とある魔術の禁書目録 自作ss保管庫

Part22-1

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 見知らぬ記憶 4


 大陸に争いのない日々が訪れ、里にも新たな命が誕生した。
 シン老師はその感謝と今後の指針を創造主に仰ぐべく、日々の瞑想に努めていた。

 その日もシン老師は瞑想を続けていた。
 そんなシン老師の許に、あるヴィジョンが降ろされてきた。

 何処かの神殿のような場所。
 床がボンヤリと光っているように見えた。
 目を凝らすと、床には様々な文字と幾何学的な図形が描かれていた。
 何が書かれているのかすら判別出来ない文字と、幾何学的な美しさがあるはずなのに、逆に禍々しさを感じさせる図形が朧気な光を放っている。
 それを囲むように配されたガラスケースのようなモノが見える。
 人が一人充分に入れるほどの大きさ。
 その中は、赤く透明な液体で満たされており、娘らが一糸纏わぬ姿で入っている。
 同じようなケースが何百、何千と神殿を取り囲むように有り、その中に一人ずつ同じ顔をした少女達が入っている。
 目に光はなく、全くの無表情で、その容姿は『ミコト姫』に酷似していた。

 神殿の中央には3本の柱が立っていた。
 何の変哲もない、神殿にある普通の柱のように見えた。
 だが、その柱がこの神殿の雰囲気を禍々しいモノにしていた。
 何かが違う。そう思い目を凝らすと……。
 その柱にはガラスケースに入っている少女とは違う娘達が、少女達と同じように一糸纏わぬ姿で、腕を肘まで足を太ももまで柱に埋め込まれていた。

 一人は長い黒髪をした華奢な娘だった。
 もう一人は胸の大きなメガネをかけた娘。
 そしてもう一人は銀髪の、まだ少女のようなあどけなさを残した娘が柱に埋め込まれていた。
 その3人の娘達は、先王の忘れ形見である『アイサ姫』『ヒョウカ姫』『インデックス姫』に見えた。

 『アイサ姫』は小さく身体を震わせ、女陰からわずかに血を滴らせていた。
 柱からその女陰に向けて摩羅のようなモノが生えている。
 その摩羅はアイサ姫を刺し貫いているらしい。
 アイサ姫は、恍惚とも苦悶とも取れる表情を浮かべながら、もどかしそうにその身を震わせていた。
 女陰より滴る血が破瓜のそれなのか月経のものなのか、それとも何らかの傷を負わされているのかは解らない。

 それだけでも異様な光景なのに、それをより一層異様に見せているモノがあった。
 柱に埋め込まれた姫からわずかに滴る血に群がる禍々しい黒い霧がそれだった。
 黒い霧は徐々に形を変え、蝙蝠の姿になり、そして黒い魔犬の姿を経て、人の姿へと形を変えていった。

 『力の大妖』『ヴァンパイア』『吸血鬼』と呼ばれる種族だ。時代によっては『貴族』と称したこともあったらしい。
 彼らは姫から滴る血を求めているようだった。
 だが、彼らが人の姿へと変わった途端、彼らの周りを陣が囲み、身動きが取れなくなってしまう。

 陣に囲まれた彼らは、身動きも取れぬままに、まるで陽の光に焼かれるかのようにその身を焦がされる。
 肌を焼く炎にもがき苦しみ、その苦しみによって見開かれた赤く光る両の目に、彼らを囲む陣の文字が映ると、狂気と共に何かを引き出される。
 如何に『力の大妖』と言えど、陽光の下ではその狂気すら空回りしていた。
 力を存分に発揮出来ぬまま、彼らはその血の色に染まった瞳から何かを引き抜かれてゆく。

 それは床に刻まれている幾何学的な図形であったり、見たこともない文字だったりした。
 その図形や文字は、別の柱に埋め込まれた銀髪の少女『インデックス姫』の中に流れ込んでいく。
 インデックス姫はグッタリとしていて、力なく半分ほど開かれた瞼からは、全てを諦めたような光を宿さぬ瞳が覗いていた。
 その瞳の中に『吸血鬼』から抜き出された図形や文字が流れ込んでいく。
 その文字や図形が一通り少女に流れ込むと、姫はゆっくりと口を開き何かを呟き出す。
 紡ぎ出されたその呟きは、やがて歌となり、その歌はガラスケースに入れられた少女達によって、詠唱される。
 すると、その歌は形を成し、ある一節は文字となり、また一節は図形となって、新たに床に刻み込まれてゆく。

 少女達の詠唱が続くと、床に刻まれた文字や図形が朧気に光り出す。
 光り出した文字や図形は、まるで生き物の如く動き出し、その形を変えてゆく。
 そして、柱を中心とした陣に少しずつ取り込まれてゆく。

 文字や図形を取り出された『吸血鬼』達は陣の呪縛から解放される。
 解放された彼らはその犬歯を顕わにし、舌を必死に伸ばして柱を伝う『血』を啜ろうとする。
 その『血』を口にした瞬間に『吸血鬼』は甘美な、そして恍惚とした表情を浮かべる。
 と同時に、『ボンッ!!!』という音がして、全身が一瞬で灰と化す。

 その光景を見ているのか?それとも、ただ目に入っているだけなのか?
 『ヒョウカ姫』はただただボンヤリとその足下に起こる光景を眺め続けていた。

 そのヒョウカ姫の身体が『ピクリ』と跳ねる。
 次の瞬間、彼女の頭上には光の輪が現れた。
 と同時に彼女は眼を限界まで見開き、口をだらしなく開けて、舌を垂らし涎を溢す。

「か……あ、が……ぎ……、あ……か……」

 言葉にならぬ言葉を呟く彼女を、陣から溢れ出た朧気な光が包み込む。

 その全てを見ている男が居た。
 純白の絹に金糸を施した豪奢な衣装に身を包み、その男は祭壇に立っていた。
 男が手にしているその本は、妙に古ぼけていて男の衣装には似つかわしくない。
 だが、男がその本を読み、其処に書かれている何かを唱えると、柱の周りの陣は形を変え、光はヒョウカ姫を包み込む。

『ドクン!』

 大きな心臓の鼓動のような音が、その場を支配する。
 と同時に、ガラスケースに収められた少女達が何かで繋がれたように、一つの地場を形成する。

「あ……あれはっ!?」

 その時、シン老師は見た。
 地場は神殿を飛び出し、この大陸全土を包み込まんとその範囲を急激に広げる。
 そして、その地場の消失と共に、この大陸は姿を消していた。

(あ……アレイスター……貴様、何を!?)

 そのヴィジョンを見終わり、瞑想を解いたその瞳には、哀しみとも怒りとも取れる光が宿っていた。

 ─────◇─────◇──────◇─────◇─────◇─────

 この日トーマとミコトは、タビカケ城を訪れていた。
 表向きは、【勇者】の里からの使者ということになっているが、その実はミコトと生まれた子を連れての里帰りである。

「私に名付け親になれと?」

「はい」

「しかし……良いのか?本来君たち【勇者】は無縁の民。私たちと関わりを持つことは禁じられているのでは?」

「表向きは、里の地を治める領主様より名を戴く。という形になります」

「フム……なる程な」

「お願い出来ますでしょうか?」

「どうして断れよう。我が孫の名、しっかりと考えさせて貰おう」

「ありがとうございます。お義父さん……あ、いや……タビカケ様」

「ああ、良い名を送らせて貰うよ。トーマ殿」

「それにしても……この子は、ミコトが産まれた時にソックリだな」

「そ、そうなの?」

「そうよ、ミコトちゃんにソックリだわ。お転婆に育ちそうね」

「そっ、そんなコト無いわよッ!」

「あ~。そこだけは、ミコトに似ないで欲しいな……」

「とっ、トーマまで!?む~~~~~~~~~ッ!」

「「「アハハハハハハ」」」

「それにしても、この様にミコトが里帰りが出来るとはな。しかもこんな可愛い孫まで一緒に……」

「私としては、おばあちゃんと呼ばれるのが……ちょっと、引っ掛かるんだけど……」

「だけど、アナタからしたら『おばあちゃん』だもんねぇ……赤ちゃん(ニヤリ)」

「ああ~、ミコトちゃん、それヒドいんじゃない!?普段出来ない仕返しをこんなトコでするなんてっ!!!」

「だって、ママにはずっとイジられっ放しなんだもん。これくらいイイじゃないッ!!!」

「こうなったら、絶対に『おばあちゃん』なんて呼ばせませんからね。『ミスズさん』って呼ばせるわ!!!」

「ラストにも同じコト言ったらしいじゃない!?ホントに何考えてんのよッ!?」

「オイオイ、二人とも……」

「……アハハ、ハハ……ハァ……」

「全く、困ったものだ……ハハハ。ところでトーマ殿、君のご両親に報告には行ったのか?」

「あ、いえ。一応手紙では知らせていますが……場所も離れておりますし、この様に会うことは……」

「そう……か……。この地に君たちの里がある。ということが私たちにとっては幸運だったということだな」

「それでも、この様な形でしかお会い出来ません。本当ならもっと……」

「それは、ミコトを君に嫁がせた時に既に覚悟して居る。このような機会が与えられることだけでも……我らは恵まれているのだ」

「そう言っていただけると、助かります。ミコトにもラストにも寂しい想いをさせてしまっていますから……」

「とは言え、最近はかなり反乱分子の動きも減ってきているだろう?」

「ええ、我々が出て行かねばならぬような事件はあまり起こっては居ませんし、以前ほど里を離れる機会も減りました。ただ……」

「ん?……ただ?」

「統括政府からの要請が増えてしまいました。我らとしても統一戦線での中核を担った経緯もあって、政治に関わらずに済ませる訳にも行かず……」

「シン老師もかなりご苦労をされているようだしな」

「はい……」

「もはや『無縁』では居られぬ……か……」

「そのようになりつつあります。老師様は『コレも時代からの要請だ』と仰っておられます」

「シン老師はどうなさっておられる?最近お顔を拝見していないが……」

「老師様は里の庵で瞑想の日々を送っておられます。今後の展望のヒントでも得られればと……」

「そうか……一度、お会いしたいと。その言伝を頼みたい」

「心得ました」

「それにしても……騒がしいな……ハァ……」

「アハハ……そうですね……ハァ……」

 タビカケとトーマが今後の国の展望を考えているその横で、ミスズとミコトはミスズをどう呼ばせるかを延々と言い争っていた。
 トーマは『コレが平和というモノなのかも知れないな』とそんなコトをボンヤリと考えていた。

 ─────◇─────◇──────◇─────◇─────◇─────

「ホッホッホ、そうですか。『マコ』と名付けられましたか」

「ええ。かなり悩んだのですが、そう決めました」

「ウム、ウム。良い名ですな」

「ありがとうございます」

「良かったねぇ。マコちゃん」

「あー」

「この子も喜んでるみたい。ありがとう、お父さん」

「いやいや、私もこの子の名付け親になれて嬉しいよ」

「ホッホッホ」

「ミコトちゃん、ちょっと手伝ってくれる?」

「あ、は~い。じゃあ、老師様。ちょっと失礼します」

「ああ、ゆっくりしておいで」

「ありがとうございます。では……」

「……ところで、タビカケ殿。今日来させていただいたのは、お別れを言いに参りました」

「なっ!?……いきなり何をっ!?」

「もう寿命が来ておるようでしてな……。長くはございませぬ」

「老師様……」

「コレより、最後の旅に発とうと思って居りまする」

「最後の旅とは?……もしや!?」

「はい。あ奴に会いに行こうと思っております」

「むう……」

「老兵の最後の仕事にございまする。今日は領主であるタビカケ殿にそのご挨拶に参った次第。本当に長らくの友誼、ありがとうございました」

「何を仰いますか!?老師様には我らの方こそお世話になり通しで、感謝の言葉もございませんのに……」

「勿体なきお言葉。痛み入ります」

「しかし……あの男に会われると言うことは……まさか……」

「そうすることも視野に入れて……ということになります」

「……」

「しかし、あ奴も権謀術数に長けた男。そう簡単にシッポを掴ませません。未だ確たる証拠を見つけるには至っておらぬのですが……」

「それでも行かれると?」

「はい。もう時間が残されておる訳ではありませぬ故。最後の決着を着けに参ります」

「それほどのお覚悟とは……」

「先日、瞑想の時を持っておりました折に、あるヴィジョンが降りて参りましてな。そこでの禍々しき所行を行っていたのがあ奴でございました」

「ヴィジョン?」

「とてもお話し出来るようなものではございません。ですが、アレは創造主から私へのメッセージである。と思われるのです」

「創造主からのメッセージ……とは?」

「『止めよ』と。『あの男の所行を止めよ』との呼びかけだと感じております」

「ならば、是非私もご一緒させて戴きます。老師様お一人をあの男の元に向かわせる訳には!!」

「それは出来ません。それに此度は誰も供を連れずに参る所存。ミノルやトーマにもこのことは知らせておりませぬ」

「それはなりません。あまりにも危険過ぎます!!」

「年寄りの最後のワガママにござります。どうかお聞き届け戴きたい。それに……」

「それに……とは?」

「懐かしい顔が先日尋ねてきてくれましてな。その者と一緒に行くことにしておりまする」

「懐かしい顔とは……?」

「たった一人の女のために【勇者】を捨てた男にございます。……あのバカ者が……どうしても、共に行くと……言ってくれましてな」

「まさか……それは、ウィリアム殿のことではっ!?」

「ホッホッホ。とうに死んだ者と思って居ったのですが……」

「親子水入らずの旅を、御邪魔する訳には参りませぬな」

「このことはタビカケ殿の胸の内にのみ、お納め戴きたく……」

「分かりました」

「では、私はコレにて……」

「もっ……もう、お発ちになるのですか!?」

「ミコトには、急に呼び出されたと言って戴きたいのです。今日はあの子たちをダシにして里を抜け出して参りましたのでな……ホッホッホ」

「し、しかし……」

「待ち合わせをしておりまする故……これにて失礼をいたしまする。タビカケ殿……後のこと、お願い致しまする」

 そう言って頭を下げると、シン老師は『フッ』と姿を消した。
 残されたタビカケは、その決意の程を思うと祈らずにはいられなかった。

「あ……あれ?……老師様は?」

「あ……ミコトか。今、里から呼び出されたとかで……急に戻られた。お前はゆっくりしていなさいと仰ってな……」

「え?……そんな急に……何かあったのかしら?」

「……お前とマコをダシに里を抜け出してきたのがバレた。と……仰ってな……。ハハハ……」

「そ、そう?……じゃあ、後でトーマに迎えに来て貰おうっと」

「お、オイオイ……トーマ殿も忙しいのではないのか?」

「イイの、イイの。トーマったらマコにデレデレなんだから……。(その分、私のことは構ってくれないんだけどさ……マコを産んでから一度もしてないし……ゴニョゴニョ……)」

「うん?……どうした?」

「なっ、何でもないッ!!!」

「そうか……」

「じゃあ、お父さん。もうすぐ食事の用意が出来ますからね」

「ああ、分かった……」

 何事もなかったかのように、平静を装いミコトをやり過ごすタビカケ。
 だが、その胸の内には言い知れぬ『不安』が渦巻いていた。
 そして、その『不安』が的中したかのように、その日からシン老師の消息はプッツリと途絶えてしまった。

 シン老師が行方知れずとなって、勇者の里は大騒ぎになった。
 これまでも何度かフッと居なくなることはあったが、必ず《龍氣》で追えば追いかけることが出来た。
 ところが、今回はその手掛かりすらない。
 まるで神隠しにでも遭ったように……。

 シン老師が最後に出会ったタビカケに事情を聴くため、トーマはタビカケ城を訪れていた。

「では、老師様が中央府に行かれた形跡もない……と……」

「はい……。老師様がこの国の中央府に向かわれたのは間違いないようです。統括政府の方には行っておられません」

「やはり、あの男に会いに……」

「あ、あの男とは?」

「アレイスター統括理事のことだ。老師様はそう仰っていた」

「ですが、アレイスター自身も会っていないと……」

「ううむ……」

「まるで、本当に『神隠し』にでも遭ったみたいで……」

「《龍氣》のトレースも『力』による『サイコメトリー』も全く手掛かり無しとはな……」

「気配を断って居られたのは間違いありません。ですが……それでも残る《氣》はある……はずなのですが……」

「……まさか、本当にお隠れになられたのではあるまいな?」

「……その可能性も考えては居ます。……考えたくはありませんが……」

「……」

「それに……ミコトが……」

「ミコトがどうかしたのか?」

「かなり責任を感じてしまっていて……そんな風に考えることはないと言ってはいるのですが……」

「そう……か……」

「老師様は思慮深いお方です。この様なことになった時に、ミコトが責任を感じて……ということをお考えになられぬ方ではありません」

「そうだな……」

「ですが、老師様ほどのお方が……誰かの手にかかるなどということも考えられず……」

「そうだな……」

「もう……どうすればいいのか……」

 トーマがそう呟いた時、タビカケは『スッ』と目を閉じ、シン老師の最後の言葉を思い出していた。

(『タビカケ殿……後のこと、お願い致しまする』)

(此処で立ち止まっていては……何の解決にもなりませんからな……老師様)

「それはイカンな。トーマ殿」

「えっ!?」

「この様なことは言いたくはないが……人はいつか必ず死ぬものだ」

「たっ、タビカケ様っ!?」

「その人が死ぬことは哀しい。その人が居なくなることは寂しいことだ。だが……後を継いでくれる者が居るからこそ、老師様は今回、この様な行動を取られたのではないだろうか?」

「そ、それは……」

「確かに今、我らの目には老師様のお姿は映っては居ない。だが、我らの近くに老師様が居られる。そんな感じを受けているのではないかな?」

「あっ……」

「人は死んだら終わり……ではないのかも知れん。私にも本当のところは分からん。だが……」

「だが……?」

「この見守って下さっているような感覚は確かにある。それは間違いない。姿形は見えずとも、その意志は共にある。と思えるのだ」

「それは、確かに……」

「今、一番大事なのは……老師様のご遺志を継ぐことではないのかな?この地に真の悠久の平和を築くという、老師様の願いを……」

「あ……はっ!?……ハイッ!!!」

「悲しむことは人として当然のことだ。それはそれで良い。だが、その悲しみに引き摺られてはならん。呑み込まれてはならん。その悲しみを胸に、前に進んで行かねば……後を托されたものとして……な」

「はい……ッ……」

「私は私で托された者として、出来る限りのことをしよう。君は君で成すべき事を成したまえ。良いな」

「はぃ……あ、ありがとうございます……ッ……」

「ミコトを頼む。あの子は強いようで弱い。だが、あの子はもう母親なのだ。自分が支えなければならない者が、護らなければならない者が居ると、あの子に教えてやってくれ」

「はいッ、分かりました。……ありがとうございます。お義父さん」

「里のまとめを頼む。私も出来る限りのことはしよう」

「ハイッ。……では、これにて……」

「ウム。頼んだぞ」

「ハイッ!!!」

 トーマは自らを勇気づけるように、精一杯の返事をして部屋を後にした。

 トーマの去った謁見の間に一人残ったタビカケは……

(今はこれで良い……そうですな。シン老師様……)

 と独り想いを馳せるのであった。

 ─────◇─────◇──────◇─────◇─────◇─────

 【勇者】達の必死の探索にもかかわらず、シン老師の行方は全く掴めなかった。
 初めは『老師様は生きて居られる』と主張していた者たちも、徐々に諦めの色を濃くして行った。

 トーマはミノル師父と話し合い、シン老師の意志を継ぐ体制を里に築くことを最大の目的とし、【勇者】達をまとめ始めていた。
 その背中は、より一層逞しく、そして自信に満ち溢れていた。
 そんな日々の中で、トーマはミコトの悲しみを癒すことも忘れていなかった。

「ミコト……老師様のことを忘れろとは言わない。でも、もう気に病むことはないよ」

「ぅ、うん……でも……」

「確かに老師様のお姿はない。でも、近くに居られるのを感じないか?」

「え?」

「見守って下さっている老師様に、心配をかけちゃいけないんじゃないか?」

「あ……」

「それに、マコの母親でもあるお前が、こんなに沈んでいたら……マコはどうしたらいい?」

 精一杯の優しさを込めて、ミコトに問いかけるトーマ。

「あ……う……」

「オレより親として先輩のミコトが、それだったらオレも困るし……な」

「う……うん……」

「ミコト……独りで抱え込むな。オレがいつも側に居るから……な……」

「うっ……ううっ……と、トーマ、トーマ! トーマ!! トーマァ!!!」

 泣きながら、トーマにしがみつくミコト。

「思いっ切り泣けばいいんだよ、ミコト。悲しければ泣いたらイイんだ。変に我慢することはないんだ」

 そう言って、ミコトを優しく抱き締めるトーマだった。
 しばらくすると、ミコトは泣き止んで、ぎこちない笑顔ではあったが、久しぶりに笑っていた。

「ミコト、やっと笑ってくれたな」

「うん……、いつまでも悲しんでいたら……老師様に怒られちゃうもんね……」

「ああ、そうだな……」

「それに……久しぶりに、トーマが側に居てくれるから……」

「オイオイ、久しぶりって……そんなに家を離れてたか?」

「ううん……だって、いつもマコが居るから……」

「ミコト……あのな、娘にヤキモチ妬くのはやめなさい……」

「だってぇ……トーマったら、マコにデレデレしちゃって……私のことなんか、全然構ってくれないんだもん……」

「あ……いや、それは……その、産後の日達とかが……」

「もう……大丈夫……だよ//////////」

「えっ!?」

「マコもさ、弟や妹が欲しいだろうし……ねっ♪」

「お、オイ……ミコト……?」

「んふッ……今夜はちょっと……トーマを、虐めたい気分なんだ……」

「あ……オイッ……まっ、待てって……あっ……」

「トーマ……愛してる……んっ……」

「……ミコト……オレもだよ」


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