とある魔術の禁書目録 自作ss保管庫

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とある少女の秘める思い



「ねぇ当麻、私のこと、スキ?」
「な、なんだよ、急に」
「だ、だって、不安になるから…」
「不安?」
「ええ、いつか当麻が私の前から姿を消してしまうんじゃないか…って」
「そっか…、それはないな。絶対にない。だから、今この場で、美琴のそのふざけた幻想をぶち殺す」
「え?」
「だって、上条サンはもう美琴さんにメロメロなんですよ?美琴が離れたいといっても、俺からお断りする」

そう言い終わるが早いか、動き出しの方が早かったか。
あっという間に御坂美琴の唇と上条当麻の唇が重なる。
ここはセブンスミスト。その入口前。
上条の右手が美琴の後頭部へ、左手が腰へと回され、美琴は今にも蕩けてしまいそうだった。

足腰がふにゃふにゃになり、使い物にならなくなる。
心臓は早鐘を打ち、頭は真っ白になる。
両手だけは上条の首に巻きつこうとするが、力が出ずにだらしなく垂れ下がる。
大勢の人の面前での大胆不敵な行為に、羞恥心はもう何処にも残されていなかった。
美琴の顔一面に広がるのは、上条の顔だけ。
今この時間、この場所には、自分と上条しか居ない。
美琴は、そんな甘美な快楽に、溺れていた。


ガバッ
宵闇に包まれる学園都市。
その第七学区にある常盤台中学「外部」学生寮。
その一室の住人、御坂美琴は、あまりにも衝撃的な夢に、思わず飛び跳ねるようにして起き上がった。

「ま、また、あの夢…」

幾許かの時間が過ぎ、日が昇った。
あの後寝付けなかった美琴は、当然ながら寝不足状態だった。
今日は幸いにして休日であり、特に予定の無かった美琴は一日中部屋に閉じ篭ることにした。
同居人の白井黒子は風紀委員の仕事で不在であり、心に多少の余裕を持つことが出来ていた美琴は、今朝の夢の原因を考えていた。

美琴は、夏休み最後の日以来、偶にああいう夢を見るようになっていた。
しかも、その夢を見る日は、上条に会っていない日とほぼリンクしているのだ。
上条に会っている日でもああいった夢を見ることはあるのだが、そういった時は現実で上条と別れる時に消化不良な感じを心に残している。

つまり、美琴の心は、無意識の内に「上条に対して良くある『仲の良い』男女の関係」を求めている、状態である。
しかも美琴は、かつてなら否定していたであろうその感情に、気付いてしまった。
きっかけは10月に起こったあの事件。
学園都市内部で起こった謎の停電、全身をズタボロにしながらも何かに立ち向かおうとした上条の姿。
そんな上条に出会い、何も出来ずにただ立ち尽くすしか出来なかった事で気付いた、自分の中に潜む莫大な影響力を持つ、感情。
そして、時折友人を介して伝わる、学園都市内部での美琴の噂の数々。


夏休み最後の日の寮前での逢引騒動に端を発した、美琴の恋人疑惑。
当然ながら特定までに時間は掛からず、「御坂様が上条当麻という男性と逢引した」という噂が広がるにつれ、徐々に「逢引した」が「交際中」に変わりつつ、広がっていた。
徐々にフェードアウトしつつあったのだが、時折その渦中の二人が仲良く接しているシーンを見ていたりする輩も居て、完全には収束する事無く、常に?マークが付いた状態で流布され続けていた。

その話が再燃し、更に輪をかける結果を用意することになったのが、大覇星祭である。

その初日の種目、借り物競争。
美琴が連れてきた少年は上条で、しかも『美琴が』スポーツタオルで上条の汗を拭い、『美琴が』『自分の』『飲みかけの』スポーツドリンクを上条に飲ませたのだ。
同じ日、美琴が参加した玉入れでの一件。
(極々一部しか知らないような複雑な事情はあったにせよ、)美琴は上条に押し倒され、あまつさえその先を望むようなポーズを取ったのだ。
こうなると、もう、手がつけられない。
「交際中らしいよ?」だったはずの噂が「交際中だって!」になった。

そして、二人が参加したフォークダンス。
美琴を誘う男は数知れず、普通の女性ならば一瞬で心惹かれそうな貴公子的な人も居た。
それなのに、美琴は、自ら上条の手を取ったのだ。
もう、誰の目で見ても、疑問なんて無かった。
大覇星祭前に、辛うじて残っていた一部もこの一週間で陥落し、疑問は確信へと変わった。
噂に付いていた尾ひれが強ち間違いでは無さそうだった事で、更に尾ひれがつき、その後の目撃証言も重なって、大覇星祭直後は辛うじて「交際中」だったものが、あっという間に「婚約済み」という内容に変わり、広がっていく事になる。


「はぁ…」
美琴は溜め息を一つ吐く。
悩ましげで、少しだけ色っぽさのある、吐息だった。
美琴の頭の中でその存在を主張するのは、上条の顔だけだった。

“美琴が上条に惚れているのは間違いない。その逆は分からない。”
“いや、婚約してるのに惚れてないわけが無い。お互いに初恋で、それでいて両思いなのだ。”

現状としては、そんな噂が流れているのだが、今この時に至るまで、美琴本人に真意を問いただすことは、誰一人として行っていない。
美琴自身、そういった噂が流れているとは、友人の初春飾利からの密告が無ければ気付かなかったほどだ。

本来であれば、この手の噂が本人に知れ渡らないのは異質である。

必ず、何処かから風穴が開いていて、そこから本人へと伝わってしまうのだ。
しかし、美琴には伝わらなかった。
常盤台中学での美琴は、「独りぼっち」が絵になる少女なのだ。
周りに尊敬され、崇高な存在だとされているのが嫌いなのだ。
対等な関係を望み、「御坂美琴」という個人を見て欲しいのに誰も見てくれなくて、一人殻に篭っているのだ。
だからこそ、伝わらなかった。伝わる環境はあったのに、それを無視していた、と言っても良いかもしれない。

結果的に言えば、上条の事を考えただけで感情の制御が出来なくなることもあった美琴にとって、その話を振られない事は自分の守る為に幸運であったし、噂話や恋話が大好きなお年頃の女子中学生にとっても、美琴本人からの説明が無い事で自由に話を広げる事が出来て幸運だったのだ。

美琴も、この噂を知った当初は火消しをしようかとも考えたが、最近ではもう、気にも留めていない。
美琴自身、最近では以前よりも、こと上条に関しては感情の制御が出来なくなりつつあるので、もうどうしようもないと言った方が適当なのかもしれないが。

「私…欲求不満、ってやつなのかな…」
思わず自分の口から出た言葉に驚く。
確かに、上条の態度に不満を感じる事もあった。
上条ともっと時間を共有したいと願った事もあった。
けれど、それらは全て、自分が上条に求めているものでは無かったから出てきていたのだと、美琴は理解した。
美琴の視線が下がる。その視線の先に見えるのは、上条と二人で契約した、携帯電話。

最近やっと理解できたとある感情と、今自分の持つ思い。
美琴の中で二つが噛み合わさって、一つの渦になった。
その渦を心に抱え込んで、美琴は思う。
その言葉の奔流は、止まらない。

『アイツ…当麻のことが好き。好き。大好き。好きで好きでたまらない。大好き過ぎて当麻以外の男なんて考えられない。きっと、ううん、絶対に、この思いは他の誰にも負けない。けど、だけど、当麻の前だと素直に言葉が出てこない。言いたい事は沢山有るのに、もっともっと、お喋りしていたいのに、いつもいつも、思ってる事とは違う言葉が出てきちゃう。恥ずかしいってのもあるんだけど、それ以上に、当麻に弱みを見せたくないって思ってる自分が居る。それが悔しくて堪らないし、情けない。でも、もう我慢できない、本当の自分を見せられないことに耐えられない。私が持ってる思い、全部吐き出せたらどれだけ楽なんだろう?好き、愛してる、死ぬまで一緒に居たい、もう二度と離したくない、当麻の傍を離れたくない…。一つでも素直に言う事が出来れば良いのになぁ…』
美琴の思っている言葉の端々が喉を通り、声を伴って吐き出される。
「『以心伝心』か…。テレパシーでも良いなあ…」
『そんな能力を持っていれば、素直になれない私が絶対に言葉に出来ないこの思いも、全部、全部曝け出せる。当麻だけでいい、ううん、当麻だけが良い、私の心の声を』
「全部、聞いて欲しいな…」

美琴は、落としていた視線を写真盾に写す。
そこに飾られている写真は、大覇星祭中に行われたフォークダンスのもの。
遠目からズームで取られたと思しきその写真には、着飾った美琴と共に踊る、美鈴のコーディネートを受けた上条の姿があった。
下手なフォークダンスではあったが、二人の顔には笑顔があった。
何も事情を知らない人がこの写真を見たら、恋人同士に思われるかもしれない、それだけの幸せを感じる写真だった。
美琴はその写真をしっかりと見つめると、視線を空へと向けた。

空は、青色に包まれていた。
何でもない、雲の一つも見当たらない、そんな澄んだ青空だった。
けれどその青は、いつもよりも少し、ほんの少しだけ、暗く感じた。

美琴の心が示すのは綺麗なスカイブルーか、それともちょっとだけ濃い青色か。
美琴の見つめる先の景色に、光は灯るのか。それとも、闇が覆い隠すのか。
その答えは、誰も、知らない。


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