とある魔術の禁書目録 自作ss保管庫

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三人でヨーカドーへ such_Lichun



 今日は遊園地に行く予定だったのに、外では雨が降っていた。
 美琴と、上条家の一人娘である美結(みゆ)は窓から外を覗いて、
「……やまないわねぇ」
「やまないかなぁー」
 玄関にある弁当やリュックサックが空しい。
 昨日の天気予報では快晴と告知されていたのに、今朝になって、台風が急に方角を変えたとかで外はこれでもかと言うくらい土砂降りだ。この手のハプニングは仕方がないとわかってはいても、やはり恨まずにはいられない。
 上条は言う。
「お前らそんなに凹むなよな。別に来週行けばいいだろ?」
「……今日行きたかったんだもん」
「そうよ。言うならば、好きな月間誌が今週から発売されてるのにどこのコンビニにもなくて悶々する感じよ」
 ……なんとも微妙な例えだが、まあ言いたい事は分かる。上条だって残念と思っていないわけではない。

「じゃあ室内で楽しめる所に行ってみっか?」
「……例えばどこよ?」
「んー、そうだな。ヨーカドーとかいいんじゃねーの?」
 上条たちは地方住まいなのでビルなどの人工物より、森や林などの自然物が多い場所に住んでいるのだが、駅を越えれば割と大きな建物がたくさんあったりする。ヨーカドーはそのうちの一つだ。
 美琴はおぉと声を小さく上げた。
「いい案じゃないのそれ! せっかくの休日なのに一日家の中に閉じこもってるのはもったいないしね。美結はどうしたい?」
 うーと猫のように唸った美結は、美琴の腹をその短い腕で抱きしめて言う。
「あのね、ミユね、アイス食べたいの」
 上条はよしと言って、
「なら、昼飯は玄関で寂しそうにしてる弁当にしようぜ。食い終わったらバスでヨーカドーに行こう」
 家で食べるお弁当というのもなかなか乙なものだ。

 ☆

「子供といえばアレだ。デパートに来たら、正式名称は不明だが、荷物を運ぶカートとおもちゃの車を融合したみたいなアレに乗りたがる。それは美結も例外ではなかった。よって上条は、美結が切るハンドルの方向に一回一回丁寧に反応してあげているのだ」
「……。誰に対して説明してんのよ?」
「ちなみに美琴さんは最近幸せ太りし始めてジムに通うようになりました」
 してねーから! と上条の脇腹を割りと本気で抓る美琴。
 痛ててと上条は脇腹を押さえつつ、
「でもあれだよな。美鈴さんだってあの美貌を維持するためにジムに通ってんだろ? 金は出すから試しに行ってみてはいかがでせう? 老化は二○歳からって言うしよ」
「……、」
 美鈴、と聞いて美琴は少し眉を潜めた。
 まぁ無理もない。
 なぜなら、今年の正月に御坂宅で開かれた上条・御坂両家の合同パーティにおいて、美琴は近所の人々に散々『美鈴さん』と呼ばれたのだから。
 逆に美鈴は美鈴で美琴に見間違えられた事がえらく嬉しかったらしく『ママもまだまだ二○代に見えるって事かしらねー。下手すりゃ美琴ちゃんより若く見えちゃったりして♪』と調子に乗りまくる始末。
 美琴が格別老けて見える、という話ではない。
 美鈴の方が若く見えすぎているのだ。
 ただ、そこは複雑な女心なのである。
 美琴は少し渋い表情で、
「まぁ……。ちょろーっと興味はあるけどね。美結が小学校に上がるまではそんな事してる暇はないでしょ? ……と言うかアンタの安月給でジムなんて通えるわけないでしょーが」
 ちなみに上条の財布の紐は美琴にがっちりと握られている。



 フードパークにて。
「あちゃー、結構混んでるわね。アイス屋はすいてるけど席がなさそうだわ」
 ちょうど小腹のすく時間だったので、フードパークは多くの人で賑わっていた。
「どわ、肉の香ばしい良い匂いがする……。なぁ? 美結はカートの中で食べさせて、俺らは立ち食いでもいいんじゃねーか?」
「嫌よ。はしたない」
 ……えー学生時代のお前だったら余裕でやりそうなのにと、呟く上条を無視して美琴はボリボリと頭を掻き、美結の視線にまで体勢を下げた。
「あのさ美結。アンタはどうしたい? 今並ぶと一五分くらいに待つ事になっちゃうわよ。他の所で遊んでからにする?」
 例のごとく、うーと猫のように唸る美結はハンドルを強く握り締めながら、
「じゃあね、遊ぶ!」
 こういう時、美結は我儘な子に育ちそうだなぁ、と上条(夫)は毎度危惧するのだがどうしても抗えないでいる。

 可愛いので。



 美琴と上条は、風船やゴムボールが山のようにある幼児用広場のちょっとした段差に腰をかけ、
「こういうの学園都市には無かったよなぁ。あそこにあったのは疑似無重力空間(ハイパーエアルーム)とか能力判定ゲーム(スキルアタック)みてえなひねくれたもんばっかだったような」
「あら。そんな事ないわよ? ゲーム系統はあっちとこっちでそんなに技術の差はないのよ。学園都市にいた頃が懐かしいわ。……画面でポーカー、なんていつの時代のものかしらね」
「画面でポーカーだぁ? んなもんいくらなんでも学園都市にある訳ねーだろ。下手すりゃこっちにもないんじゃねーの? 記憶が滅茶苦茶な上条さんでもそのくらい分かるんですが」
「あったわよ。と言うか私、そのゲームがあるゲーセンで超電磁砲(レールガン)のコイン稼いでたわけだし。あのメダルの柄カッコイイのよねー」
「……オイ」
 と、昔の話が長くなりそうだったので美琴は未来の話をしてみる事にした。
「夕飯だけどさ、何がいい? 足りない物はここで買っていっちゃおうって思ってんだけど」
 過去のホロ苦い思い出について不満を愚痴りたそうな上条は『ったく』とため息をして、
「雑な性格は変わらないよな、お前。……夕飯ね。別に何でもいいよ、お前が作るもんなら」
「……、」
 ……はぁ、と今度は美琴が、上条に気付かれないように、小さくため息をついた。
(作る側としてはこういう反応って困るのよねー。コイツだけじゃなく美結も)
 腕くみをして、
(何でもいいってのが一番厄介なのよ。『Q.今日のご飯何ー? A&Q.まだ決めてないけど何がいい? A.んー、何でもいいけど(ママが作りたいのでいいー)』的なテンプレートなやりとり)
 この場合、最終的に食事を決めねばならないのは美琴だ。これは上条と同棲してから気付いた事だが、食のレパートリィが毎日三種類ずつ削られていくのは意外ときつい。しかもラーメンとか餃子とかカレーとかスパゲッティーとか唐揚げとか印象深い物(カロリーがたかいもの)を二週連続で作ると『あれ? これ先週出なかったっけ?』と舌と腹が覚えているのか微妙な評価をされてしまう(と美琴は思っている)し、持ち合わせで作ると『(持ち合わせの割には)うめえな』と思われる(ような)気がするので、毎日の食事を考えるのは本当に大変な事だと思う。
(……ちくしょー。カレーは先週使っちゃったし、コイツ好物の唐揚げ&胡麻だれサラダコンボは先々週のコイツの誕生日の時に作ってる……)
 美琴はその美貌が崩れる程眉をしかめて、
(くっ……、ここはダメ元で美結の意見を参考にしてみるか? でもあの子は基本『ママが作りたいのでいいー』としか言わないのよねー……)
「う、ぅぅううううぅぅぅぅうううううううぅぅうぅうぅん……」
「? おま、なに知恵熱出してんだよ?」上条は、足元にある風船くらいの柔らかさをしたゴムボールを美結に下投げでそっと投げつけると、「ぬが」「そういえばさ、……もうちょっとで『アレ』だけど。オメェ覚えてる? 美結、俺だぞー」
 肩あたりにボールを当てられた美結が腹を立て、上条に復讐すべくゴムボールを大量に投射していく。
 美琴はそれをガードする上条の方に顔を向け、
「『アレ』? えーと、……何だっけ? もうちょっとって事は立春辺りの行事?」
「そうそう。一つの節目をつけるのに相応しい時期、とでも言っとくか。……美結、ちょっとやりすぎ―――って痛あッ!? 今のゴム質のボールで出せる威力じゃねえぞ!? ちょ、やめて美結ちゃん! 上条さんが悪かったです! ついでに言うとヒントは時間を飛び越えます!!」
「時間を飛び越える……? なにそれ。魔術?」
「ありゃ? お前分かんねーの?」上条は痛てえ痛てえと美結に笑いかけ、「美結、俺が悪かったって。仲直りして指切りしようぜ」
「……パパ意地悪しそうだからヤダ」
「そんな事ないからさ。パパは美結ちゃんの事を騙したりしませんよ?」
「……、」
 美結は上条を少し睨みつけ黙り込むと、とてとてと上条ではなく美琴の腹にダイブした。
「あ、美結……」
「あーらら、アンタ嫌われちゃったわね。ほら美結、私はコイツみたいに意地悪な事しないわよー。ナデナデー」
「……ふにゅ」
「……。」
 上条は思う。何と言うか、安心するなぁと。
 美結の様子はまるで、縁側に正座で居座るおばあちゃんの太ももの上に身を丸くして居眠りする子猫のような―――、
「痛てて!? 何しやがるお前!? 抓るんはいいが一緒に電気流すのはやめてくれって!! つか何も言ってねえだろが!!」
「……いや、何となく。『おばあちゃん』って言われたような気がしたからさ」
 わぁーこれって以心伝心! と上条がヤケクソ気味に夫婦愛を確認した所で、

「タイムカプセルね、アンタが一七になった頃埋めた」

 ……何だ覚えてるじゃんと、上条は答えた。
 はははと、かつて何かを守って何かを失う少年だった上条当麻は、一児の父親として渋く笑った。
「まぁーさ。……結局忘れてたよ。……お前は夢を叶えたのにな。そういうのを差し引いても、何せ一○年前だ。先々週だっけか。誕生日すっぽかして行った飲み会で土御門に言われて思い出した。けどよ、言われて思い出せただけまだマシってもんだろ?」
 美琴の夢、とは不治の病である筋ジストロフィーの治療法を発見する事だった。
 美琴は自身が一六歳の時にぶっちぎりの主席で(上条の通う)高校を(上条と同時に)卒業して、冥途帰しの経営する病院でその研究を開始した。そして二○歳の時に、冥土帰しと滝壺理后の支援の元、美琴のDNAマップと自分だけの現実(パーソナルリアリティ)をデータ化したチップを内蔵した、他人に自らの体を動かせる程度の微弱な発電能力を植え付ける性能を持つ『チョーカー』型の電気信号発生誘導装置の開発に成功――――。長期間チョーカーの発する電磁波長に脳波を強制的にシンクロさせる事によって、本来徐々に失われていく肉体の発電能力を補足・強化していきやがてはチョーカー無しで生活できるようになる、というのが治療のプロセスだ。
 チョーカーがどういう仕組みで働く物なのか上条の頭では遠く理解できないが、美琴と冥途帰しと滝なんたらの発明で今の世界では、筋ジストロフィーは『必ず治る病』として認識されている。
『チョーカー』が出来るまでの行き卒を考えるとなんとも遠回り(ひにく)な道を歩んだのは否めないが、幼き日の美琴の願いが叶って本当に良かったと上条は思っている。
「土御門さん? あの時の飲み会って会社のじゃなかったの?」
 大丈夫、大丈夫だよーと上条はゆっくり美結の頭に右手を乗せ、なんとか受け入れられると、その後両手で少女の頭を優しくくしゃくしゃに撫でまくり、
「ほら、仲直りだ。俺が悪かったって。指切りして仲直り」
「……うん」
 ゆびきりげんまんうそついたらはりせんぼんのーますゆびきった、と美結と約束した。
 そして上条は美結の頭を撫でながら、
「ったくなんで美結ちゃんはこんなに可愛いのかねー。会社にも連れて行きたいくらいだ。……て美琴、なんだっけ?」
「だから、アンタが誕生日すっぽかして行った飲み会って会社のだったの? って聞いてんのよ。土御門さんはアンタと同じ会社じゃないでしょ、確か」
「あーはいはい。あれね。……いや。会社のだったけどたまたま居酒屋で会ってさ。色々喋ったんだよ。んで、そん時にタイムカプセルの話をね。アイツ、タイムカプセルの事結構楽しみにしてるみたいだった」
 美琴は美結の頭にピョコっと生えている髪の毛を親指と中指で軽く引っ張って、
「ふーん。あの人がね。ちょっと意外かも」
「クソ野郎だけど根は信念強い奴だからな。『大切な者のためならそれ以外は躊躇わずに捨てる』とか歯が浮くような臭い台詞が何故かしっくり来やがる」

「美結はどうする? 連れて行くのは危ないんじゃない?」
「危ない? 何に狙われてんだよ? そもそも、科学側最強の主婦が護衛についてんじゃねーか」
「ほら、黒子がいるじゃない。『テイクアウトですの! お姉様のDNAが混ざったお子さんゲットですわーうげっはっはっはっはっは!』って」
 なるほど、と納得する上条。
「けどよ。白井の事を念頭に入れたとしても別に連れていったっていいんじゃねーか? というか上条さんは成長した我が子の自慢をしたいんですが」
「まぁあの子はわきまえる所はわきまえてくれるしね。入学の準備でゴタゴタする時期だろうけど、連れてっても問題なさそうかしら。……そ、それに私も自慢したいし!」
 美琴は美結のホッペに自分のそれを擦りつけて、
「ホント生まれた時から天使みたいな肌質よねー。それにどんどん私に似てきて可愛くなってるわよ、アンタ。将来が楽しみ。というわけで美結、ママの自慢のために一緒に来てくれる? アンタも黒子の事は嫌いじゃないわよね?」
 うん! と元気な美結の了承。
 以前白井黒子にアダルトなブラジャーを装着されたトラウマは乗り越えたようだ。
 意見が一致する一家。
「んじゃ美結。もう一時間は経ったしそろそろフードパークに戻んねーか? 多分今なら並ばないですむと思うぞ」
 うん! と少女は力強く頷いた。


 美結は一ヶ所だけ飛び出ている髪の毛をピョコピョコと揺らしながら店員に、
「さんだん! さんだん!」
 アイスの『段』の事だ。一番下にミント、その上にチョコ、一番上にストロベリーを乗せて欲しいらしい。最後にミントとは五歳児にしてはなかなか渋いチョイスだ。
 上条はレジの上にある値段表を眺めながら、
「……なんでこういう女の子の食べ物って妙に高いのでせう? 俺の昼飯代と同じくらいあんじゃねーかよ」
「昼ご飯は毎日お弁当作ってあげてるでしょ。レシピとか素材に結構こだわってんのよ、アレ。何か不満なのかしら? ……まぁ、」
 と言いつつ、と美琴は一息置いて、
「明日は入学式の正装を用意するのに早朝から実家まで出かけるから、美琴センセーのおいしいお弁当はないのよ。悪いけど明日は外食で我慢してちょうだい」
 えーマジですか、と割りと本気でしょげる上条。
 と、自分達のせいで客が止まっているの見て、
「あ。え、ええと、コイツが言ってたのを下さーい……は、はは」
 美結の要望通り、三段分の五四〇円(かみじょうのひるごはんだい)を払うと受け取ったアイスを美結にそっと手渡す。上条としてはそんなに食えるのか~? 的意見なのだが、残したら残したで上条か美琴が食べればいいだろう。

『ボリュームはあればある程お得』。

 子供によくある、単純な考えだ。
 と。
 ちらり、と上条は、『エルモ』と言うブランド物のワイシャツの局部を内側から極端に押し上げている美琴のバスト九二センチの胸を―――、
「あ痛ててててて!? 今度は何だよ!? 今のは完全無欠に無実だと思いますぞわたくし上条当麻は!!」
「……いや。何でだろう? 『ボリュームはあればある程お得、か。……ふっ。上条は思う、学生時代の美琴に今の美琴を見せる事ができれば、昔あれだけ胸の事で騒ぐ事もなかったろうに、と』とか思い始めそうだったから」
 これもう一心二体以上だろ!? と上条は彼なりのデレ(?)を披露しつつ、
「お、俺向こうでフライドチキン買ってくるわ。お前は何か食べたい物とかあるか?」
「私はいいや。……幸せ太りしてるみたいだし。美結が残したのを食べる事にするわ」
 うわぁ結構根に持っていらっしゃるーっ! だ、だけど、だけど美琴が怒ってるのもちょっと可愛いしここはどう動くべきか!? と、現状を打破すべきか享受すべきか、テーブルに向かいながら上条が悩んでいると、

 ぺちょり、と。
 美結の食べていたアイスのストロベリーの『段』が床に落っこちた。

「あ、」
 その声は美結のものだった。
 幼心からか、美結は慌ててストロベリーの『段』を戻そうと屈むが、逆にそれが仇となってしまい連鎖的に二段目のチョコの『段』もぺちょりと零れてしまった。
「ありゃー」
 それから最初に動いたのは美琴だった。
 美琴はまず、テーブルにあった客用ティッシュで落ちたアイスを包むとそれをゴミ箱に捨て、ついでにもう一枚ティッシュを取り出し美結の口の周りに付いているアイスを拭き取った。
 一方その頃、その様子を見て呆然と立ち竦んでいただけの上条はこう叫んだ。
「なんかカッコイイ所を持ってかれた! 側から見ると俺すげえダメな夫じゃんっ!?」
 美琴は美結を抱き上げ椅子に座らせて、
「元々そんなに出来る夫だったかしらね? 誕生日忘れさん」
 ぐわぁーっ! と叫びがフードパーク内に響く。
 やれやれと呆れ気味の美琴のため息まじりの反応に、上条は『く……っ!』と頭を抱えた。
 そして。
 上条は俯いた顔をグバァ!! と勢いよく上げて美琴の顔を正面から見据えると、腹の底に思い切り力を込めて一言、

「よろしい!! ならばこの出来る夫上条当麻は可愛い娘のためにもう一つアイスを買ってきてしんぜよう!!」


 今日び給料日前のサラリーマンの財布の中身なんぞ、高校生のそれと大して変わりない。
 五五〇円。
 それが上条の安っぽい財布に入っている総額だった。
「………………………………………………………………………………………………………、二段かぁ」
 それは、明日の昼ご飯代(一二六えん)を差し引いた場合の計算である(逆に言うと、全て注ぎ込めばギリギリ三段分の値段には届くのだが)。
『出来る夫』と宣言した矢先、その舌の根も乾かないうちにこのざまではその逆『出来ない夫』だ。
 しかし、と上条は思う。
 元々この金(とさっきのアイス代)は遊園地で美結のオヤツにでも使ってあげるはずだったのだ。それで今日の夜に『お金なくなったからお小遣いちょうだいマーマ♪』と美琴にネダる予定だったのだが……こうなった以上今夜小遣いをネダるのは無しの方向だ。昼ご飯代を削って子供のオヤツを買ったと言えば聞こえはいいが、その反面、札もないくせに何頑張っちゃってんの? 的なイメージを与えてしまうのは避けられなそうだからだ。
 何と言うか、タイミングが悪かった(ふこうだ)。
(ま、まぁ一食くらい抜いた所で問題ねーし……)
 いっか、と先ほどと同じメニューを注文した、所持金一○円の上条。
 注文した品を受け取り、美琴達の所へ戻る。


「……ありがと」
 まぁ気にすんなと懐の広さをアピールする上条。
「あれ? アンタチキン食べたいとか言ってなかったっけ? ついでに買ってくればよかったのに」
 ……まさかフライドチキン一二○円が買えないだなんて恥ずかしくて言えない。財布に入っているのが銅のコイン一枚だなんて情けなくて言えない。
「い、いや。急にサラダが食べたくなったんだけどこういう所じゃ野菜系の食べもんってなかなかねーだろ? それに俺もそろそろカロリーとか気にしないとヤバい歳だからさ」
「??? 別にアンタは太る体質じゃないでしょ。お義父(とうや)さんだって、どちらかと言うと少し痩けてる分類よ?」
「いやいや。同世代の人達を見てるとね、油断したら俺もいつか破滅しちゃうなぁ、と思うわけですよ。つうかさ、隣にこんな美人がいたら引け目とか色々感じちゃうだろ普通。格好良くなりてえの、対等になりてえの、お似合いって言われてえの。ハードボイルドに三○代デビューを成し遂げたいんです、上条さんは」
「び、美人……」美琴は唇を尖らせて、「ま、まぁ? ジムは行ってないけど寝る前にストレッチしたり乳液塗ったりしてるからね? それなりに美への追求はついえないわよ。……そ、それと。アンタはそのままでいいと思うわよ……? だって、あ、ああああ、ああああアンタは今のままでも十分……そ、その。か、かかかか、かか格好いいんだから……。無理に高い所に手を伸ばさないで現状を維持してほしいなぁ、と私は思うんだけど……」
「……美琴さん。王道っつうのは、とも一転すればベタって事なんだぜ? それ以前にその歳になってツンデレとはこれ如何に」
「うっ、うるさいわね。わ、私だって好き好んでこんなキャラやってる訳じゃないのよ! ……ただ、アンタの事を考えたり喋ったりするとどうしてもテンパっちゃって……」
「……、お前」
 やっぱ可愛いヤツだな、と上条は言った。
「さ、流石にこの歳になると可愛いとか言われてもそんなに嬉しくないわね……。い、いやホント。マジで」
「……、お前」
 やっぱ可愛いヤツだな、と上条はもう一度そう言った。
 しばらくの間美琴は平然を装った(つもりなのだろう)が、やがて薄ピンク色に染まった頬っぺを両手で押さえて、
「………………………………………………………………………………………………………ぅゎ」
 腕で顔を隠すようにテーブルに頭をくっつけ、それっきり動く気配がなくなった。
 誰がどう見たって、これは照れている。
 しかし美琴が昔のままと言うなら、それは上条にも言える事だったりするので。
 上条は窓の外を見て、
「おっ、雨やんできたな! 帰りは歩きで済みそうじゃん」
「………………………………………………………………………………………………………、」
「痛あっ!? 今日はいつになくヴァイオレンスだなオイ! 顔赤くして上目遣いなのが可愛いけれど!」
「……。……はぁ」美琴はまだ顔を赤くしたまま、「つーか本当に雨やんでるじゃない。うわ、日まで出てきたし。樹形図の設計者(ツリーダイアグラム)がどこかの誰かさんに破壊されたのは僥倖だったけど、天気の事に関して言うと、こうも外れまくるのはやっぱり不便よねー。……布団干したかったのに」
「確かあれは複製不可能の物質で出来てたみてえだからな。まぁ今更復元されて、絶対能力者進化計画(レベル6シフトけいかく)もう一度やりまーす、って事になっても洒落になんねーし今のままでいいだろ」
 完全なシュミレートマシンなんて壊されてよかったんだと、上条は心の中でもう一度囁いた。

 そりゃこれから起こる出来事が分かるとしたら、不幸な出来事とは金輪際さようならできるだろう。
 そして樹形図の設計者にはきっと、美琴と喧嘩をして食い違ったり、美結に拒絶される未来が記されているかもしれない。
 それが事前に分かっていれば、回避できるかもしれないのは分かる。
 けれど。
 そうだと囁いてはみても、上条は『アレ』が現存していて欲しいとは思わなかった。
 冷たい機械に弾き出される・決められたレールを走る未来なんて、多分なんの『希望』もないから。
 上条当麻は、上条美琴にとっては一生を誓った夫で、上条美結にとっては血を分けた父親。
 未来は見ずに今を見る。
 過去を振り返ず今を噛み締める。
 ……なんて綺麗事を言ったら美琴に『いつになったら給料上がんのかしらねー』と言われかねないが、
 それでも、上条は今だけを見ていたい。
 だって。
 上条当麻の今は、こんなにも幸せ(しあわせ)なのだから。
 未来にこうなるから今は耐える時期だとか、
 過去が失敗だったからそれの埋め合わせをしなければならないとか。
 そう。
 そんな事一切考えずに、まるで子供のように今を謳歌していたい。
 それが上条の願いだった。
 ふ、と彼は笑う。
 社会人、保護者にもなって、こんな幼稚な現実逃避に走るなんて。
 それだけ今の光景が幸せなのだろう。

 上条一家はヨーカドーを出る。
 灰色に輝く雲を見て、所持金一○円の上条は『バス代浮いてよかった』と小さく呟いた。

 fin


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