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上条さんと美琴のいちゃいちゃSS/Presented to you/Part03」を以下のとおり復元します。
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#navi(上条さんと美琴のいちゃいちゃSS/Presented to you)


『まだ、やるべきことがある』

 10月30日のあの日、上条はそれだけ言い残し、美琴の前から姿を消した。
 さらにあの日、世界中で様々な異常現象が確認された。
 その現象は一体何故起きたのか、どういう理屈で起きたことなのか、それは美琴や学園都市の大半の人はもちろん、魔術を知らない人間には知る由もないだろう。
 あのロシアの空に浮かんでいた巨大な空中要塞もその一つ。
 ロシア上空1万メートルをあれだけの物量の物体が浮かぶその光景は、まさに異様と言えただろう。

(きっと、今は当然のようにある平穏な世界を守ったのはきっと、アイツ。だから…)

 そしてその異常現象の中心地に、上条当麻は確かにいた。
 かつて美琴を絶望の淵から救った、ヒーローが。
 今や美琴の心の大半を占める、想い人が。

(諦めない心、立ち向かう勇気……アイツから教えてもらった。だから、私はやる。絶対に)

 遠い記憶を胸に秘め、美琴は彼の心に響くように、うたう。



【Presented to you】―amnesia―



 ―――あれから、どれくらい歩いただろうか。

 今日のことだけに関して言えば、走った分も含めて時間にして30分、恐らく距離にして約5キロと言ったところだろう。
 少し前までは、病院に着いた後に上条のことについてを尋ねてからのことをぼんやりと考えていた。
 本心ではもちろんいてほしいと願う美琴だったが、心のどこかでどうせいない、いるわけがないだろう、という半ば諦めた考えがあったこともまた事実。
 だからこそただただぼんやりと、後のことを考えていた。
 だが、今の美琴にはそんな考えは全く存在しない。
 空白。
 今美琴はただその場に立ち尽くし、時間の流れが少し止まっているようにさえ感じていた。
 同時に頭の中を真っ白にし、ひたすらに視線の先にいるものに対して驚愕していた。
 初めは美琴も目を疑った。
 何度も目を擦り、頬を叩き、抓り、夢でないことも確認し、目が正常であることも同時に確認する。
 それでもその視線の先にいる人物は消えない。
 まだ少しばかり距離はあるが、視線の先には確かに、美琴がずっと探していた人物、上条当麻がいた。

(う、そ…)

 何度も確認したはずなのに、美琴は未だに目の前光景が信じられなかった。
 しかしたとえ遠目でも、あの特徴的なツンツン頭を見間違えるはずかない。
 何度も何度も頭の中に思い描き、脳裏に焼き付け、恋い焦がれていた彼を。
 何よりも、彼の隣を白い修道服を着たいつもの銀髪シスターが歩いていること自体が動かぬ証拠。
 美琴は今視線の先に上条がいる、それだけにただただ驚いていた。

(ほ、本当に……本当に、アイツ、よね…?)

 当然のことながら、美琴が抱いていた感情はそれだけではない。
 探し人をやっと見つけられたことによる感動、久しく会えなかった想い人にやっと会えたことによる歓喜。
 そのあまりの感情の大きさに、美琴の目から少しだけ涙が浮かんだ。
 どうやら涙というものには限界など存在せず、水分がある限り体の内から感情に応じて溢れでてくるらしい。
 とにかくその事実には、美琴の精神状態は普通ではいられなかった。
 今はとにかく、長らく姿をくらましていた彼に対して、今までの怒り全てをぶつけてやりたい、やっと会えた喜びをぶつけてやりたい。
 そしてたとえきれいじゃなくても、言葉が汚くてもいいから話がしたい、彼のそばにいたい、触れて彼の存在をちゃんと確かめたい。
 それらの感情があまりに多過ぎて、ごちゃごちゃし過ぎていて、美琴の頭は軽く混乱していた。
 しかし今の美琴にとってはそんなことなどどうでもいいこと。
 気付けば、美琴の止まっていた歩みは再び動き始め、彼がいるところへと向かっていた。
 そしてゆっくりだった歩調も次第に早まり、終いには駆け足へと変わっていた。
 それに応じて、走ることで早まる心臓の鼓動とは違った別の要因で高鳴る鼓動、早まる歩調。
 今の二人の間は距離にして約50メートル。
 距離が縮まるにつれて、より一層強まる美琴の欲。
 話したいとは言え、何か話すとしたらまず何についてから話そうか。
 彼がいなかった間の学園都市のこと、一端覧祭のこと、彼が今までどこで何をしていたのかということ。
 他にも、話題に関しては事欠かない。
 むしろ何を話すか迷うほどに、話題があり過ぎて困るほど。
 あれこれ考えている内に、二人の間の距離はもう10メートルをきった。
 二人の間を阻むものは、何もない。
 銀髪シスターが隣にはいるが、今は全く気にならない。
 美琴があれだけ求めていた上条当麻は、今や目と鼻の先にいる。
 上条に十分近づいた美琴は駆け足を止めると、その歩調を元のゆっくりとした歩みに戻し、息を整え上条へと視線をやる。
 この距離ともなれば、流石の上条とシスターの少女でも、否が応でも美琴に気づく。
 美琴と上条の、交差する視線。
 ここまで歩いて、走って、視線を交わして、美琴は漸く実感する。
 目の前の人は、上条当麻であると。
 決して夢や幻想などではない、正真正銘の上条当麻だと。
 彼は今ここにいると。
 だから美琴は少し泣きそうになった。
 本当は、体裁など全く気にせずに上条の胸に飛び込みたい衝動に駆られていた。
 それだけ美琴の中を渦巻く感情は大きかった。
 しかし美琴はそれらをグッと堪えて、ニッと口元を軽く緩めると、今までの鬱憤を晴らさんがごとく、

「ちょっとアンタ! 今の今まで、一体どこで何してたのよ!!」

 ビシッと彼を指差し、心の底からの声で、上条に対してそう言葉を投げかけた。

 美琴は予想していた。
 きっと上条はこの出会い頭で顔を少ししかめて、不幸だと呟くだろうと。
 そして彼の隣を歩く銀髪シスターはいつものように自分に対して敵意剥き出しの表情、態度を示すだろう、と。
 そのやりとりなら今まで通りで、嫌などということはなく、むしろ安心できた。

「……え、えーっと…?」

 しかし上条の反応は美琴の予想とは全く違った。
 まず顔をしかめると予想していた彼の表情は、目の前の状況がわからないと言わんばかりにキョトンとしている。
 彼の口からでてきた言葉は予想していた不幸だではなく、少しだけ期待していた再会を喜ぶようなものでもなかった。
 しかも美琴が何より気に入らないのは銀髪シスターの反応。
 彼女は敵意剥き出しの態度をとるどころか、しゅんとしていて元気がなく、視線もどこかへと逸らし、苦虫を潰したかのような表情すらしている。
 そこには彼女の今までの影すらも見えない。

「……? ど、どうしたの…?」

 少し心配になり、美琴は二人にそう問いかけた。
 その二人の反応は美琴にとって、不可解極まりないものだったからだ。
 だがその問いかけに二人は答えない。
 銀髪シスターは相変わらずで、上条は若干おどおどとしていた。

「な、なんで、何も言わないの…? 何か、何か言いなさいよ…」

 初め再会を果たして気分が高揚し、勢いがあった美琴の威勢も、今はすっかり萎んでいる。
 そして今までに経験したことのない不安と心配、さらには肌身で感じる嫌な予感が、美琴の心を覆っていた。

「答えてよ!!」

 美琴はいい加減限界だった。
 この一方的に美琴が話すという状況は、美琴がやりたかった会話とは全く違う。
 そもそも相手からの返答がなく一方的に話すことは、会話とは言わない。
 上条と銀髪シスターの対応も、全くもってらしくない。
 何故か。
 一刻も早くその疑問を解決したくて、不安を払拭したくて、美琴は怒鳴るようにして再三にわたって問いかけた。
 そして、少しの沈黙を挟んで口を開いたのは、上条ではなく銀髪シスター。
 彼女はその元気のない表情はそのままに、視線だけ美琴へと移し、


「―――とうまは、記憶喪失なんだよ」


 そう、言い放った。


「なん、ですって…?」

 銀髪シスターの言葉を受けて、美琴を取り巻く全ての時間が、一瞬停止する。
 あの少女は今、何といった…?
 当然聞こえなかったなどのようなことではない。
 美琴の頭が、身体が、その言葉を理解することを拒絶した。

「また、記憶喪失…?」

 言葉にし、美琴の中での拒絶反応がより一層強まった。
 ショックのあまりに、美琴は一歩、二歩と後ずさる。
 確かに上条の反応には違和感はあった、いや、違和感しかなかった。
 そしてその違和感の原因は記憶喪失であることが明かされると、疑問は解決したが、それは絶対に認めたくはない事実。

「ほ、本当に何も覚えてないの…? 私よ? 御坂美琴よ…?」

 記憶喪失というのが、銀髪シスターのたちの悪い嘘ならそれでいい。
 もしそうなら、まだ許せる。
 だが上条は、沈黙を守ったまま。

「……私と、私の妹達全員の命を救ってくれたことも…?」

 美琴は上条のこの沈黙が、ひたすらに辛かった。
 漸く再会できた今日という日まで、美琴は様々なことに想いを馳せていた。
 また再び会うことができたら何をしようか、何をしてくれるだろうか、楽しみにしていたことは多々あった。

「罰ゲームのことも、アンタがロシアにいた時に、助けにいったことも…?」

 美琴はその胸に抱いていたものがあった。
 予想、期待、希望。
 しかし現実は美琴のそれら全てを完膚無きまでに打ち砕く。
 上条当麻が、記憶を失うという形で。

「私にしてくれた……約束も…?」
「……ごめん、本当に何も、覚えてないんだ」

 上条は申し訳なさそうな表情をして、絞り出すように言った。
 久々に聞いた上条の声は、美琴の心に安息や安堵をもたらすことはなく、多大な衝撃を与えた。
 その上条の一言は、美琴にとっては表面上のものよりもずっと冷たくて、重い。
 それこそ美琴は胸を何やら硬い物で思い切り殴られたかのような、心臓を締めつけられたかのような圧迫感を覚えた。
 その心の変調に応じ、美琴の目は見開き焦点は合わず、また呼吸も早まる心臓の鼓動に合わせていつもの規則的なリズムが完全に崩れていた。

(何も、覚えて…ない…? 私のことは、何も…何も…? ……っ!!)

 上条は本当に何も覚えていない、美琴はその事実をもう一度頭の中で復唱し、理解しようすると、その場に留まることはできなかった。
 未だに申し訳なさそうな表情をする上条と、泣きそうな表情を見せる銀髪シスターをその場に残し、美琴は走り出した。
 美琴が本当に見たかった光景はこれではない。
 これ以上この場にいることは、美琴にとって決してあってほしくなかった事実をまざまざと突きつけられ続けるということ。
 今の美琴の心理状態で、それに耐え続けるということは不可能に近い。
 だから美琴は固く瞼を閉じて、回れ右をし、全力で駆け出した。
 例えこの行動が現実を見たくない美琴の逃げの行動であると自覚していても、その場に留まることはできなかった。
 体裁など全く関係ない。
 ただただ全力でその事実から逃げ出したくて、認めたくなくて。
 美琴は一度も振り返らず、ただひたすらに、走った。


         ☆


 美琴が自販機前を走り去ってから約5分。
 上条とインデックスの二人は、上条の寮の近くにあるスーパーを目指していた。
 しかし二人の間の空気は決して軽々しいものではない。
 上条は何も喋らず、二人を取り巻く空気はどこか重苦しかった。

「ねえ、とうま…?」
「………」
「……とうまってば!」
「ん…? ああ、悪いインデックス。何か用か? 腹でもへったのか?」
「む、そんなことじゃないんだよ! 大体とうまはいつも…!」

 無視されていたことへの怒り、茶化されたことによる怒りで、インデックスは一瞬歯をむけ、があっ! と飛びかかろうとするがそれは長くは続かない。
 直ぐに今にも襲わんばかりの勢いはなくなり、結局何もせずに終わる。
 平静を装っているが、一番辛いのは上条自身。
 それはインデックスにもわかっている。

「……また自分を責めてるの?」
「違う、それは…違うよ」

 インデックスが心配そうな表情で上条にそう問いかけるが、上条はそれを否定する。
 無論、記憶を失ってしまったということでの周りへの申し訳なさ、自責の念が全くないと言えば、それは恐らく嘘になるだろう。
 むしろ今上条が思い悩んでいることの根幹はそれに当たるかもしれない。
 だがそれでも上条は、インデックスの問いかけは否定した。

(さっきの子……とても、悲しそうだった)

 先ほど走り去った少女は、自分のことを御坂美琴と名乗った。
 もちろん記憶を失っている上条にとっては、その名前は聞き覚えがない名前。
 そして当たり前だが、見覚えのない顔だった。
 しかし上条は初めにあの少女の顔を見たとき、初めて会ったような気はしなかった。
 上条に見覚えは確かにない、ないのだけれど、どこか懐かしさを感じるような、そんな感覚。
 その感覚は今上条の隣を歩くインデックスと顔を合わせた時にも、同じ感覚を覚えていた。
 しかし別れ際の彼女の悲しそうな表情。
 彼女のあの表情には、何故だか上条の胸にグサリとくるものがあった。

「なあ、インデックス」
「何? とうま」
「さっきの女の子について、何か詳しいことって知ってるか? さっきあの子が言ってた事件とか約束でも何でもいいんだ」

 だからこそ上条は気になった、美琴のことが。

「……さっきの短髪のことなら、私はあまり詳しくは知らないんだよ。そもそも会った回数も少ないし、とうまの知り合いだったということくらいしか知らないかも。だからとうまと短髪の詳しい関係も、さっき短髪が言ってたとうまが短髪達を救ったことも約束も知らない」
「そう、か…」

 上条はただただ腹立たしかった。
 記憶を失ったこともそうだが、何よりも彼女にあれほど悲しそうな表情をさせたことに。
 恐らく彼女との間には様々なことがあったのであろうと、上条は思う。
 でなければ命を救うだとか、特別な約束だとか、しないだろう、と。
 そんな大切なことを、忘れている。
 上条の胸が痛んだ。
 知らないことは罪、とはよく言ったものだ。

「……でも、さっきの短髪の気持ちはわからないでもないかも。……、私も、同じ体験したから」
「えっ?」
「多分、短髪はきっと…」

 上条の意識は、インデックスに向けられた。
 彼女を知る手がかりになれば、と思って。
 しかし、インデックスはそこから先を言うことはなかった。
 インデックスは開きかけた口を閉じ、首を小さく横に振ると、

「……いや、これを私が言うのはちょっと無粋かも」
「な、なんだよそれ、勿体ぶらずに教えてくれよ。ほら、俺記憶喪失だろ?」
「いくら記憶喪失だからって、他人の気持ちを勝手に私が代弁するのも、とうまが他人の気持ちを考えないのは違うんだよ。……これを機会にとうまは他人の気持ちをよく考えた方がいいかもね」
「うっ…」

 インデックスの言ったことは至極当然なことだった。
 確かに記憶喪失だったとしても、それを理由に他人の気持ちまで教えてもらうのは、違う。
 確かにそれは正しい。
 だが、それでもわからないものはわからないのだ。
 記憶を失ってから彼女にあったのは今日一日のみで、しかも会話と言えることはできなかった。
 いくらなんでも情報が少なすぎる。
 これでは本来わかるものもわかるはずがない。
 唯一わかることは、彼女が非常に辛そうな表情をしていたということだけ。
 だから、上条は今のこの状況を嘆き、それを一つの言葉にして呟いた。

「不幸だ…」


         ☆


 17時15分

 日もほぼ完全に落ち、夕焼けで鮮やかな茜色に染められていた空も、今や純粋な黒に染められ星々が点々と輝きだす頃、白井黒子は常盤台女子寮の自身の部屋にいた。
 そして白井は今、部屋で風紀委員の仕事を一人黙々とこなしていた。
 本来それは彼女が所属する風紀委員一七七支部にてこなせばよかった仕事ではあるのだが、それを敢えてわざわざ持ち帰り、今それをこなしている。
 別にそちらで仕事ができなかった、量が多くて終わらなかった、というわけではない。
 むしろ量はそこまで多くはなく、あと少しで終わるところであった。
 理由は美琴の様子が気になったからだ。
 美琴の様子はあの戦争以来目に見えておかしい。
 その変調の原因を、白井は一応はわかっているつもりだった。
 上条当麻の不在。
 それが、今美琴を心を蝕んでいる。
 夏休みの時のように正体不明のことで悩んでいないだけマシではあるが、逆に今の美琴には以前のような支えがない。
 だからこそ白井は支部でできる仕事を持ち帰り、美琴よりも早くに帰宅し、出来る限り帰ってきた美琴を一人にしないよう努めている。

(どうして、私にできることは、これくらいしかありませんの…?)

 白井は不意に動かしていた手を止めた。

(私では、お姉様の調子を元に戻すことはできませんの……もっと、根本的な問題を解決するためには、やはり…)

 もう終わりが見えた仕事のことは一時頭の隅へと追いやって、代わりに白井の脳裏浮かんできたものは、ツンツン頭の男子高校生の顔。
 それは本来美琴の支えとなるべき人物の、そして今の美琴を変えられるであろう唯一の人物の顔。
 今美琴が、最も求めている人物。

(悔しいですが、今回も貴方の力が必要なようですわね)

 8月下旬、夏休みも終わりが見えてきた頃もそうだった。
 あの頃の美琴は明らかに何か大変なことを抱えており、その頃の調子も何かおかしかった。
 しかし上条が隣にいた時、そして上条が寮に現れた後は美琴は元通り元気になった。
 今回の件も原因は違えど、その時と通ずるところはある。
 だからこそ白井は望む、上条当麻の一刻も早い帰還を。
 憎き宿敵だとか、気に入らないだとかは今は関係ない、全ては美琴の完全な復調のために。
 白井はそればかりを願っている。

(そもそも、あの類人猿が原因でこうなったのですから、この問題はあの類人猿が解決するべきことでしょうに)

 だがそうは言っても、今美琴の調子はあの類人猿が原因だとか、あの類人猿がさっさと現れないからだと考えると、白井は次第に腹が立ってくる。
 それは彼女の愛する美琴をあんなにした上条に対する怒り、未だに帰って来ないことに対する怒りはもちろんある。
 しかしそれ以外にも、自分では美琴の支えになりきれないことにも腹が立っている。
 自らが心から慕う美琴に何かしたいとは思えど、有効な手段がない。
 また例えそれを実行したとしても、有効な効果を得られない自身の無力加減が嫌で仕方なかった。

「……あんの類人猿めがぁああああああああああああああっ!!」

 それでも時々、そのやるせない気持ちを今はどこにいるとも知れない男へとぶつけたくなる時はある。
 しかし本来その怒りをぶつけるべき人物は今はいない。
 だから代わりに、白井はワシャワシャと頭を両手で勢いよくかきむしり、今はどこにもぶつけようのないストレスをそれで発散する。
 愛しのお姉様の心を奪っていった、憎き類人猿の顔を浮かべ、その浮かんできた顔を八つ裂きにしながら。
 普段は常盤台のお嬢様という名前に負けないほど気品と優雅さに溢れる白井だが、キェー!! と叫びつつ頭をかきむしるその姿には、気品のかけらも存在していなかった。

(……?)

 そこで、白井は廊下から誰かの足音を聞いた。
 その足音はこの寮に住まう者ならば誰もが畏怖する寮監のもの、ではなく、もっと他の者の足音。
 それは寮監のものよりも軽快、というよりも駆け足に近く、カツカツとというやたらと威圧感の音も鳴らしていない。

(……お帰りになられましたか)

 一見して誰の足音かは判断し辛くとも、この足音だけは白井は間違えない。
 すると白井は机の上に無造作に広がった書類の数々を片づけ始める。
 残りの仕事はもう終わる、後は寝る前にでもすればいい。
 不意に、足音が白井の部屋の前で止まった。
 そしてその直後、部屋の扉が開け放たれると、白井は片付けの作業を一時中断し、振り向きながらその部屋に入ってきた者へと話しかけた。
 白井はまだ誰かを見ていない、だがその誰かを断定しにかかって。

「お帰りなさいですの、おね……お姉様?」

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#navi(上条さんと美琴のいちゃいちゃSS/Presented to you)

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