とある魔術の禁書目録 自作ss保管庫

Part03-1

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 翌日の放課後。珍しく補習のなかった上条は鼻歌を歌いながら教室を出た。
 そんな彼の肩を背後から近づいた誰かがぽんと叩いた。
「カーミやん、今日は久しぶりに誰も補習のない日。いっしょにナンパでも行こうぜい」
 上条はめんどくさそうに振り向いた。
 そこにはニヤニヤ笑みを浮かべる土御門元春と青髪ピアスの姿があった。
 上条は軽くため息をつくと小さく首を振った。
「悪い、今日はそういうの勘弁してくれ。ちょっと用事があるんでな、多分」
「多分? なんやけったいやな、ちゃんと決まってる用事やないんか?」
「いや、約束はしてないんだが予測は立つというかなんというか……」
 青髪ピアスの疑問に言葉を濁す上条。
 その様子を見た土御門と青髪ピアスの二人はジト目で上条をにらみつけた。
「カミやん。まさか、とは思うが、どっかでフラグを立てた中学生がそろそろ恩返しに来るなんておいしいイベントが起こる、とかだったら……マジで殴るぜい」
「そうそう、しかもそれが美少女中学生ならなおのこと罪は重くなるんやで。クラスでの異端審問会どころの話や済まへん」
 そこまで言って顔を見合わせた二人は大げさに上条から距離を取った。
「ま、まさか! 相手は小学生!」
「んなわきゃねえだろ! なんだその嫌な感じにピンポイントな予想は! 俺の相手は年下しかいねえのか!」
 思わず大声を出した上条の肩に土御門は優しく手を置いた。しかもサングラス越しに見える目つきまで妙に優しい。
「カミやん、男ってのは、生まれながらのロリコンなんだぜい。いい加減素直になると、楽になれるにゃー」
「その通り、ロリこそ人類の至宝」
「んなわけあるか! そんな中学生が俺を待ってたりするわけないだろ!」
 相手にするのも馬鹿らしい、そう思った上条は二人に背を向けた。

 しかし青髪ピアスがそんな上条の肩を掴んだ。
「ちょい待ちカミやん」
「ん? まだ何か用かって、何やってるんだお前ら?」
 訝しげに振り向いた上条は、土御門達の様子を見てなんとも言えない顔つきになった。
 青髪ピアスは目を細めながら、土御門に至ってはサングラスを輝かせながら廊下の窓から校門の方をじっと見つめていたからだ。
「カミやん、嘘は良くないぜい」
「嘘ってなんだよ」
「オレのサングラスは、実はとあるルートから入手した美少女センサーになっているんだにゃー。そしてそのセンサーが今、ビンビンに反応してるんだぜい。校門の所に美少女がいる! あれはきっとカミやんを待っているに違いない!」
「なんだよそのわけのわからないサングラスは。しかもなんで俺を待ってるって決まってるんだ?」
 ため息をついた上条をよそに土御門達のテンションはさらに上がっていった。
「こ、この反応は! ふ、ふぉぉぉおお!」
「どうしたんや! そんなものすごい美少女なんか!? センサーの反応値は?」
「美少女度は……AA、いや、これはまさかSクラス!?」
「なんやと! そ、そんなアホな……Sクラスいうたら美人、美少女の多いこの学園都市の中でも一、二を争うことになるんやで。センサーは壊れてないんか!」
「センサーはこの間オーバーホールしたばかりで正常だ、なんの問題もない!」
「そ、そうなんか。さすがやカミやん、Sクラスにまでフラグ立てとるやなんて……」
「しかもスレンダー系美少女中学生!!」
「おお!!」
「さらにさらにあの制服は……名門常盤台中学!!」
「な……!」
 ずっと無視を決め込んでいた上条だったが、ここに来てさすがに校門にいるのが誰かわかったため慌てて校舎から飛び出した。

 その頃、校門の側で上条を待っていた美琴はかなりいらだっていた。
 三十分前、授業終わりのチャイムと同時に、文字通り学校を飛び出した美琴はその足で上条の通う高校までやってきた。少しでも早く上条といっしょに病院に行きたかったからだ。
 しかし授業が終わっているはずなのに一向に上条は校舎から出てこない。しかも校舎から出てくる他の男子生徒は美琴の姿を見るや否や、次々に彼女に話しかけてくる。
 彼らを完全に無視していた美琴だったがそれでもうっとうしいことに違いはない。結果として彼女のイライラは順調に増大していった。
 そして我慢の限界に達した美琴が、校庭に雷撃の槍をぶち込んで無理矢理上条を引きずり出そうか、等と物騒なことを考え始めたその時、息を切らせて上条が校門へやってきた。
 上条の姿を確認した美琴は一瞬花のような笑顔を浮かべたが、すぐに憮然とした表情を作った。
「やっと来たわね。アンタ、私をこんなに待たせるなんてどういうつもり?」
「どういうつもりも何も、お前がここで待ってること自体、今知ったんだぞ、俺は」
 上条の言葉に美琴はわずかに顔を引きつらせた。
「そう、そう言えばそう、かも」
「そう言えばも何もない。だいたいこんな所にまで来なくったって、メールか何かしてどこかで待ち合わせしてればいいだけだろう。なんでそうしなかったんだ?」
「そ、それは、その、き、急に来て、だから、アンタを、驚かせたかった、から……」
 頬を染め、指をもじもじとしながら美琴は呟く。しかしあまりにも小さいその声は上条には届かなかった。
 美琴が何を言ってるのか聞こえなかった上条の顔には不思議そうな表情が浮かんだ。
「何言ってんだ、お前? まあいいか。で、わざわざここまで来たってことは病院か、やっぱ?」
 美琴はこくりとうなずいた。
 上条はふうと息を吐いて苦笑すると、美琴の頭にぽんと手を乗せた。
「ほんとわかりやすいな、お前。まあ、そうだろうとは俺も思ってたし、んじゃあ行くか」
 上条の言葉に美琴は笑みを浮かべた。
「うん。後それからね、帰りに色々買い物したいからそれにも付き合ってくれる?」
「買い物って?」
「そりゃ、これから何かと入り用になるわけじゃない。やっぱり準備はしっかりしていた方がいいと思うのよ」
「そんなもんか?」
「そうよ。で、とりあえずまず最初に用意しないといけないのは……アンタん家の合い鍵ね」
「は? な、なんで、そ、んなもの、が……ん?」
 急にただならぬ殺気を感じた上条はきょろきょろと周りを見回した。二人の周りにあったのは、いつの間にかできていた人だかり。
「うーん……」
 上条は冷静になって今の状況を分析した。

 自分と今話しているのは美琴。
 その美琴は性格はともかく、見た目だけなら超が何個もつくほどのスーパー美少女。
 さらに美琴が着ているのは学園都市の中でもとびきりのお嬢様学校である常盤台中学の制服。
 しかも美琴は自分に会うためだけにわざわざこんな所にまで来ている。
 止めとして美琴は上条の部屋の合い鍵を作ろうとまで考えている。
 普段から「フラグ男」としての上条を目の敵にしている学校中の男子生徒達を刺激するには十分な材料だ。

 上条はもう一度人だかりを見た。
 視線で上条を殺せるなら、と言った目をした男子生徒が多い。
 しかし妙なことに、ものすごい形相でこちらをにらみつける女子生徒も人だかりの中には結構いたのだが、上条はそこについてはあえて深く考えないことにした。白井黒子のように美琴に興味を持つ女性も少なからずいるのだろうから。
 さらに校舎の方に視線をやると、そこにはゆっくりとこちらへ向かって歩いてきている土御門と青髪ピアスの姿があった。もちろん彼らの全身は怒りのオーラで包まれている。
 当然のように上条の口からはおきまりの言葉がこぼれ出ることになる。
「今日も全力全開、まったくもって上条さんは不幸だな。というわけで、行くぞ」
 上条は美琴の手をぎゅっと握った。
「え?」
 美琴が状況を把握する前に上条は彼女を連れて走り出した。
「え、え、え――!?」

 数十秒後、上条の突然の行動であっけにとられていた人だかりの面々が現在の状況に気づいたとき、既に二人の姿はどこにもなかった。
「こ、ここまで来れば大丈夫、だな」
 後ろを振り返り、追っ手が来ないことを確認した上条はようやく立ち止まった。そしてハンカチで汗を拭いながら、呼吸を整え始めた。
 一方、上条にずっと引っ張られていた美琴は上条より遥かに体力を消費していたようで、肩で激しく息をしていた。
「ハァ、ハァ、な、なんで、こんな馬鹿みたいに、は、走らなきゃ、いけな、いのよ……」 その姿に若干の罪悪感を感じた上条は素直に謝った。
「悪い、急に引っ張っちまって。ただ、ああしないといつまでもあの場所から逃げられそうになかったんでな」
 美琴は上条に訝しげな視線をぶつけた。
「なんで逃げなきゃいけないの? アンタ、またなんか妙なことにでも巻き込まれてたの?」
「巻き込まれたというか、お前が巻き込んだというか……」
「私が巻き込む? なんでそうなるのよ」
「だから、俺ってあっちこっちでフラグを立ててるとか、妙な誤解を受けてるだろ? それで学校中の男共から変に恨まれてるんだ」
「それは誤解じゃないでしょ」
「誤解じゃねえか、だいたい上条さんには出会いが……まあいい。とにかくその誤解のせいで俺は何かあるたびに連中に追い回されてるんだ。今日なんかあのままあそこにいたら、後で絶対追い回されるに決まってる。だから連中が行動を起こす前に逃げ出したんだ」
「なんで決まってるのよ?」
「お前気づかなかったのか、連中のブチ切れ寸前の顔に?」
「別に。そもそもあの人達がなんで切れるのよ?」
 美琴は不思議そうに首を傾げた。
「あれは絶対、連中切れる寸前だったぞ。だいたいちょっと考えればわかりそうなもんだろ。だってな、えっと、その、つまり……」
 上条は急に言いにくそうに口ごもった。
「何よ、はっきり言いなさいよ」
「いや、だからな、その、お前が……」
 上条は突然両手で激しく頭をかきむしった。
「あーもう! だから、お前みたいなかわいい女の子と俺が話なんてしてて、奴らが切れないわけがないんだよ! それくらい自覚してろ馬鹿!」
「ば、馬鹿って何よ! アンタに馬鹿なんて言われたくないわよ、大馬鹿! だいたいなんの自覚、を、私が……。あれ? アンタ、さっきなんて言ったの? ねえ!」
 美琴はどんと足音を立てて上条に近づくと、ずいと顔を近づけた。
 上条は露骨にそんな美琴から顔をそらせた。
「へ? あ、だから、えと……ち、ちょっと口が滑ったかな、なんて……」
「ねえ! もう一度ちゃんと言いなさいよ!」
 美琴は上条の胸ぐらを掴んだ。
 しかし上条はばっと美琴の手を払いのけた。
「だあ! もう言わねえ! 忘れろ! 記憶から消去しろ!」
 けれど美琴は諦めない。じりじりと上条に近づいていく。
「ちゃんと言ってくれたら忘れてあげるわよ、もしかしたらだけど! だからちゃんと言いなさいよ!」
「うるせえ! なんもかんも忘れたんだ! そういうことにしておけ! ほら、病院行くぞ!」
 上条は美琴の一瞬の隙を突いて病院に向かって駆けだした。
「あ、待ちなさいよ! 逃げるなコラ――!」
 逃げ出した上条を必死で美琴は追いかけ始めた。

 結局疲れ果てた二人が病院に着いたのはそれから三十分後だった。
「まったく、今度絶対ちゃんと言ってもらうからね。覚悟してなさい」
「二度と言わない。聞き逃したとか思うんなら好都合、実際大したことないんだしな」
「大したことないならもう一度言ってよ」
「あーもう、聞こえない聞こえない」
「アンタね!」
「はい、ストップ。着いたぞ」
 乗っていた病院のエレベーターが目的の階に着いたため、二人の会話はそこで中断された。
 先ほどまで文句を言っていた美琴だったが、目的の階に着くや否やエレベーターから飛び降りて、嬉々として冥土帰しの部屋の前に立った。
 胸に手を当てゆっくりと深呼吸をした美琴は、軽く部屋のドアをノックした。しかし部屋の中からはなんの反応もない。
 首を傾げた美琴はもう一度ドアをノックした。けれどやはり部屋からはなんの反応もない。
 しばし考え込んでいた美琴だったが、軽くうなずくとゆっくりとドアノブを回した。
「失礼しまーす。先生、いませんか? いませんね、じゃあ勝手に入らせてもらいまーす」
 その様子を見ながら上条はため息をついた。
「何やってんだよお嬢様」
「うるさいわね、先生は自分がいないときは勝手に入って構わないって言ってたでしょ。だからこれでいいのよ」
 そう言いながら部屋に入ろうとした美琴を上条が呼び止めた。
「おい、待てよ御坂」
「何よ、入っても構わないって言ったでしょ?」
「そうじゃなくて、入るなら俺といっしょだ。俺がお前に触れてなきゃアイツが怖がるだろ?」
「ああ、そっか。ごめん、ありがとう。じゃ、お願い」
 上条が自分の肩に手を置いたのを確認した美琴は、上条を伴って部屋に入っていった。

 美琴と上条はできるだけ音を立てないように部屋に入ると、部屋の隅にあるケージの所へ静かに歩いていった。
「さあ、どうしてるかしらあの子? あら、寝てる、わね」
 ケージの中の子犬を見た美琴からやや落胆したような声が出る。
 子犬はケージの中で横に伸びたような格好で静かに寝息を立てていた。
「寝てるけど、大丈夫そうね。よかった」
 子犬をじっと見つめていた美琴の顔に穏やかな笑みが浮かんだ。
 上条も子犬を見てみた。
 昨日と同じように全身の至る所に包帯が巻かれているが、様態も悪く見えないし、確かに命に別状はなさそうだ。
「それで、どうするんだ、これから?」
 上条は左手でゆっくりと部屋に備え付けのパイプ椅子を引っ張り出すと美琴に座るよう促した。そして美琴が椅子に座ったのを確認すると自分も彼女の隣に椅子を置いて座った。
 美琴は椅子に座ったものの、その視線はすっかり子犬に釘付けになっていた。
 上条は美琴の様子を見ながら小さく息を吐くと、美琴に声をかけた。
「とりあえず、しばらくコイツ見ておくか」
 美琴は上条の方を向きもせず、ただこくりとうなずいた。
「ん? どうした、御坂?」
 不意に体に揺れを感じた上条は隣にいた美琴を見た。
 美琴は呆れたような顔で上条の顔をのぞき込んでいた。
「どうしたじゃないわよ。さっきから呼んでるのにちっとも起きないんだから」
「起きるって、俺、寝てたのか?」
 美琴はこくりとうなずいた。
「そうよ、私の肩に手を置いたまま眠ってるんだもん。結構シュールな格好だったわよ。まあ今も結構変な格好なんだけどね」
 そう言って笑い出した美琴によって上条は自分達の格好を確認してみた。
 確かに変な格好である。美琴の電磁波を防ぐため上条の右手は美琴の肩に置かれており、その美琴は体をひねって右手で上条を揺らしていたのだから。
 上条は思わず苦笑した。
「悪い。でも仕方ないだろ、走り回って疲れてたんだから。えっと、どれくらい時間経ったんだ?」
「二時間くらいね」
「てことは、お前は二時間もその犬をひたすら見てたわけか」
「い、いいでしょ、かわいいんだから」
 頬を染めて美琴は反論する。
「まあ、確かにかわいいよなこの犬」
 上条は再び子犬に視線を向けた。
 眠っているためその表情ははっきりとはわからないが、縫いぐるみのような愛嬌のある顔つきといい、栗色のふさふさとした長めのしっぽといい、愛でる対象として本当にかわいい犬だった。かわいい物好きの美琴にとってはたまらない存在だろう。
 その時、不意に視線を感じた上条は美琴の方を向いた。
 いつの間にか美琴がこちらをじっと見つめていたのだ。

「ん? どうした、俺は犬じゃないぞ」
「わかってるわよ、そんなこと。あの、あのね、私考えたんだけど、この子に名前、付けたいんだ」
「名前?」
「うん、だっていつまでも『この子』とか『犬』じゃかわいそうじゃない。違う?」
「なるほど、それも一利あるな。それで、どんな名前を付けたいんだ?」
 上条の言葉に美琴は目を丸くして自分を指さした。
「わ、私が付けていいの?」
「いいも何も、助けたのも治療費払ってるのもみんなお前だろ。この犬の保護者はどう考えたってお前なんだから、当然だ」
「そう、そうかな。えへへ」
「で、なんて名前考えてきたんだ? 言っておくが『ゲコ太』とかはだめだぞ」
「付けないわよ! ゲコ太やケロヨンは神聖な名前なのよ! いくらあの子がかわいいからってゲコ太はゲコ太、ケロヨンもケロヨン! まったく、どうしてそういう発想になるのよ」
「そうなのか。でもほらよく子供にいるだろう、ゲームの登場人物に自分の好きなキャラの名前付ける奴」
「あの子はゲームのキャラじゃない!」
「はは、そうだな。悪い、ふざけすぎた。んじゃ真面目に言うと、『ワン太』なんてのも止めてくれよ」
「え! ダメなの! ていうか、どうしてわかったの!?」
 美琴は顔を引きつらせた。その驚き方からすると本気で考えていたらしい。
 その驚きように上条は困ったように頬をかいた。
「い、いや、カエルはゲコゲコで『ゲコ太』、その流れなら犬はワンワンで『ワン太』とか、お前なら考えそうだなって。でもやっぱり安直すぎるだろ」
「そ、そうかしら。かわいいと思ったのに……」
 美琴は端からでもわかるくらいがっくりと肩を落とす。しかしすぐにばっと顔を上げた。
「じゃあ『ハチ』なんてどう? 有名な忠犬!」
「うん、お前や俺が突然死しそうだし止めてくれると非常に嬉しい」
「じゃあ『ポチ』! アンタに幸運運んでくれるかも!」
「俺に幸運来たら、その後あの犬、悪人に殺されるかもしれないから正直勘弁してくれ」
「そ、そんな。一生懸命考えてきたのに……」
 美琴は再びがっくりと肩を落とした。
 上条は苦笑しながら右手でその頭をなでた。
「なあ、有名どころとかじゃなくて、あの犬を見てお前の心に浮かんだ名前を付けてみたらどうだ?」
 上条の言葉に、美琴は瞳を潤ませながら上条を見上げた。
「だから『ワン太』……」
「それ以外な」
「他に……」
 美琴はじっと子犬を見つめた。
 手持ちぶさたな上条はまだ美琴の頭をなで続けていた。
「他の名前……」
 はっと息を呑んだ美琴はゆっくりと上条を見た。何か言いたげな目をしながら。
「思いついたのか?」
 美琴はこくりとうなずいた。
「思いついたというか、その、考えていたというか……」
「ん? 考えていたんならさっき言えばいいのに」
「えっと、その、気がついたらちょっと恥ずかしくなって」
「なんだよ、言ってみろよ」
「う、うん。そのね、『マロン』ってのはどうかな?」
「『マロン』?」
「うん、『マロン』」
「『マロン』ねえ」
 上条はちらりと子犬を見た。
 手術のためにほとんどの毛を刈られているからわかりにくいが、確かにこの子犬の体毛は栗色だ。しかもその栗色はかなり鮮やかである。
「悪くないな。いや、いいんじゃないか。うん、かわいい名前だし、この犬にぴったりだ」
 上条の言葉に美琴はぱあっと表情を明るくした。
「ほんと、いい名前?」
「ああ。でもなんでこんないい名前を考えていたんなら最初に言わないんだよ。恥ずかしいことなんか何もないじゃないか」
 上条にそう指摘された途端、美琴は恥ずかしそうに指をもじもじとさせた。
「その、そのね、名前そのものは私もいいと思ってたんだけど、その、別のことに気づいて」
「別のこと?」
 不思議そうな顔をした上条に答えるように美琴は自分を指さした。
「みこと」
 次に上条を指さした。
「とうま」
 最後に子犬を指さした。
「まろん」
「ん? それがどうし……あ」
 上条もようやく美琴が言わんとしていることに気づいた。
 なんてことはない、自分たちの名前が皆ひらがなに直すと三文字で、かつしりとりになっているだけのことだったのだ。
 それだけだったのに、上条はなぜか恥ずかしかった。言葉にできない何か不思議なモノで二人と一匹が繋がっている、そんな気がしてきたのだ。
 上条は美琴を見た。その恥ずかしがり方からすると上条の考えは当たっているのだろう。
 上条はこほんと咳払いをした。
「えっとその、やっぱりアイツは『マロン』だ」
「え、いいの?」
 上条は仰々しくうなずいた。
「お前が考えて付けた名前で、かつ犬の特徴にもぴったりだ、問題ない。しりとりはその、いろんなことでそうなるって決まっていたんだ、そう思えばいい」
「うん!」
 元気にうなずいた美琴はまだ眠っている子犬に顔を近づけた。
「ねえ、お前の名前はこれから『マロン』だからね。よろしく、マロン!」
 美琴が子犬を「マロン」と呼んだとき、眠っているはずの子犬のしっぽがぱたぱたとゆっくり動いた。

 こうして、美琴が助けた子犬の名前は「マロン」になった。
 次の日からも、二人は毎日のように子犬、マロンの見舞いに足繁く通った。
 そして金曜日、とうとうマロンが抜糸して退院する日の前日になった。

 放課後、いつものように美琴との関係を追求するクラスメートから逃げながら、上条は校門までやって来た。
 そこにはやはりいつものように上条を待っている美琴の姿。
 彼女の姿を目にした瞬間、上条は心の中でため息をついた。
 月曜日の騒動以来、毎日美琴は校門で上条を待っていた。そのせいでクラスメートは彼らの関係を疑うのだから、上条は何度も美琴に自分を出迎えることを止めるよう懇願していた。
 しかし美琴には何か思うところがあるらしく、絶対に意志を曲げようとはしなかった。そのため、上条は自分を出迎える美琴の姿を見るたびに思わずため息をついてしまうのだ。

 いつものようにため息を心の中だけに押しとどめた上条は、これまたいつものように走りながら美琴の手を掴んだ。もちろん美琴といっしょに病院まで走るためだ。
 しかし途中まで来たところで急に美琴が立ち止まった。
 その様子に上条は怪訝な表情を浮かべた。
「ん? どうした、病院行かないのか? マロンが待ってるだろ。まあアイツ、ほとんど寝ててお前の顔なんて全然覚えてくれてないかもしれないけどな。俺なんて存在を認識してくれてるかすら怪しいけど」
「うん、今日はお見舞いいかない。別の用事済ませなきゃ」
「別の用事って? というかそれならなんで俺を待ってたんだ?」
「アンタがいなきゃどうしようもないじゃない、買い物行くんだから。なんだかんだで結局行けてないでしょ」
「そういや、そうだったな」
「そうだった、じゃないわよ。明日にはもうマロン退院するのよ、今日中にマロンを迎える準備をしておいた方がいいでしょ。ほら、だから今日は買い物と明日に備えた準備。行くわよ」
 そう言って美琴はぐいぐいと上条を引っ張って歩き出した。



 やがて二人は巨大スーパー、どちらかというとホームセンターに近いようなスーパーにやってきた。ここで雑貨の類はたいがいの物が揃うし、しかもこの店は第七学区でも数少ないペット用品を扱っている所でもあるのだ。
「さあ、到着到着。というわけでまずはさっそく」
 美琴は上条と手を繋いだまま店の奥にずんずんと進んでいくと、とある場所の手前で立ち止まった。
「さあ、着いたわよ。本日の最優先項目」
 上条はその場所が示す意味を悟って、顔を引きつらせた。
「おい御坂、これってまさか」
「そう、アンタの予想通りよ。今さら説明するまでもないわよね」
「お前、まだ俺の部屋の合い鍵作るの諦めてなかったのかよ……」
 二人がやってきたのは鍵の専門店だった。


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