。

★         ☆         ★         ☆         ★

初春飾利と佐天涙子は定期健診に訪れたとある共通の友人を迎えにいくために、第七学区のとある病院、そのロビーに居た。
「しかし、お見舞いでも何でもないのに病院に行くなんて何だか不思議だね、初春」
「そう…ですかね?確かにそういったことってあまり無いですけれど…。あ、春上さーん!」
友人の名は春上衿衣。乱雑開放事件の鍵となった異能力者である。
「ごめんなの。絆理ちゃんとお話してたら夢中になっちゃって…」
「ううん、全然オッケーだよ。友達は大事にしなきゃ、ね!そう思うでしょ、初…は…る…?」
そう言いながら佐天が初春の方を見ると、初春がどこか一点に視点を集中させたまま、身動き一つ取れなくなっている事に気付いた。
いや、正確には初春の両手が、佐天の腕に縋るような形になるように、僅かではあるが動いていたのだが。
佐天は何事かと思いながら、初春が凝視している方向を見た。

そこには、御坂美琴が居た。
髪はほつれ、全身の締まりが一切無く、その視線は虚ろで何かが見えているのかさえ分からないような、憔悴しきった、感情の「か」の字すら忘れてしまったかのような痛々しい姿。
詳細を知らない人から見れば、武装無能力集団に襲われ、心に深い傷を負ってしまった、と取られてもおかしく無いようなその姿。
その様子は、精神的なショックが今でも抜け切れていないことをはっきりと写し出していた。

佐天は、無意識の内に目線をそこから外していたことも分からないほどに、衝撃を受けていた。
昨日の黒子の話である程度耐性は付けていたはずだったのに、いざその姿を見たとき、見るに耐えられなくなってしまったのだ。
ならば、昨日、黒子が見たという美琴の状態は、最早想像に難くなかった。一晩経ってもこの状態なのだ。暫く復活には時間がかかるだろうし、今後の事の運びによっては二度と元には戻らないのかもしれない。
そんな最悪の想像をしながら、ショックで言葉すら発する事の出来ない初春と、自身の能力で異常を察知し不安げな目線でこちらを見てくる春上の二人を引き連れ、佐天は病院を後にした。

とにかく、今はこの場から離れて、落ち着ける場所へ行こう。
白井さんには後で連絡を入れて、電流が漏れている様子が無かった事だけでも伝えよう。
春上さんには掻い摘んで事情を説明して、なるべく平静を装うようにしよう。
そして、先ほどの最悪の想像を、初春に伝えよう、と。

『もしもし、白井ですの』
「あ、白井さん、私です。佐天です」
『あら、佐天さん、どうかされましたか?』
「実は…さっき春上さんを迎えに初春と第七学区の病院に行ったのですが…」
『もしかして…お姉さまを…?』
「はい。…漏電?ですかね…それは無さそうだったのですが…」
『根本的な状態は変わってない、と』
「はい。昨日を見て無いので何とも言えないですけど、あれはちょっと…」
『…初春は?』
「ショックで言葉も出ないみたいです。さっきからずっと私の腕に縋ってて…」
『…でしょうね。お姉さまを知ってる人間からすると、あんなお姿は誰も見た事が無いはずですし』
「ですね。私も、自分が思っていた以上に御坂さんが憔悴していて、ショックです」
『…お二人の気持ちは痛いほど分かりますわ…それで…?』
「ああ、すいません。連絡と確認があって…」
『連絡の方は言われなくても了解ですの。私も今日は落ち着いていますし、お姉さまを寮までお連れしますわ。それで、確認とは?』
「実は、私と初春の様子から、春上さんが何かを感じ取っちゃったみたいで…」
『そういえば、春上さんは精神感応でしたわね…』
「はい。それで、大雑把にでも私と初春に何が起こっているのか、話をしたいと思うのですが…」
『構いませんわよ。精神感応で繋がっている枝先さん…でしたわね?彼女までの口外秘と言うことであれば』
「すみません。そこら辺は重々伝えておきますし、なるべくその話をしないように出来ればとは思ってますし」
『それなら何の問題も無いですわ。佐天さん。初春をよろしくお願いします、ですわ』
「オッケーです。白井さん」

ピッと携帯の通話が切れる音がして、佐天は携帯を耳から離し、大きく息を吐きながら、青く澄んだ空を見上げた。
結局、静かで落ち着けそうな場所、として佐天がチョイスしたのは第七学区内にある小さな公園だった。
そこにある木製の長イスに、彼女を中心として、右に春上、左に初春が座る形をとっている。
「次は…っと」と言いながら、佐天はおもむろに春上のほうを向き、笑みを作って、「枝先さんと私達、四人だけの秘密だよ?」と優しく語り掛けてから、更に空に一息吐き出してから、ゆっくりと喋りだした。

「春上さんは、御坂さんは…知ってるよね」
「実は、ね…御坂さんがちょっと大変な事に巻き込まれちゃったみたいなんだ…」
「みたい…っていうのは、私も何があったかまでは分からないからなんだけど…」
「とにかく、御坂さんは、心も体もボロボロになってるみたいなんだ…」
「だから…私と初春、それに白井さんは…ちょっと距離を置いてみようって決めたの…」
「私達じゃ…ボロボロの御坂さんを…どうすることも…出来ないから…」
「…私達じゃ…本当の意味で…御坂さんを救うことは…出来ないから…」

そこまで言って、佐天は視線を定める事が出来なくなった。
自分でもどうする事も出来ないほどに、涙がとめどなく、溢れ出てきたのだ。
あの美琴の姿を見たとき、本能的に悟ってしまった美琴の感情。

それは、本当に自分の大切な人が居なくなりそうな時の、悲愴感。
それは、自分では何もする事が出来ない、無力感。
それは、自分の望みが、思いが断たれたときに感じる、絶望感。

苦しみが、悲しみが痛いほどに伝わったあの姿は、思い出すだけでも耐え切れないものがあった。
やるせない悲しみが、体を、心を蝕んでいた。
そっと、柔らかい感触が押し付けられる。瞬時に、春上に抱きしめられていることに、佐天は気付いた。
「我慢しなくても良いの。よく分からないけど、大変な事だけは分かるの。それに私は…ずっとここに居るの…」
佐天は泣いた。その横で何時の間にか抱きしめられていた初春も、泣いていた。

春上は思う。
どうして、自分を含めて自分の周りの人間はこんなにも苦しまなくてもならないのか、と。

少しだけ、二人を抱きしめる力を強くすると、二人はとうとう声を上げて泣き出した。
春上は願う。
神様、もし見ているのなら、もっと優しい世界を見せて下さい。
私も含めて、周りの人たちが皆、皆、笑顔で居続けることが出来るように。
そして、こんなにも友達思いの二人が、このまま儚く壊れてしまいませんように。

★         ☆         ★         ☆         ★

ジリジリと照り付ける日差しを浴び、額から止め処なく流れる汗を拭いながら、白井黒子は例の病院へとやってきた。
昨日、黒子はこの中で一種のトラウマを見せ付けられたも同然だった。

-目も当てられないほどに痛々しく傷ついた、最愛のお姉さまの姿-

その姿は、黒子の生活の中で最上級に衝撃的な出来事だった。
無論、超能力者を赤子の様に操る現・常盤台外部寮寮監との初対面以上だったのは言うまでも無い。
そしてそれは、さも当然の様に一晩中黒子の頭から離れず、それは同時に、黒子に不十分な睡眠と、不十分なエネルギー充電という形を与えた。

結果として、黒子は行きの道中での能力使用を禁じられたも同然だった。
今日こそは、美琴を常盤台寮まで連れて帰る必要性がある上、後々風紀委員の仕事も入っている。
風紀委員中の能力使用はさほど無いが、それでも移動時などには効力を発揮する能力であり、その重要性は黒子も十分に理解していた。
また、美琴を送り届けるにしても、道中は全行程で能力使用が必須であり、必要に応じて全開で突き抜けなければいけない場面もあるだろう。
それに、昨日の美琴の様子。あれから改善されていれば…と淡い期待を抱いたりもしたのだが、午前中にたまたま病院に居たという佐天からの連絡を聞く限りでは、それも望めないだろう。となると、自身に心理的な影響が生じて能力使用が上手くいかないかもしれないのだ。
どれだけ確固として、優れた自分だけの現実を持っていたとしても、壊れる時は儚く、あっけなく壊れてしまう。それを回復する手立てを、自分は持っていない。
知ってしまったその事実が、黒子にはずしりと重い枷になって、圧し掛かっていた。

しかし、それ以上に、黒子には知らなければいけないことがあった。
彼は美琴にとってどんな存在なのか。
そして、今後美琴はどうするつもりなのか。
他にも聞きたい事はあるけれど、最低でもこの二つは聞いておかなければならない。
自分の与り知らないところで美琴とあの彼は急速に近付いていた。
それだけでも黒子には納得の出来ないことなのに、更に距離を置かれるようでは拙いと、黒子の心は訴えていた。

-どれだけ美琴が口を閉ざしても、必ず口を開かせて見せる-

その為には拳を交える事も、最愛のお姉さまに疎まれることも厭わない。
どんな手を使ってでも、と黒子は固く誓う。


「お姉さま、お迎えに上がりましたの」
「…黒…子…?」
「しっかりしてくださいまし。私の見初めたお姉様はそんなやわな方ではありませんでしてよ?」
「…放っておいてよ…別にどうだっていいじゃない…」

昨日も話をした医者と、美琴の容態について一言二言会話をした黒子は、いつもと同じように接してみた。
しかし、その感触は良くなく、むしろ悪化したような印象さえ受けるものであった。
自暴自棄になっているなんて想像以上に深刻だ、と黒子は思う。
美琴の彼への依存度は自分が予想していたよりも遥かに根強い物であるらしい。
まさか、彼の傍に居ることだけが心の拠り所、はありえないだろうが、昨日からの美琴を考えるに、誰も気付かない内にそうなっていたとしてもおかしくは無い。
それに、この場が美琴の思考をネガティブなものにしているのかもしれない。

『この調子ならば…。お姉様を連れて、一刻も早くこの場を離れるべきですわね』

起こったことは別にして、少しでも距離を置いて見れば意外とあっさりとしている、というのは犯罪などでもよくありがちであって、決して軽視することはできないものだ。
ならば、その可能性に賭けてみよう、と、黒子は思った。
どのみち今のままでは一進一退どころか二歩進んで三歩下がっているのだ。他に手早く打てそうな手は思い浮かばなかった。

そこが一番良いだろうと黒子は考え、やや強引に美琴の手をとると能力を使おうとした。
目指す先は常盤台女子寮、その一室。

その刹那、黒子の頭の中に、一箇所だけ美琴が口を開いてくれそうな場所が思い浮かんだ。
8/20の昼、黒子がはじめて上条を認識した場所。
そう、美琴がよく自販機を蹴る、あの公園。
もしかしたら、美琴の心境に変化があるかもしれないという、一縷の望みをもって、黒子は空間移動を開始した。

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