とある魔術の禁書目録 自作ss保管庫

Part03-2

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 美琴は上条の様子を気にするそぶりも見せずに笑顔を浮かべた。
「当然でしょ。予定に変更なんてないわよ。さ、鍵出して」
「前も聞いたけど、なんでそんなことしなきゃいけないんだよ。ん? お、お前まさか、上条さんに夜這いかける気じゃ!」
「んなわけないでしょ。ほら、馬鹿なこと言ってないでさっさと鍵を出す。店員さん困ってるでしょ。理由は後でちゃんと説明してあげるわよ」
 有無を言わせぬ迫力の美琴に、上条は渋々鍵を渡した。
 美琴はその鍵を店員に渡すと、てきぱきと合い鍵を作る段取りを始めてしまった。
「なんか間違ってると思うんだけどな……」
 上条の呟きに耳を傾けてくれる人は誰もいなかった。

「だからね、絶対必要なのよ、アンタの部屋の合い鍵を私が持つことは。あ、あれ取ってくれる?」
「なんで絶対必要なんだ? そこの部分が上条さんにはまったく理解できません」
 合い鍵を作る手続きを済ませた二人は美琴の指示の元、買い物を始めていた。
「この一週間、私がどうしてアンタの学校にまでアンタを迎えに行ってたかわかる?」
「えっと、そりゃ、俺がいなけりゃマロンに会えないからだろ。電磁波で」
「それだけだったらどこかで待ち合わせでもしてればいいって言ったのはアンタだったわよね。そうじゃなくてどうして迎えに行ってたか、よ」
「うーん、上条さんといっしょに仲良く下校、なんてことをしてみたかった、とか」
「……馬鹿。そんなんじゃないわよ」
「そう言うわりには心なしか顔が赤い気が……まったくしないのでこんな所でビリビリするのは止めて頂けると非常にわたくしは喜びますので、平に平にご容赦を。わたくしが悪うございました」
 わずか0.5秒で見事な土下座を披露した上条を見て、美琴はつまらなさそうにフンと鼻を鳴らした。
「この大馬鹿は……。あのね、私が迎えに行かなきゃアンタっていつ校舎から出てこられるかわからないでしょ。補習に追試にわけのわからない騒動に。そもそも見舞いの第一日目だった月曜日から大変だったわよね」
 美琴は指折り数えながら上条を軽くにらみつけた。
「面目ありません」
「だからアンタを助けに行ってあげてるんでしょ、私が。誰か待ってる人がいるっていう緊張感でアンタもだらだらしないでさっさと下校するし、私がアンタの側にいればあのよくわからない学校の人達も多少は遠慮してくれるでしょ。あんまりうっとうしかったら私がぶっ飛ばせばいいことだし」
「……最後の不穏当な発言は聞かなかったことにして、そこまでお前考えてくれてたんだ、ありがとうな」
「そうよ、感謝なさい。でもね、それにも限界があるのよ」
「限界?」
「私はこれからもずっとアンタを迎えに行く、余計なやっかいごと背負い込まないように勉強だって見てあげるわよ。それでも追試や補習がなくなるわけじゃないでしょ、今週はたまたまなかっただけで。そんなとき、マロンを一人にしておくつもり? それに、アンタのことだからまた妙な連中と戦ったりして入院するかもしれないじゃない。その時マロンをどうするつもりよ」
「あ……」
 上条は美琴への反論を持たなかった。彼女の指摘はまさにその通りだったからだ。
 今週は偶然なかったが、来週からも追試や補習がないという保証はどこにもない。むしろ絶対ある。
 それに自らの性分として、助けを求める人がいれば自分はどこにでも行くだろう。その結果入院する可能性は極めて高い。
 そうなれば必然的にマロンは上条の部屋で長い間一人でいることになってしまう。しかし、なるべく家にいて面倒を見てやる必要がある今のマロンをそんな状況におくことは許されない。
 ならば自分の代わりに誰かがマロンの面倒を見る必要がある、それができるのは美琴だけだ。
 だからそのためには美琴が自由に上条の部屋に入る必要がある。

「お前の言いたいことはわかった。けど俺がいないとマロン、逃げるだろ」
「それはそうね。でも、ご飯をあげたり水を換えたり、最低限の面倒を見ることはできるでしょ。それに急にマロンの様態が変化することだってある。あの子にはなるべく誰かが側に付いててあげないといけないの。だから私、昼休みだってアンタの家に行くつもりよ」
「マジかよ、でもどうやって。まさか、白井か?」
「ううん、あの子にはマロンのこと話してない。それに、あまり他人に知られていいものじゃないでしょ」
「まあ、そりゃそうだな。白井が信用できないわけじゃないが一人に漏れたら、どこから話が漏れるかわからないっていうのは事実だ」
「そう。だから、バスとか色々な方法使ってなんとかするわよ」
「んじゃあ俺も」
「そう思ったら途端にやっかいごとに巻き込まれるわよ、アンタ。それに学校にいる間は必死で勉強してなさい。せっかくの休み時間は課題を処理するために使う」
「うう、厳しいな美琴センセー」
「当然でしょ。とにかくアンタが考えることは、放課後なるべくまっすぐ家に帰れるように常に心掛けること。できる限り危険な人助けをしないこと。万が一帰りが遅くなるようならすぐに私に連絡すること」
「お前は俺の保護者かよ……」
「何か言った?」
「いえ、なんでもありません。御坂さんに従います」
 がっくりと肩を落とした上条を見て美琴は満足げにうなずいた。
「うん、よろしい。じゃあ次の物買いに行きましょうか」
「まだ買うのかよ」
「当然よ。この間、色々と入り用になるって言ったでしょ。ちゃんと調べておいたんだから」
「そんなもんか」

 一時間後。上条家へのマロン滞在はあくまで仮のはずなのに、やたらとペット用品を買い込んだ二人はスーパーを後にした。
 ちなみに部屋の合い鍵は翌日に出来上がるとのことだった。上条の部屋のような上等ではない物件であってもそこは学園都市製の部屋、簡単にはその鍵も複製できないらしい。
「じゃあ、今日はこの辺で。また明日な」
 スーパーから出た上条は手を挙げると美琴に背を向けた。
 そんな上条の首根っこを美琴がむんずと掴んだ。
「何言ってるの、私もそっちに行くのよ」
「は? なんで?」
「アンタね、明日にはマロンは退院するのよ。それまでにちゃんと部屋の準備だってしておかなくちゃいけないでしょ」
「いや、それはそうかもしれないけど」
「それにだいたい、私はアンタの部屋がどこにあるか知らないの。連れて行ってくれなきゃ困るじゃない」
「確かに。うーん、でもなぁ」
 何か思うところがあるのか未だに納得しない上条を見て美琴は小さくため息をつく。そして上条が山のように持っている買い物袋の一つを強引に奪った。
「何よ、女子中学生を部屋に連れ込むのがまずい、とかそんな下らないこと考えてるんじゃないでしょうね。あくまでこれはマロンの、小さな命を守るための行動なのよ。やましいことなんて何もないでしょ。要は気持ちの問題よ、気持ちの」
「そう、かな」
「そうよ。ほら、早く案内してよ」
「……そうか、そうだよな。もう合い鍵まで作ってるんだ、腹括るか、俺!」
 絶対に後戻りできないところに気づかぬうちに誘導されているのでは、という疑問を無理矢理頭の片隅に追いやった上条は大げさにうなずくと、ずんずんと家に向かって歩き出した。

「……そうよ、気持ちの問題、何もやましいことはないのよ。アイツの部屋に案内されることも、妙に上手い流れで計画通りアイツの部屋の合い鍵を私が持てることだって、なんの問題もないのよ。そうよ、やっとここまで来たんだから、覚悟決めなさい、攻め続けるのよ私!」
 一方美琴は顔を真っ赤にしながら、目的と手段が入れ替わったかのような論理をぶつぶつと呟き続けていた。
 ちなみに上条の部屋の合い鍵に関する言い訳は、美琴が一晩かけて必死になって考えついたものだということは上条には絶対秘密である。



 そしてようやく到着した上条が住む学生寮。緊張したようにきょろきょろと辺りを見回す美琴に上条は声をかけた。
「ほら、行くぞ御坂」
「うん」
「どうしたんだ? さっきまではやかましいくらいしゃべってたのに、ここに近づいたらほとんど何も言わなくなっちまって」
「……なんでもないわよ」
 美琴はぷいとそっぽを向く。
「まあいいか」
 特に気にした風もなく上条はエレベータに乗り、美琴も黙ったままそれに従った。
 部屋に着いた上条は特に躊躇した様子もなくドアを開けた。
「ほら、開けたぞ。入れよ」
 上条がドアを開けたのを見た美琴は、上条に背を向けると胸に手を当てたまま大きく何度も深呼吸を繰り返した。
 訝しげに自分を見つめる上条をよそに、美琴は何度も何度も同じ動作を繰り返す。
 上条がもう一度美琴に声をかけようとした瞬間、美琴はくるりと振り返った。そのまま美琴はこくりとうなずくと、おそるおそる部屋に入っていった。
「お、おおおじゃましまーす。……へ、へえ、これがアンタの、部屋なんだ」
 部屋に入った美琴はまずは冷蔵庫をめざとく見つけると、そこに買ってきた食材を入れた。そして徐々に緊張がほぐれてきたらしく、興味深そうに部屋のあちこちを歩き回り始めた。
「なんなんだ、アイツ? 緊張してたかと思えば急に子供みたいにあっちこっち見まくって?」
 美琴の態度の急変に上条は首を傾げていた。
「別に面白いところなんて何もないだろ。さあ、さっさと用事済まそうぜ」
 部屋に入った上条は、よくもこれだけ、というくらいに抱えていた大荷物を下ろして荷をほどき始めた。

 上条の様子を見た美琴は慌てて大声を出した。
「ち、ちょっと待ちなさいよ。何やってんのよアンタは!」
「何って、準備だろ、マロンを迎えるための」
「あのね、床に全部の荷物バラしちゃダメでしょ。ちゃんと作業しやすいところで順番決めて整理整頓しつつやらないと。それにアンタの部屋、思ったより散らかってないし広さとしても悪くはないけど、やっぱり汚れてるからまずはそっちをなんとかしないと」
 美琴の提案に上条は露骨にめんどくさそうな表情を浮かべる。
「えー、めんどくせえよ」
「うるさいわね。ほら、まずは一通り掃除するの。掃除機どこ?」
「この間掃除したし、別にいいだろ」
「この間っていつのことよ? とにかくさっさとするわよ、私が手伝ってあげるから文句言わない」
「はいはいはーいのはい」
「返事は一回」
「はーい」
 上条は買ってきた荷物を掃除の邪魔にならないよう廊下に出すと、美琴に掃除機を渡す。さらに風呂場に行き、拭き掃除用の雑巾とバケツを持ってきた。
「仕方ない、ちゃっちゃと済ませるか」



 一時間後、上条の部屋の大掃除は無事完了した。
「あんまり汚れてないはずなのに、意外と重労働だったわね」
「ご面倒おかけしました」
 綺麗にしたばかりのテーブルに突っ伏す美琴の前に、上条は淹れたてのお茶が入った湯飲みを置いた。
「ありがと」
 ゆらりと顔を上げた美琴はずっとお茶をすすった。
「ふーん、意外と美味しいじゃない。これ、普通のお茶でしょ?」
「意外ってお前、俺をなんだと思ってるんだ。一人暮らしの上条さん舐めんな。お茶くらい普通に淹れられるぞ」
 上条はジト目で美琴をにらみつけたが、美琴は気にした風もなくお茶をすすり続けた。
 結局上条も美琴に倣ってお茶をすすってみる。
「うん、自分で言うのもなんだが結構上手い」
 何も語らず静かにお茶を飲む二人。部屋の中を穏やかな空気が支配していた。
 お茶を飲み終えた上条はすっと立ち上がった。
「よし、部屋も片付いたことだし準備始めるか!」
 上条は廊下に置いてあった荷物を部屋の中央に持ってくると、それらを全てテーブルの上に広げた。その量を見て上条は感嘆したような、呆れたような、複雑な表情を浮かべた。
「改めて言わせてもらうが、本当よくこんなに買ったな、お前」
「いいでしょ、スポンサーは私なんだから」
「まあ、悪いとは言わねえけど」
 そう言いながら上条は美琴が買った荷物を分類し始めた。
 幼犬用の遊び道具から散歩用具、おやつに幼犬用の食事、犬用ミルク、犬用トイレにそこに敷き詰めるトイレ用水分吸収パッドと強力臭い消し。さらに幼犬用のケージに妙なスピーカーのような物まである。
 上条は訝しげな表情でスピーカーを手に取った。
「なあ、どうしてこんな変な物まであるんだ? そもそも、これっていったいなんだ?」
「消音器、サイレンサーよ」
 上条の質問に美琴はさも当然とばかりに答える。
「サイレンサー? あの銃声とか楽器の音を消したりする奴か? なんでそんな物が?」
「だって、マロンが吠えたら近所迷惑でしょ。だからこの部屋の中の音が一切外に漏れないようにするのよ」
「ああ、なるほど」
 上条はぽんと手を叩く。けれど次の瞬間には真っ青な表情になっていた。
「てか、なんでそんなもんまで売ってるんだよ、あの店! 怪しすぎるぞ!」
「別に怪しくなんてないわよ。ペット禁止の部屋でペットを飼うのには必須の道具でしょ。でねすっごいのよ、これ。天井に付けてるだけでその部屋の周りの空気に影響を与えて、さながら特殊な空気の防音幕で覆ってる状態にするのよ。それで外部に音だけを漏らさないの。これがあればマロンの夜鳴きも大丈夫! ご近所さんにも迷惑をまったくかけないのよ」
「確かに迷惑はかけないと思うけど、なんか大げさな気も……」
「別にいいじゃない。あんまり文句言わないでよ、結構高かったんだから」
「高いって、いったい今日だけでいくら使ったんだよお前……。なあ、やっぱり俺もいくらか負担するよ、マロンにかかるお金」

 実はマロンに関するお金は全て美琴が負担しているのである。
 初め、上条も負担すると申し出ていたのだが、美琴ににべもなく断られていた。ない袖を無理に振ろうとするな、マロンに対しては上条が上条として上条なりにできることをしてほしい、それが美琴の上条への答えだった。
 しかし上条にだってプライドがあった。お嬢様とはいえ年下の女の子ばかりがお金の負担をするという現実に、ことあるごとに抗おうとしていたのだ。
 今日の二人の会話も結局はそこに帰結する。

 しかし、
「ダメ。学園都市からの補助金をもう少しもらえる立場になってからそういうことは言いなさい。最低限成績を少しは上げること」
 一刀両断で今日も上条の申し出は美琴に却下された。
 わかっていたこととはいえ、上条は大きくため息をついた。けれど頭を何度か振ると、すぐに笑顔を取り戻した。
「仕方ねえ、力仕事なんかでなんとか挽回しますか」
 上条は腕まくりをして荷物の整理に取りかかった。
「ねえ、悪いんだけどさ、こっちはアンタに任せていいかな? 私、夕食の用意しようと思うんだけど」
 美琴はおずおずと上条に尋ねた。
「夕食? あ、そう言えばもうこんな時間なのか」
 上条は時計と窓の外とを交互に見た。時計は既に午後七時近くを指しており、窓の外もすっかり夜の帳が下りていた。
「掃除やら買い物やらで結構時間使ってたんだ。そうだな、御坂、もう遅いしお前は帰った方がいいな」
「嫌よ、今日はアンタに夕食作ってあげるって決めてたんだから。そのために材料まで買ったのよ。夕食作るまで絶対帰らないわよ」
「作るって、御坂、お前料理なんてできたのか?」
「失礼ね、私だって料理くらいできるわよ。常盤台のお嬢様舐めんな」
「常盤台のお嬢様……」

 上条の心に不安がよぎった。正直言って、お嬢様という人種に料理ができるとはとても思えなかったからだ。
 しかし美琴は先ほどの掃除はかなり手際よく済ませていた。どう見ても家事が不得手な箱入りお嬢様、という感じではなかった。だとすると意外と心配はないのかもしれない。
 そう考えていくと上条の心を占め始めたのは「気になる女の子の手料理を食べてみたい」というある種邪な、けれど思春期の男子高校生にとっては極めて自然な感情だった。
「御坂の手料理、ね……」
 結局上条は美琴の提案を受け入れることにした。
「じ、じゃあ悪いけど頼む」
「うん」
 美琴は嬉しそうにうなずくと鼻歌を歌いながら台所で料理を始めた。
 一方の上条は、期待と不安がない交ぜになった気分でケージを組み立て始めた。



「さ、さあ、いざ尋常に勝負!」
「…………」
 テーブルに並べられた美琴の手料理を見た上条は言葉を失っていた。
 そこにあったのは麻婆豆腐にもやし炒め、焼き餃子に炒飯といった家庭的な中華料理だった。
 はっきり言って普通。お嬢様の美琴が作った料理ではあるが別に高級料理というわけではない。
 けれど見た目もいいし、何よりそこから漂ってくる匂いが食欲を大いに刺激するのだ。
 少なくともこの時点で自分よりも美琴の方が料理上手であると上条には思えた。
 一人暮らしの経験は自分の方が長いはず、そう思うと上条はなんとも言えない気分になり、結果として言葉を失っていたのだ。
 けれど美琴は上条が何の反応もしないことをマイナス、落胆の意味に取っていた。
「ちゃんと、味見はしたんだけど、ダメ、かな……」
 先ほどの自信満々の態度から一転、不安げに尋ねた。
 上条はやはり何も言わずテーブルの前に座ると手を合わせ、餃子を一口食べた。
 その様子を美琴は固唾を呑んで見守っている。
 餃子を飲み込んだ上条はぽつりと呟いた。
「美味い」
「え?」
 そう言うや否や、上条はがつがつと目の前の料理を平らげ始めた。
「美味い! まさかお嬢様のお前がこんなにちゃんとした料理を作れるなんて思わなかった! 本当に美味いぞ! 家庭用のフライパンで作ってるはずなのに餃子の皮もパリッとしててプロみたいですげえ美味い……これは片栗粉を使ったのか?」
「う、うん。友達のメイドに教えてもらったの。水で薄く溶いた片栗粉を餃子にかけると美味しくなるって」
「ああ、その話自体は結構有名だし俺もやったことあるけど、素人には意外と難しい技術だぞ。正直俺は成功したことがない。いや本当にすごいな、お前」
 どんどん食べ進んでいく上条。
 その様子を見ていた美琴の顔にもやがて笑顔が浮かんできた。
「ねえ、本当の本当に美味しい?」
「ああ、めちゃくちゃ美味い。正直言って、お前みたいなお嬢様が作る料理だからとんでもない失敗作か、成功してもよくわからん高級料理なのかと思ってた。なのにこんな普通の美味い料理で来るとは正直恐れ入った」
「そ、そう。へへへ、そっか、そっか」
「それはそうとお前も早く食べろよ。俺一人で食べきれる量じゃないし、二人分なんだろ、これ?」
上条は自分と美琴を交互に指さした。
「う、ううん、私はいいわよ。アンタが食べるの見てるだけでもう十分。残ったら明日食べればいいじゃない」
 上条の提案に、美琴は顔を真っ赤にしてパタパタと手を振る。
「何言ってんだ、美味い料理は二人で食えばもっと美味くなるんだ。だから早く食べろよ、ほら」
 立ち上がった上条は美琴の分の食器を棚から出して軽く水で洗うと、ニカッと邪気のない笑みを浮かべながら美琴に差し出した。
「ほら」
 ほんの少し迷いを見せたが、結局美琴は笑顔で食器を受け取った。
「……うん!」
 上条に自分の手料理を食べてもらう、という宿願の一つを果たした美琴は帰宅の途についた。もちろん学生寮の近くまで上条の護衛付きだ。
「それにしても、長いようであっという間の一週間だったな」
 上条はうんと伸びをしながら、隣を歩く美琴に話しかけた。
「そうね。でも、本当に大変なのはこれからなのよね」
「まあな。経過は順調だって先生が言ってたから怪我とかはあんまり心配はしてないけど、ほんとに、俺たちに犬が飼えるのかな?」
「……だ、大丈夫よ、多分」
「なんだよ、頼りにならねえお嬢様だな」
「仕方ないでしょ、犬なんて飼ったことないんだし」
「御坂の場合は体質のせいで動物自体飼ったことないだろ」
「アンタだってないでしょ」
「ああ。まあ、それに仮にあったとしてもどうせ俺は小学校入るときには学園都市に来てたからな。そんなもの、経験がないのと同じだ。だからやっぱり不安だな、お互い」
 顔を見合わせ同時にため息をついた二人だったが、それが終わるとがばっと顔を上げてお互いにじっと相手の目を見た。
「でも」
「やるしかないよな!」
「ええ!」
 二人はお互い力強くうなずき合った。

 そうこうするうちに寮の近くに着いたため、上条は立ち止まった。これ以上寮に近づくと誰に見られるかわかったものではないからだ。
「じゃあな御坂、また明日」
「うん、また明日ね。そうだ。あ、あのね、ちょっといいかな?」
 寮へ歩き出そうとした美琴だったが、ぴたりと立ち止まると上条の側へ戻ってきた。
「あ、ああああののあのね、その、提案というか、お願いというか、その、あるん、だけど、ね……」
 戻ってきたはいいが美琴は何か言いにくそうに、もじもじしだした。
「ん? よくわからんがとりあえず何か言ってくれないか」
「う、うん……」
 美琴の態度は相変わらず煮え切らない。
 だが、ようやく覚悟を決めたのか、パンと軽く頬を叩くとキッと上条をにらんだ。
「ねえ!」
「お、おう」
 美琴の気合いに上条は思わずひるんでいた。
「マロンが来るんだから、その、私達も、名前で、呼び合わない?」
「はい?」
 美琴の意図がつかめずまぬけな返事を返した上条に、美琴はたたみかけるように顔を近づけた。しかも妙に早口だ。
「だからね、せっかく私達ってしりとりの名前になってるわけだし、マロンは名前で呼ぶんだし、どうせなら私達も名前で呼び合った方がいいと思うのよ、私は。だってマロンだって混乱すると思うのよ、私のことを『美琴』って判断すればいいのか『御坂』って判断すればいいのか。そう思わない、飼い主として? どう? どう?」
 一気にまくし立てた美琴に対し、上条は一言返すだけで精一杯だった。
「そ、そんなもんか?」
「そうよ、犬は賢いんだからそういう違いもちゃんと理解するものなのよ。マロンだけ名前で私達が名字だったらきっとマロンは疎外感を感じると思うの」
「なんか妙な理屈のような気もするが、お前がそうしたいんなら俺はいいぜ、別に」
「ほんと!?」
「うん」
「じ、じゃあ呼んでみて、私の名前」
「美琴」
 上条が美琴の名前を呼んだ瞬間、美琴の頬はさっと朱に染まった。
「…………! も、もう一度」
「美琴」
「もももう一度」
「美琴」
「もう一度」
「美琴」
「もう一度!」
 頬を染めて何度も同じことを要求する美琴に、上条の表情も呆れたものに変わりつつあった。
「美琴。なあ、もういいだろ?」
「……そう、そうね。こ、今度は私の番、よね」
 ようやく上条を解放した美琴は胸に手を当てて、何度も深呼吸をする。そしてそれが終わると上条をキッとにらみつけ口を開いた。
「と、とととととととう、ま……」
「おう」
 なんとか上条の名前を言い切った美琴だったが、その頬の朱さは先ほどより遥かに濃くはっきりしたものになっている。さらにその朱さはどんどん顔全体に広がっていき、ついには美琴の顔は真っ赤になってしまった。
 しかも徐々にその瞳は潤みだし、涙が零れそうにまでなってきた。
「は、恥ずかしい……」
「へ?」
「は、はうぅ、う、う、うい、い……いや――!!」
 美琴は上条を突き飛ばすと、脇目もふらず寮の方へ走っていってしまった。
「そんなに嫌なら無理して言わなきゃいいのに……」
 後には呆然とした上条だけが残されることになった。


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