不意打ち
始まりは1本の電話。
「今から?…少し時間が掛かるけどいい?」
『待ちます、待ちますとも!』
「はぁ、わかった…じゃあ30分頃にそっちに着けると思うから、少しは進めておきなさいよ!」
通話が終わり、美琴は慌てて席に戻る。
「ごめん!悪いけど、先に帰らせてもらうね」
放課後、4人でファミレスに集まって楽しく過ごしていたらこれだ。
「もしかして、上条さんからのラブコールですか?」
にやにやと佐天さんは言い。
「…またあの殿方の所ですの?」
と、不機嫌そうに黒子は言う。
「べ、別に…そうと決まったわけじゃ」
電話の相手も告げてないのに、何故バレた。
「御坂さん!嘘はいけませんよー」
初春さんまで…――そんなに分かりやすいのか私と、美琴はがっくりうな垂れた。
「ラブラブなんですねー」
黒子を除き、佐天さんと初春さんは、いいなーと目を輝かせている。
でも実際のところ、きっと2人が想像してるようなラブラブからは程遠い。
「……家庭教師よ」
「「???」」
そう、全くもって…はっきり言って恋人って感じではない。
例えるなら先生と生徒と言った方がしっくりくるくらいだ。
始まりは告白から。
春、新学期がスタートして3年生になり――そして勇気を振り絞った結果、見事叶ってすんなり付き合うことにはなったものの。
現在、恋人には程遠く家庭教師な関係が続いている…これってどうなの?
恋人らしい甘いひと時なムードもへったくれもない、デートってナニソレ状態。
言うなれば『課題』と書いて『デート』と読む…そんな感じで、1人悶々としている。
だからつい。
「御坂さん?」
「どうしました?」
今の言葉の意味は一体?と、2人は訝しげな表情。
「ううん、な、何でもない…」
やってしまった、呟いてしまった。
「何でもないようには見えないです!」
「見えませんねー」
この流れはまずい。
「そ、そんなことは…」
ないからと美琴は流そうとしたが、2人相手に同じ事を聞かれてはどうにも分が悪すぎる。
「こらこら、お2人とも…お姉様はお困りのご様子。これから殿方に会いに行くのですから、余計な詮索は野暮というものですわ」
「そうでした!」
「すいません、御坂さん…引き止めてしまって!」
佐天さんと初春さんからの追撃を一刀両断、黒子からの救いの手…た、助かった。
「お姉様…そろそろ向かわなくてよろしいですの?」
「そ、そうね、そろそろ出ないとまずいかな――あっ!黒子、あとよろしく…ありがとね」
門限を過ぎるかもしれない為、寮監対策を頼んで。そして美琴は黒子に感謝の言葉を添えた。
「……………、」
黒子は答える代わりにため息を一つ、ひらひらと手を振ってそっぽ向く。
美琴はそれを見て『今のうちに早く行って下さい』と言っているのだろうと、勝手に解釈する。
「御坂さん、またお話聞かせてくださいね!」
「なるべく風紀委員のお仕事がない日にお願いします、佐天さんばっかりずるいです!」
「そんなことないってー大丈夫、大丈夫…ちゃんと初春が空いてる日にするからさー」
「絶対ですよー!」
次に会う約束を早くも…。
佐天さんと初春さんは、口にはしてないけど次回はおそらく先程のことを聞くつもりなのだろう――ここは濁すだけに留まる。
「あ、うん…そ、そろそろ行かないと間に合わないから…」
実際はまだ間に合う時間だけど、約束を取り付けられる前に逃げ出すことを優先。
根掘り葉掘り、突込みが鋭い佐天さん。そこに初春さんが加わったら…いくらレベル5だとしても、この手の話はレベル0に近いから負ける。
「…さてと、行きますか」
美琴は、なんとかファミレスを後にして、寮へと向かった。
* ・ * ・ * ・ * ・ *
出来の悪い彼氏って言ったら失礼だけど、特に気が利かない所だけは何とかならないものか。
別に多くを望んでいるわけじゃない、ただちょっと恋人らしいことをしたいだけ、したいけれど…。
ずっと私の片思いなのかもしれないと感じることがある、好きの比重は私の方が絶対勝ってる。
今の状態に甘んじているつもりはない…だけど少しでも一緒にいる時間を作りたい、だからこの家庭教師のひと時も大切…。
と思っていたけれど物事には何事にも限度ってものがある。
「……………?」
おかしい。
一向に出てくる気配が無い。コンビニへでも出掛けてる?
いや、それはないか…出掛けてるならメールが来るはずだ。
ノックをしても反応なし、彼女を呼んでおいて、部屋の前で待たすなんて一体どういうつもり?
うーん…部屋、間違えたかな?視線を表札に向けて確認する――『上条』…なわけないか、やっぱり合ってるわよね。
5分経過。
待つのもいい加減飽きて、試しにドアノブを回してみると鍵は掛かっていなかった。
「あれ?開いてる…っつーか不用心ね」
でも開いてるなら、入っちゃえ。
一応、お邪魔しますーと告げて、美琴は部屋に入った。
「…当麻、いないの?」
電気は点いてなくてやや薄暗い。
それに静かだ。不思議に思って、そのまま歩を進めていく。
見えてきたのは、テーブルに散乱している課題のプリントの束と、その横のベットでシャーペンを握り締めたまま仰向けに寝てる彼の姿。
その様子は、眠気に勝てなかったのであろうことが窺い知れる。
「寝てるし…」
一気に脱力して、そりゃ通りで出て来ないわけねと美琴は納得した。
どうしよう…起こすべき、か…な――…初めて見る寝顔に心を奪われて。
本当は起こさないとまずいと思うけれど、誘惑に負けてじっくり観察する。
気持ちよさそうに眠っている。
ごくりと喉が鳴って…イケナイ事をしているみたいだと美琴は思った――でも目が離せない。
徐々に麻痺していく思考、無防備なそのあどけない寝顔に誘われて、彼の頬に手を伸ばした。
そっと触れてみるとピクリと反応する。
触れた指先から伝わる温度、その感触に。
あ…どうしよう、これはまずい、まずいと思いつつ触れるのを止められないでいる。
もう一度。
もう一度だけ…。
触れたことで――愛しいと思う気持ちと同時に独占したいという欲に駆られ、頬に触れていた指先は、いつしか口元へ向かいそしてその唇をなぞる。
恋人らしい事といえば、手を繋いだり、ハグしたり…私は欲張りなんだろうか?
中学卒業するまで手を出さないなんて、カッコつけちゃってさ、キスだってまだ。
「………………」
このままだと…私。
美琴は彼の唇をなぞった指先を自分の唇に当てる。
その唇に唇で触れたらどんなに――…どうかしているのかもしれない。
そのまま吸い寄せられそうになって、危ういところで踏みとどまってるだけだ。
「…………当麻」
起きてくれないと。
「……襲っちゃうぞ」
なんてね…いやアリかも?っつーかもうダメかもしれない。
私から手を出したらダメなんて言われてないし、『はい、そうですか』と大人しく卒業まで待つと思ってる?
考えが甘いのよ。現に今だってこんなに無防備で、私を惑わせて…ああ、もう。
何をされても文句なんて言えないんだからね!
――左手は下に流れる髪を押さえて。
ねぇ、わかってる?どれだけ当麻が好きかってこと。
――右手はベットに置いて体重を支える。
だからいいよね?
好き…好きだから奪いたい、想いは溢れて。
キスまでの距離、近づいていく瞬間。
「……みこ、と」
「ドキ!!」
(お、起きた?!)
バッと思わず顔を上げて、美琴は様子を窺う。
「……すぅすぅ」
(寝言…?良かった起きてない…お、驚かさないでよね――って…わ、私、今何しようとしてた?!)
我に返り、かぁぁと熱くなる頬。
つい先ほどまで美琴の中を占めていた感情が急速に消えていき。
何をしようとしていたのか、自覚する。
「~~~~!」
バタバタバタ、ガチャ…バタン――思わず部屋の外に出てしまった。
力が抜けて、ドアにもたれ掛かるようにズルズルとへたり込んで体育座り。
顔は真っ赤だから隠すように抱え込む…ええい収まれ、これじゃ顔を合わせられない。
たぶん今の音で起きたと思うけど…そう思うけど。
(困った…あの時はまだ起きてないよね?)
そうであってほしい…。
あんなの卑怯だ、一体どんな夢を見てるのよ。
(終?)