You_are_my...? 3 [2/14]
2月14日、月曜日。言わずと知れたバレンタインデー当日。
時刻は午後4時半。上条当麻はすでに自販機前にいた。
たくさんチョコを用意したかいもあってインデックスの機嫌は朝から良く、一日の始まりは好調だった。
高校では木曜日の宣言通り「小萌学級限定バレンタイン友チョコ祭」が盛大に開催されており、きちんとトリュフを用意していた上条は歓声と共にクラスメイトに迎え入れられた。もちろん企画の趣旨通り、上条自身もたくさんの「友チョコ」を貰った。貰ったのだが。
思えばこのチョコを貰った辺りから何かがおかしくなっていたのかもしれない。そして昼休み、上条の周りの雰囲気が決定的に変わった。
「……カミやん、これ誰から貰ったん?」
貰ったチョコレートはその日の内に食べるのが礼儀なんやでー! という青髪ピアスと共にクラスメイトから貰ったチョコレートを見ているた時、それは起こった。
「へ? お前も貰っただろアイツから」
そう言って上条は教室の隅で他の女子と一緒にいる眼鏡の少女を示す。
「じゃあこれは誰から貰ったのかにゃー」
一緒に見ていた土御門が、先程とはまた別のチョコレートを指差す。
「これは……アイツ。ほら、これ。お前も同じの貰ってるじゃん」
上条はそう言って、同じラッピングが施された箱を指差す。
「お前ら何訳わかんないこと言ってるんだよ。みんな同じチョコ貰ってるんだから、俺のじゃなくて自分の見ればいいだろ」
しかし、上条は間違っていた。気付けていなかった。青髪ピアスが指差したものは上条のものだけ明らかに大きさが異なっていたし、土御門が指差したものは上条が貰ったものにだけある言葉が書いてあったのである。
「「カーミーやーん」」
「……、えーとお二人さんは何故にそんな怖い顔をしていらっしゃるんでせう?」
その異変に気付いたクラスの他の男子が3人の周囲に集まってくる。そして上条の机の上に広がったものを見るや否や、青髪や土御門と同じ形相に変わってゆく。
「「「「「またお前だけかッ!!!!!」」」」」
「なッ!?」
こうして上条の平和な学校生活は幕を閉じ、騒々しく不幸な学校生活へと切り替わった。
自販機近くのベンチに腰掛け、上条はそんな不幸な出来事を思い出していた。今自分の隣にはその騒ぎの元凶とも言えるクラスのみんなから貰った「友チョコ」が入っている紙袋があるのだが、男子勢とした死に物狂いの追いかけっこのせいでもうボロボロになっている。まだ破れていないこと自体、不幸な上条にとっては奇跡と言える状態だった。
「にしても俺が何をしたって言うんだ……上条さんは何か間違っていましたでせうか?」
「あれ!? アンタもういたの?」
絶対私の方が先だと思ったのにあれー? といった様子の美琴が、気が付けば上条の目の前に立っていた。
「あ、御坂。おっすー」
「どうしたのよ? やけにテンション低いわねアンタ。もしかしてトリュフ不評だった?」
「いや、トリュフは人気だったぞ。おかげで俺の株が上がった」
本当は美琴が手伝ってくれたと正直に言うつもりだったのだが、何となく言わない方が身の為だと思ってやめたという経緯があったりする。
「そうじゃなくてだな。実はさ……」
かくかくしかじか。上条は今日学校で起こった出来事をかいつまんで美琴に話す。つい数日前にもこんな事があったような。
一方、上条の隣に腰掛けて話を聞いていた美琴は、大体の真実を理解出来たような気がした。
「ちょろっと失礼するわよー」
今は上条の足元に置かれている紙袋の中身をチェックする。やっぱり……クラス全員に配るものにしては一人当たりの量が多いと思われる物が、ぱっと見ただけでもたくさんあるではないか。しかも、
「”You are my Valentine” ねぇ」
「ん? そんなメッセージあったっけ?」
「……、あるわよここに」
上条が気付かないのも無理はない。その言葉は箱を包むリボンの上に小さく書いてあるだけなのだから。でもこれは間違いなく……
「アンタ、今日は本命一つも貰わなかったの?」
「本命? ないない。ありませんのことよ。上条さんはそんな幸せとは無縁ですよー」
上条はおかしそうに笑って否定する。コイツときたら全然乙女心をわかっていない。美琴は心底呆れたように、はぁーっと深い溜息をついた。
「あれ? 御坂さん……?」
でもこれはある意味チャンスなのかもしれない。コイツが気付いていない今なら、私にもまだ希望があるのだから。
「えーと、美琴さーん? 返事して下さーい?」
「アンタ」
「!?」
ビクッと上条が姿勢を正した。何もそんなにビビらなくてもと思うけど、普段から電撃飛ばされている側としては無理もない反応かもしれない。
ゆっくり深呼吸してから、美琴は上条の目をまっすぐ見据えて問い掛ける。
「You are my Valentine. この意味わかる?」
「えっと……?」
美琴の意図が分からずに戸惑う上条。対する美琴はつまらなさそうに、
「あなたは私の愛しい人」
続けてとんでもない言葉を口にした。唐突な愛の言葉に、上条はぽかんとした顔になる。
「……へ?」
「You are my Valentine. 意味は、あなたは私の愛しい人」
「あ……」
「そういうこと。アンタのチョコは本命よ」
ということは、もしかすると土御門はこれに気付いたのかもしれない。いやだからと言って追いかけられても仕方ないとは思えないが。
そんな事を考えて悶々としていると、何やら美琴が自分の鞄の中をごそごそし始めた。その様子をぼんやり見ていると、
「You are my Valentine…」
先程とは違い、とても小さい美琴の呟きが聞こえた。俯いているので表情もよく見えないが、膝の上には先程まではなかったものが置かれていた。美琴が鞄の中から出したものだろう。
急に静かになった美琴の次の言葉を待っていると、突然美琴が立ち上がった。そして上条の目の前に立つと、ゆっくりと顔を上げて、
「You are my Valentine!!」
はっきりとそう言い切った。
目の前には馬鹿みたいにぽかんとしたアイツの顔。だけどここで止めるわけにはいかない。
「You are my Valentine.」
再びそう言って、両手で持っていたものを上条の目の前に差し出す。
「受け取って?」
するとナマケモノ並みにゆっくりとした動作で、上条がそれに手を伸ばす。
「……、いいのか?」
こくん、と頷くのが精一杯だった。
「あ、開けてみてもいいか?」
こくん、と美琴は再び頷いた。
「これチョコレートケーキだよな? ……もしかして昨日帰ってから作ったのか?」
こくんこくん、と美琴は真っ赤な顔で二度頷いた。
箱の中のチョコレートケーキをじっと見つめて動かなくなった上条を見て、判決を待つ被告人ってこんな感じなのかもしれないと美琴は思った。今の美琴に下される判決はYESかNOの二択しかないわけだが、心臓がこれ以上ないくらいバクバクしている。
「御坂」
上条の真っ直ぐな視線が突き刺さる。
「……、」
耐えられなくなって、美琴は思わず下を向く。
コトンと音がしたので恐る恐る顔をあげれば、上条がチョコレートケーキの入った箱を横に置いて、何やら鞄の中をごそごそしていた。そして何かを取り出して、
「御坂」
もう一度、美琴の名を呼んだ。
「……、」
判決の時が来たようだ。上条の返事はまだわからない。怖くて不安で泣きたくなる。
だけど泣かない。たとえ答えが悲しいものであってもずっと友達でいたいから。上条を困らせるような、泣きわめくようなことは絶対にしないと決めている。だけど、
「受け取れ御坂」
そう言って差し出されたのは、見覚えのあるカエル柄の包装紙で包まれた箱。
「You are my Valentine.」
続けて貰った言葉は、夢みたいな愛の告白。
「これが俺の本命だよ」
最後にくれたのは、美琴が大好きな少年の優しい笑顔。
「……ッ!!」
少年がくれた最高の判決を前に、美琴はその場で泣き崩れた。
「御坂ッ!?」
美琴が完全に崩れ落ちる前、上条は何とか美琴を抱きとめることに成功した。
泣き顔を見られたくないのか、美琴は上条の胸に顔を埋めたまま小さく震えていた。見えている両耳は真っ赤に染まっている。
「……、ごめんな」
「ヒック……なんでアンタが謝るのよ」
「いやでも泣かせちゃったし?」
「ヒック……馬鹿。嬉し泣きだから謝る必要なんてないわよ」
「じゃあ何か俺に出来る事は?」
「……、美琴」
「?」
「美琴、って呼んで」
「み、美琴……?」
すると美琴がゆっくりと顔を上げた。涙は止まっているものの、赤く腫れて潤んだ目での上目遣いはとんでもない破壊力を秘めていた。にもかかわらず、
「ッ!?」
この泣き虫娘。少し顎を持ち上げて瞼を閉じてなんて連続攻撃を仕掛けてきたではないか。
恥ずかしいが、それは美琴も同じだろう。そっと彼女の望みを叶え、ゆっくりと顔を離す。
「……、嬉しい」
これ以上どうやったら赤くなるのかというくらいに顔を真っ赤にして、美琴は上条に体重を預ける。上条はそれを受け止めて、美琴の背中に回している腕に少しだけ力を込める。
美琴が落ち着くのを待って、二人はゆっくりと体を離した。時間にすれば5分も無かったかもしれないが、2人にとってはとても長い時間に感じた。
「あ、私も開けていい?」
改めて上条から「本命」を受け取った美琴は、嬉しそうに確認を取る。
「ああ、いいぜ」
中身は美琴の予想通りセブンスミストで見たあのゲコ太チョコレートだった。ということは、
「アンタ、もしかして昨日別れた後に買いに行ったの?」
「まあな。昨日作ってる時にお前にも友チョコ渡そうって思ったんだけどさ。お前と一緒に作ったやつを渡したって意味がないだろ? だからあの後買いに行ったんだ」
まさか「本命」として渡すことになるとは思わなかったけどな、と上条ははにかむ。
「……、なんで私に応えてくれたの?」
「んー……まあ確かにお前が告白してくれたからってのもあるんだけどさ」
「うん……」
「この三日間お前と過ごして思ったんだよ。お前との時間は楽しいってさ。この連休だけしゃない。今までだって……そりゃあ電撃とか怖いこともあるけどさ。それもひっくるめて、お前との時間は楽しいなって思えたから」
「……、」
「だからお前の本命を受け取った時、思ったんだよ。お前との未来が見てみたいって」
「……それって!?」
上条は右手で美琴の右手を取る。
「俺は無能力者だけど、それでもお前に誓ってやる」
上条はじっと美琴の目を見据えて続ける。
「御坂美琴とその周りの世界を守る」
「!!」
上条は知らないが、美琴がこの誓いを耳にするのは二度目だ。だが間接的に聞いた前回と直接的に言われた今回では、その嬉しさも重みも天と地ほど違う。でも、
「わかってる? その世界にはアンタも含まれてるのよ?」
「……、」
「アンタが命掛けて私守って死んだら、その誓いが守られたことにはならないのよ?」
黙って美琴の言う事を聞いていた上条は、美琴の手を握る右手にぎゅっと力を込めた。
「ああ、わかった。俺はこれからも誰かが困っていれば助けに行っちまうと思う。でも何があっても必ずお前の元に帰ってくるから」
「……!! うんッ!!」
2月14日、夕方。とある自販機前にて。
この日、学園都市最強のカップルが誕生した。
その後ベンチに座ってそれぞれの「本命」を味わっていたところ、巡回中だった白井黒子やたまたま通りかかった青髪ピアスらに見つかって騒がれるのは、また別のお話。