とある魔術の禁書目録 自作ss保管庫

Part05

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いざ、尋常に!


 とある高校のある日の放課後。
 周りの生徒が帰り支度やクラブ活動の準備を始める中、彼、上条当麻は何をすることもなく惚けたような表情でぼうっと机を見続けていた。
 そんな上条の側に彼の悪友二人が近づいてきた。
「カミやーん、なーにやってるんだにゃー? もう授業は終わったぜい」
「せやせや。せっかく今日は補習も追試もないんやし、はよ下校しようや」
 土御門元春と青髪ピアスである。
 彼らは自分達の呼びかけに何の反応も示さない上条の様子に興味を持ったのか、上条の前で手を振った。
「カミやん、どないしたんや? 反応薄いで」
「薄いというよりまったく反応がないにゃー。カミやーん、おーい、カミやーん」
「ん? あ、お前らか……」
 何度か目の前で手を振られた上条はようやく二人の存在に気づいたようだった。数度目をしばたたかせると、うん、と大きく伸びをする。
「どうしたんだよ二人とも、もうすぐ授業始まるんじゃねーのか……あれ? もしかして、もう放課後か?」
 真面目な顔でそう言った上条を見て、土御門達は呆れたようにため息をつく。
「カミやん、いつから意識飛ばしてたんや? 授業なんてとっくに終わっとるで」
「ああ、とっくの昔にな。で、どうしたんだカミやん? 意識を完全に飛ばしてでも気になるようなことでもあったのかにゃー?」
「気に、なる?」
「そう、気になること」
「そうか、俺、やっぱり気になってるのか……。そうか……」
 そう呟くと、上条は再び先程と同じような表情で机に目をやったまま動かなくなってしまった。
「?」
 土御門達はいつもと違う上条の様子に首を傾げるのだった。

 そんな時、三人の側に一人の女性が大声を出しながら近づいてきた。
「ちょっと、そんなところで何やってるのよ、貴様達は掃除当番じゃないんだからさっさと教室から出て行ってちょうだい。掃除の邪魔よ」
 上条のクラスメートであり、色っぽくない美人の代表、吹寄制理である。
 吹寄に大声で注意された上条達三人だったが、その場から動こうとはしなかった。
 その様子に小さく舌打ちをした吹寄は、イライラしたようにもう一度声を出した。
「ちょっと、聞こえなかったの? 掃除の邪魔なんだから、手伝わないんなら教室から出て行って」
 不機嫌さを隠そうともしない吹寄の方に顔を向けた土御門と青髪ピアスは、互いに目配せをすると困惑したような表情を浮かべた。
「いや、それがにゃー、俺達もさっさとここから退散したいのは山々なんだにゃー」
「けどカミやんがこんな状態なんや」
 青髪ピアスは困ったような表情のまま上条を指差した。
「友情に熱い俺達としては、こんな状態のカミやん一人置いて下校するわけにはいかないんだぜい」
「そういうことや。女にはわからへんかなー? 男同士の熱い友情が」
 土御門の言葉にうなずく青髪ピアス。
 一方、吹寄は土御門達の言葉に呆れたような表情になった。そしてその表情を怒りのそれに変えると、吹寄はバンと乱暴に上条の机を叩いた。
「何馬鹿なこと言ってるのよ。要するに上条当麻を動かせばいいだけのことでしょ。ほら上条、さっさと立ちなさい。貴様一人のためにあたし達掃除当番、みんなが迷惑してるのよ」
 上条はぼうっとした表情のまま吹寄を見た。
「吹寄……」
 そんな上条の視線に吹寄は露骨に不機嫌そうな表情を作る。
「何?」
「お前、女の子だよな?」
「は? 当たり前でしょ」
「…………」
 上条は小さくうなずくと、ぎゅっと吹寄の手を握った。
「…………!」
 上条の行動に目を開いて吹寄は頬を染める。
「吹寄」
「な、何よ」
「今、時間あるか?」
「時間って、あたしは掃除当番なのよ」
「いいじゃねーか、そんなこと。代わりにこいつらがやってくれる」
 上条は土御門達を指差した。
「にゃ!?」
「酷いでカミやん!」
「というわけだ、悪い吹寄、俺と付き合ってくれ!」
「へ? つ、付き合う? あたしが、貴様と? な、ななななんの冗談!?」
 口ではそう言いつつも吹寄は露骨に動揺しだす。
 そんな吹寄の態度を気にした風もなく、上条は吹寄の手を掴んだまま廊下に飛び出した。
「というわけで、ちょっと来てくれ吹寄!」
「貴様、なんのマネ! あたしは貴様と付き合うつもりなんて――」
 しかし上条は吹寄の抗議を無視して、彼女の手を掴んだまま廊下を走り続けた。



「で? 貴様、こんなところに人を連れてきてどういうつもりなの?」
 上条が吹寄を連れてきたのは屋上だった。
「いや、さすがに教室だと他人の目があったんでな」
「……あんな大げさに騒いで人を連れてきて、他人の目も何もあったもんじゃないでしょう」
 文句を言いながらも、吹寄は頬を染めたまま先程まで上条に掴まれていた手を握りしめたり離したりを繰り返す。さらにその目は上条の顔をちらちらと見ている。
 そんな吹寄を見ながら上条は小さく細く息を吐いた。息を吐き終えた上条はぴたりと口を閉じると、吹寄の顔をキッと見つめた。
「吹寄!」
「な、何!?」
 上条は大声を出すと緊張した面持ちで吹寄に向かって頭を下げた。
「えっと、たの、頼みがあるんだ!」
「たの……み?」
「そう、頼み。その、お前にしか頼めないと思って」
「あたし、に、しか……?」
 訝しげな表情を浮かべる吹寄の言葉に、上条はこくりとうなずいた。
「ああ。だってほら、俺って、この学校で頼み事ができるくらい親しい女子ってお前か姫神くらいしかいないからさ。だから――」
「……だからあたしに頼むの? そんなの姫神さんに頼めばいいじゃない。貴様に頼み事をされて、あたしが引き受けるとでも思ってるの?」
「俺も最初はそう思ったんだけどな。けど、なんとなくだけど姫神ってこういうのにあんまり向いてなさそうで。たぶんお前の方が適任だと思うんだ。な、頼む」
「ふーん……」
 申し訳なさそうに何度も頭を下げながら話す上条を見ているうちに、吹寄の顔からはすっかり赤みが消えていた。

 吹寄は上条の顔をチラリと見ると、盛大なため息をついた。
「わかったわ。仕方ないから話だけは聞いてあげる。ただし、そこからあたしがどうするかはその話の内容次第ね」
「ほんとか? いや、助かったー。ありがとうな、吹寄」
 ぱっと表情を明るくした上条は思わず吹寄の手を握った。
「…………!」
 しかしその途端、吹寄の表情は厳しいものになり、上条の手を振り払った。
「は、離しなさい! なに勝手に人の手を握ってるのよ!」
「ああ、悪い」
 上条はぽりぽりと頭をかく。
「まったく……で? 話の内容は?」
「簡単なことなんだけどさ、実は相談に乗ってもらいたいことがあってな」
「相談? どんな相談よ?」
「えと、あの、そのな、女の子の気持ちって奴を教えてもらいたくって」
「は?」
「だから、女の子の気持ち」
「は……」
 あっけらかんと言い放たれた上条の言葉で、吹寄の思考は一瞬停止する。数秒後、なんとか回復した吹寄は上条に冷たく当たった。
「何を言ってるの、貴様? 意味がよくわからないんだけど」
「わかんねーってことはないだろう? 女の子のお前に、女の子の気持ちって奴を教えてもらいたいんだよ」
「……それは、あたしじゃなくて第三者である他の女の子の気持ちって事よね?」
「そりゃそうだ。お前の気持ちを知りたいのなら、こんな回りくどい事するわけないだろう」
「…………」
「なあ頼むよ、吹寄。俺、女の子の気持ちなんてわけわからないし」

「…………」
 両手をパンと合わせて頭を下げる上条に対して吹寄は何も答えなかった。
 なんとなく面白くない、吹寄はそう思っていたからだ。
 上条が誰に興味を持とうと、誰と何をしようと自分には一切なんの関係もない。ない、のだが、それでもなんとなく面白くない。
 先程上条に詰め寄られた際に、自らの心臓が無意識に早鐘を打ったこと、それらも含めてとにかく面白くなかったのだ。
 しかしその感情を呑み込んで、吹寄は上条を軽くにらみつける。
「……詳しく話しなさい」
「いいのか?」
「一度約束した以上、その約束は守るわ。ほら、早く言いなさい」
「ありがとう」
 上条はふうと軽く息を吐いた。

「あのさ吹寄、女の子が嫌いな奴とデートするのって、どういう気持ちからなんだ?」
「はい? どういう事よ、それ?」
「だから、俺のことを嫌ってる、というか俺に対してあんまりいい感情を持ってない女の子がいるんだよ」
「……へえ」
「けど、そのくせしてなんか最近そいつと関わり合いになることが多くてな。で、この間デート、みたいなこと、をしたん、だ?」
「なんで疑問系なのよ?」
「いや、実のところ俺、デートとかってよくわかんねーんだよ。なあ吹寄、いっしょに服見て回って、公園散歩して、ベンチに座ってアイス食べて、ゲーセンでプリクラ撮って、これって……デートなのか?」
「……女の子と二人っきりでそういうことをしたんでしょう? デート以外の何があるのよ」
「やっぱそうなのか。まあ確かにアイツもホントのデートとか言ってたしな……でもアイツ、だったらなんで……」
 上条は腕を組むと、うーんと唸りだした。
 そんな上条の様子を黙って見ていた吹寄は、突然ダン、と大きな音を立てて地面を踏みつけた。
 上条はその音にびくりと体をこわばらせる。
「あたしも忙しいの。で、結局話の要点はなんなの?」
「あ、ああ悪い。だから、その俺のことを嫌ってる女の子がなんで俺なんかとデートなんてしたのかって理由が知りたくってさ」
「…………」
「だっておかしいだろ? 嫌いな奴とそんな事するか、普通? 正直言ってさっぱりわからない。女の子ってのはそういうものなのか?」

「…………」
 皆目見当も付かない、といった表情をしている上条を見ながら、吹寄は心の中で盛大にため息をつく。しかしそんな感情をおくびにも出さずに吹寄は口を開いた。
「……いくつか確認したいんだけど、いいかしら?」
「ああ」
「いつデートしたの?」
「えっと、こないだの土曜、じゃない、金曜日だったかな。そうそう、金曜だ」
「デートに誘ったのは?」
「アイツの方からだけど」
「デート代は?」
「……みっともない話だが、上条さんの財布には当時ほとんどお金がありませんでした。まあ、今もほとんど無いけど」
「その女の子と初めて出会ったのは?」
「夏休み前、だったかな? 悪い、もうちょっと前だったかもしれないけどよく覚えてねー」
「少なくとも二、三ヶ月は付き合いがあるってわけね。出会ったきっかけは?」
「えっと悪い、これもよく覚えてねー」
「ふーん、まあだいたい予想はつくけど。それで、その二、三ヶ月の間はどんな関係だったの?」
「えっと、どんな、というかなんというか、基本的に追いかけ回されてばっかりだった、みたい、な……な?」
「そこがどうして疑問形になるかよくわからないんだけど。貴様達のことでしょ?」
「わ、悪い」
「まったく……それで、どんな感じの娘なの?」
「うーん、どんな感じね……。そうだな、見た目は悪くないと思うぞ。というか、あれ、普通に考えるとアイツってすげーかわいいんじゃねーか? お嬢様だし。え? ただ性格がな……人に向かって平気で電撃ぶっ放してくるし、顔を見ればギャーギャー文句言ってくるし。悪い奴じゃないのはわかるんだけど、どうしてああも俺に対してケンカ腰なんだか……。あれ? 吹寄、今聞いてることと俺の相談と、なんの関係があるんだ? 特にアイツの事なんて、なんの関係もないんじゃ?」
「え? あ、ああ、そうね。あれ、あたし、なんでこんなこと聞いてるんだろう……」
 吹寄は不思議そうに首を傾げた。
「いや、俺に聞かれても困るんだけど」
「わ、わかってるわよ、うるさいわね」
 自らの動揺をごまかすかのように、吹寄はこほんと咳払いをした。
「じゃあ最後の質問ね。貴様がその女の子に嫌われてるって言ってる根拠は、今言ったケンカ腰のことなの? もっと具体的な事はないの?」
「うーん、そう言われればそんな事はこれと言って……あった。あったぞ! こないだの土曜に大っ嫌いって言われて追いかけ回された! そうだそうだ! 大嫌いって言われたよ、俺」
「……追いかけ回されたって、いったい何やらかしたの、貴様?」
「別に何もしてねーって。ただ人が落とした財布を拾ってやってたら、突然どっかから現れて追いかけてきたんだ」
「……ひょっとして、財布を落とした人って女の人?」
「ああ、よくわかったな」
「…………」
 上条の言葉を聞き、吹寄はゆっくりとかぶりを振った。
「上条、貴様って本当の馬鹿ね」
「は? なんだよいきなり。そりゃ確かに上条さんはお馬鹿ですが、それでももう少し言葉を選んでいただきたいと思いますのことよ」
 憮然とした表情で反論する上条の鼻先に、吹寄はビッと指を突きつけた。
「貴様相手に言葉を選ぶ必要なんてないわ。あのね上条、貴様、本当にその女の子の気持ちがわからないの?」
「わからないからこうして聞いてるんだろ?」
「……本当に筋金入りの馬鹿なのね。今の貴様の話だけでも十分わかるじゃない。あのね、貴様の疑問は根本的に――」
 上条へ解説を始めようとした吹寄だったが、なぜか急に口をつぐんでしまった。
 その様子に上条は訝しげな表情をする。
「? どうしたんだ、吹寄?」
「……なんでもないわ。上条、その女の子の気持ちがわからないって貴様の疑問、確かにある意味もっともなのかもね」
「だろ?」
「だったらなおのこと自分で考えなさい。あたしに答えを求めるなんて言語道断よ」
「そんなぁ」
「そんな、じゃない! ようやくわかったわ、これは貴様にとっていい機会なのよ。上条、貴様、もう少し周りに目を向けなさい。他人が何を考えているのか、他人が自分に対してどう思っているのか、自分が無意識でやった行動が他人に対してどういう影響を及ぼすのか。今の貴様にとっては大事な事のはずよ」
「な、なんか、小難しい話になってきてないか?」
「難しくなんてないわよ。その女の子の気持ちだって、貴様がもう少し常日頃から他人の気持ちについて考えていればわかる事じゃない。それがわからないなんて、あくまで貴様の努力不足なのよ。努力すればわかる事を他人に頼るなんて、みっともないと思わないの?」
「なんで俺は説教されてるんだ……?」
「聞いてるの、上条!」
「は、はい! 聞いておりますです、吹寄さん!」
 直立不動になって敬礼をする上条を見て、吹寄は小さく舌打ちした。
「まったく、人が真剣に話している時に……。とにかく、その女の子の気持ちが知りたいのなら必死で考えなさい。その女の子の気持ちに、男も女も関係ないわ」
「わ、わかった」
 上条はそう言うと、神妙な顔つきでうなずいた。
「そうか。でも、ありがとうな吹寄」
「なんで礼を言うのよ」
「だってお前、ただのクラスメートの俺のためを思って、そんな事言ってくれてるわけだろ? やっぱありがとうじゃねーか」
「……あたしはだらしない人間が嫌いなだけよ。目の前に嫌いな人間がいたからそれを嫌いでない状態にしようと思っただけ。感謝されるいわれはないわ」
「きっついな」
 口ではそう言いながらも上条はまんざらでもない、といった感じで苦笑した。
「ま、とにかく少しは頑張ってみる。今日は付き合ってくれてありがとう。んじゃな」
 上条は吹寄に片手を上げてその場から立ち去ろうとした。
 しかし吹寄がその手を掴んだ。
「待ちなさい上条。あたしの話はまだ終わってないわよ」
「なんだ、まだ何かあるのか?」
「ええ。貴様にね、一つだけヒントをあげようと思って」
 吹寄はちらりとさっき自分達が出てきた校舎への昇降口を見て、一瞬だけニヤリと笑みを浮かべた。
「ヒント?」
「そう。他人の気持ちを考えようとしただけでも貴様にとっては大きな進歩だから、ご褒美。覚えておきなさい。女の子はね、本当に冷たいわよ、男が思っているより遥かにね。だから、自分の得にならない行動は絶対にしない。嫌いな人間をデートに誘ったりなんか絶対にしない。ましてや自分が奢ってまで、なんてあり得ないわ」
「え、それって……」
 上条の思考は吹寄の言葉に反応して、ある考えにたどり着こうとした。
 しかしその瞬間、
「痛ってー!」
 吹寄によって放たれたビンタと頭突きによってその考えは消し飛んでしまった。
「痛ってーな、何すんだよ吹寄!」
 頬と額を抑えながら抗議の声を上げる上条。
 吹寄はそんな上条に冷たい目を向けながら、校舎の方を向いた。
「人を下らない事で引っ張り回したんだから当然の報いでしょ。じゃあね、上条」
 そのまま吹寄は上条を気遣うこともなく校舎へ入っていった。



 上条と別れた吹寄は、廊下にまで続く階段の途中でぴたりと歩みを止めると、チラと天井を見上げた。
「クラスのみんなもどうしてあんないい加減な男が好きなのかしら、さっぱりわからないわ」
 そう言いながら吹寄は、先程昇降口の陰にいたクラスの女子生徒達の姿を思い出していた。
 彼女達は自分達が屋上に来た時からずっと、こちらの様子を伺っていたのである。
 その彼女達の心配事はおそらく一つ、自分と上条の間に何か間違いが起きないかという事だろう。
 だからこそ吹寄は彼女達を心配させないために一芝居打ったのだ、上条を殴る事によって。

「なんであたしが上条のためにここまで気を遣わなきゃいけないのよ、まったく……。でも……」
 吹寄は先程上条の頬をはたいた右手を見た。
「ちょっと、スッキリしたわね」
 吹寄は美琴の気持ちについて思い悩む上条に対して抱いた、自らの苛立ちを隠すことなく呟く。
 その顔は、どことなく嬉しそうだった。



「吹寄の奴、最後に何しやがんだよ、まったく……痛てて」
 一方、吹寄が立ち去って数分後、上条はさすっていた額と頬からようやく手を離した。
「結局一日考えてなんにもわかんなかったんだな……。俺、今日一日何やってたんだろう?」
 上条は屋上から見える夕焼けを見ながらポソッと呟いた。
「あれ? そういえば俺、どうしてアイツの事が、こんなに気になってるんだろう? ……さっぱりわからん」
 上条は首を傾げながらうーんと唸りだした。
 しかしその疑問に対する答えに上条が気づくには、まだもう少し時間が必要である。



 その頃、今の上条の興味が自分に向いているなどということを露ほども知らない御坂美琴は、放課後の教室で何をすることもなくぼうっと窓の外を眺めていた。偶然ではあるが、今日の上条と似たような行動である。
「…………」
 美琴は何も言わず窓の外を眺め続ける。
「…………」
 そして時折、やや伏し目がちになって悩ましげにため息をつく。
 普段とは明らかに違う様子なのだが、クラスメート達は声をかけることがはばかられるのか、遠巻きに美琴を見ているだけだった。

「御坂様、どうなされたのかしら」
「わかりませんわ。ただ、今日一日ずうっとあんな調子で」
「違いますわ、正確にはここ数日、ずっとあんな感じです。何かを思い悩むような、もどかしいような」
「……明らかに普段の御坂様と違いますわね」
「でも……」
「ええ……」
「今の御坂様も、素敵ですわね」

 訂正。
 はばかられるのではなく、クラスメート達は単に美琴の物憂げな、正にお嬢様といった様子に見惚れていただけのようだった。

 しかし当の美琴はそんな周りの視線など意に介した様子もなく、頬杖をついたまま、今日何度目とも付かないため息をついていた。

「どうして、あんなに腹が立つのかな……」
 そう言いながらふうとため息。
「あのときだって、今になって考えてみればアイツが悪くないことは確かだったのよね……」
 また、ため息一つ。
「人が落とした財布を拾ってあげただけ、単にお礼を言われただけ。アイツ自身に、他人への下心なんて存在しない……」
 先日の土曜日、街中で上条を見かけた時のことを思い出しながら美琴はさらにため息をつく。
「私や、妹達を助けてくれた時だって、下心なんか存在しなかった……。私にだけは、ちょっとくらいあったっていいのに……。私は別に、アンタなら……え?」
 思わず口から漏れた自らの言葉に、美琴は顔を真っ赤にする。
「な、ななな何言ってるのよ私は! あり得ないあり得ない、そんなことあり得ないわ! 私はそんな安い女じゃないのよ! ああもう、馬鹿!! みんなアンタが悪いのよ!!」
 頬に手を当ててブンブンと頭を振った美琴は、肩で息をしながらぎゅっと目を閉じた。

「あの馬鹿……」
 無理矢理呼吸を整えた美琴は、未だ火照りの残る頬を冷まそうと思い、洗面所へ向かうべく立ち上がった。
 次の瞬間、教室の外からガタガタという音がした。
「?」
 首を傾げた美琴は廊下に出て教室の外を見回した。しかしそこには人っ子一人いない。
「…………」
 若干の疑問を持ったまま、美琴は首を傾げたまま廊下を歩き出した。

 ちなみに、
「あ、危なかったですわね……」
「ええ……」
 美琴の気配が完全に消えた途端、廊下や近所の教室中から安堵の声が漏れたとかいないとか。



 洗面所で顔を洗い、頬の火照りがようやく治まったのを確認した美琴は苦虫を噛み潰したような表情になった。
「やっぱ調子悪いわね、私。自分の感情をこんなにもコントロールできないなんて。まったく、これもみんな、アイツが悪いのよ」
 そう言いながら美琴は右手を見た。
 そこからパリパリッと電気を放出させてみる。
「…………」
 しばらく電気を放出させていた美琴だったが、表情を消すと、そのまま電流の放出も止めた。
「これじゃアイツを負かすことはできないのよね。でも……」
 美琴は顔を上げて前を向いた。そして目の前にある鏡に映る自分の顔をじっと見つめた。
「でも、このままじゃダメ。そう、ダメなのよ。どんどん私が私でなくなっていく。常盤台の超電磁砲が、アイツの前では、ただの、女の子に……それだけは、ダメ、絶対に……」
 鏡を見つめ続ける美琴。その瞳に、徐々に今までとは違った意思を持った炎が灯り始めていた。その意思とはレベル5としての意地、そこにたどり着くまでに培ってきた今までの自分を変えたくないという、純粋な意地だった。
 レベルの違いなどという小さな事にこだわる、自らの狭量さに対する若干の自己嫌悪を無理矢理心の奥底に閉じこめると、美琴は自らに言い聞かせるように呟き続けた。
「やっぱり、アイツは倒さなきゃいけない。絶対に、どんなことがあっても。そうよ、今の私がおかしいのはアイツに負け続けているから。勝てば、アイツに勝ちさえすれば、私は私でいられるのよ」
 美琴は腕を組むと、うんうんとうなずく。
「アイツを完膚無きまでに負かせば、私は常盤台の超電磁砲、最強のレベル5のままでいられる。そう、負けるのも、変わるのも、アイツの方でなきゃ。アイツの方が変われば全てが上手くいく。私自身も、私達の関係も。私が私のままで、今のアイツとの関係を変えられるのよ。それでそれで、アイツが私に完敗したら……」



『どう? これでアンタも少しは自らの立場をわきまえたかしら? 私に楯突くことがどんなに恐れ多いことか?』
『ははー、上条さんが悪うございました。やはり貴方様に勝つことなど、私のような者には大それた事だったのです。お許し下さい!』
『そう、アンタもようやく自らの立場がわかったようね。その点だけは誉めてあげるわ』
『ははー、ありがたき幸せにございます』
『それで、アンタはこれからどうする気なの? 今は土下座してるわけだけど、これからは?』
『は、はい! わたくし、上条当麻といたしましては今までの貴方様への非礼をお詫びし、自らの所行を恥じると共に、二度とわたくしのような下賤な者の顔を貴方様にお見せしないよう――』
『ち、ちょっと待ちなさい! 誰がそこまでしろって言ったのよ!』
『で、ですが……』
『いいこと? アンタは私に対して今までの失礼を償う必要があるの!』
『で、ですから二度とお目にかからないよう……』
『違うわよ、そうじゃないの! だ、だから、その……えっと……』
『?』
『だから、アンタは、一生私の側で私に対して罪を償うの! いいわね!』
『? ……は、ははー、ありがたきお言葉! 貴方様の寛大な御心に不肖上条当麻、感激いたしました!』
『そうよ、アンタは一生この私といっしょにいるのよ、他の女の所になんて行ったら承知しないんだからね!』
『滅相もございません! 上条さんは一生貴方様のお側に! 貴方様一筋です!』
『そう、いい心がけね。それから、いい加減私のことは名前で呼びなさい。貴方様、なんて他人行儀過ぎるわ』
『は、はい、ありがとうございます、御坂様!』
『御坂……チッ、今のところはそれでいいか』



「こんな感じかな? なんかちょっと違うような気もするけど、アイツがフラフラしなくなるんだし、別にいいか、な?」
 美琴は先程までとは微妙に違った意味で頬を染めながら自らの想像に突っ込みを入れていた。
 ちなみに瞳の中にあった意地の炎などはとっくに消えてしまっている。ずいぶんと儚い意地の炎であった。
 けれどそんなことにも気づかないまま、美琴の想像はまだ続く。
「とにかくこれでアイツは私とずっといっしょにいるって決まったわけだけど、そうね、まずは毎日アイツをいろんな所に引っ張り回そうかな。で、デートじゃないわよ! この間はデートしたけど、私達の新しい関係にはまだ早いわ、うん」



『あの、御坂様?』
『何?』
『御坂様は常盤台中学に所属しておられるわけですから、こんなに服をお買いになっても着る機会があまりないのでは? 中にはドレスなどもあったようですが』
『何よ、文句あるの?』
『い、いえ、滅相もございません!』
『ならいいじゃない、黙って運んでよ。それにアンタだって見たいでしょ、私がいろんな服着たところ? 特別サービスで、アンタにだけは見せてあげるわよ。ね?』
『そ、それはもう見たいです。御坂様はかわいいですから、着飾られるとその魅力はもう何倍にもなられますし。ですからそのお姿が見られるのでしたら、もういくらでも――』
『ち、ちょっとアンタ、今、何て言ったの!?』
『はい? ですから御坂様はかわいいですか――』
『も、もう一度言いなさい!』
『御坂様はかわいいです』
『もう一度!』
『御坂様はかわいい』
『もう一度――!!』
『御坂様はかわいい』
『へ、へへへ、そう、私、アンタの目から見てかわいいんだ』
『はい、御坂様は本当にかわいいと思います』
『そう、そうなんだ……』



「な、何恥ずかしいこと言ってるのよ、アイツったら。そういうことは街中じゃなくて、二人っきりの時に言いなさいよ、二人っきりの時に……」
 美琴の想像は止まるところを知らず、だんだんその表情もだらしなくなり始めていた。
「でも御坂様ってのは違和感あるわよね。やっぱり名前で呼んでもらいたいわよね、うん」



『ねえ、アンタ。どうして私の名前を呼ばないのよ、美琴って』
『で、ですが上条さんは御坂様に罪を償う立場。そのような大それた事は……』
『私がいいって言ってるんだからいいの! それとも何? 気に入らないの?』
『そんなことはありません! ただ、その、ちょっと恥ずかしいというか、なんと言うか……』
『…………』
『……御坂様?』
『…………』
『み、美琴、様……?』
『…………』
『み、みこ、と……?』
『……うん、た、確かにす、すごく恥ずかしいけど、やっぱりそれがいい。いいわね、これからは私のことは美琴って呼びなさい。私もアンタのことは当麻って呼ぶから。いいわね!』
『は、はい、み、美琴!』
『よろしい。これからもよろしくね、当麻』



「そ、そそそそうよね、やっぱり親しくなったらお互いに名前で呼び合わないとね、うん!」
 あくまで想像の中の話なのに、誰かに言い訳する美琴の表情は完全に緩みきっている。
 既にその想像は妄想と言い換えても過言ではない。
「それでもって時は流れていってクリスマス。こ、ここ恋人達の聖夜、よ」



『世の中はクリスマス、か。恋人達のとはいうけど……。いや、俺は美琴といっしょにいさせて貰えるだけで幸せなんだ、これ以上何を望むことがあるって言うんだ』
『ね、ねえ当麻』
『はい、な、なんでしょうか美琴!』
『……その、これ、あげる』
『これは、もしかしてクリスマスプレゼント……? そんな、俺のために……?』
『い、いいから、早く開けなさい!』
『わ、わかりました! ……あ、これ、手編みのマフラー、市販品じゃないですよね』
『そ、その、佐天さんから、こういうのは手作りがいいって教えてもらったから作ってみたんだけど、い、嫌、かな……?』
『とんでもない! 本当に、嬉しいです、美琴が俺のために……本当に、ありがとう、ございます』
『ち、ちょっとやだ、泣かないでよ! そ、そんなに喜んでもらえたら、私も嬉しいんだから』
『あ』
『? どうしたの?』
『俺、美琴にプレゼント用意してません。どうしよう、美琴は俺のためにこんな素敵な物を用意してくれたっていうのに』
『いいわよ別に』
『良くない! 俺は嬉しいんです、美琴からのプレゼントが。だから、俺も何か、何かしないと』
『そうね……じゃあ、今日は一晩中私といっしょにいなさい。イブの夜にアンタの目に最後に映る女の子は私。クリスマスに一番最初にアンタの目に映る女の子は私。それでいいわ』
『そんなことで?』
『ある意味究極の贅沢よ。たぶん、この権利が欲しい女の子、かなりいると思うわよ』
『いるわけないじゃないですか、こうして俺の相手をしてくれる優しい女性なんて美琴だけですよ』
『……アンタのその性格、今日ほど嬉しいと思ったことはないわ』
『?』



「やっぱりクリスマスに手編みのマフラーは基本よね、あんなに喜んで貰えたら私としても作った甲斐があるわね」
 実際には何も作っていないにも関わらず、美琴はなぜか満足げにうなずいていた。
「そういえばこのままだと、イブの夜にアイツと一晩中いっしょなのよね。ど、どうしよう私! やっぱりかわいい下着付けた方がいいのかな? ゲコ太じゃアイツ、興ざめしちゃうかな? でもでも、最後まではまだ許してあげないんだから。そう、最後の一線はまだ」
 美琴は白井がいつも勧めるような色っぽい下着が必要になるのか、と真剣に考え始めていた。
 イブの日の上条の予定も把握していないというのに。
「こうして私達の距離は縮まっていくわけよね。それで、それで……最後は、やっぱり……」



『身分違いの恋だっていうのはわかっている……けど、やっぱり俺は、美琴のことが好きだ……。償いとか関係なく、俺は、アイツの側にずっといたい……』
『と、当麻、今、なんて言ったの……?』
『み、美琴、え、今、今の、聞いてたのか! あ、だ、だからあれは別にその、忘れて――』
『忘れない。けど、もう一度言って。ちゃんと、私に向かって言って、ちゃんと、アンタの気持ちを、聞かせて、ほしい』
『わかった……み、美琴、俺は、お前のことが、好き、好きなんです! ずっと好きだったんです! だからずっとずっと、いっしょにいさせてくれ!』
『それ、罪滅ぼしとか、私に負けたとか、関係ないのよね』
『関係ない! 俺は、美琴のことが好きなんだ! だから、だから……!』
『そう……やっと言ってくれたのね……。その言葉、待ってた……。嬉しい……』
『え? ……じ、じゃあ……』
『そうよ、アンタのその言葉で、気持ちでアンタの償いはもう終わり。でも、これからもずっといっしょにいてね、当麻』
『ああ。俺は、お前が、美琴が好きだから、ずっといっしょにいる!』
『うん。私もよ、当麻。大好き!』



「えへへへへへ……あ、あれ? な、何これ、なんなのよ、この妄想は! あり得ないあり得ない、だいたい告白とか好きとか、そんなこと絶対絶対絶対ぜーったい、あり得ないんだから――――!!」
 御坂美琴妄想劇場のグランドフィナーレをたっぷりと堪能した美琴は、ここに来てようやく我に返っていた。
 肩で息をしながら美琴はそっと両の頬に手を当てた。そのまま鏡を見ると、そこには今まで見たこともないほど顔を真っ赤にした自分の姿がある。
「まったく、何考えてるのよ私は、とんでもない妄想ね。……ちょっと、楽しかったけど」
 ポソッと呟いた美琴は自らの発言をごまかすかのように咳払いをした。
「と、とにかく、アイツに負けを認めさせられれば、それをきっかけに何かが変わるかもしれないのよね。そうすれば、あんな事だってもしかしたら本当の事に……」
 口をぎゅっと結んだ美琴はそのまま静かに目を閉じた。
「ケンカばっかりしてる今を、変えられるかもしれない。変えたい、アイツとケンカなんて、本当はしたくない。アイツと普通におしゃべりしたり、遊んだりしたい。アイツと仲良くしたい。だったらやっぱり、アイツに勝たないと!」
 目を開けて拳をぎゅっと握りしめた美琴は、それをぐっと天井に向かって突き上げた。
「アイツに勝つ! 絶対勝つ! ファイト、私! ……あれ?」
 だが何かに気づいた美琴は二、三度瞬きするとすっと拳を下ろした。
「でも、勝つって、どうなったら勝ちなんだろう? 私達の関係を変えられる勝ちっていったい? 大体、アイツに勝ったくらいで本当に変わるの? え、何言ってるんだろう、私? そんなこと言ったらそもそもの前提が」
 訝しげな表情になった美琴はわずかに首を傾げる。
「あれ? そもそも私が私でいられるためにアイツに勝ちたかったのよね。でもその結果得られるのは私達のより良い関係で。そうよね、私の希望としては私達の関係を変えることが第一で、私自身が変わることは別に……。あれ、何言ってるの私? なんか趣旨変わってない?」
 思考の迷路にはまりだした美琴は腕を組んで、これ以上ない、というぐらいに首を傾げた。
 洗面所の入り口で学校中の生徒が美琴の暴走を興味津々といった視線で見ていることも知らずに。

 こうして、とある男子高校生徒と、とある女子中学生、奇妙な縁で結ばれている二人の放課後は過ぎていくのだった。


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