とある魔術の禁書目録 自作ss保管庫

Part06

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いざ、尋常に!


 翌日の放課後。
 上条は昨日とは打って変わって、全身に力が入らない様子で街を歩いていた。
 フラフラと右へ左へと微妙に体を揺らしながら歩き、時折残念そうにお腹をさすっている。そしてそのたびに口をついて出る愚痴。
「不幸だ……」
 おきまりのセリフを口にしながら、上条はとぼとぼと歩き続けていた。

「ねえ」
「不幸だ……」
「ねえってば」
「なんでこんなことに……」
「ちょっとアンタ!」
「あー、早く家に着きたい……」
「いい加減に、気づきなさいっての!」
「うわっ!」
 何者かに背後から飛びつかれた上条はそのまま地面に倒れた。
「い、いってー。誰だよ、いったい……ん? お前は」
 地面に鼻を打ち付けていた上条は若干涙目になりながら、背中に張り付いている人物を見た。その人物が何者かわかった上条の顔は途端に不機嫌なものになる。
「何やってんだよ、ビリビリ」
 従って上条の口から出る言葉は辛辣な物。美琴が上条からもっとも聞きたくない言葉の一つである。
 もちろん美琴は目をつり上げて反論する。
「何よ、私の名前はビリビリじゃないわよ。御坂美琴って名前がちゃんとあるっていつも言ってるでしょ!」
「いきなり人の背中にタックルしかけてくる奴なんかビリビリで十分だ。いいからさっさとどいてくれ、上条さんは残り少ない体力で家までたどり着かないといけないんだ」
「わ、わかったわよ。でも、元々アンタが私のことをスルーするのがいけないんでしょ」
 そう言いながら美琴は上条から離れた。

「スルー? あー、悪いが全然気づかなかった。マジで今、体力ないんだ。注意力が散漫なのかもしれない」
「? そういえばさっきも言ってたけど、体力がないってどういう事よ?」
「え? あ、ああ、そのな……」
 上条は美琴から目を逸らして言いよどんだ。
「何よ、言いなさいよ」
 美琴はずいと上条に言い寄る。
 その様子に、上条はしかたないといった表情で口を開いた。
「その……腹、減ってるんだ」
「は?」
 美琴は上条の言葉に、口をぽかんと開けた。
 上条はそんな美琴の反応に憮然とした表情になった。
「だから、腹減って力が出ないんだよ」
「プフ」
「なんだよ」
「プハハハハハハ!」
 ふてくされた上条の様子がよほどおかしかったのか、美琴は上条を指差し、大声で笑い出した。
 上条は面白くなさそうに小さく舌打ちすると、美琴に背を向けた。
「さよなら」
「ち、ちちちちょっと、ちょっと待ちなさいよ、アンタ!」
 慌てて美琴は上条の首根っこを掴んで引き留める。
 上条は面白くなさそうな表情のまま、美琴の手を乱暴に払った。
「なんだよ、まだなんかあるのか? 俺はもう、お前と話す事なんてないぞ」
「!」
 上条の言葉に、美琴は目を丸くする。
 だがすぐに何かに気づいたかのようにうなだれて頭を下げた。
「その、あの、ご、ごごご、ご、ごご……」
「ん? 何が言いたいんだ?」
「ご、ごめんなさい」
「…………」
「……何よその顔、謝ってるじゃない」
 鳩が豆鉄砲を食ったような顔をした上条を見て、美琴は口を尖らせる。
「いやその、なんか珍しいものを見たから、つい。お前があんな素直に謝るなんてな」
「……なんかムカツくわね、悪いと思ったから素直に謝ってるだけじゃない」
「それはそうなんだが、お前が俺にそんな殊勝な態度を取るなんて、やっぱりなんか妙な感じがして」
「なんですって!?」
 上条の失礼な物言いに、美琴の周りに電気の火花が飛び始めた。
 だが何かに気づいた美琴はすぐに自ら放った電気を押さえ込んだ。
 上条はそんな美琴の顔をじっと見つめる。
「なあ、御坂。お前、今日どうしたんだ? なんかおかしいぞ」
「な、何がよ」
「いつものお前なら、俺が気づかなかったらいきなり電撃ぶっ放さないか? なのに結局はタックルしてきたけど、電撃は使ってなかったし、今だってすぐに電気引っ込めたし。あと、素直に謝ったのもなんか妙だし。ん? そっか、じゃあ少なくとも今日のお前は、ビリビリじゃないのか。だったら……」
 上条はほんの少し微笑むと、小さくうなずいた。
「さっきはビリビリ呼ばわりして悪かったな。ごめん、御坂」
「…………!」
 上条の言葉に美琴は顔を引きつらせた。そのまま無言で上条を突き飛ばすと、彼に対してくるっと背を向ける。
「うわ、な、何するんだ御坂……ん? なんなんだ、今日のお前、本当にどっかおかしいぞ」
 一方突き飛ばされた方の上条は、いつもと様子の違う美琴相手にいまいち調子が出ないのか、口をへの字に曲げて、ぽりぽりと頭をかいた。

――う、嘘でしょ、まさかこんなに効果があるなんて。

 しかし美琴の心中は上条の困惑とは比べものにならないほど動揺していた。自分が予想した以上の反応を上条が返してくれているのだから。
 美琴はほんのり朱く染まる頬を手で押さえると、目を閉じて深呼吸を繰り返した。



 上条との関係を変えたいと強く願った美琴は昨日、上条に勝てばいいのではないかと考えた。いつもと違うことがきっかけとなって二人の関係に一石が投じられるのではないか、という思いからだ。
 しかし昨晩ベッドの中で毛布にくるまりながらその方法などについて何時間も検討した結果、上条に勝つことによって二人の関係を変えるという方法は却下する、という結論に至っていた。
 いくらなんでもそんなことで二人の関係が変わろうはずもない、と美琴の冷静な一面が結論づけたのだ。
 けれどいつもと違う行動と取ることによって、それがきっかけとなって二人の関係が変わるのでは、という発想そのものは正しいとも美琴は考えていた。
 よって昨晩美琴が熟慮の末出した最終結論は、上条に対し「普通の女の子、御坂美琴」として接することだった。

 普通の女の子のように上条に声を掛け、普通に会話をする。そこに電撃といった能力、ましてや超電磁砲などが介在してはならない。
 なぜなら美琴の知る限り、上条の周りにいる魅力的な女の子達の中に、電撃で彼を追いかけ回し危険な目に合わせる子など一人もいないのだから。
 学園都市というシステムの中では有効な能力も、上条当麻という一人の男子高校生に対してはなんのアドバンテージにもならないのだ。
 むしろ上条にとっては、美琴に対する印象を悪くする大きな要因にさえなっている。それはそうだろう、美琴は何か気に入らないことがある度に上条を電撃で追い回しているのだから。
 だから美琴はその要因を無くして上条に接しなければいけない。
 電撃を浴びせたりしない「普通の」女の子として。
 美琴の性格や上条の鈍感さから、最初はうまくいかないだろう事は容易にわかる。けれどそれを繰り返すことによって上条の自分に対する行動はいつか変わってくれるかもしれない、いや、変わって欲しい。
 電撃をあえて使わずに上条と接するという、「レベル5」として今まで保ってきた自らのプライド、人生そのものを放棄するような考えではある。
 だがそれでも美琴は上条との関係をより良い方向へ、ただの「知り合い」ではない、「友達」にしたかったのだ。
 それはまだまだ人生経験の浅い美琴としては精一杯の、必死の行動、想いだったのかもしれない。

 そう考えてできうる限り上条に普通に接し始めた美琴だったが、美琴の予想に反して上条は美琴に対する態度をすぐに変え始めた。
 元々美琴に対して悪印象など持っていない、むしろ自分でもよくわからない感情を持ち始めている上条からすれば意外どころかごく自然な反応だったのだが、とにかく美琴の行動は確実に何かを変えようとしていたのだ。



 意外な上条の反応を見て美琴は考えた。
 もしかしたら、一度は断念した考え、上条に勝つという案を実行したら自体はもっと良い方向に行くのではないか、と。もっと上条と仲良くなれるのではないか、と。
 もっと早く上条と「友達」になれるのではないか、と。

 そう思った美琴はキッと上条をにらみつけ、彼の鼻先にビシッと右の人差し指を突きつけた。

「勝負よ!」

「は?」
「だからしてよ!」
「えっと……」
 先程からずっと続いている美琴の態度の急変にまったくついていけない上条は、気の抜けた返事を返し続ける。
「だから、やりたいのよ! 私としてよ!」
「その、な、御坂……」
 しかし突然困ったような表情になった上条は、美琴から少し視線をずらすと言いにくそうに呟いた。
「話の内容はともかく、悪いことは言わないから、誤解を招くような言い方を大声で言うのは止めた方がいいぞ」
「え? 何が、よ……!」
 一瞬、上条が何を言っているのかわからなかった美琴だったが、彼女の優れた頭脳はすぐに上条が言いたいことと、自分の先程の発言を理解するに至る。
 その途端、朱に染まる美琴の頬。
「……ば、馬鹿じゃないの! 何、妙な勘違いしてるのよ! スケベ! 変態!」
 美琴の反応を見て小さく頭を振った上条はうんざりしたような顔になった。
「わざわざ親切でたしなめてやったのに、そういう言い方するか? ……まあいいか。で? なんでいきなりそんな勝負なんて事になるんだ?」
「そ、その、勝負したいからよ。アンタに、勝ちたい、から……」
「勝ってどうするんだよ」
「だって、そうすれば――!」
「そうすれば?」
「えっと、あの……」
「?」
 口ごもってしまった美琴を見て上条は首を傾げた。わずかに流れる沈黙。

 そのとき、その沈黙を遮るようにグーという、大きな音が鳴った。
 上条はくるっと美琴に背を向けた。
「……悪いな御坂、こういうわけなんで上条さんは帰る」
「え? 何がこういうわけなのよ! 待ちなさいよ!」
 しかし美琴が再び上条の首根っこを掴んで引き留めた。
 上条はうんざりした顔のまま美琴の方を向いた。
「さっきから腹減って力が出ないって言ったろう? もう勘弁してくれよ。勝負ならまた今度してやるからさ」
「だって……」
「だってじゃない」
「……ね、ねえ」
「なんだよ。まだなんかあるのか?」
「まだ四時前なのに、なんでそんなにお腹すいてるの? お昼ご飯食べて、そんなに時間経ってないでしょ?」
「……言いたくない」
「なんでよ」
「お前、またどうせ馬鹿にして大笑いするだろう」
「しないわよ! さっきの事だって謝ったでしょ? ねえ、ちゃんと言いなさいよ! ……もしかして、お昼ご飯食べてないの?」
 美琴の言葉に上条はばつが悪そうな表情になった。
「なんで食べてないの?」
「……金がないんだよ」
 上条は吐き捨てるように答えた。
「お昼買うお金もないほど? どれだけ貧乏なのよ、アンタは?」
「……財布を忘れたんだよ、家に」
「ドジね、なんでそんなことになるわけよ。大体、友達にお金借りるとかできるでしょうに。もしかして友達いないの?」
「…………」
 淡々と自分を詰問していく美琴の態度に我慢ならなくなった上条は、空腹の苛立ちを込めてとうとう大声を出した。
「いい加減うるせーな、お前は! お前は俺の母親か何かか!? あのな、俺は今朝寝坊したんだよ! 遅刻ギリギリだったから朝も食べてない! その上財布も忘れて昼も食べてない! だから昨日の夜からほぼ丸一日、俺はなんにも食べてないんだ! それに友達に金を借りる? あのな、あいつらはもしそんなことやろうものなら、それをネタに何やってくるかわからない連中なんだよ。『こういうことに慣れるのも友情だにゃー』とかなんとか言ってな! そんな連中から金なんて借りられるわけがねーだろう! それから……」
「それに?」
「男友達じゃなくて、女子生徒や小萌先生に金を借りたりすると何かと、後が面倒っぽい……理由はわからないけど……」
「そ、そう。悪かったわね……」
 上条の剣幕に若干引き気味になった美琴は素直に謝った。上条の境遇に同情すると同時に素直に申し訳ないと思ったからだ。

 上条はわざと美琴の存在をスルーしたわけではない、純粋にお腹が減っていたために他に気を回す余裕がなかっただけなのだ。それなのに、そんな上条の態度に対して勝手に怒りを覚えた自分の身勝手さを本当に申し訳ないと思った。
 また、謝罪の感情に加えてわずかながらだが焦りを感じてもいた。上条のフラグ体質を再確認したからだ。
 もしかしたら上条は今の飢餓状態をきっかけにして誰か自分以外の女性と仲良くなってしまうかもしれない、そう思ってしまったのだ。
 だから今、他の誰でもない自分が、御坂美琴が、上条のために何かをしてあげたい、そう願った。
 そう思った美琴の脳裏に一つの考えが浮かんだ。
 これなら自らの希望も目的も叶う、そんな考えだ。
 そう結論づけた美琴は上条の腕をぐっと掴むとずんずんと歩き出した。

「おい御坂、いきなり何するんだ! だから上条さんは――!」
「いいの! 黙ってついてきなさい、悪いようにはしないから!」
「いったいなんのつもりだ!」
「奢ってあげるわよ、ご飯」
「はい?」
「だからご飯奢ってあげるわよ!」
「は、はぁ……」
 頭に疑問符を浮かべた上条だったが、自らの欲求には勝てなかったらしく、それ以上何も言わず黙って美琴についていくことにした。



「なあ、御坂」
「うるさいわね、もうすぐできるから黙って待ってなさい!」
「でもな」
「うるさいって言ってるでしょ、食べたいの? 食べたくないの?」
「……すいません」
 美琴に連れられること二十分。
 上条はとあるお好み焼き屋に連れてこられていた。この間美琴が佐天に感情を吐露させられたあのお好み焼き屋である。

 しかし店に連れてこられてから既に十五分以上、上条は奥の座敷で待たされていた。ちなみにここも、以前美琴が佐天に連れてこられた場所と同じ席である。
「腹減った……」
 上条はちびりと水を飲むと、畳の上にだらしなくごろんと横になった。
 そのまま上条の視線は、カウンターの鉄板で悪戦苦闘している美琴と、その向かいで美琴と同じような作業をしている女将に向けられていた。
「だいたい、奢るって言ったのになんでお前が作ってるんだよ……。ああ、早くしてくれ……」
 そこから漂ってくる香ばしいお好み焼きの匂いが余計に上条を苦しめていた。



「お待たせ!」
 さらに十五分後、ようやく上条の目の前に皿に載せられたお好み焼きが用意された。
 しかも二枚。
「なあ御坂」
「何よ」
「なんで二枚もあるんだ? 一枚はお前の分か?」
「違うわよ。アンタお腹減ってるんでしょ、だから二枚。それにこれって勝負でもあるのよ」
「勝負?」
「そう。実はね、私最近ちょろーっと料理に凝っててね、お好み焼きの作り方も二通り考えてみたのよ。で、アンタにどっちの方が美味しいか判断してもらいたいわけ」
「それのどこが勝負なんだ?」
「……う、うるさいわね。私が勝負と言ったら勝負なの! 黙って食べなさい!」

「…………」
 訝しげな表情を浮かべた上条だったが、目の前にある美味しそうなお好み焼きから漂う匂い、そして限界をとうの昔に超えている自らの空腹には勝てず、目の前のお好み焼きに箸をのばした。
「本当はヘラで食べて欲しいんだけど、皿の上のお好み焼きだし、この方がいいか」
 美琴はポソッと呟くと上条が食べようとする姿をじっと見つめた。
 ところが上条は二枚のお好み焼きの一枚に箸を付けようとしてその動きを止めた。上条はそのままじっと美琴の方に視線を動かす。
「御坂。そうやってじっと見てられると食べにくいんだが」
「いいでしょそのくらい、我慢しなさい」
「…………」
 納得いかない表情のまま上条は目の前のお好み焼きをもう一度見た。二枚ともものすごく美味しそうに見える。
 しかし、二枚は確実に異なっていた。
 片方は形も真円に近く、漂ってくる匂いと合わせて正に完璧と呼ぶにふさわしい出来だった。
 第一印象でこちらの方が美味しいだろうと上条は考えた。
 そのままもう片方のお好み焼きに視線を動かしてみる。
 そちらも十分美味しそうには見えるのだが、どこかいびつだった。形もやや歪んでおり、漂ってくる匂いももう片方に比べて幾分劣るような感じがする。
 同じ食べるのなら美味しい方を食べたい、そう考えた上条は迷うことなくより綺麗な方のお好み焼きに箸をのばすことにした。
「あ」
「……なんだ?」
「な、なんでもない」
 美琴の呟きに思わず箸を止めた上条だったが、あえて気にしないことにそのままお好み焼きを一口食べた。
「……美味い」
「…………」
 その言葉に美琴はすっと目を伏せた。
 けれどそんな美琴の様子に気づかない上条は、満面の笑みでお好み焼きを食べ続ける。

 やがて半分くらいお好み焼きを食べ進んだところで上条は何かに気づいたらしく食べるのを止めた。
「悪い御坂。これって確か食べ比べだったな。こっちも食べないとまずいんだよな」
 頭をかきながら上条はもう片方の、微妙に歪んだお好み焼きを指差した。
 その言葉に美琴ははっと顔を上げて、すがるような視線で上条を見つめた。
「……食べて、くれるの?」
「何言ってんだよ、食べろって言ったのはそっちだろ。それとも何か? 食べない方がいいのか?」
「ダメよダメ、ち、ちゃんと食べて。お願い、だから……」
 美琴は上条を見つめ、言葉をゆっくりと続けた。
「じゃあ遠慮無く」
 美琴の視線が気になった上条だったがあえてそのことを脳の片隅に追いやり、無心でもう一方のお好み焼きを口に入れた。
 すがるような視線のまま美琴はそんな上条の様子を見つめ続ける。

「…………」
 上条はほんの少し首を傾げた。
 しかし黙ったまま口中のお好み焼きを呑み込むと、再び歪んだ方のお好み焼きを口に入れる。
 二度食べ、三度食べ。上条は首を傾げながらではあったものの、歪んだ方のお好み焼きを食べ続けた。
 そのまま上条は綺麗な方のお好み焼きに目をやることもなく、歪んだ方のお好み焼きを平らげた。
 その様子をじっと見つめていた美琴はごくりとつばを飲み込むと、おずおずと口を開いた。

「ね、ねえ、どうだった、味は?」
「その、な……上手く言えないんだけどな……」
「うん」
 上条はまだ残っている綺麗な方のお好み焼きを指差す。
「こっちの方が美味しいと思うんだよ、客観的に言ったら」
「そう……」
 上条の言葉を聞いた美琴は、露骨に残念そうな顔をした。
 しかし頭を振ると、すぐに笑顔を浮かべた。
「そ、そうよね、私もこっちの作り方、の方が、ほら、形だって綺麗だし、味だって、じ、自信あったから! あったから、だから、と、当然の結果――」
「けどな」
 だが、美琴の言葉は上条によって遮られた。
「?」
「本当に上手く言えないんだけどな、俺は、なんでかわからないんだけど、こっちの方が好き、だな。なんて言うか、こっちは腹の中がすごくあったかくなったんだ。それでもってなんか甘いってそんな感じがしたんだ。お好み焼きに甘いっていうのは変な感じがするんだけど、とにかく甘かくて、なんとも言えず、美味しかった」
 そう言った上条が指差していたのは、やや歪んだお好み焼きがあった皿の方だった。

「…………!」
 美琴ははっと目を見開いて口に手を当てた。そのまま少しずつ言葉を繋げていく。
「ど、ういう、事よ、それ……?」
 美琴の言葉に上条はぽりぽりと頬をかきながら、綺麗な方のお好み焼きを指差す。
「だから上手く言えないんだって。世間一般的に言えばこっちのお好み焼きの方が味は上だと思うんだ。形だって整ってるし。でも」
 上条は空になった皿を叩く。
「本当にこっちの方が俺好みって、それだけなんだ。一般的評価はどうあれ、俺はこっちのお好み焼きの方が好き、それだけだ。あ、あれ、どうしたんだ御坂?」
 美琴の様子に気づいた上条は思わず顔を引きつらせた。
 上条の言葉を聞きながら美琴はその瞳に涙を溜めていたのだ。
 しかし目をごしごしとこすり涙を拭うと、美琴は本当に嬉しそうな笑顔を浮かべた。
「なんでもない、ないから。本当、全然、気にしないで」
「でもお前、泣いて――」
「泣いてないから! 大丈夫! そ、それより、まだ足りないでしょ? 作ってきてあげるから待ってなさい!」
 そう言うや否や、美琴は空になった皿とまだ皿に残っている完璧な方のお好み焼きの両方を片付けて、カウンターに向かって行ってしまった。
「おい御坂、そっちまだ残ってるじゃねーか、もったいない! おい!」
 上条は必死で美琴に抗議したが、美琴は上条の方をまったく振り向こうともしなかった。
「なんなんだよ、泣いたり笑ったり、変な奴だな……。それに、あのお好み焼きどうするんだよ、もったいない……」
 口をへの字に曲げた上条は恨めしげに美琴の背中をにらみつけた。



 一方、カウンターに来た美琴は鼻歌交じりで、次のお好み焼きを焼き始めた。
 そんな美琴に店の女将が嬉しそうに話しかけてきた。
「御坂、ちゃんだったっけ? もうあたしが焼く必要はないみたいだね」
「あ、女将さん、あの、今日はわがままを聞いて下さってありがとうございました」
「? 別にいいさ。こっちはあくまで客商売、お客さんの要望には出来うる限り応えるよ」
「でも、客に出すお好み焼きは必ず自分で焼くっていう、女将さんのポリシーには……」
「今回は話が別、だろ? それにあたしもちゃんとお好み焼きは焼いたよ。負けちまったみたいだけどね」
 女将は美琴の側に置いてある皿の上のお好み焼きを見た。上条が残した、完璧な出来映えの方だ。
 美琴は女将の言葉に表情を暗くする。
「あの、それは。でも味はこっちの方が美味しいって、アイツ言ってましたし。だから……」
「あたしは別に気にしちゃいないよ。それに大体あたしが焼いてるのを側で見ながら見よう見まねであれだけのものを作ったんだから、やっぱりアンタは大したものさ」
「あ、ありがとうございます」
「さあ、早く作っちまいな。彼氏が腹を空かして待ってるよ」
「…………!」
 女将の言葉に美琴は顔を真っ赤にする。
「何言ってるんですか、アイツとは別にそんな……!」
「まあまあいいってことさ。さ、頑張んな」
「そんなんじゃ、ないのに……」
 うつむいた美琴だったがすぐに顔を上げると、再びお好み焼きを焼く作業を再開した。
 そんな美琴を見ながら女将はすっとカウンターの奥に引っ込んだ。



 今日美琴が上条に食べさせた二枚のお好み焼きは、本当は美琴が両方を作ったわけではなく、美琴と女将が一枚ずつ作った物だったのだ。
 もちろん、より見栄えが良い方が女将作で、そうでない方が美琴作である。

 今日美琴が考えた勝負とは、上条に自分が作ったお好み焼きを美味しいと言わせる、というものだったのだ。
 けれど、単純に食べさせたのでは勝負にならない。貧乏である上条が食べ物に対して不味いということはまずあり得ないし、空腹時であるならなおのこと美味しいと言うに決まっている。
 それになんだかんだ言って上条当麻という人間が、自分に対して料理を作ってくれた女の子が悲しむようなことを言うはずがない。
 このようなことから考えるに、まがりになりにも勝負という体裁を取るためには一工夫が必要になる。
 それが今回美琴がやった、女将と自分、両方のお好み焼きを食べさせた上で上条に自分のお好み焼きを選ばせるという勝負方法だったのだ。
 だがこのような条件では、勝負はどう考えても美琴に不利。
 相手はプロ、対する美琴はなんでも人並み以上に出来るとは言っても所詮は素人、勝負になるはずもないのだ。
 しかし美琴はあえてその勝負を選んだ。
 上条になるべく美味しい物を食べさせてあげたいという気持ちと、御坂美琴自身が上条当麻に手料理を食べさせてあげたいという気持ち。この二つの気持ちに対する妥協点が今日の勝負方法だったからだ。
 もっともこの勝負方法には、常に困難な勝負を望むという美琴の負けず嫌いな性格も少なからず影響していたりはする。

 とにかく美琴は勝ち目のない勝負に挑んだわけなのだが、結果として美琴は勝利を収めることになった。
 これが美琴にとって、対上条における記念すべき初勝利である。



 視点変わってこちらは上条。
 手持ちぶさたな彼は相変わらず、ぼうっと美琴の背中を眺めていた。
「本当に今日の御坂、なんか変だよな。まあ、上条さんとしてはお昼を奢ってもらったわけですから文句は言えませんけど。それにしても、泣いたり笑ったり、か……」
 顎に指を当て、美琴から天井に視線を移動させた上条の脳裏に、先日デートをしたときの美琴の笑顔が浮かんだ。
「…………」
 その笑顔を思い浮かべながら、上条はついさっきの美琴の笑顔も思い出した。
「…………」
 それらの笑顔を交互に思い浮かべながら、上条は自らの視線を再び美琴の後ろ姿に向けていく。上条は無意識のうちに小さくため息をついていた。
「御坂の笑った顔ね……なんだよアイツ、いっつも怒ってばっかのくせに……笑うと、めちゃくちゃかわいいじゃねーか……!」
 突然上条の頬にさっと赤みが差した。
「へ? ち、ちょっと待て、今俺、何言った? え? へ?」
 ごくりとつばを飲み込んだ上条は、自らの口から出た言葉に目を丸くする。
「かわ、いい? 御坂、が? 何言ってるんだ、俺? 落ち着け、とにかく落ち着け」
 口を抑えた上条は美琴の様子を確認した。
 美琴は相変わらず鼻歌を歌いながら調理を続けている。どうやら上条の呟きは聞かれなかったらしい。
 上条は心の中で安堵のため息をつくと、深刻な表情を浮かべながら頭を抱えだした。
「まったく、俺はいったい何を口走ってるんだ。あり得ないぞ、冷静になるんだ!」
 こうして始まった上条の他愛のない、しかし本人にとっては極めて深刻な苦悩は、美琴がお好み焼きを運んでくるまで続けられることになる。

 上条当麻、レベル0。恋愛レベルももちろん0。
 自らの気持ちを形作り、育て、具体化させるにはまだまだ時間がかかりそうである。



 そんな上条の視線を背中越しに感じているのかいないのか、美琴はお好み焼きを作りながらニヤニヤと思い出し笑いを浮かべていた。これでもう二十三度目である。
「あの女将さんのお好み焼きって本当に美味しいのに、それなのにアイツ、私の方を選んでくれたんだ。私のお好み焼きの方が暖かくって好きだって。私のお好み焼きの方を。私の方を、私の方、私を……選ぶ……。えへ。えへへへへへ」
 お好み焼きが焼き上がったのを確認した美琴はそれを皿に載せると小さくうなずき、二十四度目の笑みを浮かべた。
「さあ、出来たわよ。御坂美琴特製お好み焼き、心ゆくまで堪能しなさい」
 笑みを浮かべながら、美琴は出来上がったお好み焼きを持って上条の元へ歩き出した。



 上条に対する美琴の初勝利。
 その勝因は、もちろん、目には見えない、形もない調味料。

「御坂」
「ん? なあに?」
「そんな風にじいっと見られてると、本気で食べにくいんですが」
「気にしない、気にしない。私は平気よ」
「気にするのは上条さんの方なのですよ」
「いいから、いいから。それよりどう? 今度はどう、美味しい?」
「……ああ、今度も美味い。さっきも言ったけど上条さんとしてはこのお好み焼きが好きなんだよ、なんか、心が落ち着く」
「そっか、そっか。フフフ」
「なんで笑ってるんだよ。やっぱりお前変だぞ、今日は」
「気にしない、気にしない」
「…………」

 恋する乙女なら誰でも使える調味料、けれど恋する乙女にしか使えない調味料。
 そう、アレである。



おしまい


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