とある魔術の禁書目録 自作ss保管庫

Part08

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だれでも歓迎! 編集


好きの先にあるもの


 バスに乗ること十分、さらに歩くこと十分、上条達はようやく目的地である御坂家の前に到着した。学園都市を昼過ぎに出発したこともあって、時刻はもう夕方になっている。

「何年ぶりかしら、家に帰ってくるのなんて」
 夕日に染まった久しぶりの我が家を見て、美琴が感慨深げに呟く。
「へえ、そんなに帰ってなかったのか」
「うん。長期の休みなんて普段以上に能力鍛えるのに必死で、家に帰るなんて発想自体なかったから、正直言って」
「そっか、本当にお前って努力家なんだな」
「大したことないわよ。でも、ちょっとは見直した?」
「見直すというより尊敬した。まあそんなことよりさっさと家に入ろうぜ」
 上条の言葉にこくりとうなずくと美琴はインターホンを押した。しかし、家の中からは何の返事もない。
 首を傾げながら美琴は何度かインターホンを押した。だがやはり家の中からは何の返事もない。
「美鈴さん達、俺達が来ること忘れてるんじゃないだろうな」
「そんなわけないでしょ、ちゃんと電車の時間まで伝えたんだから」
「けど返事がないぞ」
「そうね……」
 上条達が首を傾げていると、突然彼らの背後に人の気配がした。
 気配を察して上条達が背後を見た瞬間、美琴に何者かが抱きついた。
「お帰りー、美琴ちゃーん!」
「か、母さん!? ち、ちょっと、いったい何!?」
 美琴は自分に抱きついた人物、母である御坂美鈴に向かって大声を出した。
「あー、この人、相変わらずのテンションだなー……」
 美鈴のテンションに上条があきれかえっていると、がちゃりと御坂家の玄関が開いた。上条がそちらに目を向けると、家の中から上条の父である上条刀夜と、母である上条詩菜、そして上条の記憶にない男性が出てきた。

「もう、いきなり何すんのよアンタは!」
「だって美琴ちゃんを驚かせたかったんだもん」
 美琴に怒鳴られても反省するそぶりをまったく見せることもなくニコニコと笑っている美鈴を見て、美琴は盛大なため息をついた。
「本当にどうしようもない母親ね。そう思わない、当麻……当麻?」
 側にいるはずの上条に話しかけた美琴だったが、その上条からは返事がなかった。訝しげに上条の方を見た美琴は、彼の様子を見てはっと息を呑んだ。
 いや正確には上条ではなく、上条が向かい合っている男性を見て、である。

「え、えっと……」
 上条は自分の記憶にないただ一人の男性を見た。
 見たところ父、刀夜と同じくらいの年齢だろうか。身なりそのものはいいようだが、スーツをラフに着こなすその様や、整った顔立ちに整っていない顎髭を蓄えたその一種独特な風貌から、一見すると裏家業の人間に見えないこともない。
 さらにその男性は先ほどから値踏みをするかのように、上条をじっと見ている。
 上条はごくりとつばを飲み込んだ。
 この男性の正体ははっきりしない。だが御坂家から出てきて自分と美琴を出迎えた人間であるという事実、そして未だ収まらない自分に対する威圧するような視線から上条は男性の素性に目星を付け、ばっと頭を下げた。
「は、始めまして。俺、じゃなくて私、み、美琴、美琴さんとお付き合いさせてもらっている上条当麻といいます。そのこれから、どうぞ末永くよろしくお願いします。あの、美琴さんのお父さん、ですよね?」
 しかし男性は何も答えない。
 不審に思った上条が頭を上げると、男性は困ったような笑みを浮かべていた。
「まあ年長者に対して名前も含めて自分から名乗るところなんかは礼儀として間違っちゃいないし、この状況で俺が美琴の父親だって判断するのも妥当だな。けど、君のその挨拶って冷静に考えると結構凄い内容だよな」
「へ?」
「だって、まるで『娘さんを僕にください』って言いかねない勢いだったろう、今の君の挨拶って。なにしろ初対面である彼女の父親に、いきなり付き合ってることを言うんだから。普通は始めましてで終わらないか?」
「あ、その、えと……」
「いやいやすまない、少々意地悪が過ぎた。こちらこそ始めまして、美琴の父、旅掛だ」
 旅掛は苦笑いを浮かべながら上条に右手を差し出した。
「は、はい、よろしくお願いします」
 上条も同じように右手を出し、旅掛と握手を交わす。
「ふむ、否定しないところを見ると、さっき俺が言ったことはまんざらでもないってことか」
「はい?」
「君のことは妻や、そちらにいらっしゃる君の父上から色々聞いていてね、まあいくらか知ってはいるんだがこうして対面すると、改めて色々わかってくる。なるほどな」
「あの、御坂さん?」
 状況にまったく付いていけていない上条の疑問をよそに、旅掛は一人納得しながら話をどんどん進めていく。
「ああ、俺のことは『旅掛さん』とでも呼んでくれたらいいから、妻のことも『美鈴さん』で構わない。妻は以前、君にずいぶん世話になったらしいからね、夫の俺が特別に許可しよう。で、俺としては美琴のことなんかも含めて君とは色々話があるんだが」
 そこまで言うと旅掛はチラリと美鈴を見た。
 美鈴は黙ってうなずく。
「長旅で疲れているだろう、まずは家の中に入ることにしよう。さあ、上条さん達もどうぞ遠慮せずに」
「ほら美琴ちゃん、ちゃっちゃと入っちゃいましょう」
「え、ちょっと母さん、いきなり何を!?」
 突然美鈴に背中を押された美琴は家の中に入っていった。それに続く美鈴と旅掛。

 そんな三人をぼうっと見ていた上条の肩を、ぽんと刀夜が叩いた。
「ほら、何やってるんだ当麻。私達もお邪魔しよう、もう準備はできているんだ」
「え、準備って?」
「すぐにわかるさ」
 上条は訝しげな表情を浮かべながらも渋々うなずくと、御坂家の玄関をくぐった。



「なあ美琴、これってやっぱり」
「それしかないでしょうね、どう見ても」
 和室に通された上条は、先に入っていた美琴の側にすっと寄ると小声で話しかけた。
「ということは、旅掛さんがいるからって俺は歓迎されてないわけじゃないんだよな」
「……なんでそういう感想が出るわけよ。どこをどう見ても普通に歓迎されてるでしょ」
「あはは」
 上条達は和室の中を見回した。

 広めの和室の中央に置かれた大きなテーブルの上にはお寿司などといった料理が並べられており、どう見ても美琴の言う通り客人をもてなす準備が出来上がっている状態だった。
 だが上条には一つだけ疑問があった。
「なあ、こういう時って普通家族ごとにかたまるんじゃないのか? なのになんで今回は親達四人並んでるんだ?」
 上条家も御坂家もそれぞれ三人家族で合計六人。ならば今回のような場合ではテーブルの一辺に三人ずつ家族ごとに集まって座り、家族同士が向かい合うよう、例えばお見合いのような座り方にするのが普通だと上条は思ったのだ。
 けれど今回はテーブルの一辺、部屋の上座に位置する方に親達四人が既に座っており、それに向かい合う形で二人分の座席が用意されていた。
 その二人分が自分と美琴の席であることは間違いない。
「なんで?」
「知らないわよ。でもこういう配置ってことは、こう座れってことでしょ」
「だよな」
 首を傾げながら席に座った美琴に続いて、上条も美琴の右隣に座った。

「なんか、緊張するな」
「何ビビッてるのよ。気にしたら負けよ」
 美琴と二人並んで両親達に向かい合った上条の心は、両親達が何を考えているのかがわからないため、妙な緊張感に包まれていた。
「さあ、みんな揃ったわね」
 そんな上条の緊張を知ってか知らずか、二人が座ったことを見て取った美鈴が明るい声を出した。
「それでは、改めてお帰りなさい、美琴ちゃん。そして、お久しぶり、御坂家へようこそ上条くん」
「……ただいま」
「ど、どうも」
 憮然とした表情の美琴と緊張した面持ちの上条。
 そんな二人を見て美鈴はつまらなさそうに口を尖らせる。
「もう、二人ともノリが悪いわよ」
「仕方ないでしょ、帰ってくるなりいきなりこんな宴会準備OKみたいな場所に通されたんだから。一息つくくらいさせてよね。それにこの座り方、妙な思惑を感じるし」
 美琴の反論に美鈴は軽くため息をついた。
「思惑じゃなくて親の気遣いと言ってほしいわね。……まあいいわ。それでは皆さん、これから美琴ちゃんと上条くんの歓迎会をしたいと思うのですが――」
 美鈴はここで急に言葉を句切ると、ぐるっと全員を見回した。
「その前に、話しておかなければいけないことがあります」
「話しておかなければ、いけないこと?」
 上条と美琴は声を合わせた。
「そう。ちょっと長くなるから、悪いけどその辺は覚悟しておいてね」
 上条達は顔を見合わせると互いにうなずきあった。
「まず今日のこの集まりについてなんだけど。初めは電話で美琴ちゃんに連絡した通り、私と上条さんの奥さん、詩菜さんとだけでやるつもりだったの。でもね、美琴ちゃんと話したことを色々考えてたら、やっぱりパパ達にもちゃんと立ち会ってもらった方がいいと思ったのよ。それで無理を言って、パパと上条さんのご主人に日本に帰ってきてもらったの。正直な話、こうしてみんなが揃う機会なんてなかなかないから。それで立ち会ってもらった上でやりたいことなんだけど――」
「奥さん、後は私から言いましょう」
 突然刀夜が美鈴の言葉を遮った。
「ですが……」
「気にしないで下さい。職業柄はっきりと物を言って人に憎まれることは慣れてますから」
 躊躇する美鈴を手で制すると刀夜は上条と美琴を交互に見やった。
「さて奥さんの話の続きなんだが、その前に。当麻、美琴さん、先に聞いておきたいんだが母さんから聞いた話、あれは本気かい?」
「話?」
「そう。お前達二人が付き合ってるだけじゃなくて、将来は結婚することまで考えているって話だ。どうなんだ、当麻?」
「そ、それは……」
 返答に窮した上条は声をつまらせた。正直言って、なんと答えていいかわからなかったからだ。

 美琴のことを好きだというのは事実である。
 ずっと美琴といっしょに生きていきたいと思っているのもまた事実。美琴以外の女性とそういう関係になりたいなどとは露ほども思っていない。
 しかしそれ以上、結婚したいか、などといったことを冷静に問われると、いまいち実感が湧かないのだ。
 美琴のことが好きで、愛している。となるとその先には結婚して家庭を持って、と続くのだろうが、改めて問われると上条には自分がいまいち本気になりきれていないように思える。
 あのときは心のまま勢いで告白したものの、これから自分はいったいどうしたいのだろう。
 問われた以上、何か答えなければいけない。
 けれど親の前、そして何より美琴の前でいい加減なことは言えない。いや、言いたくない。
 今、自分の心はどこにあるのだろう。

「…………」
 上条は半ば無意識にチラと横目で美琴を見た。
 ふいに気になったのだ、自分の思考や意志は混濁してわけがわからなくなっているが、美琴の方はどう思っているのだろうかと。
 美琴に告白したとき、美琴は上条の告白をプロポーズとみなすと言った。
 先ほども美琴は上条のことを「フィアンセ」と呼んだ。
 言葉通りに取るなら刀夜の言った通り、美琴は結婚やその先まで考えていることになる。
 けれど果たして本当にそうなのだろうか。
 美琴の言葉や態度にはどこまでの「本気」が含まれているのだろうか。
 美琴は、自分との将来をどう考えているのだろうか。

 そこまで考えて上条は小さく頭を振った。
 ダメだ。
 自分はあの告白のときから何も成長していない。
 あのとき、まずは自分自身をしっかり保たなければならないと、自分自身の気持ちを確立しなければならないと悟ったはずではないか。
 美琴の気持ちは美琴が考えることだ。
 ならば、上条は上条の気持ちを考えればいい。
 そして上条が今、御坂美琴という女性に対して思うことは――。
「…………」
 上条はごくりとつばを飲み込むと目の前にいる両親達の顔を見た。
 すっと細く息を吸うと上条は口を開こうとした。

「今はまだ年齢的に結婚はできません。でも、私は将来必ず当麻と結婚します。当麻以外の男性なんて考えられません」
「…………!」
 だが上条のセリフは美琴の凛とした声に遮られた。
 その瞬間、上条ははっと息を呑んでいた。
 上条がウジウジと悩んでいる間に美琴はきちんと自分の意志を明確にし、はっきりその想いを口にしていたからだ。
 そんな美琴に少しでも近づかなければ、上条にそう思わせるほど毅然とした美琴の態度であった。

「そうか。で、当麻は、どうなんだ?」
 美琴の言葉に軽くうなずいた刀夜は再び上条を見る。
 上条の方も気を取り直して刀夜の目をじっと見返すと、こくりとうなずいた。
「俺もだ。美琴以外の女の子なんて考えるまでもない」
 そう、これでいいのだ。
 自分がずっと共に人生を歩んでいきたいと思う女性は御坂美琴という女の子ただ一人。そう答えればよかったのだ。
 色々頭をよぎる考えはあるし、納得しきれたわけではない。だが少なくともさっきの刀夜の質問に対して上条の心が出す答えとしてはこれで十分だ。

 上条当麻は将来必ず御坂美琴を妻にする。
 このとき、上条ははっきりその心に誓った。

「そうか、二人とも本気なんだね」
 刀夜は何度もうなずいた。
「なら親としてその上で言おう。その気持ち、考え直してくれ」
「な……!」
 刀夜の言葉に上条達は絶句した。
 慌てて二人は他の親達の顔を見る。
「…………」
 そして二人は親達の態度に絶望を味わうことになる。
 刀夜以外の親、三人共がすっと上条達から目をそらせたのだ。

「……どうして」
 やがて美琴の口がゆっくりと開かれた。
「どうしてそんなこと言うのよ! 私は当麻が好き、世界で一番好き。その人のお嫁さんになりたい、この気持ちをどうして考え直さなきゃいけないのよ!!」
 激高する美琴。
 だが刀夜はあくまで冷静だった。淡々と言葉を繋いでいく。
「もちろん、ちゃんと理由はあるよ」
「なんだよ、その理由って。もちろん俺だって、考え直す気なんてさらさらないけどな」
 上条は刀夜をキッとにらんだ。
「二人とも若すぎるってことだ。若いから世の中がまだちゃんと見えていない。今は確かに付き合い始めたばかりだから、好きな人が世界で一番素晴らしいと思っているだろうけど、これからもっといろんな人との出会いがあるんだ。どう心変わりするかわからない、それなのに今相手を限定して視野を狭くする必要はないんじゃないかな?」
「なんだよ、それ……」
「当麻と美琴さん、二人が互いを『好き』なのがダメなんじゃないんだ。『今』の段階でそれ以上を考えるのが早すぎるんじゃないかって言ってるんだ」
 刀夜はここでいったん言葉を句切った。
「『好き』のままじゃ、ダメなのかい?」
「くっ……」
 上条はギリッと奥歯を噛みしめた。
 刀夜の言うことにも一理ある。いや、未成年の子供に対してなら普通に親が思うことだろう。腹立たしいが、自分達子供のことを思いやっているからこそ出る言葉だ。

 けど。
 だからといって。
 ここで引き下がっては自分のさっきの決意そのものが無意味になる。
 あの決意だけは、誓いだけは譲れない。

「んなもん、ダメに決――」
 上条は刀夜に食ってかかろうとした。
 しかし左手に加えられた力が、左手をぎゅっと握った、荒れ狂う心を包み込むような暖かく柔らかい美琴の手の感触が、上条の行動を制した。
「美琴……」
 上条の呟きに美琴はこくりとうなずいた。

 自分が答える。
 美琴の瞳が、握った手が、そう語っていた。

「ああ」
 だから上条も納得した。ここは美琴に任せよう、と。
 そして美琴を励ますようにそっと彼女の手を握り返した。

 美琴は親達の顔を順番に見ていき、最後に母、美鈴をじっと見つめた。
「『好き』じゃダメ。『好き』のままじゃ、絶対にダメ。私の心は、もう、そんな感情じゃ収まりがつかない段階に達してしまった」
 美琴はチラと上条に視線をやった。
「だから私は、この想いが早すぎるとは思いません。私は、私が生涯をかけて愛する人と、14歳の今このときに出会った、ただそれだけ。これからどんな出会いがあっても、私の当麻への想いが変わることはありません。当麻は、もう私の中で、私という存在の一部になっています。だから、この想いが変わる時は、私が、御坂美琴でなくなってしまう時。だから、私は一生当麻を愛し続けます。考え直すなんて、絶対にあり得ません」
 凛とした、透き通った声が部屋中に静かに響いた。
 上条はぽんと美琴の肩を叩くと、親達の顔を順に見やった。
 自分も同じ気持ちだ、これ以上ゴチャゴチャ言わせない、そんな気持ちを込めて。

「…………」
 だが、刀夜の顔には反論されたことに対してなんの感情も浮かんでいない。
 上条達がその様子に疑問を感じたとき、刀夜が口を開いた。
「美琴さん、当麻をそんなにまで好きになってくれてありがとう。親として心から礼を言うよ」
「上条のおじさま……」
「けど、二人のことを考えたらやはり考え直してほしい」
「な、なんで!」
「親としては子供にはいつだって幸せでいてもらいたい、辛い思いをしてほしくないんだよ」
「そんな。それとこれとなんの関係があるって言うんですか!」
「ある。端的に言うと、住む世界が違うということなんだ」
「住む世界? ……レベルの、ことですか?」
 美琴の言葉に刀夜はうなずいた。
「そう。君達二人の間にある厳然とした違い、という奴だね」
「でもそんなの、私達が付き合うことになんの関係があるんですか! それこそ個人の自由じゃないですか!」
「本当にそう言いきれるのかい? 君達二人は学園都市という社会の中で生きている。そしてその影響は君達が学園都市を出た後でも、何かしらの形でずっと続くだろう。そんな君達が、レベル5とレベル0が、付き合ったり、ましてや結婚を考えたりして本当に邪魔が入らないと思うのかい? 天才お嬢様とおちこぼれのラブストーリーを歓迎する人間なんて、どれくらいいるかな」
「だって、私達が付き合ってもう何ヶ月も経つけど、そんな邪魔なんて――」
「今はまだ、なだけかもしれない。君達の様子を伺っているだけかもしれない。少しずつ邪魔はもう始まっているかもしれない。他にも人間関係や修学関係なんかも含めたら、世の中はどこでどんな邪魔をしてくるかわからない」
「だから考え直せって言うんですか? 当麻のことを、諦めろって言うんですか? じゃあ私は同じレベル5で、どこかの御曹司みたいな奴しか好きになっちゃいけないって言うんですか!」
「そうじゃないよ。今はまだそこまで考えるべきじゃないっていうだけさ。君達がもっと成長して、人生経験を積んで、それでもまだ相手のことを想うのなら構わないかもしれない。ただ、覚えておくといい。世の中っていうのはね、君達が考えている以上にその流れに乗ろうとしないイレギュラーな存在に対して冷酷なんだ。卑怯で、狡猾で、最低な存在だ。美琴さんも当麻も、少しは思い当たることはないかい?」
「…………」
 刀夜の言葉に美琴も上条も黙ってしまった。
 そんな二人に刀夜はさらに言葉を続けた。
「別に意地悪をしたいわけじゃない。ただ現実を考えてほしいだけなんだ。あくまで私や御坂さんの予想だが二人が付き合うとなったら、普通の学生カップルなんかより遥かに苦労するはずだ。私達は親だからね、子供が理不尽な苦労をすることは望まない」



「……あ、く」
 美琴は何か言おうと思ったが上手く言葉を繋げることができず、結局再び黙ってしまった。

 自分達に向けられた冷静な、それでいて無慈悲な意見。喋っているのは刀夜だが、その内容は旅掛や美鈴や詩菜、両親全員の意見と考えて間違いない。
 つまり、皆が自分と上条の交際に異を唱えているということになる。
 しかもその意見には親として当然の感情が多分に含まれている。むしろ自分達を心配するからこそ出てきた意見だ。
 それに具体的な妨害は今のところないが美琴自身、レベルが評価の全てである学園都市という世界のいやらしさは十二分にわかっている。
 学園都市はレベル5の美琴を優遇すると同時に、レベル0の上条をある意味虫けらのように扱う世界である。
 それに妹達の件だって、学園都市の残酷さを示す証拠となる。
 さらに言えば上条をぞんざいに扱っているにも関わらず、学園都市、というよりその上層部、統括理事会は時が来れば上条の右手を利用しようと考えている。だからそのためとあらば、上条の五体をバラバラにすることさえ連中はいとわないだろう。
 そう。上条と結婚する、などと言えば学園都市という魔物がいったい何をしようとするかわかったものではないのだ。しかももし奴らにそのような思惑があるのだとすれば自分達が成長しようとなんの解決にもならない。永遠に自分達につきまとう問題だ。
 つまり、自分と上条は決して結ばれてはいけない存在だということになってしまう。

「そ、んな……」
 ぽたっぽたっと美琴の瞳から涙がこぼれだした。

 やっと想いが叶ったのに、やっと気持ちが通じ合えたのに、なぜこんなことにならなければいけないのだろう。
 なぜこんな思いをしなければいけないのだろう。
 大好きな人のお嫁さんになる、そんな女の子としてはごく当然の幸せすら自分は願ってはいけないのだろうか。
 美琴の瞳からは次から次に涙がこぼれだし、その勢いはとどまるところを知らなかった。

「……いい加減にしろ」
 その時、低く静かな、それでいて恐ろしいほど冷たい声が美琴の耳に届いた。
「いい加減にしろ父さん! いや、父さんだけじゃない、母さんも美鈴さんも旅掛さんも、みんなみんないい加減にしやがれ――――!!」
 ガタッと立ち上がった上条は怒りで顔を真っ赤にしながら両親達を怒鳴りつけていた。
 しかしそんな上条を目の前にしても刀夜はあくまで冷静だった。
「落ち着け、当麻。私だけならともかく、御坂さん達に失礼だろう」
「うるせえ! 失礼も何もあるか! そっちの態度の方が俺に取っちゃよっぽど許せねーんだよ! 予想の話だけでよくもまあ好き放題言ってくれやがったな!」
「お前は予想だと言うが、これは十分考えられる事態だろう。違うか?」
「ああそうだ! でもだからどうした! 学園都市や世の中の根性が腐ってるのは今に始まったことじゃねえ! 生まれついての不幸体質の俺はいくらでもそんなもん味わってきてるんだ!」
「だったら私の言う意味が理解できるはずだろう。それに私達は何も付き合うなとは言っていない。時期が来るまで待てばいいと――」
「父さんの理屈通りならそんな時期なんて永遠に来ねーよ! 俺達が成長したら成長したでそれ相応の嫌がらせをしてくる連中なんだよ、そういう奴らは! 父さん達、それわかってて言ってるんだろう? つまり別れろって言ってるんだろう、結局!」
「…………」
 上条の言葉に今度は刀夜が沈黙する番だった。
「ふざけんなよ。俺は美琴が好きだ。相手が学園都市であろうと、世の中そのものであろうと、どんな奴からだって美琴は俺が絶対に護ってみせる! どんなことをしてでもな! だから余計な心配して俺たちを引き離そうとすんじゃねえ!」
 上条はぎゅっと右拳を握った。
 刀夜はそんな上条を見ながら大きくため息をついた。
「その決意は立派だ。だけど冷静になれ、当麻。私達はあくまで親としてお前達を心配しているんだ。なぜその気持ちを余計なんて言う? 私達はあくまでお前達の味方なんだぞ、なぜそんな私達まで敵に回そうとするんだ。そんなことで美琴さんを守ることができるのか?」
「何が味方だ!」
 上条はびっと美琴を指さした。
「見ろ!! 味方なら、親なら、なんで美琴を泣かせた!! どんな理由があったって美琴を泣かせる奴はみんな俺の敵だ!! そんな奴はたとえ親だって許さねえ!!」
「と、うま……」
 美琴はしゃくり上げながらぼうっと上条を見つめていた。
 上条は両親達をにらみつけながら見回した。
「残念だったな、父さん達の企みは失敗だ。いいか、よーく覚えておけ。俺は美琴に心底惚れてんだ、だから美琴が嫌だって言わない限り、俺の方から美琴と別れることは絶対にない……誰がどんな小細工しようともな!」
「…………」
 上条の「惚れてる」発言に美琴は真っ赤になってうつむいた。
「この際だからはっきり言っておくぞ。これからも俺には何を言ってきても構わない。だけどな、二度と美琴を泣かせるようなことだけは言うんじゃねーぞ。もし今度そんなこと言ってきたら、たとえ父さんだって容赦しねえ。いいな!」

「…………」
 何も言わなくなった刀夜を見て上条は面白くなさそうにフンと鼻を鳴らし、美琴の腕を掴んだ。
「馬鹿馬鹿しい。帰るぞ、美琴」
「え?」
 上条に腕を掴まれた美琴はきょとんとした顔で首を傾げた。
「こんなところにいる理由なんてもうねえ。どこもかしこも敵だっていうんなら学園都市で俺がお前を護ってやる。少なくとも単純にぶん殴れるだけ向こうの方がまだマシだ」
「待て、当麻」
「は? なんだよ」
 上条は刀夜をキッとにらみつけた。
 その刀夜は上条の視線の先で両手を挙げていた。
「私としてはこの辺でもう勘弁してもらいたいんですが、皆さん、どうですか?」
「何を言ってるんだ、父さん……?」
 訝しげな表情を浮かべる上条をよそに、苦笑する刀夜以外の親達三人は、嬉しそうな、それでいて感心したような微妙な表情を浮かべていた。もっとも、ただ一人、美鈴だけはニヤニヤと笑みを浮かべていたが。
「あらあら当麻さん、いつの間にか刀夜さんに説教できるほどにまで成長したんですね。私としては嬉しいと同時にちょっと寂しくもありますね。ですが言葉が汚すぎます、もう少し品性を保って下さい」
「親を相手にあそこまでぶちまけるとはなあ。普通、よっぽど尊敬されてない親でもなければ子供はもう少し臆するもんなんだが。君、結構根性あるじゃないか」
「あらー、もしかして上条くんて、そんな気持ちで美琴ちゃんに告白したわけ? こりゃ美琴ちゃんじゃなくても惚れるわ」
「へ? え?」
 突然空気の変わった両親達の様子に混乱している上条に向かって、刀夜ががばっと頭を下げた。
「すまん、当麻、美琴さん! やりすぎた!」
「へ? やりすぎって、どういうこと、だ……?」
「いくら二人の決意の程を確認するためとはいえ、さすがに演技の度を超えていた。本当にすまん!」
「え、んぎ? え、演技って……な、なんじゃそりゃ――!」
 それは、今日上条が出した一番の大声だった。



 十分後、ふくれっ面をした上条と美琴の目の前のコップに美鈴が苦笑しながらジュースを注いでいた。
「二人ともゴメンてば。ねえ、もう機嫌直してよ」
「…………」
 上条は無言で美鈴から目をそらせた。
 美鈴はそんな上条を見ながら頭をかくと、今度は美琴の方を向いた。
「こっちはまだダメか。じ、じゃあ美琴ちゃん。美琴ちゃんはもう機嫌直してくれたわよね」
「……私だって怒ってるわよ。あんな酷いこと言って。あれ、母さん達みんなで考えたことなんでしょ。全員同罪、酷すぎるわよ」
 そう言って自分をにらみつけた美琴に、美鈴はパンと手を合わせて頭を下げた。
「本当にごめんなさい。悪気はなかったの」
「あったらもっと問題よ」
 美琴はコップのジュースをぐいと飲み干した。
 美鈴は空になったコップに慌ててジュースを注ぎ足した。
「そうね。でもね、私達がああいうことを心配してたのは本当なのよ。あなた達には幸せになってほしい。だから、あなた達の覚悟や想いの強さを確認しておきたかった。あなた達はちゃんと二人で幸せな未来を掴めるんだって信じさせてほしかったの」
「そういう言い方したって騙したことには変わりないわよ。……でも怒れないじゃない。あーあ、もういいわよ」
 美琴はがっくりと肩を落とした。
 そしてその呟きを美鈴は聞き逃さなかった。
 目をキラキラと輝かせて、ずいと美琴に顔を近づける。
「ほんと? 本当にママ達のこと許してくれるの?」
「本当よ。私達のことを心配してあんなことをしたのは事実だし、これ以上怒ってもいいことないしね。ね、当麻」
 美琴に声を掛けられた上条も美琴に続いてがっくりと肩を落とす。
「まあ、美琴がいいって言うんなら俺ももういいです。でも覚えてて下さいね」
「何?」
「本当に二度目はないですからね。悪気があろうとなかろうと、もし今度美琴を泣かせるようなことをしたら、たとえ親でも俺は絶対許しませんから」
「わ、わかってるわよ。もうあんなことは絶対しない」
「約束ですよ」
「約束する。それにしても」
 美鈴はチラと上条を見て、はあっと大きくため息をついた。
「あの国宝級に鈍かった上条くんが、まさかあんなにも美琴ちゃんラヴになるなんてね。ちょっと意外かも。それに美琴ちゃんの反応もねー。泣いたり真っ赤になったりもうかわいいのなんの」
「な……!」
「え……!」
 美鈴の言葉に上条だけでなく美琴まで絶句した。
 二人して顔を真っ赤にしながらわたわたと両手を振りだす。
「だ、だだだだって、俺、美琴のこと大切で、えと、その、頭に血が登って……」
「わた、私は、その、当麻が、絶対護るって言ってくれて、私が泣いたこと、凄く怒ってくれて、だから……」
「はいはい、ごちそうさま」
 美鈴は手をぱんぱんと叩くと目で詩菜に合図した。
 こくりとうなずく詩菜。その手には紐が握られている。

「さあ、というわけでお二人の機嫌も直ったことだし。本日のメインイベントに行きましょうか。皆さん、手に飲み物を持って下さいね」
 詩菜は紐を握った手にぐっと力を入れた。
「美琴さん、当麻さん、お帰りなさい。そして――」
 詩菜はぐいと紐を引っ張った。その途端、パンという音と同時に垂れ幕が垂れてきた。
「おめでとう!」
「へ?」
「おめでとう!」
 詩菜の挨拶に会わせて親達は次々と手にしたコップをぶつけ合った。
「えっと……」
 事態についていけない美琴はゆっくりと垂れ幕の文字を読み始めた。
「えっと、何々? 上条当麻さん、御坂美琴さん。ご、こ、んやく……お、めで、とう!? 何これ!?」
 美琴は慌てて美鈴の腕を掴んだ。

「母さん、いったいなんなのこれ?」
 一方美鈴はあっけらかんとした表情で答えた。
「何って美琴ちゃんが読んだまんまよ。美琴ちゃん、婚約おめでとう!」
「こ、婚約って、ど、どうしてそんな……」
「だって、美琴ちゃんが電話で言ったんじゃない。上条くん、ううん、もう当麻くんの方がいいわね。当麻くんと結婚を前提に付き合ってるって。それって婚約と同じでしょ?」
「そ、そりゃそうだけど……でも……」
「何よ、嬉しくないの? せっかく両親公認になったっていうのに」
「嬉しいわよ! でもどうして急に……まさか!」
 何かに気づいてはっと顔をこわばらせた美琴を見て、美鈴は申し訳なさそうに頬をかく。
「そう、本当は最初っからこうして二人を迎えたかったんだけど、やっぱり親としては二人の仲を認めてもいいっていう、何か確証みたいなのが欲しくてね、それであんなことをして二人の仲を確かめたの。本当、さっきはゴメンね、美琴ちゃん、当麻くん」
「そう、だったの……」
 美琴は朱く染まった両の頬にそっと手を当てた。
「婚約……正式に、当麻と婚約。両親に、祝福されて。嬉しい。本当に、嬉しい……」
 そのまま瞳を閉じ、美琴はしばし喜びを噛みしめていた。
 そんな美琴を美鈴はぎゅっと抱きしめた。
「でしょでしょ!? 美琴ちゃんがこんなに喜んでくれて、ママも嬉しいわ!」
「うん、ありがとう母さん」
 麗しい母娘の姿だった。

 一方、上条はというと。
「こんや、く……今夜、食う。食事? 夕飯? 夕飯は今からですが……そうそう、こんにゃくはおでんの具として有名ですが上条さんとしては味噌田楽なんかも……」
「当麻、頼むからもう少ししっかりした、逆境に強い男になってくれ……」
「あらあら当麻さん、『あの』刀夜さんの息子とは思えないほどの純情さですね」
 脳が完全にオーバーヒートを起こし、両親から呆れられていた。
 主人公としての威厳など欠片もない。

 結局上条が復活するのを待って、ようやく上条達の歓迎会ならぬ、上条と美琴の婚約パーティが開催された。


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