とある魔術の禁書目録 自作ss保管庫

025

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私も。



「はぁ……」
 溜息一つ。
 不幸少年上条当麻は、見るからに薄幸そうなオーラを全身から放ちながら、帰路へとついている。
「不幸だ……」
 上条の口からいつもの言葉が漏れる。
 いつも通りの光景であるが、いつも通りのそれではない。
「珍しく補習がなかったっていうのに………」
 ここのところの猛勉強、もとい世話好きのツンデレレベル5による英才教育により、上条の成績も少しはマシになった。
 出席も稼げた分、補習の量が減ってきてはいたのだ。
 そしてついに『今日は上条ちゃんの補習はないのですよー』という有難いお言葉を頂戴するに至るのであった。
 もっとも、明日はまた補習があったりするのだが。
「せっかく羽を伸ばそうと思ったのに」
 愚痴をこぼす。
 もちろん、相槌を打ってくれる人もいなければ、慰めてくれる人もいない。
 木枯らしが隣を吹き抜けるだけだった。
 インデックスに美味しいものでも食べさせてやろうと思っていたのだが、『きょうはあいさとでーとしてくるんだよ』という電話がかかってきた。
 仕方なく土御門や青髪に声をかけてみても、用事があると断られた。
 家で寂しくロンリーナイトが決定した瞬間だった。
「もうカップめんでいいや」
 あまりのタイミングの悪さに肩を落としながら、上条は部屋の扉を開ける。
「ただいまー」
 誰もいない部屋へ向けて言い放つ。
 特に他意があるわけではなく、習慣として身体に染みついていただけだ。
「お、おかえりー」
 気恥かしそうな声と一緒に、部屋の奥、正確にはキッチンからパタパタと足音が聞こえてくる。
「はい?」
 ひょっこりと現れたのは、どことなくそわそわした美琴だった。
 常盤台中学の可憐な制服の上から、ピンク色の可愛らしいエプロンを装備し、さらには羞恥に頬を染めている。
「えっと………」
 上条は自分の頬を思い切りつねる。痛みが走る事を考えると、どうやら夢ではないらしい。
「ど、どうして美琴センセーがここに居るんでせうか?」
「え……………」
 ギクッ、と隠し事がばれたときのように身を震わせ、気まずそうな表情を浮かべた後、恥ずかしそうに顔を俯ける。
「お………お嫁さん、ごっこ」
「みっ、みこと?」
「御飯にする? お風呂にする? そ………それともっ」
 胸の前で手をもじもじとさせる美琴に、上条は胸の中でモヤモヤが膨らむのを感じる。
 もし万が一、このモヤモヤが爆発すれば、どうなるか分かったもんではない。
「わわわわわわ」
「な、何を言おうとしてんですか、このビリビリ中学生は!? 上条さんはお腹がすきましたッ!」
 無理矢理に会話を断ち切り、上条は部屋へと入っていく。
 美琴の話を聞きたくなかったわけではない。
 もしあれより先を聞けば、自分を見失うかもしれなかったからだ。
「ま、待ちなさいよ! アンタ、人がどれだけ恥ずかしいのを我慢して―――」
「はいはい。って、なんだこりゃ!?」
 上条が進んだ先、居間にあたる部屋には美味しそうな匂いが広がっている。  
「味噌汁……白御飯……焼き魚…」
「和食の方が好きかな―、とか思ったんだけど…違った?」
「いや、大好きです」
 上条は鞄を投げ捨てると、ものすごい勢いで食卓へとつき、両手を合わせる。
「いっただきま―――」
「ちょっと、手くらい洗ってきなさい!」
 美琴は上条の手を叩き、キッと睨みつける。
 喜んでくれるのは嬉しいが、それとこれは話が別だ。
「えー、だってこんなにうまそうなんだぜ?」
「別に逃げたりしないから、さっさと手洗いうがいしてくる! 風邪ひいたりしたらどうすんのよ」
 不貞腐れた子供のような顔で、上条が洗面台へと歩いていく。
 その後ろ姿を見送り、美琴は再び台所へと向かう。
 二人分のお椀に、味噌汁を注いでいく。
 豆腐とわかめが入り過ぎないように、かつ具なしにならないように気をつけながら、おたまを動かす。
「風邪引いても……私が看病してあげるんだけどさ」
 本人には言えない。それこそ口が裂けたとしても。
 味噌汁をテーブルへと運び、白御飯を盛る。
 アイツはどんくらい食べるのかな、と考えながら、お椀をテーブルへと並べる。
「洗ってきた」
「はい、じゃぁ席について」
 美琴は座りながら、自分の向かい側を指差す。
 ほかほかと湯気の立つ御飯に誘われるようにして、上条がゆっくりとその場所に収まった。
「ほんとにうまそうだな」
「そういうのは食べてから言ってくれる?」
 ほんとは『ありがとう』とか言うのが良いんだろう、と美琴は思う。
 それは分かっているのに、ついつい憎まれ口のような事を言ってしまう。
(コイツが鈍感で馬鹿だから悪いのよ……)
 美琴は目を伏せる。
 もし、上条が自分の気持ちに気付いてくれたら、と思うと―――。
 何も言えない。
 確かに気付いては欲しい。
 出来れば抱きしめて欲しい。
 それくらいの想いはある。
 それでも、それより先に考えてしまうのは―――。
 もし、断られでもしたら、嫌われでもしたら。
 それならば、この絶妙な、心おきなく話せる仲が壊れてしまうくらいなら。
 いっそこのまま、ぬるま湯につかっていたい。
(頑張ってるつもり、なんだけどな)
 溜息一つ。
 美琴の悩みは終わらない。
「おい、御坂?」
「う、うん?」
「早くと食べようぜ、待ちくたびれましたよ」
 上条は手を合わせた格好のままうずうずとした顔で美琴を見ている。
「あ、あははは。ごめん、ちょろっと考え事を、ね?」
「あんまり一人で悩み過ぎんなよ?」
 ごめんね、と舌を出す美琴に笑いかけ、上条は大きく息を吸う。
「では、美琴センセーのありがたい御飯を頂くとします」
「うん」
「「いただきます」」
 上条は黒いお椀を手に取り、味噌汁をすする。
 鰹節の利いた匂いが鼻をくすぐる。
「う……うまい」
 上条は目を見開き、キラキラとした顔で次から次へと箸を伸ばしていく。
 御飯の炊き加減から煮物の味加減まで、どれもこれも一級品だった。
「すげーよ、御坂! どれもこれも店に出せるぐらいにうまい」
「あ、ありがと」
 美琴は食べる事も忘れて、上条を見ている。
 楽しそうに、幸せそうに、美味しそうに食べる上条に見とれるように、美琴は微笑んでいた。
「御坂も食べろよ。なんか俺ばっか食ってちゃ悪い気なるしさ」
「た、食べるわよ」
 美琴は手元にあった塗箸を手に持ち、焼き魚へと伸ばす。
 緊張なのか何なのかは分からないが、うまくほぐせない。
「下手くそだな、お前」
「ばっ、馬鹿! そんなことないわよ。私だって本気出せば余裕よ、余裕!」
 いつの間にか上条に見られていた事に驚きつつ、美琴は焼き魚へと視線を戻す。
「どれどれ」
 上条は美琴の手際を観察するかのように、彼女の手元をじっと見ている。
 それに釣られるかのように、美琴の手際はどんどん悪くなっていく。
「やっぱり下手くそじゃねぇか」
「うるさいわね! フォークとナイフならもっと上手いわよ!」
 顔を真っ赤にして上条を睨みつける。
 実際のところ、上条が見ていなければ器用に外して見せただろう。
「ちょっと貸してみろよ」
 上条は美琴から焼き魚の皿を奪うと、手早く骨を外していく。
 その手際はまるでプロのようであり、綺麗に骨と身をはがしていく。
「この骨に隠れた身が美味いんだよな」
 上条はにっと笑って、戦利品を掲げてみせる。
 美琴はそれを口を開けて見ているしか出来ない。
「ほら」
 一番おいしい所、を掴んだ上条の箸が美琴の目の前に突き出される。
「食わねぇなら俺が貰うぞ?」
 固まったまま動かない美琴に首を傾げ、上条は箸を美琴の前で揺らす。
 ちょうど猫とじゃれ合う時のようだ。
「た、たべるわよっ」
 さっきより一段と顔を赤くし、美琴はその可愛らしい口で上条の突き出した身に食いつく。
 ほどよい油が口いっぱいに広がり、ほろほろと身がほぐれていく。
「な、うまいだろ?」
「…………うん」
 美琴が頷くと、感じ要は満足そうに箸を引っ込め、ほぐし終わった焼き魚の皿を彼女へと手渡す。
「まだ小骨が残ってるかも知んねぇから、気をつけろよ」
「あ、ありがと」
 それ以降、美琴は何も喋れなかった。


 楽しい夕食タイムもあっという間に終わりを告げ、上条と美琴は常盤台の寮へと向かって歩いている。
 門限まではもう少し。
 上条の隣を歩きながら、美琴はじっと黙ったままであった。
「なぁ、御坂」
「…………な、なに?」
「なんでそんな元気ねぇんだよ」
 上条は心配そうに美琴を見る。
 食事中からいきなり黙り込んでしまった彼女に、上条は頭を悩ましていた。
 良い話題も何も見つからずに、ずるずるとここまで来てしまったのだが、さすがにもう限界だった。
「飯はすっげーうまかったし。少なくとも、毎日飲みたいくらいにはな」
 その場に立ち止まり、美琴の方を見る。
 少しだけ後ろを歩いていた美琴の表情は、不安でいっぱいになっていた。
「いきなり『お嫁さんごっこ』とかよく分かんねぇけど……お前は良いお嫁さんになれると思うぜ?」
 だからそんなに不安そうな顔すんなよ、と上条は笑う。
 笑おうとしている。
 でも。
(お嫁さん、か)
 上条の抱えるモヤモヤがまた膨らむ。
 いったい美琴はなぜあんな事を言い出したのか、なぜこんな顔をしているのか。
 そして一体、誰のお嫁さんになるつもりなのか。
 自分でも分からないくらいに、黒いものが胸に溢れるのを感じていた。
 これが嫉妬と言うものなのだろうか、と上条は思う。
 美琴とはなんだかんだ仲良くやってきているつもりではあった。
 憎まれ口も叩きあう仲だ。
 もし彼女に恋人が出来たなら、笑顔で背中を押してやるくらいの覚悟もしているつもりだった。
 それでも、理屈じゃない何かが鎌首をもたげる。
 どうしてそんな事を考えてしまうのか、上条にはよく分からなかった。
「ねぇ……」
 美琴が口を開く。
 泣きそうな顔で、必死に何かを我慢するような顔で。
「アンタって、好きな人とか、いる?」
「!」
 電撃でも流されたような気分だった。
 いつの間に撃たれたのだと、勘違いするほどに、美琴の言葉は上条にとって衝撃的なものだった。
(そうか―――)
 上条は悟る。
(俺は―――)
 考えもしなかったこと。
(俺は、コイツのことが―――)
 否。考えようとしなかったことかもしれない。
(御坂のことが―――)
 不幸である事を盾にして、考える事さえを止めていた事だったのかもしれない。
「いる、な」
 口を開く。気を抜けば震えてしまいそうな自分を振るい立てて。
「いるよ。俺の前にな。御坂は?」
 上条は微笑む。泣きそうな、不安そうな顔の、自分の想い人に向けて。
 聞きはしたが、答えなんかどうだってよかった。
 偽りのない、譲れない、上条当麻自身の出した想いなのだから。


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