とある魔術の禁書目録 自作ss保管庫

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とある夫婦の11月22日(?)



「……あちぃ」
 もう何度目だろうか。
 上条当麻は再び額の汗を拭った。
 手にしたハンカチは既にグチョグチョになり、絞るとポタポタと体に収まっていたはずの液体が流れ落ちていく。
 11月下旬。
 日本人が聞いたらそろそろ雪でもと連想しそうな時期だが、南半球であるここは夏真っ盛りである。
 しかし理由はそれだけでない。
 上条の目の前には荒れ果てた大地が地平線まで続いていた。
 空からは太陽光が降り注ぎ、地面からは湯気が立ち上りそうなほどである。
 以前聞いた御坂旅掛の話では、この南米に存在するこんな砂漠も、出来たのは最近であるらしい。
(学園都市が砂漠化を止めるため全力を尽くしてるなんて嘘っぱちじゃねーか。ったく、あの街は相変わらず
情報統制だけは完璧だな。……あ、でも紙を使ってるのは俺達だから、責任は俺達にある訳か?)
 上条は腕組みをすると、ウームとうなり出す。
 青のワイシャツに適当なジーパンというラフな格好をしている上条も去年から社会人。
 目の前の光景と自分の状況を鑑みれば、そうせざるを得ない悩ましい問題である。
(うーん……、この場合、この場合は――――)
 約10秒、散々唸ったあげく、

「よし、逃げよう!!」

 上条はそう結論付けた。
 理由は簡単である。

 目の前の荒野で起きている、仮面を被った魔術師同士の戦争。
 約100人程度の組織二つが争っているらしいが、そのどちらにも義理もへったくれもない。

(大体にして小さい村に掛けられた呪いを解いて20万円っていうお手軽な仕事だったはずじゃねーか! 何で
こんな事になってんだよ!? あーくそ!! やっぱり土御門が持ってくる仕事なんて受けるんじゃなかった!!)
 後悔しても遅い。
 今は一刻も早く攻撃的な虹色光線がズバズバ飛び交っている場所から離れるべきだろう。先ほどから流れ弾が鬱陶しくて仕方がない。
 上条は一応威嚇のため、ホルスターから学園都市製のゴム弾銃を取り出し左手に構えると、そのまま回れ右をしようとする。
 しかしその時、
「キャッ!!」
 そう聞こえただけの、日本語ではない声。
 上条は思わず振り返った。
 民族衣装を身に纏い、一人だけ素顔を出した10歳くらいの少女。確か上条が依頼を受けた村で、聖女と崇められていた娘だったはずだ。
 その娘の頭に、2メートル以上ありそうな斧型の霊装が一気に振り下ろされる。
「――――ッ!!」
 上条の体は勝手に動いていた。
 銃の摘みをいじり威力を最大まで上げ、斧目掛け二発撃つ。
 左手に重い衝撃が来るのとほぼ同時。ガギン!! という音と共に斧が傾いだ。
 イギリス清教特注のゴム弾が障壁をぶち壊した音だろう。
 それでも斧を持った男の目は少女を捉えたまま離れない。
 傾いだ斧を無理矢理少女へ振り下ろす。
「させっかよこの野郎!!」
 上条は全速力で駆けつけ、少女の体を追い越し右手を斧にぶち当てる。
 一瞬にして斧は粉々に砕け散ったが、上条の動きは止まらない。
 男は驚愕に顔を歪ませる間もなく、そのまま上条に蹴りを食らい沈んだ。
(……あー、またやっちまった)
 といっても仕方ない。この状況は助けるなと言う方が無理だ。あくまで信念に基づいた行動をしただけである。と、
上条は心の中で怒る妻の顔に弁明する。
「よ、よう。とりあえず立てるか? って、日本語も英語も通じないんでしたっけ?」
 上条の右手は少女の手を取り起き上がらせようとした。
 しかし、

 右手が触れた直後、バキン!! と言うよく聞き慣れた音が上条の耳に響き、少女のゴテゴテした民族衣装が吹き飛ぶ。

「あ。あの、あれ? ひょっとして俺また……?」
 少女の黄色い絶叫。
 それとともに、『必勝の武器』を破壊された事に気づいた少女陣営の魔術師達の表情が憤怒へと変わる。
「あは、あははは……」
 もはやここに上条の味方は残っていないらしい。

「だー!! だって仕方ねぇだろ知らなかったんだから、っつかテメェらもしかして女の子を
戦いの道具に――――ッぶねぇ!!」
 いずれにせよ言葉が通じないようである。セリフが終わる前に一斉に上条へと襲いかかってきた。
 上条は10人、20人と増える敵の攻撃をギリギリかわしながら逃げるしかない。
「そもそもお前等らさっきまで殺し合ってたじゃねーか!? 何で一致団結してまず俺が攻撃対象に
なってんですかあーもう不幸だー!!」
 しかし、『今日の不幸』はここまでのようだった。

 ドゴン!! という凄まじい光の柱が上条と魔術師の間に落ちる。

 一気に間合いを詰めようとしていた魔術師の男達は急ブレーキを掛け、その『雷』に目を白黒させた。
 思わず空を見上げるが、相変わらず雲一つ無い快晴である。
 今の落雷は自然現象ではない。そう認識した瞬間、男達の背筋がゾッと震えた。
「……あーあぁ」
 対して上条は切ない声を漏らして、立ち止まる。
 逃げる必要が無くなったからだ。
 そのままゆっくりと振り返り、耳を腕で塞ぐと、言葉の通じないであろう200人に対して僅かながら同情心を抱き、ボソッと呟いた。
「お前等早く逃げた方が良――――」
 しかしそれは大分遅かったようだ。
 上条の目の前が馬鹿げた量の光に包まれる。
 200本の雷。
 耳を塞いでも聞こえるズシャー!! とか言う酷い音。
 ワンテンポ遅れて大人の体を薙ぎ倒す程の衝撃波が上条の体を襲う。
 そんな中、彼は『いつも通り』右手を前に差し出しそれを防ぎ、約3秒で200人の人間(裸の少女除く)が
一斉に地に倒れるというあまり見たくない光景を呆然と眺めていた。
「って、あーあー、またジェット機借りたのかよ」
 荒野から音が消え去って、ようやく上条は上空を優雅に呼ぶジェット機に気がついた。
 その飛行機から米粒のように見える小さな何かが、自由落下より速いスピードで迫ってくる。
 数秒して、それは水色の羽根の生えた何かだと分かった。
 さらに数秒して、水色の羽根を生やしたのは人の形をしているとが分かった。
 いや、そもそも最初から、それが誰かだなんて気づいている。
「当麻ぁぁぁあああああ!!!」
 その顔が怒っていることも。
「ッ!?」
 それは上条との距離が数メートルになったところで減速すると、くるんと上を向き、羽根を空中へ霧散させた。
 もちろんそこから自由落下が始まる。
「わ、馬っ鹿やろ!!」
 上条は慌ててその体を受け止める。
 数メートルの落下で加算された重さで腕が千切れそうになるが、落とすわけにもいかない。
 お姫様抱っこのポーズで、その『空から降ってきた恐妻、上条美琴』を覗き込んだ。
「……よ、よう」
 美琴は上条当麻(以下紛らわしいので当麻)の腕に抱かれながら、表情を読まれないよう反対側を向き続ける。
「…………」
「…… あの」
「…………」
「あーもう、悪かったって。書き置き一つで出張したのと魔術関連の出張だって言うのは謝る! でもだからって
直接来ることはねーだろ!?」
 その言葉に美琴が反応する。
「何よその言いぐさ! アンタ、今日が何の日か知ってるわけ?」
「しらねーよ。ちなみに今日は11月21日。良い夫婦の日は明日だ!!」
「え、っあ! そっか」
 当麻の事で頭がいっぱいだった美琴は日付変更線を超えたことに今更気がついた。
「って、やっぱりそれかよ」
「あ、明日! 明日は良い夫婦の日なんだから別に今日会いに来たって問題はないでしょ!!」
「あの……美琴さん? 貴方そう何だかんだ理由付けて毎回のように出張先に来てるよね? この前も『電池の日
だから充電させなさい』とか何とか」
「ぐ……。別に、私のお小遣いで来てるんだしいいじゃないのよ!」
(いや、まあ良いけどさ……)
 当麻はため息を付く。
 そもそも彼がこういう『アルバイト』をしている理由の一つに、美琴に比べて給料が低いためというのがあった。
 つまらないプライドではあるが、毎度こういう仕事に『それより遙かに高額の』ジェット機をチャーターしたりして
追掛けに来られると、何となく情けなくなって意固地になってしまうのだった。
 しかも美琴はその事に気づいていないようで、
(かと言って俺から言い出すのは負けた気がするというか)
 まあいずれにせよ上条のアルバイトは彼の不幸のおかげで勝率5割以下なので、あまり稼ぎの足しにはなっていないのだが。

「暑い……」
「秋の服装してるからだろ。って待てよ? ひょっとして書き置き見て速効家から来たのか!?」
「だ、だって……」
 美琴は言い淀んだまま、当麻の瞳を見つめる。
(……)
 当麻は何故かそれに感慨深い物を覚えた。
 美琴が『言い淀める』ようになるのに何年かかっただろう。
 自分が『その心を読める』ようになるのに何年かかっただろう。
 二人はもう子供じゃない。
 自然と口は笑みを作っていた。
「はぁ。当麻さんが悪かったよ、休日に一人にしたりして。仕事ついでに今日と明日は近場の観光地で遊ぶ。
いや遊びたい。これでいいか?」
「えへ……、80点かしらん♪」
「おいあと20点は何だよ?」
「2日分のおはようとおやすみのアレがまだでしょ」
「……こんなところでですか?」
 見事に気絶した200人と、コチラをビクビクしながら見守る半裸の少女を見て、当麻はややげんなりする。
「私にはアンタしか見えないもん」
「あっ」
 美琴は当麻の頬に手をあてる。しかし力は入れない。
 ずるい、と当麻は思うが、拒否なんかできない。少なくとも胸の鼓動はそう告げている。
 当麻の顔が近づいて、二人の唇が一つになった。
「「…………」」
 離すときはいつだって切ない。
 しかしそうも言ってられないだろう。
「じゃあ、とりあえず街のホテルまで戻るか?」
「えっと、その前にさすがに暑すぎるんだけど。上着脱ぎたいから一旦下ろしてくれない?」
 美琴の現在の装備を端的に現わすと、下着に長袖二枚、ミニスカートにニーソックスに短パンである。
 その上当麻の腕に抱かれて、もはやサウナに入っているくらいに熱いかもしれない。
「やだ」
「……へ?」
「何となく悔しいのでこのまま街まで行こうと思います」
「ちょっ、待ってさすがにこの格好で街までって恥ずかしすぎるって馬鹿走んな!! 仕事はいいのかよ!?」
「お前がぶっ倒した奴らの中に依頼人が居たんだよもうおせーよ飛ばすぞおらーーー!!」
 新米夫婦は風を切る。
 良いか悪いかなんて二人には分からない。
「美琴好きだあああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」
「だークソ馬鹿地球の裏側まで来て何叫んでんのよぉぉおおお!!? わ、わた、私もその……ごにょごにょ」
 でも何となく、こういうのは自分たちらしいと思えた。


 もちろん当然の如く翌日も事件塗れだったのだが、それはまた別のお話。


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