とある魔術の禁書目録 自作ss保管庫

Part09-1

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好きの先にあるもの


「すいません、俺、ちょっとトイレに」
「当麻、場所わかる? なんならついてったげようか?」
「子供じゃねーんだから、それくらいわかるに決まってんだろ」
「こら当麻、かわいい奥さんに対してなんだその口の利き方は」
「まだ結婚してねーよ!」
 パーティが始まっておよそ二時間。そろそろ終盤にさしかかろうとした頃、上条がトイレに行くために部屋から出て行った。
 そのことに気づいた旅掛も音もなく部屋から出て行った。

「当麻、遅いわね」
 しばらく経ったが未だに上条が戻ってこない。
「やっぱり遅い。私、ちょっと見てくる」
 急に上条のことが心配になった美琴は、立ち上がって部屋の外に出ようとした。
 しかしそんな美琴を美鈴が押しとどめた。
「まあまあ美琴ちゃん、当麻くんにベッタリくっついていたい気持ちもわかるけど、ここはもうちょっと待ってましょうよ、ね」
「でも」
「大体この家の中で迷子になるなんてあり得ないんだし、じきに戻ってくるわよ」
「う、うん」
 美琴は渋々といった様子で座り直した。
 そんな美琴の隣にすっと詩菜が座った。
「上条のおばさま、いったいどうしたんですか?」
「うふふ」
 詩菜は何も答えずただニコニコと笑顔を浮かべて美琴を見つめていた。
「うー……」
 詩菜に見つめられるうち、徐々に朱くなっていく美琴の頬。
「で、ですからいったい……」
「あらあらごめんなさい。別に深い意味はないんですよ。ただ」
「ただ?」
「当麻さんのお嫁さんになってくれる女の子の顔をもっとよく見たくて」
「…………!」
 これでもか、とばかりに顔を真っ赤にさせた美琴はそのままうつむいてしまった。
「あらあら。私、何かいけないことを言ってしまったかしら?」
「……そ、そんなことありま、せん」
 頬に指を当てて首を傾げる詩菜に、美琴はぼそぼそと呟いて否定した。
「そう? よかった。ところで美琴さん、念のためにもう一度聞きたいんですが、その、本当に当麻さんと結婚してもいいって思ってくれてるんですよね?」
「当然です! さっきも言った通り、私には当麻以外考えられません。後にも先にも、私にはアイツだけなんです!」
「……そうですか」
 ほうとため息をついた詩菜はきょろきょろと部屋の中を見回した。
「誰もいなくなっちゃったみたいですね」
「え?」
 詩菜に言われ、美琴も部屋の中を見回した。
 確かに詩菜の言う通り、今部屋の中は詩菜と美琴、二人きりだった。
 いつの間にか旅掛と刀夜は部屋から姿を消しており、美鈴も追加のビールを台所に取りに行ったのか部屋にいなかった。
 妙な緊張を感じた美琴はコップを手に取ると、その中のジュースをぐいと一気飲みした。
 ジュースを飲み干した美琴が一息ついたのを見た詩菜は、ついと美琴に近づいた。
「あまり他の人には聞かれたくない話ですので、ちょうど良かったです。美琴さん、私、折り入ってあなたにお願いがあるんです。聞いてもらえませんか?」
「お願い、ですか?」
「はい、お願いです。美琴さんにしか、あなたにしか頼めないことなんです」
「私に、しか? それっていったい……?」
「ええ」
 詩菜はここでいったん言葉を句切り、美琴をじっと見つめた。
「美琴さん、私の代わりに当麻さんを守ってあげて下さい」
「え……? 代わりにって、おばさま、おばさまに何かが?」
 心配そうな顔で自分を見つめる美琴に、詩菜は困ったような笑顔を返した。
「いえ、そうじゃありません。私に何か起こるとかそういうわけじゃないんです。ただ、将来的なことを考えて」
「将来的?」
「はい。美琴さんは当麻さんの不幸体質のことはご存じですよね」
「それはもう、嫌というほど」
「それに親の私が言うのもなんですが、あの子は頭も良くありません。かといってスポーツや趣味に打ち込んでいるわけでもない。不幸が原因ということもあるんですが、あの子は普通に生きていければそれで満足している。本当にダメな子です、馬鹿な子です」
「それはちょっと言いすぎなんじゃ……」
「でも、ダメな子ほど、馬鹿な子ほどかわいいと言いますよね。だからでしょうか、私は当麻さんがかわいくて仕方がないんです。かわいくて、心配で。けれど私は親です。いつかあの子を遺してこの世を去る日が来ます」
「で、でも当麻ももう16歳ですし、その、おばさまが亡くなるような何十年も先の未来では当麻ももう立派な大人になってますから。そんな心配は」
「美琴さん、そうじゃないんですよ。親っていうのはいくつになっても、たとえ子供が老人になっても、それでも子供のことが心配なんです。あなたも親になればきっとわかります」
「そう、で、すか……」
「だから私は心の中でずっと望んでいたんです。私がいなくなっても、ずっと当麻さんのことを見守ってくれる人が現れることを」
 詩菜はぎゅっと美琴の右手を握りしめ頭を下げた。
「これはあなたのことを何も考えず、当麻さんのことだけしか心配していない、馬鹿な親の戯れ言です。それでも私は美琴さん、あなたにお願いしたいんです。ずっと当麻さんの側で、あの子を見守っていて欲しいと。どうか、どうか当麻さんのことをお願いします」
「おばさま……」
 美琴はこくりとうなずくと逆に詩菜の手を握りかえした。
「頭を上げて下さい。わかりましたから」
 詩菜は頭を上げた。
「本当、ですか?」
「はい、私はずっと当麻の側にいますから。それに私だってアイツを護ってやりたいって、ずっと思っているんです。アイツに護られるだけじゃなく、私もアイツを護る。二人で支え合って生きていきたいって、そう思っているんです。だから心配しないで下さい、何があったって私が、アイツの不幸からアイツを護ってやります!」
「……ありがとう、美琴さん」
「はい、ドーンと任せて下さい!」
 そう言って美琴は胸を張り、笑いだした。
 つられて笑みを浮かべる詩菜。
 部屋に戻って来た刀夜が首を傾げるまで、二人はそうして笑い合っていた。

――当麻さんを、お願いしますね。
――はい、お義母さん!

 その頃、上条は。
「よ、上条くん」
「旅掛さん?」
 トイレから出たところで旅掛に捕まり、そのままベランダに連行されていた。

「どうしたんですか、こんなところに連れてきて」
「……二人っきりだな。それに」
 旅掛はベランダから夜空を見上げ、光源もないのにキラリと歯を光らせた。
「綺麗な月、朧月夜って奴かな。今夜は朝まで寝かせないぞ」
「……何馬鹿なこと言ってるんですか」
「せっかく場を和ませようとしたのに、ノリが悪いな、君は」
 ジト目で突っ込む上条を見ながら、旅掛はつまらなさそうに口を尖らせた。
「……十分和みましたから。それで、何の用ですか?」
「ちょっと君に聞きたいことがあってな。けど、君も俺に話があるだろう、君の場合は相談かもしれんが」
「え……」
 絶句した上条を見て旅掛はニヤリと笑った。
「図星だろう。商売柄、人が何かを求める視線やオーラには敏感になっていてな」
「凄いですね。心の中で思っていただけなのに、あっさり見抜かれるなんて」
「まあな。ところで、君の相談は確かに聞こうと思うんだが、その前に俺の質問に答えてくれないか?」
「……わかりました」
「アレイスターという言葉に聞き覚えはあるか?」
「いえ、まったく」
 上条は首を傾げた。
「そうか。じゃあ美琴と同じ顔をした女の子が世界中にいるって話を聞いたことは?」
「そ、それは……」
「そっちは知ってるってわけか。なるほど、あくまで美琴絡みのことしか知らないみたいだな」
「あ、あの……」
「あー、いい。別に何も言わなくても。君にだって話しにくいことはあるだろうし、それにどうも君の持つ情報と俺の持つ情報を合わせても、大した情報量にはなりそうもないしな。仕方ない、これに関しては俺が自分で動くか」
 ぽりぽりと頭をかくと、旅掛は一人納得して話を完結させようとした。
 そんな旅掛の思考に無理矢理上条が割り込んだ。
「ち、ちょっと待って下さい。妹達の話は美琴にとっても、俺にとっても十分に関係のある話です、だから――」
「ふーん、あの子達は妹達って呼ばれているのか。けど君もその妹達について大して知らないんだろう? 彼女達がなぜ世界中に散らばっているか、とか」
「それは治療、のためでしょう」
「表向きはな」
「え?」
「だが俺も、彼女達が何か裏の思惑で世界中に散らばっているということまでしか知らない。つまり俺達は互いに情報不足すぎるんだ。こんな状況で何かを議論しても始まらない。だからこの件に関してのこれ以上は俺に任せておけ。なに、俺は美琴の父親だ。あの子が幸せになれるようベストを尽くすさ、親としてな」
「そう、ですか」
 上条は渋々うなずいた。
 旅掛の言っていることは筋が通っているし、自分が動くよりも旅掛が動く方が遥かに効率よく完璧に情報を収集できるだろう。ならばここは旅掛を信じるべきだ、そう上条は思ったからだ。
 上条がうなずいたのを見て、旅掛は軽く咳払いをした。
「本当に聞きたいのはそんなことじゃないんだ。上条くん、君はさっきどんなことをしてでも美琴を守るって言ったよな」
「はい、言いました」
 旅掛の言葉に上条は即答した。
「本気か?」
「はい」
「じゃあこう考えていいのか? 君は自分の命を省みず美琴を守ってくれる、と。自分の命を捨ててでも美琴を守ってくれる、と」
「…………」
 しかし今度は先ほどの返事とは打って変わって上条は小さなうなり声を上げるだけで、まともに答えようとしなかった。
「どうした、答えは?」
「……できません。俺の命を捨てて美琴を護ることは、できません」
 小さな声だったが、上条ははっきり答えた。
 その答えを聞いた瞬間、旅掛は上条をギロリとにらみつけた。
「は? 何言ってんだ、お前」
「…………」
「どんなことをしてでも美琴を守るって言ったろうが、じゃあ何で命を捨ててでも守るって言えないんだ。ふざけてんのか、てめえ」
 旅掛は上条の胸ぐらを掴んだ。
「言えよ、てめえの命捨ててでも美琴を守るって誓えよ!」
 旅掛は上条の体を揺らしながらすごんだ。
「そうじゃねえと美琴との婚約、俺は認め――」
「誓えません! 美琴を泣かせることは絶対に誓えません!」
「……どういうことだ?」
 胸ぐらを掴まれたまま、上条は負けじと旅掛をにらみつけた。
「だって、アイツを護るために俺が死んだら、アイツは絶対泣くから。それくらい俺にだってわかる。アイツがいつまでも笑顔でいることが俺は一番嬉しいんだ。だから俺はどんなことをしてでも、アイツを護る。けど、俺も生き続ける。地べたにはいつくばろうが泥を食おうが、絶対に生きてアイツとずっといっしょにいる。そうして初めて、俺はアイツの笑顔を護れるんだ!」
「…………」

 旅掛はすっと上条の体を放し、そのまま上条の背中を思い切り叩いた。
「よし、満点合格だ!」
「いつ、つ……はい?」
 破顔する旅掛を見ながら上条は背中をさすった。
「今までいろんな人間を見てきたが、惚れた奴のために命を捨ててもいいとか簡単に言う馬鹿が多くてな、うんざりしてたんだ。だけど自分が死んだらその相手だって悲しむかもしれない。なんでそんな簡単なことに気づけないんだろうな、連中は」
「は、はあ」
「だけど君はそう言わなかった。美琴を泣かせないために絶対に生きる、うん、いい答えだ! それでこそ美琴の選んだ男だ!」
 旅掛は大声で笑いながら何度も上条の背中を叩いた。
「いた、痛いですって! あの、それが聞きたかったこと、ですか?」
「ああ。さっき君が上条さんに言った言葉で婚約を認めるのに十分だとは思ったんだが、少し気になってな。だから悪いが確かめさせてもらった。とにかく、俺はこれで満足だ」

 ひとしきり笑い、ようやく旅掛は上条を解放した。
 旅掛から解放された上条ははあっとため息をついた。
「そうです、か……」
「さあ、次は君の番だ。俺は今猛烈に気分がいいからな。なんでも相談に乗るぞ、言ってくれ」
「……別にいいです。今あなたに認められたことで、俺は満足ですから」
 上条はくるっと旅掛に背を向けると家の中に入ろうとした。
 しかし旅掛が上条の肩をぐっと掴んだ。
「待ちなさい。本当にいいのか?」
「…………」
 上条は何も答えなかった。

 確かに旅掛の言う通り、さっきから自分の中にくすぶり続けている疑問はある。それを誰かに相談したいという気持ちが、今の上条にはある。
 しかし誰に相談したらいいかわからない。いや、それ以前に他人に相談していい内容なのかどうかすら上条にはわからなかったのだ。
 だから上条は何も言うことができなかった。

 黙ったままの上条を見て旅掛はぽりぽりと頭をかいた。
「このテンションがまずいのかな、どうも俺は人から相談を受けることが少ない。いや、この顔が悪いのかな? でも君の悩みは美琴絡みなんだろう?」
「…………」
 しかしやはり上条は何も答えなかった。
「仕方ない、選手交代だ」
 旅掛はそう言って上条を残して家の中に入っていった。
 代わりにベランダに出てきたのは美鈴だった。
「こんばんは、当麻くん」
「美鈴さん……」

 上条と美鈴はベランダに出たままお互い何も言わず、じっと外を見ていた。
 ベランダから見える空は先程旅掛が言った通り、本当に綺麗だった。
 はっきりとした光をたたえることのない春特有の朧月夜ではある。しかし今の上条にはむしろ、その朧月から降り注ぐぼんやりとした優しい光がじわじわと心に染み入ってくるような、そんな感じがした。
 自分を優しく照らしてくれる朧月。その光は徐々に上条の心を解きほぐし始めていた。

 そんな上条の変化を感じたのか、美鈴は穏やかな包み込むような口調で、上条に声をかけた。
「案ずるより産むが易し。昔の人はいいこと言ったわよね、ね?」
 優しく微笑んだ美鈴を横目でチラリと見た上条は、やがてぽつりと呟きだした。
「……人を好きになる気持ちって、なんなんでしょうか」
「いきなり哲学的ね……それって今、当麻くんが美琴ちゃんに対して抱いてる感情、じゃないの?」
 美鈴の返事を聞いて上条はほんの少し顔をゆがめた。
「俺、美琴を好きになって、告白して、両想いになって。そうしたらそれで全てうまくいくと、思ってたんです」
「違うの? みんなの前で大見得切って、婚約までして、私はうまくいってると思うけどな」
「そう、ですよね。俺も今日までそう思ってました。でも本当のことを言うと、ふっと頭をよぎることがあったんです、今までも。けどそのたびに押さえつけるっていうか、あえて考えないようにしていたというか。なのに、さっきの大見得でもの凄く意識してしまって、実はさっきのパーティの間もずっと悩んでたんです」
「悩んでいた? いったい何を?」
「両想いになれたけど、その後、俺の美琴への気持ちはどうなるんだろうって。俺はこれから美琴に対して、どう想っていけばいいんだろうって……」
「その気持ちの先にあるのが婚約や結婚だと思うんだけど。ねえ、そんなことを言いだすなんて、もしかして婚約を取り消したいとか?」
「そんなつもりはありません。けど、なんか、俺にとっては話がぶっ飛んでるっていうか、美琴はちゃんとその辺まで考えてたみたいですけど、俺はなんか、美琴のことは好きなんだけど、ずっといっしょにいたいんだけど、結婚とかまではまだあまり深く考えてなくて。いや、それよりも……」
 上条はここまで言うと、言いにくそうに言葉を濁した。

「…………」
 しかしさっきまでは相づちを打っていた美鈴は何も言わなくなってしまった。まるで上条が自分で言いだすのを待っているかのように。
 やがて美鈴に根負けしたかのように再び上条が口を開いた。
「その、彼女の母親にこんなこと言うのは本当にデリカシーがなくて、みっともないってことはわかってるんですが。『好き』の後に、俺はたぶん、結婚なんかよりも先に、体、とか、その、もっと生々しいものを、美琴に望んでるんだと思うんです。でも、俺は高校生で美琴は中学生で。そんなこと、今の美琴に考えちゃいけなくて、もっとアイツを大切に考えなくちゃいけなくて。けど、俺の本心はたぶん、我慢してるだけで」
「我慢……」
「じゃあなんだっていうんでしょう、『好き』って。美琴は俺のことを好きになってくれて、その続きとして将来のこととか色々考えてる。けど今の俺は、美琴のことを好きになって、その続きでは生々しいことを考えて、美琴をそういう対象として見ていて。じゃあ俺ってそういうことに興味があるから、そのために美琴を好きになったってことですか? もしかして好きになったのも、興味をごまかすためのただの錯覚なんですか? でも、アイツを絶対護るっていう気持ちは本気なんです、俺。アイツの涙を見たくない俺だって絶対ここにいるんです! なのに、なんであんなことばっかり考えるんですか俺は! いや、そもそも好きになるっていったいなんなんですか! 俺はこれから美琴にどう向き合っていけばいいんですか!!」
「うーん……」
 美鈴は頭をかきながら上条を見た。
 いつの間にか上条は額をベランダの手すりに押しつけて、うつむいていた。

「当麻くん」
 美鈴が上条の肩に手を置こうとしたとき、上条は突然立ち上がり美鈴のほうを振り向いた。その表情は不自然なほど晴れやかだった。
「すいません。やっぱりこんなこと、人に相談するべきじゃありませんでした。これくらい自分でなんとかしてみます、それじゃ」
 そう言って美鈴との話を強引に終わらせようとした上条だったが、美鈴はそれを許そうとはしなかった。
「ちょっと待ちなさい、勝手に自己完結しないの。あなたが何をするにしても、とりあえず私の話を聞いてからにしてちょうだい」
「は、はい」
 上条は申し訳なさそうにうつむいた。

 上条が多少落ち着いたのを確認してから美鈴は口を開いた。
「まあ、確かに当麻くんの言う通り、彼女の母親に相談する内容にしてはちょっと不適切だったかもしれないわね」
「すいません」
「いいわよ別に、私は全然気にならないから。それであなたの相談なんだけど、それってそんなに気にすることかしら? まあ私だって『好き』ってどういうものなのかって真面目に聞かれたら上手く答えられないんだけど、そこには色々な思いがあるのは間違いないと思うのよ。それこそ精神的な充足感や自己犠牲、自己満足っていうのも含まれると思うわ。例えば相手が見目麗しい方がいいと思うのなんて、ほとんど自己満足でしょ」
「…………」
 上条は黙って美鈴の話を聞き続けた。
「もちろん、肉体的な欲求だって『好き』の中には含まれているわ。あなたは良くない感情だと捉えてるみたいだけど、好きな人のぬくもりを感じたい、好きな人と身も心も一つになりたいと思うことなんて当然でしょ、生物として。素直な感情じゃない、そこに妙な倫理観を当てはめて悩むなんて人間くらい」
「俺はその人間です。倫理観があって当然です」
「まあね。だから私だって、当麻くんが今すぐ美琴ちゃんと子供を作りたいなんて言ったらそれを容認したりはしないわ。学生のあなた達にはまだ早すぎる。でもそのことと、あなたが美琴ちゃんに対してそういう感情を持つことを否定することは違うはずよ」
「……そうでしょうか」
「堅っ苦しく考え過ぎなのよ。好きな人にそういう感情を持つことはむしろ当然。考えない方がどうかしてるわよ。もし考えなかったらきっとその方が美琴ちゃん悩むわよ、私には女性としての魅力がないんじゃないかって」
「…………」
 上条はほんの少しうめき声を出した。
「私が思うに当麻くん、あなた、たぶん美琴ちゃんを大切にしすぎてると思うの。それこそまるで宝物のように思ってるんじゃないかしら」
「……いけませんか。美琴は、俺なんかにはもったいないくらい出来すぎた彼女です。そんな美琴を宝物のように扱って」
「程度ってものがあるわよ。美琴ちゃんは別に完璧な存在じゃないわ、それこそこれからあなたはいくらでもあの子のダメな部分や醜い部分を見ていくことになる。でも、それはあの子が一人の人間だからでしょ? あなたの理想の宝物じゃないって証拠よ。だから私は母親としてお願いするわ。あなたにはあの子を大切な女の子として扱ってほしいの」
「えっと、それって今までと何が違うんですか?」
「全然違うわよ。宝物だったらあなたの気持ちだけで相手に対応していいけど、一人の女の子だったら相手の気持ちを考えてあげなきゃいけない。ただ当麻くんの場合はそうなると、他人を優先しすぎるところがあるからそのバランスが難しいんだけどね。まあとにかくあなた自身が美琴ちゃんを好きで、その上で美琴ちゃんが望んでることを考えてほしいってこと」
「…………」
 上条は首を傾げた。どうにも上手く理解できないのだ。

「だーかーらー」
 美鈴は上条にずいと顔を近づけた。
「あなたが美琴ちゃんをそういう目で見てるってことは、逆に言えば美琴ちゃんだってそういう目であなたを見ることがあるってこと。あなただけじゃないんだから。あの子の場合はそこからさらに暴走してるから結婚とかにまで常に意識が飛んでるけど、根っこはあなたと同じよ。大丈夫!」
 美鈴は上条の背中をばしっと叩いた。
「自分を信用しなさい、上条当麻くん! あなたが美琴ちゃんのことを大切に思い、ずっと守っていきたいと思ってくれている限り、あなたは本当に美琴ちゃんのことが好きなの! だからあなたが美琴ちゃんにいやらしいことを考えたってそれは別にあなたがダメな人間ということにもならない。高校生と中学生がどうこう言ってたけどロリコンてことにもならないから。あなたの場合は言うなれば……『美琴コン』?」
「美琴コンって……」
「とにかく当麻くんの『好き』は誰にも恥じることのない立派なものよ。その先にあるものだって、当麻くんが当麻くんである限り大丈夫。だからね、当麻くん。あなたは世間とかそういった周りに惑わされることなく、あなた自身のペースでゆっくりあなたの中の『好き』に向き合っていきなさい。まだ時間はあるんだから、婚約や結婚はおいおい考えていけばいいわよ」
「……はい、ありがとうございます。ちょっと、気が楽になりました」
 上条は微笑んだ。今度は作ったものではなく、心からの笑みだった。
「そう、よかった。じゃあそろそろ戻りましょうか、美琴ちゃんも待ってるだろうし」
 こうして二人は家の中に入り、和室に向かっていった。

 結局その後パーティは、親達が上条と美琴の将来を肴に騒ぐ宴会に移行し、日付が変わるまで続けられた。



 こうして大騒動と共に始まった上条と美琴の里帰りだったが、いざ始まると滞在期間の五日間などあっという間に過ぎてしまい、現在上条達は学園都市に戻る電車の中にいた。

「なんか、怒濤のように過ぎた五日間だった……」
「ほんと。初日以外これと言ってイベントもなかったはずなのに、やたら騒々しかった気がするわ……」
 二人は電車のシートにへたり込むように座っていた。
「まあ色々あったけど、帰ってよかったのかな?」
「そうね、父さんにも久しぶりに会えたし」
「俺は初めて会ったけどな」
「私としては父さんが当麻のことを気に入ってくれてよかった、それが一番ね」
「……あれは気に入ったというのか?」
「気に入ってたわよ、娘の私が言うんだから間違いないわ」
「そうか。気に入ると言えば、美琴とうちの母さんは最初からずっと仲良かったな」
「当然よ。お義母さん喜んでたもん、私みたいなかわいい娘が出来たって」
 そう言って胸を張り得意げな顔になった美琴に、上条はジト目を向けた。
「……なあ、やっぱり俺の母さんのこと、『お義母さん』て呼ぶのか」
「当然じゃない。何か文句あるの?」
「いや、なんつーかその……」
 苦々しげな表情を浮かべたまま顔を朱くした当麻を見て、美琴はニヤリと笑みを浮かべた。
「何よ、照れてるの? そんなんじゃこれから学園都市で生きてくの大変よ、アンタ。これからはもっと凄いんだから」
「これからって……お前、何企んでるんだ? ……ま、まさか、本気で俺にお前のことを『フィアンセ』って紹介させる気じゃ!?」
「さあ、どうかしらね。あ、夕日が綺麗。もうすぐ学園都市に着くわね」
 美琴は頬に指を当てて窓の外に目を向けた。
「ち、ちょっと待て、頼むからそれは止めてくれ! そんなことになったら上条さんは恥ずかしくて生きていけません!」
 疲れた体で必死に土下座する上条とそれを無視し続ける美琴を乗せて、電車は学園都市の敷地内に入っていった。



 上条の不幸の影響も何もなく電車は無事第七学区の駅に着いた。
 改札を出た上条達は首や肩をほぐしながら、ふうと息を吐いた。
「というわけで帰ってきました学園都市。まあ、今じゃこっちが私達の本当の家よね」
「確かに。でさ美琴、さっきの件本当に頼むな」
「わかってるわよ。向こうで約束した『フィアンセ』って紹介、あれをしないんでしょ」
「そうそう」
 上条はこくこくと何度も首を縦に振った。
 そんな上条を見ながら美琴はやれやれと言わんばかりに首を振る。
「仕方ないわね。たかがあれくらいでオタオタするなんて。私達ってもう親公認の婚約者なのよ」
「そりゃそうだけど」
「私のこと、嫌いになったの?」
「そんなわけねーだろ! 美琴のことは……大好きだ」
「……そう。なら今回だけは『フィアンセ』って紹介は勘弁してあげる」
「ありがとう。感謝します、美琴様!」
 パンと両手を合わせ、上条は美琴に何度も頭を下げた。
「まったく、情けな……ん?」
 上条のヘタレっぷりに美琴が呆れていると、ふいに彼女の体に悪寒が走った。
「ん? いったい何が……そこだ!」
 気合いと共に美琴が手に持っていたバッグを上空に向けて振り回すと、何かが潰れる音と共にバッグが何かをはじき飛ばした。
「あいたたたた……さ、さすがですわお姉様」
「まったく、テレポートで抱きつくのは止めなさいっていつも言ってるでしょうに」
 美琴は足下に倒れている、後輩でルームメイトの白井黒子を見下ろした。
 美琴がはじき飛ばしたのは白井で、潰れた音はその際に白井が発した叫び声であったのだ。

 美琴の差しだした手を掴みながら白井はゆっくりと立ち上がった。
「ですが、帰ってきたお姉様に一分でも一秒でも早くお会いしたくて……だって、わたくし寂しかったんですもの、辛かったんですもの!」
「そうやって慕ってくれるのは嬉しいけど、限度ってものがあるでしょう。反省しなさい」
「はーい……。というわけで、お帰りなさいませ、お姉様!」
 白井は真正面から美琴に抱きついた。
 苦笑しながらも今度は美琴も白井を抱きしめた。
「はいはい。ただいま黒子」

 白井が美琴との再会を喜んでいると、駅の入り口の方から今度は二人の少女が美琴達に近づいてきた。初春飾利と佐天涙子である。
「もう白井さん、いきなり消えるからどこに行ったかと思いましたよ」
「御坂さん、お帰りなさい」
「あ、初春さん達も来てくれたの?」
 初春達の方を向いた美琴はぱあっと表情を明るくした。
 そんな美琴につられるように初春達も笑顔を返した。
「はい。今から佐天さんと遊びに行くところだったんですけど、白井さんに連絡したらちょうど御坂さんが帰ってくる頃だって教えてもらいまして。それなら御坂さんもごいっしょにどうかなって」
「あ、でも疲れてますよね? 荷物も片付けないといけないでしょうし」
「別にいいわよ、少し遊ぶくらい。それに荷物なんてホテルにでも預けてればいいことだし」
 そう言って手をパタパタと振る美琴を見ながら、佐天は若干顔を引きつらせる。
「さっすがお嬢様、そんなことのためにホテル使うなんて……。でも、本当にいいんですか?」
「何が?」
「だって彼氏、上条さんほったらかしになりますよ。あたしは別にいっしょでも構わないんですけど、どうも白井さんが……」
「え?」
 美琴が白井の方を向くと、白井は上条に牙をむいて、付いてくるなとばかりに威嚇していた。
 上条は白井の刺すような視線を避けながら美琴に近づくと、さっと美琴の荷物を手に持った。
「俺はいいからお前はみんなと遊んでこいよ。荷物も俺が預かっておくし」
「でも……」
「気にするなって。それにほら」
 上条は苦笑しながら白井を指差す。
 上条の指摘通り、白井の状態は威嚇から上条への臨戦態勢に移行しようとしていた。この上、上条が美琴に付いていくなどということにでもなったら、白井がどんな行動を取るかわかったものではない。
「な、俺は行かない方がいい」
「ごめんね」
「いいからいいから。というわけでお前ら、美琴のこと頼むな。ん、どうした、二人とも?」
 上条は初春達が感心した様子で自分達の会話を聞いていることに気づいた。
「えっといやその、なんかすっかり上条さん、御坂さんの彼氏やってるな、と思いまして」
「そうですね」
 佐天の言葉に初春もうなずくことで同意した。
「そいつはどうも」
 上条は少し照れたような笑みを浮かべた。

「それじゃあ行きましょうか。あれ、どうしたんですか御坂さん?」
 皆が歩き出そうとしたとき、初春が美琴の様子がおかしいことに気づいた。
 うつむき加減で何か考え込むような仕草をしていたのだ。
 ややあってぱっと顔を上げた美琴は上条と腕を組むと、初春達三人を見回した。
「ねえみんな、ちょっと聞いて欲しいんだけど」
 その様子に引っかかるものを感じた上条は慌てて美琴にささやいた。
「美琴、お前約束は!」
「守るわよ、『約束』は」
「へ?」

 美琴は上条から顔を離した。
「ねえみんな、覚えておいてくれる? 当麻って私の『彼氏』じゃないのよ」
 美琴の言葉に真っ先に反応したのはもちろん白井だった。
「? どういうことですの、お姉様? ……も、もしかして! 今回の帰郷でお互いに愛想を尽かしたと! その上でこの黒子の深い愛についに目覚めて下さったと!」
「うん、それは違うから絶対に」
「……じゃあいったい、どういうつもりですの。どうしてそのようなことを?」
「当麻は私の『彼氏』ではない。だって」
 美琴はにっこりと、見る者全てを虜にするようなさわやかな笑顔を浮かべた。
「当麻は私の『旦那様』だもん」
「はい?」
「だから、私は『若奥様』」
「……え、え……え――――!?」
 美琴を除く四人の声が見事に重なった。

「みさ、かさん……それって、言葉通りの、意味で……あー! 白井さんが泡吹いて倒れちゃった! ど、どうしましょう佐天さん! って、佐天さんもなんか顔真っ赤にしてトリップしてるし! あーもう、いったいどうするんですか御坂さん、この状況!」
 気絶した白井と茫然自失となった佐天を目の前にして慌てる初春。
 一方、頬を染めながらではあるがニコニコと先ほどと変わらない笑みを浮かべている美琴。
 そんな彼女達を目の前にしながら上条は
「……だん、な……さま……?」
 顔を引きつらせながら意識を別の世界に旅立たせようとしていた。
 そして薄れゆく意識の中、上条は確信した。
 自分はこの女性、御坂美琴には永遠に勝てないのだということを。



おしまい


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