とある魔術の禁書目録 自作ss保管庫

Part2

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だれでも歓迎! 編集


 そんなこんなで、美琴の上条家訪問が決まったのであった。

 舞台を始めに戻そう。

 全身に悪寒を覚えながら、上条は目を覚ます。なんだか背中が痛かったのだが
それも当然、台所の床で意識を失っていたのである。見ようによっては玄関先
に倒れていたとも言えるわけで、身体の芯から冷たくなっているのがわかった。

 腕をさすりながらリビングを見ると、美琴はカーペットに座りテレビを見て
いた。上条が同じように卓に着いてやっと気が付いたのか、美琴はみかんを
つまむ指を止める。

「あ、起きたんだ。今からそんな寝てたら夜眠れないんじゃない?」
「つか、気絶してたんだけどな」
「人の柔肌見といてその程度で済んでるのが幸運なのよ」
「いや、見たというより見させられたって言った方が正しいような……」
「う、うるさい人を露出狂みたいに言うな! アンタが悪いんじゃないのよ!」

 あれで俺が悪いなら台風吹いただけで留置所行きじゃねえか、と上条は思う
のだが口には出さない

「ていうかアンタは何よ、私の裸を見といてその被害者面は! なんでそんな
損したみたいな顔してんのよ! 見ない方がマシだったっての!?」
「なにそのいきなり究極の2択!? そりゃお前上条さんだって健全な男子
高校生なんだからちょっとは興味が、いやいや! 男・紳士・上条当麻はそんな
イヤらしいこと考えません! 誘惑になんて負けません!」
「誘惑ってあんたノリノリで襲う気なんじゃないの! 感心して信用しかけて
いた私の心を返せ!」
「テメーの言い方が悪いんだろうが!! そもそもなんだそのちょっぴり見ら
れたいみたいな言い方は。得した気持ちでいろってのか!?」
「わ、わ、私はそんなの一言も言ってない――って、ぎゃああ! 目が、目があっ」

 勢い余ってみかんの粒を握り潰してしまった美琴は、果汁が目に入りカーペットを
転げ回った。美琴のいきなりの奇行(不可抗力だが)にびっくりして言葉を失った
上条は、「あれ、なんだかデジャブだぞこれ」と頭をひねる。
 あれはもはや遠い夏の日……。宿題。デート。

「そうだ、ホットドッグ。マスタードだ」

 上条がそう言った瞬間、びくんと美琴は上条に背を向けた状態で動かなくなり、
そしてぶるぶると震え始める。美琴なりに上条の言葉には忘れたいというか
忘れがたいというかそういう記憶があって、思い起こした過去はバチバチと
電気に変換される。

「ニャアぁぁァァァァ!!!」

 おめでとう! みこと は でんげきねこ に しんかした!

「うおおおおお!!」

 全然めでたくねえぇぇ! と自分の抱いた感想にセルフ突っ込みをしつつ、
上条はBボタンよろしく右手を振りかざす。一〇万ボルトどころじゃないものが
室内で暴発するところだったが、事態は未然に防がれた。せいぜい衝撃でテレビが
一瞬映像を映さなくなって、眠っていたはずのスフィンクスがあまりのことに
毛を逆立たてまま警戒態勢を抜け出せないでいるくらいだ。
 ところでインデックスは上条が目覚めてからこの瞬間までずっと眠りこけた
ままである。かつて聖人やらルーンの魔術士から逃げおおせたのが疑わしいほどの
ぐっすり具合だった。

「……」
「……」

 そして、無言が続く。

「あの、御坂さん? いったい何が引き金でこんなことになったのかさっぱり
理解できないんだけどとにかくスミマセンでした!」
「……」

 まだ、美琴は黙っている。対する上条は涙目である。美琴の背中に手を置いたまま、
なんだか意味のわからない気まずさに頭がぐわんぐわんと回っている。「くそ、
早く誰かこの幻想をぶち殺してくれ!」などと錯乱気味な思いを抱く程度に。

 それから数秒して、美琴はようやく起き上がった。頬が少し上気しているのに加え、
けだるそうに肩を上下させている。上条から目を逸らして、ぼやけた瞳をもてましつつ、

「ごめん。いきなり」

 素直だった。

「え? あ、いや……」

 むしろ悪いのは自分だったような気すらしてくるのが不思議だった。どう
転んでも理不尽な思いをさせられる上条である。それもこれも美琴が素直な
せいだろう。素直すぎる。誤ってイマジンブレイカーで何かをぶち殺してしま
ったんじゃないかとまで思われた。

 美琴はいそいそとちゃぶ台の前に座り直し、若干抵抗ありげな手付きでみかんに
手を伸ばすと、もそもそ残りを口に運ぶ。テレビからはド派手なアクションシーンの
音響が吐き出されていて、上条は逃げるようにそちらに視線を向ける。

「あれ?」
「ん、どうしたの?」

 美琴は気を取り直したのか、いつもの声のトーンで訊いてくる。

「映画がやってるなあ、と」
「そりゃそうよ。週末のこの時間はいつもやってるじゃない」
「ええと、今何時なの?」

 と訊きつつ上条はベッド頭上の目覚まし時計に目を凝らした。

「うーん、9時40分ってところかなあ」
「えっと、大丈夫なのお前? 普通に門限過ぎてると思うんだけど」
「いつものことでしょ」
「いや、だいたい毎回これぐらいの時間にはとっくに帰ってんじゃん」

 美琴は答えず、俯いて視線を落とした。ちゃぶ台の縁に置かれた彼女の左手が
すぼむようにして握り込まれる。よくよく見てみると美琴はずいぶん神妙な顔つきを
しており、ただならぬ事情を感じ取った上条は、思わず唾を飲み込む。
 美琴はかつて「絶対能力進化」という実験に巻き込まれ、終わりのない絶望を
彷徨ったことがあった。しかも周囲に全く気取らせないまま死地へと赴こうとして、
その姿を見ていた上条だから、彼女のこんな表情には人一倍敏感であろうと努めて
いる。いつでもどこでも駆けつけると、決めたのだ。「御坂美琴とその周りの世界を
守る」と、約束した。だから上条は美琴の瞳から逃げない。頬に、決して何も
こぼれることがないように、彼女を受け止めてやると決心している。

「あのさ」
「ああ」
「もう、11月だね」
「……そうだな」
「気温もだいぶ下がってきてさ」
「うん」
「だんだん外を歩くのも嫌になるよね」
「うん?」
「おまけにこんな部屋でぬくぬくみかんを食べて……」
「ちょ、ちょっと待て。それじゃお前はあれか、なんか寒そうだし外に出るの
イヤだなあ、ってな理由でこんな時間まで長居してたってのか?」

 御坂は。ふっ、と上条の瞳に視線を合わせて。

「うん」
「マジかよっ!!」

 うっかり両人指し指を美琴に向けるというエキセントリックでヒップホップな
ポーズを取りながら叫んでしまう。ついでにいうと美琴はそのリアクションに
これといった反応を見せず、上条はなんだかショックだ。

「なんだかすごくシリアスな顔をするから何事かと思ったのに! 口を出たのは
そんなくだらない理由かよ! ダメでしょみんなに心配かけちゃ早くおうちに
帰りなさい御坂ちゃん!」
「む、くだらないとはどういうことよ。アンタはこの美琴さんが外の気温で
湯冷めして風邪引いたって良いって言うの?」
「そんなことは言ってないけどここでダラダラしてたって何も変わらないでしょ! 
一向に帰れないままになっちゃうでしょ! 何々なんだよ何なんですかこの微妙に
頑なな外に出ない宣言はっ。お前はあれか今日はまだ帰りたくないなあとか
言いながらそっと上着の裾つまんじゃうような初めての恋人なのかコラぁ!」

 一息で言い切ってぜーぜー呼吸する上条とは対照的に、美琴は弾かれたように
身体の動きを止めていた。上条の放った様々な単語が原因である。言葉を
取り落とすまいとするように唇に指を当て、美琴は愛おしげに呟く。

「……おとまり」
「え?」
「え」

 気のせいか不穏なワードを聞き取った気がする。いやいや相手はあの御坂美琴
である。ビリビリ中学生である。そんなことが起ころうはずもないのは上条自身が
一番よくわかっているのだ。

「ええと――そんなことは言ってないけどここでダラダラしてたって何も
変わらないでしょ! 一向に帰れないままになっちゃうでしょ!」
「……」
「景気よくテイク2を試してみたけどやっぱり全然だめでした! 危険そうな
用語は省いたのにどうして!? と、上条当麻は驚きを禁じえません!」

 思わず御坂妹の口調を真似てみた上条だったが、そんな程度でこの場の
しんみりとした空気を変えることなどできない。美琴は恥ずかしげに身を
縮こまらせて乙女モード全開であり、しかもそれは彼女が意図してやっているのではなく、
なんとかこのおかしな雰囲気を脱しなければという危機感によって表わされている
ものなのだから手の付けようがない。美琴はあくまで精いっぱい今の状況を
打開しようと振る舞っているだけなのである。
 というか、本格的にまずいと思う上条である。ここまでしおらしい美琴を
目にしたことはなかった。頬を染め瞳を潤ませ、唇は緊張のためか赤みを
増している。それは化学薬品によって形作ることのできないような天然のメイクだ。
レベル5でもビリビリ中学生でもない、御坂美琴という一人の“女のコ”が、
今、上条当麻の前にいるのである。……それも、けっこう薄着で。

(いやいや待てよ待つのですよ。どうして俺はこんなに焦っている御坂を家に
泊めるぐらいなんだってんだ。そりゃ男と女ですから間違いが起こるかも
しれませんけどここにはインデックスだっているんだしそんなこと起こらねえって! 
……だけどもさっきの騒ぎでも目を覚まさなかったインデックスさん信用できねええええ!)

 ようやっと緊急事態であることを理解した上条は、立ち上がる。クローゼットを
開けて、がさがさと中身を探る。

「い、いやー。じゃあ少し早いけど上条さんのコートを出してあげよう! 
寒さもまだまだ本格的じゃあないし、これ着て帰ったらぬっくぬくですぞ御坂さん! 
……あれえーおかしいなあ。確かこの辺のはずだったんだけどなあ?」

 ぶっちゃけ記憶喪失の上条なので、探している場所が正しいのかすら曖昧で
ある。確かに一度だけ部屋を点検したことはあったが、自分で仕舞ったわけでも
ないのに全ての配置を覚えていようはずもない。
 けなげに上条はクローゼットを探索して、ふと、身体が後ろに引っ張られる。

「その、私……え、ええと」

 振り返ると、美琴が上条の服の背中の部分をきゅっと掴んで、上目遣いで
こちらを見ている。

(おずおずしながらそっと上着の裾つまんじゃうのキタぁ――――!! 
っていうかこのまま「私まだ帰りたくないの」とか言っちゃいそ―う!)

 美琴の台詞を阻止するため、上条はほとんど反射的に身を翻して御坂の肩を
掴む。2秒後、それが逆効果であることを知る。美琴の身体をがっちりホールド
した上条は、なんだかいつ何が起きても不思議じゃないような体勢に愕然とした。

「み、みみっミッみっ、御坂さん!」
「はっ、はいィ!」

 まっちろけっけになった上条の頭が、最後の言葉を紡ぐ。

「い、一緒にお酒とか、どうでしょう!?」

 上条のガードレールをぶち破るほど強引なハンドル捌き。

 そうして、御坂美琴は沈黙した。


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