とある魔術の禁書目録 自作ss保管庫

Part17

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恋、はじまる


 最後の最後で酷い目にはあったものの、それでもかなり、というか彼にとっては最高、と呼んでもいいくらいに幸せな一日を過ごした上条。
 けれど上機嫌で帰宅した彼を待っていたのは、インスタントの焼きそばを作るという作業だった。もちろんそれは、小萌先生といっしょに夕飯を食べてきたにもかかわらず夜食を要求するインデックスのためである。

 上条は小声で愚痴を言いながら、台所で調理を続ける。
「どうして我が家のお姫様は、あんなにも食欲旺盛なんでございましょうか。まったくもって上条さんは不幸だ……」
「何か言ったかな、とうま?」
「いーえ、なんでも」
「……ふん。余計なことぼやいてないで、さっさと焼きそばを作るんだよ」
 インデックスは小さく頭を振る上条をキッとにらみつけると、ぷいとそっぽを向きリビングに戻っていった。

 実のところ今夜のインデックスはそこまで食事にこだわっていたわけではなかった。小萌先生と食べた夕食は十分彼女の空腹を満たす量で、むしろ明日の朝までは何も食べなくても平気であったくらいなのだ。
 けれどインデックスは上条に夜食を作ることを要求した。
 それは今日一日上条が自分以外の誰かといっしょにいたということが気に入らないインデックスの、ある種ヤキモチのような意味合いを持つ行動だった。
 とはいえ、誰と過ごしていたかは上条が頑として口を割らなかったため、インデックスもその相手までは知らなかったのだが。



 そんなインデックスの気持ちを知るよしもない上条は、ぼんやりと今日の出来事を振り返っていた。
「俺、なんであんなことしたんだろう」
 苦虫を噛み潰したような顔で上条は呟く。
「アイツは、御坂は中学生だぞ。それをあんな、抱きしめたり、キス、しようとしたり……。なんであんなことしちまったんだよ。わけがわかんねーよ、俺。まあそれを言い出したら、なんでアイツをデートに誘ったりしたのか、今となってはそこからしてよくわからねーんだけど」
 美琴が聞いたら、超電磁砲を何百発と撃たれても仕方ないようなセリフを上条は呟き続けた。
「明日、御坂に謝った方がいいのかな。でもそれはそれで怒られるような気もするし、うーん……」
 首をひねりながら上条の苦悩はまだ続く。
「そもそも俺がああいうことをした理由がハッキリしない以上、下手に謝ってもアイツを怒らせるだけなんだよな」
 美琴との付き合いの中で、多少なりとも女性に対する接し方を身につけた上条。
 美琴を怒らせる最悪の選択肢をなんとかギリギリで回避しながら思考を続ける。

「だいたい俺って、御坂のことをどう思ってるんだろう?」
 焼きそばが出来上がったのを見計らってガスを止めた上条は、こっそり背後を確かめてみた。だが、インデックスがこちらの状況に気づいた様子はない。
 上条は安心して自分自身の美琴に対する気持ちをまとめてみることにした。



 美琴とはケンカはするものの、決して憎み合っているわけではない。
 それどころか上条は美琴には世話になりっぱなしだし、今の上条が多少なりとも以前よりまともな生活が送れているのは美琴のおかげである。
 感謝こそすれ憎む理由などどこにもない。
 それにここしばらく続いた美琴に会えない日々が、上条自身にとって辛いと呼んでも差し支えない日々だったことはまぎれもない事実だ。

 また美琴に会えなくなるきっかけともなった吹寄絡みの事件。
 その際上条は、誰の涙も流させないという自らの信念をも曲げた。
 あのときの上条は、たった一人、御坂美琴という少女を泣かせない、ただそれだけを考えた。
 あの事件を通じて美琴は、上条の中で他の誰とも違うある特別な意味を持つ存在になった。
 それは間違いのないこと。

 そう、つまり御坂美琴とはまさしく、今の上条当麻にとって誰よりも大切な少女なのだと言っても過言ではないのだ。



 そこまで考えた上条は顔を引きつらせた。
「ち、ちょっと待て、じゃあ何か? 俺は、御坂のことを……え?」
 上条は額に指を当て、今日一日の出来事を思い出してみた。
 そしてその回想がデートの最後まで来た時、上条ははっと息を呑んだ。

 あのとき、美琴を抱きしめたのは間違いなく上条本人の意思だ。
 美琴を美しいと思った。
 そんな美琴に触れたいと思った。
 自分のものにしたいと思った。

 上条は手で目を覆って頭を振る。
 あのとき感じた美琴の体温が思い出されてきた。
 美琴の体の柔らかさが感じられてきた。
 彼女の体から匂い立つ、女性、というより、美琴独特の香りが蘇ってきた。
 それら全てが上条を気持ちよくさせるものだった。

「なんだよこれ。泣き顔を絶対見たくなくて、綺麗だと思って、抱きしめたいと思って。アイツのこと思い出したら心の中がわけわかんないくらいたまんなくって、それでいて気持ちよくって。そ、そんなのありえないだろ」
 上条はもう一度頭を振った。
「落ち着け、冷静になるんだ上条当麻。精神統一、心頭滅却すれば火もまた涼し。人間五十年、下天の内をくらぶれば、夢幻の如くなり。沙羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらわす。ようし、いい感じでわけがわからなくなってきた。とにかく深呼吸、深呼吸だ」
 上条はゆっくりと三度、深呼吸をした。
 そのまま更に頭を振る。
「だいたい御坂は中学生なんだ。アイツにあんなこと考えるなんて、おかしい、だろ。俺はロリコンじゃないんだ。で、でも、俺がこんな風に考えるのはあくまで御坂だからであって、白井とか他の中学生相手ならこんなこと考えも、し、ない……え? じ、じゃあ、おかしく、ないのか? え? え?」
 上条は何度も何度も頭を振り続ける。
「だって、だって、だって、それじゃまるで俺……はあでぃでゃおあ!」
 突然上条の思考が激しい痛みによって中断された。
 原因はもちろん上条家にお住まいになられている大食いシスター、インデックスだ。



 上条の頭に噛みつきその思考を止めたインデックス。
 とはいえ、インデックスとて最初から上条に危害を加えるつもりだったわけではない。
 彼女はなかなか上条がリビングにやってこないので台所にやってきただけだ。
 けれどそのときインデックスの目に入ったのは台所で顔を真っ赤にし、何やらブツブツと呟きながら悶えている上条の姿。
 乙女のカンでそれが自分にとってよくない妄想だと判断したインデックスは、上条の今日の行動を知った時からの苛立ち全てを込めて上条に噛みついた。
 これが事の顛末である。

 ひとしきり上条の頭を噛んだインデックスは上条から離れた。
「とうまはいったい何をやってたのかな?」
「へ? い、いや、別に」
 頭を抑えながら上条はインデックスから視線を逸らせる。
 さすがに妄想の内容をインデックスに聞かれるのはまずい、そう判断して上条はシラを切り通そうと考えたのだ。
 そんな上条をインデックスは冷たい目でにらみつけた。
「ふうん、答えたくないんだ。じゃあ別の質問。今日一日、とうまはどこで誰と何をしていたのかな?」
「えと、そ、それは、えっと、その……そ、そう、つちみか――」
「女の人といっしょだったんだよね!」
「え。ど、どうして」
 上条は思いきり顔を引きつらせた。これではもう、インデックスの言うことが正しいと言っているのと同義である。
 しかしインデックスはなおも追及の手を緩めない。
「もちろん、とうまの体から女の人の匂いがしてるからだよ。しかも、全身くまなく。更に言うなら、顔の辺りの匂いが一番キツイかも。よっぽど長い間密着していないとここまで匂いが染みついたりはしないんだよ。そう、それこそずっと抱き合ってたって言うくらいにね」
「あ、あ……ず、ずいぶん嗅覚が優れてらっしゃるのですね、インデックスさん……」
「これ、どういうことなのかな? 答えて欲しいかも!」
「で、ですからそれはその、えっと……ご、ごめんなさいでし――」
 進退窮まった上条は、最終手段である土下座で全てを済ませようとした。
 しかし残念ながら、嫉妬に狂った女性を納得させられるほどこの技は万能ではない。
 当然の如く、インデックスも納得してはくれなかった。

「とうま、そんなことでごまかされるほど私は甘くないんだよ。さあ、素直に短髪とどこへ行って何をしていたか吐くといいんだよ! もちろん、短髪と抱き合ってた理由も含めて話すことを、私はお薦めするんだよ!」
 インデックスは歯をギラリと光らせると、じりじりと上条ににじり寄った。
「い、いいインデックス! お前なんでそれを……は! し、しまった!」
 上条はインデックスの誘導尋問に引っかかったことに気づき慌てて口を押さえたが、既に時遅し。
 怒りで顔を真っ赤にさせたインデックスは上条に飛びかかった。
「やっぱり短髪とデートだったんだね!! しかも二人で抱き合って!! 私をこもえに預けてそんなことするなんて、絶対に許さないんだよ、とうま!! 遺言は聞いてあげないけど、覚悟するんだよ!!」
「どわ――! 不幸、だ――――!!」

 結局、今日の上条の考察はインデックスの乱入によって中途半端なまま終わり、最後までなされることはなかった。
 けれどたった一つ。
 上条が美琴に対する自身の認識の変化を自覚し始めたこと、それだけは確かである。
 もちろん、それはまだほんの小さな自覚ではあるのだが。



 上条が同居人といつものような、いや、いつもよりほんの少しハードで愉快な夜を過ごしている頃、美琴は既に学生寮内の自室のベッドの中にいた。

 とはいうものの、
「ううぅ、お姉様……」
「やかましい! アンタはしばらく反省してなさい! 許して欲しいなら、いいって言うまで私に近づかない!」
「わかりましたわ……」
 頭から布団を被って外界と自分とを遮断し、近づこうとする白井に怒鳴りつける様子から判断するに、どう考えても安眠とはほど遠い状態であった。
 やはりデートの最後、美琴と上条のキスシーンに水を差した白井の行動は、彼女の逆鱗に触れる行為だったらしい。
「お姉様……」
 白井は小さくため息をつくと、とぼとぼと部屋から出て行った。



 白井が部屋から出ていく音を確認した美琴は、ようやく布団から出、ベッドの上に座り込んだ。
「馬鹿黒子。今回はちょっとやそっとじゃ許さないわよ、ほんとに……」
 そう呟いた美琴はそっと自分の体を抱きしめた。
「でも、アイツがあんなことをするなんて。どういうことなのかしら」
 美琴の脳裏に浮かんでいるのは、もちろんデートの最後に上条が取った行動である。

「あのとき、アイツから抱きしめてくれたのよね。あの馬鹿が、上条当麻が……」
 呟きながら自分を抱きしめる腕に美琴は力を込める。
 その途端、上条の体温や感触が美琴の脳裏を駆けめぐった。それと同時に美琴はビクリと体を震わせた。
「何、これ、どうして? でも……」
 腕をほどいた美琴はほんの少し顔を上げ、そっと目を閉じた。
「あれ、黒子が出てこなかったら、やっぱりそうなってたのよね」
 美琴は今度は上条とのキスを思いだした。それも思い出せる限り状況を何から何まで丁寧に、丁寧に。
「…………」
 美琴の呼吸が徐々に荒くなっていく。心なしか頬も朱く染まってきたようだ。
 唇を強く閉じた美琴は、閉じる目にも力を入れた。
「…………」
 そうするうちにも美琴の脳内では、上条とのキスの様子がリアルに再現されていった。
 しかも美琴はレベル5としての全演算能力を駆使して思い出しているため、彼女にとってはほぼ現実と変わらない再現度であった。

「…………」
 無意識のうちに、美琴はそっと人差し指を唇に近づけていた。
 その人差し指の動きは、美琴の脳内における上条の唇とまったく同じだった。

――あそこで、黒子の邪魔がなければ。私と、アイツは。

 美琴の脳内の上条と美琴の体が接触した。
 そして、
「…………!」
 脳内上条の唇が美琴に触れた瞬間、美琴の人差し指も美琴の唇に触れた。
 その途端、美琴は全身を高圧電流が駆けめぐったような衝撃を感じた。



「何よ、あれ……?」
 衝撃が治まった美琴は目を開け、荒い呼吸をつきながらベッドに両手をついた。
 ベッドに座り直した美琴は、もう一度唇に人差し指を当ててみる。
「あれ?」
 しかし体にはなんの変化もない。
 今度は体をぎゅっと抱きしめてみた。
 けれどやはり体にはなんの変化も見られない。

「…………」
 美琴は目を閉じ、再び上条とのキスシーンを思い浮かべながら人差し指で唇に触れた。
「…………!」
 すると今度は高圧電流が全身を駆けめぐった。

――もしかして、アイツだから? 上条当麻だから?

 美琴は目を閉じたまま、上条の顔を思い浮かべた。そしてそこから次々に上条との記憶を思い出していった。
 楽しい記憶、嬉しい記憶。もちろん他に辛い記憶もあるし、腹立たしい記憶だってある。
 けれど今ではそのどれもが美琴にとってかけがえのない大切な記憶、思い出だ。

――あれ?

 いつの間にか美琴は上条のことを思い出しながら唇に触れていた。
 しかし電流は流れない。
 今、唇から全身に伝わるのは電流ではなく、温かい何か。その何かが全身を優しく包み込んでくるようだった。
「やっぱり、アイツだから、だよね」
 美琴は唇から指を離し、携帯電話を取りだした。
 そのままデータフォルダから上条の写真を表示させ、じっと見つめる。

「かみじょう、とうま」
 そう呟いた瞬間、美琴の心臓がトクンと跳ねた。
「カミ、ジョウトウマ」
 今度は目を閉じ、携帯電話を胸に抱いてみた。すると心臓は先程より少し早く跳ねた。
 美琴は緊張のあまり乾燥した唇をほんの少し舐めると、徐々に鼓動を早めていく心音に合わせるかのように胸に抱いた携帯に力を込めた。
 そうする間にも美琴の脳内では先程思いだしていた上条との記憶が、まるで早回しの映画のように次々と再生されていっていた。
 それと共に美琴の心音もますます早くなり、呼吸も荒くなっていった。

「上条当麻」
 上条との記憶が今日のキスシーンにまで到達した時、美琴はもう一度上条の名を呟き、唇に指を当てた。

「…………!」
 今度は美琴は全身がぎゅうっと圧縮されるような感覚を覚えた。
 圧縮される先は心臓、心。
 美琴の細胞や想いが全て心という一点に集まるようだった。

「…………」
 美琴は体を圧縮させる不思議な何かを堪えるかのように、ぐっと唇を噛みしめた。
 その間にも美琴の全身の圧縮は進んでいった。
 そしてこれ以上ないというほど美琴の心に御坂美琴という存在の全てが集まった時、美琴は縋り付くように上条の姿を思い出した。

――上条当麻!

「…………!!」
 そのとき、美琴の心は一気に解放された。



「な、なんだったの、あれって……」
 心が解放された後、全身の力が抜けたかのような倦怠感を覚えながらベッドに深く腰を沈めた美琴は、携帯の写真を見た。
 その途端、美琴の顔は真っ赤に染まった。
「まさか」
 美琴は携帯を胸に当ててみた。
 するとそこからはほんのりと温かいものが流れ込んでくるようだった。
「上条当麻」
 なんとはなしに呟いた美琴の顔には、自然と笑みが浮かんでいた。
「…………」
 何度か瞬きをして、美琴は上条のことを考えてみた。
 それだけで、美琴の心は穏やかで、それでいて優しい気持ちになれた。

 美琴はそっと胸に手を当ててみた。
 心臓は早くもなく遅くもなく、非常に安定した速度で動いている。
 先程までの不安定さがまるで嘘のようだ。
 その落ち着きに合わせるかのように、顔の火照りも急速に治まっていった。

「今の気持ち、アイツのことを考えるのが嬉しい、気持ち。温かくて、優しい。この気持ち。嘘。でも、だとしたら、まさか……」
 美琴はゆっくりと息を吸い込み一瞬ぴたりと止めると、細く静かに吐いた。
「これ、これが、もしかして……す、き……好きってこと……!」
 そう呟いた途端、美琴の顔は再び真っ赤に染まった。
 同じく心臓の鼓動もその速度を速めていった。

「好き……。私は、アイツのことが……スキ……すき……好き――!」
 朱に染まった顔のままぎゅっと目を閉じた美琴は思わず体をかき抱き、言葉にならない声を上げた。
「ん――――!!」

 この瞬間、美琴は自身の中にあった不確かな感情が一つの、たった一つの想いから産み出されていたことを悟った。
 その想いとは――。



――みさかみことは……かみじょうとうまが……すき。



「ぅお姉さむぅあ――!!」
 突然、美琴の体に何かが覆い被さってきた。
「とうとうですのねお姉様! とうとう、とうとうこの黒子に、身も心も捧げて下さる気になったんですのね!!」
 もちろんその正体は白井黒子だ。
「だ――! いきなりなんなのよアンタは! そんなわけないでしょう! ああもう、くっつくなってのこの馬鹿! だいたいいつ部屋に戻ってきたのよアンタは!」
「今し方に決まってますでしょう! ついでに言うならお姉様に気づかれないよう、能力でちょちょいのちょいって音を立てないで入ってきただけ。けどそんなの些細なことですわ! さあお姉様、何を遠慮なさってるんですの! 勇気を出してお召し物を脱いで下さいまし! 今こそ、わたくしと真の愛の桃源郷へ踏み出すとき!」
「いい加減にしなさい! この変態淫乱馬鹿黒子!! 人が考え事してるの邪魔すんじゃないわよ!!」
「心配いりませんわ。二人の将来設計なら、わたくしもいっしょに考えて差し上げますから!」
「誰が考えてるか、そんなこと――――!!」
 テレポートで部屋の中に現れ、何かに取り憑かれたかのように美琴に体を擦り寄せる白井。そして必死の形相でそんな白井に抵抗する美琴。
 二人の戦いはこのあと三十分ほど続くことになる。

 この夜、美琴が就寝したのは零時を回ってからだったという。



 この日、一つの恋が芽生えた。

 そして、一つの恋が、始まった。



おしまい


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