とある魔術の禁書目録 自作ss保管庫

Part02

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匿名ユーザー

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―promise―


 十二月一日16時、地下街

 美琴は学校が終わると、いつも通り一人で、これといったあてもなく辺りを、今日に関しては地下街をブラついていた。
 あの後、黒子からのあれ以上の言及は結果としてなかった。
 だがそれは言葉による言及がなかっただけであり、彼女の視線、雰囲気は明らかに話してほしいということを訴えかけていた。
 美琴だって、わかっている。
 この手の問題は全部一人で抱え込むよりは、いっそ話してしまった方がずっと楽だということは。
 だがそれでも、少なくとも今美琴は話す気になれない。
 別に美琴が黒子のことを信頼していないとか、そういう類のことが問題なのではない。
 むしろ美琴は黒子のことを、今の学園都市の全て人の中では一番信頼していると言っても過言ではないだろう。
 それなのに、それほど信頼はしていても、今美琴はどうしても話す気になれない。

「あーあ、何か、面白いことないかなー」

 嘘だった。
 本当にそんなことなどを心から考えてはいなかった。
 それに例え、その面白いことが起きたとしても、今の美琴の心理状態で心の底から楽しめるわけがない。
 美琴のその言葉の真意は変化。
 変化が全くないまま、ずっと悩むのは些か疲れた。
 何でもいいから、今の状況が早く変わってほしい。
 どんな情報でもいいから、彼に関する情報が欲しい。
 そう考え、学園都市の上層部のサーバーに何度ハッキングを仕掛けたかわからない。
 他にも海外のニュースや学園都市に入ってくる者達のデータなど、美琴は様々な方面から余すことなく調べまわっているが、やはり一番欲しい情報だけは何も見つからない。

(あ…)

 不意に美琴の目に入ったのは、ある携帯ショップの店頭にでかでかと張られているハンディアンテナサービスについての広告。
 それは個人の携帯電話をアンテナ基地の代わりとし、他のそのサービスに加入している携帯とのネットワークを構築して、本来電波が届かないところでも電波を届かせることができるというものなのだが…

(アイツは、大丈夫なのかな…)

 そのサービスは、大覇星祭での勝負による罰ゲームと称して彼と一緒に入ったもの。
 しかも、彼と二人でペア登録をしてまで入った。
 そして美琴の目の前のその携帯ショップは、奇しくもあの時と同じの携帯ショップ。
 別に意識して、来ようと思って来たわけではない、全くの偶然だった。
 美琴は、その携帯ショップにでかでかと貼られている広告を今一度眺めた。
 どうやらあの時のサービスは依然として続いているらしく、ペア登録をするとやはりもれなくゲコ太ストラップがついてくるらしい。

「―――つかさ、こんなの貰ってもあまり嬉しくないよな」
「……私はかわいいと思う。ねえ、それよりはまづら―――」

 さらに加えて、たった今ペア登録を済ませたのか、その携帯ショップの中からカップルと思しきある二人組がそんな会話をしていた。
 一人は野暮ったいジャージを着たいかにも不良っぽい金髪の男に、もう一人はモコモコしたニット帽を被り、ピンクのジャージを着た眠そうな表情をした少女。
 その二人はまだ付き合って間もないのか、腕をとり先に進もうする彼女に対して、男の方は少しおどおどしていた。
 あの男の方はともかく、彼女の方はゲコ太のかわいさがわかるところをみると、話せば仲良くなれるかもしれない。
 そんな馬鹿げたことを美琴は考えていた。
 しかし美琴があの二人を見て抱いた感情は、何よりも羨望。
 幸せそうに腕を組み、地下街の中へと消えていった二人の姿が、美琴にはどうしようもなく羨ましく思えた。
 自分と彼との関係、状態があの二人のようであればどれだけ良いか。
 しかし現状はそれとは程遠い。
 彼はいない、告白もまだ、何もかもがあの二人とは違う。

(私は…)

 美琴は、嘗て彼とペア登録のための写真を撮った場所に立ち、壁に寄りかかる。
 そしてふう、と一息つくと、ポケットにしまっていた携帯へと手を伸ばした。
 開かれた携帯に表示されたのは、ペア登録の時に撮った彼とのツーショット。
 あの時は合計3枚の写真を撮っており、待ち受けとされているのはその中でも一番マシであった1回目のもの。
 写真上の彼の目線はカメラに向けられておらず、表情も笑顔とは程遠く、感情に乏しい表情をしている。
 対する美琴も美琴で、彼との急接近によるものとツーショットを撮るという緊張から、やたらと強張っている表情をしている。

(全く、一体どんな顔してるのよ、あの時の私は)

 あの時の美琴は彼を気にはしていても、それが恋だということは全く認めようとはしていなかった。
 この私が、あんな鈍感で無神経で馬鹿なやつを好きになるわけがない、そう自分に言い聞かせて。
 ただ単に超能力者である自分が無能力者である彼に勝てないことが気に食わないから、気になっているだけだと結論づけていた。
 だから、そんな理性と本当は嬉しく思っていた本能との矛盾から、素直に笑えなかったのかもしれない。
 しかしあれから美琴は彼の記憶喪失のことについて触れ、上条のことについて色々悩まされた。
 その後、第二十二学区でボロボロになっている上条に会い、記憶喪失のことなど知っていると彼に打ち明け、上条の芯の強さに嫌と言うほど触れた。
 そのあまりの彼の芯の強さは美琴の心に精神に大きな衝撃を与え、自身の中に眠る莫大な感情を呼び覚ました。
 その感情の名は、美琴はその時点ではまだ気づいていない。
 しかしその感情は、つまり上条のことについては、確実に美琴の心の中で最も大きなウェイトを占めていたと言える。
 事実その日以降、時間が空いている時、手持ち無沙汰な時、授業中問わず、何かにつけて彼の顔が美琴の脳裏に浮かんでは、彼のことばかり考えていた。
 彼に会おうと、彼がよく出没する場所へ来る日も来る日も足を運んだ。
 会えた日はその一日を楽しく過ごせ、会えなかった日はため息ばかりついていた。
 それを美琴は毎日続けていた。
 ルームメイトである黒子は、さぞたまらなかったであろう。
 何しろ彼女はそんな美琴を見ては奇声をあげて身悶えていたのだから。
 続いて携帯の画面に表示されたのは、2枚目。

(アイツは、私のことどう思ってたのかな?)

 その写真の上条は、何故か重心を美琴がいる方とは反対方向に遠ざけ、美琴は1枚目と同様に表情がこの上なくかたく、強張っている。
 そんな一つの写真を見て、美琴はふとそう思った。
 きっと、あの日の彼がここまでしてくれたのは、大覇星祭の罰ゲームという義務感があってのことだろう。
 彼とて、好きでこの写真を撮ったわけではないはず。
 面倒だと思っていたかもしれない。
 ならば、本心はどう思っていたのだろうか。
 本当に罰ゲームだから仕方なく、嫌々ながらあの日を過ごし、この写真を撮ったのか。
 それとも、自分のことなどどうとも思っていなかったのか。
 それとも、自分のことを少しは意識してくれていたのか。
 その上で恥ずかしがって、少し距離をおいたのだろうか。

(わかんない…)

 それも未だ彼が帰ってこない今では、闇の中。
 知る手だてなど、何一つとしてない。

(わかんないわよ…!)

 今二人を隔てる距離は、とてつもなくあいている。
 たとえ美琴がその距離を縮めようとどれだけ足掻いても、どうしようもないくらいにまで。
 写真の二人のような、近いようで決して近くない、そんな微妙な距離などではないのだ。
 絶対的な距離が、今二人を隔てている。

(これは…)

 続いて美琴が携帯を操作して画面上に表れたものは、3回目の写真。
 とは言え、これはそれまでの2枚の写真とは異なり、写っているのは二人のツーショットではない。
 写っているのは、いきなり上条を後頭部からドロップキックをかます白井黒子のパンツ、急な出来事でとんでもない表情をしている上条の顔、そして脇でその状況に本当に驚いていた美琴。
 恐らくあの時黒子の邪魔さえはいっていなければ、この3枚目が最高のツーショットとなっていたことだろう。
 しかし実際に蓋を開けてみれば、このようなドタバタの愉快極まりない写真。
 いつも美琴はこれを見ると、その愉快さに半分笑いが、もう半分は黒子の寸分狂わないタイミングの邪魔をした彼女に怒りを覚える。
 せっかくあと少しで最高のツーショットが撮れていたところだったのだから。

(………)

 そして今、美琴の思考が、止まった。
 周囲で何かが起きたためではない、周囲では今まで通り見渡す限りの人でごった返している。
 むしろ、何も起きない、何も変わっていないことが美琴の思考を停止させたと言っていい。

(会いたい…)

 それは偽りでもなんでもない、今の美琴の心からの本心。
 恥ずかしさとか、抵抗は一切なく言える、今の美琴の素直な気持ち。

(会いたいよ…!)

 嘗て彼と同じ時を過ごし、そしてその過ごした瞬間を形に収めた写真をまじまじと見て、考え、美琴は手の中の携帯を握りしめ、強くそう思った。
 だが、美琴がどれほどの強さで彼を想ったところで、どれほど強く会いたいと願ったところで、当の上条は隣にはいない。
 いないものはいない、いない者には会えない。
 だから、今美琴は上条には会えない。
 会いたくても、会えないのだ。
 突然、美琴の世界が滲んだ。
 それまではっきりしていた美琴の世界が、突然何かもがぼやけた。
 それと同時に、美琴の周囲を歩く人々がギョッとした目で美琴を見やり、さらに少しざわめく。
 さらには、美琴の頬を一筋の水滴が流れていた。
 その一滴の水滴は次第に重力に従い、頬と顎を伝って地面へと流れ落ちる。
 美琴は、泣いていた。

(あ、やばっ…)

 今の自身の状態に気付いた美琴は、慌てて携帯をスカートの中のポケットへとしまい込み、溢れ出る涙をせき止めようと両手を目元へともっていく。
 しかし美琴の涙はそれでも止まらない。
 涙を止めようと一度落ち着こうとしてみるが、やはり止まらない。
 どれだけ涙を流しても、次から次へと溢れ出ていく。
 思いのままのはずの感情のコントロールが、いつものように上手く出来ていない。

(どうしよう、止まんない)

 涙が止まらないことに困っている美琴をよそに、道端で常盤台中学の女の子が泣いているということが話題をよんだのか、美琴の周りに野次馬が群がってきていた。
 美琴を心配そうな目で見やる者、美琴の容姿がきれいだのと関係ないことを呟く者、よからぬことを考える者と、多種多様な人々が寄ってくるが、現時点で美琴のすぐ側に近寄る者はいない。
 ましてや、美琴が困り果てていてもすぐに駆けつけてくれるヒーローなど、いない。

(移動しなきゃ…)

 自身のことを何も知らない群集がざわざわと騒ぐことが目障り、何も知らないくせに変に自身を勘ぐるような言葉が耳障り。 美琴は涙が止まらなくても、それらの群集を遠ざけたくて仕方がなかった。
 一刻も早くこの場を離れたかった。
 美琴は止めていた歩みを再び進める。
 行き先は、わからない。
 ただただ美琴自身の気持ちが赴くままに、前に進むだけ。


         ☆


「―――はあ、はあ…」

 あの場を離れるために歩きだした美琴だったが、その歩調は始めは徒歩程度のもので始まり、次第に駆け足のものへと変わっていた。
 美琴は涙を隠すために俯きながら走っていたため、道中何人の人とぶつかったかはわからない。
 肩をぶつけられたことに対して腹を立てているような輩も少なからずいたような気はする。
 しかしそれらの人々全てを美琴は無視し、ただひたすらに走った。
 走って、走って、気づいた時には美琴の涙は既に枯れていた。
 枯れた涙の代わりに、息があがっていた。
 本当に息が苦しくなり歩みを止めた時、美琴が立っていた場所、それはいつもの自販機前。
 意図して来たわけではない、美琴は確かに闇雲に走っただけ。
 それでも美琴の身体は、足は、意図などせずとも何度も来慣れたこの場所に美琴を導いた。
 彼との、思い出の場所に。

(会いたいと、思ったから…?)

 違う、今ここに来ても上条には会えないことなど、わかりきっている。
 彼は今学園都市にはいないはずなのだから。

(アイツとの思い出に、縋りたいだけか…)

 例え会えないとわかっていても、身体は、心は彼を求めている。
 理性の問題ではない、本能の問題。

(バカ、じゃないの…)

 彼はいない。
 頭では嫌というほどわかっていることのはずなのに、本能は中々認めようとはしない。
 いつから、自分はここまで弱くなってしまったのか。
 今の美琴には、そんな考えすら浮かんだ。
 少なくとも上条に会うまでの以前美琴は、独りでもしっかりと立って生きていけた。
 誰にも頼らず、何か一つのことに縋っていないと立っていられないほど、弱くはなかったはず。
 以前は、確かに…
 しかし上条当麻という人間に会い、それまでの生活にはなかった楽しさを知り、美琴一人では到底立ち向かえない問題とぶつかり、いつの日からか、美琴の心に大きな変化が訪れていた。

(いつから…)

 二人の距離はこれだけ離れてしまったのだろうか。
 10月の時点ではまだそんなことはなかったはずなのだ。
 会う回数はそれほどでもなかったが、何よりもまだ連絡がとれていた。
 物理的な距離はあっても、精神的な距離はさほど感じてはいなかった。
 しかし今では、完全に距離が離れてしまっている。
 物理的な距離はもちろん、精神的な距離においても。
 唯一の繋がり、拠り所はやはり彼のものと思しきゲコ太ストラップ。
 今なお壊れたゲコ太ストラップを大事に保管し、肌身離さず持ち歩いているのは理由がある。
 もちろんこれが上条の行方の手がかりになりうるからというのも理由の一つ。
 しかしそれよりも、どんな形でもいいから、彼と何らかの形で繋がっていたいから。
 その気持ちの方が断然強かった。

(ほんの少し前までは、まだ…)

 彼と出会い、彼を一日中追いかけ回していた日常が、つい先日まで行われていたように思える。
 妹達の問題を解決したのも、ある約束を交わしてくれたのも、大覇星祭の罰ゲームで二人で地下街を歩いていたのも、それら全てがまだ最近の記憶に感じられる。
 それこそ彼が、実は学園都市にいるのではないかと錯覚してしまうほど。

(期待しててもしょうがないなんて、わかってるつもりなんだけどな…)

 どれだけ期待しようが、今の現実が変わるわけではない。
 そんな当たり前で当然なことくらい美琴もわかっている。
 だがそれでも記憶は、例え現実の世界の上条当麻という存在が薄れていこうとも美琴の記憶は、彼女の胸に鮮明に残っている。
 それまでの生活にはなかったような、充足感で満ち足りていた上条と共に過ごした、あの日々のことを。

(やっぱり、あの毎日を楽しいと感じていたのは、私だけ…だったのかな…)

 美琴は記憶を遡り、上条との日々を思い出す。
 思えば、彼は自分と一緒にいるとき大抵面倒そうな顔をしていた。
 声をかけてもスルーされたり、出会い頭に不幸だと呟かれたり。
 あまり良い印象をもたれていないのかもしれない。
 そう思うと、美琴は胸が痛んだ。
 それはチクりといった感じの軽い痛みなどではなく、胸がズキズキするほどの痛み。
 美琴は、不安で仕方がなかった。

(こんなの……私らしく、ない…!)

 ズキズキと痛む胸を片手で押さえ、美琴は自販機の前に立つ。
 どの道いつまでもズルズルとこのことを引きずっていては、生活に支障がでる。
 どこかで、けじめをつけなければならないのだ。
 そして、いつまでたっても晴れない心の闇をきれいさっぱり払拭するかのように、

「ちぇいさー!!」

 常盤台中学内伝おばーちゃん式ナナメ45度からの打撃による故障機械再生法、つまる話が回し蹴りを自販機にぶち込んだ。
 ゴトン、という音をたてて自販機が吐き出したものは、ヤシの実サイダーだった。

「はあ、はあ…」

 しかし美琴の心の闇は、晴れなかった。
 晴れるどころかむしろ、美琴の心により一層の虚無感が居ついた。
 こんなことをしても、状況は変わらないし、上条が現れるわけでもないのだから。

(……前みたいに、来てよ)

 それは懇願。
 以前美琴は、上条にこの自販機に対して回し蹴りをしてジュースを手に入れるなと注意を受けた。
 その上条からの言い付けを破り、美琴は自販機に回し蹴りをいれた。
 別に破ったからどうということはない。
 それはあくまでも一般人である上条からの注意であり、絶対に守らなければならないという決まりなどでは決してない。

(怒ってても、説教するためでも、何でもいいから…)

 いつからか、自販機の前に立っていた美琴は、自販機が吐き出したヤシの実サイダーもとらず、自販機に寄りかかる。
 その挙動はどこか頼りなく、また足取りもふらついていた。

(また……私の目の前に、来てよ…!)

 美琴には今、それしか言えなかった。
 どんな状況だろうとも、上条が美琴に対して何を思っていようとも、会いたい。
 それは決して揺るがない美琴の本音。
 しかし、今は会えない。
 今上条は隣にはいない。
 それは揺るがない事実。
 今のこの状況を変えるために、そして彼に会うためにあの日に戻ることはもちろん、あの写真の中の二人の間の微妙に開いた距離を埋めることなど、決してできない。
 過去には二度と戻れない、それもまた変えようのない事実。
 そうしたい思うことは甘い幻想でしか、ない。

(ばか……ばか…!)

 今の今まで、美琴の感情の荒波をせき止めていた堤防が、決壊する。
 今までほぼ限界点を迎えながらも、永らく美琴の感情を抑えこんでいたものが、とうとう壊れた。
 この瞬間に押し寄せてきた激情には、耐えることができなかったのだ。
 それに呼応し、一度は枯れたはずの涙が、再び溢れ出す。
 次から次へと、まるで限りなどないかのように、溢れ出す。
 美琴の心叫びは悲痛なまでに大きく、響き渡る。
 実際に声をだして泣いているわけではない、しかし美琴は確かに叫んでいた。
 美琴がどこかにいると信じる、上条当麻への魂の叫び。
 ……だがその叫びが、美琴が想う上条に届くことはなかった。


         ☆


 同日17時

(―――私、どれくらい泣いてたんだろ…)

 未だはっきりしてこない頭でぼんやりしながら、美琴はふとそんなことを思った。
 美琴はスカートのポケットにしまってある携帯を開き、現在の時刻を確認する。
 現在の時刻は17時を少しまわったところ。
 空が段々と黒に染められていき、応じて辺りも闇に包まれてくる時間。
 美琴には具体的に何時にこの場所に着き、何時くらいから泣いていたのかはわからないが、少なくとも着いて30分ほどの時間は経っている。
 故に、数十分は泣いていたことになる。
 そして美琴の心に押し寄せていた激情の波は、今は既に落ち着いていた。
 幸いなことに美琴が泣き崩れている間は誰もその場を通るなどようなことはなく、誰の目にもふれられことはなかったが、それが本当に幸いだったのかどうかは、判断が難しいところだろう。

(アイツって、普段は一番どこにいたんだっけ…)

 また美琴は、泣きつかれ、依然としてぼんやりとした頭でふとそんなことも考えた。
 今まで美琴は上条と会ったことのある場所には何度も足を運んだ。
 この自販機の前、鉄橋、地下街などなど、思いつく限り彼と会った場所には幾度となく行った。
 唯一、上条と会った場所で何度も通っていない場所と言えば、

(病院、行ってみようかな…)

 本当は、病院は美琴が一番始めに疑った場所だった。
 彼は何かあったとき、大抵なにかしらのケガをしている。
 以前、初めて自分の中に莫大な感情、つまり今も美琴を苦しめ続けている大きな想いが存在していたということに気付いた時も、そうだった。
 あのロシアの時でも、彼はまだやることがあるから、と言ってあの場に残ることを選択した。
 まず間違いなくケガをして帰ってくるということを考えても、何ら不思議ではない
 そう思い、美琴は謹慎が解けてからいの一番に彼がよく搬入される病院を訪れたが、やはり上条が入院したという形跡はなかった。
 流石に何度も入院患者のことを聞きに行くわけにもいかず、結局病院を訪れたのはその一回だけ。

(別に、あれから一週間ちょっと経ってるし……また、いってもいいのかな…?)

 誰かに言い訳をしているわけでもなし、ましてや考えることが他人に聞かれているなどということはないのに、頭の中でもついつい疑問系。
 だが美琴の足は、頭の中でした質問の回答を待たずして、いつも彼が入院している病院の方へと向きを変える。
 例え頭は働かなくとも、体はまだ動く。
 例え頭は諦めても、体は諦めない。
 だがそこに上条がいるという保証など、どこにもない。
 むしろ美琴が躍起になって情報を調べているにもかかわらず見つからない時点で、病院にいる確率なんて限りなくゼロに近い。
 それでも、何故だか美琴の足取りはどこか軽かった。
 恐らく本調子の彼女を知る者ならその足取りを見て軽いと言う者はいないだろう。
 確かにいつもの足取りに比べればそれはまだ重く、ふらふらとしている。
 しかしそれでも、最近に比べれば幾分もマシ。
 はっきりとした目的地があり、そこには上条がいるかもしれないという可能性が少しでもあれば、ほんの少しだけだが希望が湧く。
 その極少の希望の積み重ねが、今の美琴を支えている。
 だからこそ、気分まではいつも通りとは言わずとも、足取り軽く、前へと進んだ。
 それがよかったのかもしれない。

(……? あ、れ…?)

 しかし美琴は、進路の先にあるものを見て、進め始めたばかりの歩みを再度止める。

 ―――あの白い修道服着た銀髪シスターを隣において、此方に歩いて来るツンツン頭の高校生は、誰だっけ…?


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