とある魔術の禁書目録 自作ss保管庫

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チョコの行方は



 2月14日の夕暮れ時、美琴はとある鉄橋を訪れていた。
 今彼女が立つその場所は、かつて上条に絶望の淵から救い出された場所。
 陸と陸とを繋ぐ長い橋の中腹、そんな場所に美琴は一人佇んでいた。

「あーあ、結局帰ってこなかったなぁ…」
 帰ってこなかった、美琴はそう一人呟くが、一体誰が来なかったのか。
 それは言うまでもなく、上条当麻のこと。
 彼はまだ、あのロシアでの騒動以来、学園都市には帰っていなかった。

「全く、ロシアに一体何があるってのよ……雪、氷、寒い、それのどこがいいっての…?」

 美琴は、あの日に北極海沿岸で拾った彼のものと思しきゲコ太ストラップに、そう問いかけた。
 勿論、それはあくまでもストラップとしての機能しかなく、返答などは返ってくるはずはない。
 そんな当たり前のことなど、当然ながら美琴は百も承知。
 しかし返事が返ってこないとわかりきっているにもかかわらず、そう問いかけずにはいられなかった。

「私がせっかくどっかの誰かさんのために手間暇かけて、チョコまで作ってあげたっていうのにさ。そんな健気な女の子の気持ちを無駄にするなんて、いくらなんでもあんまりじゃない…」

 今は地面に置かれている学生鞄に一瞬目をやり、再び視線はゲコ太、そして鉄橋の下を流れる川へと戻す。
 美琴が一瞬視線をやった学生鞄の中には、美琴自身が包装し、完全に美琴手製のチョコが入っていた。
 誰に渡すつもりであったか、それは言うまでもないだろう。
 だが作ったからといって、今日上条が帰ってくるという確証は全くなかった。
 上条からの連絡は勿論、今の彼の状態を知る手だてになるような情報は何一つ、美琴はもっていないのだから。
 携帯は毎日チェックした、世界中のニュースも余さず確認していた、酷い時は学園都市の機密情報を有するサーバーなどにハッキングを仕掛けたこともあった。
 けどそのどれもが結局はダメだった。
 本当は、彼が今日までに帰ってきて、今日までにもっと仲良くなって、今日チョコを送るのと一緒に、自身の思いの丈を伝えられるのが何よりの理想だった。
 それはあくまで、“だった”の話。
 しかし結果として彼は未だに帰ってこないまま今日という日を迎え、仲良くなることはおろか、チョコすらも渡せない状況となっている。

「ねえ、アンタもそう思うでしょう?」

 またゲコ太へと視線を戻し、問いかける。
 美琴の手の中にいるゲコ太は、パッチリとその大きな目を見開き、ニッコリと口元を上げるばかり。

「………」

 自らの想いに気付いたのは、いつからだったろうか。
 恐らく、僅かながらもその気持ちが芽生え始めたのは、夏休み最後のあの日だろう。

「御坂美琴と、その周りの世界を守る、ね…」

 それはその夏休み最後の日に、上条が誓ってくれたある約束。
 あの日は常盤台中学理事長の息子の海原を遠ざけるという目的で、美琴は偽デートを上条と決行した。
 結局つきまとっていた海原は偽物で、その偽物の海原と上条が対峙し、殴り合い、そして敗れた偽海原が上条に対してある一つの約束を結ばせた。
 その内容こそが先ほど美琴が口にしたもの。
 当の本人がその場にいなかったことをいいことに、あの二人の男達が交わした約束。

「その結果がこれ、か…」

 そしてその約束をしたはずの上条は、今は姿を完全にくらましている。
 一体今どこで、何をして、誰といるのか、もしかしたら最早生きていないかもしれない。
 誰かに見つけられていたらまだいいが、今もまだ冷たい海のどこかで沈んでいるかもしれない。
 運良く生きていたとしても、今後学園都市に帰ってこないかもしれない。
 この学園都市には、常識では到底計れないほどのどす黒い闇が潜んでいる。
 それは美琴が絶対能力者進化計画の件にて存分に思い知ったことであるし、続いて戦争の時の機密情報を探った時にも、同様のことを美琴は感じていた。
 恐らく彼もその件に関しては少なからず感じてはいるだろう。
 その真の正体をイマイチ掴みきれないような、それでいて心臓部は底知れない闇に覆われているような学園都市に、簡単に戻ってこれるだろうか。

「よいしょっと」

 美琴はその場にしゃがみ込み、地面に置いていた学生鞄を開けて、あるものを取り出した。
 そのあるものとは、素人ながらも綺麗に、そして丁寧に包装されたきれいな箱。
 中には本来美琴が上条に渡すつもりであった、一口サイズの大きさのチョコが数個入っている。
 美琴が作った際に味見した限りでは、甘さも少し控えめで、一般的にみても文句なく美味しいと言えるような一品。
 その証拠に、試食代わりにルームメイトである黒子や、他の寮生達数人にも一粒ほど食べてもらった時には、絶品であると賞賛されている。
 その自慢の一品のチョコが入っている箱の包装を、美琴は自分自身の手で解いていく。
 この包装は美琴自身で、他の誰でもない彼のことを想って施したはずなのに、それを解いているのもまた自分。
 自分で丁寧に施した包装を自分自身の手で解いていくというのは、かくも不思議な気分になることは、無論美琴は知らなかった。
 そんなことを美琴は呆然と考えていると、いよいよ箱を包んでいた包装は全て解かれた。
 包装が解かれ顔を出したのは、全くムラのない黒で統一された、高級感溢れる箱。
 そして美琴はその箱を開け、中に入っていた6個ほどあるチョコのうち一粒を手にとり、

「えいっ」

 それを自身の口元に持っていくのではなく、鉄橋の下を流れる川へと放り投げた。
 投げられたチョコは次第にポチャンと水音をたて、川の水へと溶け込んでいく。


(この想いが……この川の流れにのって、この世界のどこかにいるはずのアイツに、)

 届いては、くれないだろうか。
 学園都市から彼のことを想うだけでは何も状況が変わらないのであれば、世界中を流れていく水に、この想いの伝達を手伝ってもらう。
 結果は、当然のことながら目には見えている。
 こんなことをやっても、彼に想いが届くはずがない。
 そんなことはわかっていた。
 しかしそうでもしないと、何かしらの行動を起こさないと、この状況を一生抜け出すことができないのではないだろうか。
 意味がないから、できるわけがないからと結局何もしないのであれば、変わるものも変わらないし、ただ時間だけが過ぎていくだけではないか。
 そう美琴は考える。
 するのとしないのとでは心の持ちようが違う。
 例え理屈では叶わぬ願いではあっても、理屈では説明できない何かが力をくれる。
 自分の想う、彼がいつかきっと、帰ってくると信じるための力を。

(もう、末期ね…)

 こんなことを考える時点で、今の自分は変だということは美琴自身も自覚していた。
 来る日も来る日も、考えるのは上条のことばかり。
 そんな自分を嘲笑うかのように、美琴は自らに対して小さな笑みをこぼす。
 そんな時だった。

「ダメだろ?川にものなんか捨てたら」

 美琴の耳に、ひどく懐かしい、けれども長い間聞きたくて仕方がなかった声が届いた気がした。
 しかしその声の持ち主は、今は学園都市にはいないはず。
 きっと空耳。

(でも、まさか、まさか本当に…!?)

 だが美琴は可能性の低さなど全く気にせずに、思わず反応した。
 あまりに突然過ぎて、美琴はぴくっと肩を少し揺らした。
 どんなに可能性が低くても、そこに希望の光が一筋でも感じられるのなら、喜んで飛びつく。
 そして美琴はすぐに、その声がした方へと視線を向ける。

「よう、御坂」
「!!」

 そこには確かに、ツンツンとした黒髪が特徴の少年、上条当麻が立っていた。

「なん、で…?」
「なんでってそりゃお前、ここにくればお前に会えると思ったからな」

 美琴には意味が分からなかった。
 それは上条が今言ったことも然り、何故彼がここにいるのかというのも然り。
 わけが分からないことばかりで、美琴の頭は最早真っ白となっていた。

「やっぱりさ、何かが足りないと思ったんだよ」

 美琴がパニクっていた中、上条はまた口を開いた。
 今彼が言った言葉もやはり、美琴にはわかりかねた。

「実は昨日にさ、色々あったけど学園都市にやっと帰ってこれたんだよ」
「昨日…?」

 昨日の日付は2月13日。
 つまる話、バレンタインの前日である。
 その日美琴は、本来帰ってくるはずもない彼へのチョコ作りに明け暮れていた。
 チョコの材料やどういったものを作るのかといったものは、さらにその前日には準備していたため美琴は、その日は寮から一歩も出ていなかった。
 だからかもしれない、昨日上条と会わなかったのは。

「それで久々に自分の部屋に帰って、当たり前のことだけど埃とかが被ってたから掃除して、そして冷蔵庫の中は全部ダメだっから夕飯の材料の調達しに買い物して、飯食って」

 上条が今話していることは昨日の彼の行動について。
 美琴には別に何でもない日常に思えた。

「そして疲れてたから風呂入って寝たんだ。そして今日朝起きて、思ったんだよ。何かが足んねえなってな」

 彼は何かが足らないと言う。
 しかし美琴にはその何かが何を示すのか、全くわからない。
 いくら美琴でも、何も普段の上条の行動全てを把握しているわけではない。
 その生活に何が足りていて、何が足りていないのか、そんなものわかるはずがなかった。

「確かに学園都市には帰ってきたけど、どこかでまだ帰った気がしなかった。最初はその原因が何かわからなかったが、考えてわかった。いつもの日常を取り戻すために必要な欠けていたピース、それがお前だよ、御坂」
「ぇ…?」
「ロシアでは悪かったな、あんな風にお前の助け舟を無碍にしちまって。ずっと気にしてたんだよ。変に真面目で優しいお前のことなら、俺を連れて帰れなかったのは自分のせいだとかみたいに抱え込んでないかって」

 まさに上条の言う通りだった。
 美琴はあの日の出来事は、上条をちゃんと連れて帰れなかったのは自分のせいだと自分一人で背負い、悩んでいた。

「それでやっとこさ帰ってこれて、普段通りのしてたけど……何かが足りないと思ったら、それはお前の笑顔なんだよ。俺の中の最後のお前は泣いたままだったからな。……だからさ」

 上条はそこで一度間をあけ、一呼吸いれると、

「長い間待たせて悪かった。笑ってくれ、御坂」

 それを聞いた瞬間、美琴には何も言えなかった。
 上条は美琴に対して笑えと言うが、今の美琴の心理状態は、とてもじゃないがそんな状態ではなかった。
 今まで彼がしてきたことへの怒り、彼が無事に生きていたということへの安堵、今目の前にはちゃんと彼が立って、笑ってくれていることへの歓喜。
 様々な感情が、次から次へと溢れ出していき、そして混沌と混ざり合っていく。
 あまりに混ざり過ぎて、一つの感情で言いたいことが一々多過ぎて、美琴の口からは何も出てこなかった。

「お、おい…?」

 しかし反対に美琴の目からは、次々と涙が溢れ出ていた。
 その涙の意味は一体どの感情によるものなのか、それは涙を流している美琴にもわからない。

「な、なんで笑えつったのに泣くんだよ?!」

 そして上条にもわからない。
 今の美琴を突き動かしている感情の大きさなど。
 本来確たる自分だけの現実をもち、感情のコントロールをも思いのままのはずの美琴が、御しきれていないのだ。
 そのことがどれほどの意味をもつかなど、上条には知る由もなかった。

「え?ちょ、おい?!」

 しかし今の美琴を突き動かす莫大な感情は時として、良い方向へと美琴を導く。
 何も言葉だけが、感情を伝えるためのツールではない。
 美琴は依然として目に涙を浮かべながらも、上条のもとへと駆け寄り、

「―――ばかっ……おかえり…」

 上条の胸の中へと、飛び込んだ。
 そこは美琴がずっといたい望んでいた場所。
 ここだけは他の誰にも譲れない。
 今はまだ自分の場所だと両手を挙げて主張はできないが、いつの日か、自分だけがいることが許されるような、そんな場所になってほしいと願っていた。
 だが今は、少なくとも今は美琴だけがそこを独占している。
 それは絶対に揺るがない事実。
 美琴は上条に対して言いたいことは山ほどあった。
 言い出したらそれだけで何時間も話せそうなほど、いっぱい。
 それでも今は別にいいのだ。
 感情の荒波に身を任せていたら、きっと余計なことまで口走ってしまうだろう。
 夢の場所に顔を埋めて、おかえりと彼に告げる。
 これだけでも、彼ならばきっとわかってくれるはず。
 だから今は、それだけでいい。
 そして上条は、いきなりの美琴の行動に戸惑いつつも、震える美琴を見て何かを察し、優しく包み込むと、非常に穏やかな声で美琴の耳元で囁いた。

「―――ああ、ただいま。御坂」





―――――――――





 美琴が落ち着くまでに時間が流れ、今は完全に日は落ちていた。
 そして月は慈愛にも似た優しい光で二人を照らし、見守る。

「ねえ、今日って何日か知ってる…?」
「何日って、14日だろ?」

 美琴はきょとんとした表情を見せる上条に対して、全くこの男はと薄く笑みを浮かべる。

「そうね。だからアンタに、受け取ってほしいもの……そして聞いてほしいことがあるんだ」

 今日という日に、上条が帰ってきてくれたのは、幸運以外の何物でもない。
 何かが彼をここまで導いてくれたのかもしれない。
 もしかしたら、川に投げ捨てた一粒のチョコが彼を導いたのかもしれない。
 あのチョコが、美琴が抱える莫大な感情を少しでも上条に届けてくれたのかもしれない。
 ともかく、必要なものは全て揃った。
 もう目の前にいるというのに、何も出来ずに見過ごすなど、美琴にはできない。
 何かから与えられたチャンスは、見逃さず、絶対ものにする。

「実はね、私―――」


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