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上条さんと美琴のいちゃいちゃSS/Equinox/Part05 - (2010/02/21 (日) 13:14:35) のソース

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#navi(上条さんと美琴のいちゃいちゃSS/Equinox)

永遠 If_tomorrow_comes.


 一二月二四日、クリスマスイブ。
 時刻は午後五時に差し掛かろうとしていた。
 美琴は終業式をつつがなく終えて差し入れがてらクリスマスに付き特別警戒強化中の風紀委員活動第一七七支部をのぞいてみたら、マニカーニのケーキを前にハイテンションな初春と風紀委員でもないのにお邪魔している佐天をのぞき、残る女性陣によるヤケクソな叫びと男性陣による悲哀がそこら中でこだましていた。クリスマスだというのにあれだけどんよりした集合体(パーティ)はそうそうお目にかかれないだろう。待ってくださいお姉様もご一緒にお茶でもいかがですかとすがりついてあまつさえ腰に手を回そうとする白井に蹴りを入れ、寮に戻ってきたのが午後三時すぎ。
 美琴は常盤台中学『学外』学生寮の二〇八号室で一人ぼけーっとベッドに座って枕を抱きしめると、いくつものため息を重ねては酒に酔った場末のサラリーマンのようにぶはーっと吐き出す。いつもなら一人でも街をぶらつく美琴だが、今日だけは外に出る気になれなかった。
「今日はクリスマスイブなんですけどー、何で私は一人で寮の部屋にいるのでしょうかー?、ってね。つか彼氏持ちでこの日を一人で迎えるなんてありえないでしょ普通は」
 上条の反応の薄さは今に始まったことではないし美琴もいい加減それは熟知している。しかし、だけど、それでも今日はクリスマスイブだ。二人にとって特別な日だと上条はわずかでも思わなかったのだろうか?
「こんな日に外に出てもカップルにあてられるだけだし、今からケーキ買ってきてやけ食いってのもねぇ」
 ベッドに背中から勢い良く倒れ込むと、美琴は枕を顔の前に高く掲げる。その表面にツンツン頭を思い浮かべてまず左右に、次は上下に引っ張った。最後に左手だけで枕を支えると右拳を岩よりも固く握り締めボフッ! とど真ん中に叩き込む。
「馬―――――――――――鹿……」
 最低最悪なクリスマスだ。
 彼女をほったらかしにしてあの馬鹿は今ごろどこで鼻の下を伸ばしているのだろう。あの黒髪ポニーテールと一緒なのか、それとも以前出会った二重まぶたの地味なピンクの女の子のところだろうか。はたまたあの小っこいシスターのところに『帰った』のかもしれない。
『とうまは何があっても、絶対に帰ってきてくれるんだから』
 頭の奥で彼女の揺らがぬ言葉を思い出し、美琴は枕をポイっと放り投げ、左手首で視界を覆って完全に塞ぐ。
 あの子はあんなにも上条を信頼している。
 自分の思いに手がつけられない今の美琴が同じ台詞を言えるだろうか。
「片思いって苦しいな……」
 その言葉を打ち消すように、美琴のスカートのポケットに入れた携帯電話が細かく振動する。どうやら誰かからクリスマス祝いのメールが送られてきたらしい。仲の良い友人同士でデコレーションに凝ったグリーティングメールを送ることは珍しくもないが、こんな日にわざわざ送ってくるなんてイヤミかそれともあてつけかと荒んだ心で美琴は携帯電話を引き抜き、カエル型の本体をパカッと開いて送信者を確認する。
 ―――上条当麻。
「……え? な、ちょ、何で今頃アイツから? うそでしょ?」
 美琴はベッドから勢い良く跳ね起き、両手でボタンを操作してメールの本文を開いた。『午後六時までにここへ来て欲しい』という簡素な文章と共にGPS認証用コードが添付されているのを確認し、地図を呼び出して位置を調べる。上条のメールが指し示す先は第七学区のやや外れたエリアで、美琴の寮からは歩いて四〇分以上かかる。
 美琴はハンガーにかけたピンクのマフラーを掴むと部屋のドアを突き破るように廊下へ飛び出し、階段を二段飛ばしで駆け下りてエントランスをくぐり抜け、寮の外へと飛び出した。
 冷たい北風が美琴の背中を押す。手にした携帯電話の画面を横目でちらちら確認しながら、美琴はメールが誘うその先へ。
 上条当麻が待つ場所へと走り出す。

 美琴は目の前に立つとんがった屋根のいかにもな建物を見上げる。現在時刻は午後五時五五分。
 雨の少ない地方にありがちな四角形のシルエットばかりが並ぶこの街ではひときわ異色の、黒い屋根の上にピンと背筋を伸ばした十字架が掲げられ、壁は白く、窓は四角い。まるでガイドブックに出てきそうな教会の姿をそのままに。
 美琴は『ここ』には初めて来るので幾度も道に迷った。上条が送ってきたコードと地図を何度も何度も確認して
「やっぱりここって教会よね。……アイツ、何考えてこんなところに人を呼び出したわけ?」
『まさかあの馬鹿と誰かの結婚式? 相手はひょっとしてあの女?』と弱気な幻想にぶんぶんと頭を振って出て行くよう促すと
「おー来た来た。寒みぃ中ご苦労さん。入れよ」
 脚立の上に乗って釘を三本口にくわえ、右手に金槌を持った上条が美琴に手を振った。上条の頭上には装飾された看板があり、流暢な英字の筆記体で『ようこそミサへ 救いの手を求める方に私達は扉を開けて待っています』と書かれている。
「……ここ、教会よね? こんなとこで何やんの?」
「何って……今日はクリスマスイブだから、ミサだけど?」
「ミサ?」
 ミサとは神の目の前で行う一種の儀式である。自らの罪を償い、神に栄光を捧げ、その場に集う人々と共にすべてを分かち合う。といっても内容はそこまでお固いものではない。福音書や黙示録など聖書の一節を朗読し、みんなで賛美歌を歌い、最後に神父様のありがたいお言葉を聞くと言った具合だ。クリスマスと言う時節柄、ミサに参列した幼い子供達にちょっとしたお菓子を配ったりする事もある。残念なことにこの教会では常駐の神父がいないため、現在は銀髪碧眼のシスターが例外的に教会を取り仕切っている。
「お前教会で鏡開きをやるとでも思ってんのか? ほれ、そろそろ始まっからさっさと中に入った入った」
 入り口は行き交う人々で賑わっているが、そこは教会らしく皆静かに微笑みざわめきも少ない。
「で、アンタはここで何やってたのよ?」
「ここの教会に知り合いがいんだよ。教会じゃ日曜ごとにミサ開いてんだけど、大掛かりなもんをやるのは今回が初めてらしくて飾り付けとか作んの手伝ってたんだ」
 天草式の奴も来てくれたんだけどあっちもあっちで忙しいからな、と上条が脚立のてっぺんで頭をポリポリとかく。
 ローマ正教は全世界に二〇億人の信者を抱えている。全世界の約半分近い人口が信者であると言う事実は、すなわち日本にも信者が存在するということである。信者数ではローマ正教に遠く及ばないが、もちろんイギリス清教にも日本人の信者が数多く存在する。宗教色をほぼ完全に払拭した学園都市だが、曾祖の代から十字教信者と言う学生もいるため一部宗派に限って学園都市内には教会の設置が認められている。年末年始に帰りそびれた生徒や教師向けに『初詣ほか日本的イベントのために営業する』神社仏閣が都市内に存在するのと同じ理由だ。上条と美琴がいるこの教会もそのうちの一つで、表向きは迷える子羊を救うために手を差し伸べるイギリス清教の傘、裏は『必要悪の教会』の学園都市内における拠点として活動している。必要悪の教会は魔術師の集団だが、他の魔術結社の横槍を防ぐため表向き全員が『聖職者』として登録されている。美琴が出会った神裂火織もそのうちの一人だ。
「アンタが一週間出かけてたのって……これ?」
「ああ。神裂と……えっと、お前がこの間会った長い日本刀持ってた奴な。これの手伝いの件で話してたんだよ。あとさ、お前神様がどうのこうのって言ってただろ? だったらちょうどいいから本格的なミサに誘おうと思ってな。ここなら俺の知り合いだらけだし、十字教徒じゃなくても門戸を広く開けてくれっから心配ねーだろ?」
「…………あの」
 ふと何かに気づいたらしく、上条は金槌を持った手で美琴の頭を指差し
「あれ? お前、髪の毛切っちまったのか? 綺麗だったのに」
「…………えっと」
「でも初めて会った頃みたいでそれもいいな。似合うぞ」
「…………だから私は…………」
 脚立の上で釘を打ち終わった上条が何の屈託もなくニカッと笑う。その笑顔に私のこの連日の苦悩は一体なんだったのよと脱力し『中で待ってるから』と一言だけ告げて、美琴は木製の大きく黒くて重たい扉をくぐり抜けた。
 聖堂の中は美琴が想像していたより広く、三人がけの参列者席が左右に一二基ずつ設置されている。参列者席を挟んで開けられた通路は美琴が両手を広げたよりも幅があり、ここに赤い絨毯を敷けばそのまま結婚式も行えそうだ。
 通路の先の壁にはステンドグラス、その下は二段に重ねられた祭壇のようなものが設えられている。右手には鳴らせるのかどうかはわからないがパイプオルガンらしきものがあった。なるほど、これは規模こそ小さいものの立派な教会だと頷いて美琴は空席を探す。日本人は謙虚なのか目立つことを嫌うのか最前列がポッカリと空いていたので、美琴は周囲を見回し自分のほかに誰も座らなさそうなことを確認すると小さな声で『お邪魔します』と呟いて参列者席の真ん中に腰を落とす。
 十字教徒ではない美琴にとって、ここは敵地(アウェイ)のように感じられる。しかも上条は『ここに知り合いがいる』と言っていた。さっきから教会関係者と思しき人々はシスターさんとかシスターさんとかシスターさんとかやたら女性しか見あたらないのだがまさか全員上条の知り合いなのだろうか?
「……うっす」
 気配を感じて右側を振り向くと、ちょうど上条が美琴の隣に座ろうとしているところだった。そろそろミサが始まることを気遣って、足音を殺して歩いてきたらしい。
「……それで、アンタの知り合いって誰?」
 美琴が上条の耳に手を当てて小さな声で尋ねると
「お前も知ってる奴だよ。まあ見てろ、お前絶対驚くから」
 同じく耳打ちで返ってきた。耳たぶにかかる上条の息が少しくすぐったい。
 午後六時の鐘の音とともに聖堂の中のざわめきがピタリと静まり返る。同時に祭壇の左手から現れた人物を見て美琴は息を飲んだ。純白の布地に金糸の刺繍をあしらい、要所要所に大きな安全ピンをつけた修道服を身に纏う小柄なシスターは、小脇に聖書を抱えて祭壇の中央へちょこちょこと歩いていく。彼女はピタ、と足を止め参列者席に向かって一礼すると
「みなさん、クリスマスのミサへようこそ」
 純白のシスター―――インデックスは野に咲く可憐な花のように微笑んで参列者全員を迎え入れた。

 参列客が帰って誰もいなくなった聖堂で一番前の席に並んで座り、美琴は右隣で大きく伸びをしている上条に向かって
「クリスマスミサって初めて参加したけど、十字教徒でもないのに何だか身が引き締まる思いね。それ以前にアンタが信者だとは思わなかったわ」
「あん? 違えよ、単にこっち系の知り合いがいるってだけで俺は宗教関係者でも何でもねえぞ」
 勘違いすんなよ? とどこか拗ねたような目で上条は美琴を見ている。昔何か宗教がらみでひどい目にでもあったのだろうか。
「でも私をミサに呼んだじゃない? ……ちょっと変わってるけど、これってデート……なの?」
「デート? はあ……何言ってんだお前? クリスマスイブはわーっと飯食って、クリスマス当日はおとなしくするのが世界共通みたいなもんじゃねーの?」
 少なくともインデックスはそう言ってたぞ? と上条は口を尖らせる。
「……アンタが鈍いのは今更だけど、イブの日に彼女ほったらかしってどういう事なのよ! ふっ、普通は、デートしたり一緒にいたり……その……だから」
 意志に反して美琴の語尾が濁っていく。一四歳の美琴には、言いたくても口に出せないことは山ほどある。
「御坂……」
 上条当麻は知っている。
 イギリス清教の奇天烈な日本語を使う最大主教だのローマ正教の前や後ろや右や左に所属する神の右席だのロシア成教からやってきた神の力を司る拘束具付き天使だのと知りあってしまったおかげで美琴が口にするクリスマスの過ごし方はイレギュラーなものだと言うことを。
「今からでも遅くない。お前も神様がどうとか口にするならインデックスのところに行って少し勉強した方が良いぞ? 俺も神裂に言われてさ、失礼がないようにこうやって」
 ほらほら見てみろ御坂と上条は得意そうに携帯電話を取り出し、アプリ画面を呼び出すと
「じゃーん。『失礼にならないワンポイントマナー講座・宗教編』をダウンロードしたんだ。今日はたくさんお客が来っから俺もこれでちっとは勉強したんだぜ?」
 美琴はうんうんそうなんだえらいわねと小さな子供の頑張りを優しく見守る母親のように柔らかく微笑んで
「アー、ンー、ター、はー……そんなもん勉強する前に少しは彼女に対するマナーを覚えろこのクソ馬鹿っ!」
「ぐはぁっ!?」
 冷たくスワったままの目で電撃(ビリビリ)入りのグーを上条の頭頂部に向かって垂直に叩き込んだ。
 実にバイオレンスなプレゼントだった。
「お前デートに行きたいなら最初っからそう言えよ…………」
 コブができた頭頂部を涙目と共にさすりながら、上条は聖堂の参列者席に腰掛けたままうずくまった。時折痛い痛いと言う呟きも聞こえてくる。
「あ、あ、アンタから誘ってくれたって良いじゃない」
「だって俺、今日がそういう日だなんて知らねーぞ?」
 上条も本当に今日が『そういう日』だと知らないわけではないが、赤髪の神父に日本人は降誕祭を何だと思っているんだなどと差別的に言われたりポニーテールの女教皇様にクリスマスにデートなどとたるんでいます上条当麻と厳しく諭されたり銀髪碧眼のシスターからローマ正教とイギリス清教におけるクリスマスの扱いの違いなどをそれっぽく聞かされたりするともしかして自分の常識は間違ってるんじゃないだろうかと疑ってしまう。
 人間、朱に交われば赤くなるのだ。
「デートの話はまた今度な。どうせこの冬休みは補習ばっかだし。もういっそ補習デートにでもすっか?」
「それのどこがデートなのよっ! 最終的に女ほったらかしで補習なんて中世ヨーロッパ並の……」
「あーはいはいその話は前にも聞いたから。ところで」
 上条は指を伸ばしてシャギーの入った美琴の茶色い毛先をつまみ、軽く弄びながら
「何で髪の毛切っちまったんだ? お前新しい何とかに挑戦するとかって言ってなかったっけ?」
 何とかじゃないわよ、と美琴は苦く笑って
「気分転換って奴? 髪はまた伸ばせばいいし、これはこれですっきりしたわ」
「ふーん? ……ま、お前が良いって言うならそれで良いけどな」
 ―――この髪だってアンタのせいで切ったんだけど。
 美琴は彼氏に一言物申したい気持ちを押しとどめ、ふと思い出したように
「そういやアンタ、この髪型見たとき『初めて会ったときみたい』って言ってたわよね。……私に初めて会ったとき、アンタは私のことどう思ったの?」
「うーん……変な奴、とか口の聞き方も知らない生意気な奴、かな」
「…………やっぱそうよね」
 言われるだろうと思ってみても実際に口にされるとそれなりにきつい。上条の中に美琴への苦手意識が残る限り二人の距離は埋められないのかと唇を少し噛みしめて、美琴は上条に気づかれないよう重い息を吐いた。
 もっと早く、自分の気持ちに気づけばよかった。上条の生死の瀬戸際を突きつけられて、ようやくそこで心の中に埋れていた何かに気づくようでは遅すぎる。物分かりの良い彼女の座は、あの頃の自分が残した過ちの代償なのか。
「上条当麻、そろそろ鍵を閉めますから外へ――――?」
 大きく黒くて重たい聖堂の扉を押し開けて、ウェスタンルックサムライガールこと神裂火織が最後列から最前列に座る二人に向かってよく通る声で退出を促す。
「あ、悪りぃ神裂。ちっと話し込んでたもんだから。もう出るよ」
 美琴はそこにいるのが先日上条の隣にいた女性と気づき、いやー悪りぃ悪りぃと二列に分かれた参列者席の間の通路を歩いて聖堂の外へ出ようとする上条の襟をむんずと掴んで
「……あの人アンタの何?」
 心の中で渦を巻く不機嫌さを抑えきれず上条に詰め寄る。
「何って言われても知り合いだけど? 神裂はあんなカッコしてっけど一応シスター、いや女教皇様だからこの場合は違うのか? おーい神裂ー、この場合どうなんだ?」
「……………………えーっと?」
 今日のミサに現れて、壇上で聖書をひもときながらそれっぽくありがたいお話をしていたインデックスについてはまだ認められた。あの子修道服着てたけどホントにシスターだったんだと、認識の中にある食欲旺盛ぶりからは想像もできない敬虔かつ荘厳なインデックスの姿に美琴は少なからず感動を覚えた。
 しかし、しかしだ。
 ちょっと待って欲しい。
 自らの長身を超えるほどの日本刀を腰に差してジーパンの片方の裾を根元近くまでぶった切って美しく流れる黒髪を無造作に縛り上げてヘソ出しルックの大股でつかつかと歩いてくる目の前の巨乳女が聖職者だなんて。
 自分に向けられる割と失礼な視線に気づいた神裂が反論の口を開こうとして
「神裂、片付けの方は手伝わなくていいんだよな? 全く土御門の奴はどこへ行ったんだよ。アイツがいれば俺は今日まで手伝いしなくて済んだんだろうに」
 上条が神裂と美琴の言葉をまとめて遮るように口を挟んだ。神裂は割と申し訳なさそうに謝罪と謝辞を述べつつ
「土御門にも事情がありますから。……ところであなたの後ろにいるそちらの女性はどなたですか? 見たところ科学側の人間のようですがお友達ですか? 確か以前にわだつみでお会いしたような……?」
 わだつみって何だろうと美琴が考えていると、上条が二人の間に割って入り
「わーわーわーその話は良いから! ……えっと、コイツは御坂美琴。俺の彼女だけど?」
「…………………………………………………………え?」
 思考するよりも、検討するよりも、理解するよりも早く。
 驚きの声は美琴からではなく、神裂の口から発せられた。
「あのな、俺に彼女がいんのがそんなに珍しいのかよ?」
 美琴の前に立ちふさがって神裂と向かい合う上条が、『俺の日本語は同じ日本人にも通用しなくなったんでしょうか』とでも言いたげにふてくされた調子で肩をすくめる。
 上条の鈍さは筋金入りと言うことを再確認して、美琴は何だか泣きたくなった。上条の肩ごしに間近で神裂の顔を見る美琴でも、神裂の表情が何を意味しているか読み取れたというのに。
「い、いえ、そんなことはありませんが……そうですかあなたに彼女ですか……」
 神裂は驚愕に開かれた口元を掌で隠しつつ確か前にお会いしたときは従妹君だったような気がするのですがこれは五和に知られないようにしないといけませんねと早口でぶつぶつつぶやきながら
「ごゆっくり……」
「…………………………………………………………え?」
 衝撃のあまり扉の鍵をかけることも忘れいつもなら絶対言わない言葉を残してそそくさと立ち去る神裂の後ろ姿を美琴と上条が見送って、二人揃って最後の発言が理解できずに声を合わせて立ち尽くした。
 よくわからないが聖堂の扉の鍵がかかるのは後回しになったらしい。
 美琴は上条と並んで参列者席にもう一度腰を降ろし、話の続きを始めた。
「一つ確認するけど。……アンタ、さっき私のこと『彼女』って紹介してくれたわよね?」
「しちゃいけなかったのか? 前にも聞いたと思うんだが」
「いや……あの……えっと……いけないとかじゃなくて」
 美琴は下を向いて上条の顔を極力見ないように意識してみるが、顔の緩みは止まらない。ここ何日か放ったらかしにされたことを全部帳消しにしてしまうくらい嬉しくてたまらない。
 上条の知り合いと言っても相手は女性。そこで『彼女』と紹介されたら。
(うわー、どうしよう)
 美琴はここに来るまで自分のことを世界で一番不幸な『彼女』だと思っていた。『彼氏』は自分を好きなのかはっきりしないし反応は薄いし鈍いしおまけに上条の隣には次から次へと日替わりで女の子は現れる。
 それでも神様は美琴のところに、最後にクリスマスプレゼントを届けてくれた。
(ホント安いなぁ、私。こんなことくらいで喜んじゃってさ。こんなの恋人同士だったら当たり前じゃない)
 その当たり前のことがたまらなく嬉しい。上条の『本命』に一歩近づいたような気がして、美琴はうつむきながら幸せを噛みしめた。
「ああそうだ。こないだお前が怒ってたから有耶無耶になっちゃったけどクリスマスのプレゼント」
 上条はちょいちょいと美琴をつついて顔を上げさせ、自分のポケットの中に右手を突っ込むと、中からよれよれのリボンがかかった小さな箱を取り出して美琴の目の前にかざす。
「……これ何?」
「ない知恵絞って俺が選んだクリスマスプレゼント。お前はいらないって言ってたけど、セーターとマフラーのお礼を兼ねて、な」
 上条は美琴の右手首をやや強引に掴むと、小さな掌の中に小箱を落とした。
「メリークリスマス」
 美琴は掌の中の小箱を凝視し、次にぎこちなく上条の顔を見上げて
「……開けてみても良い?」
「開けねえと中身が何だかわかんねーだろが」
 美琴はポケットの中で押しつぶされてくしゃくしゃになったリボンを解き、包装紙を破かないようにゆっくり広げてリボンと一緒に小さく畳み、携帯電話を開く時のように小箱の蓋を縦に開く。中に入っていたのは皮膚を痛めぬよう丸められたクリップみたいな金具に短い鎖が付き、その鎖の先に小さなオープンハートのついた
「……イヤリングよね? これって」
 全体的に銀色に輝いているが材質は銀ではないだろう。箱の中で二つ揃えてしまわれたそれを見て
「くれるの?」
「何で他人にやるプレゼントをお前にわざわざ見せんだよ。疑り深いな。気に食わなかったんなら……」
「う、ううん! 違う違う違うから! ありがとう。……大事にする」
 箱の蓋をパチンと閉じて両掌の中に包むと小箱を胸の前に引き寄せ、美琴は上条を見た。
「よく考えたらお前校則で私服着れないからそれをつける機会もあんまりないと思うけどよ、彼氏一年生なんで大目に見てくれ。次の機会があったらその時はもう少しましなもんを贈るからさ」
「……これでも上出来だと思うけどな。私は」
 美琴はブレザーのポケットに小箱を納めると恐る恐る両腕を伸ばし、おっかなびっくり上条を抱きしめる。
 ここは美琴の、美琴だけの居場所。
 胸板の向こうにある上条の心臓に向かって
「……メリークリスマス」
「メリークリスマス、御坂」
 小さな子供をあやすように、上条の両腕が美琴の背中に回された。
 雪は降らなかったけれど、今日はクリスマスイブ。上条と手をつないで街を歩くという美琴の『恋人らしい』小さな願いは帰り道でかなえられるだろう。
 美琴の心の中で、二人が肩を並べて歩く遠い未来の姿は浮かばない。美琴と『友達以上恋人未満』の上条との間に永遠はないのかもしれない。美琴が歩こうとする道は苦しくて険しくて一本道ではないし、何度も足がすくんでしまうかもしれない。そして欲張りでわがままな美琴の、恋のゴールはまだ見えない。
 けれど上条の心のドアを叩いて、今日と言う日を何回も重ねて、明日と言う日を手繰り寄せて、いつか永遠にたどり着きたい。
 ―――二人の間に明日があるなら。

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