ディベートな二人 1
そろそろ秋風が冷たくなってくるであろう十月。
日曜日のスーパー店は、たくさんの人でごったがえしていた。今日はセールでもやっているのだろうか、主婦問わず学生までもが集まっている。というか学生のほうが比率としてはかなり多い。建物のある場所的にこれはしかたのないことではある。
そんな中、何のへんてつもない一人の男子学生が盛大にため息をついていた。その隣では学園都市でも生粋の名門、常磐台中学校の制服を着た女子学生が何やら大声で叫んでいる。
「だから、おまえは何でそういつも俺の言うことにいちいちつっかかるんだよ」
「あんただっていつも私のこと無視するし、言うこと聞こうともしないじゃない」
「はあ。学生にこんな無理ばっかりいうお嬢様なんて、お前ぐらいしかいないよな」
「それどういう意味よ!」
なれたかのように繰り返される痴話喧嘩。
いいかげんこういったことで争うのはうんざりな上条だったが、彼女はそうさせてはくれないようだ。
今日の口げんかの種は、さかのぼると一枚のチケットから始まっている。
日付は三日前にさかのぼる。
学校からの下校時、上条は偶然一枚のチケットが道路に落ちているのを見つけた。
かなりこういったものから不幸な体験をさせてもらっている彼はいつもならそのままスル―だっただろうが、そのチケットの内容をちらりとみて足をとめた。
「学生社交会議・・・自分が思っていることについてディベート形式での討論をしよう!
社会問題、家庭問題、友人との話など、話題はなんでもOKです。・・・・・」
とかいうくだりは当然完全に無視し、彼がその眼にとめたのは、賞品欄だ。
「優勝者にはノートパソコン、最新型小型カメラ、七泊八日どこでも海外旅行等豪華賞品、
準優勝者にはdfkjsldkfjs アメリカへの二泊三日旅行、
三位、四位には3カ月分の食事券とノートパソコンプレゼント!」
学生限定のディベート大会の賞品であるにもかかわらず豪華なものがそろっている。さすがは学園都市といったところ。
しかし上条は最初から優勝とか準優勝の商品に興味もなく、比較的隅っこにある文章を見ながらこんな独り言をつぶやいていた。
上条「食事券。。。。こんなにほしいと思った日は今までないぞ(泣)」
上条の日常の大きな悩み。毎日の食料。たかが食事券。されど食事券。只今絶賛金欠中(シスターさんのせい)の彼にとって、食事券は命をつなぐための大きなキーになりうるだろう。ノートパソコンはさておき、彼の頭の中ではその文章を読んだ瞬間から食事券で生活する未来のビジョンが出来上がっていた(ここまで食生活で困っている学生もそうはいないだろう)。
とらぬ狸の皮算用にならないためにも上条は行動を開始する。
上条「どれどれ、応募条件は・・」
チケットの裏表紙を見てみると、細かく応募の条件がかかれている。
① 学生対象とする
② 学園都市在住
他には、
③ ディベートは男女ペアで2対2
④ 賞品は男女それぞれに与えられる
「普通に俺でも出れそうだな、やってみるか」
いつもなら道に落ちてるあやしいチケットなど拾うことはなかったかもしれないが、結局それは上条の懐の中にしまわれることになるのだった。
次の日の登校道で、いつもよりも早く家を出た上条は、頭を抱えてへこんでいた。
先日出場を決意したディベートだったが、大きな問題が一つあった。それは「誰とペアで参加するのか」ということである。
インデックスと出る選択肢は最初から枠から外して考えてみる。(そんな公の場に連れて行けるはずがない)
学校のクラスメートと出るのが妥当だと思われるが、自分とディベートに出てくれるひとなんているのだろうか。クラスの3バカの一人と一緒に戦いに臨んだとしても、勝ちあがれる確率はかなり低いと考えるのはごく自然なことだ。引き受けようとはしてくれないだろう。
いままでいろんな場面で相手を説得して乗り切ってきた(?)上条自身にはそれなりに自信があるが、クラスメートでそのことを知っている人はほとんどいない。
「とすると、吹寄とか姫神に頼むしかないかな」
そのためにも少し早起きをし、土御門や青髪ピアスにいじられないように頼みに行く。断られるのは不安だったが、一晩中考えた作戦を思い出しながら歩いていた上条に
「あんた、待てって言ってるでしょうが!」
後ろから声が飛んだ。
上条「またですか御坂さん」
美琴「人が話しかけてんのに無視すんな!」
けだるそうに振り返った上条に、一応電撃は飛ばないみたいだ。
そこにはいつもよりすこしだけ頬を赤く染めている御坂美琴がいた。
上条「どうしたんだ、そんな急いだ顔して」
美琴「べ、別にそんなことないけど。たまたまあんたを見かけたから声を掛けただけよ」
上条「そっか」
明らかに挙動不審の美琴をみながらも、自分が今考えていたことを話題にして上条は話を続ける。
上条「そういえばさ、なんか学園都市の学生限定でディベート大会が今度あるんだって。知ってっか?」
美琴「ううん…常盤台では毎年何人か社交目的で参加してるから、それなりには話題になるけど・・・」
常盤台中学のお嬢様が参加するディベート大会という事実を初めて知った上条は、かなりいやな予感を覚える。
上条「えっ・・というとこの大会ってどのくらいの規模何でせうか」
美琴「そこまでは大きくないけど、総参加人数300人ってとこじゃない?」
総勢三百人・・・つまり三位、四位入賞までは最低でも連続六勝か。遠いな。
当然の現実を見て上条の気持ちはすこしブルーになった。
上条「結構倍率高いんだな。偶然大会のこと知って俺も出ようと思ってたんだけど、これは厳しいか」
美琴「そ、そんなことないと思うわよ。あんただったら結構いい線いけると思うし」
あまり想定していなかった美琴の返事を聞いて、上条は少し驚く。
上条「応援してくれてるのか?」
美琴「ま、まあそんなとこよ」
やっぱり挙動不審な美琴さん。今日の彼女はいつもとすこしちがう気がする。
上条「まあ、このディベートに出るきっかけなんだけど、実は上条さんはものすごく重大な危機に陥ってるんだなあ」
そのセリフを言った瞬間に、ズバッッと言う効果音が入りそうな勢いで美琴が顔を近づけ、「危機ってなによ?」と質問する。その素早さに驚き、上条はかなりあわてて弁解を始めた。
上条「い、いや、そんなに気にしなくてもいつもみたいに事件に巻き込まれたりしてるわけではない、か・・・ら?」
しかし、美琴はなぜか何かを期待しているかのような、まるで子犬がえさをもらう前に見せるような顔をしていた。
不覚にも上条はそれをかわいいと思ってしまう。
(何考えてんだ俺。ここは平常心平常心)
このままではなにかに取りつかれてしまいそうだったので、上条は適当な話題でその場をしのぐことにした。
上条「そ、そういやお前ってこういう大会に出たりすんのか?」
美琴「うん。今回のこのディベートにも参加するわよ」
上条「さすがにもう相手とか決まってるよな」
美琴「まだだけど…」
上条「え?」
当然相手がいるものだと思っていた上条はかなり驚いた。御坂美琴はレベル5ということからも、さまざまなところからオファー(?)が来るのが妥当ではないのだろうか。
上条「そ、そうなんだ。まあ、男でそう簡単にペア組める人なんてなかなかいないよな」
美琴「うん・・・」
上条「まあ、おれも相手なんていないんだけどな」
美琴「・・・・」
そこで会話が少し途切れてしまった。上条はなにを言えばいいのか考えようとしたが、美琴が何やら自分の顔をちらちら見ていることに気づく。
(なんですかこれ。まさかの暗に誘ってほしいアピールとか・・・って何を考えてんだおれえええええ!!)
ここまで鈍感な上条もこの状況下ではさすがに何かを感づき始めたようだ。
(うっ・・・さっきから美琴の様子もいつもと違うし、わたくしめはどうしたらよいのでしょうか??)
少し変な汗も出てきた上条だったが、ここは電撃を覚悟して勇気を振り絞って訊いてみることにした。
上条「御坂」
美琴「ななな、なに?」
上条「あのですね、私上条当麻は今女子のペアがいなくて大変困っているのですが、よかったら一緒にディベートに出たいなーなんて」
少しおちゃらけた雰囲気を出しながらも、しっかりと誘った上条だったが、実は電撃防止に右手常時装備中という緊張状態で、傍から見たら女の子を誘っている男には全く見えないかもしれない。
しかし美琴はそんなことにも気付かず、下を見たり横を見たり忙しそうにしながらも、
美琴「べ、別にあんたが困ってるんなら、一緒にやってあげてもいいわよ」と返した。
上条「へ?」
意外な返事に驚いて一瞬固まってしまった上条だったが、すぐに彼女の右手をとって本当にうれしそうに上下に振りまわした。
美琴「わわっ!」
上条「ほんとか?サンキュー!!おんにきるぜ!」
美琴「(そ、そんなに喜ばなくても・・・)」
彼がそんなにうれしそうな笑顔を見せたのは、電撃を浴びずに済んだこと、妙な空気から脱出できたこと、ペアが見つかったことと、そのペアがかなり頼もしいことだったのだが、
その笑顔と言葉を聞いて美琴が少しドキドキしたことまでは、朴念仁な彼にはきっと分らないだろう。
その後、少し世間話を交わした二人はそのまま別れて学校に向かったのだが、ふたりの顔には楽しげな笑顔が浮かんでいた。
美琴とペア契約を果たした上条に、その後さまざまな試練が襲う(?)のはまた後日のお話。
実を言うと、美琴はこのチケットを上条がくるルートにわざと落としていた。帰り道を追跡(すとーキング?)し、いつも通るルートを把握、チケットを配置後みづから出陣。あえてディベートを選んだのも、もちろん上条の性質を考えてのことだが、「食事券」というかれにとって最も有効な賞品を見つけたからでもあった。自分から素直に誘うのは恥ずかしいし、誘ってほしいという気持ちもあってか、そういう状況下を完全に作り上げてしまった彼女には脱帽である。