12月25日
―――
07:00 常盤台中学学生寮208号室
美琴「…ん」
布団の中で、少女は小さく身体を震わせ、半覚醒状態のぼやけた頭で目を擦る。
自らの指と共に硬いものが額のあたりにあたるのを感じ、掌を持ち上げて薬指を見て、とても幸せそうに微笑んだ。
美琴(そういえば、学校だって言ってたっけ…)
ヘッドボードに手を伸ばし、携帯電話を取る。それから軽く咳払いをして、声の調子を確かめる。
美琴「…ん、あーあー、よし、おっけー」
小さく呟いてから携帯電話を操作して受話器に耳を当てる。数コール後、相手が出た。
上条『…ふわい。もひもひ』
美琴「お・は・よ。当麻」
言った瞬間、隣のベッドからドガン!と何かが思い切り叩き付けられるような音が聞こえてきたので、受話器を押さえて注意する。
美琴「黒子。静かにしなさい」
黒子「…はいですの」
普段は語尾を付けない言葉にあえて語尾を付けて返事をしたのはツインテールの少女の精一杯の抵抗だったのだが、恋する少女は気づかない。そしてツインテールの少女の方から今度はピリピリと布を裂くような音が聞こえてきたが、通話の邪魔になる大きさではないので気にしなかった。
上条『…おはよう。どうした?こんな時間に?』
美琴「今日学校でしょ?寝坊しないように電話したんだけど…」
上条『…これはもしかして彼女のモーニングコール!?上条さんは幸せ者です』
美琴「えへ。ほんとはね、朝起きて指輪を見たらね、当麻の声が聞きたくなっちゃったの」///
ピリピリと何かを裂くような音がシクシクというすすり泣きの声に変わったが、相変わらず恋する少女は気が付かない。
上条『…すげえ嬉しい』
美琴「えっ?」
上条『いや、声を聞きたかったなんて言われると、美琴に愛されてるって実感できてさ。それに、俺も声が聞けて嬉しい』
美琴「当麻、好き!大好き!!」
黒子「ギュオエエエエエエ!!聞こえませんの、聞こえませんの、黒子には何も聞こえませんの、聞こえませんのおおおお…」ブツブツ
上条『俺も好きだ。美琴』(なにか悲鳴みたいなのが聞こえたけど、白井か?)
美琴「えへ。嬉しい」
電話をしている相手が聞こえるほどの大きさのなのに、恋する少女はルームメイトの叫びに気づくことなく幸福感に浸っていた。
黒子「まさかまさかまさか…黒子は、黒子は、お姉様のお惚気を朝から毎日聞かされることになりますの?そんなの、黒子は、黒子は、耐えられませんですのおおおおおおおおお!!」
上条(…スマン、白井)『モーニングコール、サンキュな。美琴。おかげで今日一日頑張れそうですよ』
美琴「えへへ。頑張ってね」
黒子「はっ、わたくしの名前に置き換えれば、お姉様の甘いささやきがすべて黒子のものに…」(『黒子、好き!大好き!!』)「ああ~ん。お姉様あああああんっ!!」ハアハア
上条(…心配するだけ無駄だった)『ああ、じゃあまたな』
美琴「うん。またね」
黒子「お姉様、ああお姉様、お姉様。愛のささやき、黒子幸せ」グフフフフ
美琴「黒子。静かにしなさい」(黒子、朝からテンション高いわね…。わたしも人のこと言えないけど)///
黒子「…はいですの」ショボン
―――
08:05 とある高校 一年七組
モーニングコールのおかげでいつもよりも早い時間に学校へと着いたツンツン頭の少年が教室に入ると同時に、教室の扉が閉められてクラスメイト達に周りを取り囲まれた。
長い髪をきっちりとオールバックにしてヘアピンで留めた、おでこDX状態の少女が少年の前に出て仁王立ちする。
吹寄「おはよう上条。さて、貴様に聞きたいことがある」
上条「いきなりクラスメイトに取り囲まれるってどういうこと?上条さん、自分の席にも座れないのですか!?」
吹寄「貴様に拒否権は無い」
上条「…手短にお願いします」
少女は腕を組むと、大きく息を吸い込んでから口を開いた。
吹寄「では単刀直入に聞こう。お前が常盤台中学のエース、超電磁砲こと御坂美琴と婚約したという噂が流れているのだが、事実かしら?」
上条「もうここまで広がってるのそれ!?」
吹寄「どういうこと?」
上条「いや、それって、昨日の夜、美琴が常盤台中学の寮で発表したことなんですけど、広がるの速いなあと思って」
吹寄「なぜ貴様がそれを知っている?というか、今、超電磁砲を名前で呼んだかしら?」
上条「なぜって美琴が発表した時、俺も常盤台の寮に居たからだけど。あと、自分の彼女を名前で呼ぶのは別に普通だろ?」
吹寄「……………え?」
クラスメイトA「…おい、今、上条の奴、何て言った?」
クラスメイトB「超電磁砲のことを彼女って言ったよな?」
クラスメイトC「いやそれよりも常盤台の寮に居たってどういうことよ?」
クラスメイトD「上条君、中学生に手を出しちゃったの?」
クラスメイトE「くっ、年上のお姉さんタイプが好きだって言っていたはずなのに、なんで中学生!?」
クラスメイトF「常盤台のお嬢様、しかも超能力者…。勝てない、私みたいな平凡な同級生なんかとは格が違うわ」
クラスメイトG「そもそもどうすれば常盤台のお嬢様と知り合いになれるんだ!?」
少年の言葉に、教室内のクラスメイト達がざわめき始める。
吹寄「ええと、つまり上条は御坂美琴と付き合っていると?」
上条「まあ、そういうこと」ポリポリ
少し頬を染めながら左手で頬を掻く少年。おでこDXの少女はその指にあるものを見逃さなかった。
吹寄「薬指に指輪…」
上条「あー、まあ。一応、婚約指輪です、はい」///
クラスメイト達「「「「「「「「なんだってえええええええええっっ!!」」」」」」」」
上条「いや、俺が婚約したってこと確かめようとしてたんだろ?お前ら。なんで驚くんだよ」
吹寄「………」
上条「あのー、吹寄さん?無言で睨むのは勘弁していただきたいのですけども」
吹寄「死刑」
上条「なんでっ!?」
吹寄「風紀を乱した」
少女の言葉に、少年を取り囲んでいたクラスメイト達が呼応して包囲の輪を狭めていく。
上条「いや、ちょっと待てテメエら。ただの妬みだろそれ!?」
その言葉に、教室内の空気が変わる。
吹寄「雉も鳴かねば撃たれまいに。貴様はいつも一言多い」ドガッ
上条「え?ちょっと待って吹寄さん!?ふげろぼぉ!?」
おでこDX少女の頭突きを喰らって後ろに吹き飛んだ少年を、クラスメイトのひとりが捕まえる。
クラスメイトA「上条ォく~ン。わかってるよねェ」ニタア
上条「ちょ!?なんで超能力者第一位みたいな喋り方になってるのオマエ!?」
クラスメイトB「第三位だけじゃなく第一位まで知り合いかよ、ある意味すげえな上条」
クラスメイトC「まーまー。それよりも今は…」ニタア
クラスメイトD~E「お・し・お・き・か・く・て・い・ね♪」
女子達は超能力者第四位のようなことを口走っていたのだが、第四位の喋り方を良く知らない少年は気づかなかった。
上条「なんでそんな息ぴったりなんですかアナタたち!?そして上条さん絶体絶命!?」
上条「お、おい、助けてくれ!」
そのとき後ろの扉が開いたので、ツンツン頭の少年は扉の向こう側に助けを求める。
青ピ「…カミやん。それはできない相談やなあ」
土御門「美少女中学生と婚約した裏切り者には制裁だにゃー」
返ってきた言葉は少年にとって非情なものだった。それでも、一縷の望みを託して少年はおでこDXな少女に視線を向ける。少女は小さく微笑んで言った。
吹寄「安心しろ上条。骨は拾ってやる」
上条「ぎゃああああああ!!不幸だあああああああああああっっ!!」
―――
08:08 常盤台中学学生寮208号室
朝食を終えて部屋に戻るのとほぼ同時に、ポケットの中の携帯電話が振動した。
美琴(…こんな時間に誰?…って、当麻!?)「…も、もしもし?」ドキドキ
???『御坂美琴さんですか?』
美琴「…………どちらさまですか?」
恋人からと思っていたのに別人の声が聞こえてきたので、思わず怒鳴りそうになったが、ふと恋人の不幸体質を思い起こし、もしかしたら携帯電話を拾った誰かが学園都市では有名人である自分の名前を電話帳で見つけて電話をかけてきたのではないかと思い至り、小さく尋ねる。
???『常盤台の超電磁砲の御坂美琴さんですか?…この携帯電話の持ち主の婚約者の?』クックッ
美琴「アンタ!?アイツに何かしてないでしょうね!?」
???『アイツ?』
美琴「その携帯の持ち主よ!わたし、御坂美琴の婚約者の上条当麻!!」
黒子「ヒギィッ!?」ビクッ
???『…………みんな聞こえたかにゃー?【御坂美琴の婚約者の上条当麻】って超電磁砲が言ったにゃー』
???『ばっちり聞こえたぜー!』
???『うう。本当だったのね』
???『冗談じゃなかったのかよ!』
受話器からは大勢の悲鳴とも怒号ともとれる声が聞こえてくる。
美琴「……………は?」
???『いや、まだだ、まだ信じないぞ!』
???『上条に告白させろ!』
???『それいいわね。ツンデレお嬢様だから否定するかもしれないし』
???『熱いの頼むぜ!上条ォく~ン』
美琴(えっ~と、これってもしかして、教室で吊るし上げ喰らってるってこと?)
なんとなく状況を理解すると、少女はほっと溜息をついた。
上条『………あ~。美琴?』
美琴「ずいぶん楽しいクラスみたいね?」
上条『まあな。わかってると思うけどさ、これ、スピーカーホンになってて、だだ漏れ状態なんだけど…』
美琴「別に聞かれても問題ないでしょ?婚約してるのは親公認だし」
クラスメイト達『『『『『『『『『『なんだって!?』』』』』』』』』』
上条『そうなんだけど。こいつら、まだ冗談だって思ってるみたいでな。上条さんとしては完全に払拭させたいんですけど、いいか?』
美琴「ふふ。じゃあ、アンタにもわたしにも手を出そうなんて思えないようにしちゃおっか」
そう言うと小さく微笑み、少女は大きく息を吸いこんでから叫ぶように言った。
美琴「当麻。大好き!!愛してる!!」
黒子「ギュオエエエエエエッッ!?」バタッ
上条『俺も大好きだ美琴。愛してる!!』
クラスメイト達『『『『『『『『『『ぎゃあああああああああっっ!?』』』』』』』』』』
美琴「えへへ。ねえ?夕御飯、何が食べたい?」
上条『え?リクエスト募集中?』
美琴「やっぱ、だ、旦那様になる人の好みとか知りたいかなって」///
黒子「……何も聞こえませんの何も聞こえませんの何も聞こえませんの何も聞こえませんの…」ブツブツ
クラスメイトB『惚気を超越している!?』
クラスメイトA『通い妻状態かよ!?』
クラスメイトE『上条君が臆面も無く惚気るなんて!?』
上条『上条さん感激です。美琴は百二十点な嫁ですよ。…そうだなあ、温かい鍋なんか食べたいな』
美琴「りょーかい。当麻への愛情たっぷり入れて作っちゃうんだから」
上条『それは楽しみだ~』
美琴「うん。じゃ、勉強がんばってね」
上条『サンキュ。美琴』
―――
08:10 とある高校 一年七組
土御門「ま、まさかカミやんが惚気を隠さないなんて…」
クラスメイトB「まさかの嫁発言」
クラスメイトE「あそこまで臆面も無く惚気られると何も言えなくなるわね…」
クラスメイトA「なんだあの阿吽の呼吸は…」
クラスメイトC「負けた。すべてにおいて負けた…」
吹寄「あ、あれがバカップルってやつなのかしら…」
姫神「おそらく。そう」
ある者は項垂れ、ある者は机に突っ伏して先ほどの会話を頭から振り払おうとしていた。
小萌「おはようございます。あれ?なんか皆さん元気ないですけどどうしちゃったのですか?それから、上条ちゃんはちゃんと椅子に座ってください」
上条「そうしたいのはやまやまなんですが、ちょっと動けなくてですね」
小萌「ま、ま、まさか、私のクラスでいじめ!?」
姫神「違う」
小萌「じゃあなんでそんなことになってるんですか~」
姫神「御坂美琴。惚気話」
小萌「はい?どういうことですか?」
黒髪の少女は無言で携帯電話を取り出し、ボタンを押した。
ピッ
上条『…だって思ってるみたいでな。上条さんとしては完全に払拭させたいんですけど、いいか?』
美琴『ふふ。じゃあ、アンタにもわたしにも手を出そうなんて思えないようにしちゃおっか。………当麻。大好き!!愛してる!!』
上条『俺も大好きだ美琴。愛してる!!』
クラスメイト達『『『『『『『『『『ぎゃああああああああああああっっ!?』』』』』』』』』』
ピッ
クラスメイト達「「「「「「「「「ぎゃああああああああああああっっ!?追い討ちっ!?」」」」」」」」」
姫神「これを聞かされた」
上条「なに録音しちゃってるんですか!?姫神さん!?」
小萌「上条ちゃんはラブラブなのですね~」
上条「ま、まあその、はい」///
小萌「あっさり肯定!?」
見た目小学生な教師が驚きで固まったのを尻目に、ツンツン頭の少年は黒髪の少女に視線を向ける。
上条「…姫神。その録音データくれないか?」
姫神「…どうして?」
上条「彼女の愛の言葉を保存しておきたいから、かな」///
クラスメイトA「か、上条が愛…だと!?」
クラスメイトF「もう惚気はいいかげんにして…」
姫神「………」ピッ
上条「待て、消さないでくれ!姫神!!」
姫神「うん?送ろうかと思ったんだけど。良く考えたら。上条君のアドレス知らなかった」
上条「謹んで送らせていただきます」ピッ
姫神「確かに。じゃあ送るね」ピッ
上条「サンキューな。姫神。…これは後で美琴の声だけ抜き出して着信音に…」ニヤニヤ
クラスメイトB「上条が自分の世界に入り込んでいる…だと!?」
クラスメイトE「あんな笑顔見たこと無いわ…」
吹寄「上条をここまで骨抜きにするとは…恐るべし超電磁砲」
メールの着信を確認して満面の笑みを浮かべるツンツン頭の少年を見て、見た目小学生な教師は大きな溜息をついて言った。
小萌「はぁ…。幸せ真っ只中ですけど上条ちゃんは放課後補習ですからね。あと、とっとと椅子に座りやがれ」
上条「なっ!?不幸だ…」