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上条さんと美琴のいちゃいちゃSS/wiki編集者メモ/ページサイズ確認 - (2010/09/10 (金) 22:12:19) のソース

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#navi(上条さんと美琴のいちゃいちゃSS/素敵な恋のかなえかた)

小さな恋が終わるとき


 とある高校の昼休み。彼女、吹寄制理は教室の中をぐるっと見回すと、訝しげな表情を浮かべた。
「いないわね……」
 顎に曲げた指を当てた吹寄はもう一度教室の中を見回す。すると何かを思いついたのか、教室の中のある席に向かって歩いていった。
 その目的の席では昼休みということもあって、二人の男子生徒が向かい合って昼食を取っていた。

「ねえ、土御門」
 男子生徒の側に立った吹寄は彼らのうちの一人、土御門元春に声をかけた。
「んー? 何かにゃー、吹寄?」
 吹寄に話しかけられた土御門は、口の中にあるパンをもごもごと咀嚼しながら返事をした。
 その行儀の悪い動作に吹寄の眉がぴくりと動く。しかし吹寄は黙って首を横に振ると、土御門の顔を覗き込んだ。
「ねえ、土御門。上条当麻を見かけなかったかしら?」
「カミやん? いやー、見てないぜい。なあ」
 土御門は首を横に振りながら、対面に座っていたデルタフォースの仲間である青髪ピアスに同意を求めた。
「んー、ボクも見てへんで」
 青髪ピアスも首を横に振る。

「そう……」
 吹寄は土御門達から離れると、小さくため息をついた。
 その様子を見た土御門は口の中のパンをごくりと飲み込むと、ニヤリと笑みを浮かべた。
「吹寄、どうしてカミやんを探しているんだにゃー? まさか、とは思うが、とうとうカミやんにフラグを立てられちまったってわけじゃ、ないんだよな?」
 その途端、吹寄の頬にさっと朱みが差す。
「な、何を馬鹿なこと言ってるのよ! そんなことあるわけないでしょ! 単につまらない用事があっただけよ!」
「ふーん、つまらない用事ね……」
 土御門は吹寄を見る眼を若干細めると、青髪ピアスにごにょごにょと耳打ちした。
 土御門の言葉を聞いた青髪ピアスはガタッと大きな音を立てて立ち上がった。
「な、なんやて! ボクらの希望、対カミやん最終兵器である吹寄制理さんがついにカミやんに陥落したやて!? う、嘘や! ボクはそんなの信じへんで! 吹寄が負けたら、誰がカミやん病に打ち勝つんや! 現代医学はまだカミやんに負けてへん! 負けたらあかんのや!」
 表情を劇画調に変えて大げさに叫ぶ青髪ピアス。

「…………」
 その声を聞いたクラス中の男子生徒は皆、一様に言葉を失う。やがて彼らの纏う空気は殺気立った物に変化していった。
 吹寄は様子の変わった男子生徒達を見渡すと、一気にまくし立てる。
「いい加減にしなさい! あ、あたしが上条に対して、そんなこと……そんな馬鹿なこと、あるわけないでしょう! 土御門、ふざけないで!」
 だが怒鳴られた当の土御門は涼しい顔であくびをしていた。
「だってにゃー、そんな真っ赤な顔して言ってたって、説得力なんて全然ないぜい。にゃー、青髪ピアス」
 土御門は再び青髪ピアスに同意を求める。
 青髪ピアスは土御門の言葉に腕を胸の前で組み、うーんと唸りだした。
「そやな。うん、そう言われればボク、気になっててん。最近の吹寄はちょっとカミやんに優しすぎるなって。だって頭突きもせえへんし、怒鳴りもせえへん。そもそも、最近カミやんが吹寄に注意されてる所そのものを見てへん。なあ、みんなも変やと思わへんか?」
 青髪ピアスの言葉を聞き、男子女子を問わずクラスメート達もささやきだした。
 そして彼らの口から次々と漏れ聞こえてくる、そう言えば、や、私も思ってた、という言葉の数々。
 クラスメート達の言葉を聞きながら吹寄はさらに顔を朱くしていく。
「何をいったい……。ひ、人をからかうのもいい加減に……!」
 とうとう我慢の限界に来た吹寄は教室の出口に向かって乱暴に歩き出した。

「待った、吹寄!」
 吹寄が扉をがらっと開けた瞬間、土御門が彼女に声をかけた。
 吹寄はキッと土御門をにらみつけた。
「カミやんはどっかで一人で昼飯を食べてるはずだにゃー。実は最近のカミやんって、一人でこそこそと食事をすることがあるんだぜい。割合としてはだいたい二、三日に一度ってとこかにゃー。ただ、どこで食べてるかはオレ達もよく知らないんだけどにゃー」
「そう、ボク達も鬼やないからね。カミやんも一人になりたい時間があると思うから、そうっとしてるんや」
「だからカミやんを探すんなら、あまりカミやんが行きそうにない場所を探すといいと思うぜい。ちなみにこないだは中庭で食べてたんだにゃー、もちろん一人で」
「……あ、ありがとう」
 吹寄は土御門達にポソッと小声で礼を言うと、今度こそ教室から出て行った。

「土御門、これは……」
「にゃー、カミやんも本当に罪作りな男だぜい」
 吹寄が出ていったドアを見ていた土御門と青髪ピアスはウンザリしたように顔を見合わせると、盛大なため息をついた。



 その頃、上条当麻は屋上のフェンスの側に腰掛け、一人で昼食を取っていた。食べているのはもちろん美琴が作ってくれた弁当である。
「うーん、このハンバーグ、今までとちょっと味が違うな。でもこれも普通に美味いや。それにしても御坂の奴、よくもこれだけいろんなレパートリーを開拓していくもんだ。勉強のためって言ってたけど、ほんと御坂ってすげー奴だな」
 上条はハンバーグを頬張りながら、美琴が作るおかずのレパートリーの豊富さに感心したようにうなずいた。
 もちろんその豊富さは、上条にいつも美味しい弁当を食べてもらいたいという美琴の想いが産みだしている。しかし悲しいかな、上条は未だそのことに気づいてはいなかった。

「でもまずいな。こんなことが続いてたら、そのうち俺、御坂の弁当以外食えない体になりそ……ん?」
 突然、上条の食べている弁当にふっと影が差した。
 上条は訝しげに顔を上げる。
「……何やってるんだ、吹寄?」
 嬉しいような恥ずかしいような、そんななんとも言えない表情で自分の顔を覗き込んでいる吹寄に、上条は声をかけた。
 上条に話しかけられた吹寄はこほんと軽く咳払いをすると、今までの表情を一変させ微笑を浮かべた。
「貴様を、探してたのよ。ちょっと用事があってね」
「用事?」
「そう。それはそうと隣、座ってもいい?」
「あ、ああ。それは別に構わないけど」
 そう言って上条がうなずくと、吹寄はすっと彼の横に腰掛けた。
「ありがとう」

「うん。ところで吹寄、上条さんに何の用事なんだ?」
 吹寄がきちんと腰掛けたのを確認した上条は、食事を中断して吹寄を見た。
「えっと、それがね、その……ん?」
 何かを話し出そうとした吹寄だったが、急に上条の弁当箱を覗き込んだ。
 その態度に上条は思わず弁当をかばうように吹寄に体を背ける。
「なんだよ。こ、これは上条さんの今日のお昼ですよ。絶対あげませんからね!」
「別に取らないわよ。ただ、貴様がお弁当食べてるなんて珍しいと思って。貴様っていつもパンなんかの出来合いの物、食べてなかった?」
「そう言えば……でもいいだろう、上条さんだってたまには弁当を持ってくることくらい、ありますのことよ」
「まあ別にいいんだけど。貴様が作ったわりにはずいぶん美味しそうに見えただけ、てね!」
「あ! 俺の玉子焼き!」
 吹寄は体を伸ばすと、ひょいと上条の弁当箱から玉子焼きをつまみ上げた。そのまま自分の口に放り込むと、吹寄は目を丸くした。
「……すごく美味しいじゃない! 上条当麻! 貴様、こんなに料理が上手かったの!?」
 目を丸くしたまま上条をじっと見る吹寄。

 上条はばつが悪そうに吹寄から目を逸らせた。
「そ、そそそそうでございますよ。上条さんはレベル0ですが、料理の腕は毎日着実にレベルアップしてるというわけでございますと最近ご近所の有閑マダムにも大変好評なのでごじゃりまする故にただいま吹寄さんが召し上がった玉子焼きがすこぶる美味なのは至極当然なのでおじゃるよ」
「…………」
 吹寄は無言で目をすっと細めた。
 吹寄の冷たい視線を受けた上条は目を泳がせ始め、彼の額からはじんわりと汗がにじみ出してきた。
「えっと……その……」
 吹寄は冷たい視線を変えることなく口を開いた。
「貴様、このお弁当はいったい誰に作ってもらったの?」
「え! で、ですからこのお弁当の美味しさは上条さんの日々の努力の賜で!」
「クラスメートにばれないようにここに来て食べていたということは、他のクラス? それとも他の学年の女子なの?」
「全然信じてねーし!」
「ほら、白状しなさい。今ならまだ罪は軽くなるわよ」
「ですから、その……」
「…………」
 吹寄の無言の圧力に耐えられなくなった上条はがっくりと肩を落とした。
「……えと、女の子に作ってもらったのは、はい、確かです。上条さんにこんな美味しい弁当を作ることはまったくもって不可能です」
「ふうん……」
「だけどこれ以上の追求は勘弁していただけると上条さんとしても大変救われるというか、かんというか、なんというか」
 吹寄は上条を見ながら、フン、と軽く鼻を鳴らした。
「まあいいわ、別にあたしに関係があるわけじゃないし」
「だったら追求しないでくれ……。いえ、なんでもありませんです」
 ボソッと吹寄への愚痴を呟いた上条だったが、彼女の一にらみで体を縮こまらせた。

 そんな上条をつまらなそうに一瞬見た吹寄は、軽く頭を振った。
「それはそうとして上条当麻。貴様、今日の放課後は時間あるかしら?」
「放課後?」
「ええ」
「それがお前の用事か?」
「質問してるのはあたし。時間あるの?」
「えっと……ない」
 上条は弁当を見ながら答えた。
 その答えを聞いた吹寄の眉間にしわが寄る。
「どうして? 貴様は最近、追試も補習もないじゃない。今日だって呼び出されてないはずでしょ」
「よく俺の予定を知ってるな。まあそれはともかく、追試や補習がなくたって個人的な用事があるんだよ。……ある意味、そんなのよりも大事かもしれねえ」
「? 学業よりも大事な用事って、何よ?」
「それは……悪い、ちょっと答えられねえ」
 そう答える上条の視線は、相変わらず弁当に向けられたままだった
「ふうん、そう……」
 上条から一瞬視線を逸らせた吹寄は、思い直したかのように再び上条を見た。
「じゃあ、明日。明日の放課後は?」
「……わからねえ。明日のことは明日にならねーと。どんなに早くても明日登校するまではなんとも言えねーな」
「明後日は?」
「もっとわかんねえ。ていうか、最近の上条さんは忙しくて。色々用事が立て込んでおりまして、当日の朝にならないと予定がわからないんですよ」
「そう、なんだ……」
「なあ吹寄。いったいその用事ってなんなんだ? 内容によっては予定をなんとかできるかもしれねーけど」
「……別にいいわよ、つまらない用事だったんだから」
「その割には結構こだわってたと思うけど。なあ、ほんとにいいのか?」
「いいわよ。じゃあ、あたしは先に教室に戻るわね」
 吹寄はやや乱暴に立ち上がった。

「じゃあとりあえず明日ね」
「え。だから明日だってわから――」
「わからないんでしょ、だからとりあえず明日。都合がよかったら、わかった段階で教えてちょうだい」
「なあ吹寄、いったい何の用なんだ? そんなに俺にこだわる必要のある用事なのか?」
「…………」
 上条は吹寄に何度も食い下がったが、結局吹寄は何も答えようとはせず黙って屋上を後にした。



 校舎に入り階段の踊り場まで下りてきた吹寄は、屋上への扉を見上げた。
「…………」
 しばらくじっと扉を見つめていた吹寄だったがすっと目を伏せると、はあ、と大きくため息をついた。

――最近の吹寄はカミやんに優しすぎる。

 そのとき、先程青髪ピアスに言われた言葉が吹寄の脳裏をよぎった。
「わかってるわよ、そんなこと……」
 吹寄は誰に聞かせるともなく呟いた。



 事実、最近吹寄は上条を怒鳴りつけていなかった。それは当の吹寄が一番わかっていること。
 確実に上条との関わりが減っていることを、吹寄自身が自覚していないわけがないのだ。
 しかしそれは本来歓迎すべきことである。
 吹寄が上条に対して怒りを覚えるのは、上条がだらしない行動を取ったときや、やる気のない行動を取ったとき。
 要するに、上条が吹寄の理想とする行動を取らなかったときである。
 したがって吹寄が上条に怒らないということは、現在の上条が吹寄の理想通りの行動を取っているということに他ならない。
 これ以上に歓迎すべきことはない。
 そのはずなのである。
 だが。
 なぜか吹寄はそのことをあまり嬉しいとは思っていなかった。
 はっきりとした理由はわからない。
 けれど、上条と関わりが減ることが面白くない、そう考える自分がいるのだ。
 同時に先程のように上条と他愛もない会話をすることに満足する自分、それがいるのも確かなのだ。



「そうか」
 再び、吹寄は呟いた。
「楽しいんだ、あたし」
 呟いて、得心した。
 上条当麻と会話すること、彼と同じ時間を共有すること、それを自分は楽しいと認識しているのだ。
「…………」
 そのとき吹寄は、はたと気がついた。
 特定の男子と会話することを楽しいと思うこと、その空間を心地よいと思うこと。
 それはつまり――。

――とうとうカミやんにフラグを立てられちまったのか?

「って、んなわけないでしょうが、馬鹿じゃないの! どうしてそういう発想ばかりするのよ男って奴は!」
 吹寄は自分の考えとシンクロするかのように脳内に浮かんだ土御門の言葉を、必死で否定した。
 そのまま肩で息をしながらぐっと拳を握りしめた。
「そうよ、あるわけないわ。あってたまるもんですか、あんなグータラでなんの努力もしない上条当麻なんかをあたしが――」
 吹寄はそこまで言うと、後ろを振り返って屋上へ繋がるドアをキッとにらみつけた。
 次の瞬間、そのドアがバンと音を立てて開いた。
「へ?」

 開けたのはもちろん上条当麻だった。
 必死な形相でドアを開けた上条は、そのまま吹寄のところまで階段を一つとばしで下りてきた。
「え、え……」
 絶句する吹寄。
 だが上条はそんな吹寄の動揺などお構いなく、吹寄にずいと顔を近づけた。
「言い忘れてた」
「な、何?」
「吹寄、その、さっきの弁当のことなんだけどな」
 そこまで言うと、上条はパンと両手を合わせて頭を下げた。
「その、悪いんだけど、クラスのみんなにはくれぐれも内緒ってことで頼む!」
「お、おべん、とう?」
「ああ、俺の弁当。その、女の子に作ってもらったってアレ。な、頼む。特に土御門達に知られたら痛くもない腹を探られなきゃならねえ。だからお願いします、吹寄制理様」

 上条は頭を下げたまま吹寄を拝み続けた。
 そのやや芝居がかった滑稽な仕草を見ているうちに、吹寄は先程の自分の動揺がだんだん馬鹿らしくなっていった。
 気がついたときには吹寄は思わず吹き出していた。
「?」
 上条は上目遣いで吹寄を見上げた。
「えと、上条さんは、何か面白いことをしましたでしょうか?」
「フフ、な、なんでもないわよ。心配しないでも誰にも言ったりしないわよ、そんなこと」
 吹寄はくすくすと笑みを浮かべながら上条に返答した。
「そうか。いや、助かる。ありがとう、吹寄」
 上条は再度頭を下げた。

 しばらく笑い続けたあと、目尻に浮かんだ涙を拭った吹寄は上条が不思議そうな顔で自分を見ていることに気づいた。
「何?」
「いや、こういうのってお約束なのかもしれないんだが、お前が笑ってるのを初めて見たような気がして」
「…………!」
 上条の発言に吹寄は顔をこわばらせた。

 けれど当の上条は首を右に傾げながら何かを思い出すかのように天井を見上げたために、そんな吹寄の変化には気づけていなかった。
「やっぱり、女の子ってのはみんな、笑った顔が一番かわいいのかな?」
 今度は左に首を傾げる上条。そのままうーんと唸り出す。
「てことは、俺が、御坂の笑った顔が……なのも……。でも、アイツのだけは、なんか、ちょっと違……あ」
 思わず美琴の名前を呟いていたことに気づいた上条は、慌てて口を抑えて吹寄の方を見た。

「あ、あのな吹寄、その、今言ったのは別に……あれ? あれ、吹寄? あれ?」
 きょろきょろと上条は辺りを見回す。
 しかしいつの間にか吹寄の姿は踊り場から消えていた。
「聞かれなかった、のかな。大丈夫、だよな、うん」
 上条は何度も周りを見回して吹寄がいないこと、及び他に誰もいないことを確認すると、ほっと胸をなで下ろした。



 その頃、吹寄は必死で廊下を走っていた。
 やがて空き教室の前まで来、周りに誰もいないことを確認すると胸を押さえてその場にしゃがみ込んだ。
「何よ上条の奴。何なのよあの男は! あんなことを臆面もなく! だからフラグメーカーなんて言われるんじゃないの、まったく……」
 肩で息をしながら吹寄は先程の上条の発言を思い出した。

 「笑った顔」、そして「かわいい」。
 他にも色々言っていたような気がしたが、今はとにかくこの二つだけだった。
 この二つの単語だけが頭の中で何度もリフレインする。
 吹寄は朱く染まった頬に手を当て、深く深くため息をついた。

「あの馬鹿、最低男。あたしは、あたしは、貴様のことなんかなんとも……!」
 吹寄は忌々しそうに呟く。

「でも、そういえば」
 ふいにあることを思い出した吹寄は訝しげな表情になる。
「あれは、何だったのかしら……」
 吹寄が思い出したこと。それは、上条が自分の申し出を断ったときの表情だった。
 弁当箱をじっと見つめていた上条の表情、というよりそのときの彼の目、そこに浮かぶ感情は吹寄が今までに一度しか見たことのないものだった。

 上条があんな目をしたのは後にも先にも一度きり。
 上条とデートをした女の子についての相談を、彼から受けたときである。

 それ以来のあの上条の目。
 なぜだかそれは吹寄の胸の奥にわずかだが、確かなしこりを残していた。



 放課後になった。
 吹寄はホームルームが終わったと同時に、半ば無意識的に上条の姿を探していた。自分の用事に付き合うことは断られたとはいえ、何かしら話ができないかと思ったのだ。
 しかし上条の姿は既に無かった。本当に一瞬で教室から消えていたのだ。
 つまらなそうに口を尖らせた吹寄はほんの少し、落胆したようにため息をついた。
 そんな吹寄に、ニヤニヤとした笑みを浮かべた大柄の男子生徒が二人近づいてきた。
「なーにため息ついてるんだにゃー、吹寄」
「そやそや、せっかくの美人が台無しやで」
 言わずとしれたデルタフォース、土御門と青髪ピアスである。

「……フン」
 吹寄は軽く鼻を鳴らすと、二人を無視して鞄を掴んだ。
「ち、ちょっと待ってーな吹寄さん! カミやんやなかったらそんな態度になるんか、酷いで!」
「そうそう、せっかくカミやん情報を教えてやろうと思ったっていうのににゃー。ほんと、酷い態度だと思うぜい」
「…………」
 吹寄は馬鹿にしたような目つきを二人に向けると、黙って教室から出て行こうとした。
「最近のカミやんは、ホームルームが終わるとすぐに教室を出て行くことが多いんだぜい。カミやん本人の弁によると、余計なやっかいごとが起きる前に帰るってことらしいんだにゃー」
「そそ。しかもこの行動は、昼休みにカミやんが教室にいない日は確実に起こってる。この辺り、なんか関連性があるんやないかとボクは疑ってるんや」
「とはいえ、カミやんもそれ以上は教えてくれないから提供できる情報はここまでなんだけどにゃー」
「さすがにそんなことのためにカミやんを尾行するってのも、みっともない話やからね」
「同感、同感。まあ、青髪ピアスの場合は尾行しようとしてぶん殴られたってことも関係してるんだけどにゃー。君子危うきに近寄らずって奴だぜい」
 土御門はうなずきながら青髪ピアスの言葉を補足する。
「…………」
 立ち止まっていたまま結局二人の話を聞き続けた吹寄は、彼らに軽く会釈すると黙って教室から出て行った。

「これは、面白いことになるんかな?」
「さあ?」
 土御門は両手を広げ、肩をすくめた。



 その頃、学校を出た上条は、美琴との待ち合わせ場所である自販機前への道のりを急いでいた。美琴に弁当箱を返し、弁当の感想を伝えるためである。
 もっとも、急ぐとは言うものの、別に約束の時間に遅れそうだとかそういうわけではない。
 むしろ美琴との約束にはまだ十分間に合う時間であった。おそらく今のペースで歩けば、かなり余裕を持って現地に到着するであろう。
 しかし上条は歩く速度を落とそうとはしない。それどころか、今にも駆け出さんばかりの勢いで歩いていた。

 なぜそのようなことをするのか。
 実は当の上条にもその理由はよくわかっていなかった。
 ただ、なぜか彼の足が勝手に動くのだ。
 美琴と約束をして彼女に会う、この道の先に彼女がいる、そう考えただけで上条の足は自然とその速度を速めるのだった。
 その理由に、上条は未だ気づいていなかった。
 美琴と会うことを楽しみにしているという、自分の心に。

 上条との距離を変えたいと願う美琴の想いは、確実に上条の心境に変化を与えていた。



 結局待ち合わせ時間より二十分以上早く到着した上条だったが、そこには既に美琴が待っていた。

 彼女は上条が来たことに気づくと一瞬輝かんばかりの笑顔を浮かべたが、すぐに頭を振ると冷静な表情を装った。
「あ、あら、どうしたのよ。今日も早いじゃない」
「そうか? お前の方が早いじゃねーか。てかお前っていつも時間より早く来てるけど、そんなに暇なのか、常盤台って?」
 いつものように美琴に先を越されていた上条は、憮然とした表情で口を開いた。
 それはたまには自分が美琴を待つという行為をしてみたいと思ったが故の態度だったのだが、そんな上条の自分に対する微妙な心境の変化に気づくことなく美琴は上条に食ってかかった。
「何よ、暇なわけないでしょ! アンタなんかと違って私は色々忙しいんだから」
「でもその割には今日だってずいぶん待ってくれてたみたいだけど」
「き、今日は特別よ! 偶然時間がちょっと余ったから早く来ただけで……。だ、だいたい会うなりいきなり嫌味ってアンタ、ケンカ売ってんの?」
「別に嫌味とかそんなんじゃねーよ。ただ、お前っていつも俺より早くここにいるからさ、なんでかなって思ったんだよ」
「…………」
 頭をかきながら言い訳する上条を、美琴はじっと見つめた。

 上条は自分を見つめる美琴を見て、ほんの少しだけため息をついた。
「それはそうと御坂、前から言おうと思ってたんだけど、すぐにケンカ腰になるそのくせ、いい加減に直した方がいいんじゃねーか?」
「え……」
 絶句した美琴に、上条は諭すように言葉を続けた。
「俺はもう慣れたから気にしないけど、やっぱり第一印象は悪いと思うし。悪いことは言わねーから、な」

「…………」
 しばし逡巡した美琴は、やがて上条の言葉に黙ってこくりとうなずいた。
「…………」
 素直に自分の言葉に従う美琴に、上条は口をへの字に曲げ何度も瞬きをした。
 美琴が自分の要望を聞いてくれたことは素直に嬉しいのだが、最近の彼女がしばしば見せるその素直な態度がどうにも調子を狂わせるのだ。
「……何よ」
 上条の反応にどこか引っかかるものを感じた美琴の目が、ほんの少しつり上がった。
 ばつが悪くなった上条はそんな美琴から目を逸らせる。
「いや、別に」

 だが美琴の態度にいつもの彼女を感じた上条は小さくうなずくと、鞄から弁当箱を取り出した。
「そ、そんなことよりもほら、これ。今日も美味かったよ、ごちそうさま」
「え、そ、そう?」
 上条のお礼の言葉を聞いた途端、美琴は大きく目を見開いた。
「ああ、ほんとに美味かった。まさに神様仏様美琴様って感じだな」
「大げさ。だいたい何よそのどこかで聞いたような言い回しは」
「ははは」
 照れくさそうに笑う上条。
 それにつられて美琴も笑みを返す。

 美琴は笑顔を浮かべたまま弁当箱を受け取ると、小首を傾げた。
「で、感想の詳細は?」
 上条は顎に指を軽く当てた。
「あ、ああ。まずはそうだな、あのご飯っていうかライスか? あのケチャップライスが何とも言えず美味かったな」
「へえ、それで?」
「ほんと弁当箱にあれだけ詰めてあっても俺としては十分満足だったんだけど、メインのおかずがハンバーグだったろ。あれがまた美味かった。けどあのハンバーグって普通のじゃないよな? なんか今まで食べたことない味だった」
「あれ? 豆腐ハンバーグよ」
「ああ、あれが豆腐ハンバーグってのか」
 上条はぽんと手を叩いた。
「何? アンタ、そんなに豆腐ハンバーグに興味あったの?」
「まあ、あったつーか、なんつーかな。正確には俺じゃなくてインデックスの奴なんだけどな」
 上条は困ったような笑みを浮かべながら頬をかいた。
 逆に美琴の表情は目に見えて暗くなっていった。
「…………」

「アイツ、自分は家事なんて何もしないくせにやたら要望だけ多くって。まあアイツに家事なんてさせたらキッチンがぶっ壊れかねないんだけど」
「そう……」
「とにかくインデックスがやたら豆腐ハンバーグ、豆腐ハンバーグって騒ぐもんだから気にはなってたんだ。けど、ハンバーグ自体作るのちょっと面倒だろ? その上作ったことのない豆腐ハンバーグなんていったらますます面倒になるからな。だから相手してなかったんだ」
「ふうん……」
「でも御坂があんな美味い豆腐ハンバーグ作れるんだったら、教えてもらおうかな」
「え……教える……?」
「ああ、御坂だったら効率のいい作り方知ってるだ、ろ……あ、ご、ごめん……」
 やたら上機嫌で話していた上条だったが、ここに来てようやく美琴の表情に影が差していることに気づいた。
 そのまま申し訳なさそうに上条は頭を下げる。
「…………」
 けれど美琴は何も答えず、ただ喉の奥から気まずそうに息を吐き出すだけだった。

「…………」
「…………」
 二人の間に気まずい空気が流れ続ける。
 やがてその空気を払拭しようと動き出したのは美琴だった。
 ばっと顔を上げると無理に明るい声を出した。
「な、何、ああ謝ってるのよ。別にそんな、謝る必要なんて、ないじゃない」
「いや、そうはいかないだろう。だって、お前の前で、その、インデックスの話題は、デリカシーが、なさすぎるだろう」
「デリカシー……」
「ああ。嫌な思いさせてほんと、ごめん」
 一度頭を上げた上条は再度頭を下げた。

「…………」
 美琴は上条を見つめながらぐっと拳を握った。
「ねえ、顔上げてよ」
「ん?」
 上条はなんの疑問も持たずに顔を上げた。
 その瞬間、美琴の平手打ちが上条の頬を襲った。
「いってー!」
 思わず顔をしかめる上条。
「何すんだよ、御坂……!」
 そのまま美琴をにらみつけたが、当の美琴はやたら嬉しそうな表情になっていた。
「これでチャラよ」
「へ?」
「私はこれでもういいから、後腐れ無し。ね」
「あ……ああ、そうか、そうだな」
 美琴の意図がわかった上条の顔にようやく笑みが戻った。
「うん」
 そんな上条に美琴も笑みを返した。

――ありがとう、ね。

 美琴は嬉しかった、上条が純粋に自分のことを気遣ってくれたことが。
 同時にこんな程度で喜べるなんて、自分はなんて安い女なのだろうとも思った。
 けれど、こんな程度で喜びを感じることができる自分が、美琴は好きだった。



「まあ、そんなことはともかく、今日のお弁当も美味しかったってことでいいの?」
「ああ、それに関しては問題ない」
 上条は親指をぐっと立てた。

「そう。ところで」
 美琴はじっと上条を見つめた。
 その意味ありげな視線に上条は思わずたじろぐ。
「な、なんでしょうか御坂さん」
 愛想笑いを顔に貼り付けた上条に、美琴はニタリと笑みを浮かべた。
 笑顔で向かい合うというシチュエーションとしては先程と同じだったが、その意味がまるで違うことだけは上条にもわかった。
 美琴はすっと笑みを消すと右手を上条に差し出した。
「今日の課題は何?」
「はい?」
「だから課題よ、課題。どうせ馬鹿みたいに出てるんでしょ。ほら、今日も手伝ってあげるわよ」
「あ、ああ。でも別にそんな大したことないぞ。今日は上条さん一人でなんとかできる量だし、さすがにいつもいつも高校生が中学生に勉強教えてもらうわけに――」
 美琴の申し出をやんわり断ろうとした上条だったが、美琴はそんな上条の話を全く聞くこともなく彼の鞄をひったくると、中をあさりだした。
「お、おい御坂!」
 上条は突然の美琴の行動に抗議しようとした。
「うるさい、おとなしくしてなさい。劣等生のくせに」
 しかしそんな上条の機先を制するかのように、美琴は上条に対してあまりにも鋭すぎる言葉のナイフを振るった。
「はうぅ!」
 上条は思わず心臓を抑えて仰け反った。
 彼はそのまま半べそをかきながらしゃがみ込み、地面にのの字を書き始める。
 結局美琴によってわずかなプライドを完膚無きまでに破壊された上条に、抵抗らしい抵抗などできるはずもなかった。

 しばらく上条の鞄をあさり続けた美琴はその中から数冊のノートを取り出すと、それを広げて上条に突きつけた。
「ねえ」
「はい」
 上条は直立不動の体勢になった。

 美琴は目を細めて上条を見つめた。
「この課題は、いつ出されていつまでのもの?」
「……今日出されて、明日までのものです」
「物理と英語ね。アンタ、本当に今日中にできるの?」
「…………」
 冷たい口調の美琴の質問に上条は何も答えない。
 美琴はそのままの口調で質問を続けた。
「答えなさい」
「……徹夜で適当な答えを書いていいのなら」
「ふうん、そんなことしたら補習決定よね」
「……間違いなく」
「追試免除の条件を含んでる課題でそんなことしたら、追試も復活するわね?」
「……はい」
「……上条当麻君」
「はい!」
 凛とした声を出した美琴に向かって上条は最敬礼をした。
 美琴はそんな上条を今日一番冷たい目でにらみつけた。
「アンタが最近追試も補習もなくて、放課後すぐここに来ることのできる理由を言ってみなさい」
「は、はい! 追試及び補習に当たる分を全て課題に振り分けてもらうことによって、それらを免除してもらっております! ただしそのため課題の量も頻度も半端ないことになっております!」
「そうね。で、さらに質問。その課題を毎回きちんと終わらせていられるのは誰のおかげかしら?」
「それはもう、御坂美琴様のおかげであります! わたくし上条当麻がこうして生きていられるのも御坂様のおかげです!」
「わかってるじゃない。ならもう一度聞くわね。今日の課題、本当にアンタ一人でできるの?」
 美琴がそこまで言った途端、上条はがばっと座り込み地面に頭をこすりつけた。それはもう見事な土下座であった。
「お願いします! お馬鹿な上条さんの課題を今日も手伝って下さい!」

「……わかればいいのよ」
 美琴はふうとため息をついてしゃがみ込むと、上条の肩にぽんと手を置いた。
「けどこの量だと結構かかるわね。仕方ないわね、先に買い物行きましょうか、タイムセールに間に合わなくなるし」
 上条は美琴の言葉を聞き、さらに地面に頭をこすりつけた。
「ぉありがとうございますぅ! 上条さんは幸せ者です!」
「……もういいから。ほら、行くわよ」
 美琴はもう一度ため息をつくと、上条の鞄を取った。
 しかし上条はまだ土下座を続けていた。
「だからもういいってば……」
 やれやれと呟きながら頭を振る美琴。
 しかし彼女の表情を見た者なら誰でも思うであろう。そこには抑えきれない楽しさの感情が溢れていることに。



 その後、スーパーで買い物を済ませてからファミレスに入った二人は、窓側の一角の席を陣取って上条の課題を始めることにした。

 課題を始めて一時間。物理の目処が立った所で上条は大きく伸びをした。
「ふあぁ、疲れたぁ。なあ御坂、ちょっと休憩にしようぜ」
「何言ってるのよ、始めてからまだ一時間しかたってないじゃない。あと三十分はいけるはずよ」
「え。で、でも物理の方は目処が立ったわけだし、ちょっとくらい休憩したって……」
「むしろようやく調子が出てきたところじゃない。ここで休憩したら損よ」
「そんなぁ」
 上条は情けない声を上げると、机に突っ伏した。

「もう……」
 美琴は静かに立ち上がりどこかへ歩いていった。
「…………?」
 美琴の気配が消えたことに訝しんだ上条は、机に突っ伏したまま顔だけをのろのろと上げた。
「みさ……かぷっ」
 上条がなんとはなしに美琴の名前を呟いた途端、彼の顔にハンカチが押しつけられた。
 慌てた上条は思わず立ち上がった。
「な、ななな……!」
 そのまま上条は顔についたハンカチをはぎ取ると、自分にそれを押しつけたであろう人物をにらみつけた。
「何しやがる御坂!」
 けれど美琴は楽しそうに笑みを浮かべながら、何事もなかったかのように上条の隣に腰掛けた。
「トイレで顔洗ってきなさい、目が覚めるわよ。それで、顔を洗ってきたらこれを飲む。五分だけ休憩にしましょ」
 そう言って美琴は自分と上条の目の前にアイスコーヒーを置いた。どうやら店員から直接貰ってきたらしい。
「あ、ありがとう」
 上条は顔を洗うため席を立った。



 トイレから戻ってきた上条は、美琴が貰ってきてくれたコーヒーを一気に飲み干した。
「ふう、生き返った! やっぱり上条さんに頭脳労働はきつい!」
「……課題を解いたのはほとんど私でしょう。アンタはただそれを書き写してただけじゃない」
「それでもきついことはきついんです。意味のわからない呪文の羅列を写してるようなものなんですよ、上条さんにとっては。それがどれほど大変なことか」
 上条は冷たい目で自分をにらみつけてくる美琴に反論した。
 美琴は冷たい視線を変えないまま、自分の分のコーヒーを一口飲んだ。
「だったら意味がわかるようになればいいだけでしょう。簡単なことじゃない」
「簡単にわかるなら、苦労なんていたしませんのことよ」
「アンタね……」
 得意げな顔をして情けないことを言う上条の態度に、美琴はほんの少しめまいを覚えた。
「そんなこと、胸はって言わないでよ」

 美琴はもう一口コーヒーを飲むと、表情をわずかに変えた。
「でもさ、改めて思うんだけど、よくこんなことができたわよね、アンタ」
「? こんなことって?」
「追試と補習のことよ。普通に考えたらそれだけ課題をやるから追試と補習を免除してくれなんて言い訳、通用するはずないでしょ」
 美琴は前々からの疑問を上条にぶつけてみた。ある意味理屈は通っているのかもしれないが、いまいち信じ切れなかったからだ。
 上条は大したことないといった表情になると、コップの中に残っていた氷を口に含んだ。
「別にそんな大げさなことでもないけどな。先生方は上条さんの誠意を伴った訴えに感激した、ただそれだけですよ」
「なんか嘘くさいわね」
「いやいや。単に休み時間になる度に職員室で土下座を繰り返しただけですよ。それ以上でもそれ以下でもありません」
「……根負けってことね」
「努力の勝利だ」
 上条はビッとVサインをして美琴に見せつけた。
「まったく……」
 美琴はため息をついた。

「でもアンタ、どうしてそこまでして追試や補習を受けたくなかったわけ?」
「普通あんなの受けたい奴なんていないだろう」
 上条は口の中で遊ばせていた氷をガリッと噛み砕く。
「そうじゃなくて、土下座や課題を引き替えにしてってことよ。そんなにメリットあるとも思えないんだけど」
「え。そ、それは、その……」
 上条は頬をわずかにかきながら言葉を濁した。
「何よ、言いにくい理由でもあるの?」
「いや、そういうわけじゃ……」
「ハッキリ言いなさいよ。どうせ、私を待たせるのが忍びないから、なんて殊勝な理由じゃないんでしょ?」
「…………」
 顔を引きつらせた上条は、露骨に美琴から顔を背けた。正に正解です、といわんばかりの行動だった。
「…………」
 その行動の意味がわかった美琴も顔を引きつらせる。そのままうつむくと手に持ったコーヒーカップをいじりだした。

 やがて残っていたコーヒーを一息に飲み干した美琴は、カチャンと派手な音を立ててカップをカップ受けに叩きつけた。
 その音にビクッと体を縮こまらせた上条の顔に人差し指を突きつけた。
「け、けけけけ、けけ……」
「け?」
「け、こ、こか、こかけこきゃ、けこけーっ!」
「コケコッコー……。って、にわとり?」
 突然訳のわからないことを言い出した美琴に、上条は目を丸くする。
「あ……」
 自らの失態に顔を真っ赤にさせた美琴はゆっくりと指を下ろすと、こほんと軽く咳払いをした。

 美琴はうつむくとゆっくり深呼吸をし、ポケットからすっと愛用のカエル型携帯電話を取り出して上条の顔に近づけた。
「……交換」
「?」
 小さく呟いた美琴の言葉に上条は首を傾げた。
「……だから、交換。携帯の、アドレスと、番号」
 ここに来てようやく美琴の言葉の意味がわかった上条は、何度もうなずく。
「あ、なるほど。互いの番号知ってりゃ、待たせるとかそんなこともなくなるわけか」
「…………」
 美琴はうつむいたままこくりとうなずいた。

 上条は携帯電話を取り出すと赤外線送受信モードに切り替えた。
「んじゃ送るぞ、俺の番号とアドレス」
「…………」
 美琴は再びこくりとうなずいた。
 美琴がうなずいたのを確認した上条は、鼻歌を歌いながら美琴の携帯に自分のアドレスを送信し始めた。
 美琴はその様子をチラと上目遣いで見ると、再びうつむく。上条からは見えていないが、その顔は真っ赤だ。
「…………」
 黙ったままアドレスの受信が終わるのを美琴は待つ。
 普通に考えればものの数秒で終わるはずのそれが美琴には何分にも、何十分にも感じられていた。

「…………」
 美琴はごくりとつばを飲み込む。
 自分の中に響くその音はあまりにも大きく、上条に怪しまれやしないかと美琴自身を心配させるほどだった。



 美琴は思った、思わず言ってしまったと。
 またこうも思った、よくぞ言えたものだと。

 それらは本当に彼女の素直な感想だった。
 確かに美琴は以前から上条の携帯番号を入手したいとは思っていた。
 いつでも神出鬼没で美琴からすれば風来坊のようなところがある、そんな上条と確実に会うためには彼の連絡先を知っておくのが一番確実だからだ。
 それに上条とのなんらかの繋がりができることは普通に嬉しい。
 だが今まで美琴はそのことを上条に伝えたことはなかった。
 いや彼女の場合、伝えることができなかったと言うべきだろうか。
 なんとなくためらわれるや、自分から言い出すのは負けた気がする、恥ずかしかった、など一応の理由は色々あるのだが、実のところ美琴自身にもハッキリとした理由はわかっていなかった。
 ただ上条に彼の番号を聞こうとすると、決まって声が詰まるのだ。
 にもかかわらず今日、美琴は上条に彼の携帯番号を聞くことができた。
 美琴はこの小さな偉業を成し遂げた自分を誉めたいと思った。



 御坂美琴は今、浮かれていた。

 だからであろうか、彼女は気づけなかった。
 自分に向けられている、鋭い、けれども悲しい視線には。



 またそれは上条当麻にとっても同じことだった。

 口ではなんでもないという風を装って美琴に自分の番号を伝えた彼だったが、内心はかなり緊張していた。
 記憶喪失である上条にとって、今入手しようとしている美琴の番号は生まれて初めて手に入れる異性のそれなのだから。
 そこに邪な思いは伴ってはいないものの、上条は確かに美琴の携帯番号の入手という事実にある種の興奮を感じていた。
 いや興奮しているのだから、邪な思いが伴っていないという言い方は本当は正しくないのかもしれない。
 なにしろ上条は美琴の「笑顔が好き」なのだから。
 もちろんその「好き」がどのような想いに基づくものなのかは上条本人にだってわかってはいない。
 だが彼が今ある種の興奮状態になっているのだけは確かだった。

 だからこそ彼もまた気づくことはなかった。
 自分を見つめる、切なさを湛えた表情に。



 上条当麻と御坂美琴。
 ファミレスの一角で互いに頬を染めながら向かい合う彼らは気づいていなかった。
 自分達を見つめる、一人の黒髪の女子高生の存在に。

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