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上条さんと美琴のいちゃいちゃSS/御坂美琴の消失/Part11 - (2013/08/10 (土) 00:56:32) のソース

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第9章


「ハッ!」
 上条当麻は思わず声を上げた。
 なぜなら白井黒子へ伸ばしていたはずの『右手』が、何もない空間へと、天へと伸ばしていたからだ。
 即座に、視線を下に向けてみた。
 あれだけボロボロだった体には傷一つなかった。
 ついでに言うなら着ている服も違っていた。
(…………そうか、『遡行の儀式』そのものは成功した、ってわけか…………)
 静かな闇の中、上条当麻はどこか物静かに、しかし、物悲しげにギュッと右拳を握った。
 悔しかった。
 今の自分が無傷であることに怒りすら湧いた。
 白井黒子の、全身から血を吹き出させ、最後は崩れ落ちていった姿が見えたというのに、自分が何もできなかったことが悔しくて腹立たしかった。
 あれは必要なことだったとはいえ、それでも上条はやるせない気持ちに臍を噛んだ。
 しかし、それはほんのわずかな時間。
 上条は心を落ち着かせることにした。
 これから、ここで起こること。
 しかし、それを阻止すること。
 それが上条当麻の使命だ。
 命がけで送り出してくれた白井黒子。
 自身の消滅さえも厭わなかった一方通行。
 『姉』を取り戻したいと懇願してきた御坂妹。
 必ず帰ると約束したインデックス。
 四人の思いに報いるために今やることは、己の不甲斐なさを嘆くことではない。
 上条当麻は息を殺してその時を待つ。
 正確な時間までは正直、分からないが、この闇が晴れる前に必ず『犯人』が行動を起こすその時が来るのを待つ。
 上条同様、『遡行の儀式』という魔術を行使して、この時間に来ているはずの『犯人』が動き出すのを待ち続ける。
 もし『犯人が行動を起こさない』なら、それはすでに『終わった後』ということになる。
 できるなら上条は、そのようになることを望んでいた。
 それならば、上条は『この時の上条当麻』がいつ、目覚めるかをだいたい分かっているので、その直前に行動を起こせばいいだけだからだ。
 なぜ、上条は『犯人が行動を起こした後』、すなわち『犯人がすでに世界を変えた後』を望むのか。
 それは、上条の優しさだった。
 できるなら、犯人は何も知らないままで、元の時間に戻ってほしいのだ。
 『遡行の儀式』のルール通り、ここで何をしたかを『忘れて』戻ってほしいのだ。



 しかし、そうならない。
 不幸体質の上条当麻が望むことは大抵裏切られてしまう。




(…………来たか…………)
 上条は心の中で呟いた。いや、正確には嘆いた。
 結局はこうなるのかと心苦しくなった。
 それでも、犯人を見逃すわけにはいかない。犯人の行動を阻止しなければならない。
 そうでなければ白井に、一方通行に、御坂妹に、インデックスに申し訳が立たないからだ。
 変えられた世界を元に戻すと言った上条に、文字通り『自身の命をかけて』協力してくれた四人に失礼だからだ。 
 物音を立てず、そっと立ち上がる。
 闇の向こうではかさかさという音が、おそらくは眠っていたなら聞こえないであろうほどの小さな音が響いていた。
 全神経を尖らせていた上条だからこそ聞こえたと言えるほどの小さな音が鳴り響いた。
 息を殺して、そのまま音のした方へと向かう。
 そして―――――


「やっぱり、お前の仕業だったんだな…………」


 声をかけられた相手は絶句して、即座に振り向いた。
 上条は、闇に紛れている人物を見とめて、どこか、もの悲しげな視線を送っていた。 
 そして、静かに、ゆっくり歩みを進める。
 相手は、突然の展開にその場を動けないようだった。
 今回の御坂美琴消失事件の犯人。
 いや、犯人と呼んでもいいものかどうか。
 なぜなら、この人物はそこまで考えていなかったはずだからだ。
 己の行動が、人の生死に関わるほど、未来を変えるなど想像だにしていなかったはずだからだ。
 不意に部屋の中に月の光が差し込んできた。
 柔らかく部屋の中に自然の、しかし、やや薄暗い明りが灯る。
 しかし、その人物を浮かび上がらせるには充分だった。
 




「インデックス…………」





 上条は静かにその名前を呟いた。
 その口調には怒りはまったくない。あるのは虚しさだけだ。
 白い太ももを露わにしたYシャツ一枚に見えるその姿はどこか扇情的に映ったが、今の上条に下世話な気持ちは露ほども湧かなかった。
「一番、最初に気付くべきだったよ…………俺の財布に『二千円札』が残っていたときにさ…………」
 場所は八月二十日の丑三つ時の上条当麻の部屋だった。
「数日前にお前に話したことが仇になっちまってたとはな…………」
 だから、上条当麻に怒りは湧かない。
 上条自身が己の、軽率とは言えないが、あの時の発言が今回の事件を引き起こしてしまったからだ。
 数日前。
 上条は、美琴との関係について、しつこく問い詰めてくるインデックスに、つい美琴との出会いからこれまでを詳細に話してしまっていた。
 何でも無い、単なるケンカ友達で気の合う女友達、そう言っても信じてもらえなかったから。
 詳細に話すことで、自分の言葉に嘘がないことを証明したかったから。
 時は八月二十日、場所は自販機のある公園。『二千円札』を自販機に飲み込まれて、難儀していたところに声をかけられた。
 美琴との関係が始まりを告げたのはこの出会いからだったというところから話した。
 そう、たったこれだけで二人は出会ったのだ。
 しかし、その『二千円札』が無ければ、上条当麻と御坂美琴が出会うことはなかったのだ。
 なぜなら、上条当麻に七月二十八日以前の記憶はない。
 御坂美琴と本当に初めて出会った六月中旬の記憶、そしてその後の勝負という名のケンカの数々、
 この記憶が、上条には『無い』のだ。
 美琴の方から声をかけてこない限り、『再会』という名の『出会い』の可能性はなかったのだ。
 もし、自販機に硬貨を滑り込ませることができたなら。
 もし、自販機に『千円札』を入れることができたなら。
 上条は、ぼやくことも声を上げることも無く、ジュースを持って自販機を離れていったか、財布に中身が無ければ諦めたか、しただろう。
 美琴は、上条の声に気付くことなく、上条がいなくなった自販機に蹴りを入れていたことだろう。
 『二千円札』だったからこそ、呑まれてしまったのだ。
 それが上条を自販機の前に必要以上の時間で立ち止まらせたのだ。
 だから、インデックスは過去に遡り、『八月十九日から八月二十日の寝静まった時間』に上条の財布の中から『二千円札』を抜いた。
 上条が起きてくる前に、『八月二十日に持っていく』財布の中に『二千円札』を置かなかった。
 この日以外で『上条当麻の財布の中に二千円札が残っている日』を知らなかったから。
 確実に、美琴と出会う日であることを知っていたから。 
 御坂美琴と上条当麻の出会いを導いた、たった一つの手段『二千円札』。
 しかし、その『二千円札』が無かったばっかりに、二人は出会わなかったのだ。
 翌日に二人は会っているが、あれは上条から声をかけたからだ。
 上条と美琴が出会っていなければ、上条は飛空船を眺める美琴の背後を歩くだけに終わっている。
 美琴は、前日のショックと思いつめた気持ちで周りに気を配ることなどできないほど追いつめられている。
 だから互いに視線を合わせない限りすれ違うだけで終わる。
 妹達と美琴は公園で出会う。美琴が公園に行った段階でそれは必然となる。
 妹達は公園の一角で子猫に気付いたから必ず出会う。
 公園の一角で美琴が子猫を愛でている妹達を必ず見つける。
 だから美琴と妹達は出会うのだ。
 しかし、上条と美琴は『二千円札の事件』が無ければお互いに気付くことはなかった。
 あれば、笑い話ですまされた『二千円札』なのに。
 わずか数分、いや、もしかしたら一分にも満たなかったかもしれない時間なのに。
 この出会いが無かったばかりに、結果、上条当麻はその世界がどうなったかを知っている。
 このインデックスが『知らない』世界の顛末を知っている。
 四ヶ月後のインデックスが、自身の行動を『覚えていなかった』のは『遡行の儀式』のためだった。
 『過去の意識』と『現在の意識』を入れ替えて時間を遡る『遡行の儀式』では、『変えられた世界=過去の意識』の延長線上に『現在の意識』があるからだ。
 だからこそ、インデックスは上条当麻に『遡行の儀式』のことを何の躊躇も憂いも後ろめたさもなく詳細に伝えることができたのだ。
「とうま……どうしてここに…………」
 か細いインデックスの声。
 もちろん、このインデックスは上条当麻がなぜ、この場にいるのかを分かっている。
 もちろん、このインデックスは上条当麻がどうやってこの場に現れたのかを知っている。
 にも拘らずインデックスは問いかける。
「お前を――――止めに来た」
 予想通りの答えだった。
 そして、言ってほしくない答えだった。
「とうま…………」
 だから、インデックスはうな垂れる。
 だから、インデックスは伏せ目になる。
「お前の気持ちに気付かなかった俺の責任だからだ」
 上条は答えた。
「本当に……私の気持ちに気付いているのかな…………?」
「…………それは分からねえ……けど、お前が寂しい思いをしていた、って気持ちに気付いてやれなかったのは俺の責任だ」
「…………………」
 上条とインデックスの間に沈黙が訪れる。
 気まずいというよりは重いという沈黙が。
 今にも泣き出しそうな表情を浮かべるインデックスに上条は、いつの間にか怒りを感じていた。
 御坂美琴が殺されて。
 御坂妹が嘆き悲しんでいて。
 一方通行が孤独のどん底まで堕とされてしまっていて。
 白井黒子は、己の存在さえも否定して。
 それは、世界的に見ればわずか四人しかいない変化かもしれない。
 例え、御坂美琴がいなくとも世界はそこまで変化しないとしても。
 それでも、居るべき人物がいない世界の悲しさを生み出したインデックスに上条は怒りを感じていた。 
 正確には、インデックスをそうさせてしまった自分に怒りを感じていた。
 そう。
 インデックスは寂しかったのだ。それも気が狂いそうになるくらい寂しかったのだ。
 一年と半年以上前の記憶が無いインデックスにとって、上条当麻はすべてだった。
 今でこそ、魔術サイドにも科学サイドにも『友人』と呼べる存在は多々いるが、それでもそれはすべて上条当麻によってもたらされたものであることをインデックスは分かっているのだ。
 だからこそ。
 インデックスは上条当麻の傍に居たがる。
 インデックスは上条当麻の傍から離れられない。
 そんな純真で真っ白で穢れを知らない気持ちが。
 上条当麻を一人占めしたいではなく、上条当麻と一緒にいたい、ただそれだけの思いのために起こった今回の事件だったのだ。
 極寒の北極海から戻ってきて以来、
 上条当麻の、自分よりも御坂美琴を優先させているような行動が、心に深く突き刺さってしまっていたのだ。
 御坂美琴の、彼女だけが自ら上条当麻を誘い、またそれに乗る上条の行動に恐怖を感じてしまっていたのだ。
 だからこそ。
 インデックスは、『八月二十日に上条と美琴が出会っていない』世界を作ろうとしたのである。
 まさかそれが、御坂美琴の命を奪うなどとは微塵も思ってもいなかったにも拘らず。
 仮に、八月二十一日以後も、美琴が生きていたとしても、『妹達の一件』が無ければ美琴はそこまで上条を意識することはない。なぜなら、七月二十日に会って以来、二人は一ヶ月以上も会っておらず、また、この間、美琴は、幻想御手を皮切りに、テレスティーナや相園美央など結構、ハードな戦いをこなしていて、しかも、その時は、上条には一切頼ろうとしなかったことからも、妹達の事件まで、上条を当てにしている以前に、その存在すら片隅にも無かった節があって、しかも、美琴の認識としても上条は『何が何でも勝ちたいケンカ友達』でしかなかった。
 そして、海原光貴=エツァリが御坂美琴に近づいた元々の理由は『上条当麻の知り合い』が前提なので、一ヶ月以上も顔を合わせていない人物をマークするはずもないから『八月三十一日』の恋人ごっこもなく、『九月一日に出会う』としても、妹達の一件がない限り、美琴が上条を異性として見ている可能性は低いと言えるので、上条とインデックスが絡み合って倒れていようが、白井同様、『どうでもいい顔』をしたことだろう。




 ゆえに、上条当麻と御坂美琴が『八月二十日に出会わない』限り、インデックスの憂いはあり得ないと言えた。




(くそったれ…………)
 上条は臍を噛みながら心の中で呟く。
 こんなインデックスの表情を見せられて、
 こんなインデックスの気持ちを見せられて、
 上条の心が揺れる。
 インデックスが変革した世界と元の世界。
 どちらが正しい世界なのか、心が揺れる。
 客観的に考えれば、
 冷静に見つめれば、
 それは間違いなく元の世界だ。
 たった一人の我が侭で構築された世界などあってはならないのだ。
 しかし、である。
 では、インデックスが変革した世界にどんな不備があった?
 確かに御坂美琴はいない。
 では、その他は?
 一方通行は前人未到のレベル6に到達していた。
 白井黒子は八人目のレベル5に進化していた。
 御坂妹は、軍事利用されることなく『普通の人間』としての扱いを受けていた。御坂妹が常盤台の学生寮にいたのはそれが理由だった。
 それは悪いことなのか?
 美琴が居ない悲しみを背負っていたが、それは人として生きていく限り、決して逃れることができない運命であり、同時に時間が解決してくれることでもあるのだ。
 上条と出会うまでは孤独だった一方通行だって、これからは上条が友人になってやれば済むことだ。
 そして、周りの世界は何一つ変わっていなかった。上条が関わったイベントは全てクリアされていた。
 おそらく、元の世界で知り合った友人知人は、インデックスが変革した世界でも知り合っていることだろう。
 どこに不備がある?
 上条の心は揺れる。
 インデックスは上条がこの場に現れるであろうことが『分かっていながら』世界を変革した。
 魔術による世界構築なら、上条当麻には作用しないことを『分かっていながら』だ。
 つまり、それは上条当麻に『最初から』選択権を委ねていたのだ。
 元の世界とインデックスが変革した世界、どちらがいいか選んでほしいというシナリオだったのだ。 



 そこで、上条当麻は自分に問いかける。



 自分はどう考えていたんだ、と。
 元の世界を、正確に言えば『御坂美琴がいる世界』をどう思っていたんだ、と。
 間違いなく美琴は頼りになる。戦闘力はもちろん、記憶喪失であることを知っていながら、それでも上条の味方になってくれる唯一の奴だってことは確かだ。
 しかし、それは戦場での話だ。インデックスが変革した世界でも代替は居た話だ。
 では普段はどうだった?
 美琴に事ある度に因縁をふっかけられて追いかけまわされて、無理矢理付き合わせられたことがほとんどだった日常をどう思っていた?
 上条は反芻して、
 うんざりだ。
 いい加減にしろ。
 アホか。
 そろそろ付き合い切れねえぞ。
 浮かんだ単語はこれらだったのだが、


(………………本当にそうか?)


 上条の心がじくりと痛む。
 心ならずも面倒ごとを持ちかけられる美琴とのイベント。それを嫌々付き合ってやる心優しい年上のお兄さん。それが上条当麻のスタンスだったはずだ。
 はずだったのだ。
 上条当麻は自分に問いかける。
 いいか、俺、重要な問題だから心して聞け、そして答えろと自分自身に言い聞かせて問いかける。


 ――――そんな御坂美琴との邂逅を、お前は楽しいと思わなかったのか?


 答えろ。考えろ。
 心の内からそんな声が聞こえてくる。
 本音を言ってみろよ、という声が聞こえてくる。
 御坂に付き合わされて何があった? 電撃付きの追いかけっこに、ウザったい勝負という名のケンカの連戦、窃盗の片棒を担がされて、恋人ごっこを強要されて、アステカの魔術師からは命を狙われて、大覇星祭で無理矢理借りモノ競走で走らされて、罰ゲームに付き合わされて、御坂の後輩・白井黒子には後頭部にドロップキックをかまされて、毎回毎回インデックスには咀嚼される始末。
 うんざりでいい加減にしてほしくてアホかと思って付き合い切れない、か―――はん、そうかい。なら、お前はこう思っているんだな。


 ――――こんなもん、全然面白くねえぜ。


 上条の内なる声が。
 もう一人の上条の声が心に言い募ってくる。
 そうだろ? そういうことになるじゃないか。お前が真実、御坂をウザイと感じて、突っかかって来る御坂の全てが鬱陶しいんだとしたら、お前はそれを面白いなどとは思わないはずだよな? 違うとは言わせねえぞ。明らかだろうが。
 しかし、お前は楽しんでいた。お前は御坂と一緒にいることが楽しかったんだよ。
 なぜかと言うか? 教えてやるよ。



 ――――お前は白井の問いに真実を答えたじゃないか。 



 世界をこのままにするか元に戻すかの選択肢、白井が聞いてきた御坂美琴の上条当麻人物評。
 白井黒子から聞いたか、御坂美琴から聞いたか。
 その問いに、お前は『白井黒子から聞いた』を選んだんだ。
 だろうが。
 せっかくインデックスが御坂のいない平穏で、ともすれば何人かは前の世界よりも良い待遇になってる世界に変革してくれたってのに、お前はそれを否定したんだ。
 八月二十日に御坂と出会って以来、何度も何度も因縁をふっかけられてきた鬱陶しい世界の方をお前は肯定したんだよ。
 御坂と顔を合わせれば、ほとんど、ケンカを売られたり電撃を浴びせられたり厄介事を持ちかけられたりした世界に戻りたいと思ったんだよ。
 何でだおい? お前はいつも御坂と関わることを避けようとしてきたじゃないか、御坂と出会った己の不幸を嘆いていたじゃないか。
 だったらよ。白井の問いに「御坂から聞いた」って言えば良かったんだよ。嘘を吐き続けたっていいじゃないか。御坂がいなくても、一方通行や御坂妹、白井黒子とは知り合いになれるし、お前と御坂妹が間に立てば一方通行にだって友達ができる世界で生活できたんだ。
 そこでは、一方通行は前人未到のレベル6に到達していて、白井黒子は八人目のレベル5に進化していて、御坂妹は軍事利用されることなく『普通の少女』として生活できて、そしてインデックスは寂しさを感じることも世界を変えようなどと大それたことを思うこともなくお前の傍にいられる世界だったんだぞ。
 そう言った別の日常をお前は放棄したんだ。
 もう一人の上条当麻が上条当麻の心に語り続ける最中、不意に上条は闇に包まれた改札口に立っていた自分に気が付いた。
 進むか引き返すか。
 その境界線に立っていた。
「…………!」
 つい、と腕の裾が引っ張られている。
 一度、ハッとした上条ではあったが、摘まんでいる相手は誰か分かっている。
 声をかけてはこないが誰なのかを分かっている。
 振り向かなくても誰なのかを分かっている。
 引き留めているのが誰なのかを分かっている。
 心細く、しかし、精いっぱいの勇気を振り絞っている思いがそこから伝わってくる。
 一瞬、闇の中に冷たい風が吹いた気がした。
 一瞬、雪がちらついたような気がした。
 しかし、再び心の声が聞こえてくる。一時の感情で判断するなという含みを持って。
 いいか。俺はお前の気持ちに聞いている。
 言っておくが、白井黒子、一方通行、御坂妹が嘆き悲しんでいたから、とか言い訳するんじゃないぞ。
 それだったら、時間遡行してまで、しかも危険を冒してまで御坂美琴を取り戻そうとする理由にならないし、第一、世界を元に戻すよう協力要請したのはお前の方だ。
 そうだろうが。お前は今まで、自分の命よりも他人の命を優先してきたから自覚はないかもしれないが、御坂美琴が鬱陶しいなら、御坂美琴を慕い寵愛する白井に全てを任せてしまえば良かったはずなのに、お前は『自分の意思』で御坂美琴を助け出すことを選んだんだ。
 それは何故だ?
 上条当麻の内なる声が上条当麻の心に訴えかけてくる。
 後頭部を誰かに強引に踏みつけられて力づくで押さえつけられたような気がした。
 もう一度訊くぞ。これで最後だ。
 お前は御坂美琴に絡まれる日常を楽しいと思ってたんじゃないのか?
 言えよ。 



「――――当たり前だ」



 
 上条当麻は答えた。
 無理矢理、顔を上げ、己を押さえつけてくる『自分自身』にはっきりと答えるために力づくで立ち上がろうとする。
「楽しかったに決まってるじゃねえか。解り切ったことを訊いてくるな!」
 上条が心の内で吼えた刹那、自分を踏みつけていた自分はガラスが割れたような乾いていてなおかつ澄んだ音を立てて砕け散った。
 同時に、上条の腕の袖を摘まんでいた手も振りほどいて、改札の向こうへと進む。
 生まれつき、幻想殺しの所為で不幸を背負って生きている俺に所構わずちょっかいかけてくる女だぞ。
 記憶喪失であることを知っていて、それでも、おそらくは記憶喪失前と同じ対応をしてくれる女だぞ。
 不幸体質の俺に、インデックスを含めても他にはいない、『自分から』声をかけてきてくれる女だぞ。
 そんな女の子が気にならないと言ったら嘘になるに決まっているだろう。
 だからこそ、俺はこの場にいる。
 こればっかりは『不幸だから』で切り捨てられないことだ。
 御坂美琴だけは『不幸だから』で遠ざけたくない存在なんだ。
 だからこそ――――
 気がつけば目の前に無言で佇む御坂美琴がいた。
 場所は、美琴と『初めて』出会った自販機の前だった。
 もちろん、現実ではなく上条の心の中だ。
 不意に二人を柔らかい日差しが照らしてきた。
 まるで上条のもやもやした心を晴れやかにするかのように。
 上条は、インデックスが変革した世界を否定したのではなく、御坂美琴のいない世界を否定したのだ。
 どこか、心がすっとした気がした。
 上条当麻の腹は決まった。




「インデックス。俺は元の世界の方がいい。みんながいてみんなが笑ってみんなが馬鹿やっている世界、そこには御坂だって含まれる。俺はそのためにここに来た」




 インデックスを真っ直ぐ見つめて。
 真摯な瞳で、
 上条当麻はインデックスにきっぱりと優しく宣言する。
「とうま…………」
「だから、その『二千円札』を財布に戻すんだ。それですべてが元通りになる」
「…………………」
「心配すんな。こういうことをしたからって俺は別にお前を嫌いになったりなんかしないし、これまで通り、一緒に暮らすこともやめない。お前が俺のことを嫌いにならない限り、俺からお前を追い出すようなことは絶対にしない」
 言って、にかっと笑う上条。
「ズルイんだよ…………」
 インデックスは右手に持っている『二千円札』を左手に持っている『財布』に戻そうとして、
「…………そんな顔で言われたら、とうまの言うことを聞かない訳にはいかないかも…………」
 インデックスの瞳から一滴、涙が落ちる。
 しかし、それは悲しみの涙ではない。
「でも、とうま約束して…………」
「ん?」
「いつの日か…………とうまは、短髪か私を選ぶ日が必ず来る…………今のとうまじゃ意味が分からないかもしれないけど…………そんなに遠くない将来、この言葉の意味が分かる日が必ず来るから…………」
 インデックスは、ぐっと前を向いた。
 まだ涙目ではあったが、それでも強い意志が宿った瞳で上条を見据えた。 



「どんな選択だとしても、私と短髪、二人とも納得させられる答えを見せるんだよ。じゃないと私も短髪もとうまを絶対に許さないかも」




 インデックスの問いかけに、上条は、確かにインデックスの言った通りで意味が少し分からないので、ちょっと苦笑を浮かべて頷きかけようとして、
 それに気付いたのは『背中にいきなり走った灼熱感』からだった。
「…………がっ!?」
 突然の『熱さ』に上条は背中に『右手』を当ててしゃがみ込む。
 しかし、『右手』を持ってしてもこの灼熱感は消えない。


「まったく……あれほどインデックスを泣かせるな、と言ってあったのに、何をやっているのかな? きみは」


 と同時に聞こえてくる声。
 ついさっきまで後ろにあった気配が、今はすぐ目の前にある。
 無理矢理、顔を上げてみれば、そこにいたのは、赤髪長髪で顔にバーコードを付けて煙草をふかしている長身の黒い神父だった。
「て、てめえ……どうしてここに…………?」
「んー……決まっているだろ。インデックスに協力するためさ」
「なん、だと…………?」
「忘れたのかい? インデックスは魔術を使えない。ならば、どうしてそのインデックスが『遡行の儀式』を遂行できたのか。答えは『協力者がいた』以外ないと思うが」
 ステイル=マグヌスの興味なさそうな説明を聞いて、上条はインデックスを見やった。
 ステイルの後ろにいるインデックスは、ステイルの行動に驚いて声を失っているようだった。
 まさか、上条に切りつけるとは思ってもみなかったのだろう。
「僕ときみはこの時期に『三沢塾』の一件を片付けた。なら、『この日』に『僕』が学園都市にいてもおかしくないはずなんだけど…………きみは忘れていたのかい?」
 言って、無造作に『炎の剣』を下段に構えるステイル。
 しかし、上条当麻は一撃目のダメージが思っている以上に大きく、ガクガクして体が動かない。
「何、心配することはない。この炎の剣では肉体に損傷を与えることはできないよ。単に『意識を飛ばす』だけのものだ。まあ、一撃で仕留めたかったんだけど、インデックスの手前、あまりきみを無碍にできないところもあってね。ちゃんと説明してから『元の時間』に戻してあげよう、そう思ったんだ」
(くそったれ……それで、意識が遠くなってきやがるのか……マズイ……今のまま、元の時間に戻ったら…………)
 そう。今度は上条当麻自身も『変換された時間の流れ』に呑み込まれてしまう。
 なぜなら、ここにいる上条当麻は『意識』を『この時間の上条当麻』と交換している存在だからだ。
 元々、『御坂美琴のいない世界』から八月二十一日にタイムスリップしたので、『遡行の儀式』のルール通り、四ヶ月先からこの世界と意識交換したことになるから。
 『意識』には『幻想殺し』は作用しないのだ。
 ゆえに今、意識を失うのは絶対にマズイ。
 もしかしたらステイルの舌先三寸で再び、インデックスが財布から『二千円札』を抜きとる可能性があり、しかも、それは『確認できない』のだ。
「では、とどめといこうかな? 先に四ヶ月後に行っているといい」
「くっ…………」
 ステイルが無造作に近づけるのは、上条が身動きできないからだ。
 もう右手を翳すことができないからだ。
 しかも、上条の意識がどんどん遠のいていく。
(や、やば…………)
 ステイルが振りかぶる。
「インデックスが作った世界を否定するなど僕が許さない」
 静かに呟いて、
 炎の刃が振り下ろされて――――
 刹那、上条の頬をなでて閃光が走る!
「何っ!?」
 ステイルが驚愕の声を上げると同時に、閃光が炎の刃を粉砕した。
(な、何だ…………?)
 薄れゆく意識の中、上条は必死に覚醒しようとした。
 混濁した意識の中、目の前に、ベージュのブレザーとチェックの入ったプリーツスカートを翻す少女が、肩までの長さの亜麻色の髪が上条の前に飛び出してきた勢いで揺らいでいたのが見えた。
(だ、誰だ…………?)
 心の内だけで呟くと、今度は、首筋に走る衝撃。
 そして、
「すまねえな。正確な時間を忘れちまったんであてずっぽうに飛んだんだがどうやら間に合ってよかったぜ。だから気にするな。俺もヤバいと思ったさ。まあ後のことは俺たちがなんとかする。いや、どうにかなることはもう分かっているんだ。お前にもいずれ解る。だから今は安心して眠れ」
(何だ? 誰だ? どうなってるんだ?)
 上条は朦朧とする中、恐れ慄いた表情を浮かべるステイルと、今にも泣きそうなインデックスの顔と、全身を火花でスパークさせている快活そうな少女と、その隣に並んで立ったツインテールの少女が見えた気がして――――



 そのまま、上条当麻は気を失った。 








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