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上条さんと美琴のいちゃいちゃSS/とある実家の入浴剤/Part2 - (2010/02/14 (日) 13:59:32) のソース

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 美琴の腕の中で横たわる上条は、こめかみから一筋血を流していた。
 その顔色は青く、唇は震え、異物が喉に流れ込んでいるのか呼吸には雑音が混じっている。
 傷つき倒れた上条を抱きしめて、美琴は涙を流し叫ぶように神に冀う。
「お願い……誰よりも大事にするから私にコイツをください……!」


「……あ」
 何の夢を見ていたのだろう。
 美琴は起き上がり、掛け布団の中から両手を出す。闇に慣れた目の中で小刻みに一〇本の指が震えている。
 良くは思い出せないが、ひどい夢だったような気がする。むしろ思い出せない方が幸せなのかも知れない。
 美琴は喉が渇いたなと思い、同室の人間の目を覚まさぬようそっとベッドを抜け出し台所に向かう。冷蔵庫の中からミネラルウォーターのペットボトルを取り出すと手近なグラスに注ぎ、一息に飲み干す。喉を滑る軟水の冷たさが、自分が現実に戻った事を実感させた。
 グラスをシンクに置き、ペットボトルを元に戻すと、足音を殺してベッドのそばまで美琴は歩く。美琴はいくつものパイプを組み合わせて作られたシングルサイズのベッドに乗ることなく、その場でゆっくりとしゃがみ込んだ。
 カーペットの上にはベッドに背を向け、頭から布団をかぶって眠る上条当麻がいた。
 ここは美琴の住む寮の二〇八号室ではない。
 美琴は昨夜『彼氏』上条の部屋に泊まった、と言うより無理矢理泊まり込んだ。
「お前寮生活があるんだから無断外泊なんてダメに決まってんだろ!」
「私はアンタの彼女なんだからここに泊まったって良いじゃない」
 上条の言葉には一理ある。対して、美琴の言葉には無理があった。そしてその無理を美琴は押し通した。押し通した結果
「お前はベッドで寝ろ。俺は風呂場で寝るから」
 上条は過去日常的に風呂場で寝ていた事があったのか実にスムーズな手つきで布団をバスタブに敷き詰め始めたので、美琴は上条の手を強引に引っ張りベッドの隣に布団を敷かせた。
「私はアンタの彼女なんでしょ? 『間違い』なんて一つもないじゃない」
「自分の歳を知っててその台詞言ってんのか中学生?」
 おやすみ、電気は消しておいてくれよと言って上条は美琴に背を向け、さっさと布団をかぶった上条はぐっすりと眠っている。
 美琴は音を立てずに上条の枕元にぺたんと座り、そして呟く。
「ねぇ。私はアンタの……彼女なのよね?」
 確かめるように、問いかけるように、哀しい音楽を奏でるように。


「……か、……さか、御坂、おい起きろよ。そろそろ起きねーとまずいんじゃないのか?」
 誰かが美琴の頬をつついている。
 黒子ならもっと不愉快な目覚めを提供してくれるし、誰よアンタムカつくわねとその手を払いのけようとして美琴は目を開けた。
 そこには、怯えたような目をした上条が美琴を上からのぞき込んでいた。
「…………う、うわ、あ、あああアンタ何してんのよ!」
 美琴はとっさに掛け布団を胸元にかき集めて跳ね起きる。
「何してるの、って朝からずいぶんご挨拶だな。それが人の布団に潜り込んで上掛け奪った人間の言う事か?」
「…………ふぇ? 布団?」
 飛び退った美琴の背中に金属の固い感触が当たる。美琴が振り返ると、そこには横たわるべき主を失って空っぽのシングルベッドが置かれていた。昨夜美琴は上条のベッドを借りて寝ていたので、やけに床に近い視点のこの状態は確かにおかしい。
「…………あれ?」
「あれ? じゃねーぞ」
 憤然とした面持ちに変わった上条が
「テメェその分だと夕べ自分が何したかぜんっぜん覚えてねーな?」
 腕を組んで美琴を睨む。
「ゆうべ? ……夕べはアンタの部屋に泊まる事になって、アンタのベッドを借りて、夜中に喉が渇いたから水をもらって…………?」
 そこからの記憶がない。何かいやな夢を見ていたような気もする。
 美琴は胸元を掛け布団で隠しつつ、上条から借りたYシャツの中をのぞき込む。美琴お気に入りの水色の下着には特に異変が見られなかったので、そこで美琴はほっと息を吐いた。
「……まあいいや。歯ブラシ新しいの出しといたから、歯磨いて顔洗えよ。ほらタオル」
 上条がその背中越しに白いフェイスタオルを放って寄こすのをキャッチして
「……私、夕べ何かしたの?」
「……、覚えてねーんだろ? だったら気にすんなよ。時間ないんだからさっさと支度しろって」
 美琴が見上げると、白い壁に掛かったアナログ時計は六時三〇分を示している。寮則では七時三〇分までに見苦しくないよう身なりを整えて『その場にいなければならない』事を考えると、上条の部屋から常盤台の寮に戻る時間までを逆算しても、あまり猶予はない。
「……ありがと」
 上条から借りたYシャツといつもの短パン姿のまま、ややぼんやりした頭のまま美琴は洗面台へと向かう。常盤台の二人部屋に備え付けられたものとは違う、いかにも安物の鏡の中に映った自分の頬に涙の跡を見つけて
「? 私泣いたっけ?」
 と首をひねりながら歯磨き粉を手にする。
「……………………………………………………!」
 美琴が今いるここは上条の部屋で、当然全ての持ち物は上条のものだ。つまり美琴が握っているのも当然上条の歯磨き粉で、それは日常的に上条が使っているもので
「………………………………どうしよう」
 間接キスの可能性にたどり着いた美琴は鏡の中と自分と一緒に百面相を始める。とりあえず上条が用意してくれた真新しい歯ブラシに歯磨き粉を落として
「…………ホントにどうしよう」
 手が動かない。いつものように豪快にわっしゃわっしゃと美琴の歯を磨くはずの手が動いてくれない。
「こっ、こんなのただの歯磨きじゃない。私がいつも使う歯磨き粉と違うだけで、そうよ、大したことないじゃないこんなの……」
 大したことないはずなのに、歯ブラシを握りしめた美琴の右手が震える。昨夜は勇気を出して上条に向かってもっと大胆な事だってねだったのに。
「…………!」
 昨夜の上条とのあれこれを思い出した美琴は固く目を閉じ、歯ブラシを白い歯に押し付けわしゃわしゃわしゃーっと威勢良く磨き始めた。思い切って目を開けると、水しぶきが飛び散った鏡に映る美琴の頬は火事の現場で炎の余波にさらされたように赤く染まっている。
 初めてのお泊まり。無断外泊。彼の家から朝帰り。なのに何かが足りない。
『覚えてねーんだろ?』
 美琴の脳裏につい先ほどの上条とのやりとりが蘇る。
「……私、夕べ何したのよ?」
 一枚の鏡を挟んで、美琴と美琴が見つめ合う。

「うあー、眠みぃ……」
 制服姿の上条が、美琴の隣で鞄を担いだまま大きく伸びをする。
 美琴を送って部屋まで戻ると学校に遅刻しかねないので、上条は身支度を調えて外へ出た。食べ損ねた朝食は途中でコンビニにでも寄ってパンか何かを調達するつもりでいる。
「眠いってアンタ……私より先にさっさと寝といてどういうことよ?」
「…………」
 美琴が横目で睨むと、同じく上条が目だけで睨み返す。
 上条が着ているYシャツは、今朝まで美琴が身につけていたものだ。『クリーニングに出すから貸しなさいよ』と言う美琴に『洗ってないのはもうこれしかねーんだよ』と美琴の手からひったくって何事もなかったように羽織る上条に『女の着てた服をそのまま着るなんてそれじゃまるで……』と呟いた言葉は上条の耳に届いていない。
「……『忘却なくして幸福はありえない』だっけか。昔の人は良い事言ったな」
「アンドレ・モロワ、ね。アンタがそんな事を知ってるとは思わなかったわよ」
 夕べの出来事について今すぐこの場で穴を掘って叫びたいと言いたげな上条の顔を見て、美琴はその頬に手を伸ばし、軽くつねる。
「言いたい事があるならちゃんと言いなさいよ」
「……何でもねーよ」
 上条はぷいと美琴から視線を背け、鞄を肩に担ぎ直す。
 自分の顔を見るたびにやたらと逃げようとする上条の認識を改めさせてなるべく電撃も使わないようにして良い雰囲気に持ち込んでやっとの思いで『私と付き合って』と言ったら返ってきたのが『良いけど遠くは勘弁な。上条さんこれから晩飯のお米研がなくちゃいけないから』というあんまりな告白の結末を思い出すたび頭が痛くなる美琴としては、もう少し彼氏彼女として進展したいのだがどうにもうまく行かなくて毎度の事ながら地団駄を踏みたくなる、と言うかすでに踏んでいる。
 隣を歩く上条との間に開けられた一〇センチのすき間にため息をついて、無造作にポケットに突っ込まれた上条の左手に触れようか触れまいか、美琴は迷う。いつだって手を伸ばすのは美琴からで、上条からは一度として何らかの行動を起こす事はない。
 ……キスはおろか、腕さえまともに組んだ事がない。気づいてみれば名前も呼んでくれない。美琴にしてみれば長い間片思いを抱えて勇気を振り絞って恋人同士になったのに、実情はケンカ相手だった頃のまま。
(だーちくしょう。何で毎回毎回毎回毎回私が追っかけてばかりなのよ! たまにはアンタからアクション起こしたらどうなのよ?)
 やけになって鞄を小さく振り回す美琴の動作も上条にはどこ吹く風だ。

「お前の寮見えてきたけど、この辺で良いか? 見つかっちゃまずいだろ?」
「……へ? あ、ああもうこんなところまで来てたんだ」
 二人の前方五〇メートルほど先に、常盤台中学『学外』学生寮が見えた。後はここから白井に空間移動を頼んで二〇八号室へ戻れば完了だ。その前に美琴にはかんかんになっているだろうルームメイトに昨夜の事をぼかして説明という気の重い作業が残っている。
「じゃあな」
 あっけなくくるりと背中を向けて美琴を置き去りにする上条に
「ちょっと! 恋人に対してアンタは何か言う事ないわけ?」
 抑え気味の怒声で美琴が呼び止める。上条は小さく嘆息して
「……無断外泊は止めような、御坂。こう言うのはこれっきりにしてくれ。心臓に悪い」
「ねぇ。……私はアンタの彼女じゃないの?」
 美琴は髪を逆立てて上条に詰め寄る。
「……あのな」
「何よ?」
「そんなに何度も『彼女』って言わなくたってわかってるから」
 上条は鞄を持ち替えて、右手で美琴の髪をポンポンと撫でる。
「……うー」
「じゃ。お前も学校、遅れんじゃねーぞ?」
 意味不明の唸り声を上げる美琴を置き去りに、今度こそ上条は一人とある高校へ向かった。
「……私は、アンタの……恋人なのよね?」
 届かぬ疑問を風に乗せ、美琴は徐々に小さくなる上条の背中を見送った。

「お姉様! 昨夜はどこへ行ってらしたんですの? わたくし何度もお電話差し上げましたのに留守電はおろかケータイの電源が入っていらっしゃらないとはどういうことですの!」
「や、あはは、ちょっと訳ありでね……ごめん黒子。連絡も入れないで心配かけたわね」
 美琴は無断外出をする時の手はず通り寮の裏手に回り、ルームメイトの白井黒子に電話をかける。一コールで電話に応じた白井は、細い口紅のような携帯電話を持ったまま空間移動で美琴の前に現れた。
 とにかく、こんなところにいつまでもいるのはまずいですわと白井は美琴の手を取り空間移動を実行。
「ところでお姉様。昨日はどなたとご一緒だったんですの? まさかあの類人猿と……?」
 ブン! という羽音のような音色が美琴の耳をかすめ、直後美琴と白井は二〇八号室の室内に着地する。現在時刻は七時二八分と、規則と時間に厳しい寮生活としてはきわどいところだ。
「そ、そんなことないわよ。私があの馬鹿とつるんでるなんて、ないない」
 空間移動ありがとう黒子、と取ってつけたようなお礼を言って美琴は白井から距離を取り、自分のベッドに腰掛ける。
「そうですわね。お姉様に限ってそのようなことあるわけがありませんわね。それにしても……」
 白井が一度言葉を溜め、美琴を上から下まで舐めるようにねめつける。
「……それにしても?」
「最近、お姉様の下着の趣味が以前のパステル色調からフリルなどのついた物にランクアップしているのはどういうことなんでしょう?」
「黒子……どこで人の下着をチェックしてんのよアンタっ! わっ、私は別にちょっと大人っぽいのにチャレンジしてみようかなとかそんなことはこれっぽっちも考えてないわよ?」
「お姉様……」
 それでは考えてることが丸わかりだと、白井は自分の頭に手をやる。痛い子を間近で見てしまったとでも言いたげなジェスチャーを交えて、
「お姉様の下着の趣味が以前よりましになったことにつきましては、黒子は賛成ですの。でも、あれだけ頑なに拒んでいたのを、今になってどうして方針変更されましたの?」
 まさか上条との万が一の時に備えて、などとは口が裂けても言えない。
 美琴は慌てて
「い、いや、私もね? 黒子が言ってる意味がようやくわかってきたというかね? やっぱりそろそろキャラクター物は卒業した方が良いかなとかね?」
「怪しいですの……怪しさ全開ですの」
 あまりにも挙動不審な美琴の言い訳を、白井は二秒で看破する。
「お姉様がそうおっしゃるのでしたらそう言うことにしておきましょう。ですがお姉様? どうせならもっとインナー全体に気を遣った方がよろしいのでは? ……よろしければ黒子おすすめの殿方向けコーディネートなどご紹介差し上げますのよ?」
「そ、そうね黒子おねが……じゃなくて黒子! とっ、とっ、とのっ、殿方向けとか変なこと言うんじゃないわよ!!」
 たわいない誘導でボロを出す美琴に
(お姉様の下着の趣味が以前より大人っぽくなっていると言うことは、誰かに見せることが前提ですの……? まさかあの類人猿がお姉様のお相手? ……おのれあの若造がァあああああああああああッ!!)
 黒子は上条に対して背中に阿修羅の炎を背負うがごとく敵愾心をと燃やし、美琴は美琴で『何かよけい面倒な事になったような気がするわね』と小さくため息をついた。

 放課後の通学路では美琴が一方的に話し上条がそれに相槌を打つ。これは以前からの二人の会話のパターンだ。
「ねぇ……これってちょっと恋人同士の会話と違わない?」
 夏にも上条に同じ事を言ったような気がする。
「そうか?」
 そんなの俺にはわかんねーよと上条は聞き流す。
 ―――恋人ごっこの頃と何も変わらない。
 付き合いだして最初の頃は心が浮き足立って気がつかなかったが、冷静になってみると二人が付き合う前と付き合いだした後で状況にさほどの変化はない。違いを挙げるなら美琴が上条の住所を知ってそこに足繁く通うようになったぐらいだが、目的の大半は遅れがちな上条の学業を見てやる事であり、美琴の寮の門限が近くなれば体よく追い返される。
 御坂美琴という少女の目から見ると、上条当麻という少年は好意を向けられる事に対して非常に疎い。というより、好意を向けられる事をどこかで恐れているように見える。
 だから会話が一方的で、だから二人の間に何の進展もなくて、美琴にはそれがじれったい。二人が付き合ってる事をおおっぴらにするのはまだ恥ずかしいが、それでももう少し親密な雰囲気があっても良いんじゃないの? と美琴は思う。
 文字で表現するなら、美琴は上条とコンサートホール前で待ち合わせるカップルのようにいちゃいちゃしてみたい。恋人つなぎで手をつないで街を歩いたり、腕を組んで散歩をしてみたい。食べさせっこのような高度な見せつけはとても恥ずかしくてできないが、二人きりでいる時くらいはもう少し触れあっていたい。
 これじゃまるで独り相撲だ。上条が気のないそぶりがポーズなのか本気なのか美琴には見分けがつかない。
 彼女ができたら周囲に言いふらすまではともかくとしても、上条はもう少し喜んでくれたり自分をかまってくれたりすると思っていたのに、何にも変わらない。こんなのはあんまりだ。
 上条には特大の仕置きが必要だ、と美琴は思う。
 馬鹿につける薬は古今東西存在しないが、だったら作って見せよう。
 自分の存在の重さを上条に今一度思い知らせるべきだと考えて
「ねぇ。私達……別れよっか?」
 美琴は苦い薬を口にした。
「お前がそうしたいんならそれで良いぞ、俺は」
 まるで今日の晩飯は何にするかと考えるような気軽な口調で返す上条の口ぶりに瞬時、美琴の心が煮えたぎるほどの怒りで揺らいだ。
「……アンタ、それ本気で言ってるの?」
「だから、最初に聞いたじゃねえか。『俺で良いのか』って。お前が俺に愛想を尽かしても俺は止めねえぞ。お前の気持ちを……」
 上条の言葉が美琴の心に油を注ぐ。
「馬鹿ッ!」

 スパン! と。
 大きく振り抜いた美琴の右手が上条の頬を水平に打ち鳴らした。

「……痛え」
「痛くて当然よ、この鈍感唐変木! 何で、何でこんな時まで私の気持ちをスルーすんのよっ! アンタなんか、アンタなんか……もう知らないわよっ!! 馬鹿ッ! 大嫌い!!」 どこへ向かってかはわからない。どうだっていい。どこでもいい。ここから一刻も早く離れたい。美琴はその一念で上条を置き去りに、全力で走り出した。
 走って、走って、走って。
 気がついたら常盤台中学の寮の前に来ていた。そこで美琴はポケットに手を入れ、カエル型の携帯電話を取り出す。二つ折りのそれを開いて、待ち受け画面を確認する。着信はゼロ。メールは一件、白井黒子からのものだった。
 美琴があそこまで行動に出れば、上条も何か言ってくれるだろうと思っていた。追い掛けては来なくても、ごめんの電話やメールくらいあると期待していた。しかし、蓋を開けてみれば現実はこうだ。
 結局上条は美琴の事など好きでも何でもなかったのだ。美琴が付き合ってと告白したから、上条はそれに合わせただけに過ぎない。上条はいつだって受け身で、美琴の行動を見ているだけの不甲斐ない男だった。好意を向けられる事に消極的な少年の行動のツケが、最終的に美琴に回ってきただけなのだ。
(あんな奴の番号ゲットしようとして必死になって策を練ったあの頃の自分をビンタしてやりたいわよ、まったく)
 美琴はボタンを操作して登録番号のリストを開き、『上条当麻』を表示する。
 画面に『削除しますか? Yes/No』の文字が表示されて、逡巡した後美琴はYesにカーソルを合わせ、実行ボタンを押した。
「……アイツの番号はメモ取ってないし、後は通話履歴と送信履歴を全部消せばおしまい、か。はは……何やってんだろな、私」
 美琴は乾いた笑いを頬に浮かべて片手でボタンを操作し画面を切り替え、全ての履歴を消去する。
「バイバイ」
 ―――全部終わった。
 何となく肩の荷が下りたような、心の中で張り詰めていた糸が切れたような底なしの開放感を味わって、美琴はカエル型の携帯電話を二つに折り畳むとポケットにしまい、寮の玄関を開けた。
「そういや、最近黒子と遊んでなかったなー。何か面白いイベントでもないか探して誘ってみようかな」
 美琴はどこか楽しそうに企てを唇に乗せ、寮のエントランスをくぐり抜けると階段を登った。

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