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上条さんと美琴のいちゃいちゃSS/fortissimo/Part07 - (2010/05/09 (日) 09:02:42) のソース

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#navi(上条さんと美琴のいちゃいちゃSS/fortissimo)

とある恋人の夏物語


 上条と美琴は学園都市では大変な有名人だ。入学式での公演の影響で、学園都市では超大型の有名人として扱われ、人通りが多い場所を歩けば必ずと言っていいほど誰かに声をかけられ、店に入れば店員から宣伝としてサインなどを求められたりと家の外ではゆっくりすることが出来ない。
 ならば引きこもっていれば、と考えたりもしたいが学生の身分であった二人は、引きこもるのはサボることであり学校側もその程度では休みだと認めてくれるわけはない。ましてや上条は今年から受験生であり、魔術がらみで学校を休み出席日数が危なくなるのは二年間の経験で予想できた。なので病気や入院ならまだしも有名人だからと言う理由で休むことなどできはしなかった。
 対して美琴は上条の通う高校であれば、出席日数など成績でカバーできるほどの力を持っていた。さらに超能力者の地位の力を持ってすれば、高校生活などかなりサボっても卒業できるほどの力を持っていたので、学校に出席することは地位の力を使えば重要ではなかった。しかし自分でこの高校を選び、入学したからには行かなければならない義務のようなものが美琴の中にはあった。それに自分だけ家に引きこもってもつまらないし、それぐらいで引くほど美琴は柔には出来ていない。
 結果として、家に引きこもる選択肢をとらず普通の学生として普通の学生生活を送ろうとしたが、有名人の立場である二人は普通の生活を送るのは無理であった。なので結局、有名人扱いが収まる間は二人は満足な学生生活を送れなかった。
 しかし有名人の扱いは、5月が近くなるにつれ収まりはじめゴールデンウィーク前日ではやっとゆっくりと買い物が出来るほどまで収まった。そしてやっとゆっくりと遊ぶことが出来るゴールデンウィークに突入………と思った矢先、上条は前日の夜に魔術がらみで『外』へ行ってしまい、翌日になって怪我で入院にしてしまった。これによりゆっくり出来るはずのゴールデンウィークは上条の看病で終わってしまい、旅行はおろか出かけることも出来なかった。
 しかし幸いなことに有名人の扱いがほとんどなくなり始めたゴールデンウィーク以降は、放課後や休日を利用して街で遊ぶなど普通の学生生活、普通の恋人のデートなど普通の生活を送ることが出来た。そして、梅雨の季節の六月になってからはただの学生としての普通の生活を学園都市で満喫することが可能になった。
 朝から一緒に登校して、昼には美琴が作った弁当を一緒に食べて、帰りは一緒に下校する。過去にそんな夢物語を描いていた美琴であったが、それが本当に実現してしまった同じ高校での学生生活は、二人からすれば幸せな時間にあてはまった。
 それでも毎回のように起きてしまう、上条の不幸な出来事と魔術がらみで『外』へと出て怪我をして帰ってくることは、彼女である美琴からすれば、辛かったり苦しかったりするので両方ともなしにして欲しいのが本音だ。しかしこれらは上条が元から持っているものであったので、今更願ったところで回避するのは不可能だ。それに美琴もこれらを回避できないことをわかっていた。がそのせいで病院に入院したり、怪我をしたりするのは一番やめて欲しかった。
 だが、そんな楽しさと苦しさを繰り返す日々はあっという間に過ぎ去ってしまい、慣れ初めであった高校生活の一学期は終わりを迎えた。学生たちは夏休みに突入し、今度は休みの時間を存分に満喫していた。
 そして今日、8月12日。この日は二人が待ちに待ち焦がれた最高のイベントがある日であった。
「えへへ、やっと当麻と旅行に行けるね。私、ずっと楽しみにしてたんだから」
「そうだな。上条さんは様々な不幸のせいで、ゴールデンウィークも連休も見事に潰されましたからね。ははは、やっと上条さんは幸せですと言えるのですね」
「そうよ。なんて言ったって、あなたの将来の妻の私が行くんだから当然よ♪」

 電車の窓には学園都市では見ることが出来ない本物の海が広大に広がっている。青い空と白い雲が鏡のように海に映されている光景を見るのは、記憶の中では二度目となるが、二度目であっても海の美しい光景には上条も目を奪われ窓の外の光景に釘付けになった。
 しかしそれと同じ、いやそれよりも美しいと思える隣の自称、妻の方が美しいと思ったが、あえて口にはせずに外の光景を眺め続けた。そして少しばかり態度を変えてみたらどう反応するのか、少し気になったので上条は窓の外を向きながら
「はいはい美琴たん、萌え」
 と興味なさそうに答えてみた。すると美琴はむっと頬を膨らませて、不機嫌だと上条に示したが横目で見ただけにとどめ、もう一度窓の外の光景を見た。
「なんで棒読みなのよ。嬉しいくせに」
「そうですね。上条さんは幸せですね~ハハハ」
「また棒読みで! まったく当麻………………ハ、ハ~ン♪」
 窓を見ながら感情のこもっていない棒読みを繰り返すこと二度目で、美琴は何かを察したのかニヤリと笑ったが、上条は外を見ていたので気づかずにいた。すると、美琴は何も気づいていない上条の頬を指でぐりぐりと押し付けた。
「お、おい…」
「当麻は大好きな美琴さんと遊んで欲しかったんだよね~? だからわざと棒読みで答えたのよね~」
「何だよそれ。んなわけ」
「あるわよね~隠しても無駄よ、と・う・ま」
 全てをお見通しよと笑うと、美琴は上条と唇をぶつけた。そしてえへへと幸せそうに笑う顔を見せられて、上条を両手を挙げて降参と苦笑いした。
「………やっぱりわかりますでせうか?」
 当然でしょ、とまたニッコリ笑うと、美琴は上条の右腕に抱きつくと指を絡める恋人つなぎで手を繋いだ。上条は、空いている左手で幸せそうに笑っている美琴の頭を優しく撫でると、今度は上条から美琴にキスをした。
「愛してる…ってここで言えばいいんですよね、姫?」
「そうよ。当麻もわかってるじゃない」
「伊達に中学時代の美琴からの教育にめげなかった上条さんですよ? これぐらいでへこたれていたら、とっくに挫折してますよ。それに俺も美琴には喜んで欲しいしな」
「えへへへへ、私も同じだよ。だから楽しい旅行にしようね♪」
 すっかりとラブラブな雰囲気をむんむんに出していた二人は、電車内には二人以外にもたくさんの人が乗っていることが、そんなことは無視だ。逆に他の人からすれば、上条と美琴の席には近づきがたいので迷惑であった。しかしそれも知らない天然ラブな二人は、一緒に窓の外を見ながら握っていた手に力を込めた。
「とりあえずは海ですな。場所もそれなりのところだし泳げるんじゃないか?」
「そうね。でも私たちは有名人だし、人ごみは避けないと厄介よね。こんなところまで来て、色々といわれるのは疲れるわ」
「それもそうだな。それに俺の愛しの美琴たんが他の男に見られるのなんて、想像しただけで涙が出そうです」
「私だって、愛しの当麻が他の女に連れて行かれるのなんてごめんだわ。もしそうなったら、その女をやっちゃうかも」
「美琴、冗談でもそういうのはやめてくれ。お前が言うと冗談に聞こえん」
「だったら、ちゃんと私の手を離さないでね。ダーリン♪」
 そして電車は上条にとっては二度目、美琴には初めてとなる神奈川県の某海岸へと向けて走り続けた。

 海の家『わだつみ』。今回も泊まることになったのはこの場所であった。
 泊まる場所としても悪くなく、以前一度来たことがある場所であったため上条には都合がいいが、以前は『御使堕し』のことがあったので、来たくて来た場所とは言えない。しかし今回、この場所に来てしまったのには理由がある。その理由とは、入学式での一件であった。
 入学式でのことは学園都市のみならず、『外』にも大きな話題、学園都市を代表する男女カップルであると『外』の人々の記憶に残っている。しかもあの場には『外』から来た人たちも大勢いたので、翌日になって二人のことを新聞やテレビなどで情報を広めることなどメディアの人間からしてみれば造作もないこと。さらに、学園都市側も一部のことを除き認めていたことなので、情報の伝達を防ぐことなど出来ず、今では学園都市を出れば『学園都市の有名カップル』として扱われることとなった。
 そのおかげで、『外』へ出ようにも人が少なく自分たちの正体がばれにくい場所に限られてしまい、結果として小萌先生が知る中ではこの『わだつみ』が良いという結果となった。
「はぁー、ここまで来るのにこんな苦労をするなんて」
「それは当麻のせいでしょ。当麻が別の女にフラグを立てたから、ここまで来るのに何時間もかかっちゃったじゃない」
「反省してます。でも上条さんだってわざと女の人を助けたりしたわけじゃないんですよ」
「……………」
「ごめんなさい。謝りますから身体からビリビリさせている青い輝きを消していただけないでしょうか!?」
「まったく。馬鹿当麻」
 上条は、一秒以内に美琴の前ですでに慣れきってしまった土下座をした。美琴ははぁーとため息をつくと、青い輝きを引っ込めて土下座は相変わらずね、と額を抑えた。
「私と言う妻がいながら、女に鼻の下ばかり伸ばして! そのフラグ体質、どうにかならないかしらね」
「上条さんも美琴さんと付き合い始めて、このフラグ体質の不便さを感じ始めましたが多分、無理でしょうな……不幸だ」
 今更であるが、上条は自分のフラグ体質を自覚して、それがどれだけ彼女こと妻に苦労をかけることなのかを最近になってようやく知った。といっても、知ったところでこのフラグ体質は治るはずもなく、今ではフラグ体質は美琴の怒りを買ってしまうので、不幸体質と同じような扱いだった。そして、そのフラグ体質と不幸体質が織りなした不幸な道中のことを思い出して、上条はため息をついた。
 『わだつみ』に向かう道中で上条は女性を助け、その女性にフラグを立てて嫉妬している美琴に怒られる。それがひとまず終わったと思ったら、今度は上条の不幸で自分たちの名前がばれてしまい追いかけられ、逃げ切ったと思ったらまたフラグを立て……と、何度もそれを繰り返してこの『わだつみ』に来た。
 それに振り回されたおかげで、上条と美琴は苦労をしなくてもいい苦労をさせられ、部屋に着いたのと同時に荷物を壁に寄せて壁に寄りかかった。まだ時間は十一時を過ぎたあたりだと言うのに、もう二人は心身ともに疲れきっていた。しかし一泊二日であったので、予定はしっかりとこなさなければならない。
「とりあえず、どこかに食べに行かないか? 泳ぐのはその後で十分だろう」
「そうね。早めに食べておいて、午後は当麻と二人でゆっくりしたいものだわ」
 疲れてしまった美琴は甘える力を失くしてしまったのか、友人に答えるような言い方であった。だが疲れていたのは上条も同じ。なのでお互い、友人と話すような話し方をしても気に止めたりはしなかった。

「それよりも、ここの人と当麻って知り合いだったんだ」
「ああ。あの店主さんとは以前会ってるからな。……顔を覚えられていたことには驚いたけどな」
 もしかしたら有名人だからかもな、と思ったがあの店主はその話題には触れず、以前来た時と同じ反応をしていた。どちらかと言えば、麻黄と呼ばれていた男の方が、上条たちのことに反応を示していたように見えた。
 以前のことを覚えていたのか、入学式のことで覚えていたのかよくわからないが、とりあえず有名人扱いを受けずに話せたことに安心はした。もっとも、次に会った時は別の対応をされるかもしれないが。
「ということは、ここが入れ替わりがあった場所?」
「ああ、『御使堕し』が起きた場所だ」
 『御使堕し』あまり思い出したくない話題ではあるが、確かにこの場所で『御使堕し』に巻き込まれた。そして最後は土御門と神裂の協力で、『御使堕し』の発動を回避することが出来た。
「ふ~ん。でもこの場所自体は普通よね。詳しくは聞いてないから知らないけどさ、入れ替わりとこの『わだつみ』って関係あるの?」
「特にはないな。ここは普通の海の家だから、『御使堕し』とは何も関係してねえよ。それに関係してたらここに来ることは俺は反対してたし」
「それもそうね。そんな物騒な場所に私を連れて来るほど、当麻もダメな人間じゃないものね」
「ダメってどういう意味だよ、ダメって」
 そのままの意味よ、と小ばかにした笑みを見せると、美琴は端の寄せた自分のカバンを開いて中からいくつか小物を取り出した。それを見て、上条は自分の持ってきた荷物と美琴の持ってきた荷物を比べてみる。どちらの方が大きいのかは目で見てもわかるほど、女の美琴の方が自分よりも大きく重そうだ。
「ったく。なんでそんなに重い荷物を持ってきてるんだよ」
「女の子はオシャレに気を使うものなの。それに海に行く時のためのものがたくさん入ってるのよ」
 些細な疑問に、美琴はなんてことなく答える。だが男の上条は女の美琴のオシャレと海が、どうやってこの大きな荷物を生み出したのか、さらに疑問は大きくなるばかりだ。
「そんなもんなのか? 水着やタオルだけで十分じゃないのか?」
「当麻はそういった知識には乏しいのね。でも、なんだか乏しい方が当麻らしくていいかも」
 馬鹿にされた気がした言い方ではあったが、美琴の言ったことが正論であったような気がしてならない。多少は乙女心のことを美琴から教わり学んで上条だからこそ、過去の自分を指す言い方に棘があることに気づいた。言い返そうにもいい言葉が思いつかなかった上条は、うるせえと言ってそれ以上は何も言えなかった。
「さてと、準備はこれぐらいにして……んじゃ、ご飯食べに行きましょう」
「へいへい……行きましょうかね、御坂さん」
 上条はあえて昔の呼び名で呼んで、部屋の戸を開けて先に廊下へと出た。その時、美琴は何かを言っていたが、聞いたら面倒そうだったので聞き流した。

 お嬢様の美琴が昼食をとると言うと高級な店に入るイメージがあるかもしれないが、それは大きな間違いだ。
 確かに未だにお嬢様であることは変わらず、月に何十万の奨学金を貰っている超能力者であるのには変化はないが、食べるものは一般的な学生と変わらない。というよりも、上条との生活で一般的な庶民の暮らしに慣れてしまった美琴には、高級な品の価値が最近になって理解できるようになったのだ。
 そのためか、以前に比べて高級な品を買うことはなくなり、無駄な買い物がなくなった。だが皮肉なことであるが、これは無能力者で貧乏な生活を送っていた上条の自然な入れ知恵である。
「ところで、なんで街まで来たんだ? 別にあそこでも飯を食うだけなら問題なかったんじゃ」
「まあ、街を歩けば不幸にあってしまう私たちなら、あの『わだつみ』って場所で食べればよかったんだけど、ちょっと食後の運動に街も見ておきたくってね。それにご飯食べた後に海で泳ぐのって、体に悪いでしょ?」
「そうだな。元気にはしゃぎ過ぎて吐くなってことはしたく、いてっ!」
「デリカシーがないのは、いつになっても相変わらずね。そういう下品なことは女の子の前で言うもんじゃないわよ」
 昼食は適当に目に付いた定食屋で取り、腹もたまった二人は街を歩きながらそんな会話をしていた。もちろん、上条の右手には美琴がぴったりとくっついていて、誰から見ても仲の良いカップルをしている。だがこの場で二人が出来るのはそれまでだ。それ以上、例えば唇同士のキスなどは目立ってしまうことが必至だったので、人通りが多い街の中では出来なかった。
「それにしても不便ね。自由に歩きたくても、人が多い場所を避けないといけないなんて」
「仕方ないだろう。能力者であることは隠さないといけないし、俺たちは有名人みたいなんだから」
「わかってるけど……やっぱり不便よ」
 さらに制限されていたのは人が集まっている場所、人が多い場所にはなるべく近づかないようにしなければならない。これは有名人であり学園都市の人間である二人からすれば、学園都市内部にも関わるほどの問題になってしまう可能性もあったので、気をつけなければならない。そのため、二人はなるべく人通りが少ない場所を歩き、目立たないようにしなければならなかった。
 しかし隠れながら歩いているようでは、楽しもうにも楽しめない。なので二人は人が多い場所と過剰な行動だけを取らない様にして、後はいつも通りに歩き回っていた。

「でも、こうやって歩けるだけいいだろう。それに小さい街じゃないんだから、歩き回ってれば何か見つかるかもしれないぜ」
「……それもそうね。うじうじしてるなんて、私らしくないわ」
 だな、と相槌を打つと上条は美琴の頭を優しく撫でてあげた。それに幸せそうな笑みで返すと、美琴は上条の頬をキスをした。
「おいおい。それって目立つんじゃないんせうか?」
「大丈夫よ。今ここには人通りが少ないのは見ておいたし、一瞬だけならなんとでもなるわよ」
 計算してのキスだったのかよ、と思ったが口には出さず、そのまま頭を撫で続けることで答えた。しばらくして撫でていた手を頭から離すと、上条は周りを見渡して見た。周りにはそれなりに人通りがあったが、こちらを見てくる熱心な視線はない。時々こちらを見てくる視線はいくつかあったが、それも長くは持たず道を歩く者たちは皆、自分たちの行くべき場所へと歩いていく。その中には上条と美琴であると理解する視線は存在しなかった。
 上条は自分たちを見ている視線がないことに安堵すると、行くかと言って彷徨わせた視線を美琴の顔に向けた。それに美琴は頷くと上条と共に歩き始めたが、ここで美琴はあることに気づいた。
「それで、どこか行くあてでもあるの?」
「……………」
 以前もここに来たことのある上条であったが、どの店が美琴の好みかはいまいちわからなかったのが本音であった。なので訊かれてしまってはどう答えればいいか、どの店が好みなのかわからず上条は黙り込んでしまった。それを見ていた美琴は仕方ないわね、とため息をついた。
「適当に歩きましょう。それで何かあったら、そこに入ればいいわよ」
「………かっこ悪い、上条さん」
「そんな落ち込むことかしら? ここは私も当麻も知らない場所なんだし、仕方ないと思うんだけど」
「そういう意味じゃありませんよ、美琴さん」
 上条がかっこ悪いと思ったのは、男らしくリードできなかったことにあった。これは上条が美琴をリードして、男らしいところを見せようと思った小さなかっこつけであり、上条が美琴から学んだ女心や土御門兄妹から教わったことでもない。ただ不意に、思ってやってみたくなった気持ちが生み出した些細なことだ。しかし些細なことであっても、出来なかったことは認めたくないがかっこ悪いと思えた。
 上条は自分のかっこ悪さへの自己嫌悪から、はぁーと重たい息を吐くとがくっと肩を落とした。
「なんだかよくわからないけど、当麻もわからないようだし適当に回ってみない?」
「そうですね…それがいいでしょう」
「?………なんでネガティブなの?」
 別に、と言って上条は美琴の手を引きながら歩いていく。複雑な上条の男心を理解できていなかった美琴は首、をかしげながらその手に引かれていくだけであった。

 『わだつみ』の自室には上条と美琴がぐったりと転がっていた。結局、あの後また不幸な目にあってしまった二人は、また新たな疲れを抱えながらここまで帰ってきたのだが、心身共にそろそろ限界であった。
「美琴さ~ん、上条さんは今すぐに寝たいんですけどいかがでせうか?」
 上条は大の字でねっころがりながら、顔だけ美琴の方へ向けた。対する美琴は壁に寄りかかって、ぐったりとしながら上条を見つめ返していた。
「………………………………ダメ」
「今、いいかもって思っただろう」
 上条は横目で美琴の顔を見つめると、美琴はうっと少しだけ後に引く。どうやら上条にはお見通しであったようだ。
 しかし、体力に自信のある上条がここまで疲れてしまうほどなのだから、相当の体力を消費したのだろう。もちろん、それに付き合わされた美琴は上条以上に疲れているが、なるべく疲れを表に出さないように気丈を張った。
「なんだったら、一時間ぐらい寝ようぜ。一時間なら三時近くだからまだまだ遊べるだろう」
「まあ……そうだろうけど」
「それにお互い疲れてるじゃせっかく着替えて海に行っても、へとへとじゃ何にも意味ねえじゃねえか。だったら休んでから行った方がまだいいと思わないか?」
 上条の提案は一番いい案であることは美琴にもわかる。疲れているのに海に行っても座っているだけだろうし、上条の性格からして疲れると言って寝転んだまま寝てしまうような気もしていた。だったらその案に賛成するのも悪くないと思った。
 しかし、ここに着いてからずっと不幸続きだったためかとてつもない不安を感じていた。ここに着いてからと言うもの、いい記憶がまったくない。ここに来る途中で起きた上条のフラグと不幸の数々は、別けたとしてもすでに二桁を達している。さらにそれが自分にも降りかかってきているので上条だけでなく美琴も不幸ばかりに巻きこまれている。
 そんな不幸フィーバーの最中、果たしてこの一時間という時間の中で確実に起きることが出来るのか、果てしなく不安な美琴である。
「でもどうするのよ? 携帯のアラームでも設定しておくつもり?」
「そのつもりだけど…何か問題あるか?」
「……………」
 上条は自分の携帯を取り出すと、手馴れた手つきで時間設定を十五時にセットする。そして念のために細かい部分も確認して、よしっと言うと携帯を閉じた。
 それを見ていた美琴も、こっそりと自分の携帯のアラームの設定をしておいた。上条の携帯だけでは信用したくても仕切れない何かがあったので、一応自分のにも設定をしておけば、不幸を回避できるかもしれない。……それでも回避できないような気がしたが、現実になりそうだったので、それ以上は深く考えることをやめ美琴は自分の携帯を閉じて机に置いた。
「それでは姫。上条さんはおやすみ~」
「お休み、なんて言ってないで枕ぐらい出しなさいよね。起きた時に頭が痛いって言っても知らないんだから」
 といって美琴は物置から柔らかい…とは素直に言えない枕を上条に投げて、もう一つの枕を取り出して自分の足元の置いた。そして物置をしめると枕の場所と身体の位置を考えて、窓の近くに寝転がった。
「机の処理は当麻に任せるわ。それじゃあ、先に寝るわね」
 そういうと、へいへいとだるそうに返事をする上条を無視して美琴はすぐさま目を閉じる。それから眠りにつくのに一分もかからなかった。

 不意に上条は目を覚まして自分の携帯を開いた。
 時間は十四時四十二分と微妙な時間であったが、少し早起きしただけかとポジティブに考えて携帯を閉じる。アラームの設定を切ろうかどうか迷ったが、近くで寝ていた美琴はまだスヤスヤと寝息を立てていたので、そのままにしておいた。
 上条は自分の枕を邪魔にならない壁の端っこに置くと、どうしようかしばらく迷った。美琴が起きたら海に行くのは確実であったし、それの準備でもしようかと思ったが、何故だかする気にはなれない。だったらもう少し休もうかと思ったが、眠気は吹き飛び体力も全開ではないがもう十分に回復していた。
 悩んでいると、ふと近くで眠っている美琴に視線を向けた。スヤスヤと眠る表情はまだ少しだけ幼さが残っているがもう立派な高校生であり、顔つきとしては美鈴に似てきているようにも見えた。記憶を失って美琴と出会って早二年が経つが、色々と変化の見え始めてきた顔つきに上条は小さく笑った。
 こうやって寝顔を見るのは、一つ屋根の下で住んでいる二人にはよくあることだ。もちろん美琴も上条の寝顔を見たりしている機会は今までもたくさんあっただろうが、それをわかっている上条は特には文句を言う気はない。というよりも見られてしまうことに慣れてしまったというか、なんとも言えないことが胸のうちにあったが上条はこれがなにか、よくわからなかった。
「………はぁー」
 こうして美琴の顔をじっくり見てみると、不意に『大人』という文字が頭によぎった。そしてそれは自分自身にもあてはまるだろうな、と上条は苦笑いした。
 外見も内面もすっかりと成長した上条と美琴は夏に入ってから、入学式ほどの熱々なバカップルぶりは他人には一切見せないようになった。代わりに家ではもはや別人と化し、友人であり二人をよく訪ねる土御門舞夏が呆れるほどの熱の入ったバカップルぶりを見せていた。がその詳しい内容はまた別に機会に。
 上条と美琴の仲のよさは誰にでも頷けるほど仲が良い。春のあつあつっぷりは過ぎ去ってしまい、夏には落ち着いたカップルになってしまったものの、二人の仲のよさは夏の方が断然に上であった。その長く短い時間の間に、二人は自分と好きな人との時間を共有し様々なことを知り気づかなかったことにに気づかされた。
 上条もいくつか今まで気づかなかったことに気づかされたりもして、笑ったり後悔したりした。そしてそれを美琴とも共有した。その時間の中で上条は……。
「美琴……」
 スヤスヤと眠っている彼女に触れようとしたが、寸前で上条は手を引いた。その代わりに上条は美琴の頬に一瞬触れるだけの短いキスをした。
(こっちだったよな…)
 わかっていると心の奥で頷いて上条は美琴の横に座ると、彼女の髪の毛に触れた。柔らかくサラサラした綺麗な少し長くなった短髪の髪の毛は、未だにその美しさを失っていない。それどころか日を重ねるごとに、さらに愛しくさらに美しく見えてくる。今となっては、ずっと触れていたいと思うほどに愛しい。
 いや髪の毛だけではない。顔や身体、腕に手のひら、足…など上条は御坂美琴という存在を形成している全てが愛しいと思えていた。そしてそれがあるからこそ、今の上条がいて何でも出来てしまう力を与えてもらっている気さえした。もちろん、それは錯覚であり自分の力が強くなったわけではない。しかし気持ちは以前の何倍もまして強くなっていると感じていたのは確かだ。
 それらを思い返すと、不思議と疑問に思うよりも今までこのことを知らなかったことに後悔した。一人でいたときよりも、身近にこんなにも大きな支えがいたことをつい最近になって知ったことを…。
(俺、こいつが好きだ……いや、「好き」……じゃないんだ)
 そして上条はもう一つ、大きなことに気づいた。
 美琴を好きではいけない。きっと好きのままだと美琴には何も返していないことになる。だから上条は……小さな小さな声で、美琴の耳で囁いた。
「俺はもう一度お前と恋をしたい」
 それは契約の証。『好き』と思うよりも上の『愛している』と思うことへの、最初の鍵。 そして、本当の愛の物語の始まりの扉。
 上条は自分の愛しい彼女の手を握ると、今度は唇に押し当てすぐに離した。

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