とある魔術の禁書目録 自作ss保管庫

Part20-2

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彼女が水着に着替えたら


 実に良い天気だった。
 上条当麻は『彼女』御坂美琴とプールでデートである。
 場所はウォーター・パーク。と言っても、一年前にオープンした学園都市最大規模を誇る室内プールの方ではない。
 ここはとある目的によって去年の冬にオープンした複合実験施設だ。正式名称は『集合的何たらかんたら研究エリア』と言うのだが、あまりにも覚えづらいので誰もその名前では呼ばない。
 どうせお金払って入るんだからウォーター・パークで良いじゃんか、と言う事でバス停留所もおざなりに『ウォーター・パーク前』と表示されていた。
 ということで上条はこのパークに入って途中で美琴と別れ、更衣室で海パンに着替えて美琴を待っているのだが、
「……どうしてこう、女ってのは着替えに時間がかかるんだよ。服脱いで水着に着替えるだけだろ? こっちは三〇分近く待たされてんぞ」
 うんざりしながら日除け代わりの雲が見あたらない真夏の空を見上げる。
 本日の天気は超晴れ。まさしくプール日和。
 八月の太陽からはさんさんと惜しみなく陽射しが降り注ぐ。
 パーク内のあちらこちらに設置されたスピーカーは、聞いていると心が浮き立つような、いかにも夏っぽい音楽と波の音を意味もなく織り交ぜて流し続けている。
 明らかにセレブ向け高級リゾートを意識した造りの施設に上条はぽつんと立っていた。
 上条が見上げる夏空の外周には線のようなものが見える。
 空中に浮かんだ線はマジックで引かれたように極太で、色は青く、曲線を描いている。ついでに時折キャーと言う歓声も聞こえる。
 上条の頭上二二メートルの外周をぐるっと巡っている『線』の正体は、名物のウォータースライダーだ。コース全長は約一キロと、無駄に長い。長さだけなら世界一で、ギネスブックも狙えるとか何とかそんな噂をどこかで耳にした覚えがある。確か滑りながらウォーター・パークの各所を見て回れるという触れ込みで建設されたものだ。
 ウォータースライダーでよく見かけるのは長さ五〇メートル、一〇〇メートルクラスのものばかりで、そちらと比較するとここに設置されているのがどれだけ長いか分かる。そんなに長い距離を滑っていたらお尻が痛くなるんじゃないのかと上条は他人事ながら余計な心配をしてみる。ウォータースライダーは常に誰かしらが滑り落ちていくのに、レーンから水滴が降ってこないのも不思議だ。
 ぼけっと空を見上げる上条の右手首に巻かれているのは、ICチップの入った伸縮自在の透明なビニールバンド。これは財布と入場パスの代わりに使うもので、入場者全員に貸し与えられ、このICチップに適時電子マネーをチャージして施設内の支払いの全てや施設の横断に利用する。パーク内の支払いからコインロッカーや出張クロークの使用、浮き輪やゴムボートなどの貸し出しもこれ一つで行えるのだ。
 学芸都市にも似たものが用意されていたが、学芸都市ではICカードを首からぶら下げていたのに対し学園都市ではバンドと、身につけていることを意識しないレベルにまで発展している。普通、この手のバンドは左手に着ける方が一般的だが、不幸体質の上条としては『つけている事を忘れて返しそびれて残った電子マネーを精算し損ねる』のを心配して、利き手である右手に巻いている。
 それにしても、ここは右を向いても左を向いてもカップルだらけで何だか居心地が悪い。
 中には野郎だけのグループ、女の子だけのグループもちらほら姿を見かけるが、それでも圧倒的にカップルの方が多い。しかも、上条の周りを行くのは年齢層が上条よりいくつか上の若者達ばかり。
 どうやらここは大学生以上の年齢を対象としたいわゆる『大人の遊び場』っぽい場所なのだろう。
 今日ここへ行こうと提案したのは美琴で、その美琴からは『泳ぎに行くから』くらいしか話を聞いていない。上条はここに来てからあれこれ情報収集に努めていたため分からない事の方が多く、先刻から迷子の子供のように辺りをキョロキョロ見回している。
 均整の取れたプロポーションのお姉さん方(とお連れのマッチョなお兄さん方)が上条の横を通り過ぎる度、上条はあっちを向いたりこっちを向いたりと忙しい。目の前を歩く年上の彼女達につい目を奪われがちだが注視はもってのほかだし、かといって不自然に視線を逸らすと挙動不審に思われてしまう。
 やむを得ず上条はその場で右向け右や左向け左で体ごと視線をずらすので、まるでロボットのようなぎくしゃくした動きで変な踊りを踊っているようにも見える。すれ違う女性達は意味深な目線で上条に向けて微笑みを浮かべ、上条はそのたびにう……ッ、と言葉に詰まって頬を赤らめてしまう。
 純情少年上条当麻、まだまだ翻弄されやすいお年頃である。


 そうやってあっちでもない、こっちでもないと上条がうろちょろしていると
「お待たせー」
 少し離れた背後から美琴の声が聞こえる。
 上条は後ろを振り返ると腹の底に力を込めて、
「遅えぞ!!」
「ごめんごめん。ちょっと支度に手間取っちゃって」
 上条にひらひらと手を振る美琴は水着の上からライムイエローの薄いジップアップパーカーを羽織っていた。
 一見ただの防水加工を施されたナイロン製パーカーだが、何でも紫外線を一〇〇パーセントカットする素材とやらで作られている。まさしく日焼けの跡が気になる女の子のために作られた必須アイテムと言えよう。背中に大きくゲコ太のロゴが入っているのを見ると、このパーカーが一体どこで売られていてどうやって美琴は購入したのか、上条には気になるところである。
 美琴の左手首には上条が着けているものと同じICチップ入りの透明なバンドが巻かれている。パーカーのポケットに何かを忍ばせているようだが、それ以外に手荷物の類はなさそうだ。
 つまり、美琴に取り立てて支度に手間取るほどのおかしな点は見あたらない。
「…………、」
 上条は『俺も今出てきたところだよ』などと無理矢理言わされないだけマシと思う事にして、
「炎天下でずっと待っててこっちは結構暑かったんだ。とっととプールに入ろうぜ」
「その前に、何か忘れてない?」
 美琴は上条の前でパーカーの胸元付近をつまんでみせる。
「お前のゲコ太パーカーがどうかしたのか?」
「パーカーじゃなくて……。ねぇ、見たくない? 美琴さんの水着姿」
「……、もったいぶるようなもんかそれ?」
 上条は美琴の挑発を鼻で笑い飛ばす。
 美琴は受けて立つとばかりに腰に両手を当て、
「ふーん……もしかして、怖じ気づいたのアンタ? こっちはアンタのためだけにかわいい水着を新調したもん。そうよねー、そんなすごいの目の当たりにしちゃったら中学生だなんて二度と馬鹿にできなくなっちゃうもんねー、彼氏?」
「――――――、」
 ほぼフラットに近い体で胸を張られたらたしかにそりゃすごいと上条は思う。御使堕し当時中学二年生だった美琴(中身は従妹の竜神乙姫)のスクール水着姿で大体予想がついている上条としては、何を今更という感覚が強い。
「と言う訳で、アンタの手でこのパーカー脱がせて。……そのまま目ん玉ひん剥いてよっく拝んどきなさい!!」
 とてもではないが、かわいい水着を着た(はずの)かわいい女の子の口から出る言葉ではなかった。
「分かったよ」
 上条はやれやれ面倒臭せえなあと思いながら美琴のパーカーの金具に指をかけ、美琴を睨み付けながらゆっくりとファスナーを下げる。どうせ脅し(ブラフ)だ、大したことはないと考えつつ美琴のおへその付近まで下ろしていくと
「あれ?」

 上条の希望から比較すると実にささやかだが胸の谷間が見えた。

 上条は、美琴の水着はワンピースだろうと予想していた。ワンピースでも細かいデザインで多岐に分かれるが、ワンピースじゃ胸の谷間は普通見えないだろ、と上条は考える。
 今見えたのは自分の願望が見せた煩悩(まぼろし)と納得し、上条はジー、と美琴のパーカーのファスナーを上まで引っ張り、元に戻してふうと安堵の息を吐いた。
 一方美琴は訝しげな表情で、
「……アンタ、何やってんの? 下げかけたファスナー戻してどうすんのよ? ほらちゃっちゃと脱がせなさいって」
「……、っつーか、よく考えたらどうして俺がお前のパーカー脱がせなきゃいけねーんだよ? 子供じゃないんだったらそんくらい自分でできんだろ?」
「彼女の水着の初お披露目なんだからそのくらいアンタがやんなさいよ。それとも他の男に真っ先に見せたいの?」
 彼氏ってつくづく不幸な生き物だよなと恨み言を心の中で呟きつつ、上条は美琴のパーカーの金具にもう一度指をかけ、ジーと下まで引っ張ってファスナーを全開放させる。パーカーの内側に手を入れて、美琴の肩から滑らせるように地球の重力に任せてパーカーを下に落とすと、

 上条当麻の脳内から音が消えた。
 割と目の毒な何かが見えた。

「こらーっ! 目の毒ってどういう意味よ!?」
「ああいや俺達の流れ的にこんなもんかと」
「こっ、こんなもんじゃないわよ! 彼女の水着姿見てその評価は何なのよッ!?」
 そこそこ見られるスタイルとはいえ中学生の水着姿を見て『実に良い目の保養になりました』と大っぴらに語ってしまうのもどうかと思う。
 実際、上条にとっては目の毒だった。
 美琴が選んだ水着は上条の予想以上に肌色の範囲が多かった。
 しかも、悔しい事に美琴によく似合っているし、美琴を大人びて見せている。
(ヤバい、御坂が三割増でかわいく見える……ってオイ)
 美琴は佐天が『地味』と評価した、白地にハイビスカスのプリントをあしらったビキニを着ていた。
 髪や瞳の色を見る限り、美琴は平均的な日本人より若干色素が薄めだ。日本人は黄色人種に区別されるが、比較すると美琴の肌は色が白い方に入る。大げさかもしれないが、ハイビスカスのプリントがなかったらどこが布地でどこが肌なのか凝視しないと時々分からなくなってしまう気がする。
 トップの胸元には左右のカップを寄せるためのリボンが付いていて、後ろを見ると首と背中はそれぞれ紐で結んで固定する。ローライズのボトムも両脇を細い紐で縛って止めるタイプで、どこかしら引っ張ったら簡単に脱げそうだ。
 こう言った紐が多い着衣は上条の不幸体質ときわめて相性が悪いので、上条は一歩、二歩と後ずさりして回れ右する。
 上条の人生における数々の不幸な経験から鑑みるに、こんなところでうっかりポロリでもやらかしたら一生かけて責任を取れと美琴に詰め寄られかねない。
 よって、上条は何も見なかったことにした。
 回れ右をしたその場で空を仰ぎ両手を挙げてうーんと伸びをしながら、
「いやー、実に良い天気だよなー。晴れて良かったぜ」
「……もしもーし?」
「風も気持ち良いし、最高のプール日和だな」
「……アンタ、どっち向いて言ってんの?
「さて、泳ぐとすっかね。まずはどこのプールを攻め……うわぉわ!?」
 後ろから美琴に肩をむんずと掴まれた。
 美琴はむー、と頬を膨らませて、
「だからアンタは彼女をほったらかして一人でどこに行こうとしてんのよ? 私はこっちにいるんだけど?」
「……、えーっと」
 振り向けません。
 危険物があると分かってて振り向く馬鹿はここにはおりませんの事よ。
「ちゃんとこっちを向きなさいよ」
 美琴の手によってその場でもう一度回れ右をさせられた上条は、実に気まずげに視線を逸らす。
 満員ラッシュの電車から降りてくたびれ果てたサラリーマンのように、腰に手を当てパーカーを片手で肩に担いだ美琴は
「その不審物を見るような目は何? ……それで、感想は?」
「あー……その……」
 ……音声に変換するといろいろとヤバすぎるので直視できない。
 上条は動揺を極力表に出すまいと必死に愛想笑いを浮かべながら、
「み、御坂? そのカッコじゃ寒いだろ? ほらパーカー着てさ……」
「泳ぎに来てるのに何で寒いなんて言うのよ? アンタもさっき自分で良い天気って言ってたじゃない」
「今日は何だかすげー混んでるし泳ぐのはまた今度って事で……」
「プールの入り口で『今日はいつもより空いてる』って話を聞いたばかりじゃなかったっけ?」
「……………………………………、」
「……ははーん、アンタもしかして照れてんの?」
 御使堕しで乙姫と入れ替わった美琴は、中身こそ乙姫だが外見は当時の美琴そのものだった。つまり、上条の頭の中では去年の夏に出会ったスクール水着の美琴がそのまま今の美琴というイメージがある。
 たった一年の時間と着ている水着が違うだけで出るとこが出て引っ込むところが引っ込んでるなんて聞いてねえぞ、と上条は美琴をちらりと見る。
 そこで上条の反応が楽しいらしい美琴と目が合った。
 美琴は上条を見ながら意地悪く笑っている。
 上条は美琴から視線を逸らしつつ肩をすくめて、
「……、はっ、ナニ言ってんだかこのお嬢様は。お前の水着姿なんぞ見たって何にも感じな―――」
「顔は赤いし変に汗かいてるし生体電気を読み取る限り脳波は乱れてるし脈拍も呼吸もやけに速くなってるしさ。つまりアンタ、私の水着姿見て極度に興奮してんじゃないの?」
 美琴は上条の首に両腕を引っかけると、自信たっぷりな茶色の瞳で上条の目をのぞき込む。
 美琴に正直な心の内を暴かれて上条がう……ッと絶句する。
 だがおかしい。何かが引っかかる。
「……、ちょっと待て。俺の幻想殺し(みぎて)があるのにお前は何故そんな事ができんだよ?」
「脳波云々は嘘よ。でも、アンタの顔見りゃ何言いたいか分かるって前に言わなかったっけ? ……美琴さん怒んないから、この水着姿見て何妄想したか正直に言ってごらんなさい」
 上条の表情を確認してニヤニヤと笑う美琴はとても楽しそうだ。
 あと少しでキスができそうな距離まで互いの鼻先を近づけると、
「アンタこの後、私を泣かせてくれんのよね? それって嬉し泣きかしらー? そ・れ・と・も……何か別の意味? 中学生相手にアンタが何やらかすのか期待してるからね?」
「ぐぬぬ……」
「悔しい? スクール水着とか中学生とか馬鹿にしてた相手がこんなにかわいくて。あんまり綺麗だから正視できなかったなんて悔しくて言えない?」
「……、俺はお前の外面を見て好きになった訳じゃねえよ」
「じゃあ私の言ってる事は当たり? それも答えられない?」
「……………………………………………………てるよ」
「なになにー? 声が小さくて聞こえないんだけどー?」
 美琴は自分の耳に手を当てて、上条の目の前で『何か言った?』とポーズを取る。
 上条は美琴が指摘する通り悔しさと照れくささをを噛みしめながら、
「似合ってるよ! すげー似合ってるよ! お前が中学生だっての忘れそうになったよ!! ああそうだよ水着姿のお前見てすっげードキドキしちまったよ!! だからその物騒なもんをさっさとしまえ! そんなに布地が少ねーとどこ見て良いか分かんねーだろが!!」
 ヤケクソ気味に叫ぶ上条に向かい美琴はぷぷ、と笑って、
「アンタは彼氏なんだからどこ見たって良いに決まってんじゃない。それが彼氏の特権って奴よ。じゃ、特権第二弾行ってみよっか」
「第二弾? 第二弾って何?? ちょ、お前俺をどこへ連れて行こうってんだよ!? ああダメだ、コイツまたしても人の話聞いてねえ!?」
 上条は訳も分からずに、わっはっはと笑顔で勝ち誇る美琴にずるずると引きずられて行った。


 そこはとあるプールの一角だった。
 上条が佇む一角のそこかしこに点在するのは折りたたみ式のデッキチェアとどことなくおしゃれな感じのする白いテーブル、そして水辺のリゾートにお決まりのカラフルなビーチパラソル。
 つまり泳ぎ疲れた客向けの休憩スペースだ。
 二人の周りにいるお客達は一休みしてドリンクを飲んだり何事かを談笑したりと、まだ午前中だというのに退廃的な雰囲気を漂わせながら慣れた様子でくつろいでいる。
 美琴は空いているデッキチェアに座るのではなく乗っかると、手にしたパーカーのポケットをゴソゴソと漁ってその中から薬品入りのチューブを取り出し『はい、これ持って』と上条に手渡す。
 手渡された上条は何だこれ? と謎の物体についてちょっとだけ予想しつつ、
「……体に塗ると水中でも息ができるようになる学園都市謹製のステキな塗り薬か何かか?」
「ううん、ただの日焼け止めだけど?」
「……、ふーん」
 上条は手の中にある『ただの日焼け止め』入りチューブをしげしげと眺める。
 表面には見覚えのない薬品メーカー名が書かれていたので、案外これは常盤台(おじょうさま)御用達ブランド製品なのかも知れない。
 こんな物をわざわざ自分に見せて美琴は何が言いたいんだ? と上条がぼんやり考えていると、
「塗ってくれる? 私の背中にまんべんなく」
「……、はぁ? お前何言ってんの? んなもん自分で塗れよ」
「自分で手が届くところは着替えた時に塗ったわよ。背中はさすがに手が届かないからアンタに頼んでんじゃない。忘れたの? 『日焼け止め塗る係を言いつけてやる』って言ったでしょ。さすがに全身塗らせるのはアンタにはまだ早そうだから、今回は背中だけ、ね」
「…………、オイ」
「お礼に、映画みたいに背中にキスするくらいは許してあげても良いわよ?」
 俺はお前の彼氏じゃなくて下僕かよ、と日焼け止めの入ったチューブを握りしめたまま怒りでブルブルと小刻みに肩を震わせる上条を無視して、美琴はデッキチェアを平たく倒しその上にうつぶせに横になる。
 上条は中学生に羞恥プレイ(主に上条が受け)を要求される高校生ってどんなだよと思いながら、
「……、ここでこんな事してんの俺達だけじゃねえか」
 二人の周りにも似たようなカップルはいくらでもいるが、彼らは一休みしてドリンクを飲んだりおしゃべりに興じたりしている。
 もっとも、お嬢様と下僕に見える二人組は上条と美琴以外には存在しない。
「そりゃそうよ。だって他のカップルは」
 美琴は寝そべったまま腕だけを持ち上げてウォーター・パークに隣接する建物を指差すと
「そこのホテルで部屋借りて、そっちで準備してから来るもん。気がつかなかった? カウンター付近で更衣室でもないのに水着姿のままうろちょろしてる人たちが結構いたでしょ?」
 そう言えば、更衣室は受付カウンターでチェックを受けてからでないと使えないはずなのに、上条はとっくに水着に着替えてふらふらしている若者達やカップルの姿を複数見かけた。アイツらどこで着替えてきたんだろうとその時は不思議に思っていたが、どうせ小学生みたいに服の下に最初から水着を仕込んでいましたって言うオチだろうくらいにしか考えずに流していた。
 更衣室がやけに空いているのも今日は客の入りが良くないからかなくらいにしか思っていなかった上条としては、『へー、ホテルってそんな使い方があんのか』と感心してしまう。
 美琴は、単にアンタが知らないだけで使い方としては割と当たり前よと付け加えて、
「ここがどこか忘れたの? ちょっと規模は大きいけれど、元々そこのホテルの付属施設なんだから」
 付属施設にしてはちょっとどころか規模が大きすぎて忘れてしまいがちだ。
 むしろホテルの方が添え物に見える。
「……お気楽な大学生達の定番デートコースなのよ、ここって」
 美琴は含みを持たせるように告げた。
 プールとホテルだけを見れば定番のデートコースかも知れないが、このホテルの実態はそこには止まらない。
 敷地内には巨大水族館、スポーツクラブ、スイーツ(お菓子)ばかりの専門店、はたまたお風呂施設(スパ)にドーム型スキー・スノーボードエリアに高級ブランド店が建ち並ぶショッピングモールと、あちらこちらからリゾートを構成するパーツばかりを寄せ集めたようなホテルだった。こうなるとホテルはおまけ程度の存在価値しかない。
 もっととんでもないのはこの施設群が全て『効果的に集客するためにリゾートはどう展開すべきか』と言う点に主眼を置いた、とある企業主導による実験および研究のためのエリアと言う事だ。リゾート工学や環境工学、はたまた運動力学とやらの観点で建てられた施設だからこそ、全長一キロなどと言うふざけたウォータースライダーも存在する。
 美琴はうつぶせになったまま小さくため息をついて、
「まぁ、こんなリゾート施設でもカップルでホテルって言ったらプール以外の利用が主目的なんでしょうけど」
「ん? 何か言ったか?」
「……何でもない。日焼けしちゃう前にそれ塗ってくれる? 体の前半分が白いのに後半分が黒いなんてまるでオセロの駒みたいだもん」
 余計な事を言った、と美琴は話を打ち切った。
 オセロと聞いて何かが頭の中で閃いた上条は、
「それなら白井と二人で組んでみるのも面白いんじゃねーの? 常盤台中学の漫才コンビって触れ込みでデビューしてみるとか」
「ツッコミの代わりに、客席のアンタに向かって黒子のドロップキックが飛んでくるわよ? ……馬鹿な事言ってないで、塗る前に背中の紐はほどいてよね。そこだけ残されると跡付いちゃうから」
「……、自分で外せよそんくらい」
「文句言わないでちゃっちゃとやんなさい。それともわざと紐を残して、私の日焼けの跡を知ってるのはアンタだけ、とかやりたいの?」
「……、背中に『バカ』って文字で日焼け跡を残して欲しいのか?」
 これ以上何をどう反論しても美琴に喜んでいると思われるのが腹立たしく思えた上条は、プレゼントのリボンを解くように美琴の背中でちょうちょ結びになった紐を黙って左右にすっと引いた。外した紐は両端を持って美琴の体の両脇にそっと垂らす。真夏の太陽の陽射しを反射しそうな白い素肌がやけにまぶしい。
「塗り方分かる? 薄く一回塗っておしまいじゃなくて、その薄いのを何回も繰り返すの。塗りむらがあると、まだらに焼けちゃうから気をつけてね」
 美琴の言葉に分かったよ、と上条はうんざりしながら答える。
 右手に持ったチューブの蓋をパチンと開けて、左の掌にむにゅっとチューブの中身を垂らす。鼻の前まで掌を持ってきて匂いを嗅いでも薬品臭さは感じられない。むしろ美琴がつけていた香水のような不思議な香りがする。
 さて、と上条は寝そべったままの美琴に向き直り、
(……日焼け止めを塗るって事は、コイツの背中に触んなきゃダメって事だよな)
 純情少年上条当麻は不幸にもいろいろな女性の方々の素肌、もとい文字で表現してはいけない何かは数多く拝見した事はあれど、直接手で触れた事は―――記憶にない。
 そこまで考えて背中を嫌な汗がだらだらと流れていくのを感じた上条は、
「……あの、一つ聞くけど。お前の能力で手を触れずに塗ったりとかできないのか?」
「んな事できたら最初からアンタに頼んだりしないわよ。……いずれ背中以外も触るんだからそれくらいでオドオドしないの」
「……いずれ? 背中以外?」
 想像してはいけない場面を妄想しそうになったので上条はブンブンと首を横に振り、日焼け止めを垂らした左掌を美琴の背中に向かってビシッと掌底突き。
「ぶふっ!? 日焼け止め塗るのに何で背中をどつかれなくちゃなんないのよ!?」
「良いからお前はお静かにっ!」
 上条はそのまま掌だけを白い背中に滑らせて、上下にこするように日焼け止めを塗っていく。その手つきは良くてスキー板へのワックス掛け、悪ければ壁にペンキを塗っているようにしか見えない。
「片手だけだと塗りづらくない? そのチューブ、テーブルに置いたら?」
 上条を気遣っているのか挑発しているのか判断をつけかねる美琴の言葉に上条は目を閉じたまま、
「……、頼むからこれ以上何も言わないでください」
 利き手とは逆の左手で塗っているからまだ良いが、右手を使って塗ったら美琴の肌の感触が生々しく残りそうでマズい。
 上条は右手にチューブを握りしめ左掌に日焼け止めを垂らしては美琴の背中におっかなびっくり塗っていく。時々そーっと目を開けて、塗りむらがないかどうか確認すると、美琴の腋のあたりとデッキチェアの間で押しつぶされた柔らかそうな何かが視界の隅に入って、上条は再びまぶたを硬く閉じる。
「…………、あの、こんなもんでいかがでしょうかお嬢様」
 一通り塗り終わった後、何も悪い事はしていないのにデッキチェアの横で土下座モードに移行する下僕の上条。
 美琴はいかにもお嬢様っぽい優雅な仕草で寝そべったまま背中に腕を回すと指先で背中をチョイチョイとつついて、
「ん、バッチリね。ありがと。最後に背中の紐結んでくれる?」
「だから自分でやれよそんくらい!!」
「ドアは開けたら閉めるって小学校で習わなかった?」
「習ったかもしんねーけどそれとこれとは話が違うだろうが! 俺で遊ぶんじゃねえよこのガキ!!」
 美琴は上条の言葉を聞き流し、体の前で交差した両手を使って胸元を隠すように押さえると体を起こして、
「はい、よろしく」
 ちらりと後ろを振り返りながら上条にわざとらしく白い背中を向ける。
「…………………………………………………………不幸だ」
 上条はやっぱり彼氏じゃなくて下僕じゃねーかと思いながら、美琴の背中を横切る紐をちょうちょ結びに直してやる。美琴は上条に背中を向けたまま胸の辺りの布を指で引っ張って位置を直した。
「それじゃどこに行こうか。行ってみたい場所ある?」
 デッキチェアに腰掛けたまま美琴が上条に向かって片手を差し出す。
 立たせろ、と言う事らしい。
 上条は見た目しぶしぶ、内心ドキドキしながら美琴の手を取って立たせると、
「俺、ここの事あんまり知らねーんだよ。適当に歩いて面白そうなプールがあったら入ってみようぜ」
「……だからどうしてそうやって私から不自然に目を逸らすのよ。しかもこっちをチラチラ見て、それじゃまるでどっかのエロ親父みたいじゃない。見たいならちゃんと見ればいいでしょ?」
「……し、仕方ねえだろ。その、まともに見られねえっつーか……御坂、その手に持ってるパーカーを着てくれねえか」
「これはそこのクロークで預けるわよ。持ってたらプールに入れないじゃない」
 美琴は左手に巻いたICバンドとパーカーをもよりの出張クロークに『お願いします』と差し出す。クロークの係員は手慣れた様子で美琴の手からパーカーを受け取ると、手元のキーボードをカチャカチャと操作し、バンド内のチップに上から細いペン状の端末を軽く当てて預かり品情報を書き込んだ。
 預けた品物を受け取るときはこのバンドを差し出して情報を読み取ってもらうだけで良い。預けた場所が分からなくなったときは最寄りのクロークで情報を読み出してもらい『あなたの品物は○番クロークでお預かりしていますよ』と教えてもらえるのだ。
 上条は極力美琴の方を見ないようにしながら手をつないでプールサイドをペタペタとあてもなく歩いていく。
 プールとプールの間や休憩施設をつなぐ通路はコンクリートの上から滑り止めの特殊塗装が施されているので、ビーチサンダルなどを履いて転ばないように気をつけると言った心配がいらないのがありがたい。
 正面から歩いてきたスタイル抜群の女性とすれ違いざまに
「…………………………痛てっ!」
「何でこっちを見ないで他の女に気を取られてんのよ。それってかなり失礼なんだけど?」
 後頭部を美琴にスパン! とはたかれる上条。
「そんな事言ったって…………」
 隣に彼女がいたってグラマラスな何かに目を惹かれてしまうのは男として仕方のないことなのだ。
 美琴は一度上条から手を離し、
「女の子連れて歩いてんだからもっと喜びなさいよ……ほら」
 上条の左腕を取ってぎゅっと抱きつく。
 美琴の控えめながら柔らかい感触が上条の肘のあたりにぶつかって、
「ちょ、バカ、なぁ、おい…………ッ!?」
 上条はとっさに右手でドッキーン!! と脈打つ心臓のあたりを押さえ込み、歩いていた足が止まる。過去に御坂妹にも似たような事をされた事があったが、衝撃の度合いが比べものにならない。
 上条は陸に上がった魚みたいに口をパクパクさせて、
「お……お前……絶対わざとやってんだろ……?」
「ん? 何が? あー、流れるプールがある。あれ入ろう」
 上条の追求をとぼけながらかわし、美琴は上条の腕をぐいぐいと引っ張る。引っ張られている間も肘や二の腕に美琴の何かがふわふわと当たっているので上条は、
「引っ張るな、いや当てるな! だから手を離せって!! 俺をからかうな!」
 美琴に引っ張られた上条の目の前にくねくねと曲がりくねった流水プールが広がる。
 流水プールは文字通り、水が延々と一定の方向に向かって流れるプールだ。
 マグロのように流れに乗ってぐるぐると複数の曲線で作られたプールを周遊するのが楽しいらしい。自力で泳ぐなどの推進力がいらないので、プールのそこかしこではカップルや団体さんが手をつないだり押しくらまんじゅう状態になりながら水の流れを楽しんでいる。
 流水プールの縁で美琴はぽいと上条の腕から手を離してえい、とかけ声をかけてプールに向かって飛び込んだ。
 準備運動したのかよお前、っつーか『えい』とかかけ声かけて飛び込むなんてどこの小学生だよと上条が苦笑していると『そこ! 飛び込み禁止って書いてあるのが分からないのか!!』と二人に向かって監視員らしき声で注意が飛んできた。
 どうやら能力で音声を飛ばしているらしく、音源となる監視員はお客と見分けがつくようスポーツキャップと救命胴衣らしきジャケットを身に着け、はるか遠くでブンブンと警告の手を振り回している。能力を使えるところを見ると、おそらく彼は学生アルバイトなのだろう。
 流水プールは周回する水と共に人間がどんぶらこと流れてくるので、周りを確認せずにむやみやたらと飛び込むのは危険なのだ。
 すみませーんと上条は遠くの監視員に向かってペコペコと頭を下げると、プールの縁にいったん腰を下ろし、ドブンと水を打つ音と共に両足を揃えてプールに入った。
 プールの中に入った事で、美琴の水着姿は水面下に隠れた。やれやれこれで一段落だぜ、と上条が冷や汗を拭っていると
「おーい、行くわよー!」
 上条の立つ方角に向かって流れる水の勢いを利用して、美琴が上条に向かって飛びついてきた。
「行くわよー、じゃねーよ。テメェ何考え……て……?」
「? 何か言った?」
 美琴は上条の首に両腕を回してしがみつく。
 確かにこれなら水に隠れて美琴の水着姿は見えないかも知れないが、真っ正面から美琴が上条にぶつかってきている分、水着越しに美琴の体温が上条の胸板に向かって水流と一緒に押し付けられる。
 トン、トン、と水流に乗ってプールの底を蹴りながら、美琴を首にぶら下げた状態のまま肩まで水に浸かって無言で後方へ飛ぶ上条。
 風のない日の吹き流しみたいに、上条の首にしがみついてぶら下がる美琴。
 今日は出だしから美琴の挑発で一方的に押されまくっている。このままこのペースで行くと中学生相手にひと夏の経験とか大人の階段登っちゃうんじゃないかと上条は内心うろたえる。
 マズい。
 美琴は上条の彼女ではあるが、まだ中学生だ。様々な理由から『中学生に手を出したすごい人』の称号を回避したい上条としては、嬉し恥ずかしドキドキイベントの真っ最中にありながら、クソ暑い真夏のさなかにただ一人だらだらと冷や汗をかいている。
 気を抜くと理性のネジが吹っ飛んで発作的に美琴を抱きしめそうだ。
 嬉しいけど素直に喜べない。上条当麻、ただ今二律背反の真っ直中。
 水の中では浮力が発生するので美琴にぶら下がられても重さを感じないが、上条は涙ながらにあきらかにわざとくっついてくる美琴を振り払うべく
「お前そこで何やってんの?」
「何って、流れるプールの流れに乗ってるだけよ?」
「じゃあ何故そこで俺にしがみつく必要があんだよ? ここは十分お前の足が着く程度の浅さだろ?」
「一人でちゃぷちゃぷ浮かんでても面白くないじゃない。それに、こうやって水の中に沈んじゃえばアンタはこっちを気にしなくなるんでしょ?」
「……あのな、俺に抱きつくなよ! お前さっきからわざとやってんだろ!! ちったあ周りを見やがれ!!」
「周りなら見てるわよ? みんな私達と似たり寄ったりじゃない」
 確かに、上条達の周囲にいるカップルは浮き輪やゴムボートを使ったり使わなかったりの差はあれど、水の上でも下でもべったりひっついている分にさしたる違いは見られない。
 定番デートコースはカップル達の行動も定番通りだったのかと、上条はタマネギをみじん切りにしたように目元が滲んだ。
 堂々としている彼らが少しだけうらやましく思える。
 嬉し恥ずかし夏休みの風物詩、ドキドキイベントの真っ最中で上条は不規則に高鳴る胸を押さえきれずに、
「……み、御坂」
「……何?」
「あの、離れてくれねえか?」
「いや」
 美琴にすげなく拒否された上条は半ば悲鳴混じりで、
「……お願いだから離れてください! 上条さんこのままでは理性が飛んでしまいます!」
 正直な思いを叫ぶ。
 美琴は上条に対して初歩の数学問題を丁寧に解説するように、
「私がどうしてここを選んだか分かる?」
「へ? そりゃお前、ここってデカいスライダーがあって……」
 違うわよ、と美琴は上条の言葉を否定しながら、
「見ての通りここって利用客のほとんどは大学生かそれ以上ばかり。こんな浮ついたスポットだから場所柄として常盤台中学(うち)の生徒はまず来ない訳。つまり、水着になっちゃえば私が常盤台だの中学生云々なんてのは誰が見ても分かんないのよ? だから、今はそう言うのは忘れて……。大体、アンタだって忘れそうになったんでしょ? だったら夏のせいにでもしておけば? 私がいつもと違って見えるってんならそれって魔法みたいなもんでしょ」
 それにさ、と美琴は一拍置いて、
「カップルだらけのスポットに来てるのに相変わらず彼女をスルーなんてひどくない? 私が中学生って事でアンタが色々気にしてるのは知ってるけどさ、その……もう少し甘えさせてよ」
 美琴が過剰なまでに挑発してくるのは上条に対して不満があるからだ。
 必要以上に美琴を遠ざける行動はかえって美琴のストレスを増すばかり。
 つまり、ある程度美琴の要求を聞いてやれば美琴の無茶振りも治まるかもしれない。
 そして上条当麻は健全なコーコーセーだった。
 照れが先走ってしまいなかなか行動に移せないが、人並のカップルらしい一時を過ごしてみたいと思うことだってある。
 美琴が中学生でなかったら、と思う時も。
「……そうだな。今日くらいは……まあ、その……」
 良いんじゃねえかな、と言い終わる前に美琴が流れる水の中で上条をぎゅっと抱きしめる。
 上条は少しだけうつむくと、
「……………………お前一応あるんだよな。今まで無視してて悪りぃ」
「? 何の話?」


 と、そんな謎の会話を交わしていたが、
「……浮き輪」
「……は?」
 美琴の脈絡のない発言に首を傾げる上条。
 美琴は周囲で遊んでいるカップルを指し示すと、
「浮き輪借りてきてくれる? ……遊びに来たんだから、遊ばない?」
「そ、それもそうか。浮き輪だな? よし、ちっとここで待ってろ」
 上条は流水プールから体を引き上げると、近場のクロークへ走った。手首に巻いたICバンドを受付に差し出し、浮き輪のレンタルを頼むと元は大型トラックのタイヤ用ゴムチューブだったらしい黒くて大きな浮き輪が出てきた。紳士然とした笑みを浮かべるクロークの係員から浮き輪を受け取り肩に担ぐと、上条は走って美琴の元に戻る。
(あれ? プールサイドは走っちゃいけませんとか注意されねえんだっけ?)
 などと辺りをきょろきょろ見回していたら案の定『走らないでください!』と今度は拡声器を持ったナイスバディの女性監視員から叱られたので『すっ、すみませんでしたー』と声のする方に向かって慌てて頭を下げた。
「ほれ、御坂」
 美琴のいる付近に『せーのっ』とかけ声をかけて黒ドーナツもとい巨大浮き輪を投げ込むと、美琴が受け取り両手と背中でぐっと押して水中に沈める。
 直径一メートル近い物体から発生する浮力に手こずるものの何とか水中に押し込んで、美琴は浮き輪の中央にぽっかり空いた円の部分に腰を落とした。
 プールサイドから美琴を見ると、大きなソファに腰を下ろし、両手を広げて頭を預けるような姿だ。浮き輪への寄りかかり方もどことなくお嬢様っぽい風情がある。
 それを見ていた上条はプールに入ると、
「ほれ」
 水上にぷかぷか浮かぶ黒ドーナツを手でくるりと回す。
 移動する土台の上でくるくる回る遊戯施設と言えば、遊園地のコーヒーカップが思い浮かぶ。
 上条は自分もプールの流水に乗ってプールの底を蹴り、水中をぴょんぴょんと飛び跳ねながら、水の上に浮いた巨大浮き輪をコーヒーカップの中央に据え付けられたハンドルみたいに美琴ごとぐるぐると回し始めた。
「ほーれほれほれ」
「ちょ、なっ、馬鹿っ、やめっ、めっ、目が、目がっ、目が回るでしょ!?」
 抵抗したくとも浮き輪中央の穴に腰がすっぽり収まってしまった美琴は何一つ手出しできない。
 悲鳴らしきものを上げて両手両足をジタバタ振り回しても上条に届くことはなく、その仕草が子供っぽく見えて上条は、
「ほーれほれほれ、回れ回れー」
 調子に乗って水上の美琴を浮き輪ごと速度を上げてぐるぐるぐるぐる横回転させる。
 皿回しの皿のように高速で回されて、
「ま、待って、待って、ちょっとこれ、酔う、酔うからストップ、とまっ、止まりなさいってか止めて!」
 美琴の悲鳴が本格的になってきたので、上条は仕方なく巨大浮き輪の回転を両手で掴んで止める。
 浮き輪につかまって自分もぷかぷかと水に浮きながら、
「楽しいだろ?」
「……やり過ぎだっつーの」
 少し青い顔をした美琴に睨まれた。
 ぐるんぐるん回されてどうやら本当に乗り物酔いを起こしかけているらしい。
 美琴は体を起こし浮き輪から水中に向かって滑り降りると、
「今度はアンタの番よ」
 少し青い顔色のまま黒い巨大浮き輪を両手で頭上に持ち上げ、上条に向かって振りかざす。
「……え? え? ……いやちょっと待て御坂浮き輪なんて俺は」
 ズボッ、と。
 子供じゃあるまいしそんなものいらねえよと言い切る前に、黒ドーナツの輪の真ん中に上条の体が突き刺さる。直前までジタバタと両手を振り回していたので変な体勢のまま輪っかの真ん中に体がはまってしまい、もがいてみても肩や肘に引っかかって浮き輪が外れない。
「……さっきのお返しよ。たっぷり味わいなさい」
 そう、まるで輪投げの的に輪が引っかかったみたいに。
 身動きが取れない上条は美琴によって足払いをかけられ、
「ごぼっ!?」
 浮き輪と共に、水の中で体が横に浮かぶ。
「……なあ御坂、俺身動きが取れごぼっ?」
 ゴボウか大根を洗うみたいに、流水に押し流されながら『垂直』回転する浮き輪+上条。
 浮き輪ごと美琴にくるくる回される上条は、浮き輪を支点にすると体をくの字に曲げて
「待てこれはぶぶっ! これ何のごうもぶへっ! 止めろ馬鹿浮き輪があってもばっ! 丸焼きみたいに俺をまわずぶっ!!」
 一回転するごとに顔が水面に押しつけられ思うように言葉が出せない。
「ほらほら、楽しいでしょ?」
 美琴はあははと笑いながら上条をくるくると回す。
「止めろみさぶがっ! 馬鹿止せ水、水ぼぼぼっ!? ちっ、窒息するうがあっ!」


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