さいごのバレンタイン
先日、街で御坂を見かけた。
男と一緒だった。
年はオレより少し上くらいだったろうか?
オレには見せたことのない笑顔を見せていた。
「オレには関係ないし……な」
そう思った。
でも……。
あの日以来、なぜかイライラする。
御坂のあの笑顔が頭から離れない。
オレの見たことのない笑顔。
数えるほどだが、アイツの笑顔を見たことがある。
アイツの笑った顔は可愛いと思う。
でも……オレの前ではいつも怒っているか、怒鳴っているか、素っ気ないか。
そのどれかしか見た記憶がないくらいアイツはいつも怒ってる。
一度だけ、御坂の泣き顔を見たことがあった。
その時、コイツにだけは『笑っていて欲しい』と思った。
コイツの笑顔を取り戻せるのなら、どんなヤツとでも闘ってやると思った。
だから、学園都市の第1位と闘った。御坂とその家族をを助けるために。
そして、その闘いが終わった後に『お前は笑っていてイイんだよ』と言ったんだ。
何処かでその笑顔が自分に向けられることを期待していたのだろうか?
そんなことはない。
オレは、オレの目の前に助けを求める人が居たら助けるだけだ。
ただそれだけ。それ以外は考えたこともない。
それにオレは御坂に嫌われている……ハズだ。
でなきゃおかしい。
会う度に怒鳴られ、怒られ、挙げ句の果てには電撃で攻撃してくる。
いつも、オレの右手に宿る力【幻想殺し(イマジンブレーカー)】で防いじゃいるが、いつ当たるか気が気じゃない。
あんなのを一発でも食らったら、オレは間違いなくあの世行きだ。
だが、それを御坂に悟られる訳にはいかない。
知られたら、もっと恐ろしい攻撃を仕掛けられるに決まっている。
だからいつも、余裕かました態度で捌いちゃいるのだが……どうもそれが気に入らないらしい。
その割には、事ある毎に絡んで来るんだよな……。
キライなら無視すりゃいいだろうに……。
いつだったか、アステカの魔術師と約束したことがある。
『御坂美琴とその周りの世界を守る』と。
いつでもドコでも駆けつけて、アイツの笑顔を守る。と、そう約束した。
その約束ももう終わり……かな?
アイツの笑顔を守るのは別のヤツの役目になるだろう。
でも……だったらオレは何でこんなにイライラしてるんだ?
オレは御坂のことなんか何とも思ってない。
思ってない……ハズだ。
思ってない……と思う。
アイツの笑顔は可愛いとは思うけど……。
「オイ、上条!」
「わっ!?ビックリした……何だ、災誤か」
「ほほう~、ワシのことを呼び捨てにするとはいい度胸だな?何ならこれから柔道場に行って受け身の練習につき合うか?」
「スイマセンスイマセン災誤大先生私上条当麻めはコレから大事な食料品の調達に出掛けねばなりませんその練習につき合うことになると私めは明日の朝には餓死死体と化してしまっているかも知れませんのでそれだけは平に平にご容赦を~」
「土下座しながらそれだけのセリフを一気に言えるとはな……その点は感心する」
「(変なトコに感心すんじゃねぇよ)」
「ん?何か言ったか?」
「い、いえ、別に……(地獄耳は相変わらずかよ)」
「それより、何か悩み事でもあるのか?さっきから変な動きばかりしおって。他の生徒が気味悪がってワシのところに連絡が来たんで見に来たら……という訳だが……」
「……ヘッ!?……(お、オレってそんなに変な動きを……)」
「悩むのはイイが、少しは周りのめを気にしろよ。学校内だからイイようなものの、外なら通報されるぞ」
「……き……気をつけます……」
「お前が捕まるとワシらがまた呼び出されるからな。そうでなくてもお前らデルタフォースは……」
「補習や追試で手間かけてるんだから、少しは大人しくしろ!!……ですよね?」
「分かっとるならイイ」
「へいへい……」
「何だ?もう悩みの方はイイのか?」
「災誤先生にいっても解決しそうにねぇし……」
「何だ、色恋沙汰か?」
「(ギクゥッ!!)」
「フン、何だ当たりか?確かにワシじゃあ相談に乗れそうも無いがな、ガハハハハ」
「分かってんなら、もうイイでしょ?」
「しかし、ウジウジ悩むとは、お前らしくないな?上条」
「えっ!?」
「お前なら悩む前に動くと思っとったがな」
「そ、そんなこと……」
「何だ?……もしかして……自分の気持ちが分からんのか?」
「そっ……それは……」
「図星か」
「うっ……」
「お前はその子のことをどう思っとるんだ?」
「……(わかんねぇ……)……」
「何だ?ハッキリ言わんか!!」
「分かんねえんだよ!!オレが御坂のことをどう思ってるか何て……考えたこともなくて……」
「……」
「確かにアイツの笑顔は可愛いと思うけど……それはオレに向くはずのないモノだし……」
「彼女がそう言ったのか?」
「いや……でも、何かあると突っかかってきて、怒って、怒鳴って、能力使って攻撃してきて……」
「能力を使ってとは、また穏やかじゃないな……」
「そんなにキライなら、関わらなきゃイイと思うんだけど……さ……」
「フム……」
「この前、アイツが男と歩いてるところを見て……それ以来、何でか知らないけどイライラして……でも……」
「でも、自分の方を向いてくれるはずはない……か?」
「……」
「上条、お前それを確かめたのか?」
「んなッ!?……んなこと出来る訳ねぇだろう!!!」
「なぜだ?」
「なっなぜって……そんなの……恥ずかしいし……もし断られたら……、……と思うと……」
「断られたら……どうなんだ?」
「えっ!?」
「断られたら……お前はどうなるって言うんだ?」
「そ、……それは……」
「そう思うのは、その子のことが好きだからじゃないのか?」
「え……『好き?』……オレが、……御坂を……『好き?』……」
「断られるのが怖いから、お前は動けないんじゃないのか?」
「怖い……断られるのが……怖い?」
「どうもお前は、人の気持ちにも自分の気持ちにも無頓着すぎるな」
「う……」
「お前はいつも「不幸だ」「不幸だ」と言っとるが、自分の気持ちに気付けんことほど“不幸”なコトはないぞ」
「えっ!?」
「自分の気持ちに気付けんと言うことは、自分と向き合っとらん証拠だからな」
「自分と……向き合う?」
「自分の中にどんな気持ちがあるのかを自分で確かめる。ということだ。それが出来ん限り“不幸”から抜け出すことは出来ん」
「……」
「自分が本当にしたいことは何なのか?それを自分が一番分かっていれば、自分の軸はずれん。自分は自分だと胸を張れる」
「オレの本当にしたいこと……」
「だが、それが分かっていなければ、自分の軸がどんどんずれて行く。そして自分のしたいことが分からなくなる。自分が何者なのかすら分からなくなる」
「自分が何者なのかが……分からない……」
「……とまあ、エラそうなコトをいったが……全部ワシの師匠の受け売りだ。ガハハハハ」
「……何だよ、カッコ付けやがって……」
「まあ、そう言うな。だがな……」
「ん?何だよ?」
「ワシも古武道の修行の中で、それを体験したよ。修行を止めたいという自分も居れば、強くなりたいと願う自分も居る。どちらが本当の自分なのかと自問自答を良く繰り返した」
「で、どうなったんだ?」
「悩んで、悩んで、悩み倒して……でも結局答えは出んかったわ」
「何だよ、それ?」
「だがな、悩む度にワシは前に進むことを選んだ。ワシの中の『前に進みたい』と思う心だけは分かっとったからな。だからその心に従っただけだ」
「へぇ……」
「まあ、今の嫁と結婚出来たのも、そのお陰だしな」
「なっ、何ィ~~~!?あっアンタ、結婚してたのか!?」
「何を言う。もうすぐ子供も生まれるんだぞ」
「うっ、ウソだろっ!?もしかして相手は……メスゴリラ?」
「ん~、何だ上条、そんなに道場に行きたいのか?」
「あっ、イヤッ、そういう意味では……」
「まあ、そう言われても仕方がないのはワシが一番自覚しとるわ。だがな……だからこそ、ワシは前に進むことを選んだんだ」
「えっ!?」
「相手の気持ちを確かめもせずに諦めるよりも、断られてもイイから“前に進んで”相手の気持ちを確かめることをワシは選んだ」
「前に進む……」
「人間というのは、やったコトよりも、やらなかったコトの方を悔やむらしいな。だったら、同じように後悔をするんなら自分の気持ちに従って“前に進む”方をワシは選んだだけだ」
「やったコトよりもやらなかったコトを悔やむ……」
「ただ、その時に誰かに背中を押して貰ったのも事実でな……。その時にその背中を押された人に言われたんだ」
「え……何を?」
「今度お前がお前と同じように悩んでるヤツを見つけたら、そいつの背中を押してやれ。オレがお前の背中を押したことを有り難いと思うのなら、お前も誰かの背中を押してやれ。それがオレのやったことは正しかったことの証明になる。とな」
「……」
「上条、お前はどうする?“前に進む”か?それとも“諦める”のか?」
「お、オレは……」
「まあ、お前がどちらを選ぼうがワシには関係ないがな。ただ、これだけは言っておいてやろう。男なら当たって砕けてこい!!!」
「……オイ、何で“砕ける”コトが前提なんだよ!!!!!」
「バカのお前にそれ以外の選択肢があるとは思えん」
「だ~~~~~~~~~~~~~~~断言しやがった!!!」
「文句があるなら、成績を上げろ」
「うっせえ、うっせえ。どうせ上条さんはおバカですよ~だ」
「そういうトコロがガキだと言うんだ」
「フン、うるせえよ……ったく、……じゃあな、災誤先生。サンキューな」
「ああ、ガンバレよ」
「ヘッ……当たって砕けてくるわ」
「そうだ、上条。一つ良い事を教えておいてやろう」
「ヘッ!?良い事って?」
「今日はバレンタインだろう?日本じゃ女の子が好きな男にチョコを送る日ってコトになってるが、海外じゃ親しい恋人や家族に贈り物をしたり、告白したりする日なのだそうだ。別に男の方から告白してもイイそうだぞ」
「へぇ……そうなんだ……じゃあな、先生」
そう言って上条は薄っぺらのカバンを手に持ち、それを肩に担いで歩き出した。
その後ろ姿を見送る災誤先生の横に、小萌先生が近づいてきた。
「災誤先生、お手数をおかけしてしまったのです~」
「いえいえ、小萌先生のお頼みなら断れませんので……」
「上条ちゃんが元気がないと、ウチのクラスは火が消えたようになってしまうのですよ~」
「確かにアイツは、いい意味でムードメーカーですからな」
「そうなのです~。だから私としては上条ちゃんに何時も元気でいて欲しいのです~」
「ですな」
「それにしても、災誤先生。ウソはイケないと思うのですよ~?」
「えっ!?ウソ?」
「そうなのです~。結婚なさってるなんてウソはどうかと思うのですが~」
「ウソも何も、ワシは本当に結婚しとりますが?」
「え゛っ!?」
『ピリピリピリピリ……』
小萌先生が信じられない事実を耳にした時、災誤先生の携帯が鳴った。
「あ、災誤です。あっ、先生。ハイッ、ハイッ。あ、ハイッ。それではすぐに向かいますんで……、ハイッ。わざわざありがとうございます」
そう言って災誤先生が電話を切ると
「小萌先生、申し訳ありませんが急用が出来ましたんで、コレで失礼させていただきます。では!!!」
というと、その巨体をダッシュさせ何処かに行ってしまった。
後には小萌先生が一人、何か聞いてはイケないことを聞いてしまったような表情で、ただ立ち尽くしていた。
「ん?何だ。今日はバカが早い……じゃなく、バカに早いじゃないか。上条」
「……ワザと言ってんだろ?」
「ガハハハハ、まあそう言うな。ところで、どうだったんだ?昨日は?」
「えっ!?……ま、まぁ……その、……砕けずには済んだ……」
「……」
「なっ、何だよっ!?その“信じられん。絶対に信じられん!!!お前、絶対ウソ言ってるだろう”って顔はよっ!?」
「信じろと言う方が無理だ」
「淡々と言うんじゃねぇ!!!もう少し感情を込めろ、感情を!!!」
「いや、悪い。ワシは急用を思い出したので……」
「帰るなぁ~~~!!!!!」
「今日は朝からテンションが高いな、上条」
「アンタのせいだろうが!!!アンタのっ!!!!!(ゼーゼー、ハーハー)」
「まあ、何にしても良かったじゃないか?ん?」
「そ、そりゃ……まあ……。とりあえず、サンキューな。災誤先生」
「うむ……あ、そうだ。上条」
「えっ!?まだ何かあんのかよ?」
「先週のテスト、お前赤点だったからな。今日からみっちり補習だ。覚悟しておけよ」
「え゛……そ、それは……う、ウソでせう?……ウソでせうよね?」
「ワシがウソを言ったことがあるか?」
「み、美琴とのデートが……糸色~~~(ずぇ~っとぁい)~~~文寸に打たれる……。【超電磁砲(レールガン)】で打たれる……」
「ん?どうした……上条」
「……ふっ……、ふっ……、不幸だぁぁぁぁああああ~~~~~~~~~~っ」
「どうしたんだ?アイツ。……やはりウソだったんだな」
盛大に勘違いしている災誤先生だったりするのだが……まあ、それもコレも上条の“不幸”ということで……。
で、その日の放課後……。
デルタフォースが揃って補習を受けている訳だが……。
「上やん、ウソをつくんならもっとマシなウソをつかないとダメだにゃー」
「そやで、上やん。あの災誤が結婚してるって……そんなこと天地がひっくり返ったってあり得るはずがあらへんがな」
「いや、だってよ、本人が言ってたんだぜ?」
「絶対に見栄を張っただけに決まってるにゃー」
「そやそや、話の流れで上やんを納得させるためやったんや~」
「でもなぁ……もうすぐ子どもも出来るとか何とか……」
「「なっ、何ぃ!!!?????」」
「災誤の子ども……もし、アイツにソックリの女の子だったら……」
「いくら守備範囲の広いボクかて、それだけは無理やでぇ~」
「「ギャハハハハハ……」」
「お前ら、それは、言い過ぎだろ?」
「オイ、貴様ら……」
「「「ヘッ?」」」
「貴様ら、今一体何の時間だと思っとるんだ?」
「「「あ……」」」
「しかも、ここでワシが何をしとるか判っとるのか?貴様ら」
「「「ガクガクブルブル(((( ;゚Д゚)))ガクガクブルブル(((( ;゚Д゚)))ガクガクブルブル 」」」
「土御門。ワシ似の女の子がどうしたって?」
「い、い、い、いえ、そっそっそっそそれはぁ……」
「青ピ。守備範囲がどうしたってぇ~?」
「ぼっぼっぼっぼぼっぼぼぼぼぼぼボク、そそそそそそそそそんなこと言うてまへん……がな……」
「上条」
「はっ、ハヒィィイイイ……」
「帰っていいぞ」
「ヘッ!?」
「貴様は帰ってイイと言っとるんだ。それとも、コイツらと一緒に道場で受け身の特訓を受けるか?」
「「ええ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~っ!?」」
「そっ、そんな上やんだけどうして免除何だにゃー」
「そやそや、同じように話してたんなら同類やんか~」
「上条は昨日、フラレとるんだ。その傷心を癒す時間をやろうと言っとるだけだ。お前らは……」
「んじゃ、お二人さん、ガンバレよぉ~」
「コラッ、上やん、何を勝手に見捨ててるんだにゃー」
「頼む、上やん、後生やさかいに見捨てんといて~」
「イヤッ、オレ、昨日フラレたらしいんで……(身に覚えはないけど……)……ってコトで……」
「「上やん、助けてぇぇ~~~~」」
悲痛な叫びも虚しく、災誤先生にズルズルと引き摺られ、道場へと連れて行かれる二人。
それを見送りつつ、携帯で美琴に連絡を取ろうとした上条だったが……。
ふと気が付くと、横に小萌先生が“ボーッ”と立っていた。
「アレッ!?小萌先生、どうしたんです?珍しく“ボーッ”としちゃって……」
「……あ、上条ちゃん……いえ、ちょっとショックな出来事が……」
「ショックな出来事……?」
「先程職員室で、災誤先生が……」
どうやら昨日、災誤先生ご夫妻には待望の第一子が誕生したらしい。
喜び一杯の災誤先生は、その子供の写真を先生達に見せて回っていたらしいのだが……
「その写真がコレなんですけどね……」
と小萌先生が差し出す写真を見た瞬間……上条は固まった。
そこには……
「おめでたいことなんですけど、どう言葉をかけて良いやら……どうしましょうか?上条ちゃん……」
その差し出された写真には……
満面の笑みで、生まれたばかりの我が子を抱きかかえる災誤先生と
その災誤先生に瓜二つの女の子。
そして……お産の疲れなのか?はたまた、生まれたばかりの娘の将来を心配してなのか?
かなり疲れたご様子の奥様が写っていた……。
~Fin~