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上条さんと美琴のいちゃいちゃSS/9スレ目短編/024 - (2010/05/09 (日) 13:21:03) のソース

*いたずら好きな神様
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学園都市は夜の幕に包まれ静まり返っている。
そんな学園都市のある建物、近代的な学園都市の街並みの中にひときわ異質な雰囲気を醸し出している建物があった。
それは常盤台中学学生寮。御坂美琴の住む寮だ。
ここは常盤台中学学生寮のとある一室。美琴の隣にいるルームメイトは自身がある目的で用意した睡眠薬でぐっすりと眠っている。
時々『お、お姉様、ぐふふふ』などと寝言を言っているが、美琴の耳には入っていなかった。
寮は静まり返り、起きているのはおそらく美琴だけ。
そして起きている美琴はベットに寝そべりながら、あるパンフレットと睨めっこしていた。明かりは机のライトだけで、その薄暗い光だけでパンフレットを見つめている。
しかし、どうも手は震えていて顔は赤く、何故かブツブツと呟いていた。
「…アイツと………その…………あれで………」
そうしながらあっちへゴロン、こっちへゴロンと悶えながらも必死に頭を整理していた。
何故こんなにも頭が混乱してしまうのか、心が高鳴ってしまうのか、美琴でもわからない。
ただ一つの事しか考えられない。ふと、手元のパンフレットを見る。
「……夏祭り」
パンフレットには『夏祭り、恋人と一生に一度の思い出を』という売り文句があった。
美琴はそれを見て顔を赤く染める。
そもそも昔の自分だったら、白井と行くかどうか考えるか、どうでもいいと投げ捨ててしまっていただろう。
でも、今は違う。美琴の心は飛び出るほど高鳴っていて、ある人物の事しか考えてなくて、今にも走り出してしまいそうだ。
美琴は携帯で約束を取り付けようかとも思ったが、やっぱり出来ない。
なので困っていた、もとい彼に明日会いたかった。
「……一緒に」
美琴は思う。ほんの小さな望みだけど、彼女には大きな望みで叶えたくて。
天井を見つめる。自然と彼の顔が浮かんできてしまって、顔が赤くなってしまう。
「……私のバカ」
明日、上条当麻に会いに行こう。
夜は更ける。彼と会えるまでもう少しの辛抱だ。

         ◇

「ふわあー」
上条起床。手を弄りながら、風呂の表面を撫でながら上条は起きた。
風呂は薄暗く、あまり光が入ってこない。上条はしょぼしょぼする目を擦りながら立ち上がった。
そして、こけた。
「不幸だ…」
盛大にこけながらも何とか淵を使って起き上がる。寝起きでふらふらしながら風呂のドアを開けた。
目の前に広がるのはいつも見慣れた洗面台。上条は毎朝、毎朝なぜここが洗面台なのでしょうと意味も無く疑問に思う。
そんなむなしい現実から逃げるように洗面台から出ると、ちょこっと遠いリビングで朝では怪物と化す少女が、すやすやと眠っていた。
上条はさっさと着替えてしまうか、飯を作ってつかの間の安全を得るか考え、悩みこむ。
「うーん、さて頭を食われる前に飯を作った方が賢明か。でも起きたらさっさと着替えたいなー」
しかしよくよく考えてみると気分、安全、どちらを取るべきかは明白だ。朝っぱらから死にたくない。
「じゃあ、飯を作るか…」
上条は結論をそうはじき出すと、台所へと向かう。
今日は何を作ろうかなーと頭を回転させながら、食材のあるべき冷蔵庫の中身を見た。
そして、凍りついた。
「…………」
その冷蔵庫は静かにたたづんでいた。白い冷気をフワーっと漂わせ、まるで入ってきなさいと誘ってるかのよう。
だがその白い冷気が上条を凍らせたわけではない。白い冷気など気にするまでもない。上条が凍り付いてしまった理由はただ一つ。
冷蔵庫に何も無いのだ。
いや、何も無いというのは正しくはない。正しく言うのであれば、『にゃー、ちょこっと食材が足らんかったのでいただいちゃったにゃー。まあ、今度開催される夏祭りの
秘密カードを置いておくから許してにゃー。どんなものなのかは自分で確かめるぜよ!』というメッセージカードと謎のカードが一枚冷たく置いてはあった。
しかし、そんなモンがあっても腹の足しにはならない。自分の特にあの少女の。
「とうまー、朝ごはんはー?」
破滅のカウントダウン。頭の細胞という細胞が危険信号を発する。皮膚から骨までの細胞が『助けてー』と。
逃げられはしない。逃げる気もない。気力も無い。食材も無い。
「神様…………呪います」
彼の不幸は筋金入りだった。

         ◇

上条は頭に歯形を付けながら、歩いていた。
朝っぱらから色々なことがあったが、今日は補習のため学校へ行かなければならない。なので歩かねばならなかった。
上条を人が車が通り過ぎて行く。彼の足取りは重い。
そして重い足取りで歩きながら先ほどの事を思い出す。
『とうまー!』
『うぎゃー、死にたくない! 死にたくない!!』
『もう、我慢ならないんだよ!』
『だって!』
『これから一週間ご飯抜きなんてー!!』
『うぎゃあああああ!!!!』
上条は思い出して、へこんだ。自分は原因ではない。悪くもない。自分自身だって一週間飯抜きなんて考えたくもない。
なのにあのシスターは、
『もう、こもえのとこに行って来るんだよ!!』
と自分だけノアの箱舟に乗りやがった。どうして俺だけこんなにも不幸なのか、食材がなくなるなんて馬鹿げたことが起こるのかわからない。
上条は空を見上げる。
空は青かった。澄み切っていた。その青はこの暗く真っ暗闇の心を照らしてくれるだろうか。
「……不幸だ」
涙の味はちょこっとしょっぱかった。
「聞いてるの!? アンター!!」
つかの間の平和は直ぐにも打ち砕かれる。
いつの間にか美琴が背中でビビリと電撃を今にも放ちそうな勢いで迫ってきていた。
美琴はどこか怒っているようで、焦っているような気もする。ともかく彼女の電撃を防がねばといつものように右手を前に突き出す。
「……?」
上条は違和感を感じた。どこをどんな違和感かと言うと、美琴から電撃が飛んでこない。不思議だ。
世界はいつも上条を不幸にして回っている。そんな上条が危機を回避するなど、ほとんどありえない。
だから上条はこの先に待ち受けているかもしれない不幸に、怯える。怯えてしまうのは仕方ない、仕方ないことなのだ。
しかし。
「……ちょっとアンタ…は、話を聞いてくれる?」
何も起きない。というかなんだか穏やかな雰囲気である。上条の頭はいよいよ混乱する。
(御坂から話? 何だ一体何なのだ!?)
上条がそんな混乱を極めているとは知らないであろう、美琴はぶるぶると震えながら俯いて顔を真っ赤にしてる様にも見える。
まずそんなことは無いと上条は自分に言い聞かせるが、鈍感である彼もこの状況下においては何かが違った。
まるで勇気を振り絞っているかのように、美琴は途切れ途切れでも聞こえる程度の声で話す。
「……あ、あのさ」
「なんだ?」
「……ええっと…」
「ええっと……だから?」
「ああもう! いつもの公園に来て、必ず! 分かったわね!!」
「あ、ちょっと!?」
上条の制止を無視して美琴は走り去っていってしまう。なにがなんだか分からない。
美琴は何を言おうとしていたのか、なぜ今言ってくれなかったのか。鈍感大王上条当麻は気づけない。
上条はもう既に今日色々なことを体験した。この一週間を見返してみると今日はなにか密度の濃い日だ。
それに今日はまだまだ半分も行っていない。不幸、という文字が上条の頭をよぎる。
「……ん? 不幸?」
しかし、よくよく考えてみれば飯にはありつけないものの、暴飲暴食少女は暫く存在しない、何故かさっき美琴は電撃を放ってこなかった、後どうでもいいことだが謎のカードが手元にある。
幸せとは言いがたいが、不幸すぎるほど不幸ではない。今日は一体何なのだ。
「…………」
上条から言葉は出ない。考えも及びつかない今日という一本道に待ち受けてあろう出来事は刻一刻と迫ってきている。
「……が、学校、行かねば…」

         ◇

「はーい、ここは重要ですよー」
少し、いや、かなり高い教壇から幼い子供のような声が聞こえる。服装もそれ相応でかなり似合っている。
ただ相応しくない点といえば、職業と性格と年齢であろう。
「起きているのですかー? 上条ちゃーん?」
小萌先生と呼ばれる合法ロリなる都市伝説は、今机に突っ伏している上条の頭を名簿の角と言う名の凶器をぶつけた。
「―っ!?」
「夢の中にGOしちゃってる上条ちゃんが悪いのですよ!」
上条は怒られながら、頭を撫でている。どうも今朝噛み付かれた傷のあたりにダイレクトヒットしたようだった。
ここはとある高校のとある教室。時刻は昼間でとても気だるい空気が漂っている。
黒板には何かわけの分からない文字が羅列してあって上条は画像としてしか認識できない。
教壇の上の蛍光灯はちらちら消えかかっていて目に悪い。
「上条ちゃん! ちゃんと授業を聞いてください」
「…………」
なにもかも自分が悪いのだが、ここは健全な思春期真っ盛りの高校男児。どうしようもない怒りがこみ上げてくる。
(全く、俺は悪くないのに。今日は酷い日だ! あのフードファイターはどっかいっちゃうし、御坂に……御坂に?)
今日の事を回想していて、ふと途中で思考が止まる。今朝の美琴のこと。
確かいつ来てとかの時間指定は無かった。あといつもの公園とはあの公園の事だろうか。
考えることを放棄した議題がまた上条の中で会議にかけられるが、答えはいつまで経っても出ない。
そしてボーっとしていると。
「上やん!」
「にゃー♪」
という声の次に机と椅子が吹っ飛んで来た。上条はかろうじてそれをかわす。
「うわ!? なんだよお前ら!」
理不尽ともいえよう、一緒に補習を受けていた青髪と憎きグラサンのとんでも攻撃に怒鳴る。
怒鳴ったら青髪はフルフルと震えだし、憎きグラサンはケラケラと笑い出した。
恐怖、そんな感覚が上条の体を走る。
「な、なんだ……?」
「上やん、よーく周りを見てみるにゃー」
上条はその気の抜ける声に従い、ゆっくりと周りを見渡した。
そうしたら、一人の人物で視線が止まった。
「うぅ…上条ちゃんが…授業を聞いてくれません」
小萌先生が涙目になりながらこっちを向いていた。
上条はまず初めに謝りたかったが、それよりも優先しなければならないことがある。
なのでギギギギと首の骨から音を出しながら、背中の危険分子に顔を向ける。
そこには青鬼と笑い続ける悪魔が居た。
「上やん! わてはあんさんを許さへんで!!」
「にゃー、楽しそうなんで僕も混ぜてにゃー」
これからガチンコファイトが始まる。小萌先生には申し訳ないが、これを止める手立ては上条は知らない。
美琴との約束もあるのでなるべく無傷でいたい。しかしそれは無理な話だろう。
「……行くぞ!」
上条は戦場へと向かう。

         ◇

戦いは終わった。そして、結果としては奇跡が起こった。
どんな奇跡かというと、上条が無傷でこの戦いを終えられたのだ。
まず上条は恐ろしい二人に向かって、逆に走った。当然だ、逃げる以外にどんな方法がある。
相手はあの超絶変態と超絶変わり者の二人だ。まともに戦って勝てるわけはない。そんなに上条は腕っ節に自信はない。
なので逃げたのだ。卑怯とは言わない。賢明な判断と言えよう。
しかし神のいたずらは凄まじかった。
教室を出た途端、彼女がいたのだ。あのデルタフォースを一撃で粉砕できるような怪物、吹寄制理が。
何故彼女がそこにいたのか上条は知らなかったのだが、その状況は前には怪物、後には二人の獣といったような状況になってしまった。
終わったと上条は思った。
が、終わらなかった。神のいたずらはそれでは終わらなかった。
先読みをしようとしたのか、例の二人が上条とは違う教室の二つあるドアの一つから出た途端、吹寄にダーイブ。
倒れた吹寄はゆっくりと起き上がると、『ふふふ、死にたいようだなお前ら』と地獄の大魔王様もビックリな声を出し、じりじりと例の二人に近づく。
例の二人は『にゃー!? これは普段上やんの役目なのにー!』『わてら終わった、終わってしまったんや!!』と悲鳴を上げながら犠牲となっていった。
上条は最後を見届けると、そーっと逃げた。
そして今美琴との約束の公園に向かっている。
「……おかしい、今日は何かがおかしい」
不幸フィーバーはあっても幸福フィーバーは体験したことのない上条。
今日は不幸こそあるものの、幸福が重なってかろうじて平和な一日を過ごせている。
幸福、なれないことが今日上条の身に起こっていた。
「御坂は一体なにを言おうとしているのだ………!」
分からない。上条には予想も出来ない。
今日という日のせいか、足取りが重いのか軽いのか分からなかった。
行けば何があるのだろう。だが何があっても行くしかない、確かめてやる。
上条は美琴の気持ちも知らずに意気込む。それは美琴にとって良いことなのか悪いもことなのか誰も知らない。
そろそろ例の公園が見えてきた。

         ◇

上条は公園に着いた。そして驚いた。
もう既に美琴がいたのだ。
上条は高速で茂みに隠れると、公園のベンチに座っている美琴を観察した。
(早っ! でも、そういえば今日は休みの日なんだよな)
気づいてはいなかったが、今日上条が美琴と会うのは不自然だったのだ。
上条の知る限り美琴は優等生。頭は良さそうなので、まさか上条と同じように補習なぞ受けてはいるまい。宿題もない学校だ、それは無いはずだ。
だったら何故今日、上条と美琴は会ってしまったのだろう。
上条には疑問しか浮かばない。鈍感であるが故、肝心なところに気づかない。
「……うーん」
分からないから上条は暫く美琴を観察してみることにした。まず情報整理の材料がほしい。
気は引けるが、こうでもしないと頭がパンクしそうだ。
「仕方なーい、仕方なーい」
暗示が如く呟く。そして美琴を見つめた。
どうやら美琴は手に缶ジュースを持っているようだ。きっと自慢の蹴りで出したものだろう。
缶を握りながら手をもぞもぞと動かしている。たまーに空を見上げたと思ったら、いきなり頭をブンブンと振る。
わからない。
観察したらしたで更に混乱を極めた上条はもうなにもかもどうでも良くなって来た。
成されるがまま。今日のこの流れに上条は乗ってしまおうと思った。たとえ不幸が待ち受けていようとも。
「……よし、もう逃げないそうしよう!」
上条は茂みから出ると、何気なーく『今来ましたよー』ってな感じで美琴に近づいた。
すると美琴は飛び跳ねるように立ち上がって、ピシッと背筋を伸ばす。
「いや、そんなに驚かなくても……」
「べべべ、別にいいじゃない! アンタには関係ないわよ!!」
「まあ、いいけどさ。でさ、何の用なの?」
と上条が聞いた途端空気が止まる。地雷を踏んだ覚えはない。
(え!? 何、何なの? この空気!!)
その空気から初めに喋りだしたのは美琴だった。
「……あのさ……今日なんの日か知ってる?」
「え? いや、知らないけど、何かあったか?」
「えっとね、今日はね………な! 夏祭りがあるのよ!!」
「そう」
「……………」
「……………」
「………バカ」
「えぇえ!?」
突然の罵声に上条は驚く。特に何があったわけでもないのに馬鹿呼ばわりはどういうことなのだろう。
上条がそうして勘違いしていたら、美琴がいきなり何かを言ってきた。
「……え?」
聞き取り辛かった、と言うよりも頭に入ってこなかった。
今、美琴は何といった?
「ああ、もう! だから一緒に夏祭りに行こうって言ってんのよ!!」
「……わたくし上条とですか?」
「そうよ」
「他に人は?」
「……い、いないわよ」
「そうですか……」
「そうよ……」
微妙な空気が二人の間を流れる。
上条の心臓はそんな空気のせいか、とても高鳴っていた。
(おおおお、落ち着け俺の心! 忘れてた夏祭りに誘われるなんて、友達としてはありだし、女の子だって二人きりだって……ああ!!落ち着けぇぇぇええええええええええ!!)
上条は女の子というものをあまり意識したことがない。まして、デートなんぞ単語考えたこともない。
しかし、いつになく積極的な美琴の猛攻に上条は翻弄される。鈍感であってもここまでされれば何も無いわけがない。
今日は何かがおかしい。
「…………」
「…………」
ついでに雰囲気もおかしい。
(く、空気がっ! 空気が!!)
落ち着かない上条としてはさっさとこの状況から抜け出したいのだが、落ち着かないが故、今の上条から行動できない。
美琴のほうから話しかけてくれればいいのだが、彼女も俯いて何も言わない。
どうしようもないこんな空気をどう脱しようかと上条は考えてみたが、それよりも先に打開策は発動してくれた。いや、してしまった。
グゥーと音が鳴った。上条の腹の音が。
「……アンタ、お腹空いてるの?」
「………………………面目ない」
「それって遠まわしに奢ってて言ってる?」
「いやいや!? そんなことは!」
グゥー。
「……………」
「……………」
「夏祭り、一緒に回ってくれる?」
「はい、喜んで」
どうしようか考える間もなく上条は美琴と夏祭りを一緒に回ることとなった。
不幸か幸福か、上条にはわからない。

         ◇

バクバク、バクバク。
「……ねえ」
バクバク、バクバク。
「……聞いてるの?」
上条は一旦、2000円もするホットドッグを口から離し、喋ろうとする。
「ぐうぃってぶってば」
「一旦、口の中の物は処理しなさいよ!」
そういわれたので、口を動かして口の中のものを胃へと流し込む。
満たされた胃のせいか、上条はとても幸せだった。不幸なぞ忘れていた。さっきのことと一緒に。
「ごっくん………で、何だっけ」
「なんか幸せそうね……」
「勘違いするなよ。別に俺は食に飢えた例の怪物じゃないからな?」
「よく言っている意味が分からないんだけど………まあ、それはいいわ。……でさ」
「?」
突然会話が止まった。美琴が話を止めてしまったからだ。
上条は美琴からの言葉を待っているが、なかなか美琴は口を開こうとはしない。
上条は待ちきれなくなって催促する。
「どうした?」
「……………」
喋らない。催促しても美琴は小刻みに震えながら口を開こうとしない。
上条はどうしたもんかなーと考えながらも、呑気に食事を続行しようとした。こういう時は押さないほうがいいのだ。
しかし、ふと吹いてきた風がホットドッグの紙ゴミを転がしてしまったので慌てて立ち上がる。
すると何か勘違いしたのか美琴が真っ赤な顔を上げて、やっと口を開いた。
「ままま、待ってよ!?」
「? 別に何処にも行かねえぞ?」
「ならいいけど……ねえ、お願いがあるの…」
「ん、なんだ?」
美琴はそれからいっそうもじもじするが、鈍感上条には不審な行動と思ってしまう。
ゆーっくりと美琴は話を進める。
「私の学校が私服禁止なのは知ってるわよね?」
「ああ、確か常盤台はそうだったな」
「だから、うちの寮だと私服に着替えられないわけよ」
「…ふむ」
「そ! そこで」
「…そこで?」
「……あ、アンタの寮で…」
「俺の寮?」
「…うん」
「……でさ、何なの?」
「…………」
「…………」
「……き、着物に着替えたいんだけど」
「!?」
予想外の美琴の言葉は上条の精神状況に甚大な被害を及ぼす。
いつだったか上条の家で真っ裸になったお人もいらっしゃるが、自分から上条の寮で着替えたいとか言い出す女の子はいなかった。
上条はただただ慌てる。
(みみみ、御坂はな、何を言っているんだ!?)
慌てながら答えねばならぬ返答を混乱した頭で考える。
女の子を自分の部屋に自らの意思で入れるということは、かなりハードルが高い。
しかし、美琴からのお願いを受け入れるべきか、断るべきかは上条の頭では判断できなかった。
なので言葉が紡がれない。なんとか上条は言葉を発しようとしたが。
「…………あー」
「ダメ、なの?」
さらなる攻撃に上条は固まる。
美琴は気づいてやっているのかどうか知らないが、100人中100人の男子が落ちると言っても過言ではないような目つきで上条を見つめていた。
この攻撃はずるい。例外である上条でさえも、そんな目つきで頼まれたら拒否の文字はどこか遠くへ行ってしまうのだった。
(うぉぉおおおおおおおおお!!)
声にならない叫びを、上条は叫ぶ。上条の理性は本能に負けた。負けるしかなかった。
「ね、ねえってば!」
「…………ひ」
「? ひ?」
「……ぜ……す」
「ぜす?」
「是非お願いします!」
「え? えぇええええ!?」
何を間違えたのだろう。上条は上条でなくなっていた。
「……そ、そう? えへ、えへへ♪」
そして美琴も美琴でなくなっていた。

         ◇

「あー、まだかな御坂……」
あれから、上条と美琴は着物を取りに行くため常盤台中学学生寮に来ていた。
今は美琴が寮に取りに行って、上条が外で待たされている。
時折、常盤台の制服を着た女の子に鋭い目つきで見られるが、事情があるのでここを動けないでいた。
いやーな汗が上条の首とか頬とかを伝う。
(は、早くしろよ! 御坂っ!!)
上条の叫びに成らない叫びは美琴には届かない。もっとも近くにいても今の彼女では聞き取れなかったかもしれない。
時刻はそろそろ夕暮れ時だ。美琴は寮に入って出てこなくなってきてから結構時間が経っている。
することもない上条はただ立ち尽くすしかない。
人が上条を通り過ぎて行く。格好はいかにも夏祭りという感じだった。
ふと何かを思い出し、上条は手に持っていた薄い鞄の中から一枚の紙を取り出す。確か、舞夏に無理やり貰わされたもの。今頃思い出した。
紙はピラピラとなびく。上条が特に気になることは書いてなかった。
「夏祭りか……」
上条は記憶喪失ということもあって夏祭りというものを体験したことがない。
しかし、それでも一般常識並みには夏祭りがどういうものか何をするのかは感覚的にわかっていた。
ある人は親と行ったり、またある人は友達と行ったり、様々な人たちがたった一つの祭りに参加する。
当初上条は、誰と行くとかは考えてなかった。たとえ行くとしても、土御門や青髪ピアスと行くつもりだった。
しかし、そうはならなかった。どういった運命のいたずらか知らないが、上条は美琴と夏祭りを一緒に行くこととなっている。
けど悪くないと上条は思う。
耳を澄ますと遠くの方で、誰かが騒いでいる。学園都市でも人は人だ。こういうお祭りはどうしても騒がしくなるものである。
記憶喪失後、初めて行く夏祭りが美琴と二人っきりだとは思ってもみなかった。
どうしてだろうか、ドキドキしてしまう。
美琴に不用意に近づかれてドキドキしたことはあったが、こんな風にドキドキしたことは今までなかった。
二人っきりの夏祭り。美琴と一緒の夏祭り。きっと楽しい日になるだろうと上条は思う。
冷たい風が上条の頬を撫でる。いや、こんな日に冷たいと感じているのは上条だけかもしれない。
ふと、自分の何かの感情に違和感を抱く。
胸に手を当ててみたら、心臓の鼓動が伝わってきた。
(なんだ、この気持ち?)
上条は気づかない。いや、気づきたくないのかもしれない。特に上条だったから。
ふと上条は頭の中に願いが浮かんだ。だから、いつも頼ってない人にたまにはその願いを叶えて貰おうと思った。
上条は空を見上げる。ちょっと言うのは恥ずかしいが、まず言わないと叶えて貰えるものも叶えて貰えない気がするので、声に出す。
「…………神様」
今までお願いしたことないけど。
「願うことなら」
ちょっとだけでいいから。
「今日と言うこの日を」

――幸せに過ごさせてください。

けれど、上条は結局その言葉を口に出来なかった。
「なにやってんの、アンタ?」
「うおおう!? い、いつからそこにいたんですか御坂さん!!」
いつの間にか大きな紙袋を持って、美琴が後にいた。
美琴の頭の上にはハテナマークが浮かんでいる。
「願うことならの所からだけど……ねえ、何を願ったの?」
「いやいや、それは忘れてください!」
「…………」
「そ、そんな目で上条さんを見ないで下さいぃ!!」
上条は言いかけた言葉の恥ずかしさに悶える。実際まだ願いを言ってないのに何か恥ずかしい。
高速土下座を上条は美琴に繰り出し、なんとか忘れてもらうことにした。
美琴はなにか癪にさわるようだったが、一応と納得してくれた。口には出さないが、覚えておくという条件付で。
「うぅ」
「ほら、泣かない! さっさと行くわよ」
何故か美琴のテンションが高い。まあ、ゆすりネタを手に入れたのなら当然の反応なのかもしれない。
けど、どこか違うような気もする。
上条はなんだかむず痒い気持ちがこみ上げてきたが、そっとそれを押さえ込んだ。
「……じゃあ行くか、寮に」
「ななな、なに急に言ってんのよ!?」
「はあ? お前が俺の寮使いたいって言ったんだろ?」
「そ、そうだけど! ……こっ…心の準備が……」
美琴の最後の声はとても聞き取りづらい。上条はもちろん聞き取れてはいなかった。
「ん? なんだって?」
「ああ、もう!!」
美琴は突然、上条の首根っこを掴み強引に引っ張る。
上条は成すがままに連れて行かれるしかなかった。
「み、御坂さん!? 俺の寮の場所知ってるんですか!?」
「………ブツブツ」
「聞いてねえーーー!!」

         ◇

「こっ、ここが……!」
「いや、そうだけど何か問題が?」
上条と美琴は普通に何事もなく上条の寮にいけたのだが、なかなか上条の部屋に入れないでいる。
どういうことかというと、美琴が上条の部屋のドアの前で立ち往生しているのだ。
鍵を開けようにも、鍵を持っているのは上条だし、今部屋には誰もいないはずだ。まさか土御門やなんやらがいて開けてくれるなんてことは起きない。
上条がドアを開けようにも、美琴がいて開けられない。
どいてくださいとお願いしても『わ、分かってるわよ!……別に…緊張なんか…』と言うばかりでどいてくれない。
どれくらい経ったか時間を確認していない上条には分からないが、10分ぐらいは経ってしまった。
夏祭りに行くのに、時間が掛かってしまっては意味が無い気がする。
なので上条はポケットを弄り、何かを取り出す。
「御坂、そこに居るなら…っと手出せ」
「? 手?」
上条の要求に、美琴は素直に手の甲を見せる。
「いや、そうじゃなくて手のひら、手のひら」
「こう?」
言われたとおりに美琴は手をひっくり返し、上条に手のひらを見せた。
そして上条は美琴の手のひらに寮の鍵を渡す。
「御坂が開けてくれよ」
「…………」
「いや、御坂がそこにいるから、俺が開けられないわけで」
「…………」
「もしもーし?」
「!?」
上条は別に大した意味を込めたつもりは無い。しかし何故か美琴が飛び跳ねるようにビクンと動く。
先ほどまで放心状態だったようだが、覚醒したらしたで挙動不審だ。
美琴は震えたり、目を泳がせたり、手がぐるぐる回っている。
「なななな!?」
「だから、早く開けろよ…」
「あ、開ける!?」
意味を理解してなかったのか、驚くように美琴は聞き返してきた。
「いや、鍵を鍵穴に差し込んでドアを開けるんですよ?」
「わ、分かってるわよ! やってやろうじゃない!!」
何をどうやってやろうなのかは分からないが、やっと部屋に入れそうだ。
美琴はドアと向き合うと、何故か震えている鍵を持った手をゆっくりと鍵穴へと差し込む。
「こここ、こうかしら?」
鍵穴はガチャガチャと音を立てているが、鍵を回してないのでまだ開かない。
上条はもう我慢できなくなって、強引に美琴の手を掴んだ。
「ああもう! 早く回せよ!!」
上条が手を捻ると、掴んでいるため美琴の手も同じように回る。そしてやっと鍵が開いた。
しかし、美琴がおかしい。
「ふえ!」
「ん? どうした?」
「ち、力が……」
美琴はそう言った後、突然その場にふにゃふにゃとへ垂れ込んだ。
突然の事態に上条は驚いたが、しっかりと美琴を支えた。
美琴にどこか異常がないか、真剣に探す。
「おい! 大丈夫か!?」
「だ、大丈夫だけど……ちょっと部屋までつれてってくれない?」
とても大丈夫なようには見えなかったが、一応狭い部屋のリビングまで美琴を連れて行く。
その間美琴はキョロキョロと頭を動かしていたので、そんなに重症ではないようだ。
美琴を運んだ後一旦座らせる。美琴の頭に手を当ててみたが、熱いものの熱が出ていると言うまででもない。
「ほんとーに、大丈夫か?」
「う、うん」
ふと上条は美琴の持ってきた着物が入っているであろう紙袋を見つめる。
こんな状態では着替えるどころではない気がするが、まさか手伝うというわけにもいかない。
どうしたもんだと考え込む。
「うーん」
「な、何よ」
「…どうするよ、着物?」
「ひ、ひひひひ一人ででででで出きゅるわよ!!」
「何を言っているのか上条さんには分かりせんが、俺が言いたいのはお前大丈夫か?」
「だ、大丈夫よ!! だから早く出でいきなさい!!」
どうやら美琴はこれだけ騒げるくらいに回復したようだ。発言自体は常を脱しているが、いつものことなので大したことはない。
へいへいと上条は相槌を打つと、美琴を背にして玄関へと向かう。
とそこで美琴に止められた。
「ちょっと!?」
「ん、なんだ?」
「あ、あのさ……女の子を自分の寮に入れるとかなんとも思わないわけ!?」
どういう結論で、どうやったら自分の事を棚に上げたらそんなことが訊けるのか分からないが、後で美琴が若干焦り気味でそう訊いてきた。
上条は少し頭を整理してみる。すると、どうやら自分は気づいてなかったがあの夕暮れ時からずっとドキドキしていた。
(どうすっかな…)
真実を言ってみようかと思ったが、恥ずかしいので上条は少し嘘をつく。
「ねえってば!!」
美琴の声を背に上条は玄関の手前まで行くと、
「思うかもしんねえ」
とだけ言って部屋を出た。
部屋を出た途端、上条にものすごい後悔が襲ってくる。随分とこっぱずかしいセリフを言ったもんだ。
「はあ、また御坂にいじられるな」
上条はドアに寄りかかり、美琴の合図があるまでそこでじっとしていた。

         ◇

何十分過ぎたかわからないが、上条が外に出てかなり経った後、ドアをコンコンと叩く音が聞こえた。
やっとかと上条はドアに向かって、向こうにいるであろう美琴に喋る。
「お。終わったか?」
『う、うん……』
「じゃあ、早く出てこいよ。もう始まってるぜ夏祭り」
『…………』
「?」
暫く沈黙が続いた。その沈黙が上条の心を騒がせる。
ドキドキ、ドキドキ。
(な、何だ、何だ!? お、落ち着け! 落ち着け!!)
ゆっくりとドアが開く。上条は一瞬、ドアから少し飛び出ている小さくなっている可愛らしい手に見とれてしまった。
しかし、直ぐにでもその視線は違うものを捕らえる。
さっきの高鳴っていた心が嘘のように、静まる。暫く上条は放心状態だった。
美琴はそれを不服と受け取ったのか、ちょこっと涙目で怒る。
「…ば、ばかああ!!」
突然、美琴は逃げようとした。無意識に右手が動き、美琴の腕を掴む。
別にいつもの危険を感じたわけでも、危険を回避しようと思ったわけではない。ただ、誤解されてるようなので一つ上条には言いたいことがあった。
美琴は振り向かずに、耳をそばだてている。
「……あのさ」
上条は後姿を見つめて。素直にこう言った。
「………き、綺麗でしたよ?」
言った瞬間、美琴が強い力で右手を振り払った。
あれ?と上条は思ったが、どうやらそういう意味ではないらしい。
美琴は後ろ向きで喋る。
「……本当?」
「……ああ」
「じ、じゃあもう一度言ってくれる?」
「なな何言ってんだよ!? ……いや、その、あれはあれで結構恥ずかしいセリフなんだが……」
嘘ではない。けれどもう一度言うのは上条にとってかなり恥ずかしい。
今まで本気の本気で女性にこんなことを言ったことはなかった。言い慣れていない。
でも、美琴が黙ってしまったので仕方なく、けれど条件付で言ってやろう。
「分かったよ、言ってやるよ。……ただし、こっち向いてくれたらな」
上条の声が聞こえたのか、ハイスピードカメラを通したような速度で、ゆっくりとゆっくりと美琴はこっちに振り向く。
そして、完全に向き終わると、そこには着物を着た美琴がいた。
大した着物ではないと上条は思う。しかし、それは着物が安っぽいのではなく、着ている人間に問題があるのかもしれない。
美琴は綺麗だった。
「き、綺麗だ」
美琴はバッと両手で顔を隠す。上条もそんなことしてみたかったが、あまりにも乙女チックなので我慢する。
「ああ!! お前がしろって、言ったんだぞ!!」
「だって恥ずかしいんだもん」
「俺の方が恥ずかしいわ!!」
けど、と美琴が言葉を繋げる。
そして美琴は両手を顔からどけると、
「…う、嬉しかったよ?」
と上条に向かって微笑んでそう答えた。
上条は右手をぐっと握り締める。そしてこう思った。
(やべ……俺、幸せかもしれねえ)
上条の高鳴りが更に激しさを増した。

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