とある魔術の禁書目録 自作ss保管庫

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甘さは気持ち



 戦争だ。聖戦と言ってもいい。明日、戦争が始まる。
 いや、もしかしたら既に始まっているのかもしれない。ともあれ開戦日は明日だ。それまでに万全にしなければ。
 勝利をもぎ取るために準備と練習を入念にこなしていく。ついでにイメージトレーニングも。

 敵は多い。しかし諦めたくない。
 味方はいない。しかし諦める理由にはならない。
 目標は強大。しかし諦める訳にはいかない。

 孤軍だろうがなんだろうが、明日の戦争は勝たなければならないのだ。負けなんてもっての外。引きわけもダメだ。それでは今までと何も変わらないのだ。数多くいる敵よりも僅かでも前に出るために勝たなくてはいけない。

 目標を堕とす事が出来ればそれが最高なのだが、そんなに容易い相手ではない事は重々承知している。少しでもこちらに気を引かせる事が出来るならそれでもいい。
 だからと言って手は抜かない。相手を堕とすつもりでやる。こちらの全力を込め、全身全霊をかけて明日の勝負に臨むのだ。

「おし、上手くいったわ……」

 学校のとある一室で安心したようにほぅと息を吐くのは御坂美琴だった。彼女から少々離れた場所には至福そうな顔で、机に突っ伏し昇天している黒子の姿があった。
 美琴も明日の戦争に参加する。今はそのための準備をしていた。
 明日の一発本番なのだが、それでも練習する事は無駄ではない。練習で出来ない事が本番で出来る筈がない。自分も納得するほどの物を作れなければ意味がないのだ。

「黒子ー、これもしてくれないー?」

 その言葉に黒子の身体がピクっと反応する。彼女の周りには10枚ほどの皿が乱雑に放り投げられていた。ちなみに、常盤台の物で結構高かったりする。
 彼女はとうに限界を超えていた。お姉さまのため。その言葉で死活問題さえも無視し、彼女は文字通り身体を捧げて協力していた。

 しかし当然と言うべきか、もはや彼女に余力など欠片ほども残っていない。これ以上は大惨事になりかねない。仮にならずとも、彼女にはこの後重大な事が待っているのだ。これ以上は一人の女性として許容できる範囲ではない。
 それは本人もわかっているだろう。だというのに、黒子差し出された皿を受け取った。健気だ。

「どう?」
「こ、これ、は…。ちょっと甘い…ですの……」
「うーん、そっか」

 通算11回目になる応答。既に意識は朦朧だ。しかし黒子は止まらない。頭と身体は止めろと叫んでいるのに、「愛するお姉さまの手作りを残すなんてもっての外ですの!」と心がそれを一蹴していた。
 苦しそうな顔をしながらそれでも黒子は口に運び、己の限界を超そうか超すまいか、そこに挑戦していた。

「マカロンって、意外と難しいのね……」

 マカロン。名前くらいは誰でも聞いた事があるだろう。サクッとした食感としっとりとした口当たりが絶妙なハーモニーを奏でるアレである。
 美琴は今それを作っている。お菓子作りなら授業で何度かした事がある彼女も、マカロンを作るのは今回が初めて。6回目辺りからようやく恥ずかしくない形になり、味を吟味できる段階になってきた。
 まぁ、たった6回でそこまで行くのはさすがは常盤台、と言ったところか。
 ともかく、なにはともなく練習あるのみだ。黒子を犠牲にしてきた結果、今までのマカロンは甘さが統一できていないらしい。

「ん~、グラニュー糖と粉砂糖のバランス悪いのかな…」

 きっちり計ってるんだけどなぁ、とぼやきながらも12個目の制作に取り掛かる。明日の戦争のために。

 そう、戦争だ。明日は2月14日。年に一度しかない、乙女にとってクリスマスに次ぐ極めて重大なイベントだ。
 気になる人にチョコを始めとしたお菓子に想いをこめて渡し、あわよくば付き合っちゃったりなんかしちゃったりする日だ。

 美琴とてまだまだ女の子。それも恋する女の子だ。例に漏れず明日へ向けて余念がない。

「しっかしお姉さま」
「んー? なにー?」

 淑女らしからぬゲップが出そうになったので、ハンカチで隠しながら黒子が口を開く。先ほど渡された数個のマカロンは半分近く彼女の胃へ消えていた。
 至極気に食わない事だが、彼女は美琴が贈る相手を知っている。ひっじょーに気に食わない。出来る事なら鉄矢を一本一本指先に転移させてやりたいほどに。

 しかし愛するお姉さまの頼みだ。黒子は快く味見役を引き受けた。明日からダイエット生活ですわね、と思いながら続きを口にする。

「あの人に渡すのにここまでする必要あるんですの? 正直、あの人から見れば洋菓子はどれも同じだと思いますの」
「いいのよ。私はあの馬鹿相手には何事にも遠慮するつもりないのよ」
「おや、私は『あの人』と言っただけですのに、お姉さまの中ではもうすでに相手が決まっているのですね。………ヘッ!」
「なぁ!? ちちち違うわよ!? こ、これは…、そう! 明日佐天さん達に渡すための物なのよ!! 断じてあの馬鹿にじゃないのよ!!」
「佐天さんと初春は明日外せない用事があるとかで、1日早いバレンタインで今日のお昼にトリュフを渡したではありませんの」
「……、あ、あれ~? 間違えちゃったかなぁ~…? ……あ! そうそう! 湾内さんと絹保さんにあげるのよ!」
「湾内絹保さんでお一人ですの。勝手に分裂させないでくださいまし。第一、明日は湾内さんも泡浮さんも婚后光子とお出かけらしいですの」
「~~~~~!!!! く、黒子には関係ないでしょ!!」

 顔を赤くして乱暴な手つきでボウルの生地を混ぜる美琴を、斜に構えたような拗ねたような、とにかく面白くなさそうな顔つきで黒子は眺めていた。
 決定だ。美琴は『あの馬鹿』に渡すつもりだ。常日頃から「お姉さまへの愛はいつでも全力全開ですの!! お姉さまー!!」と時たま常軌を逸している感もちらほらある黒子から見れば、当然、面白いはずがない。

 振られないかなーと黒子のどこかで言っているが、それならそれであの少年を許すつもりがないのが黒子だ。「お姉さまの心を傷つけた罪は一生かけても償いきれませんの」。…………乙女心は複雑なようです。
 と、マカロンを頬張りながら現実的な事も考えてみる。
 美琴の言う『あの馬鹿』はマカロンの作り方なんて知りもしないと思うが、それでも手の込んだ物である事はわかるだろう。
 正直、恋人でもない人から手の込んだ物を贈られるのは結構引いてしまう事がある。そこんとこどうするつもりなんだろうか。

 などと思っていると美琴がぼそぼそ言っているのが聞こえてきた。はっきり聞こえてこないので、淑女らしくはないが黒子は聞き耳をたてた。

「…う~ん……、何て言って渡そう…。『た、単に作り過ぎて余っただけよ! べ、別にアンタのために作った訳じゃないわよ!』とか…? 『はい、バレンタイン! 私の愛情がたっぷり詰まってるから、残さず食べ…』 ってわー!? 違う! こんなの私のキャラじゃない!!」

 妄想がだだ漏れですのお姉さま。そんな妄想に対して聞き耳を立ててしまった事を黒子はひどく後悔した。これはしばらく悪夢になるかもしれない。

「ハァ……ハァ……」

 今日も顔ドラムが快調だった。ええ、とても快調でしたのよ。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 そして当日。戦争が始まった。
 男どもは皆どこか本人なりにかっこよく(したつもりだろう)決めていた。
 そう。この日は男どもにとっても戦争だ。普段なら意識にも上らないが、この日に何個のチョコレートを貰えるかでこの先その男の価値が決まる。本命なのがベストだが、例え義理でもこの日だけは数が価値を決める。

「ま、ボクらに関係のない日ですよー」
「へー、青ピがそんな事言うなんてにゃー。明日は吹雪かにゃー?」
「ふっ、知らんのかい土御門クン」
「お前にクン付けされるのは気持ち悪いぜよ」
「こないな感じに無関心を装ってる奴の方が「キャー! カッコイー!」って言われるんやで? つーことはですよ? チョコを貰える確率も上がるってもんやないの!」
「そんな事を大声で言ってる時点でもうダメだろうにゃー。それはともかく、アレはいいのかにゃ?」
「アレ?」

 土御門が椅子で器用にバランスを取りながら顎で示す先には、教室前の廊下でチョコを貰っている怨敵がいた。
 両手でも抱えきれないほどのチョコを既に持っていながら、それでもまだ何個もチョコを貰っているその憎き怨敵の名前は、

「上やーーーーーん!! 天誅ぅぅぅぅぅぅぅ!!!!!!」
「どわぁぁぁぁぁぁ!?」

 青ピのフライングボディアタックがさく裂し、怨敵・上条当麻を押しつぶす。幸いにしてチョコは難を逃れ、廊下に散らばっていた。

「テメェ!? いきなり何すんだコラ!!」
「そりゃこっちのセリフやで!! 人が一週間前から考え決行した作戦を何ナチュラルにやってんねん!? しかも一体何個貰ってるんや!?」
「何個…? えーと…」
「数えんでええねん!! 数えられると余計に腹立つわ!!」
「つーかどけろ!! テメェ重いんだよ!!」
「どかへんよ!! この重さはボクの心の痛みや!! モテ男は存分に味わうんがええんやー!!」
「ぎゃー!? どけろー!! 鞄のチョコが砕けるー!!」
「オノレは鞄にも入ってるんか!? 益々腹立つわー! 砕けてしまえー!!」

 廊下で始まる乱闘騒ぎだが、誰も彼もが「またデルタフォースか」と言った感じで大して気にも留めていない。そこに土御門が混じってない事に少し違和感を感じるが、まぁいいか。と、各々と適当に解決していた。

「つっちー! つっちーもこの男に天誅を食らわすんや!!」
「いやー、オレはいいですたい。オレは舞夏から貰えればそれで十分ぜよ。むしろ舞夏以外からのチョコを口にする気にはならないにゃー」
「このシスコン軍曹め!! あの子吹寄サンと同じデコ全開じゃないですか!!」
「テメェこの野郎!! 舞夏を侮辱するのは許さんぜよ!?」
「つーか青ピ! 人の背中の上で騒いでんじゃねぇよ!! そして土御門!! お前も乗ろうとするな!! 砕ける!! チョコじゃなくて上条さんの背骨が砕けちゃうから!!」

 今度こそデルタフォースが廊下で乱闘を始める。乱闘、と言うよりも上条の背中の上で身長180越えの大男二人が暴れている。こう表現はしづらいが、もの凄く暑苦しく鬱陶しい。

「あたっ!?」

 結構真剣に背骨の心配をしている上条の顔にチョコが入った小さな箱がぶつかる。箱の先には足があった。そしてもう少し視線を上げると、仁王立ちした吹寄がいた。どうやら彼女が箱を蹴飛ばしたようだ。

「貴様ら、これは一体何の騒ぎ?」
「ああっ! 吹寄! いつもなら怖いおでこだけど今日ほど頼もしいと思った事はない! 上の二人をどかして!! 上条さんの背骨折れちゃう!!」
「貴様、それは褒めてるの?」
「もちろん褒めてますってばおでこ大明神様!!」

 ブチっと何か景気のいい音が聞こえた。
 静かに歩み寄った吹寄が、女子の物とは思えない腕力で土御門を引っ張り上げ頭突きで黙らせ、同じように青ピも黙らせる。

「ふーっ。助かったぜ吹寄。ありがと…って、あれ?」

 制服の誇りを払いつつ立ち上がりながら礼を言っていたら、おでこ全開の吹寄に両肩をガシッと力強く掴まれる。猛烈に嫌な予感。

「ちょ!? ちょっと待て吹寄! 上条さんは何も悪い事はいってなグハァ!?」

 吹寄おでこDXをまともに受けた上条は先に倒れた二人の上に倒れ込み、廊下にはデルタフォースの変わり果てた姿が出来た。そこで予鈴が鳴り、いつも時間ぴったりに登場している小萌先生がやってきた。

「はわわわわ!? 今回は教室じゃなくて廊下がルール無用のバトル空間ですかー!? そして吹寄ちゃんがチャンピオンな感じ!?」


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 戦争当日、美琴はまだその時でもないというのに心臓が破裂しそうな程に高まっていた。ただお菓子を渡すだけなのに、鼓動は朝からずっと高鳴りっぱなしだ。

(な、何でこんなにドキドキしないといけないのよ…! ……しかもあのバカの顔でドキドキしてるのがなんかムカつく!! ムカつくのに……、なんか心地いのがムカつく!!)

 そのムカつきがむしろ心地よくて、そう感じている自分に美琴はムカついていた。けど、そのムカつきもあのバカを思い浮かべると消え行って、それもまたムカついてしまうという無限ループに陥っていた。
 しかしその無限ループに陥ろうが考えないといけない事はある。
 マカロンの渡し方だ。結局、いい渡し方が思い付かなかった。

(ぅ~~~~~!!! 何て言って渡せばいいのかわからないよーー!)

 何度イメージトレーニングしても超電磁砲よろしくあのバカへ発射するという、アグレッシブ極まりない渡し方になってしまう。
 もう少し落ち着いた渡し方を目指しているのだが、どうにもあのバカの顔を思い浮かべると自分は平静でいられない。

(『ほ、ほら、不幸なアンタに美琴さんからプレゼントよ!! か、勘違いしないでよ!? 余ったら勿体ないからアンタに処分して貰おうと思っただけよ!』とか……? あれ? なんかこの感じデジャヴ……)

 と悶々と(あながち間違っていない)考えているこの時間は授業中。しかも彼女の席は真ん中の列の最後尾。意外と教師の目が向く場所だ。そして今の美琴はどう見ても挙動不審。嫌でも教師の目が向いていた。

「(ん~、なんか違うのよね…。もっとこう、親しげでかつ軽い感じがいいわよね……。う~ん。……あ、こんな感じとかどうかな)」
「じゃあ、御坂さん。52ページ、ちょっと読んでみて」
「にゃ、にゃい!? え、えええと! その! マママカロンは好きですか!?」
「……………………。えっと、御坂、さん?」

 差した教師はもちろん、クラスメイト全員の目が点になり呆気にとられた表情で美琴に視線が集中した。
 その痛い静寂の中、正気に戻った美琴の顔が瞬間的に燃えるように真っ赤になった。

「~~~~~ッ!?」
「え、え~と、先生マカロンは好きですよ…?」
「あ、その! ききき気にしないでください!! ななな何でもありませんから!! えっと、38ページでしたよね!!」
「あ、52ページです……」
「あ、すすすいません!! 53ページでしちゃね!」
『(噛んだ……。しかも間違えてる…)』
「え、っと、ですから52ページを……って、もう読んじゃってる……」

 ページを間違えたまま美琴は恥ずかしさを隠すように大声で読んでいく。噛みながら。それでも強引に読み進めていき、なお且つ気付いていない様子だから中々に重症のようだ。

(~~~~~!!! これもあのバカのせいよ!! 覚えてなさい!! 超電磁砲打ち込んでやるんだから!!)

 完全に冤罪なのだが、美琴は一切に気にしていない。
 どうも彼女の場合、何かにつけてあのバカが致命的なようだ。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 そして放課後、上条は一人帰途についていた。心なしか腫れてる気のする額を摩りながら。

「まだ痛ぇぞ……。あいつのデコは何製なんだ…?」

 結局、デルタフォースが目覚めた後も色々と騒がしかったのだが、吹寄のおでこパワーと小萌先生のお叱りでその場はひとまず収まった。
 だが、昼休みになると来るわ来るわ。上条目当ての女子がそりゃもうたくさん。クラスだけかと思ったフラグは、いつの間にか学年単位に広がっていた。

 その光景に上条本人も困り果てていたが、その隣で「オノレは学校をハーレム空間にするつもりかぁぁぁぁぁ!!! 天誅ぅぅぅぅ!!」と青ピに2度目のボディプレスを食らい、さらに「面白そうだからオレも天誅だにゃぁぁぁぁ!!」と土御門までやってくる始末。
 その2人は吹寄のおでこにより瞬殺されたが、何故だか上条もおでこの餌食になり本日2度目の床の冷たさを味わった。理不尽だ。
 その吹寄は「騒がしくした張本人でしょう。大人しく制裁を受け入れなさい」と言っていたが、上条にしてみれば理不尽以外の何でもない言葉だ。

「にしても、コイツが無事でよかった」

 言いながら鞄の中を確認する。入っているのは小さな箱に入ったチョコレートだ。学校に来てから貰ったのとは別で、彼なりに丁寧にラッピングしたものだった。
 学校で貰った物は鞄とは反対の手に提げている大きめの袋にまとめて突っ込んである。

(俺だけじゃさすがに食いきれないからインデックスのおやつは当分チョコだな。残してダメにするよりはいいだろ)

 上条は帰途の途中、一つのT字路で足を止めた。右が寮で左がいつものスーパーだが、何故だかここで毎度のように会う人物がいる。
 いつもなら学校の疲労も相まって辟易するところだろうが、今日はその人物に会うのが目的だ。

「さて、いつもならこの辺りで……」
「見つけたわよ!!」
「おし、ドンピシャリ。って…、オおォォォォぉぉぉぉッ!?」

 タイミングを見計ったかのようなタイミングで登場する少女に振り向くと、眼前には迫りくる見慣れたくなかった閃光。
 反射的に右手が前に出て雷撃の槍を無力化するが、心臓がバクバク言ってる。我ながら思う。よく防げたもんだ。
 超電磁砲じゃないのは彼女なりに思い直した結果だろうか。

「不意打ちで電撃ぶっ放す奴があるかぁ!? 死ぬかと思ったぞ!?」
「う、うるさいわね!! こっちだって今日アンタのせいで恥かいたんだから大人しく食らいなさいよ!!」
「今日は今初めて会っただろうが!! 大人しく食らったら死んじまうわ!!」
「~~~~~~!!」
「(なんだなんだぁ? 急に顔を赤くして。今日の御坂、どうしたんだ?)」

 ぶっちゃけ出会い頭に撃たれた事を驚いている訳ではない。既に出会い頭の攻撃は馴れてしまっていたから。決して馴れたくはなかった。
 美琴は何かを思い出して顔が羞恥に染まったり、どうしようかと悩む表情になったり、落ち着いたかと思えば持ってる袋を身体の後ろに回してモジモジし始めたりと、なんとまぁ忙しそうだった。

「……、どったの? お前」
「へ!? ななな何でもないわよ!」
「ふーん……」
「な、何よ!? そんなじろじろ見るな変態!!」
「上条さんもさすがに変態は傷付いちゃいます……。まぁ今は我慢しよう。……ほれ」
「わ!?」

 言って上条が無造作に放り投げるのは鞄に入っていた箱だった。
 いきなりで美琴も危なげだったがちゃんとキャッチして小さな両掌の中に収まった。

「いきなり投げるな!!」
「細かい事気にすんなって。禿げるぞ?」
「余計なお世話よ!! このデリカシーゼロ男!!」
「…デリカシーはあるつもりなんだけどなぁ……。ところで」
「ふぇ!? なな何よ!?」
「お前持ってるの何?」
「えええっと、これは、その、あの、うんと、いや……」
「あー、言いたくないなら無理して言わなくていいぞ」
「~~~~~~!! 受け取れこのバカ!!」
「おっとぉ!?」

 突然発射された紙袋の砲弾を、両手が塞がりながらも顔面にぶつかる直前で何とかキャッチする。中で何かが潰れた感触がしたが、今はそれどころではない。
 顔を真っ赤にして発射態勢のままの美琴に上条は抗議をした。

「危ねぇだろ!! 両手が塞がってる人間に顔めがけてぶん投げるな!! お前はそんない上条さんに何か当てたいんですか!?」
「ううううるさい! アンタのせいよ! ……アンタの顔見たら何言うか忘れちゃったんだもん……、だからアンタのせいよ!」
「途中ゴニョゴニョと言われてわからなかったのですが? ていうか聞こえてなくても理不尽だってことはわかるぞ!?」
「少しはわかりなさいよ! この超絶鈍感バカ!!」

 そう言って美琴は上条から走って離れる。そして振り返って、赤い顔のまま言い放つような感じで言った。

「しっかり味わえこのバカ!!」
「バカバカ連呼するな! 俺だって傷付いちゃうんだぞ!? ……ったく。……ん? 味わえ?」

 その一言が気になったので上条はグシャグシャになった紙袋を広げ中身を確認する。中には小さくも大きくもない箱が入っており、その箱も少し変形していた。
 少し手間取りながら箱を取り出し、蓋を開けて中身を確認する。
 中身は色取り取りのマカロンだった。先ほどの衝撃で何個か割れてしまっている。
 無事な物も店売りの物と比べて形が少々崩れているので、きっとアイツの手作りだろう。

「あーあ…、アイツが投げるから……」

 箱に手を突っ込み半分に割れた物を取り出し、パクッと一口で丸ごと頬張る。モグモグと、言われた通りしっかり味わい咀嚼してから誰もいないのに感想を述べる。

「うわ、すっげぇ甘いなコレ。こんな甘いもんを食わせらインデックスに虫歯になっちまう。ってことで、ここは上条さんが身代わりに虫歯になろう、うん」

 言い訳じみた事を言いながら、上条は方向を変え公園へ足を向けた。完全下校時刻も近いし、人はいないだろう。
 公園に着くと思った通り誰もいない。それでもまだ心配なので奥の方のベンチに座り、マカロンを次々と口の中に放り込んでいく。

「あー、ホント甘いなコレ」


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「で、急にここを訪れて一体何の用だね?」
「アレ貸して!!」

 美琴が今いるのは木山春生が使っている研究室だった。
 元々カエル顔の医者が使っていた部屋なのだが、彼は新しい場所に居を構え、誰も使わないという事なので今は木山が使っていた。

 そこで美琴が指さしているのは小さいガラスケースとそれよりは少し大きい機械だった。
 真空保存をするためのケースとその機械で、学園都市の技術で作られたこの装置、一度やってしまえば理論上は永久的に中身の品質を保つ事が可能だ。

「最近は使っていないから別にかまわないが、一体何に使うつもりだね?」
「なんでもいいでしょ!」
「まぁ、君が何をするも君の自由だが、アレをどうやって運ぶつもりだい? ああ見えて、意外と重いぞ?」
「うっ……」

 見た目は小さくとも重量はそれなりで、少なくとも女の子の力で持てる重さではなかった。磁力を使って運ぼうにも、機械に磁力は天敵だ。
 いきなり手詰まりになるも、すぐに解決する。何も機械ごと運ばなければならない理由はない。

「あのガラスケースだけ、運べる?」
「ああ、運べるよ」
「操作方法教えて?」
「ああ、構わないよ」

 木山は出来る限りわかりやすくその機械の操作方法を美琴に教えていく。
 さすがはレベル5と言うところか。一度聞いただけで使い方を覚えてしまった。
 黙々と機械を操作してガラスケース内を真空にしていく。ケースの中身は実に可愛らしいものだった。

「何を保存するかと思えば…。随分と可愛らしい物が好きなんだな、君は」
「い、いいでしょ!!」

 顔を赤くしてケースを抱えあげる美琴だが、もしやそのまま帰るんではないだろうかと木山は変に危惧を抱く。脱ぎ女さんにも一応は常識があるようです。

「じゃ、ありがとうね」

 木山の危惧は的中した。あろうことか美琴は透明のガラスケースを抱えたまま研究室を出ようとした。「突っ込み役だと思ったのだが、この子は意外とボケキャラなのか?」と思いながら木山は声をかける。

「待ちたまえ。君はそのまま出ていくつもりか?」
「ん、ああ、それなら大丈夫よ。………ほら」

 と言って美琴が目で示す空間に、ほんの僅かな音と共にツインテールの少女が現れた。なるほど、空間移動者の彼女に送ってもらうのか。
 ぺこりとお辞儀をしてから消えた2人の場所を見ながら、一人残った研究室で木山は思う。

「ゲコ太が好きとはいえチョコレートは食べるものだろうに。しかも箱も一緒に保存するとは。よほど思い入れがあるんだろうが、あれでは作った人は喜ばんかもしれないな」


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 もの凄く甘いマカロン全てを苦も無く平らげてから、ほっこりとした気持ちで上条は帰宅した。

「お帰りなんだよ、とうまー」
「おー、ただいまー」

 言いながら上条の方を向くインデックスだが、その視線はすぐに上条の手に下がっている今朝は持っていなかった紙袋に行った。
 見なくても今日という日付を思えば中身はすぐにわかる。チョコを始めとした大量のお菓子だ。

「へ~、とうまこんなに貰ってきたんだー。本当にとうまは色んな人を助けてきたんだね」
「んー、あんま実感ないけどなー」

 と、努めて平静に返す上条だが内心はドキドキだ。どうにも、インデックスに女性関連の事を勘付かれると必ず噛みつかれてしまう。理由はわからないが、経験則から断言できる。
 幸いにしてインデックスは海外のバレンタインデーを意識していたようで、日本の方は知らないようだ。

 しかし、上条に限って『幸い』なんてある訳が無かったりする。

「って、言うと思った?」
「へ?」
「天誅なんだよーーーー!!!」
「ちょっ!? ストーーーップ!! ってお前天誅って言葉知ってたの!?」
「それにゲコ太チョコどっかに持ってっちゃうしー!! あれ1個しか作って無いんでしょ!? 私が食べたかったのにー!」
「ギャーーーーーーーーーー!?」

 ガブリと、いっそ小気味いいほどの音を立てて上条は噛み砕かれた。

(まぁ、御坂から貰えたし、今日は幸せ、かな)
「む! とうまが幸せそうな顔してる! もっと天誅なんだよ!」
「痛ってぇ!? 砕ける! 上条さんの頭が砕けちゃう!? そして天誅の使い方間違えてる!!」

 折角幸せな気分だったのに、今はこのままではインデックスに咀嚼までされてしまうんでないかと割と本気で危惧を抱く上条。

「こうなったらチョコの代わりにとうまを食べるんだよ!!」
「食べないで!? 上条さんは美味しくないですよ!! ほら! あそこのチョコ全部食べていいから!」
「それは当然なんだよ!!」
「当然なうえで上条さん咀嚼されちゃいます!? 不幸だぁぁぁぁぁぁ!!!」

 不幸だと叫びながらも、上条は幸せだった。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 常盤台の寮のとある一室、消灯時間も間近だと言うのに美琴は「にへら~」とか「ほへ~」みたいな擬音が似合いそうな気の抜けた顔で、机に置いたガラスケースに心奪われていた。
 その後ろで黒子がちょっと陰惨な笑みで枕を相手に正拳突きの練習をしているが、彼女はいつの間に空手を習い始めたのだろうか。

「これ、アイツの手作りだよね~……」

 言って再び「はにゃ~」と気の抜けた顔になる美琴。
 中に入っているのは、チョコで作られた指人形サイズのゲコ太だった。店でも売ってそうだが、これは絶対アイツの手作りだと確信していた。

 型から剥がすのに失敗したようで、耳がちょっと欠けてたり足に小さいが罅が入っている。店売りじゃ絶対ないものだ。
 それに、箱のラッピングが不器用でテープが結んでいるんだか絡まっているだけなんだか、よくわからない状態だった。

 きっとアイツはお菓子作りは初めての筈だ。
 そのアイツがチョコの湯煎や型取り、箱の用意やラッピングに苦戦している姿を想像するともう真顔が維持できない。
 しかもそれを自分のためにやってくれたと思うと、やーもう、気の抜けまくった実に間抜けな笑みを浮かべて身悶えてしまう。

「えへへ……」

 アイツが作ってくれたゲコ太チョコレート。これは箱と一緒に永久保存だ。凄く食べたいけど、でも、やっぱり勿体ない。
 ここにはいないアイツに向かって、美琴は至福の笑みを浮かべたまま思った言葉を告げた。

「ありがとね、当麻♪」

 瞬間、後ろで黒子の奇声と共に枕が宙を舞った。
 名残は尽きないが、そろそろ消灯時間だし黒子もうるさいので机から離れる。

「もー! さっきからうるさいわよ黒子!」




 バレンタインデーは実に不思議な日だ。
 普段は靡かない癖にチョコと一緒に告白するとOKを貰えたりすることもある。
 バレンタインデーはカカオ99%チョコレートだろうがなんだろうが、とにかくやたらと甘くなってしまうことだってある。

 ビターチョコなはずのゲコ太が甘い事を、美琴は知らない。


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